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2012年9月

2012年9月28日 (金)

懸念される子どもの甲状腺がん

 前回の記事「内部被曝・低線量被ばくのもたらす健康被害」で紹介した西尾正道さんの講演の中で「本当?」と思うことがあった。先日、福島で甲状腺がんの子どもが確認されたというニュースがあったが、西尾さんは事故による被ばくとは関係がないという意見だ。がん細胞が分裂して大きくなるには10年から20年くらいかかるのであり、事故の翌年にがんが発症することはない、という考えのようだった。

 しかし、チェルノブイリの事故のときも確か事故の翌年位から子どもの甲状腺がんが発症しており、4年後くらいに急増したはずだ。1年ではがんが発症しないというのは本当だろうか?と不可解に思った。

 中村隆市さんがこのことについて新聞記事を紹介している。

福島で小児甲状腺がん「事故無関係」危うい即断(中村隆市ブログ「風の便り」)

 ここで、医師でもある長野県松本市長の菅谷昭さんがチェルノブイリでのデータを示して言及している。この記事にあるグラフでは、ベラルーシで子どもの甲状腺がんが86年2例、87年4例、88年5例、89年7例、90年29例・・・と増加していて95年がピークとなっている。

 同じようなグラフは以下のサイトにも掲載されている。

ついに小児甲状腺がん発見 発表の仕方めぐり論争「過剰な反応が出ないよう最低限の説明」(ざまあみやがれい!)

 こちらのグラフは別のデータのようだが、やはり事故の翌年から微増している。

 どちらのグラフでも事故のあった年からすでに甲状腺がんが確認され、微増ののち4、5年目から急増している。この増加の仕方を見るならば、事故後1、2年の甲状腺がんは被ばくとの因果関係がないとは言い切れないのではなかろうか。

 中村さんの記事にはベラルーシ場合、子どもたちの甲状腺がん検査は半年に一回だったそうだ。福島医大の山下俊一氏は、検査は2年ごとでよく、自覚症状が出ない限り追加検査は必要ないとまで言っている。

【福島県健康調査】山下副学長のおふれ「カルテみせず」「再検査2年後」 (田中龍作ジャーナル)

 いかに日本がチェルノブイリから学ぼうとしないのかがよく分かる。健康調査も旧ソ連以下だ。この国では病気に関して日頃から「早期発見・早期治療」と口を酸っぱくし検診を勧めているのではないか。ところが、おかしなことに甲状腺がんに関する対処は正反対だ。よほど被ばくとの因果関係を認めたくないのだろうが、数年もしたら認めざるを得なくなるのではなかろうか。みっともない話しだ。

 私はこの国で奨励している過剰ともいえる検診には反対だが、原発事故との因果関係が懸念される病気に関してはきちんと検査や診察を行うべきだと思う。被ばくが原因で病気が発症した可能性が高いと認識できれば、被ばくへの対処も違ってくる。加害者がはっきりしていることであり、損害賠償の対象にもなる。

 しかし、それ以前にやらねばならないのは移住を希望する人たちに移住を保証するということではないか。被ばくによる病気の発症が懸念されるのに、ただ検査をして経緯を見ているなどというのはモルモット扱い同然であり、棄民政策にほかならない。

2012年9月24日 (月)

内部被曝・低線量被曝のもたらす健康被害

 昨日は西尾正道さん(北海道がんセンター院長)の講演会「放射線健康被害の真実と今後の対応」(泊原発の廃炉をめざす会十勝連絡会主催)に行った。2時間にわたる非常に内容の濃い話しだった。

 放射線についての基礎知識から、がんの発生のメカニズム、放射線の人体への影響、チェルノブイリの原発事故・原爆・劣化ウラン弾による被害、安全神話を生みだした原子力政策の構造まで、実に幅広い内容が要領よくまとめられていた。内部被曝に関しては、基本的には矢ヶ崎克馬氏の主張を支持した内容だった。インターネットなどの情報で知っていたことが多かったが、こうして問題点が羅列されると原子力を推進する人たちがいかに不都合な真実を隠してきたのかが一目瞭然で、今さらながら恐ろしさを感じる。

 西尾氏は長年にわたって放射線によるがん治療を手掛けてきた方だが、それだけに放射線の人体への影響についての話しは説得力がある。

 盛りだくさんの話しから、印象に残ったことの一部をひろってみたい。

・広島の原爆に関するABCC(放影研)の疫学研究では、爆心地から2キロメートル以内(このラインが100ミリシーベルト)の人たちだけの調査を行い、2キロメートルより外側の人たちを調査対象としなかった。このために、100ミリシーベルト以下の地域での調査がなされていない。しかし2キロメートル以内の約8000人は被曝者の4パーセントにすぎない。100ミリシーベルトでは発癌のリスクがないといわれているが、これはそもそもデータをとっていなかっただけ。

・原子力を推進するために内部被ばくを研究させない体制がつくられ、内部被曝が徹底的に隠されてきた。

・医療機関にある放射線管理区域は毎時0.6マイクロシーベルトで18歳未満の作業を禁止し、飲食も禁止されている。しかし福島の20ミリシーベルト/年は毎時に換算すると2.28マイクロシーベルトになり、放射線管理区の3.8倍もある。こういうところに子どもたちが生活し、飲食もしているという恐るべき状況にある。

・国際法では原発からの排水基準は90ベクレル/キログラムである。しかし原発事故後に定められた食品の暫定基準値では飲料水は200ベクレルとなっており、これは原発からの排水より高い。

・1993年にソ連の原子力潜水艦が日本海に放射性廃棄物を日本海に投棄したことで、日本海の海底土は7ベクレル/キログラム汚染された。しかし、福島原発事故では30キロメートル圏外の海底土で8000ベクレル/キログラムの汚染。

・日本の避難基準はチェルノブイリの4倍高い。年20ミリシーベルトは、チェルノブイリでは強制避難ゾーン。

 原爆を体験した国でありながら低線量被曝の実態は徹底的に隠されてきた。そして福島第一原発の事故で日本政府は福島の人たちに対して旧ソ連より酷い対応をしているのだ。

 この日の夜はNHKのETV特集で、ウクライナの健康被害に関する番組があった。内容については以下を参照していただきたい。

【注目番組】『シリーズ チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告「第2回 ウクライナは訴える」』 (暗黒夜考~崩壊しつつある日本を考える~)

20120923♯ETV特集 シリーズ チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告「第2回 ウクライナは訴える」 (togetter)

 チェルノブイリ事故から26年が経った今になって、低線量の被ばくをしたウクライナの人たちにさまざまな健康被害が生じている。子どもたちの健康状態も深刻で、体育の授業もできないという。原発事故のあとに生まれた子どもたちが、今になっても健康被害に苦しんでいるのだ。また大人にも健康被害が生じ、人々は不安な生活を強いられている。事故当時の被ばく量が低かった人ほど、影響があとになってから出てきているようだ。

 もちろん、現時点で福島がチェルノブイリと同じようになるとは言えない。しかし、低線量被曝の影響が事故から26年経った今でもじわじわと続いていることは見逃せない事実だろう。内部被曝の恐ろしさを実感させる番組だった。

 高濃度汚染地域を除染して住民を戻そうなどという日本政府は、チェルノブイリ事故の教訓を活かすどころか旧ソ連以下の対応だ。ほんとうに恥ずべき国だとつくづく思う。

【9月26日追記】
西尾正道氏の講演がYouTubeにアップされた。時間のある方はご覧いただきたい。
http://youtu.be/iEZcFcddcyo

 

2012年9月22日 (土)

海自いじめ訴訟の判決は勝訴といえるのか

 昨日の北海道新聞夕刊と今日の朝刊に札幌地裁での二つの裁判の判決について報道されていた。ひとつは沙流川の水害訴訟。こちらは国側の控訴を棄却する判決で、まっとうなものだと思う。

 気になったのが、海上自衛隊員のいじめ訴訟の方だ。昨日の夕刊は「海自いじめ 原告勝訴 札幌地裁 国に150万円賠償命令」とのタイトルだった。北海道在住の元海上自衛隊員の男性が2005年に上司から繰り返し暴行や暴言を受けて休職を余儀なくされ、後に除隊した。男性は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、国に精神的苦痛を受けたとして約3400万円の損害賠償を求めたという裁判だ。国側は、「危険回避のための指導で、いじめではなかった」と主張していたという。

 今日の朝刊のタイトルはやや違う。「海自暴行訴訟 国に150万円賠償命令 札幌地裁 いじめは認めず」となっている。裁判長は、「一連の暴行は指導の範囲を逸脱していた」としているのだが、いじめがあったことは認めていないという。また、PTSDについては「危うく死ぬほどの危険には当たらず、PTSDとの因果関係があるとは認められない」と述べたそうだ。

 いじめを認めず、PTSDとの因果関係も認めていないのだ。しかも賠償額はたったの150万円である。はたしてこれが「勝訴」といえる判決なのだろうか?

 自衛隊員のいじめやハラスメントなどの裁判はいくつも行われているが、被害者(あるいは被害者遺族)は自衛隊がいじめを認めようとしないために法廷で真実を明らかしたいと願って裁判を起こすのが常だ。しかし、今回の判決はその肝心ないじめやPTSDとの因果関係を認めていない。しかも、150万円という賠償金額は弁護士費用程度でしかないだろう。

 被害者は、教育係の上司からヘルメットで頭を殴られたり、おまえは役立たずだといった暴言を日常的に受けたとのことだが、恐らくこれはほんの一例だろう。こうした日常的な暴行や暴言を「いじめ」ではなく「行きすぎた指導」と結論づける根拠は何なのだろうか? これは大津の中学生のいじめ自殺事件で、「いじめ」を「けんか」だと思ったと発言した校長の認識とほとんど変わらないのではないか。

 「危うく死ぬほどの危険には当たらず、PTSDとの因果関係があるとは認められない」という判断も驚きだ。日本ではPTSDの前提として「『危うく死ぬまたは重症を負うような出来事』が存在することが必要」とされる場合がある。ウィキペディアでもそのように書かれている。

 しかし、こうした前提自体がおかしいと思う。たとえば以下のサイトでは「残酷な事件、悲惨な事故、執拗ないじめや暴力、そして戦争などが、その引き金」としている。

PTSD(トラウマ) 

 インターネットで「いじめ PTSD」と検索すればさまざまな事例が出てくるように、いじめや暴力はPTSDの原因となっているのが実態だ。

 PTSDの原因は性被害でも顕著だ。週刊金曜日の872号、873号、874号に「ドキュメント『声を聴かせて』」というタイトルで性被害によってPTSDに苦しむ女性のことが、にのみやさをり氏によって取り上げられているのだが、性犯罪被害者らは想像を絶するPTSDと闘っている。被害者は壮絶な精神的苦痛を受けるのである。

 以下は、にのみやさをり氏の「声を聞かせて-性犯罪被害と共に」(窓社)の感想だ。このブログの著者の方は、夫を自死で失ったことでトラウマに苦しんでいるという。家族の自死もPTSDを引き起こす。

声を聴かせて(どこにいるの、今あなたは)

 PTSDは執拗ないじめや暴力、性犯罪、家族の自死でも生じるのであり、「危うく死ぬほどの危険」があったかかどうかだけを判断基準にするのは誤りだ。

 同じく札幌地裁で争われていた女性自衛官の人権裁判では、原告の主張をほぼ全面的に認め、国が580万円の賠償金を支払うという判決が出されて確定した。被害者は現職のままセクハラで裁判を起こしたところ、パワハラを受け退職を強要されたのである。もちろん彼女もPTSDでカウンセリングに通っているのだが、その回数も裁判後のほうが増えたという(週刊金曜日875号36ページの被害者へのインタビューより)。

 被害者は精神的苦痛を受けて長期の通院治療を余議なくされるだけではなく、職を失ったり友人を失うなどさまざまな被害を受ける。これほどの被害を受けて賠償金額が580万円というのは低すぎる。日本は精神的被害があまりに軽視されているとしか思えない。まして今回の150万円という賠償金はあまりに低いと言わざるを得ない。

 ところでこの判決を言い渡したのは、私が「『えりもの森裁判』で不当判決を下したのは石橋俊一裁判長」 という記事で「ヒラメ裁判官」と批判した石橋俊一裁判長である。「ヒラメ裁判官」とはお上の顔色を伺って判決を出す裁判官のことだ。今回の判決は、僅かな賠償金を認めることで形だけは原告の勝訴に見せかけながら、実態は被害者の主張をほとんど無視しているに等しい。自衛隊を擁護した判決といってもいいだろう。

2012年9月20日 (木)

尿のセシウム量は安全とは言えずWBC検査は内部被曝隠し

 福島県では子どもたちの尿に含まれる放射性セシウムの検査が行われているが、マスコミ報道では心配のないレベルというコメントしか出されない。また、ホールボディカウンターによる検査でもセシウムが検出される人は極めて少ないようだ。

 マスコミ報道では、福島の原発事故による被ばくはたいしたことがないように感じられてしまう。しかし、本当にそうなのだろうかと私は常々疑問に思っていた。なぜなら昨年の甲状腺の検査でも35%もの子どもに嚢胞やしこりが確認されたし、今年は甲状腺がんの子どもも確認されたのだ。しかも、今年4万2000人を対象に行われた健康調査の結果では、43%の子どもに嚢胞やしこりが確認されている(以下の記事参照)。このペースはチェルノブイリとほとんど変わらないと思える。

「原発差止判決」を書いた元裁判官、再び官邸前へ! (JANJAN Blog)

 私の疑問を解いてくれたのが、矢ヶ崎克馬さんの以下の解説である。矢ヶ崎さんは、子どもの尿検査に関する報道(福島県内の2000人の乳幼児のうち141人から放射性セシウムが検出され、その平均は2.2Bq/kg、最高は17.5Bq)、そしてホールボディカウンターによる検査結果(福島県内の60000人の子どものホールボディカウンターによる調査でセシウム検出は0.1%)の報道をとりあげて具体的に考察している。ちょっと長いのだが非常に重要なことが書かれているので、是非読んでいただきたい。

尿中のセシウム、具体的な事実から科学すれば「安全・安心」とはいえない:矢ヶ崎克馬氏の警告(Peace Philosophy Center)

 矢ヶ崎氏の解説の重要な部分を以下にまとめてみた。

【カリウムとの比較について】
・カリウムの放射線は被ばくのバックグラウンドとしていつでもあり、これにセシウムの被ばくが重なることになる。セシウムの被ばく線量をカリウムの被ばく線量と比較すること自体が誤り。
・カリウムは単一の原子で存在し、1つのカリウム40の原子はベータ線あるいはガンマ線1本だけを出して崩壊する。しかし、セシウム137は多数の原子が放射線微粒子を形成する。またセシウム137の95%は1つの原子からベータ線とガンマ線の2本の放射線を出す。このために、セシウム微粒子の周辺細胞は短時間内に繰り返して被ばくする確率が高くなる。
・体内のカリウムは全量が排出されうる状態だが、セシウムは体液(血液やリンパ液)中ものだけが排泄の対象であり、臓器に取り込まれたものは簡単に排出されない。
・セシウム以外にもヨウ素、ストロンチウム、プルトニウム、ウラニウムなどの放射性原子が放出されていて無視できない。

【尿中のセシウムから体内のセシウム量を計算】
・尿検査のベクレル数から、尿1キログラムに含まれるセシウムの原子数が計算できる。セシウムの場合、ベータ線を出してバリウムに変わり、さらにバリウムはガンマ線を出して安定バリウムに代わるため、1Bq/kgという測定は内実は2Bq/kgである。
・尿中のセシウム137が1Bq/kgとし、二つのケースで体液中のセシウムの総量を試算した。ケース1は排出される尿の量が1日1リットルで、放射性物質は尿以外にないと仮定。ケース2は、排出される尿の量が1日1.5リットルで、放射性物質は尿、糞、汗から排出され、全体の70%が尿から排泄されると仮定。全身での被ばく線量は、おとなの場合、ケース1で115Bq/kg、ケース2で242Bq/kg。子どもの場合、ケース1で57.6Bq/kg、ケース2で121Bq/kgとなった。これらにベータ線も考慮してkgあたりのベクレル数にするとケース1で4Bq/kg、ケース2で8Bq/kg(おとなも子どもも)となり、危険汚染度の領域になる。
・臓器に蓄積されたセシウムを考慮すると、1Bq/リットルでも危険領域となる。

【ヨウ素131の危険】
・放射線量比から、ヨウ素131はセシウム137の100倍放出されたことになる。これから尿中にセシウム137が1Bq/リットル入っていた場合のヨウ素の体内量を計算すると、おとなでケース1の場合16mSv、ケース2で35mSvとなり、子どもでケース1の場合42mSv、ケース2で88mSvとなる。これは内部被曝だけの値なので、外部被曝も考慮しなければならない。ICRPでも100mSvは危険であるとしており、かなり厳しい状況である。
・尿中セシウムが17.5Bq/リットルの子どもの推定甲状腺被ばく量はケース1で0.7Sv、ケース2で1.5Svとなり、看過できる被ばく量ではない。

【ホールボディカウンターについて】
・ホールボディカウンターの検出限界は250~300Bqで、尿検査の50~60倍も高く、内部被曝の実態調査としての機能を果たせていない。
・このような検査結果は「内部被曝はなかった」という被ばく隠しになる。
・被ばくを反映できない測定限界がある場合は、「非検出」という結果を信用してはならない。

 矢ヶ崎氏の見解が正しければ、福島の状況はとても安全、安心といえるようなものではなく、かなり厳しいと認識しなければならないだろう。

 もう一つ、安全・安心を唱える人たちがよく例に出すのは、過去の大気圏内核実験においても多量の放射性物質が放出され日本も汚染されたが、これによって大きな影響は出ていないという主張だ。これについても矢ヶ崎氏は「内部被曝」(岩波ブックレット)の中で、以下のように述べている。

 その後も、核実験では膨大な量の放射性物質が地球上に撒かれ、各地で健康被害を生みだしていました。そのためこれを隠すことも核戦略の重要なポイントでした。影響はもちろん日本にも及んでいます。東北大学の瀬木三雄医師が、日本の小児がん死亡率を統計化し、アメリカのスターングラス教授がグラフ化したものがあるのですが(次ページの図5)、それをみると広島・長崎の原爆投下の五年後に死亡率が三倍になり、さらにソ連の初めての核実験や、アメリカの水爆実験など、大きな核爆発があった五年後ごとに数値が上がって、一九六八年には、なんと戦前の七倍にまでなっています。この数値は、一九六三年に大気中核実験が禁止されてから五年ほど経って下降に転じています。(48ページ)

 核実験や原爆の五年後に小児がんが明らかに増えているというのは、どう考えても被ばくの影響だろう。チェルノブイリの事故でも同じことが起きている。ゆえに福島の事故でも健康被害が懸念されるのである。

 ところがこうしたことをマスコミは全くといっていいほど報じない。それどころか、未だに「安全・安心」を振りまいているのが現実だ。

【9月21日追記】
福島県の子どもの3回目の甲状腺検査については以下に詳しく説明されている。

3.11以後、最悪の健康被害の発表「女子小学生の54.1%、女子中学生の55.3%に『のう胞』か『結節』発見」 (ふくしま集団疎開裁判)

小児がんの死亡率のグラフは以下に掲載されている。

広島・長崎・原水爆実験で、小児がんが7倍:その3倍のセシウム137が21・2に降った(まちづくり連れ連れ騒士)

2012年9月18日 (火)

原発ゼロは今すぐ実現可能

 政府は2030年代に原発稼働をゼロにするという方針を示した。これは、三つの選択肢を提示した夏のパブコメで、多くの国民が「2030年までに原発ゼロ」を望んだからにほかならない。もちろんこの方針については評価するが、しかし、実態は矛盾だらけだ。たとえば「30年までに」が「30年代までに」になってしまったのはどういうことなのか? 使用済み燃料の再処理を続けるというが、原発をなくす方針なのになぜ核燃料をつくり続けるのか。矛盾の極みだ。建設中の原発も「新規」ではないから建設中止にしないとは、子どもでも分かるおかしな話だ。

 「原発をゼロにする」という方針であれば、それは今すぐにでも実現可能だ。今年の夏もかなり暑かったが、関電の管内以外は原発なしでも何ら電気不足にはならなかった。

 大飯原発を動かした関西電力管内でも、あとになってから結局は原発を動かさなくても電気が足りていたことがバレてしまった。そのことは以下の9月8日付けの東京新聞の記事からも明らかだ。

再稼働なしでも3%超余裕 関電認める

 結局、大飯原発を稼働させたがために、一部の火力発電所の稼働を止めていたのだ。しかも、関電が電気予報で「厳しい」とする5%以下になるのは試算によると3日だけだったという。この程度なら節電などの工夫で十分しのげるだろう。

 国民はかなり節電を意識するようになったし、もはや原発などなくても電気は足りることが証明されたのである。また、先の「原発の調整に使われるようになった水力発電」という記事で紹介した元北電社員の水島さんの話しにあるように、火力発電所は1年もあれば建設できるのだ。どうしても発電所のトラブルなど非常時の電力不足が心配なら、火力発電所を新設するという選択肢もある。

北海道電力の元社員が話す、原発をやめられない意外な理由 その1

 原発をゼロにするという方針が決まった。そして、すぐに原発を止めるために障害になるものは何もない。もしあるというのなら、火力発電による地球温暖化への懸念くらいだろう。

 しかし、地球温暖化防止のために原発を再稼働するということに果たして国民は納得するのだろうか? もちろん自然エネルギー(再生可能エネルギー)への転換を図ることで化石燃料の使用を減らしていくべきであることは言うまでもない。

 ところが、政府も電力会社も原発を再稼働させようと必死だ。子どもでもおかしいと分かる屁理屈を並べて、なんとか原発の再稼働を正当化しようというのである。

 私たちは、福島のあの大事故で、「地震大国に原発はこりごり」と痛感したのではなかったのか。電気が足りているのに、なぜ再稼働をしなければならないのか? まずはそこから問い質さなくてはならないだろう。

 そして私たちはさらに声を大にして原発の再稼働反対、大飯原発の運転停止を訴えていくべきではないか。

 大飯原発に関しては、弁護団が運転差し止めを求めて10月にも京都地裁に提訴する予定だ。弁護団は30人以上で、原告は1万人以上を目指すという。

大飯原発の差し止め訴訟へ、弁護団が原告を募る(朝日新聞)

 これまで原発訴訟はほとんど訴えた市民側が負けてきたが、それは裁判所が電力会社の主張する安全神話を突き崩せなかったという側面が大きい。しかしあの福島の大事故を目の当たりにて安全神話があっけなく崩れさった今、安易な判決を出せば裁判長も責任を追及されかねないのである。

 今こそ国民が声を上げて、電力会社の矛盾を追及し論破しなければならないと思う。

2012年9月13日 (木)

労組支部長に対し露骨な嫌がらせをしている文芸社

 文芸社の社員である小川秀朗氏が会社による退職勧奨と闘い、この7月に労組(東京管理職ユニオン文芸社支部)を立ち上げたのだが、文芸社は酷い嫌がらせを続けているようだ。

 東京管理職ユニオンの機関紙に小川氏の記事が掲載されている。以下の3ページ目をご覧いただきたい。

MU Newsふくろう便 第9号 

 ここで驚くのが以下の部分。

 現在は、朝から夕方まで一日8時間、廃棄予定の原稿をワードに打ち込んでおります。
 「廃棄予定原稿をデータ化する、合理的理由を聞かせてください」との問いに会社は「業務命令です。説明の必要はありません」とのこと。
 この新設部署……私一人です。

 なんと廃棄予定の原稿をデータ化しているという。文芸社には、著者から送付されたが契約に至らなかった原稿、あるいはコンテストに応募し採用されなかった原稿など、廃棄しなければならない原稿が多数あるはずだ。廃棄すべき原稿をわざわざデータ化してどうするつもりなのだろう?

 私も時々、著者の方から「契約はしなかったが、原稿を悪用されないだろうか」といった質問を受けることがある。いくら会社側から「原稿は廃棄します」と言われても著者は確認のしようがないのだから、そんな不安を抱えてしまうのも無理はない。こんな情報を耳にすればさらに疑心暗鬼になるだろう。まったく不可解なことをする会社だ。

 小川氏はエアコンも扇風機もない地下二階の倉庫で、一人で作業をさせられているという。この猛暑に信じがたいことだ。熱中症にでもなったらどうするつもりだろう。しかも、段ボールの運び上げを指示されて不調をきたし、診断書まで出されている。労災ではないか。

 以下が彼の職場の様子だ。

http://www015.upp.so-net.ne.jp/office-o/news/index.htm#tikasitu 

 これは組合活動をする社員への嫌がらせ以外の何物でもない。嫌がらせをすることで疲弊させ組合活動を止めさせようという意図なのか、他の社員の労組加入を阻止するための見せしめなのか分からないが、こんなことをするようではとてもまともな会社とは思えない。

 こういう実態が労組のホームページで次々と明らかにされてしまうことを考えるなら、こんな対応はマイナスにしかならないだろう。小川氏のような気骨のある人物に対し、このような陰湿な嫌がらせをするのは逆効果としか思えない。

 いずれにしても、こんなことを続けていたのなら会社の評判は低下する一方だろう。ブラック企業大賞にノミネートされてもおかしくない。それに、社員を大事にしない出版社で、いい本作りができるとは思えない。

2012年9月11日 (火)

陰謀論の思考と紙一重のニセ科学批判

 先日、辻隆太朗著「世界の陰謀論を読み解く」(講談社現代新書)という本を読んだ。この本の副題は「ユダヤ・フリーメーソン・イルミナティ」となっており、本書は主としてこれらの陰謀論について解説している。

 私はつい最近までいわゆる陰謀論のことはよく知らなかったし、興味もなかった。ちょっとだけ興味を持ったのは9.11がアメリカ政府による自作自演だという陰謀論。週刊金曜日でも成澤宗男氏などが陰謀論を支持するかのような記事を書いていたが、正直いって週刊金曜日が9.11陰謀論を取り上げるのはどうかと思っていた。

 そして、呆れたのが3.11の東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震が、地震兵器による陰謀であるという説。これは阿修羅掲示板で知ったのだが、あまりに突拍子もない話しだ。この3.11人工地震陰謀論に関しては、リチャード・コシミズ氏が震災直後から唱えていたことを辻氏の本で知った。以下が当該記事。

金融ユダヤ人の人工地震 

 コシミズ氏のブログは陰謀論のオンパレードだ。彼のブログのトップページには「多くの人に真実を知らしめ、覚醒を促すのが、本ブログの目的です」と書かれているが、悪い冗談としか思えない。

 阿修羅掲示板には陰謀論がしばしば掲載されている。そして、こうした言説を本気で信じている人が一定程度いるらしい。ブログなどでまことしやかに陰謀論を唱える人がおり、それが掲示板やツイッターで広まるのだろう。

 人工地震説に次いでツイッターなどでしばしば語られたのが、温暖化陰謀論。化石燃料の消費による地球温暖化論は、原子力ムラの人たちが原発を推進するために捏造したものだという説だ。以前から原発に反対する人たちの中に、このような説を唱えている人がいたが、福島の原発事故によって人工地震説などより遥かに多くの人がこの温暖化陰謀論を信じてしまった感がある。原発の安全神話の崩壊が、温暖化陰謀論にまで波及してしまったのだ。普通の人が陰謀論を簡単に信じて拡散してしまうインターネットの世界は怖いと思った。

 ところで、私は今までインターネットで情報収集することはそれほど多くはなかったのだが、福島の原発事故以降はインターネットでの情報収集が多くなった。東電や政府が事実を隠ぺいしたり嘘をつき、マスコミがそれをそのまま報道するので、インターネットによる情報収集が欠かせなくなったからだ。そうした中で、ときどき閲覧するようになったサイトに「カレイドスコープ」がある。福島の事故や放射能問題に関しては、それなりに参考にしていた。

 しかし、ある時このサイトが陰謀論系であることに気づいた(見始めた当初から気づくべきだったのだが、関心のないタイトルの記事は読んでいなかったし過去記事まで閲覧していなかったので気づくのが遅くなった)。もちろん陰謀論者の言っていることがすべて嘘という訳ではないし、原発事故関係の記事は「陰謀」とは直接関係がなさそうだ。しかし陰謀論者は往々にして決めつけた見方をするので要注意だし、陰謀論を振りまいているということに関しては警戒すべきだろう。

 また、福島の原発事故がらみで井口和基氏のブログにたどり着いたこともあったが、UFOやらケムトレイルやら、どうみても「陰謀論の塊」のようなサイトでドッキリした。ケムトレイルというのは有害物質や細菌などを飛行機によって空からばら撒く際の飛行機雲なのだという。人口削減のための大量殺戮という陰謀論を信じているようだが、井口氏の言う飛行機雲とは、何のことはない「大気重力波」ではないか(以下の井口氏の記事、参照)。陰謀論を信じる人には、大気重力波も飛行機雲に見えてしまうのだろう。

「ケムトレイルとHAARPと地震雲」:猛烈なケムトレイルの証拠! 

 上述したように、私は福島の原発事故が発端となってそれまでほとんど関心がなかった陰謀論サイトを知ったという経緯がある。

 さて、話しを元に戻そう。辻隆太郎氏が論じているのは主として、ユダヤ、フリーメーソン、イルミナティである。これらの陰謀論について歴史的な背景も辿りながらいかに根拠のないものであるかを丁寧に解説し、陰謀論に共通した思考などを分析しているのが本書だ。要点と思われる辻氏の主張の一部を以下に引用しておこう。

 陰謀論が流行する背景としてよく指摘されるのは、共有常識の崩壊や既存の権威構造の弱体化だ。つまり、人々に共有される世界観や現実認識のあり方、指針が失われたということ。何もかもが疑わしいもの、信頼できないものになってしまったということだ。
(中略)
 この社会がどのように動いているのか、誰がどのような目的で動かしているのか。そもそも誰かが動かしているのか、勝手に動いているのかもわからない。そのなかに存在する自分の生活や選択は、本当に自分の意志によるものなのか。本当は他の誰かの意志に踊らされているだけなのではないか、知らないあいだに社会的に構築されコントロールされているのではないか。
 そのような不安に対し、陰謀論は世界の秩序構造を明確に説明し、世界やわれわれを操作する主体を一点に集約し可視化するとともに、陰謀論者たち自身の自律性の感覚や自己の独自な存在意義を回復し保証する機能をもつ、と考えることができる。陰謀論は世界がどうなっているのか、何が正しく何がまちがっているのか、誰がどのように世界を動かしているのかを明快に説明してくれる。簡単に言えば、陰謀論はわかりにくい現実をわかりやすい虚構に置き換え、世界を理解した気になれるのだ。(253ページ)

 「わかりにくい現実をわかりやすい虚構に置き換え、世界を理解した気になれる」、まさにそれが陰謀論を信じてしまう理由なのだろう。

 福島の原発事故での東電や政府・官僚の隠蔽と嘘は、私たちに不信感を植え付け疑心暗鬼にした。そんな時にインターネットでさまざまな情報が飛び交うと、どれが真実でありどれが嘘なのかを見分けることが極めて難しくなる。うっかりすると陰謀論にはまってしまう。ツイッターによる情報の拡散は効果が絶大だが、それがデマだった場合は多くの人が嘘を信じてしまうことにもなりかねず、影響は大きい。情報がたやすくえられる代わりに、情報の取捨選択が難しいという大変な時代になってしまった。

 それでは陰謀論に陥らないために、私たちはどうしたらいいのだろう? 辻氏は本書の最後で以下のように述べている。

 世の中に流れるすべての情報を額面どおりに受け取る必要はないし、物事を疑うことは重要だ。しかし私たちの多くは、日々与えられるすべての情報について、正確に正誤の判断をつけられるほど多岐にわたる知識を身につけたり、徹底的に検証したりする能力もなければ、そんな暇もない。どこかで情報を信頼して受け入れる必要はある。その判断は難しいし、つまらない結論ではあるのだが、驚くような情報、信じたくなるような情報、自分にとって受け入れやすい情報に出合ったときは、一度立ち止まって考えるべきだろう。
 私たちには世の中すべての情報を検証する能力も余裕もないが、自分の判断が正しいかどうかをつねに問うことはできる。可能であれば、自分の信じることや意見に対する反証を求めること、自分に対する反論を自分自身で考えることが一番だろう。陰謀論はたしかに物事に対する疑いを出発点としているが、その論理は健全な疑いとは正反対のところにある。陰謀論には自らに対する疑いがない。一言でいえば、信じたいものを信じるだけでは駄目なのだ。(285ページ)

 これは例えば放射能が生物に与える害についての論争にも言えるだろう。「安全」を主張する人も「危険」を主張する人も、自分が信じている結論が先にあり、それに合致する情報だけを探して主張するだけなら陰謀論の思考と何ら変わらない。たとえ放射線の専門家ではなくても、自分の支持する見解について常に情報収集し自問自答する必要があるということだ。

 その結果、これまでの自分の主張が間違っていると判断したならば、きちんと訂正することこそ大事なのではないか。主張や意見を変えることは何も恥ずかしいことではない。自問自答や訂正がなされないからこそ、いつまでも意見対立が続き、時としてそれが罵りあいのようになり見苦しいことになるのだろう。

 ところで菊池誠氏をはじめとしたニセ科学批判の方たちも、いわゆる陰謀論は否定的なようだ。しかし原発事故による放射能汚染にまつわる議論を見ていると、ニセ科学批判の人たちの思考は、実は陰謀論者と紙一重ではないかと思えてならない。つまり、「はじめに否定ありき」「はじめに詐欺ありき」「あり得ない」というような「決めつけ」の思考パターンが強すぎて、ほとんど陰謀論者と同じ思考回路になっているのだ。スタートの時点では「健全な疑い」だったものが、批判を続けていくうちに次第に「あり得ない」という決めつけの思考が強くなり、今では「自らに対する疑い」も持てない状態に陥っているように見える。

 そう言えば、群馬大の早川由紀夫さんが以前こんな記事を書いていた。

ニセ科学批判運動の真の目的(早川由紀夫の火山ブログ)

 私はニセ科学批判の人たちの本質が「御用」だという早川さんの説には賛同しないが、「原発こそが、ほんらい彼らがもっとも力を入れて批判すべきニセ科学だったはずだ。運転で生じる毒を始末するすべをもっていない技術なのだから」という発言には大いに賛同する。

2012年9月 7日 (金)

原発の調整に使われるようになった水力発電

 北海道電力は、岩松発電所の新設工事に関して9月4日まで環境影響評価準備書の意見募集をしていた。以下は十勝自然保護協会が北電に提出した意見書である。

新岩松発電所新設工事環境影響評価準備書への意見書 

 この工事でアセスメントを実施することになったのは、岩松発電所一帯がシマフクロウの生息地であり、工事がシマフクロウに影響を与える懸念があるということだ。ところが、北海道電力は一般の道民向けに作成した準備書の要約書にシマフクロウのことを一切書いていない。要約書しか見ていない道民は、ここがシマフクロウの重要な生息地であり、そのためにアセスを行っていることがまったく分からないのだ。

 準備書でも、「希少種の保護」を理由に、非公開扱いになっている。つまり、肝心のシマフクロウについての記述は、北電関係者、北海道のアセス担当者、一部の専門家などしか知ることができないのである。

 アセスの本質部分を道民に隠して、「環境について意見を言ってほしい」というのだから、何のためにアセスをするのかということになる。しかも、責任のある立場にある専門家の名前も非公開だ。これが今回のアセスの最大の問題点だと思う。

 ところで、この新設工事の目的は取水量を増やすことで最大出力を増大させることだ。北電によると、現状では最大使用水量が37.50立方メートル/秒で最大出力が12,600キロワットだが、これを45.00立方メートル/秒で16,000キロワットにするという。実は当初計画ではもっと発電量を大きくする予定だったのだが、発電所前の十勝川はラフティングに利用されており、川の水量が減少する区間が長くなるなどの問題が生じるため計画変更したのである。

 この新設工事は3.11の東日本大震災の前からの計画である。だから、北電は福島の原発事故とは関係なく出力の増加を考えていたことになる。

 以下の動画は元北電社員の水島能宏(よしひろ)さんによるレクチャーだ。この動画の38分40秒あたりで、水力発電の貯水池の水は蓄電池と同じであり、水力発電所はピークのための発電所であると説明している。

元社員が話す、原発をやめられない意外な理由-その1(1/2) 

 原発は出力を調整するのが困難な発電方法なので、火力発電や水力発電がピーク時の調整を担っている。とりわけ蓄電池の役割をする水力発電はピーク時電力の調整のためには都合がいい。もちろん原発がなかったころはそういう発想はなかったから、もっとコンスタントに発電をしていたのだろう。原発によって水力発電の位置づけが変わり、貯水池の水の使い方も変わってきたのだ。福島の原発事故によって、水力発電と原発との関連性が見えてきた。

 岩松発電所の場合、岩松ダムからの取水量を増加させて発電量を増やそうという計画だ。ダムに流れ込む水の量は決まっているから、ダムからの取水量をどんどん増やしてしまえばダムの水が空になってしまう。発電のために使える水の全体量には限度がある。それにも関わらず取水量を増やして最大出力の増加を図るということは、一時的に発電量を増やしたということに他ならない。

 結局、岩松発電所の新設工事は、原発を前提としたピーク時への対応ということなのだろう。

 問題は、こうした操作によって川の水量が大きく変動してしまうことだ。取水量を最大にしたあとはダムに水を溜めるために取水を絞らねばならない。すると川への放流量が激減する。今でも発電所の放流口から下流ではしばしば川の水が激減して魚が干上がってしまうことがあるそうだ。水量の変化は魚類に大きな影響を与えるのである。

 北電は十勝川でこれ以外にも環境に影響を与える工事をしている。十勝川の上流にある富村ダムの堆砂除去のためのトンネル工事だ。北電は二つの理由を挙げて堆砂除去が必要だとしている。ひとつは堆砂がダムの安定性に影響を与えるということ、もう一つは、調整池(富村ダム)末端部の河川水位が上昇することで周辺の森林に影響を与えるということだ。しかし、ダムは満砂になったとしても十分耐えうるように設計されているし、調整池末端部の水位上昇についても意味不明である。富村ダムについては以下を参照いただきたい。

トムラ三原則を反故にしてトンネル工事を強行した北海道電力 

 落差を利用してコンスタントに発電をするだけなら、大きな容量の貯水池は要らない。しかし北電はトンネル工事をしてまで堆砂除去をしたいのだ。その理由は何か?

 富村ダムの堆砂除去は、貯水量を増やすことで蓄電池全体の容量を大きくするためだろう。これもピーク時に最大出力を維持できるようにすることが目的としか思えない。岩松発電所の新設工事にしても富村ダムの堆砂除去にしても、その陰には原発の調整役として一時的な最大出力の確保があるとしか思えない。

 しかし泊原発が停止していれば水力発電をピーク時の調整役に利用する必要はない。ピーク時も火力と水力の双方で適宜調整すればいいのである。将来は原発ゼロにしようという方針の中で、環境に影響を与える工事がほんとうに必要なのか見極めなければならないだろう。

 今年はかなりの猛暑だったが電力は何の問題もなかった。ところが北電は再び冬の電力が不足する可能性があると主張している。この試算には本州からの融通は含まれていないし、節電効果も盛り込んでいない。水島さんの話しでは10月から苫東4号機が動くので電力は十分供給でき問題ないという。泊原発などなくても、今ある火力発電や水力発電で十分にやっていけるのである。

 水島さんの話しは、マスコミなどでは報道されない北電内部の事情が吐露されていて非常に興味深い。電力会社は原発のために揚水発電所を造り、オール電化住宅を喧伝してきたのだが、福島の原発事故によりそうした欺瞞が露呈してしまった。以下は水島さんの動画の「その2」である。

元社員が話す、原発をやめられない意外な理由-その2(2/2)

2012年9月 3日 (月)

事実を報じず訂正しないマスコミの怖さ

 「福田孝行君の死刑に思う」という記事に野島秀一さんから以下のコメントが寄せられた。

私は、死刑制度は無くしてはならないと考える立場の者です。
あなたは、福田孝行の死刑はあまりに重すぎると言っておりますが、福田孝行に殺され犯された本村弥生さんと、その娘の命の重さを考えれば、私は死刑でも軽いくらいだと考えております。
福田孝行を生かしておいて、死よりも恐ろしい罰を与える事も可能ですが、そのような事は日本の憲法が認めていないし、それを望む人も少ないでしょうから、福田孝行本人の為にも死刑が妥当だと考えます。
更生の可能性についてですが、私は福田孝行に更生の可能性は無いと考えます。
日本では年間千数百件の殺人事件が発生しており、検挙率は90%を越えているにも関わらず、死刑確定者は年間で0~20名程度です。
殆どの殺人犯に更生の可能性があるが、更生の可能性が全く無い一部の者に死刑判決が出ているという事です。

 このコメントを読んで、思い出したことがある。先日、いじめ問題の第一人者である内藤朝雄氏の「いじめと現代社会」(双風舎)という本を読み返していたのだが、光市母子殺害事件の加害者である福田孝行君について言及している部分を読んで愕然とした。一部を以下に引用しよう。

 加害者が不幸な生い立ちであろうと、教育によって変わる可能性があろうと、そんなことが人殺しの罪を軽くする理由になってはなりません。人間の尊厳は、教育や心理(たかが、こころの事情!)ごときとはくらべものにならないぐらい尊いものでなければならないからです。
 他人をなぶり殺したり、強姦目的で進入して女性と乳児を殺したりした者が、軽い刑罰しか受けなかった場合、どうなるか。「ほんとうは」人間は虫けらと変わらないのかもしれないという地面の上に、人間の尊厳という最高価値を理念的に実在化し続け、そのことによって第二の自然を人間の世界として「でっちあげ続ける」ヒューマニズム化の作用が壊れてしまいます。私たちが死守すべきは、普遍的なヒューマニズムが、第二の自然となった人権の社会です。(71ページ)

 内藤氏は福田君が「他人をなぶり殺した」「強姦目的で侵入した」と断定しているのだが、これは事実ではない可能性が高い。本村弥生さんの殺害に関しては、弁護団の主張するように大声を出さないよう口を塞ごうとしたが、手がずれて首を絞めてしまったという可能性は否定できないし、夕夏ちゃんの遺体には床にたたきつけられた痕跡は認められていない。少なくとも「なぶり殺した」「強姦目的」と断定できるような証拠はない。

 また、内藤氏は福田君が友人の少年に送った手紙のことも取り上げている。

 「知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うのは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君」
 この手紙がマスコミにすっぱ抜かれたあとですら、少年は裁判の二審で「勝ち」ました。(67ページ)

 少年への手紙については、捜査機関が関与した「やらせ」と言えるものだったことが増田美智子さんの取材によって明らかになっている。つまり、何としても死刑にしたい検察が、福田君の友人に手紙を書かせ、他人に同調しやすい福田君の性格を利用して挑発したのだ。マスコミはその手紙の一部のみをセンセーショナルに取り上げ、「全く反省していない」「モンスター」という人物像を作り上げた。内藤氏もこうしたマスコミの報道を真に受けたのだろう。

 そしてさらにまずいのは、こうした背景が明らかにされているのに、マスコミは自分たちの過去の報道に対し何ら訂正あるいは追加報道しようとしないことだ。だから、誤った認識が人々の頭の中にインプットされたまま、いつまでも正されないのである。酒鬼薔薇聖斗の事件も同じで、冤罪としか考えられないにも関わらず、多くの人が今でも少年が犯人であると信じている。

 福田君のことについては是非、増田さんの著書「福田君を殺して何になる」(インシデンツ刊)をお読みいただきたい。以下は私がこの本を読んだ感想である。

「福田君を殺して何になる」を読んで 

 福田君は決してモンスターなどではない。もちろん内藤氏は前述したような事実を知り得なかったのであろうから、マスコミ報道によって慎重さを欠く判断をしてしまったのはやむを得ない。そういう意味では、内藤氏がこのような判断をしたのはマスコミ報道の無責任さの結果ともいえるだろう。

 なお、内藤氏は死刑については以下のように書いている。

 私は理念的には死刑に賛成ですが、警察の捜査能力を考えて、技術論的には死刑は不可能だから廃止すべしという立場です。

 彼は、凶悪な犯罪に対しては厳罰化し、死刑扱いの終身刑をつくるべきだとの立場だ。

 ところで、「内藤朝雄氏の指摘するいじめの論理と解決への提言」にも書いたが、いじめが「集団の心理」に起因するものであり、生徒をクラスに閉じこめベタベタすることを強制する学校がいじめを蔓延させているという内藤氏の指摘には賛同する。

 また、内藤氏は英米系のいじめ対策であるピア・カウンセリングを否定している。ピア・カウンセリングとは生徒にいじめのカウンセリングをさせるというものだ。内藤氏は、ピア・カウンセリングは「やくざに十手を持たせるようなものだ」として、以下のように論じている。

 「みんな」が「みんなの嫌われ者」をいじめる場合、当然、「みんな」が行う人民裁判は「いじめられる側に原因がある」とするであろう。日本の教員がいじめをやめさせようとして開いた学級会は、おうおうにして、被害者の欠点をあげつらう吊るしあげの祭りになる。英米系のいじめ対策をありがたがる一部文化人や教育学者たちは、こういった「学校の常識」を知らないはずがないのに、自治を無条件で輝かしいものと考える習慣の方を優先させてしまう。(「いじめの社会理論」33ページ)

 内藤氏は暴力系のいじめに関しては学校内で対処するのではなく、法システムに委ねることを提唱している。

 確かに、日本の学校で子どもたちにピア・カウンセリングをさせていじめ問題が解決するとは思えない。常にまわりの空気を読んで皆と同調することを求められ、異質であれば排除される日本社会で、欧米の手法をそのまま導入してもうまくいかないだろう。内藤氏が指摘するように、場合によってはさらに被害者を追い詰める状況にもなりかねない。かといって、暴力的ないじめを法システムで対処するという提案には賛同できない。日本の刑事裁判は捜査機関の恣意性と「ヒラメ裁判官」によって、とても公正とは言えない状態に置かれているからだ。また、日本は少年犯罪の厳罰化を推し進めているが、厳罰化は決して犯罪を減らす根本的な解決にはならない。

 話しを元に戻そう。冒頭に紹介した野島さんは、なぜ「更生の可能性がない」と判断したのだろう。私はこのような意見を耳にするたびに、モンスターでもない少年の更生可能性を否定する理由は何なのだろうかと不思議で仕方ないのである。

2012年9月 1日 (土)

ナキウサギが準絶滅危惧種に

 先日、環境省のレッドリストの見直しが行われ、ニホンカワウソが絶滅危惧ⅠA類から絶滅へと変更されたことがニュースになった。そういえば、最近ではカワウソのことはすっかり話題にならなくなっていたが、最後の記録から30年以上も経過しているという。

 絶滅というのは進化の歴史の中でずっと繰り返されてきたことだ。とはいっても、近年は人為的な要因で絶滅種が急増している。いとも簡単に生物を絶滅に追い込んでしまうヒトという生物の責任は重い。

 ところで、今回の見直しに関してマスコミはニホンカワウソの絶滅のことばかり取り上げていたのだが、それだけが変更点ではない。エゾナキウサギが準絶滅危惧種へとランクアップされたのである。

 環境省のホームページに、注目される種のカテゴリー(ランク)とその変更理由が説明されている。

別添資料6 

 哺乳類ではニホンカワウソとミヤココキクガシラコウモリが絶滅種とされたほか、エゾナキウサギのランクが上げられ、馬毛島のニホンジカが「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定された。ほかにはゼニガタアザラシ、トドのランクが下げられ、九州地方のツキノワグマが絶滅とみなされて「絶滅のおそれのある地域個体群」から削除された。

 複数の哺乳類が絶滅と判断されたことはたしかに今回の見直しの注目点ではある。しかし、それと同時にエゾナキウサギがランクアップされたことも、北海道にとっては注目すべきニュースだ。ところが北海道新聞をはじめとした北海道のマスコミは、ナキウサギについては取り上げなかったようなのだ。

 その理由は恐らく環境省のプレスリリースに関係していると思われる。8月28日に発表された「報道発表資料」の、「3 注目される種のカテゴリー(ランク)とその変更理由(別添資料6より抜粋)」では「哺乳類」はニホンカワウソと九州地方のツキノワグマの絶滅しか取り上げていないのだ。

 環境省はなぜランクが上がったナキウサギのことを、「注目される種」としてプレスリリースで取り上げなかったのだろうか?

 これまでナキウサギは、「夕張・芦別のエゾナキウサギ」が「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されていただけで、種としてはレッドリストに入っていなかった。しかし、アセス調査などでは以前からナキウサギは希少種として特別扱いされていた。ナキウサギは実質的には絶滅危惧種と同様に認知され扱われているのである。

 また、ナキウサギは本来ならとっくに天然記念物になっていてもおかしくない存在なのだが、なぜか天然記念物になっていない。このために「ナキウサギふぁんくらぶ」が天然記念物指定を求めて署名活動を続けている。

 こうしたことからも今までレッドリストに取り上げられていなかったこと自体が不可解であり、軽視されていたとしか思えない。そして、今回ようやく環境省が準絶滅危惧種として認めたのだ。

 ナキウサギは高山帯の生物という印象が強いが、しかし実際には低山にもそれなりに分布しており、そのような生息地が開発行為や森林伐採などによって影響を受けているのである。士幌高原道路、日高横断道路、そして大規模林道もナキウサギの生息地を破壊する道路計画だった。情けないことに、こういう大規模開発にナキウサギが絡んでいると、自然保護に消極的な環境省は絶滅危惧種に指定したくないという心理が働くのだろう。しかしこれらの道路はいずれも中止になり、足かせがなくなったのである。今回ようやく環境省がナキウサギを準絶滅危惧種に指定したのは、こうした背景も関係しているのではなかろうか。

 ところで、国営美蔓地区かんがい排水事業でもナキウサギの生息地の破壊が問題になっている。加森観光が強引にスキー場開発をしようとしているサホロ岳北斜面は、大雪山系の生息地と日高山脈の生息地をつなぐ重要なナキウサギ生息地なのである。ナキウサギの生息地破壊は今も続いている。

 こうした問題が浮上しているにも関わらず、北海道のマスコミはナキウサギの準絶滅危惧種指定をなんら報じなかったのだ。環境省は今ごろになってようやくレッドリストに入れたことが恥ずかしいのか、プレスリリースにも入れなかった。そしてプレスリリースばかりに頼って深く取材しようとしないマスコミは、ナキウサギのランクアップにも気がつかなかったのだろう。なんともお粗末な話しである。

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