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2012年5月

2012年5月29日 (火)

3号機格納容器内爆発について隠蔽を続ける東電と政府(続報)

 昨日「3号機格納容器内爆発について隠蔽を続ける東電と政府」を書いたが、今日になってもういちど新聞に掲載された放出量を確認してみた。

 北海道新聞に掲載された「東京電力の試算による福島第一原発事故での大気中への放射性物質の推定放出量(12~20日の空間線量率が変動した期間の数値)」で示されている放出量は以下となっている(単位は万テラベクレル。新聞では時間帯ごとに区分けされているが、一日分を合計した)。

12日  1.1986 
13日  0.752 
14日  7.746 
15日  16.68 
16日  18.0 
18日  4.0 
19日  6.62 
20日  4.584 

 12日から19日までの放出量の合計は54.9966万テラベクレルになる。20日の4.584万テラベクレルを足すと59.5806万テラベクレルだ。12日から20日の放出量は90万テラベクレルの3分の2だ。では残りの30万ベクレルはいつどこから出たのだろうか? そう思って東京電力のHPを見たところ、報告書が掲載されていた。

福島第一原子力発電所の事故に伴う大気への放出量推定について 

 ここでは東電の推定量と他の機関による推定量、チェルノブイリ事故での放出量を比較した表が示されている。推定に関する詳細は以下の報告書に記載されている。

福島第一原子力発電所事故における放射性物質の大気中への放出量の推定について[報告書] 

 この報告書の9ページと10ページに12日から31日までの放出量が掲載されている。21日以降もヨウ素やセシウムが放出されているが、16日前後の値から比べたら多い量ではない。しかも20日および21日の放出は2号機からのものと推定している。

 東電の報告書によると、大気への放射性物質の放出量の測定について「本来では既設のモニタリングポスト、スタックモニタで大気中への放射性物質の放出を把握できるが、モニタリングポストについては地震により、スタックモニタについては津波に伴い電源が喪失したため、スタックモニタ等の機能が喪失した。そこで、発電所周辺にモニタリングカーを配置し、空間線量率や気象データ(風向、風速)等を測定し、放射性物質の放出状況の把握に努めた」としている。

 空間線量の測定場所については20ページに図示されている。関東方面に向かって風が吹いていた場合は原子炉の南側にあるMP-8あたりでの線量が重要になるのだが、20日以降のグラフに示されている空間線量は北側の「事務本館北」と西側の「正門」のものばかりである。これでは南側の線量は分からない。モニタリングカーは南側の線量を定期的に測定していなかったのだろうか?

 東電が推測に用いたデータは偏った不十分なものとしか思えない。これなら計算に使う放射線量をいくらでも恣意的に操作できるのではないだろうか。そもそも東電が計測した東電の敷地内の測定値を基に算出すること自体、信ぴょう性がない。

 東電はこの報告書において、岡田直樹さんの指摘している20日から21日にかけての3号機の格納容器内爆発と、21日に関東地方にまで到達した大量の放射性物質の放出を隠そうとしているとしか思えないのだ。

 また、東電は海洋(港湾付近)への放射性物質の放出量も推測している。

海洋(港湾付近)への放射性物質の放出量の推定結果について 

 海洋への放出量の推定にあたっては、福島第一原子力発電所の南北放水口付近で行った海水中の放射性物質濃度のモニタリングデータを元に、3月26日から9月30日までの間に1万8100テラベクレルが放出されたと推定している。しかし、これは空中への放出量のわずか2%でしかない。この数値を信じる人はどれ位いるだろうか?

 福島の事故では燃料の冷却のために大量の水が原子炉に注入され、もうれつに汚染された水がダダ漏れとなって地下に溜まった。循環式冷却装置ができる前はかなりの汚染水が海に流れこんだに違いない。しかも、循環冷却装置は冷却で生じる汚染水の全てを回収しているわけではないだろう。今でも地下に浸透した汚染水が海に流れこんでいるはずだ。

 このダダ漏れした放射性物質については報告書の1ページで「まだ、図2のように格納容器から放出された放射性物質のうち、大気に移行しないものとして、格納容器外から原子炉へ注水した水に随伴された放射性物質が、格納容器から漏えいし原子炉建屋内を経てタービン建屋に滞留するものがある(本報告書ではこの放射性物質の量は評価対象にしていない)。」と書かれている。建屋地下にダダ漏れした放射性物質の量について、東電は無視しているのだ。

 福島では燃料の冷却による汚染水が今でも発生している。この装置で取り除いた放射性物質の量はどれほどなのだろうか? 本来なら、これらも事故によって放出された放射性物質の量に加えなければならない。汚染水として大変な量の放射性物質が出され、今でも出続けていることを忘れてはならない。

 大量の汚染水の発生はチェルノブイリではなかったことだ。新聞記事では大気中への放出推定量である90万テラベクレルを持ち出してチェルノブイリの事故の放出量520万ベクレルの6分の1だとしているのだが、海洋に大量放出された放射性物質を無視してチェルノブイリの放出量と比較するのはあまりにも欺瞞に満ちている。

 今回の放出量の推定は、やはり事故の過小評価のためとしか思えない。

【5月31日追記】
 熊本の小野医師もこの問題で記事を書いているので参考にしていただきたい。

90万テラベクレルのウソ(院長の独り言)

2012年5月28日 (月)

3号機格納容器内爆発について隠蔽を続ける東電と政府

 福島第一原発の爆発について振り返ってみよう。まず1号機が爆発して建屋の上部が吹っ飛んだのは3月12日だった。14日には3号機が爆発して建屋が大破。15日には2号機のサプレッションチェンバーが破損し、4号機の建屋も爆発で大破した。この一連の爆発によって15日から16日にかけて大量の放射性物質が福島県を中心とした地域に降り注いだことは明らかだ。

 一方で、3月21日に福島第一原発からの放射能雲が関東地方を襲い、関東地方を汚染したことも広く知られている。このときの放出が関東地方のあちこちにホットスポットをつくった。しかし、このときに大量の放射性物質を放出するような大きな爆発が起こったという報道はなかった。このために21日の放射能雲をつくった放射性物質の大量放出は何号機のものだったのかずっと不可解に思っていた。

 ところが先日、「さつき」さんのブログ記事で岡田直樹さんの以下の記事を知った。

2011年3月20日、隠蔽された3号機格納容器内爆発(Space of ishtarist)

 この記事は2011年6月25日に書かれたもので、3月20日の福島第一原発3号機の格納容器内爆発により21日に関東地方が汚染されたということについての考察だ。東電のデータを詳しく検証しており、非常に説得力のある内容になっている。長い記事だが、多くの人に読んで事の重大性を考えてもらいたい。

 岡田さんは20日から21日にかけての3号機の格納容器内爆発こそ「大気圏核実験が全盛期だった過去50年間の同地域の送料に匹敵する莫大なもの」であり、福島の事故で最大の被害をもたらすものだったという。

 岡田さんの論考によると、20日から21日にかけて3号機の圧力容器は設計圧力を大幅に超える圧力が記録されており、圧力容器・格納容器ともに大破したことが明らかだという。これは関東地方の放射線量が21日に急増したことと符合する。しかも、その事故は再臨界を伴う可能性が否定できないとしている。さらに問題なのは、15日の大量放出ではキセノン133など人体への影響が警備な希ガスであったのに対し、21日の大量放出ではヨウ素、セシウム、ストロンチウムなどが主だったと考えられているそうだ。

 岡田さんは、このことについて東電と政府の中枢部は知っていたが、隠蔽しているというのだ。3号機の建屋は14日にすでに大破していたので、20日から21日にかけての格納容器内爆発は「目に見えなかった爆発」ということになる。このことは、3号機の重大な爆発を隠蔽するには好都合だろう。恐らくこれは福島第一原発の事故における最大の機密事項ではなかろうか。

 東京電力は24日に福島第一原発で大気中に放出された放射性物質の放出量の試算を公表し、昨年3月だけで90万テラベクレル放出されたとした。

 新聞に掲載された12日から20日までの放出量の推定の表では、大量放出が14日から19日までに集中しており16日が最も多い。それに対し、20日の放出量は4.584万テラベクレルしかない。しかも20日の欄には「2号機からの放出続く」と記されており、3号機からの放出であるとは書いてない。この東電の推定放出量の表からは、21日に関東地方を襲った放射能雲の発生源は分からない。今回の東電の試算では、20日の大量放出を隠蔽しているとしか思えない。それに12日の1号機の爆発では大量放出はなかったのだろうか? このとき東電社員の家族は逃げていたのだ。

 新聞記事では、90万テラベクレルという量はチェルノブイリの事故の6分の1程度であるとしている。あたかもチェルノブイリの事故よりかなり小さな事故であるとでも言いたいかのようだ。しかし人口密度の高い首都圏を放射能雲が襲ったのだから、人口密度がまったく異なるチェルノブイリと比較するのは目くらましだ。

 原発事故で莫大な人口を抱える首都圏が深刻な汚染に襲われたなどというのは前代未聞だし、健康被害のことを考えたなら、東電や政府は何としても3号機の格納容器内爆発と関東地方の汚染を隠したいに違いない。

 ところで福島第一原発の事故の真相究明はどうなっているのだろう? 田中三彦さんは東電のデータを解析し、1号機では地震そのもので冷却剤喪失事故が起きた可能性が高いとかなり前から主張していた。それはたぶん間違いないだろう。しかし、14日の3号機建屋が大破した爆発や4号機の建屋の爆発については不明なことだらけのままだ。

 岡田さんは爆発から3カ月後にこの記事を書いているのだが、この結論を出したのは3月24日までだという。文系の研究者が爆発後数日でこの結論を出しているのに、1年以上たっても岡田さんの指摘を否定する考察は出されていないのではないか? これこそ不思議なことだ。ここにはやはり隠蔽と情報操作が働いているとしか思えない。

 東電は東北から首都圏までをも汚染するとんでもない大事故を起こし、今でも4号機倒壊などの危険性が指摘されている。東電は所有しているデータをすべて公表し、何が起きたのか明らかにする責任がある。

 政府も、こんな状態で再稼働を持ち出すなど論外だ。

3号機格納容器内爆発について隠蔽を続ける東電と政府(続報)を書きました。

2012年5月24日 (木)

原告の嘘が認定された光市事件出版差し止め訴訟をどう見るか

 光市母子殺害事件の福田孝行君についてのルポ「福田君を殺して何になる」(増田美智子著、インシデンツ刊)の出版差し止め裁判で、23日に広島地裁の判決が出た。この裁判は福田君が刑事事件の代理人でもある安田好弘弁護士らを代理人にし、著者と版元の寺澤有に対し出版差し止めと1300万円の損害賠償を求めていたものだ。

 マスコミ報道からは判決の詳しいことは分からないが、出版差し止めに関しては棄却し、顔写真の掲載や許可を得ていない手紙の掲載はプライバシーの侵害だとして66万円の賠償を命じたとのこと。

 この裁判に関しては何よりも訴えの背景を考えなければならないと思う。この出版差し止めに関しては、出版される前に、福田君本人ではなく福田君の弁護士と寺澤さんが「ゲラを見せる」「見せない」で対立していたという事実がある。寺澤さんがゲラチェックを拒否すると、弁護士が「ゲラを見せなければ、法的手段をとる」「法的手段をとれば、こちらが勝つ」という脅しともいえる要求をしたという。これについては以下の寺澤さんへのインタビュー記事を参照していただきたい。

寺澤有さんへのインタビュー(その1) 

 そして実際に起こされた裁判では、福田君側は、「許可なく実名を掲載した」「出版前にゲラを見せると約束していた」と主張した。それに対し、著者の増田美智子さんや版元の寺澤有さんは、実名掲載は福田君の許可を得ているし、事前に原稿を見せる約束をしたという主張は捏造だと真っ向から否定していた。

 今回の裁判では「原告は出版前に実名の記載を承諾しており、掲載禁止を肯定するほどの違法性はない」としている。福田君側の主張は退けられており、福田君側が嘘を言って裁判を起こしたことは明らかだろう。ではなぜ嘘をついてまで訴訟を起こしたのだろうか? これは非常に重大なことで、寺澤さんも弁護士らによるSLAPP(恫喝)訴訟だと主張している。

 嘘によって起こされた裁判であるのは間違いないと思うが、問題なのは嘘をついたのは福田君なのかそれとも弁護士なのかということだ。刑事裁判で死刑か無期懲役かが焦点となっているときに、福田君が嘘をついて訴訟を起こしてもメリットなど何もない。むしろ裁判で嘘が認定されたなら「嘘つき」のレッテルを張られて不利になる。しかも「福田君を殺して何になる」は福田君の裁判に情状面で有利に働く内容であり、福田君にとってマイナスになる本ではない。

 一方で、この本には増田さんの取材をめぐる弁護団の対応について、批判的に書かれていた。弁護団にとっては歓迎しない本だろう。このことこそ出版差し止めの目的だったのではなかろうか?

 忘れてはならないのは、福田君はリーダー的存在である安田好弘弁護士に従わざるをえない状況に置かれているということだ。このことは今枝弁護士の解任の際の状況でも明らかだ。福田君は今枝弁護士を最も信頼しており解任したくはなかったのだが、安田弁護士らの求めに応じて泣く泣く解任したといえる。だから弁護士らによる嘘の主張による提訴を福田君が拒否できないのは容易に想像がつく。

 客観的に見ても、出版差し止め裁判は福田君の意思で起こされたのではなく、弁護士らの意思で起こされたとしか思えない。そうであれば、福田君はまさに弁護士に嘘を強いられた被害者だ。人権侵害も甚だしい。そして福田君はおそらく今でも本心を言えない状況に置かれている。

 嘘の主張による訴訟提起は厳しく糾弾されるべきだし、そもそも嘘をついたのは弁護士である可能性が高い。このような訴訟は訴えそのものを無効にすべきだと私は思う。

 写真や手紙の掲載がプライバシー侵害だという点に関しても、福田君の意思というより弁護士の主張をそのまま受け入れざるを得なかっただけではなかろうか。写真は少年時代のもので成人した彼を特定できるようなものではないし、手紙だって福田君の刑事裁判に悪影響を及ぼすような内容ではなかった。

 たとえ福田君の本意によるものだとしても、この本は小説や単なるエッセイではない。大きな社会問題になった重大事件に関するルポであり、報道目的に出版されている。そのような本での写真や手紙の掲載について、どこまで本人に確認する必要があるのだろうか? これでは事件報道が相当制約されることになるだろう。

 増田さんらは控訴するとのことだが、控訴審ではこのような点について明確にしてほしいと思う。

2012年5月23日 (水)

「きっこ」さんと江川紹子さんの論争

 「きっこ」さんと江川紹子さんんがツイッターで論争をしていたことを知った。以下はそれに関する私のツイッターだ。

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ちょっとツイッターにご無沙汰していたら、きっこさんと江川紹子さんが論争していた。早川由紀夫さんがまとめている。「江川紹子 vs きっこ 上杉「ひばくなう」についての討論」http://togetter.com/li/307291#c531237 

私はきっこさんに軍配を上げる。きっこさんの方が論理的に筋が通っているし、江川さんは、きっこさんの質問に真正面から答えなかったり論点をずらしてしまっている。

江川さんは「工夫しながら安全に過ごせる地域の人たち」https://twitter.com/?tw_e=details&tw_i=204230581658198017&tw_p=tweetembed#!/amneris84/status/204230581658198017って言うけど、「安全に過ごせる地域」と「安全に過ごせない地域」を江川さんは線引きできるのかしら? そんなこと誰もできないと思うけど。

江川さんの言いたいのは、結局、放射能が危険だという人たちは福島の人たちの不安を煽り悪影響を与えている、だから想像力を働かせて不安を煽るような発言はするなということのようだ。いわゆるストレス論。

でも江川さんは被ばくが関わっているとしか思えない病気で苦しんだり亡くなったりすることがどれほどの苦しみやストレスを与えるのか想像したことがあるのかしら? 後で悔やむ人だっているでしょうに。このことはチェルノブイリが証明している。http://yukidarumanonamida.blog.fc2.com/ 

きっこさんはこういう事実を踏まえ、福島に住む人たちのことを想っているからこそ、希望する人に避難を呼び掛けているのだと思う。それに事実を知らせることと、不安を煽ることは違う。現実を直視できる人は事実を知って適切な行動がとれる。

江川さんや菊池誠さんは「原発業界御用学者リスト@ウィキ」の「エア御用な人々」http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/pages/17.htmlに載っているが、ご本人たちはここに書かれている批判をどう受け止めているのだろう。

私は悪質出版商法をしていた新風舎の広告塔になっていた江川紹子さんを批判したことがあるし、菊池誠さんの被ばく問題に関する発言についてもブログで批判している。だからといってお二人のこれまでの言動を評価していないわけではない。

菊池誠さんなどニセ科学批判の方たちが悪質商法に警鐘を鳴らすことは評価しているし、9.11の陰謀論を否定する菊池さんの意見も支持している。ただ、原発事故、放射能問題に関しては、お二人は自分たちの発言と批判を今一度読み直し反省点がないかどうか考えてみたほうが良いと思う。

高校生のとき、私はある教師から「反省のできる人であることが何よりも大切」と教えられた。このことを昨今ほど痛感することもない。自分の発言が批判されている以上、それを振り返って本当に誤りがなかったかどうか考えてみることが大切ではないか。

自分の発言のほうが正しいと確信できるのなら批判に対して論理的に反論すればいいし、自分が誤ったあるいは不適切な発言をしてしまったと思うなら訂正し謝罪する。それができるかできないかでその人の誠実さが分かるのではなかろうか。

きっこさんの質問に真正面から答えずはぐらかした返事しかできないようならみっともないし、信用を落とすだけだと思う。

***ツイッターはここまで***

 日本人は議論を好まない人が多いが、意見の異なる人たちが議論をしてお互いの理解を深めあうことはとても大事なことだと思う。対話で問題を解決しようとせず力ずくで従わせようとするから、暴力や戦争が絶えないのだ。

 ところが、いくら対話をしようとしても議論にならない人がいる。質問を無視したり、感情的な対応をしたり、巧みに論点をずらしてしまう人だ。こういう方は自分が答えられない状況に陥るのを恐れているのだろう。そして、答えられない状態に陥っても頑なに意見を変えようとしないし、論点をずらしてかわそうとする。自尊心が先にたち、相手の言っていることを認めたくない(自分の過ちを認めたくない)のだ。

 きっこさんに対する江川さんの返信は、まさにそんな印象を受ける。問いかけられたことに対し的確な返事をしないのであれば、それは議論とか対話とは言えない。

 以前、江川さんがご自身のホームページで森達也さんを批判したため、森さんが月刊誌「創」で江川さんに反論をしたことがある。そのときも江川さんは森さんの反論に答えなかった。自分の発言に責任を持つ態度ではないし、「逃げたんだな」と私は感じた。

 私が以前書いた江川さんの批判記事をもう一度探して読み返してみた。以下だ。やっぱり都合の悪いことは逃げてしまっている。

江川紹子氏の責任 

 議論や対話こそ平和的解決の一歩だと思うが、対話から逃げてしまうというのは残念だ。

2012年5月21日 (月)

戸籍の不正取得事件で注目される刑事罰

 昨年、司法書士や探偵業者などが戸籍を違法に取得して逮捕・起訴された事件があった。去る18日に、そのうちの一人である司法書士事務所経営の奈須賢二被告に、懲役3年の実刑判決がでた(ただし控訴もありえるのでまだ刑が確定したわけではない)。奈須被告は職務上請求書を偽造して愛知県の警察官などの戸籍謄本などを不正取得し、探偵事務所に売り渡していた。有印私文書偽造・同行使と戸籍法違反に問われたのである。

戸籍謄本不正取得:司法書士事務所経営者に実刑判決(毎日新聞)

 司法書士や行政書士は、戸籍や住民票の写しを請求できる「職務上請求書」というものが使える。これは司法書士や行政書士が所属する司法書士会や行政書士会から購入するのだ。この職務上請求書を不正使用して個人情報を違法取得する事件が後を絶たない。多くの場合、違法取得した個人情報は探偵社や興信所に売り渡すのだ。違法に戸籍や住民票を取得しても取得された本人はまったく気づかないから、やりたい放題になっている。しかも稀に発覚しても、行政書士会や司法書士会などの処分は極めて軽いのが通例だ。

 懲役3年という奈須被告の量刑が重いか軽いかは意見の分かれるところだと思うが、お金のために大量の個人情報を流出させたことの責任は重い。以下のブログでも取り上げられているように職務上請求書を1万枚も偽造して1枚5000円から15000円で売っていたという。単純計算でも5000万円は得ていたと推測できる。裁判所も「個人の信用情報にまで手を広げ、多額の利益を得ていた」と認定している。

 職務上請求書の意味 

 そして、問題なのはこれらの個人情報は司法書士から探偵社、探偵社への依頼人など複数の人の手に渡ってしまうことだ。戸籍は出生や死亡、家族構成や婚姻関係などが分かるきわめてプライベートな情報であり、厳重に管理されなければならないものだ。流出したものが悪用されないとも限らない。しかもこの事件は暴力団や統一教会なども関わっているようで、かなり複雑な様相を呈している。

統一教会も関わっていた司法書士による個人情報取得事件 

 2008年から住民基本台帳法と戸籍法が改正され、住民基本台帳法違反と戸籍法違反は30万円以下の罰金刑が科せられることになった。住民票や戸籍の違法取得は刑事罰が科せられるのである。起訴された他の司法書士や探偵業者の判決がどうなるのか分からないが、戸籍法違反という違法行為に手を染めたことは明らかだし、自己の利益のために違法行為を平然と行っていたことにおいて悪質性は高い(実際に職務上請求書を違法に使用するのは行政書士や司法書士だが、取得を依頼した探偵事務所や興信所も共犯(教唆罪)になる)。

 以前にも報告したが、私も行政書士によって戸籍を違法に取得された被害者だ。このために行政書士と興信所経営者を刑事告訴したのだが、理由もわからないまま「嫌疑不十分」で不起訴にされた。

警察官らの戸籍不正取得で司法書士らが逮捕、私の告訴は不起訴 

 被害者が違法行為を知り得た数少ない事例だったのに、捜査機関は訳のわからない甘い対応をしたのである。証拠があるのに告訴を門前払いしてしまうなら、何のために刑事罰を設けたのか分からない。

 それにしても同じ戸籍法違反を犯しておきながら、起訴される場合とされない場合があるというのは何ともおかしなことだ。今回の事件では司法書士や探偵業者にも恐らく刑事罰が下るのだろう。

 この事件、戸籍の違法取得をしたのは司法書士だけかと思っていたのだが、実は行政書士を兼務している司法書士がおり、偽造した行政書士用の職務上請求書を使用して戸籍や住民票の違法取得もしていたようだ。以下が東京都行政書士会の会長談話だ。起訴されたとなると行政書士会も軽い懲戒処分で済ますことにはならないだろう。それゆえに同じ戸籍法違反の被害者としては、司法判断や行政書士会の処分が注目されるのだ。

会員による行政書士用職務上請求書の偽造の嫌疑についての会長談話 

 もちろん刑事罰や懲戒処分だけでこのような不正がなくなるとは思えない。職務上請求書が不正使用されないよう、役所が本人確認をするなどのシステムの構築は必須だと思うし、そもそもこんなに簡単に他人の個人情報を取得できる職務上請求書が本当に必要なのかという疑問もある。

2012年5月19日 (土)

「さぽろぐ」の「はなゆー」さんのブログが消えた!?

 ブログサービスの「チャンネル北国tv」が今年の4月一杯で閉鎖され、「さぽろぐ」としてリニューアルした。これに伴って「さぽろぐ」は3月からプレオープンし、「チャンネル北国tv」からの引っ越しを希望する人の移動に応じていた。

 私も3月に「さぽろぐ」への引っ越しを済ませたのだが、本格オープンの5月になったら不思議なことにプロフィール画像が消えてしまった。画像が消えたのは私だけではなく、「チャンネル北国tv」から引っ越してきた方たちはみな消えてしまったようだった。

 リニューアル時に何らかのトラブルでもあり画像が消えてしまったのではないかと思い 、5月7日に事務局に問い合わせをすると同時にトップページでお知らせをしてほしいとの要望のメールを送ったところ、10日に以下の返事があった。

お世話になります。
さぽろぐ運営事務局です。

お問い合わせ頂きました件、ご不便をおかけしまして申し訳ございません。
チャンネル北国tvからの移行時に、
プロフィールの画像部分につきましては、移行対象となっておりませんでした。

大変お手数なのですが、
管理画面より再度、プロフィール画像をアップして頂けますでしょうか。

さぽろぐトップページでも、皆様にご案内させて頂きます。

以上、よろしくお願い申し上げます。

 プロフィールの画像部分は移行対象となっていないとの説明なのだが、3月に引っ越して以来4月までは画像も表示されていたのだから、なんとも不可解な説明だ。もっとも画像は再アップすればいいだけだから、それほど大きな問題でもない。この返事を受けて再アップした。

 プロフィール画像の件については「さぽろぐ」トップページでも案内をすると説明していたのに、そちらは一向にアップされない。しかも本格オープン早々、新規会員登録までストップしている。

 不可解に思っているところに「はなゆー」さんから以下の報告があった。

さぽろぐ(地域ブログ)に開設していたブログが事前連絡なしで削除された(闘争陥没乳首byはなゆー)

 「はなゆー」さんは「さぽろぐ」で4つのブログを持っていたのだが、事前の連絡なしにいきなり4つとも削除されてなくなってしまったという。これについて「はなゆー」さんはツイッターで以下のようにつぶやいている。

http://twitter.com/#!/hanayuu/status/203280867064426497
@onigumoobasan  経営体力がない弱小ブログサービスは圧力に弱いから仕方ないといえば仕方ないですね。

 この削除が何らかのアクシデントによるものなのか、それとも削除要請などによるものなのか分からない。しかし、アクシデントであればすぐに事務局から謝罪があってよさそうなものだし、「はなゆー」さんのブログだけアクシデントで全て消えてしまうというのはちょっと考えにくい。いったい何があったのだろう。少なくとも「はなゆー」さんには説明するべきだ。

 もし、圧力などがかけられた結果「はなゆー」さんのブログを丸ごと削除したのであれば「さぽろぐ」の対応は信じがたいものだし、言論の自由についてどう考えているのかということになる。たとえ無料であってもブログという言論の場を提供している以上、ブログ運営会社には「言論の自由」を尊重する姿勢があるべきだ。政治的発言や批判的発言を禁止するなどということはあってはならない。

 また、もし名誉毀損などの違法行為を理由にしてブログの削除要請があったなら、運営会社はその要請者が間違いなく当事者であるかどうかの確認をしなければならないだろう。利用規約違反であってもまずは本人に通知して修正を求めるのが筋だし、違反の対象は当該記事だけのはずだからブログそのものを削除するというのは信じがたい。とりあえず当該記事のみ非公開にするという方法もある。私が「チャンネル北国tv」から削除要請を受けたときも、削除ではなく非公開設定にされたのだ。

 ブログ運営会社の対応については、以前も紹介した以下の小倉弁護士の説明が参考になる。いずれにしてもブログ運営会社は正当な削除要請であるか否かをきちんと判断する必要がある。

はてなとGoo (la_causette)

 本格オープン以降の「さぽろぐ」の対応には不可解なことが多い。利用者の信用を得るためにも適切な対応を望みたい。

2012年5月17日 (木)

地震予知は公表して被害の軽減に役立てるべき

 現代ビジネスに以下の記事が掲載された。

全国民必読日本中がパニックに!?予知技術はここまで進んでいる2日前に「巨大地震の可能性」を発表そのとき、あなたと家族はどうする 

 私は東日本大震災が起きるまでは、地震予知にほとんど関心がなかった。というより、地震の予知がある程度確立されているということ自体も知らなかった。しかし、3.11のあと北大の森谷武男さんらの「地震エコー」による地震予知のことを知り、日本でも地震予知が行われておりかなりの確率で当てていることを知った。

 それで思い出したのが、2年ほど前にイソコモリグモの調査で落石岬に行ったときのことだ。アンテナのようなものが並んでおり、何だろうと不思議に思った。あれは、地震エコー観測用のアンテナだったのだ。このアンテナについては以下の森谷さんの説明を参照していただきたい。

VHF帯電磁波散乱体探査法(地震エコー観測法)による地震予知の研究 

 北大以外にも、民間で地震予知を行っている団体があるし、個人で予測をしてホームページやツイッターで公表している人もいる。地震エコーと相関性があるラドン濃度を観測している人もいるし、大気重力波などをチェックしている人もいる。電離層の異常も地震に関係していることが分かってきているそうだ。100パーセントの確率で当てることはできないにしても、地震はかなりの確率で事前に予測できるようになってきているのだ。これを防災に活かさない手はない。

 ところが、これほどの地震大国であるのに「百パーセント確実な予知しか発表を認めない」というのが国の立場なのだという。だから、予知の研究をしている北大も予知を公表していない。否、昨秋、森谷さんがホームページで公表したらそのページは閉鎖させられてしまったのだ。

 国が短期的な予知を公表しない理由には驚いてしまう。元前橋工科大学教授の濱嶌良吉氏は「予知を受けて、企業が活動停止したにもかかわらず、予知が外れたら責任が取れないなどの理由からだ」という。要するにこの国は、当たらなかったときの責任や経済面への影響ばかりを重視するがゆえに、短期予知を無視しているのである。「人命」より「外れたときのリスク」を重視するというのだから、何と馬鹿げた発想だろう。

 この発想は原発事故の対処とそっくりではないか。パニックという名目で、スピーディによる予測を公表しなかったあの事例だ。経済を理由に原発を再稼働させようというのも同じだ。目先のことにばかり捉われ、国民の命を守るという姿勢がまったく感じられないのだ。

 ギリシャは地震予知がもっとも進んでいて、1993年にピルゴス市をM6・7の直下型地震が襲ったときは、市が事前に警戒宣言を発令し住民を避難させたという。「外れたときのリスク」などというつまらないことに拘らず、予知を取り入れて避難をさせる国があることを日本人は知っておく必要があるだろう。

 まして、日本はいつ大地震が起きてもおかしくない地震大国だ。大地震の度に多数の死者を出している。しかし、ある程度の確率で予知ができるのならば、地震や津波で亡くなったり怪我をする人はずっと減らせるのではなかろうか。危険の少ない地域に移動する時間があれば移動し、時間がなければないでできるだけ安全なところに避難する、予知によってそうした行動をとるだけでも被害は相当軽減されるだろう。要は国をあげての危機管理の問題なのだ。

 「地震活動が活発化している」「首都圏直下の地震が起きる確率は何年以内に何パーセント」などと言っていても、肝心なときに何の対処もできないなら意味がない。「予知が当たらなくても責任を追及しない」というルールをつくり、予知を公表して対処を呼び掛けるべきだろう。いつ大地震がくるかと日々不安を募らせるよりよほどいい。

2012年5月16日 (水)

変わりゆく石狩川河口の海岸線

 石狩川の河口部は左岸に砂嘴が伸びており、川が北東に大きく蛇行して石狩湾へと注いでいる。そして左岸の砂嘴の先端から1.5キロメートルほどのところに石狩燈台がある。はじめて石狩燈台を見たとき「なんでこんな中途半端なところに燈台をつくったのだろう?」という思いが頭をよぎったのだが、先日その理由が分かった。

 石狩燈台は明治25年に建てられたのだが、その時は燈台のすぐ先が石狩川の河口だったのだ。燈台が建てられてから砂嘴がどんどん延び、河口は燈台からどんどん遠ざかってしまったのである。昭和40年代になって砂嘴の伸長が止まったという。

 燈台ができてから僅か70年ほどの間に砂嘴が1.5キロメートルも延びたことになる。そこが今は海浜植物の生育地として知られる「はまなすの丘公園」になっているのである。この砂嘴にはイソスミレなどの希少な植物が生育しているほか、イソコモリグモも生息している。今はちょうどイソスミレの開花期だ。

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 河口の左岸には聚富(しっぷ)地区と呼ばれるところがある。明治時代には聚富地区は海岸線のすぐ近くにあった。明治29年発行の国土地理院の地形図と昭和22年発行の地形図を比べると、昭和22年には海岸善が100メートルほど前進している。そして、昭和40年代にはさらに400メートル海岸線が前進したという。

 明治時代の半ばから大量の砂が河口に運搬され、左岸に長さ1.5キロメートル、幅数百メートルもの砂嘴をつくるとともに、右岸にも大量の土砂を堆積させたのだ。広大な砂嘴と、広々とした聚富海岸の砂浜を目の当たりにすると、堆積した土砂の量と速度に目を見張る。

 下の写真は聚富地区の番屋だ。手前が内陸側で、海に向かって撮影したものだ。以前はこの番屋のすぐ前が海だったそうだが、今はご覧の通り海岸線ははるか彼方になっている。

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 聚富地区の海岸には広大な砂浜が広がり、ハマニンニクやハマヒルガオがまばらに生える砂地はイソコモリグモの好適な生息地となっている。イソコモリグモの生息地は明治時代に比べたらはるかに広くなったのだろう。

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 もっともかつては石狩浜の全域にイソコモリグモの生息地が広がっていたと推測されるのだが、今は石狩湾新港の南西では確認されていない。開発行為と海岸浸食により生息地の半分以上が消失してしまった。

 海岸線は砂の堆積と浸食のバランスによって変動するのだが、石狩川河口の場合、河川によって大量の土砂が運ばれてきたために砂嘴が延び、聚富地区では海岸線が前進したのだろう。その大量の土砂は森林伐採による土砂の流出の増大と河道の直線化が関係していると思われる。明治時代には石狩川流域で大量の伐採が行われ、木材は筏を組んで流送していた。乱伐によって山から大量の土砂が流出しただろうことは想像に難くない。山に鬱蒼と茂る元手がタダの森林は「お金の山」に見えたに違いない。自然破壊がもたらす弊害など何も考えなかったのだろう。石狩川河口の砂嘴は金の亡者の欲の結果と言えるかもしれない。

 現在は砂嘴の先端部は浸食が進んでいるそうだ。ダムにより土砂の供給が減ったことが関係しているのだろう。人間の営みが海岸の形状すら大きく変えてしまうことを物語っている。それと同時に、海浜を生息地とする動植物も影響を受けることになる。

 石狩海岸には風力発電の計画があるが、残された砂丘の生態系をこれ以上壊すようなことはすべきではない。

2012年5月14日 (月)

石狩砂丘の海岸林に生きるキタホウネンエビ

 12・13日は石狩市で開催された北海道自然史研究会の研究発表と巡検に参加した。興味深い発表がいろいろあったのだが、発表で石狩砂丘のカシワ林の中の融雪プールにキタホウネンエビ(Eubranchipus uchidaii)という甲殻類が生息していることを知った。日本の固有種で、今のところ青森県の下北半島と石狩湾の海岸林でしか生息の記録がない。

 石狩海岸には海岸線に沿って石狩砂丘があり、その内陸側に幅500メートルほどのカシワの海岸林が広がっている。雪が解ける4月頃になると、この海岸林の中に「融雪プール」と言われている水たまりがいくつもできる(写真参照)。キタホウネンエビはこの融雪プールにだけ生息している希少な生物だ。しかも、林内にできる融雪プールならどこにでも生息しているというわけではなく、一部のプールにしかいないという。

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 エビという名前がついているが、いわゆるエビの仲間ではなく大形のプランクトンの仲間である。プランクトンといっても成体の大きさは2センチくらいある。雌はすでに卵を持っていた。

 下の写真は薄型の透明容器に入れて腹面から見たもの。

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 こちらは背面から見たもの。

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 興味深いのは、一年中水があるような沼などではなく、夏になると干上がってしまう雪解け水によってできた池に生息しているということだ。このために、水が溜まっている春の2カ月程度の期間に孵化して成熟、産卵するという特異な生活史を持っている。卵は0.4ミリメートルほどの大きさで、乾燥や寒さに強い。プールが干上がると卵は休眠し、春にまたプールができたときにふ化する。融雪プールという非常に不安定な環境に適応し、生き続けてきた生物なのだ。

 融雪プールは一時的な水たまりなので水生生物はほとんどいないと思ったのだが、トンボのヤゴや小型のゲンゴロウの仲間なども見られた。しかし融雪プールにしか生息していないのはキタホウネンエビだけだ。こんな不安定な水溜まりを生息の場として選び、青森県と石狩海岸に細々と生き続けている生物がいることに、進化の不可思議さを感じてしまう。

 このような海岸林は、かつては石狩浜に沿って広く続いていたのだが、開発によってかなり減少してしまった。また、石狩湾新港に近い海岸林では放水路や埠頭の建設によって水が抜けやすくなり、融雪プールができなくなっているそうだ。人間の開発によってキタホウネンエビの生息域も狭められている。

 キタホウネンエビは、何の変哲もない身近な自然にも希少な生物がひっそりと暮らしている可能性を、そして安易に自然を壊したり改変してはいけないことを教えてくれる。

2012年5月11日 (金)

警察の真実を伝える寺澤有著「本当にワルイのは警察」

 警察問題を追っているジャーナリスト、寺澤有氏の「本当にワルイのは警察」(宝島社新書)を読了した。

 私も警察関連の本は何冊か読んでいるので、警察といえば「裏金」やら「違法捜査」などを思い浮かべてしまう。しかし、この本を読むと、裏金から始まって拳銃のヤラセ押収、警察官のセクハラやレイプ事件とそのもみ消し、個人情報の流出、天下り、公安警察の問題・・・等々、悪事や不正の数々に目を見張る。こういう組織が犯罪の取り締まりをしているのだから、開いた口が塞がらない。

 とても読みやすい本なので是非多くの人に読んでもらいたいのだが、とくに印象に残ったことをいくつか紹介したい。

 ひとつは、東日本大震災を利用した裏金づくりだ。震災で亡くなった方の遺体は変死体として扱われるため、警察官が犯罪性の有無を判断する「検視」を行い、医師が死因を決定する「検案」を行うことになっているという。そのために変死体を検案した医師には謝礼が予算化されているのだが、これが検案した医師に支払われず、書類上では支払ったことになっていることがあるそうだ。医師への謝礼(一体3000円)が、裏金としてプールされていることは間違いないという。これは寺澤氏が情報公開によって開示した資料から判明したことである。

 東日本大震災では多数の犠牲者が出て医師が検案を行っているのだが、医師に支払われるべき謝金がどうやら裏金にまわったらしい。震災による遺体の検案が1万件なら3000万円の裏金がつくられることになる。被災者や遺族の悲しみを踏みにじる行為だ。

 警察の裏金問題は今では誰もが知る事実となったが、あれだけ明るみになった警察の犯罪がいまだに続けられているのだ。しかも大震災の被災者を利用して裏金をつくるという感覚は尋常ではないし、許されることではない。また、検案の謝金だけではなく通訳謝金(外国人の被疑者を取り調べる際に民間人の通訳に支払う謝金)に関する会計文書も捏造しているという。懲りずに裏金づくりに励む警察という組織にはほとほと呆れかえる。

 興信所などを通じた個人情報の漏えいも見過ごせない。興信所には警察のOBが関わっているという話は知っていたが、警察から興信所に個人情報が大量に流出しているという。運転免許証・犯歴・加入電話・・・等々。運転免許証の情報は、名前と生年月日から本籍や住所を割り出すのに使われるらしい。

 本書の内容からはやや逸れるが、本籍や住所がわかれば行政書士などの資格を持った者が職務上請求書を使って戸籍を取り寄せることができ(もちろん違法行為だが)、家族の情報も知ることができる。このような不正は日常的に行われている。

 私も興信所を介して行政書士に不正に戸籍を取得されるという被害に遭ったために、行政書士と興信所経営者を被疑者として刑事告訴をしたのだが、警察は告訴状の受理を拒み、東京地検は受理したものの不起訴にした。開示請求によって不正取得の証拠を得ているのだから違法行為は明確であり不起訴は不当だ。捜査機関がまともに対応しようとしない背景には、警察と興信所の癒着が関係していると思えてならない。

 なお、この件に関しては、以下を参照していただきたい。ただし類似した不正事件でも、被害者が警察官であれば被疑者を逮捕して刑事事件にするのだ。ご都合主義というほかない。

興信所を使って私のことを調べていた文芸社 
行政書士が私の個人情報を不正に取得していたことが判明! 
告訴状を送った警察官の速やかなる対応
行政書士による個人情報不正取得事件の中間報告 
警察官らの戸籍不正取得で司法書士らが逮捕、私の告訴は不起訴 

 国民の個人情報保護の意識は高まっているが、本人の知らないところでこともあろうに警察によって個人情報が不正に流されているというのがこの国の実態だ。

 もうひとつ、警察官と電力会社の関係について紹介しておきたい。原発事故後の東電の記者会見での追及で、32人の元警察官が東電に再就職していることが明らかになった。国家公務員で管理職の警察官(警視正以上が該当)の再就職は国家公務員法によって公表対象になっているのだが、寺澤氏によると11人が電力業界へ天下りしているそうだ。もちろん管理職以外にも多数の警察官が電力業界や関連会社に再就職している。

 元警察官の企業への再就職に関しては、「警備」とか「トラブルへの対応」という名目もたつだろう。ところが警察は原発の反対運動をしている人たちの監視や妨害を以前からしているらしい。これは警備などというものではなく反原発運動潰しだ。その具体的なエピソードについては是非本書を読んでいただきたい。今回の福島の原発事故で捜査機関が刑事事件として動こうとしないのは、長年にわたって警察が電力会社を守ってきたこととも関係しているのだろう。

 寺澤氏が警察問題を追及するジャーナリストになったきっかけでもある高校生時代のエピソードも興味深い。

 私も警察官の知人がいるし、警察官のすべてが救い難い悪人だとは思わない。しかしどれほど善良な人でも、警察組織の中に入ってしまえば裏金づくりに加担する犯罪者となる。警察とはそういう組織のようだ。そしてどうしようもないことに、警察に自浄能力はない。

 警察の実態を知り、我々はどうすべきかを考えるためにもお勧めの一冊である。なお、以下は本書に関する寺澤有氏のツイートを集めたtogetter。

寺澤有(@Yo_TERASAWA)さん『本当にワルイのは警察』 

 このtogetterからリンクされている以下のtogetterも面白い。

警察は告訴状を受け取らない 弁護士らのつぶやき 

 警察は私の戸籍不正取得の告訴や文芸社の詐欺容疑の告発(協力出版は詐欺商法か? 文芸社刑事告発回想記参照)を受理せず、東京地検はどちらも受理したが不起訴にした。どう考えても不当な不起訴であり、何のために法律があって捜査機関があるのか分からない。どちらもご都合主義の捜査機関だと思っている。

2012年5月 9日 (水)

御用学者の深い罪とメディアリテラシー

 池田信夫氏が主宰するアゴラ研究所のサイトにこんな記事が掲載された。

放射能パニックからの生還=ある主婦の体験から-自らの差別意識に気づいたことが覚醒の契機に 

 ここに登場する白井由佳さんは、福島の原発事故の直後はインターネットなどで情報を収集し「御用学者」の話が間違っていると思っていたのに、その後、考えを180度転換させ「御用学者」と言われている人たちの情報が正確な情報であったと考えるようになったようだ。そして、放射能の危険性を指摘する人たちを「放射能パニックに陥った人たち」だと言い、放射能パニックはカルト宗教への依存と似たものがあったと感じているという。

 放射能のことを気にしていなかった人が、インターネットで情報収集をして危機意識を持つようになったという事例なら分かるが、このような方がいるとは正直いって驚いた。

 誰が何を考え、何を信じるかは自由だ。しかし、私が不可解に思うのは、白井さんが考えを180度転換させることになった根拠がこの記事ではまったく分からないことだ。

 白井さんが考えを変えるきっかけになったのは、友人である福島出身の若い男性が福島から来たというだけでひどい差別を受けたことだったという。その男性を差別したのは、白井さんの言うところの「放射能パニック」に陥っている人だったのだろうか? ただ、放射能の恐ろしさを指摘している人たちが皆、福島の人を差別しているわけではない。また差別はたしかに不適切だが、その差別と「御用学者」の発する情報が正しいか否かは無関係でありまったく別のことである。

 少なくとも白井さんが「放射能の危険性を指摘する人たちの意見が間違い」であり、「御用学者と言われる人たちの情報が正しい」と判断した根拠を明確に示しているのであれば、読者も彼女の変化を理解できるだろう。しかし根拠も示さず、カルト宗教に置き変えてしまうのはあまりに非科学的ではないか。

 白井さんは放射能の恐ろしさを伝える人たちを「放射能パニック」と結論づけてしまった。しかし放射能がさまざまな病気を引き起こすことは原爆やチェルノブイリなどの事故からも明らかだし、科学的にも説明されている。放射能に対し危機意識を持ち恐れるのは当たり前のことだし、そういう人たちがみんなパニックに陥っている訳でもない。結局のところ、白井さんは危険を察知する能力があったのに、不安にかられた挙句、いわゆる「正常性バイアス」に捉われてしまったとしか思えない。

 「正常性バイアス」については以下の守田敏也さんのブログで分かりやすく説明されている。

避難を遅らす「正常バイアス」 

 東北から関東までの広い地域が汚染されてしまったのだが、そこに住む人たちが毎日被ばくの不安にかられていたなら日常生活に支障をきたす。そのような状況になると、人は危険を察知する能力を下げようとする適応機能が働き「大丈夫」だと思い込んでしまうのだ。汚染された地域で暮らしている人には、無意識のうちにこのような「正常性バイアス」が働いている人たちが多いのだろう。白井さんの放射能への不安を解消させたのが「正常性バイアス」に捉われている周囲の人たちの言葉だったのではないか。しかし、何年もしてから健康被害が生じる低線量被ばくの場合は、この「正常性バイアス」が命取りになりかねない。

 彼女の場合、不安が増大してパニック状態になった挙句、その不安の解消の仕方が間違った方向に行ってしまったと思えてならない。日本が放射能汚染され、汚染された食べ物が流通し、汚染瓦礫が拡散されている状況の中で必要とされるのは、「不安」を「パニック」とか「異常」と位置付けて忌避することではなく、事実を直視し「汚染を覚悟する」心構えだろう。いくら心配したところで、もう汚染のない日本には戻れないのだ。情報を取捨選択し、危機を見据えた上で被ばくを避ける努力をし、声をあげていくしかない。

 それにしてもパニックになった挙句、御用学者の情報が正しいと信じてしまったとは、この方のメディアリテラシーに疑問を抱かざるを得ない。御用学者の罪に関しては、以下の記事を読んで考えてもらいたい。冷静に考えれば、誰でも理解できることだと思うのだが。

成澤宗男:「山下俊一」という「3・11」後に生まれた病理(Peace Philosophy Centre)

 大マスコミが原子力ムラの一員となって被ばくの危険性に口をつぐんでいる今、日本人のすべてがメディアリテラシーを問われている。

2012年5月 8日 (火)

カシワ林保護のために価値観の転換を

 帯広市稲田町にある帯広農業高等学校の東側には12haのカシワの天然林が残されており、北海道が「環境緑地保護地区」に指定している。このあたりは帯広畜産大学や帯広北高等学校など学校が多く、農業高等学校の前を通る道は「学園通り」と呼ばれている。

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 この学園通りは以前は2車線(片側1車線)の道路だったが、帯広市の都市計画に基づいて幹線道路としての道路整備事業が行われており、4車線へと拡幅が進められている。ところがこのまま4車線にするとカシワ林が引っかかり一部を伐採しなければならなくなる。カシワ林の向かい側は住宅などがあり、そちら側の拡幅に関しては一部の地権者の了解が得られないという。そこでこのカシワ林の保護と4車線化をめぐって調整が難航しているのだ。

 ところでカシワ林は普通は海岸に発達し、内陸にはほとんど見られない。しかし十勝平野では内陸にまでカシワ林が広がっていた。これはかつて十勝平野が海であったことの名残りと考えられる。山岳画家であった故坂本直行氏のカシワ林と日高山脈の風景画は有名だが、かつては十勝平野のいたるところにカシワ林が広がっていた。

 しかしそのカシワ林も農地の開墾や市街地化によってどんどん伐られ、今では伐採を逃れた小さな林地が点々と残っているにすぎない。かつてどこにでも普通にいたメダカが今では絶滅危惧種であるように、十勝のカシワ天然林も今では希少な存在だ。希少な植物も生育しているという。だからこそ農業高校のカシワ林は環境緑地保護林になっているのである。

 伐って道路にしまえば二度と元のカシワ林には戻らないのだから、道路拡幅による伐採を回避したいという声が出るのは当然だ。しかし、このような状況になると必ずといっていいほど「渋滞解消のために拡幅は必要」「多少伐るのはやむを得ない」という声がでる。真っすぐで広い道路はドライバーにとっては確かに快適だ。しかし、たとえばカシワ林の前の数百メートルの区間を4車線にしたところでどれほどの時間が短縮されるのだろうか? とるに足らないほどわずかな時間に違いない。

 私は学園通りの交通量のことはよく分からないのだが、聞くところによると、とりわけ雨の日に渋滞が酷くなるという。高校に生徒を送る親の車で渋滞するというのだ。たかが雨が降っただけで親がタクシー代わりをするというのだから、呆れてしまう。

 親が高校生の送迎を日常的にするというのは、このあたりの高校に限ったことではない。数年前、所用があって音更高校に行ったことがある。ちょうど下校時刻に重なってしまったのだが、玄関の前に親の迎えの車の列ができていて驚いたことがあった。雨でもないのに下校時刻になると携帯電話で連絡をとりあって家族が迎えにいくのだ。いったいいつ頃からこんな過保護になってしまったのだろう。

 2、30年ほど前までは、バスを利用して登下校するのが当たり前であり、親が自家用車で送迎をするなどということ自体考えられなかった。渋滞の陰にはこんな過保護も関係しているのだ。

 帯広の郊外にある学園通りは、交通量がある程度あるといっても大都市の混雑した道路とは比べ物にならない。もっと交通量が多いのに、2車線の道路はいくらでもある。帯広市は人口も減っているのだからさらに交通量が増えるとは考えにくい。ほんの数百メートルの区画くらい、車線数が少なくてもいいのではないか?

 「保護林」を伐ってまで4車線の直線道路にこだわるのは、人間のエゴでしかないように思えてならない。「保護林」に指定するほど伐りつくされた天然林をこれ以上痛めつけることがないように工夫していくことこそ、ここまで森林を伐りつくした私たちの罪滅ぼしではなかろうか。

 部分的に車線数を減らしたり、あるいはカシワ林を迂回して曲がった道路にしたなら、それは「自然に配慮した」証なのである。車を利用する人々は、道幅が狭いことや曲がっていることに文句を言うのではなく、保護林を守ったことに意義を見出して評価する、そういう価値観の転換が必要なのだと思う。

 まして帯広市は環境モデル都市なのである。柔軟な対応をしてほしい。

2012年5月 6日 (日)

幻想の上に成り立っていた原子力発電

 連休最終日の今日、北海道では晴天に恵まれて気持ちのいい朝を迎えたが、何よりも5日夜の泊原発の停止によって国内の全原発が停止したと思うと気分もすがすがしい。もちろん、これで安全になったわけでは全くないが、原発などなくても日常は何も変わらない。

 ニュースによると国内で稼働中の原発がゼロになるのは1970年以来42年ぶりだという。経済成長だ、クリーンエネルギーだとの触れ込みで50基もの商業用原発が次々と建設され稼働されてきたのだが、こうして原発が止まってみると改めて「原発ってなんだったのだろう?」と思う。

 経済成長も限界が見え、原発がクリーンエネルギーだという主張も嘘でしかなかった。原発そのものが幻想の上に成り立っていたのだ。原発の嘘と危険性を知って反対していた人以外の大半の国民は、何十年も騙され続けていたことになる。すべての原発が止まってみると、その騙しの事実が実感できる。

 昨年の3月、首都圏では計画停電というパフォーマンスが繰り広げられ、その時にまことしやかにささやかれたのが「夏に電力が足りなくなる」という話だった。しかし、夏がきてみれば普通に冷房を使っていたし停電にもならなかった。多少の節電努力はあっただろうが、「不便」というようなことは何もなかった。

 北海道では昨年の夏、高橋はるみ知事が電力需要の増える12月に電力が逼迫するとの理由で泊原発3号機の営業運転を認めてしまった。しかし、北電は本州への送電を続けていたし、寒さの厳しかった今年の冬も何も起こらなかった。

 北海道新聞では「原発稼働ゼロ」という連載記事を掲載しているが、最終回の今日の記事にこんな記述がある。  

「切迫した状況じゃない。じっくりやればいい」3月、知事は幹部に言った。北電はこの時、猛暑でなければ8月に大幅な電力不足には陥らないとの試算を、内密に道に示していた。

 今年の3月に、北電自身が夏でも電力が足りることを認めていたのだ。今年の8月に電力不足にならないのだから、冬の電力不足だって嘘だ。北電は道民を騙し、知事もそれに加担していた。

 結局、電力が足りているにも関わらず、原子力ムラの連中が原発の必要性を捏造して地震列島に54基もの原発をつくり続けてきたのがこの国の実態だ。火力発電所をどんどん閉鎖していったのも、原発を造って動かしたかっただけだ。「地球温暖化防止」は名目でしかない。なぜなら、原発は「海あたため装置」であり、燃料を用意するために大量の二酸化炭素を放出するからだ。

 全原発停止はもちろん喜ばしいことだが、「金の亡者」であり「責任逃れに必死」な原子力ムラの住民たちは、これからも国民を騙そうと躍起になるに違いない。今度は「夏の電力不足」「冬の電力不足」、そして「経済の低迷」「電気料金の値上げ」と言って脅すのだろう。

 しかし、チェルノブイリや福島の大事故は、原発の大事故は地球上に住むすべての生物の生存に関わる問題であることを私たちに見せつけた。地球規模の問題である地球温暖化を防がなければならないというのなら、同じ地球規模の問題である原発こそ止めなければならない。原発事故は核戦争と変わらないのであり、人間の経済などといったものは、大事故で簡単に吹っ飛んでしまう。

 人間が原子力を制御できない以上、手を出してはいけない。これがチェルノブイリの教訓であり福島の教訓だ。このことを私たちは決して忘れてはならないし、再稼働を阻止して世界の原子力推進にブレーキをかけることこそ、地球を汚染させた日本人の責任だろう。もし中国の原発が大事故を起こしたならば、風下の日本はひとたまりもなく壊滅する。

 原子力ムラの住民ではないのに、再稼働しないと「経済成長に影響がでる」「産業が成り立たない」と言う市民は多い。しかし現状維持なら原発なしの電力供給で何も問題はない。原子力ムラの連中の言葉を鵜呑みにせず、よく考えてほしいと思う。福島の事故で被ばくをし、故郷を棄てて避難を余議なくさせられた人たちは原発の嘘を思い知ったはずだ。故郷も仕事も失い、自分や家族が被ばくして病気になったり亡くなったりするということがどれほど悲惨で壮絶なのか、想像力を働かせてもらいたい。

 原発ゼロという記念すべき日を迎えたからといって浮かれていてはいられない。何としても再稼働を阻止しなければならないし、そのためにはみんなが節電をして「電気が足りている」ことを示すべきだ。

 私たちは経済成長の名の元に、コマーシャルに踊らされて大量の資源を浪費し、大量のゴミを生みだし、自らの生活基盤である地球を破壊し汚染し続けてきた。考えてみれば、衣食住に必要な物など限られているのであり、買い込んだ大量の物はいずれ処分をしなければならない運命にある。私たちは産業界の騙しによって消費を煽られてきたのだ。

 アレルギーが急増したのも、私たちの生活に農薬や化学物質などが入りこんできたことと無関係ではないだろう。電磁波による健康被害だって起きるようになった。自然界にないものをつくりだした人間は、それによって首を絞められようとしている。

 美しかった日本の山河は破壊されて瀕死状態だし、動植物もどんどん姿を消している。さらには途上国の自然まで壊し搾取し続けている。潤うのはほんの一握りの「金の亡者」だけで、福祉が切り捨てられ貧困が蔓延し、うつ病や自殺者が異常なほど多い社会になってしまった。それが経済成長のなれの果てだ。

 私たちは一握りの「金の亡者」によって操られ、大量消費や利便性が「豊かさ」であり「幸せ」だと思い込まされてきた。しかし本当のところは幻想のために必死に働いてきたのではないか? 何と虚しく馬鹿馬鹿しいことをしているのだろう。

 原発事故をきっかけに、こういう社会自体を見つめ直し変えていく必要がある。それができなければ、人間は地球上でもっとも愚かな生き物ということだ。

2012年5月 4日 (金)

福島第一原発で何が起きたのか

 ドイツの「『希望的観測』のほかなにもない原子力」というテレビ番組がYoutubeで3回に分けてアップされている。それについて印象に残ったことと感想を書いてみたい。

ドイツWDR「希望的観測」のほかなにもない原子力Part1
 

東電は概して、独立中立の学者やジャーナリストを原発の敷地内に入れたくないと思っています。彼らはどうやら、情報が管理できなくなり漏れてしまうことを恐れているようです。

 これはナレーターの発言だが、東電は事故について重要なことを隠しているに違いない。本来なら広く情報知らせて事故処理のための叡智を結集させるべきなのに、あくまでも隠し通そうとしているのだ。こんな無責任企業が事故処理を担っているのが恐ろしい。

 3.11の地震のとき材料検査のサポートのため4号機の建屋にいたドイツ人の証言は、津波の凄まじさが伝わってくる。津波の前に海水が引いて港の水がなくなったというのだから、その時点で冷却水の取水もできなくなっただろう。

奇妙だったのは、海が完全にひいてしまっていたことでした。それも、数メートルなどというレベルではない。見渡す限り、海の水が後ろに消えていったのです。
港全体の底が見えていました。
信じられない量の水があっという間にものすごい圧力と共に訪れました。

 8分15秒くらいで足が汚染水に浸かった作業員の映像が出てくるが、こんな酷い状態であったことは日本のメディアはまったく報じていなかった。この方はその後どうなったのだろう。

 チェルノブイリの事故と福島の事故の共通点は「情報がなかなか出てこない」ということ。チェルノブイリの清掃作業についての詳細は、ソビエト連邦が崩壊してからやっと公開されたそうだ。日本でも同じ道をたどるに違いない。

 最後のほうでは福一でロボットの操作をしていたSH氏のブログでの報告が紹介されている。「言いたい放題やりたい放題」というブログだ。今はこのブログは存在しないようで、ミラーブログがある。SH氏が情報を出し過ぎたため圧力でもかけられたのだろうか?

福島第一原子力発電慮におけるロボットオペレーターの手記(ミラーブログ)

 番組では津波によって電源を消失したことが事故の原因であるかのような説明をしているのだが、田中三彦さんは事故の少し後から東電のデータを解析し地震で配管が破損した可能性が高いと主張していた。地震によって冷却剤喪失事故が起こったことはもはや疑う余地はないのではないか。ドイツには地震で壊れたという情報は伝わっていないのだろうか?

ドイツWDR「希望的観測」のほかなにもない原子力Part2
 

 Part2では、瓦礫撤去や冷却水の循環システムの構築、1号機のカバーリングなどについて説明している。この作業には何と4万人の作業員が必要だったそうだ。カバーリングによって外に放出される放射性物質は抑えられるが、東電が情報を出さないのだから、中の様子はますます分からなくなるだろう。

 福一の瓦礫の撤去の様子や保管の状況はこの番組で初めて見た。東電は溶融した燃料を取り出すと言っているようだが、現時点ではそのような技術は確立していない。ならばはっきりそう言うべきだろう。以下参照。

フクイチ 溶融燃料取り出し「直接適用できるテクノロジー、存在せず」世界的は廃炉ビジネス・リーダーのES社の社長が明言(机の上の空 大沼安史の個人新聞)

 福島の事故の放射能汚染については、世界の80カ所にある放射能測定所のネットワークがとても役に立ったという。ノルウェーの高層気象学研究所では放射能雲の拡散の予報を行った。気象学者のアンドレアス・シュトール氏は、ある独立した国際組織が設置したウィーンの計測器のデータをもとに福島の事故を再現した。事故が起こってから3日間は放射能雲が太平洋に向かって流れたが、4日目に低気圧が発生して内陸に向かって風が吹き、ちょうどそのとき大量の放射性物質が放出された。9日目には放射能雲が首都圏にも及んだという。

 チェルノブイリと福島を比較すると、福島ではチェルノブイリの約半分の量のセシウム137が放出されたことがわかったとのこと。チェルノブイリでは放出されたセシウムは陸地を汚染したが、福島では79%のセシウムが海に落ち、19%が日本の陸地を襲い、2%がアメリカ大陸など他の大陸に落ちたという。

 フクイチからの放射性物質の拡散シミュレーションには以下のものもある。おおよその拡散の様子がわかるだろう。

  

 チェルノブイリと比べると福島では陸地の汚染地域は小さいのだが、しかし人口の多さや首都圏にまでホットパーティクルが飛散したこと、今も事故が収束していないことなどを考えると放出量だけを単純に比較するのは不適切だろう。

 番組では避難区域よりさらに外側の汚染された地域(赤い色で表示)では穀物をつくることが許可されないと言っているが、実際には耕作は禁止されてはいない。これは恐るべきことだ。

 東電の今後予定は次のようだという。原子炉建屋にカバーをつけ、2年ほどかけて建屋の上の部分から瓦礫を撤去する。そのあと2年ほどかけ燃料プールの破損していない燃料棒を取り出す。そのあと建屋の除染を行い、圧力容器の破損箇所を密閉し、10年後に圧力容器を水で満たす。このあと遠隔操作により水中で破損した燃料を取り出す。この作業が終わるのが25年後。さらに10~15年で原発を解体撤去し放射性廃棄物を処分する。

 東電は理想を語っているだけのようにしか思えない。福島では非常に困難な廃炉作業が何十年も続くのだ。同じような事故が再び起これば、この国は終わりだろう。

ドイツWDR「希望的観測」のほかなにもない原子力Part3
 

 ナレーターは、日本人はこれから放射能による健康被害という不安を抱えて生きることを強いられるとしながら、日本人の自制心や落ちつきに関しては「奇異に映るほど」と言っている。原子力ムラの人たちとメディアによる情報操作・情報隠蔽により放射能の怖さが知らされていないこと、健康被害はすぐに生じないこと、政府が避難を補償せず簡単に避難できない人が多いことなどが「落ちついて見える」理由だろう。協調性を大事にする国民性も関係しているかもしれない。

 現在、世界中で435気の原発が稼働しており、そのほとんどは米国、ヨーロッパ、ロシアにある。すでに原発のある国ではさらに新しい原発を計画中で中国では26基もの原発が建設中だとのこと。さらに17カ国が原子力エネルギーに乗り出そうとしている。チェルノブイリや福島という大事故を目の当たりにしながら、多くの国は何も学んでいないのだ。

 ただし、スウェーデンとスペインは福島の事故が起こる前に新しい原発をつくらないと決めており、スイスとベルギーは福島の事故が起きてから、原発からの撤退を決めた。ドイツは福島の事故が起きたとき17期の原発が稼働していたが、4日後に8基が停止されたそうだ。

 地震の頻発する事故の当事国ですら事故を受けて停止したのは浜岡原発だけ。それ以外は定期点検で停止したのだから、意識の違いがはっきりと表れている。

 最後は原発のゴミ、核廃棄物についての問題提起。世界で発電される電気の14%を原子力が担っているという。かつて核廃棄物をドラム缶に入れて海に投棄していたことは知っていたが、大西洋だけで250本ものドラム缶を投機してきたそうだ。そして核廃棄物の海洋投棄がよくないと認められるまで20年かかったという。グリーンピースが海洋投棄に反対し、1993年に全面禁止になるまで20年かかったそうだ。

 1993年といえばほんの20年前だ。そんな最近まで海洋投棄していたのかと思うとゾッとする。今は行き場のないまま、核廃棄物は世界各国の中間貯蔵施設に溜まり続けている。最後のナレーターの言葉を私たちは重く受け止めなければならない。

原子力エネルギーは、その当初からもともと希望、という原則で進められてきたのである。原子力エネルギーの利用が始まって60年。世界に430基もの原発が稼働しているが、それらが出す放射性廃棄物の最終処分所は、まだ世界のどこにもないのだ。

 私には「希望という原則」というより「お金という欲」に支配されて進められてきたように思える。人間がこういう欲を捨てなければ地球に未来はないのではないか。

2012年5月 3日 (木)

さぽろぐの不具合?

 昨日、「さぽろぐ」の自分のブログを見たら、プロフィールの画像が表示されない。ランキングを見たら、他にもプロフィール画像が消えてしまっている人がたくさんいる。私のブログのプロフィールだけが表示されないわけではないらしい。

 そこで管理画面を見ると、何とそこからもプロフィール画像が消えてしまっている! 「チャンネル北国tv」が4月30日で終了し「さぽろぐ」にリニューアルしたのだが、それに伴ってなにか不具合が生じたのだろうか?

 利用者の手落ちではなく「さぽろぐ」の不具合であれば、トップページでお知らせがあってもよさそうだが、何もお知らせはない。連休中で対応できないのだろうか・・・。

 ところで「さぽろぐ」のテンプレートは今のところ種類が少なくあまりに単調なので、オリジナルテンプレートをつくってみた。私には難しいかと思ったのだが、解説をしてくれている方がいて設定は簡単にできた。手持ちの写真などを使ってオリジナルテンプレートをつくりたい方は、以下の記事が参考になる。

「さぽろぐブログ」のテンプレート(雑木林に暮らす)

「さぽろぐ」のテンプレート-2 (雑木林に暮らす)

 まず試しに写真をつかって「山の挽歌」のテンプレートを設定した。ところが「登録」ボタンを押し、オリジナルテンプレートを「使用中」に変更してもテンプレートが変わっていない。設定が間違っているとは思えないのだが、ちゃんと表示されないのだ。

 次に、蜘蛛の網のイラストを描いて「鬼蜘蛛おばさんの疑問箱」のオリジナルテンプレートを設定した。ところが、こちらも「使用中」にしてもテンプレートが変わらない。

 で、家族の別のパソコンでアクセスすると、どちらのブログもちゃんとオリジナルテンプレートに変わっている!!

 ちゃんと表示されないのは、自分のパソコンだけなのだろうか? いったいどうなっているのだろう。

 この記事を読まれた方、「蜘蛛の網」柄のテンプレートになっているかどうかコメントでお知らせいただけると幸いです。

【5月3日追記】
オリジナルテンプレートが表示されない件については、「ブラウザの再読み込みボタン」を押すと表示できるとコメントで教えていただきました。

2012年5月 1日 (火)

高気密・高断熱住宅は省エネ住宅

 年に何回か東京に行っているが、その度に思うのは住宅の気密性、断熱性が乏しいということだ。乏しいというより「ほとんどない」に等しいのではないかと思う。

 たとえば、家の中にいても外で鳴いているスズメの声がすぐ近くに聞こえる。窓を閉めていても外の音が筒抜けだ。家の中と外の温度がほとんど変わらないのにも驚く。夕方になって外が寒くなってくると、家の中も同じようにすぐに冷えてくる。日中になって外気温が上がると、家の中も暖かくなる。秋や春先など、家の中より外の方が暖かいことすらある。北海道では考えられない。

 本州の住宅は夏の暑さを考えて造られているのかもしれないが、夏に暑く、冬に寒い。風雨をしのいでいるだけのように思えてしまう。北海道の人が本州に行くと「家の中が寒い」と言うが、本当にそうなのだ。もっともそういう家が当たり前の人にとっては、何も感じないのだろう。

 とは言っても、以前は北海道の住宅ももちろん寒かった。私が北海道にきた30年ほど前は古い借家に住んでいたのだが、夜に沸騰していた薬缶の水が朝にはカチカチに凍っていたし、冷え込みの強い朝は水道の蛇口も凍りついていて回らない。だから、朝はストーブの薬缶の氷がお湯になってから蛇口にかけてとかす必要があった。

 ほんとうに寒い日は寝室がマイナス10度くらいになっていたと記憶している。最低気温がマイナス30度近くまで下がったのだから、それも当然だろう。日中でも何時間か外出して帰ってくると家の中は氷点下になっているので、ストーブに火をつけてもしばらくジャケットは脱げない。ストーブのダイアルを「大」にし、しばらくその前に座り込んでいた。本州と同じような造りの家はこんな感じだった。数日間家を空けるときは、凍ってしまいそうなビン入りの調味料などは冷蔵庫に入れるという具合だ。こういう住宅に10年ほど住んだ。

 こんな状態だったから、家を建てるときには気密性・断熱性にもっともこだわった。そのころは北海道でも高気密・高断熱の住宅が普及してきていたので、住宅雑誌を買い込んだりモデルハウスなどに通って工法など時間をかけて調べた。

 そうやって建てた住宅は、床面積では以前の借家の3倍以上あったが、灯油使用料は逆に少なくなったのだ。2階建ての住宅だが、暖房は居間のストーブひとつで家中を温めている。建築費は高くはなるが、寒い部屋がなく、きわめて快適な家になった。わが家の場合、壁と天井(外断熱)には20センチのグラスウールが入っている。窓は高断熱ペアガラス。本当はトリプルガラスが理想なのだろう。

 以前は筒抜けだった屋外の音がほとんど聞こえなくなった。それまで悩まされていた結露による押入れや壁のカビからも解放された。以前はストーブが必要ないのは7、8月の2カ月くらいしかなかったが、今は6~9月の4カ月は必要ないし、5月と10月も寒い日だけしか焚かない。難点は、気密性が高いために台所の換気扇を回すとストーブが不完全燃焼を起こしてしまうことで、炒め物や揚げ物をするときにはストーブを消さなければならない。

 北海道では今でこそ暖かい住宅が普及したが、北欧やカナダなどでは以前から高気密・高断熱住宅は当たり前だったようだ。

 北海道で普及している高気密・高断熱住宅を本州でも取り入れたなら、暖房費も冷房費もかなり減らせるし快適になると思うのだが、これがちっとも普及しない。北海道では当たり前の高断熱ペアガラスなども本州では入手が大変なようだ。

 本州の人は、壁に厚い断熱材を入れたなら夏には暑くてどうしようもなくなると考えているのだろうか。イメージとしては夏に分厚いセーターを着るのと同じように思うのかもしれない。しかし、冷房の普及した昨今では、断熱材によって室内の涼しさが保たれるのだ。

 本州の住宅では冷房のスイッチを切るとたちまち暑くなり、暖房のスイッチを切ればたちまち寒くなるが、高断熱・高気密の住宅は室内の適温が外気温に左右されずかなり長時間保たれる。

 夏は冷房のために原発の再稼働が必要だと主張する人がいるが、高断熱・高気密住宅なら冷房のための電力もずっと節約できるに違いない。要するに省エネ住宅なのだ。本州にも北海道のような住宅をどんどん取り入れるべきだと思う。

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