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2012年7月13日 (金)

アラスカの核実験場化計画を阻止した生物学者と先住民

 金曜日の夜の首相官邸のデモ、新宿のデモ、大飯原発の前での再稼働への抗議・・・。日本中の人たちが原発の廃止、再稼働反対の声をあげている。週刊金曜日の7月6日号では、官邸前の金曜デモが大きく取り上げられていた。首相官邸をとりまいて路上にあふれる人、人、人。みんな自分の意思で足を運び、脱原発、再稼働反対を訴えている。わが目を疑うかのような凄い光景だ。

 そのデモの人波を見て、私はアラスカの核実験場化計画を阻止した生物学者と先住民らの運動のことを思い出した。星野道夫氏の遺作となった「ノーザンライツ」という本に、そのことが綴られている。その本の「幻のアラスカ核実験化計画 一~五」に、かつてアラスカに計画された核実験場化計画をめぐる先住民や科学者の闘いのことが、あたかも自分の目で見てきたかのように描かれている。

 この計画は「プロジェクト・チェリオット(チャリオット)」と言い、1957年にもちあがったという(星野道夫は「チェリオット」としているが、一般的には「チャリオット」と呼ばれているようだ)。「水爆の父」と呼ばれるエドワード・テラーが中心となりアメリカ原子力委員会が進めたプロジェクトで、水爆を用いて港湾を造るという計画である。その実験の場に選ばれたのがアラスカのポイントホープ村の南東約50キロに位置する、ケープトンプソンというイヌイット(エスキモー)の村だった。

 プロジェクト・チェリオットの推進のために、アメリカ原子力委員会は計画による経済効果を説いて回った。1960年にはアメリカ原子力委員会のメンバーがポイントホープ村で説明会を開いた。村人から投げかけられた「死の灰」への質問も、害を与えないという嘘の説明をした。しかし、その説明は村人によって当時普及しはじめたレープレコーダーにすべて録音されていた。

 一方、アラスカ大学はこの計画の推進に関わり、プロジェクト・チェリオットの環境アセスメント調査を請け負った。アラスカで野生動物の研究をするためにアラスカ大学に就職したビル・ブルーイットは、このアセスメントのためにアラスカでカリブーの調査を引き受けた。そして彼は、カリブーが主食とする地衣類と放射能の関係に気づくのである。

 1950年代後半から60年代初めにかけての核実験による放射能の大半は北半球の温帯域に落ち、その量は北極圏の10倍に達していた。ところがカリブーの体内の放射能は温帯域の家畜と比べて何倍も多いのである。地衣類が放射能を吸着し、それを主食としたカリブーが汚染されたのだ。医療チームの調査によると、カリブーを主食とする先住民族の人々が被曝していることが分かった。ビル・ブルーイットは、プロジェクト・チェリオット計画がアラスカの生態系や先住民に与える影響を、知ってしまったのである。

 そして、彼がアメリカ原子力委員会に提出したレポートは、地衣類とカリブーの食物連鎖を通して放射能が蓄積されることを指摘した部分など、計画推進にあたって都合が悪い部分が削除され、爆発による放射能の影響はほとんどない、と変えられていたのだ。

 真実を知ったビル・ブルーイットは、プロジェクト・チェリオットの危険性を仲間に知らせた。この仲間には、アラスカの自然を愛する二人の女性パイロットのほか、アセス調査に参加していた二名のアラスカ大学の研究者も加わった。環境調査に加わった三人の研究者は、アメリカ原子力委員会の計画をつぶす側にまわり、大学を追われることになる。

 さらに、アラスカの先住民らがこのプロジェクトの反対運動を始め、それがおおきなうねりとなって広がった。1961年11月15日、ポイントホープよりさらに北のバローの村の集会場に何と200人を超える先住民族が、この計画を阻止するために集まったのだ。

 こうした反対運動はアメリカ内務省を動かし、内務省は環境調査を見直して、プロジェクト・チェリオットの是非に介入していくことを決めた。そして、1962年8月に、アメリカ原子力委員会はプロジェクト・チェリオットの断念を表明したのである。

 その後、カナダ科学アカデミーがビル・ブルーイットにその年の最高賞を授与し、アラスカ大学も彼を卒業式に招待して名誉博士号を授与した。かつてビルを追い出したアラスカ大学は、自分たちの過ちを認めたのだ。

 詳しくは、星野道夫著「ノーザンライツ」(新潮文庫)をお読みいただきたい。

 今のように情報を得るのも困難な50年前のアラスカで、先住民らは放射能の恐ろしさを察知した。そして、自らの信念を貫いた生物学者とともに一致団結し、アメリカ原子力委員会という巨大組織を相手に闘って勝利を収めたのだ。こうしてアラスカの生態系は放射能汚染から守られたのである。もし、このとんでもない実験が行われていたなら、今頃、北極圏は凄まじい放射能汚染に見舞われていたに違いない。

 この計画には後日談がある。計画が中止されたあとも、実験で使われた核廃棄物が密かにアラスカの大地に埋められていたのだ。そのことを知った住民は汚染された土壌の除去を求め、米政府はそのために多額の費用を投じたという。

チャリオット作戦(Wikipedia)

 今、日本の各地で繰り広げられている反原発のデモとアラスカのイヌイットの姿が重なり、原発の恐ろしさを訴え続けてきた高木仁三郎氏や小出裕章氏などの反骨の科学者とビル・ブルーイットの姿が重なる。インターネットも何もない50年前に住民の力によって実現できたことが、今の時代になぜできないのだろう。そう思うのは私だけだろうか。

 原子力の安全神話という嘘は50年も前から連綿と続いている。原子力を推進するための騙しの手法も何も変わっていない。どれほど科学が進歩しても詐欺師はしぶとく生き続け、弱者を騙すことに余念がない。しかし、決して諦めてはいけないと思う。

 来る16日には代々木公園で「さようなら原発10万人集会」とデモが行われる。

7・16は「さようなら原発10万人集会」へ!

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