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2011年10月10日 (月)

原発事故の責任は誰にあるのか?

 昨日は定期購読している「週刊金曜日」の10月7日号と「創」2011年11月号が同時に届いた。前者には原発裁判に関わった裁判官について、後者には「原発とメディア第4弾」という特集が組まれている。それらの記事を読みながら、原発事故の責任についてつらつらと考えた。

 原発事故の根底には「騙す側」と「騙される側」という構図がある。当たり前のことだが、騙される者より騙す者が悪いのは言うまでもない。私は以前にも何度か書いているが、自分の利益のために人を騙し欺くような人間が一番嫌いだし、こういう人たちが弱者を食い物にして苦しめているのだ。

 我々の生きている社会は基本的には信頼によって成り立っている。家庭でも学校でも企業でも役所でも、信頼関係があるからこそ維持されているのだ。人を騙すというのはその信頼関係を根底から覆すことにほかならない。騙しはどこの世界にも存在するが、それが平然と横行し許容されている社会はまともではない。そして福島第一原発の事故が、原子力ムラという詐欺師集団によってもたらされたことも今さら言うまでもないだろう。

 NHKでおなじみの科学ジャーナリストである小出五郎氏は、「メディアも加わった日本原子力村の構造」(創)で、原子力ムラは政官財のトライアングルにメディア・学者も加わったペンタゴン(五角形)だと指摘する。だからより強固なのだと。小出さんは原子力ムラの運営について以下のように書いている。

 村の運営は、議論をして民主的・論理的に進めるというよりは、阿吽の呼吸で、議論しない、「わかっているだろう」と進めるというのが特徴です。
 もう一つの特徴に「村八分」があります。異端者が出てくると追い出してしまう。そういう古い村社会の性質が原子力「村」の由縁です。

 こうした構造は何も原子力ムラに限ったことではない。たとえばダム問題にしても御用学者はたくさんいるし、マスコミもさほど当てにはならない。そして、原子力ムラに加担し反原発の声を押さえこんだ加害者は、ペンタゴンの構成者だけではない。司法も同罪だ。

 週刊金曜日には原発の安全神話を支持してきた裁判官について詳述されているが、これまで日本で起こされた35の原発訴訟で、その危険性を指摘して原告の主張を認めたのは2件のみ。一件は志賀原発2号炉の運転差し止め訴訟の一審判決だが、高裁と最高裁では一審判決が覆されて原告の敗訴が確定している。もう一件は「もんじゅ」の差戻第2審での違法認定だ。しかし、これも差戻最高裁で覆されてしまった。つまり、最終的に原告の勝訴が確定した裁判はない。司法は完全に原子力ムラに加担してきた。だから私は原子力ムラの構造はペンタゴンではなくヘキサゴン(六角形)だと思う。

 原発の危険性を訴え反対する研究者が具体的に危険性を訴えても、原子力ムラの村民たちは馬耳東風を貫き、市民たちがどれほど反対運動をしても嘘とヤラセでかわしてきた。地元住民に対しては交付金というアメを与えて黙らせる。反対運動をする市民たちの最後の砦である司法も、ことごとく原子力ムラに加担してきた。良心的な研究者や市民がどれだけ頑張ってもどうにもならない強固な構造があったのは事実だ。

 マスコミが原発の危険性についてまったく報じてこなかったかといえば、そうではない。「創」の対談記事で高田昌幸さんも語っているが、各地で反対運動が起きればその報道はしてきた。しかし、原発が強引に造られ、市民が裁判で負けてしまえばそれ以降は話題にしない。そして独自の調査報道はほとんどせず、電力会社の広告を垂れ流しにしてきた。

 上杉隆氏は、大本営発表を垂れ流しにしているマスコミの責任を厳しく批判している。原発事故発生以来、本当のことをインターネットなどで発信し続けた上杉氏は、「デマ野郎」と言われて大手メディアから排除されたという。権力の監視をすべきメディアがそれと正反対のことをやり、被害を拡大させたのがこの国の実態だ。もはや末期的症状だ。

 私は福島の原発事故が起きる前に使用済み核燃料についてインターネットで調べたことがあるが、検索の上位に出てくるのは原発推進側のサイトばかりだった。おそらく相当情報操作されていたのだと思う。つまり、原発の危険性について積極的に知りたいと思う人以外は、原発の実態を知ることすら困難だったのだ。

 これだけ強固なヘキサゴン構造が人々の判断を狂わせ、福島原発の大事故をもたらしたのは疑いようがない。このヘキサゴン構成者の責任は限りなく重い。

 では騙された側の責任はどうだろう。小出裕章さんなどは、騙された大人たちにも責任があるので汚染された農作物を食べるべきだという主張をされている。しかし私はこの主張には賛同できない。騙された側の責任といっても一様ではないし、ましてその責任を果たすことは汚染された食物を食べることではないと思う。

 そもそも、この国では学習指導要領などで教師をがんじがらめにし、学校は従順な思考停止人間を作り出す場になっている。原子力ムラの人々は、教育現場を利用して子供たちに原発の安全性を教えこんだ。大人たちは原発タレント文化人などを利用して安全神話を信じ込ませた。原発を推し進める政府が、国民全体をマインドコントロールしていたといっても過言ではない。

 協調性を重んじて周囲に合わせることを好む日本人を、嘘と騙しのテクニックを駆使してマインドコントロールすることはそれほど難しいことではない。そういう意味では騙された側の責任がそれほど大きいとは思わない。まして、原発反対の行動を起こしていた人たちに何ら責任はない。小出裕章さんなどはご自身が原発を止められなかったことを謝っていたが、彼が謝る必要など全くないと私は思う。

 しかし、もちろん国民にも責任はある。その責任は「目先の利益を重視する」という個人個人の心のあり方にあるのではないかと思う。山本太郎さんが対談(シンポ「原発とメディア」)で以下の発言をしている。

 脱原発の方向で話しをされている方でも、その先のインタビューなどになると断っている現状があると、あるテレビ局のディレクターに聞きました。だから、「最後まで声を上げよう」というような方向性の方は少ないです。みなさん自分の生活があるので。でも、目の前の利益を守ろうとするのであれば、それはもう役人や東電と変わらないじゃないですか。全員が踏み込んでいかないとどうしようもないですよね。時間もないのに。

 本当にその通りだと思う。原子力ムラの村民たちも、原発の危険性や国民の命より目先の利益を守ることを選んだから原発を推進してきたのだ。最終的な判断のところで目先の利益を優先させる人というのは、結局のところ原子力ムラの人たちと精神構造は変わらない。そういう人がもし東電社員の立場になれば、やはり責任逃れに必死になり嘘をつくのだろう。あるいは自分の住む町に原発を誘致するという動きがあれば、交付金などのメリットに目がくらんで受け入れてしまい、事故が起きれば「騙された」と文句を垂れるのではなかろうか。自分の町に原発誘致の話しがあれば、なぜ多額の交付金が出るのか疑問を持ち、原発について調べ、反対している人たちの声を聞いたうえで意志表示する責任がある。

 小出五郎さんは「原子力村の構成員を結びつける接着剤は、巨額の金とポスト、便宜の3つです」と指摘しているが、そのような私欲が悪を温存させるのだ。

 「目先の利益」を乗り越える精神力がなく安易な方に流されてしまう人は、いくら騙された側と言えそれなりの責任があると思う。これは日本人全体に言えることで、マインドコントロールされないような洞察力を持ち、毅然と意志表示していく行動力がなければ詐欺師のはびこる社会を変えていくことはできない。安穏としていたのでは平和な社会は維持できない。

 今後どうなるのかも分からない未曾有の大事故を起こした国民の責任は、目先の利益に踊らされず、真実を見極めるしっかりとした目を持ち、電気の無駄遣いを反省し、あらゆる場面で反原発の意思表示をし、原子力ムラを解体させることだろう。デモ、署名、集会、抗議、廃炉訴訟への参加、ネットなどでの意志表示、選挙での意志表示・・・。一つひとつは小さなことでも、そういった積み重ねなしには脱原発は実現しない。

 もっとも責任の重い原子力ムラの人たちがやるべきことは、自分たちのとってきた行動を真摯に反省して謝罪し、情報を公開し、被害者にできうる限りの補償をし、汚染地域の住民を避難させ、耕作放棄地などの活用で少しでも安全な食べ物を供給させ、今すぐ原発を止める行動を起こすことだ。それが彼らの責任の取り方だと思う。

 また、汚染食品を食べることが騙された大人の責任の取り方だとも思わない。被ばくの恐ろしさを知っている原子力ムラの人たちは、恐らく汚染された食物は極力避けるに違いない。より深刻な事態になれば海外に逃げる人もいるかもしれない。詐欺師とはそういうものだ。それなのに被害者である国民がなぜ汚染された土地を耕し、汚染されたものを進んで食べなければならないのか? 子供を守ることは当然だが、大人とてできうる限り被ばくを避けるべきだと私は思う。

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