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2012年2月

2012年2月28日 (火)

単なる虐待問題に留まらない盲導犬育成団体への疑問

 前回の記事でお知らせしたアトムの失踪事件に関して「長崎 Life of Animal」が署名活動を始めたので、まずお知らせしたい。

署名活動を開始します 

 また、前回の記事に名取さんという方から以下のコメントが寄せられた。

「あんまり細かいことを考えると寿命が縮まりますよw」

 名取さんは、盲導犬の虐待問題など些細なことでありブログで問題にするようなことではない、と言いたいようだ。

 私がこの問題を取り上げたのは、盲導犬アトムの事件には盲導犬育成に関する奥の深い問題が横たわっているのではないかと感じているからだ。確かに「盲導犬ユーザーが盲導犬を虐待している」ということだけであれば、それは一部のユーザーの問題ということに過ぎないだろう。しかし、以下の記事にもあるように、盲導犬を育成してユーザーに貸与している九州盲導犬協会は、盲導犬アトムが足に障害があり仕事中に排尿をするという異常行動を、目の当たりにしているのだ。

可愛そうな盲導犬アトムの事実(シャムネコのブログ)

 アトムの異常な状態を知りながら、貸与を続けている九州盲導犬協会の感覚は理解できない。さらに、九州盲導犬協会が繁殖ボランティア、パピーウォーカー、リタイア犬ボランティアに対して行った説明会での説明がまた不可解で疑惑を生むものだった。

盲導犬アトムの、奇怪な行動分析(シャムネコのブログ)

 このブログ記事で指摘されている問題点を以下に転載する。

*現状、盲導犬のユーザーは、老人や無職の人々がほとんどだそうです。その一番の原因は、各協会で行われる一か月という期間、ユーザーと盲導犬がともに寝起きをする訓練に有る様です。仕事を持つ人々に取っては、長期休暇を取る事の困難さが理由で、ユーザーとなるべき壁を打ち砕くことが出ません。今盲導犬を必要とする若いユーザー希望者はおらず、その為同じユーザーに何度も、盲導犬を回を重ねて、渡しているのが現状になっています。これらの事項が、外出時間の少ないユーザーばかりに、盲導犬を譲渡する一番の理由になっている、との盲導犬協会の見解でした。

*さらに活動の少ない盲導犬は、長時間狭いゲージの中で、待機ばかりの時間を過ごす事となってしまうのです。少ない食事量にもかかわらず、基礎代謝がどんどん落ち運動する機会も少なく、不健全に肥っていく事は仕方がない事なのでしょうか?ましてアトムのように、股関節に不具合の有る子を、長時間同じ姿勢で座らせ続けるのは苦痛を伴い、ハンディーを作る原因に拍車をかける事になるのではないでしょうか?

*更に悲しい事に一時期、アトムは廊下に10㎝余りの短い鎖で繋がれ、横にもなれない状況で過ごしていた時が有りました。その際は、いささか(@@)訓練師もユーザーに中止を申し入れ改善させています。

*心ある人の寄付金を、県民の税金を、国民の税金を、さらに多くの時間を掛け、作り上げていく盲導犬、その意義は何処に有るのでしょう?

 私はアトムの虐待事件というのは、この方の書いている最後の部分に行きつく問題だと捉えている。

 盲導犬の育成は公益事業とされており、育成団体には国や地方自治体が多額の助成金を支出し、また寄付も集められている。森ゆうこ議員の国会質問での重要部分を以下に転載しよう。

○森ゆうこ君 続きまして、その補助金等を、委託金を受けて盲導犬そして介助犬を育成する団体について伺いますが、本法案では、介助犬育成団体の認可については会計報告の義務がないということで、基準が非常に緩いものになっているということですね。

 私も、基本的には介助犬の絶対数を増やすために介助犬を育成する団体をなるべく規制せずに今育てていくと、そういうことが大切だなと思いますので、その趣旨には賛成の立場でございます。しかしながら、昨年春ごろから起きております財団法人日本盲導犬協会の問題を見ますと、補助金を受け、そして広く市民からの寄附金で運営される福祉団体について、その会計処理の透明性が確保される立法措置が必要ではないかということを指摘したいと思います。

 まず、政府参考人に伺いたいんですけれども、盲導犬育成団体、九団体ございますが、そのうち唯一厚生労働省が認可している財団法人日本盲導犬協会につきまして、昨年度の予算額は幾らでしたでしょうか。

○政府参考人(高原亮治君) 平成十二年度におきまして、新しい施設を建設するための特別会計等を除いた一般会計の支出額は約四億八千万円でございます。四億八千万円のうち、広報啓発に係る費用等を除いた一般の事業費及び管理費は約三億二千万円でございます。

○森ゆうこ君 四億八千万、約五億ということで、そのうち三億ほどが寄附金。大変私も驚いたんですけれども、多くの国民の方が非常に寄附をしてくださっている。日本も捨てたものじゃないなと思いました。

 しかし、その三億の寄附金を受け、また二億近い助成金等を受けて運営される日本盲導犬協会がその予算額で育成した盲導犬の数は何頭でしょうか。

○政府参考人(高原亮治君) 一年間の十二年度におきます育成頭数は十七頭でございます。

○森ゆうこ君 そうしますと、非常に乱暴な計算なんですけれども、一頭当たり幾ら掛かったことになりますでしょうか。

○政府参考人(高原亮治君) 全体の予算額で割りますと、一頭当たり二千八百万円。それから、一般事業費及び管理費のみで一頭当たりの支出額を見ますと、約一千九百万円ということになります。

○森ゆうこ君 私は、日本盲導犬協会が単に盲導犬を育成しているだけではなくて、非常に広報活動等に力を入れているということは十分存じ上げているつもりですけれども、ただ、このどんぶり勘定というものはしばしば問題の核心をついていることがございます。五億の予算でわずか、先ほど十七頭とおっしゃいました、五億の予算額でわずか十七頭しか育成できない。これは常識的に考えて経費が掛かり過ぎるのではないかと思います。

 森ゆうこ議員が指摘しているように、平成12年度において、日本の9団体の中で厚労省が認可している財団法人日本盲導犬協会では、何と4億8千万円の費用をかけながら17頭の盲導犬しか育成していないのだ。一頭当たり2800万円もかかっている。その内訳は3億ほどが寄付金で、助成金は2億近いという。

 ならば、全国にある9団体への助成金の合計はどれくらいになるのだろう? 盲導犬育成団体には多額の税金と寄付金がつぎ込まれ、その費用の使途が不明瞭なのだ。しかも訓練を受ける前の子犬はボランティアによるパピーウォーカーに任せているからお金はほとんどかからない。そして、九州盲導犬協会がユーザーによる虐待の疑いを知りつつも貸与する実態や不可解な説明、アトムの失踪・・・。

 シャムネコさんが指摘している「今盲導犬を必要とする若いユーザー希望者はおらず、その為同じユーザーに何度も、盲導犬を回を重ねて、渡しているのが現状になっています。」が事実なら、ユーザー希望者が少ないにも関わらず多額の寄付や税金が投入され続けているのはおかしなことだ。盲導犬一頭当たりの育成費用は団体によって違うとは思うが、盲導犬育成に2800万円もの費用をかけている団体があるというのはどういうことなのだろう。

 こういうことを総合的に考えると、寄付と助成金、ボランティアによって成り立っている盲導犬育成事業と、いわゆるダムなどの「無駄な公共事業」が重なってくる。それほど需要がないのにも関わらず多額の費用が投じられているのではないか? その費用はどう使われているのか? 何のための育成団体なのか? 助成金や寄付を得ることが目当てではないのか? という疑問が浮かび上がってくる。つまり、単なる動物愛護に留まる話ではない。

 私はかねてからいわゆる共同出版(実質自費出版)の問題点を指摘しているが、インターネットで悪質商法を行っている出版社の社名を検索しても、批判サイトが上位に出てくることはほとんどなく、悪質な会社に誘導するようなサイトが多い。おそらく会社が「やらせサイト」をつくるなど、何らかの工夫をしているのだろう。同じように、盲導犬について検索しても上位に出てくるサイトは盲導犬育成団体であったり、盲導犬の必要性や意義を訴えるものであったり、寄付を募るサイトばかりだ。

 問題がありそうなのに検索しても批判サイトが上位に出てこない、ということからも盲導犬育成に関しては疑惑を感じざるを得ないのである。

2012年2月24日 (金)

盲導犬の虐待問題

 九州盲導犬協会の盲導犬「アトム」が虐待されて行方不明になったという事件がインターネット上で広まっている。虐待を疑う情報は以下の長崎Lif of Animalのブログ記事。

長崎市で起こった盲導犬失踪に関して 真実は1つ・・・ 

アトムの虐待の話が広まると、このブログを書かれているLif of Animalという団体に圧力がかけられたという。

信じるも信じないも貴方次第です(追記有り) 

 この後、2月11、12日、15日に九州盲導犬協会にて、繁殖ボランティア、パピーウォーカー、リタイア犬ボランティアに対し、アトム虐待・失踪事件についての説明会が開催されたそうだ。その報告が以下。

盲導犬アトムの、奇怪な行動分析(シャムネコのブログ)

 これらのブログを読むと、九州盲導犬協会の説明は不可解で、アトムは虐待されていたとしか思えない。また、パピーウォーカーは子犬を引き渡したあとに子犬の現状を把握することが全くできないそうだ。さらに、協会はパピーウォーカー同士が繋がりを持つことも嫌うという。なぜだろうか?

 盲導犬の虐待問題はあまり表面化していないだけでいろいろありそうだ。たとえば以下のブログからもそれが伺える。

盲導犬、本当に必要でしょうか? (ペットの行動心理カウンセラーでアロマとレイキそしてクリスタルセラピストの獣医師のブログ)

 利用者が動物好きでなければ盲導犬に対する愛情もわかないだろうし、単に道具としてしか扱われない可能性もある。アトムの事件も、利用者と盲導犬協会の双方に問題がありそうだ。

 盲導犬協会は助成金や寄付によって運営されているというが、森ゆうこ議員によると5億円の予算でわずか17頭しか育成できていないそうだ。これほどのお金をかけて育成しながら虐待があるのでは、本当に盲導犬は必要なのかと思えてくる。

[日本盲導犬協会]森ゆうこ議員(民主党)のツイッターに不穏な情報(低気温のエクスタシー)

2012年2月22日 (水)

検診は意味がないし医療被ばくは癌のリスクがある

 現代ビジネスに興味深い記事がある。

岡田正彦・新潟大学医学部教授 長生きしたければがん検診は受けるな 

 日本では検診が当たり前のように行われているし、それに疑問を持つ人は少ない。行政は未だに早期発見・早期治療といっては検診を呼び掛けているし、ピンクリボン運動をしている民間団体も早期発見・早期治療を呼び掛けている(民間とはいっても理事長は医師だが)。

 また、病院に行けば必ずといっていいほど検査漬けになる。もちろん診断や治療のために必要な検査はやむを得ないが、過剰な検査がきわめて多いのが実情だ。私の親族が医療機関にかかったときの経験でも、病名が特定できているのに「念のため」「他の原因の可能性も調べたい」などという理由でCTやらMRIなど次から次へと検査漬けにされた。検査を断ると「再発しても責任をとれない」と、まるで脅しのようなことを言われた。医者からこんなふうに言われたら、検査を断れる人は少ないだろう。

 福島の原発事故が起きたとき、被ばく量を「X線検査と比べて・・・」「CT検査と比べて・・・」と、しきりに医療被ばくを持ち出して「安全」だと強調している人がいたが、日本ほど検査による医療被ばくが多い国もないのだ。

 岡田氏によると、欧米の研究者の間では大がかりな検診は意味がないという認識が広まっていて、「人間ドック」などというものもないそうだ。日本では効果も実証されていないのに、検診があたかも寿命を延ばすかのように喧伝されている。早期発見・早期治療で寿命が延びるというのは事実ではないばかりか、医療被ばくによって癌になる危険があるというのだから、安易に検診を受けるのは考えものだ。なお、近藤誠医師も以前から岡田氏と同じようなことを言っている。

 もちろんそうした「検診神話」が広まる背景には、検診で儲けようとする医療機関があり、医療ムラがある。「神話」を振りまき国民の命より利権を大事にする構図は原子力ムラと何も変わらない。日本ではどっちを向いても「お金」「利権」ばかり。日本ほどの利権大国もなかなかないのではなかろうか。

2012年2月20日 (月)

福田孝行君の死刑に思う

 今日、光市母子殺人事件の被告人に死刑が言い渡され、マスコミが一斉に実名報道に切り替えた。

 私は、はじめは安田弁護士らを全面的に支持していたが、「福田君を殺して何になる」(増田美智子著、インシデンツ刊)を読んでからは弁護団に対する考えが変わった。だからといって福田君の死刑を支持するつもりは毛頭ない。更生可能な若者を死刑に追いやる今日の判決は非常に残念であり、また複雑な思いだ。

 なお、この事件についてはブログで何回も取り上げてきた。

光市事件 

 一連の記事の中でも、とりわけ増田美智子さんと寺澤有さんへのインタビュー記事は、是非読んでいただきたい。

増田美智子さんへのインタビュー 

寺澤有さんへのインタビュー 

 以下に死刑判決についての今日のツイッターでのつぶやきを転載しておきたい。

**********

光市母子殺害事件の被告人である福田孝行君に死刑が言い渡された。予想はできたもののやはりこの判決になってしまったことが残念でならない。ニュースは一斉に実名を出して死刑判決について取り上げた。死刑が確定したために少年事件でも実名報道に切り替えたのだ。

そのニュースでは福田君は大月孝行になっている。寺澤有さんのツイッターによると、支援者である大月純子さんと養子縁組をしたらしい。http://twitter.com/#!/Yu_TERASAWA/status/171482151987052544親族になったので大月さんは福田君に面会できるのだ。

福田君の裁判に関しては関連する本などをいくつか読み、ブログでも取り上げてきたので非常に複雑な思いがある。私は死刑には反対だし、福田君の死刑はあまりに重すぎると思っている。そして、何よりも言いたいのは、多くの人が福田君のことを誤解しているということだ。

例えば、福田君と友人との間で交わされた手紙を取り上げて「まったく反省していない」と言われるが、あの手紙のやりとりは検察が関与したヤラセといえるものだ。人を殺してしまったことは事実であっても、恐らく検察の誘導ともいえる取り調べで事実と異なる調書もとられただろう。

彼の成育歴も一般の人に伝わっているとは思えない。増田美智子さんのルポ「福田君を殺して何になる」を読めば、福田君の人物像が浮かび上がってくる。彼は決して凶暴な少年ではなく、虐待を受けて精神的な発達が遅れた普通の少年だ。彼に必要なのは暖かい愛情と更生だ。

安田好弘弁護士をはじめとする弁護団は福田君の死刑回避のために尽力はした。そのことは評価するが、一方で安田弁護士の強引さも露呈してしまった。嫌がる福田君を説得して意見が異なる今枝仁弁護士を解任した。こういうことを知ると、はっきり言ってげんなりする。

弁護団は「福田君を殺して何になる」を書いた増田美智子さんと版元の寺澤有さんを、虚偽の理由を持ち出して訴えた。この本には弁護団の批判も書かれている。どう考えても弁護団を守るために福田君を利用した恫喝訴訟だ。こうなるととても安田弁護士の行動は支持できない。

今になって思うと、ほんとうに福田君の死刑を回避するためには今枝弁護士の主張に耳を傾けるべきだったのではなかろうかと思う。今枝弁護士の意見は、裁判所が求める点に重点を置いて、福田君の反省と遺族への謝罪を通じ、更生可能性があることを訴える、というものだ。

安田弁護士は事実関係にこだわった。もちろんそれは非常に重要なことだ。しかしこの裁判では一審が無期懲役で、二審も無期懲役だった。それらを何とか維持させるような弁護方針をとれば死刑は回避されたかもしれない。今枝弁護士はそれを主張していた。

あのような状況のなかで被告人のためにほんとうに必要なことは死刑を回避させることだ。もちろん、何としてでも死刑にしたい検察と立ち向かうことは容易ではなく、今枝弁護士の主張に従って情状酌量に重点を置けば無期懲役を勝ち得たと断言はできないが。

しかし、増田さんと寺澤さんを訴えたことは、恐らく福田君や弁護団にとってさらにマイナスに働いただろう。「福田君を殺して何になる」を証拠として情状酌量に利用するほうがよほど賢明だったと思う。それも今回の死刑判決に関わっているのではないかと私は思う。

それにしてもマスコミの報道はどうだろう。死刑が確定したとたんに実名報道をはじめた。「福田君を殺して何になる」で実名を出したときには、寺澤さんや増田さんを少年法違反だと批判した(増田さんは福田君に実名報道の許可を得ていた)のに、なんともご都合主義だ。

家庭環境に恵まれず発達が遅れた少年が犯した罪に日本は死刑をつきつける。更生の余地が十分にある少年に更生の機会を与えようとしない。被害者遺族の立場ももちろん尊重しなければならないが、死刑で誰が報われるのか? 復讐や厳罰化は人の心を荒廃させるだけだろう。

【2月21日追記】
 このような記事を書くと必ずといっていいほど被害者の処罰感情を持ち出して「自分が被害者の立場になっても死刑に反対といえるのか」といった意見が寄せられる。これについては以下の記事で言及しているので参照していただきたい。

死刑について考える(その1) 
死刑について考える(その2) 
死刑について考える(その3) 

2012年2月19日 (日)

トヨタ自動車のテストコース造成が公共事業?!

 以前も取り上げたことがあるが、トヨタ自動車のテストコースを造成するために愛知県豊田市と岡崎市の優れた自然が残されている里山が破壊されようとしており、反対運動が起きている。以下がこの問題について取り上げている「21世紀の巨大開発を考える会」のHPだ。

21世紀の巨大開発 

 概要を知りたい方は以下をお読みいただきたい。

トヨタ自動車テストコース問題(日本湿地ネットワーク)

 実は、このテストコース造成という巨大な自然破壊事業を実際に施工するのは愛知県の企業庁なのだ。つまり、はじめからトヨタ自動車が購入するという前提で企業庁が造成をし、その費用の全額をトヨタ自動車が支払うことになっている。

愛知県企業庁 

 そして愛知県企業庁は、土地の売却に同意していなかった地権者のA氏を訴えるという暴挙に出た。A氏は「トヨタ自動車という私企業の事業に愛知県や豊田・岡崎市が手を貸すのはおかしい」という理由で土地の売却に同意していなかったのだ。一審はA氏がお一人で対応し、名古屋地裁岡崎支部はA氏に対し、土地を愛知県に売却せよとの判決を言い渡した。納得のできないA氏は弁護士に相談して控訴した。

 A氏が訴えられた経緯については以下のページに説明されている。

用地買収裏話 

 裁判所は、一企業の開発行為を公共事業と解釈してA氏に土地の売却を求めたようだが、企業のテストコース造成が公共事業だなどというのはどう考えても無茶苦茶な話だ。いったいどういう思考をしたらこういう結論が出るのだろう。

 トヨタ自動車はもちろんあちこちにテストコースを持っているのだが、自然破壊してまで新たなテストコース造成にこだわるのはなぜなのだろう。そして、反対運動がおきたら「里山再生」やら「放棄田の復田」などの対策をすると言い出した。

トヨタが里山再生の実験開始 テストコース予定地で復田も 

 環境対策を講じることで事業を強引に進めようとするのは、無駄な大型公共事業と同じで「はじめに事業ありき」の構図だ。生物多様性の保全を重視するなら、なによりも開発を止める必要がある。いくら環境対策を講じても自然破壊は免れないし、希少種が保全される保障などどこにもない。騒音に敏感な野鳥などに悪影響を与えるのは必至だろう。環境対策などというのは自然破壊の免罪符でありまやかしにすぎないのだ。

はたしてサシバへの影響は・・・トヨタテストコース予定地を見学して 

 愛知県企業庁はこの春にも工事を強行しようとしている。生物多様性保全を無視した時代錯誤の開発行為としか言いようがない。

2012年2月18日 (土)

震災瓦礫は復興を妨げているのか?

 震災瓦礫が日本全国に運ばれて焼却されたり埋めたれられたり、あるいは試験焼却されたりしている。

 瓦礫を拡散させたがっている人たちの言い分は「震災の復興を妨げている」というものだ。私は現地には行っていないのでこれまでこうした理由に疑問を持ちながらも言及していなかった。しかし、「復興の妨げ」というのはどう考えても不可解だ。それに、津波被害を受けたところにまた同じように街を復元させるつもりなのだろうか? だとしたら、それこそ過去の教訓に学ばないということになる。

 そう思っていたら、以下の記事を見つけた。

【必読】瓦礫広域処理は問題の山 環境総合研・池田副所長に聞く(子ども達を放射能から守るネットワーク@ちば)

 池田氏の発言をここに引用させていただく。

被災地に何度も足を運んでいるが、『がれきがあるから復興が進まない』という話は聞かない。被災地では、住宅再建や雇用の確保、原発事故の補償を求める声が圧倒的だ。がれきは津波被害を受けた沿岸部に積まれるケースが多いが、そこに街を再建するかはまだ決まっていない。高台移転には、沿岸部のがれきは全く障害にならない。がれきが復興の妨げになっているかのような論調は、国民に情緒的な圧力を加えているだけだ。

 どうやら、被災地ではがれきが復興の障害になっているわけではなさそうだ。

 以前にも紹介した青山貞一氏の発言も、もう一度確認していただきたい。

青山貞一氏が繰り返される津波被害は人災だと問題提起 

 明治三陸津波では東日本大震災と同じくらいの規模の津波に襲われている。地震大国、津波大国ではこの教訓を活かして津波被害に襲われるようなところを居住地域にしないような対策こそとらねばならないのではなかろうか。

 もちろん、津波被害にあったすべての地域を非居住地域にすることは現実的ではないし、移転より確実な避難体制をとるしかないところもあるだろう。しかし、沿岸地域や河川流域など危険度の高いところに関しては、やはりそのまま復興するのは不適切だとしか思えない。まずは津波被害にあわない町づくり計画を策定することのほうが先だろう。だとしたら沿岸部に積まれている瓦礫を急いで片づける必要はない。

 しかも、近い将来、東北地方太平洋沖地震の震源域の海溝の外側で規模の大きな地震(アウターライズ地震)が起きる可能性が指摘されており、また同じところが津波に襲われることもありうるのだ。なおさら復興計画は慎重に進めなければならない。アウターライズ地震については、3.11の際に政府も認識して恐れていたらしい。以下参照。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31609?page=2 

 仙台では瓦礫の自前処理に取り組んでいるが、全国に瓦礫を拡散させるよりよほど適切な処理方法だろう。

仙台市のがれき自前処理の状況(青木泰のブログ)

 ならばなぜ瓦礫の全国拡散を強行に進めようとするのか? やはり瓦礫利権のためとしか思えない。

東京都の瓦礫受け入れ、東電と癒着した利権マッチポンプ? (すべては「気づき」)

続報・東京都と東電子会社が瓦礫利権 都1億、東電140億(すべては「気づき」)

 あるいは、国民全員を平等に被ばくさせたいのだろうか? 汚染食品の全国流通と瓦礫処理で国民を被ばくさせれば、放射能による健康被害の影響や因果関係を曖昧にできるだろう。

 原子力ムラに居座る連中は、国が破滅しない限りお金にしがみつき国民を騙しつづけるのだろう。国民はこれ以上騙されてはいけない。

【関連記事】
無視できない汚染瓦礫問題

2012年2月17日 (金)

南相馬の恐るべき汚染

 南相馬の汚染はとんでもないことになっているらしい。以下の大山弘一さんのブログをご覧いただきたいのだが、高線量を発する黒い物質があちこちにあるという。

時は来た!「全国大拡散」!! 
[放射能汚染レベル調査結果報告書]が届きました。 
矢ヶ崎克馬教授コメント 「黒い物質」についての考察①-1 
「黒い物質」についての考察①-2 
今回の検出について 
みなさんからの問い合わせに対して 

 その黒い物質は軽いのに多くの核種が入っており、セシウムだけでも合算で100万Bq/kgだというから、非常に危険な物質だ。こういうものが福島のあちこちで見つかっているらしい。

 このような情報はいつも市民からもたらされる。行政は知ってか知らずか、市民に警告したり避難を呼びかけようとしない。汚染地域には子どもたちも住んでいるというのに。

 それどころか、避難した人たちを戻すことに必死になっている。さらに、伊達市の農業委員会が、農地が汚染されたために耕作をしない農家に対し、耕すように指導しているという。

これはひどい・・・被災農地での耕作を強制(伊達市) (明日に向けて)

 汚染された農地で農家に耕作を強いる行政。国民を汚染されたところに住まわせ、汚染された土地で農業をさせ、汚染された食物を流通させることに必死になっているのは、補償を免れることしか考えていないからだろう。原発の安全神話を振りまいていた原子力ムラの人たちは、福島の事故で反省するどころか、相変わらず自分たちの利益と責任逃れしか考えていないのだ。この国は狂気に支配されているとしか思えない。

2012年2月16日 (木)

福島第一原発の不可解な2号機

 2号機の圧力容器底部の3つある温度計の一つが上昇したというニュースがあったときは、注水量を増やして「温度がやや低下した」と言っていた。しかし、それでも温度計が上昇を続けると「温度計が壊れているかもしれない」と言い出し、その後は「温度計が壊れた」という判断がなされ、ニュースから2号機の話題が消えた。

 このニュースだけだと故障した温度計は1つだと理解できる。ところが、2号機には全部で41カ所に温度計があり、そのうちの8カ所が故障しているという。以下参照。

2号機 温度計の故障がとまらない 計8個に:報道まとめ(ざまあみやがれい!)

判明している温度計の故障1号機15カ所・2号機8カ所・3号機ゼロ(ざまあみやがれい!)

 なんと2011年の末にはすでに41個のうちの5個が故障としていたのだ。そして最近になって新たに3個の故障が判明したということになる。新聞やラジオのニュースで「圧力容器下部の3個のうち1個」のことばかり報じていたのはなぜだろうか。

 この「故障」という発表を信じている日本人はどのくらいいるのだろうか? 私はもちろんそのまま信じてはいない。少なくとも、東電があせって注水量を増やしたときにはおそらく故障などしていなかったのだと思う。だから注水によって温度がやや下がったのだ。その後、温度計が400度を超えて振り切れたとされた時点では本当に故障したのかもしれないが、それも誰も確認のしようがない。

 さらに以下のような情報がある。

2号機 高温化を示していた温度計がもうひとつあった! CRDハウジン部温度計1月14日に150度Cを計測(机の上の空 大沼安史の個人新聞)

 高温化を示していた温度計がもうひとつあったのなら、やはり問題とされた温度計は400度になる前までは故障などしていなかったのだろう。圧力容器内の温度が上昇していたのは確かだと思う。しかし、温度がどんどん上昇してしまえば「冷温停止」ではなくなってしまう。だから実際の温度を知らせないために故障ということにした可能性も否定できない。故障にしてしまえば、これ以上2号機の温度のことに触れなくて済むし、「冷温停止」の判断について批判されることもない。この2号機の温度上昇と温度計の故障に関する報道は実に不可解だ。

 南相馬の「ぬまゆ」さんは、東電の発表とはまったく違うことを書いている。もちろん「ぬまゆ」さんの知り合いの作業員の方が言っていることも本当かどうかは分からない。

2号機の「温度上昇」は、本当だった。 (ぬまゆのブログ)

 そして、週刊朝日にはこんな記事が出ているそうだ。

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/106.html 

 複数の異なる情報がある中で、何が真実なのかを判断するのは困難だ。しかし、「福島第一原発は収束とはほど遠い不安定な状況で、今後も何がおこるかわからない」こと、そして「東電の発表は信用できない」ということだけは確かだろう。

 もう原発事故は落ちついたと思っている人が多いのかもしれないが、とんでもないということだ。

2012年2月13日 (月)

電気が足りても足りなくても原発は止めなければならない

 ココログの「もう一度原発が過酷事故を起こしたらこの国は終わる」という記事にsayamaさんという方から以下のコメントがあった。

はじめまして。原発をなくしたいというそのお気持ち、お察しします。
あれだけの事故を起こしたのは、安全対策がいい加減だったり、事故対策マニュアルがいい加減だったりという、原発という極めて危険な代物を扱う電気事業者としてあるまじき腐敗体質が招いた結果だった、と私は考えております。
私は、今後の電力行政としては、電力業界と利害関係を持たない第三者の監視を設けるなどをすべきだと思っています。(発送電分離といった過激な考えには賛同できませんが…)
30年以内に再び大地震が来ると予想されています。犠牲者も出るでしょう。
しかし、私はそれでも、「原発なんて今すぐなくせ!」とは言えなかったりします…。別にお人よしだとか、そのようなことではありません。
日本の電力を取り巻く風潮として、設備容量が余っているから無くしても大丈夫、といったのがあります。京都大学の小出裕章氏がよく主張しておられます。
確かに発電機というのは設備容量があって、単位は有効電力を表す「kW」です。電力系統は発電機も送電線も変電所も需要家も、全ての設備が一つの電気回路として繋がっていますので、エネルギーはどこでも一緒です。
だから設備容量一杯まで発電できないようでは、発電機としての役目は果たせません。
しかし、電力系統に繋いだ瞬間から、発電機と送電網は共同体となって、電気回路図が変わります。
送電に使う発電機によって需要家に届けることが出来る電力は、以下の「定態安定限界電力式」によって制限を受けてしまうのです。
定態安定限界電力P=(V・E・sinδ)/x
ただし、V:発電機の内部誘起電圧、E:需要家の電圧、sinδ:VとEの相差角による正弦、x:送電線のリアクタンス
つまり、V、E、xは比例定数としてほとんど変わらない数値ですので、Pを上げるにはsinδを1にする必要があります。
しかしそのためにδを90度に近づけようとすると、今度は「定態安定度」を崩壊させてしまうのです。
連鎖的に発電所が脱落するという現象を、一度は聞いたことがあるかと思います。定態安定度を軽視したまま発電出力を上げていくと、発電機の回転数(即ち系統周波数)を安定化させることができなくなって、次々と発電機が系統から切り離されてしまうのです。
このようなことを避けるために、安定度の観点から発電出力は制限を受けています。というか受けないといけないのです。
原発を全て無くすと、真夏の平均最大ピーク需要に対して18%程度は余っていますが、他の発電所の点検や修理による稼動停止は当たり前なので、ほとんどギリギリの状態です。
安定度には「過渡安定度」というのもあって、系統に事故が起きた時の周波数変動に発電機がどこまで耐えられるかを評価するものです。
これも定態安定度と同じく、いくつかの発電機を脱落させてしまう原因となります。
このような事情も考慮しないといけないので、「設備容量が十分あるから原発をなくしても電力は足りる」という言い方は出来ないのです。
もし足りるといえるのなら、それぞれの発電所のタービンの慣性モーメントや送電線の距離などを考慮して、エネルギー関数などによる定態安定極限や過渡安定極限を計算したはずです。
確かに、あと数十年以内に再び大地震が来ると予想されています。私も怖いです。
原発に使う核燃料のウランだって、既に約550万トン。年間の消費量は世界で7万トンと言われます。あと70年程度でウランは無くなってしまうそうです。
次の世代はどうするか、太陽光しかないと思います。
しかし、単純にバッテリーを作ればいいというものではありません。電力系統の特性に応えられるように、出力を一度バッテリーに貯蔵し、高品質な交流波形を出力できるVVVFインバーター設備を低コストで実現し、需要曲線に合わせて供給できるようなのが出来れば、と思っています。負荷率を向上させるためでもあります。
しかし、まだまだ夢だと思うのです。
本当に頭が痛いです…

 この方は以下の理由から、まだしばらくは原発が必要だと言いたいらしい。

1.福島原発の事故は安全対策がいい加減だったり事故対策マニュアルがいい加減だったために起きた。
2.真夏のピーク需要に対する余剰はわずかであり、発電所の点検や修理などによる稼働停止を考慮するとギリギリの状態。
3.ウランはあと70年くらいで無くなると思われるので、次世代は太陽光を利用するしかないが、技術的にはまだまだの状態。

 1.の主張は完全に誤りだ。原発事故は安全対策や事故対策がきちんとしていれば100%防げるというものではない。事故の原因には人為ミスだってあるし、万一原発がミサイル攻撃などを受けたら終わりだ。それに、例えば震度7の揺れや、地震に伴う地盤沈下あるいは隆起に耐えられる原発を造ることなどそもそも可能だろうか? 高さ20~30メートルの津波に襲われても問題が生じない原発などできるのだろうか? 原子力というのは事故を起こせばこのうえなく危険であり人間がコントロールできないことは明白だ。だから手を出してはならならないのだ。

 sayama氏は小出さんが「設備容量が余っているから無くしても大丈夫」と主張しているというが、それは不正確だ。小出さんの主張は「電気が足りようが足りまいが原発は止めるべき」である。

 結局、sayama氏が言いたいのは「現在の生活を維持するためには原発が必要」ということでしかない。こういう主張はいわゆる原発推進派、容認派の方たちがよく言っていることなのだが、その根底にあるのは「現在の生活スタイルを変えない」「停電はあってはならない」というスタンスだ。

 元記事に書いたように、もう一度原発が大事故を起こしたら日本は終わる。福島第一原発の事故の補償だけでもとんでもない額になるし、事故処理のための作業員だって足りなくなるだろう。さらに同じような事故が起きたなら、被害者への補償はおろか、事故処理だってできなくなる。そうなれば核戦争同然であり、日本は完全に終わりだ。

 sayamaさんも懸念しているように、近い将来日本は再び大地震に襲われるだろうし、そのときに原発事故が起きない保証などどこにもない。地震の巣の上に54基もの原発がある日本は綱渡り状態なのだし、いつ破局を迎えてもおかしくない。

 日本が終わってしまえば経済成長もへったくれもないのに、なぜ原発の稼働にこだわるのだろう。福島の大事故を目の当たりにしてもまだ懲りずに「原発が必要」という人は、責任感や反省というものが完全に欠落している。「汚染地域に率先して住み、汚染された作物を食べなさい」と言いたくなる。

 破局を回避するためにまずやらねばならないのは原発を止め、燃料をできるかぎり安全に保管することだ。電気が足りようと足りまいと、原発は止めねばならない。「限られた供給電力で間に合わせる」という発想の転換をすれば済むことだ。電気が足りないのなら、足りるように生活スタイルを変えるしかない。節電はもとより、企業の操業時間・曜日を工夫すればピーク電力を抑えることができるはずだ。暑い夏は始業時間を早めたり、昼休みを長くするのもいいだろう。

 昨年の事故直後、首都圏ではネオンを消し、照明を減らし、駅のエレベーターも停止させるなど、さまざまな節電対策がとられた。そういう努力を続けることは何も困難なことではない。清涼飲料の自動販売機を減らすだけでもかなりの節電になると思うが、実施される気配がない。私は昨年の夏に東京に行ったが、ビルも電車もしっかりと冷房が効いていた。冷房はもっと設定温度を上げるべきだとしか思えなかった。また、近年はオール電化住宅が増えてきたが、消費電力の大きいIHクッキングヒーターをガスに戻すような取り組みもしていくべきだ。

 今は緊急地震速報というのがあるが、緊急停電速報のようなものだって可能ではなかろうか。電力不足になりそうな状態になったら、テレビやラジオ、携帯電話で一斉に警報を発するのだ。「これ以上電気を使えば停電になる」という状況に置かれれば、無駄な電気は使わなくなるだろう。限られた電力でやりくりせざるを得なければ自然と節電が身に着くものだ。

 原発事故で土壌が汚染されたら農地も住宅も放棄し、故郷を捨てねばならない。被ばくして病気になったり亡くなるほど悲惨なことはない。それがチェルノブイリの教訓だ。毎日被ばくに怯え、放射線量や食べ物に神経をとがらせて生活することを考えたなら、節電努力など何でもない。むしろ電気を使わないことで健全で健康的な生活が取り戻せることだってあるだろう。

 だいたい経済成長を続けなければならないという固定観念に縛られている人が多すぎる。なぜ、現状維持で満足できないのだろう。しかも、この先人口はどんどん減っていくのだから、経済は縮小するくらいでちょうどいい。

 以下のinti-solさんのブログ記事も興味深い。今年の寒波で、東電管内では4967万キロワットの最大電力を記録したそうだが、これは昨夏の最大電力の記録より多いという。ちょっと工夫すれば夏だって原発なしで十分にしのげるはずだ。

気がつけば、稼働中の原発は3基のみ 

 私の意見に部分的に同調しながらも反対のことを主張するsayamaさんのコメントの意図は何なのだろうか? 原子力ムラの住民、あるいは工作員と疑われても仕方ないだろう。

2012年2月 9日 (木)

犯罪者を責めずに避難した人を責める異様な福島

 原発事故から11カ月たった今、福島は信じがたい異様な雰囲気になっているようだ。以下のサイトに福島と山形をたびたび往復している方の感想が紹介されている。転送・転載・拡散大歓迎とのことなので、転載させていただく。

ある福島市民の報告(ちきゅう座)

 現在福島市から山形に夏から避難し、現在福島と山形をたびたび往復している者です。

 最近、福島に流れる異様な雰囲気に恐怖を感じます。これは最近益々強くなったと感じています。医者や病院、役所や学校あらゆるところで福島は安全だとのメッセージが流れ、同じ方向に進まないと生きていけない空気を感じます。

 放射能を気にする発言をすると、放射能を気にし過ぎることで子供の健全な成長が阻害される、母子避難することで家族崩壊が招かれる、との情報で「もう子供の心の健康と家族を思い、放射能の事はもう考えません」と言い出す方達があちこちででてくるようになりました。

 国や自治体からの発表に疑問を持つと過激な反体制と疑われ、避難を口にしようものなら、地元を見捨てるエゴの塊と見なされる。狭い狭い偏狭な方向へと導かれているように感じるのです。

 今この場がどんな状況で、何が起こっているかを何の偏りもなく、ただ冷静に知りたい、過去の事実から学んで活かしたいとの思いは、危険と見なされる不思議さ。肌で感じ取り、目で見て、情報を分析して考えること、異なった考えを議論することその全てを一切禁止されているような感覚があります。

 福島を襲った災難を県民一致団結して乗り越えようとの思いは分かるのですが、ただその方法が正しいのか?との疑問の声を上げられない空気を感じます。

 私はこの異常な雰囲気に対し、放射能汚染以上に恐怖を感じます。ある人々はこの恐怖に屈して、これに同調しているか、または全く疑問を感ずることなく、これと一体となり生活しているように思われます。

 場所によって汚染状況が違うとはいえ、福島は人が安心して暮らせるような状況では到底ない。ところが、その福島では異常な雰囲気が漂っているのだという。御用学者は安全をアピールし、放射能を気にすることによるストレスのほうが健康に悪いとしきりに言っていたが、福島に留まっている方たちは、まさにこうした御用学者にマインドコントロールされてしまったかのようだ。

 似たようなことが以下の記事にも書かれている。

こんな「絆」はいらない(JB Press)

 避難することが裏切りだと白い目で見られるから避難しない・・・。危険かどうかで避難するか否かを判断するのではなく、裏切りだと言われるから避難しないとは、一体どういう感覚をしているのだろう。まさに「空気を読んで」避難しないということなのだ。自分の身は自分で守るという意識が全くないし、危機管理ができないということだ。生死にかかわることであっても自分の意思より他人の目を判断基準にするとは、もう溜め息しか出てこない。

 みんな被ばくによる健康被害の不安を抱えているのだ。ならば「避難したくてもできない」といって諦めたり、避難した人たちを責めるのではなく、移住をさせようとしない東電や政府に詰め寄り補償を求めるのが筋だろう。一揆も起こさず大人しくしていることが私には不思議で仕方ない。

 今は戦前ではないのだ。自分で情報収集しようと思えばいくらでもできるし、東電や政府、御用学者がどれほど嘘をついてきたかは誰しもが思い知ったはずだ。最近はNHKですら低線量被曝の危険性に言及するようになった。チェルノブイリで何が起きたのかも、あちこちで報じられている。結局、事実を直視したくないがために、避難する人を責めることで自分を誤魔化しているとしか思えない。

 国が責任をもって汚染地域から住民を移住させることこそチェルノブイリの教訓だ。移住どころか除染して住民を戻そうなどというのはどう考えても狂気だし犯罪だろう。その犯罪にも気づかず避難した人たちをなじる住民に、ただただ愕然としてしまう。政府の作戦は大成功ということなのだろうが、見るに堪えない状況だ。

 最後に、ドイツ研究家の「ドイツから学ぼう」というブログ記事を紹介しておきたい。

(74)脱原発を求めて。(4)自らを守ることが脱原発への途

2012年2月 7日 (火)

道東沖の地震に警戒を

 このところ気にせざるを得ないのが放射能と地震だ。日本はいつどこで大きな地震が起きてもおかしくない状態のようなので、予測などをこまめにチェックするようにしている。

 とりわけ気になるのが複数の方が指摘している茨城、房総沖など関東地方の沖合の海溝型地震と、青森から道東沖の海溝で発生する地震、それと東北地方太平洋沖地震の震源の外側で起きるアウターライズ地震だ。

 そんななかで先月から北海道沿岸での地震を警告しているのが地震と火山の研究者である塩井宏幸さんだ。で、さきほど塩井さんがツイッターで再び警告を発していた。以下が塩井さんのツイッター。

https://twitter.com/#!/maguro_kumazo/status/166752883570769920
一刻を争うかもしれないので報告します。北海道太平洋側のGPS基準点座標変動をチェックしました。1月21日時点のデータで道東~道南の東方偏位は加速を増大しながら継続中です。

https://twitter.com/#!/maguro_kumazo/status/166752978164916224
1月14日時点の報告で東北地方太平洋沖地震前の変動との比較から同地震と同様の変動期間があるとして2月7日を最長と予測しましたが、最短が2月7日です。1月21日時点のデータでは無限大に発散する日時は特定できません。最も長く想定しても2月15日前後ですが、そこまで時間はないでしょう。

https://twitter.com/#!/maguro_kumazo/status/166753031831035904
変動期間の長さが地震規模と相関があると仮定すると、M9以上ということになります。東方偏位の変動量分布から予測される震源域は千島列島南部沖~根室半島沖~釧路半島沖~十勝沖~浦河沖です。

https://twitter.com/#!/maguro_kumazo/status/166753079457361921
但し、北海道内で最も東方偏位量が大きく、南北変動にも顕著な北方偏位の増大が見られるのは十勝地方の大樹です。この周辺でも大きなスベリが予測されます。

https://twitter.com/#!/maguro_kumazo/status/166753340963815424
北海道太平洋沿いの市町村役場等に知り合いのおられる方は防災担当の方に伝わるようにご連絡お願いします。マスコミ関係にもはたらきかけることができれば良いのですが・・・それに一番被害が予測される千島列島の方々になんとか通知できないでしょうか?

 塩井さんのこの予測が当たるとすれば、近いうちに道東沖でかなり大きな地震が起きるだろう。

 私の居住地は北海道十勝地方の内陸部だから、海溝型の地震があってもそれほど大きく揺れるとは思えない。とは言え、2003年のマグニチュード8の十勝沖地震では震源に近い町村で震度6弱を記録し、私の居住する町は震度5で、ガラスが割れるなどの被害が相次いだ。マグニチュード9の地震がきたなら沿岸は大変な揺れになるだろうし内陸部とて震度5では済まないかもしれない。もちろん沿岸では津波も心配だ。

 「備えあれば憂いなし」というが、とにかく警戒だけはしておいたほうがよさそうだ。予測が外れればそれに越したことはないのだから。

2012年2月 5日 (日)

明確になった「富秋地区」国営かんがい排水事業の欺瞞

 4日に士幌町「富秋地区」で予定されている国営かんがい排水事業について、事業主体である帯広開発建設部農業計画課と十勝自然保護協会の話し合いがあった。この事業については以下の記事に2010年2月6日に行われた第一回の話し合いについて書いているので読んでいただきたい。なお、事業名は「かんがい排水事業」となっているが、富秋地区の場合は排水事業のみである。

士幌町「富秋地区」の国営かんがい排水事業の中身 

 この記事から、2年前の帯広開建との話し合いの要旨を書き出してみよう。

・事業目的:富秋地区は比較的排水条件が良いところだが、近年の降雨量の増加、ゲリラ豪雨などによりたびたび湛水被害や加湿被害が発生するために、3本の排水路を整備する。
・費用:総事業費46億円(国:36億8千万円、北海道:6億9千万円、地元自治体2億3千万円)
・施設の耐用年数:およそ40年。
・費用対効果:計算していない。
・希少種保全:ニホンザリガニなどが生息しているため、工法などを検討し、地域住民の意見などを聞きながら進めたい。
・十勝自然保護協会は費用対効果や自然保護の側面から別の対策を考えるべきと提案。

 一回目の話し合いの後、工事のための予算がつかないこともあり、帯広開建はもっぱらニホンザリガニやエゾサンショウウオなどの希少種の調査を行ってきた。そして、我々には費用対効果の数値も出さなければ、代替案の検討についての説明もしてこなかったのである。ところが、昨年の12月20日の北海道新聞に、突如この排水事業について「総事業費51億円で12年度は測量設計費3千万円を要望した」との記事が載った。

 話し合いをしている自然保護団体に何の連絡もなく「事業を実施しますよ」というわけだ。そこで十勝自然保護協会として説明を求めたのである。今回の話し合いによって、この排水事業の欺瞞が明確になった。

 まず、当初の我々への説明は、「近年のゲリラ豪雨などによって湛水や加湿被害が増加したので排水事業が必要」ということだった。ところが、今回提示してきた費用対効果の数値を見たら、話がまったく違うのである。開建の出してきた年効果額の数値は以下。

作物生産効果       2億7900万円
営農経費節減効果   1億5600万円
維持管理費節減効果    -200万円
災害防止効果            2100万円
計                 4億5400万円

 費用対効果(総費用層便益比)は1.28である。計算式は以下(工期を含め49年間として評価)。

総便益比(現在価値化)85億5200万円÷総費用(現在価値化)66億3000万円=1.28

 これらの数値が仮に適正なものだと仮定しても、最初に説明していた豪雨などによる災害の被害額は2100万円でしかない。それに湛水被害が生じた際の対処費用である営農経費1億5600万円を足しても1億7700万円だ(そもそもこの営農経費も水増ししている可能性がある)。これで費用対効果(投入した事業費に対し得られる効果)を計算したならとうてい1以上(効果があるという数値)にはならない。大雨などによる湛水被害の解消のためには排水事業をするより、被害額を補償したほうがはるかに安いことになる。これでは事業を正当化できない。

 そこで開建が持ちだしてきたのが、作物生産効果だ。つまり、排水を良くすることによって作物の生産性が高まり収穫量の増加につながるという言い分だ。開建によると、排水を良くすると生産性が増すことが分かっており、どの程度生産性が増すかは数値化されているという。しかし、2010年の説明のときには作物生産効果についてはまったく説明がなかった。

 ここで矛盾が生じる。開建は富秋地区は比較的水はけの良いところであると第一回の話し合いのときに説明している。音更川の氾濫原だからだろう。ただし、河川の流域のために地下水位が高く、長雨や集中豪雨があると畑の一部が湛水するのである。もともと水はけがよいのだから、排水路を作設したところで生産性の向上は望めないだろう。このような条件のところでは長雨や集中豪雨による湛水被害への対策を考えるだけで十分なはずだ。

 ところが、排水事業を行うことで年額2億7900万円もの増収が見込めるというのだから、にわかに信じがたい。しかし、この効果を加えなければ費用対効果があるという結論を導き出せないのだ。しかも、この増収は過去の排水事業の実績によって算出されたものではなく、机上の計算によるものだという。費用対効果の辻褄を合せるために出してきた数値としか思えない。

 排水事業というのはあちこちで行われているのだから、排水事業を行う前と行った後の収穫量を比べればどの程度の効果(収穫量の増加)があったか簡単に分かるはずだ。ところが事業者は、排水事業に湯水のように税金を注ぎ込んでおきながら、その効果について何ら検証していないというのが実態なのである。

 開建は、国営排水事業というのは単に湛水被害の対策だけではなく、食糧増産によって国民に寄与することが目的だと、当初の説明になかったことを平然と言ってのける。しかし、食糧増産のための事業で利益を得るのは農家だ。特定の農家に増収をもたらすために51億円もの税金が投入されることになる。

 農家に増収をもたらす事業である以上、農家の受益者負担がなければおかしい。そこで農家の負担について尋ねると、本来農家が負担すべき受益者負担(事業費の5%)を地元自治体が肩代わりするという。農家になんの負担もなく収益が増加する事業なら誰も反対しないだろう。ただ、こうした受益者負担の自治体による肩代わりに関しては、広島の大規模林道建設をめぐって住民訴訟が起こされており、違法性が問われている。

 まとめるとこういうことだ。大雨などによって畑に水が溜まると農作物に被害が出るのだが、その被害の解消目的で排水事業を行うと採算が全く合わない。そこで、公共事業をやりたい事業者が思いついたのは「作物生産効果」である。「水はけを良くすることによって生産性が上がり、国民の食糧増産に寄与する」との名目で、根拠も良く分からない「作物生産効果」を持ち出して、費用対効果があると主張する。しかし、金銭的負担があれば事業に参加しないという農家も出てくるだろう。それでは事業ができないので、受益者負担も地元の市町村が肩代わりするという仕組みだ。

 「作物生産効果」というのは、まさに公共事業の打ち出の小槌のようなものだ。「排水事業をすれば生産性が上がりますよ」と農家に持ちかけ、さらに「受益者負担はありません」と畳みかける。これを断る農家はまずいないだろう。こうして、費用対効果も疑わしい排水事業がどんどん生みだされることになる。排水施設の耐用年数がきたら、そこでまた改修工事をするのである。こうやって際限なく公共事業が生み出せるのだ。

 もう一つ指摘しておかねばならないことは、代替案だ。生物多様性保全を考えるなら、貴重な生物がいるところは手をつけないやり方を探るべきだろう。希少生物に配慮しても、工事によって絶滅してしまう可能性があるからだ。だからこそ我々は初めの段階で代替案の検討を要求したのだ。ところがそれについて今までなんの説明もせず、設計段階になってから「3つの案を検討し、いずれも当初計画より費用が高くなる」と取ってつけたような説明をする。しかも代替案についての具体的説明は一切なく、費用計算が妥当なものであるかなど、我々にはもちろん分からない。こんな机上の案ならいくらでも作り出せるだろう。結局、はじめから当初計画通りに進めることしか考えていないのだ。

 国民の税金が、特定の農家の増収のために使われ農家は何の負担もしない。しかもその事業による効果の検証もしない。それが「国営かんがい排水事業」だ。私には自然の摂理を無視した「永遠なる税金の無駄遣い」としか思えない。

2012年2月 4日 (土)

投獄されたバンダジェフスキー夫妻へのインタビュー記事

 今日は、多くの方に読んでいただきたい記事の紹介をしておきたい。

 「セシウムと心臓疾患の相関関係」ユーリー&ガリーナ・バンダジェフスキーへのインタビュー(Canard Plus)

 バンダジェフスキー氏はベラルーシの医師で、チェルノブイリの原発事故のあと、ゴメリ州の人々の病状や亡くなった方の解剖によって、体内に蓄積された放射性セシウムの量と臓器の病変の関係を調べた方だ。そして、低線量であっても放射性セシウムが体内に蓄積されることは危険だとの結論を導きだした。

 ところが、1999年7月に、賄賂をもらって学生を入学させる組織をつくったという嫌疑をかけられて逮捕され、禁固8年の判決によって投獄されてしまった。アムネスティの尽力などによって5年で出所できたものの、本人は罪を否定しており、政治的冤罪であると言われている。

 このインタビューは大変貴重なものだと思う。何が真実だったのか、考えていただきたい。

2012年2月 2日 (木)

全国で繰り広げられている脱原発訴訟

 これまで日本で行われてきた原発の裁判はことごとく敗訴してきた(一審や二審で勝ったものがあるにはあったが、最終的には敗訴している)。しかし、福島の原発事故によって、原発の安全神話は完全に崩壊した。そして福島の事故を契機に、全国の弁護士らが新たな裁判を次々に起こしているのだが、マスメディアはその闘いをほとんど報道しない。

 いま日本の原発訴訟はどうなっているのかと思っていたら、昨日、原子力資料情報室による解説があった。脱原発弁護団全国連絡会代表の河合弘之弁護士が、全国で起こされている脱原発訴訟について説明をしている。

 以下はこの動画の要旨。

**********

 今までの原発差し止め裁判ははじめから予断と偏見を持って行われており、原告の主張は取り合ってもらえなかった。しかし、3.11は原発に関する認識を裁判官も変え、偏見で見なくなった。裁判官にもう一度問い直そうと確信し、日本中の弁護士に呼び掛けた。今までも原発の弁護団は頑張ってきたが、情報交換や勉強会がなかった。そこで、団結し、日本全国で裁判しよう呼びかけたところ多くの人が集まった。現在125人くらいの弁護士が正式登録している。

 現在の各原発の訴訟の概要は以下。

:昨年12月に提訴。700名近い原告団。

大間:おととし7月に訴訟を起こしていたが、函館の人たちが熱心にやっている。函館市長も拒否権を主張。函館はすぐに放射能が届く位置にある。

六ヶ所:福島原発を見てもう一度気合いが入ってきた。

東通:今のところ動きがない。ここでの戦いはあまりに大変。

女川:女性の若い弁護士らを中心に弁護団ができつつある。

福島第二:福島の弁護士さんたちが訴訟を起こす動きがある。

東海:東海村村長は反対の立場。弁護団が結成されつつある。近いうち裁判がおきると思う。首都圏に一番近い原発であり、絶対差し止め裁判をしなければならない。

柏崎苅羽:最高裁までいって負けたが、福島を見たらもう一回やり直しするに十分値する。

浜岡:浜岡は、東京の控訴審とは別に地裁2つでも裁判が起こされ闘っている。控訴審では、裁判所は再稼働前に仮処分の判断をするといっている。裁判所の判断がないまま再開をすることはない。仮処分で是非止めたい。静岡で新たな原告団ができ、弁護士90人、原告団も数百人集まった。静岡に住んでいる静岡地裁の裁判長も福島を見て恐怖しただろうということで起こした。また、浜松支部で第三の訴訟が起きている。

志賀:一審で勝って二審で負けて判決が確定しているところだが、独特の戦いをしている。裁判は置いておき、まわりの市町村の首長を説得して安全協定を結ぶ運動をし、安全協定による拒否権または条件付けによって再開を止めようということを弁護士がやっている。

若狭湾:敦賀、美浜、大飯、高浜に再開禁止の仮処分をかけている。安全審査指針は無効だということが福島原発でわかった、だから止めろといって頑張っている。

島根:控訴審。裁判所はあまり熱心ではなかった。福島の現状を踏まえ裁判官も認識を改めて取り組んでいる。

伊方:原発訴訟のトップを切っていたが負けてしまった。最高裁までいった。その判決以降運動が沈滞していたが、弁護士がもう一回やろうと呼び掛け、数百人が集まって裁判が始まった。第一回期日がもうすぐ始まる。

上関:これはまだ埋立の最中。すばらしい自然が残されている海を埋め立てて原発をつくるという滅茶苦茶な計画。埋め立ての工事をめぐって差し止めの裁判が起きている。今までは、裁判官は埋立のあと何につかうかは焦点ではないと言っていた。しかし、やはり原発の問題なので埋め立てて原発を造ること、原発が安全かどうかということもテーマになると踏みこんできており、いい兆候が見られる。祝島の人たちが30年以上、一致団結して闘っている。事故がおきたら祝島の人たちは蒸し焼きになる。上関側の人たちもひどい被害を受ける。

玄海:古くて心配されている原発。海底活断層があるということで問題になっている。知事も原発推進でどうしようもないし、九州電力はヤラセもあった。事故が起きたら北九州がアウトになる。昨日、1700人の原告団で訴訟を起こした。

川内:弁護団ができつつある。今年の4月か5月の訴訟を起こす。

 日本のすべての原発を止めるために頑張っている。原告や賛助会員などになって地元の裁判に参加してほしい。

 正直なことをいうと、徒労感と屈辱感で一杯だったが、3.11でやっぱり自分たちの言っていたことが正しかったと思った。残りの人生を日本中の原発を止め、安心して過ごせる国にするため頑張ろうと思った。他の弁護士も同じ気持ちだと思う。

 裁判所も絶対に変わっていくだろう。御用学者も、これまでいい加減なことを言っていたが、そんなことはもう言えなくなる。レッテルを張られている人たちは、そんなに勝手なことはできない。裁判官に正義感が生まれているのではないか。司法が止めるしかないと考えているのではないかと思う。

 裁判所は、今までは原発事故はきわめて稀有な可能性しかないから差し止めは慎重にすべきだという意見が主流だった。唯一差し止め判決を書いた裁判長は、結局は退官している。いままでは退官を決意しないと原発差し止め判決なんて書けなかったと思う。もんじゅの高裁の裁判官など、読売新聞にぼろくそに書かれる。出世の望みのない者が判決を書いたと、メディアから叩かれる。しかし、もうそんなことはないだろう。原発を止めたら「よくやった」、「えらい」と言われる雰囲気になってきたから、裁判官もそれを感じていると思う。

 浜岡原発の差し止めの一審判決などは電力側に安全の立証責任があると言った。しかし、その立証責任は原子力安全・保安院の設置許可を得たことを主張すれば良く、それでも危険であることを原告側が立証しなさいと言っていた。つまり住民側が全部立証しなければいけない。全部安全指針をクリアしたのに、福島ではあんな事故が起きたことが分かった。これからの裁判は「審査をクリア」した、では通らなくなる。立証責任が電力側に移っていった。

 実際には、「国が許可したから大丈夫だろう」、「それを覆す主張はなかった」で終わっていた。その結果福島の事故が起きた。裁判はやりやすくなった。これからは、地震がおき、事故がおきたとき、判決を書いた裁判官の責任が歴史に残る。

 大間原発は、熊谷あさ子さんと娘さんの小笠原厚子さんが原発敷地内にある自分の土地を売らずに闘ってきた。熊谷さんが土地を売らないため、電源開発は炉心の位置を動かして安全審査を通してしまった。許可が下りて建設がはじまっている。建設敷地内にある「あさこはうす」に通じる道の両側は有刺鉄線で囲まれている。

 あさ子さんは裁判で闘って負けたが、河合弁護士はもういちど差し止め裁判を起こすと法廷で宣言。人格権にもとづいて差し止め裁判しようと言っていたのに、あさ子さんが急死された。これで終わりかと思ったら、娘さんの小笠原さんが同じ気持ちだと言った。それで、函館に行って「お金はいらない、手弁当でやる」といったら、弁護団も原告団もできた。

 大間原発の問題点は、世界ではじめてのフルモックス燃料を使うということ。高速増殖炉ができないのでプルトニウムがどんどん溜まる。だからフルモックスを造らないと矛盾が解決できない。世界で一番大きく、一番危険なフルモックス燃料を使う原発。普通よりずっと多くのプルトニウムが入っていて、事故が起きたら非常に深刻。これを止めなければならない。もうひとつの問題は、大間は工事中で36パーセントくらいできている。新設なのか新設ではないのか評価が分かれる。これを止められるかどうかは新規を認めるかどうかの分かれ目であり、負けられない。非常に重要な闘い。

 日本だけは原発をやってはいけない。大きな地震が発生するところで原発をやっているのは日本だけ。原発は巨大精密機械であり、精密機械は振動と水に弱い。日本の地震発生率は世界平均の130倍。世界の人たちは日本をもっと非難すべきだ。即時全部やめ、とりあえずは化石燃料でやるしかないのでは。二酸化炭素より放射能のほうが怖い。

 これからの裁判は福島原発で何が起きたか、何が原因か。それを究明し、それがクリアできているかどうかが問われる。福島は事故究明が終わっていない。何もわかっていないのに、なぜ再稼働ができるのか。はじめに再開ありきだからだ。放射能に苦しむより少々電気代が上がってもいいではないか。そして自然エネルギーを普及させていく。産業の空洞化など20年前から始まっている。嘘で塗り固め、それでもやろうという人たちとは闘うしかない。

**********

 全国の原発で裁判が行われている、あるいは始められようと準備が進んでいるのだが、実は3.11のあとで原発訴訟はどうなっているのか、あるいはどこで新しい裁判が始まったのか、この動画を見るまでは私もはっきりとつかんでいなかった。こういう動きをマスコミはほとんど報じないから、一般の人たちも具体的なことはほとんど知らないのだろう。しかし、多くの人に知って関心をもってもらいたいことだ。マスコミはいつまで原子力ムラの一員でいるのだろうか。

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