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2012年6月20日 (水)

無駄な道路の典型、道道688号名寄遠別線

 3日ほど道北に調査旅行に行っていたのだが、税金の無駄遣いとしか言いようのない道路工事が行われているのを発見してしまった。

 場所は、日本海側に面する遠別町。遠別川に沿ってつけられている道を奥へと進んでいくと、ゲートにぶつかって通行止めになっている。

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 この道路はもともとは遠別川流域に住む人たちの生活道路なのだが、それを延長し、山地を突っ切って幌加内町の朱鞠内湖からの道につなげる工事をしているのだ。未開通となっている遠別町と幌加内町の両側から工事が行われていて、あとわずかで開通しそうなところまできている。Google Earthで見ると未開通部分は直線距離にして2kmほどのようだ。

 この道路、開通したところで交通量など知れていることは火を見るより明らかだ。もちろん開通しても冬は通行止めになるのだろう。ただでさえ交通量が少ない上に、一年の半分は使えない道だ。

 北海道には同じような道路があちこちにある。山の中を立派な舗装道路が走っているのだが、すれ違う車がほとんどなく閑散としているのだ。本州の人が見たら、山の中に使われない立派な道路があることに驚くに違いない。こういう道は、「必要だから」という理由ではなく「造ることが目的」で造られてきたに違いない。地元の人も、自分のお金で造るわけではないので、賛成はしても反対をすることはない。しかし、完成しても自分では滅多に使わないのだ。

 北海道は財政難だといいながら、こうした道路建設に多額の税金を投じてきた。一度走り出したら止まらない公共事業の典型だろう。ろくに使われない道でも、開通したら維持管理費がかかる。たとえ建設途中であってもきっぱりと止めることで、どれほど税金の無駄遣いと自然破壊を防げることか。

 士幌高原道路も日高横断道路も、大規模林道も建設途中で止まったではないか。高橋はるみ知事はなぜ「時のアセス」で無駄な道道工事の見直しを図らないのだろう。

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自然保護」カテゴリの記事

コメント

 今まで税金を投入した元が取れませんが、それで良ければ中止ですかね。
 

今まで税金を投入したのは事実ですが、こ開通してもろくに車の通らない道にずっと維持管理費がかかるのです。それも大きな無駄づかい。しかも北海道の場合は冬季は閉鎖になってしまう場合が大半です。中止もやむを得ないと思います。

道路の必要性について色々調べています。
以下URLの開発局再評価資料をみると費用便益比もギリギリOKですが、この道道は無駄な道路の典型でしょうか?冬季通行止は前提にないようですが

http://www.hkd.mlit.go.jp/topics/singi/h210317_2_8.pdf

じろーさん

道路の費用便益はどうにでもできます。かつて大規模林道という山の中に長距離の峰越し林道を建設する計画がありましたが、その費用便益はどう考えても意図的に1以上にしているとしか思えないものでした。大型公共事業の費用対効果はだいたい数字を操作していると考えていいでしょう。

また、この道路の条件からして冬季通行止めにしないというのは考えにくいですね。夏でもここを利用する車は非常に少ないとしか思えません。冬はなおさらでしょう。あなたの示した原案準備書の段階では冬季も利用するという予定でも、実際にはどうなるか分かりません。

「災害などによる道路寸断での孤立化を解消」といっても、う回路のない道などいくらでもあります。こんな理由で道路が必要であれば、どこも網の目のような道路整備が必要になってしまい非現実的です。

ご回答ありがとうございます。
費用便益はどうにでもなるのですね。
そうなると、道路整備は何を基準に判断すべきかわからなくなりました。意図的に便益比をあげているとすると、本当に必要な道路とそうでない道路の判断が便益比からはわからないんですね。
貴重なお話有難うございました。

じろーさん

その通りで、事業者は便益比(費用対効果)を1.0以下にすることはまずありません。意図的に1.0以上にするのが常です。ですので便益比では必要性は判断できません。

大規模林道では自然保護団体が便益比の計算の根拠を問い質したのですが、過去の資料を廃棄してしまったと言って説明を逃れました。ここを突っ込まれると困るのでしょう。

恐縮です。無駄を指摘するのは意義深いことで敬意を表します。ですがちょっと反論をさせてください。
留萌管内にはまともに現在お産が出来る病院がありません。検診など旭川にわざわざ出かけるのが通例だそうです。
それなりの医師を地域に派遣しても長続き出来ないようです。その旭川に近い役割を果たしているのが名寄にある名寄市立病院でオホーツク側の町から多くの利用があるそうです。留萌北部の遠別や天塩から名寄であれば往復でも日帰りで移動することは容易です。
病院に限らず、冬になると必ずブリザードが発生します。この事態を一度でも体験すれば内陸に通じる道路の必要性は理解いただけると思われます。


はじめさん

ご意見ありがとうございました。私自身も市街地から離れた僻地に住んでいますのでそのような事情やご意見は充分に承知しています。

しかし、地域医療の問題と道路の問題は本来別のこととして捉える必要があると私は思っています。

お初お目にかかります。
かつて遠別に住んでいた者です。
現状、遠別の人間が産婦人科へかかるには、海岸沿いの道路を使って稚内か留萌まで出る必要があります。
しかし冬場は大吹雪の影響で道路が通行止めになることがあります。
忘れもしない1月11日午後9時、予定よりもかなり早く破水が始まりました。
急いで救急車を呼んでもらったのですが、当時沿岸道路は稚内側も留萌側も通行止め。
緊急車両は通れるので遠別までは来れるが、破水した妊婦を運んで大吹雪の中帰るのは無理だと言われました。
結局、遠別の小さな病院で出産成功率の低い経膣分娩で出産することになりました。
私の場合は出産成功、息子は今でも元気ですが当時この道路が完成していたら名寄の病院まで行けたのに…と思いました。(内陸道路では吹雪で通行止めになることは無いのです。)

この話は出産以外にも当てはまると思います。他の病気や事故、あるいは災害が発生した時の孤立。

遠別の人間の命の価値は都会に住んでいる人間の価値と同じです。
私は遠別のためにもこの道路が必須だと思っています。
もちろん日本中には無駄な道路がたくさんあるでしょう。政治家の人気取りのためにつくられた道路や地元の建設業者からの献金で許可された道路。道内で言えば十勝と日高を結ぶはずで作り初めて結局完成しなかった例の道路など。
しかし、都会と僻地を結ぶ道路の全てが無駄な道路ではありません。
私はあなたの主張に憤りさえ覚えました。自然環境は大切ですが、地球と人の命はどちらが重いのかと。
自然保護をうたうブログで自分の考えを発表しているのなら、闇雲に自然破壊の全てに反対するのではなく、ひとつひとつの案件をしっかり研究して発表するべきだと思います。
あなたにとっては無駄な道路でも、他の誰かにとっては必要な道路であることもあるんですよ。
それともあなたは田舎者は地球環境のためにしねと言うのですか?

旅行に出かけていたためにコメントの承認とお返事が遅くなり失礼いたしました。

あなたのようなご意見はしばしば耳にします。遠方の病院に通うために高速道路が必要だという意見を聞いたこともあります。しかしご指摘の問題は地域の医療を切り捨ててきた政治の問題であると私は考えています。

私も北海道のへき地に住んでおり、大きな病院がある街までは自動車で1時間以上かかります。以前は地元の町や近隣の町でも出産が可能でしたが、出産ができる医院が次々となくなってしまいました。似たような状況は北海道の地方ではどこでも起きています。もちろん出産に限らず救急医療においても同じです。私自身、大きな病院から遠いというリスクを自覚して暮らしています。

過疎化や医療の切り捨ては日本全国で起きているわけですが、だからといって莫大な建設費と維持管理費がかかる道路を至る所に建設するという話にはならないでしょう。過疎地の医療が切り捨てられてきていることこそ問題であるのに、それを道路のせいにするのはお門違いではないでしょうか。

私はろくに利用されない道路(場所によっては冬季閉鎖にもなる)にお金をかけるのではなく、地域住民への公共サービス(医療や介護、保育など)にこそお金を使うべきだと思っています。要は、お金(税金)の使い方の問題です。

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