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2011年12月31日 (土)

大切なものを見据え希望を持ちたい

 今年は言葉を失うほど悲しく辛いことばかりの一年だった。3.11の大津波は、何の罪もない人々を飲み込んだ。その後の未曾有の原発事故は日本中、否、世界中に放射能をばら撒いて取り返しのつかない環境汚染を招き、多くの人々を被ばくさせ、チェルノブイリの悪夢が現実となりつつある。私の人生の中で、これほど恐ろしく、これほど心が痛んだ年もない。

 美しい山河は目に見えない放射能に汚染され、人々は被ばくと健康被害に怯えながら暮らさねばならなくなった。もう3.11の前には決して戻れないと思うと、日本の犯した過ちの大きさに打ちのめされる。しかし、それでも私たちは生ある限り、生きてゆかねばならないのだ。あまりにも気が重い。

 しかし、日頃おとなしく楯突くことのあまりない日本人が、脱原発を叫んで何万人ものデモを繰り広げた。経産省や東電に人々が抗議に押し掛けた。原発の廃炉を求めて全国で裁判が起こされつつある。脱原発国民投票の動きもある。そう、いくら心が重くても、一人ひとりができることをやるしかない。

 3月に原発が爆発してからしばらくの間、私は原子力資料情報室のインターネット中継に耳を傾けた。そこでは後藤政志さん、田中三彦さん、小倉志郎さんなど、原発プラント設計に携わった方たちが連日のように事故の解説をしてくださっていた。また、小出裕章さんのラジオによる解説も参考になった。彼らの説明によって、東電や政府の説明とは裏腹に、福島の原発事故がどれほど深刻なものであるかを実感した。

 原子力ムラを敵に回し、良心と信念に基づいて動いてくださった方々、そして原子力資料情報室の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいだ。このような方たちがいて下さるから、この困難な状況を乗り切らなければという気持ちも湧いてくる。

 かつては原発推進の立場にいた方たちが考え方を180度転換して実名で告発を行うことは、おそらく想像を絶するような苦悩と決意が必要なのだろう。私は、以下に紹介する田中三彦さんのお話にとても心を打たれた。田中さんの人柄がしみじみと伝わってくる対談だ。

田中光彦×小林武史 震災被害から何を学ぶのか 

 とりわけ、「社会人」ならぬ「会社人」の話には、はっとさせられるものがある。田中さんは「会社人」について以下のように説明している。

 僕も大きくはその流れで、原発や火力発電の設計をやることになったんです。9年ほど。だけどね、その9年間の間、僕は社会人ではなかったんです。それは会社の外に出てから気づいたことだけど、"社会人"ではなく、"会社人"だった。社会人と会社人の違いというのは大きい。 例えば会社人は、会社という塀の中に入ってタイムカードを押したら、そこからもう10何時間と、他の社会の人たちから隔絶された世界に入ってしまう。特に工場なんていうのは企業秘密が多いから、外部の人をいれない。逆に、僕の妻はいわゆる専業主婦だったのですが、1日、家で何をしているかというと、買い物に行って、少しでも安くていい野菜を選ぶために八百屋のおじさんと折衝したり、押し売りがきたら追い払ったり、子供の学校に先生の話を聞きにいったり、子供の喧嘩の仲裁に入ったりと、いろいろなことをしているわけです。
 だから、世の中の仕組みをよほどよく知っている。銀行にも行っているから、金利がどうの、景気がどうの、なんてことについてもね。彼女たちは社会人なんですよ。

 また、次のようにも言う。

 原発を作っている技術者達は、原発反対と推進の運動をしている人たちの利害関係や本音を知らない。知ろうとしていないという方が正しいかな。もちろん反対派の人たちが大勢いることは分かっている。だけど当時僕は、「技術的に分からない人が反対するのだ」と思っていた。何を根拠にそう思うかというと、たぶんふたつあって。ひとつは、先ほどの"会社人"です。社会を広く見ていないんですね。そしてもうひとつはね、我々は非常に一生懸命働いていた。それこそ1カ月に100時間を越える残業をしながら、寝食を忘れて仕事に没頭していた。その、自分たちが一生懸命にやっていることを否定されるのは非常に辛いわけですよ。

 私たちの多くは、田中さんのおっしゃる「会社人」ないしは「会社人的」な思考をしているのではなかろうか。つまり、思いあがった井の中の蛙になっているのだ。そして次第に責任感や罪悪感が喪失し、そんな状態に慣れてしまう。しかし、何らかのきっかけでそこからの転換ができたとき、目からうろこが落ちるように、今まで見えていなかったものが見えてくるのだろう。

 その転換ができる人はやはり誠実であり良心を大切にできる人ではなかろうか。多くの人はそれができず、組織に埋もれて会社人間になってしまうのだ。この構図はまさに原子力ムラに通じるものがある。

 田中さんは、今回の事故原因、とりわけ1号機の事故原因の解析に尽力され、津波ではなく地震によって壊れたことをかなり前から指摘されていた。ここに技術者としての彼の責任感が現れている。

 最後に質問をされていた小林さんの言葉をここに引用しておこう。

 そうですね。少なくともまずエネルギーのことに関して、「新しい産業が生まれるから」という発想などはもう捨てて、ということですよね。新しい経済活動にスイッチしていくんだよということよりも、我々は何を大切にして、その想いのもとに世界に先駆けて僕らとしての生き方というものを求めていくと決めたか、ということだと思うんですよね。

 その通りだ。限りない経済成長など幻想でしかない。私たちは何を大切にしなければならないのか・・・今年ほどこのことを考えされられた年もなかったのではなかろうか。

 日本はあまりにも困難な状況を抱えてしまった。しかし、それでも「何を大切にすべきか」をじっくりと考え、希望だけは持って生きたいと思う。

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