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2011年10月

2011年10月31日 (月)

シマアオジの激減が語るもの

 25日から27日の北海道新聞に「シマアオジはどこへ」という連載記事が掲載された。シマアオジは北海道の草原に夏鳥として渡ってくる野鳥で、雄は頭から背面にかけて栗色で腹部はきれいな黄色をしており、喉にも黄色の首輪があるコントラストがとても美しい鳥だ。本州の野鳥愛好家にとっては憧れの鳥のひとつだろう。

シマアオジ(Wikipedia)

 私がはじめてシマアオジを見たのは、学生時代に野鳥を見に北海道旅行をしたときだ。その旅行ではユースホステルと民宿を利用し、海岸に近い場所ばかりをうろついていた。サロベツ原野、浜頓別、浜小清水、落石岬等々・・・海岸の草原を歩きまわってはのびのびと囀る野鳥たちの声を満喫した。ノゴマやシマセンニュウ、オオジュリン、エゾセンニュウなどとともにシマアオジの姿を何回か目にし、可憐な声に耳を傾けた。

 そのシマアオジが激減しているという話は以前から聞いていた。中国人が渡りで移動する際に乱獲して食べているからだとか、越冬地の環境が悪化したのではないか、などと囁かれていた。考えてみれば私が北海道に移住してからシマアオジを見たという記憶がない。内陸部の山間部に住んでいると、草原の野鳥たちの動向はわからないものだ。ここ数年はイソコモリグモの調査で海岸部にずいぶん出かけたが、ホオアカやオオジュリンは目にしてもシマアオジは一度も見なかった。激減しているのは確かだ。

 北海道新聞の記事によると、74年から78年の国の調査では52の地域で生息が確認されていたが、97年から02年の調査では15地域でしか確認されなかったそうだ。環境省もようやく5年前に絶滅危惧種に指定した。記事でも減少の理由として中国人の食用による乱獲や越冬地の湿地の減少などが指摘されている。竹中万紀子さんは、北海道の草原が牧草地に置き換わってきたことも関係しているのではないかと指摘している。

 これほどまで激減した背景には、それらのことがすべて関係しているのではないかと私は思う。繁殖地でも越冬地でも好適な環境が減り、渡りの途中で捕獲されるのではシマアオジにとってはたまらないだろう。

 しかし、シマアオジがこれだけ減っているのなら、他の野鳥も同じように減っているのではなかろうか。かつては普通種としてどこにでも見られた野鳥が、知らないうちにいなくなっている、などというのはあちこちで起こっているのではないかと思う。

 そう言えば、私の居住地では以前は夏になるとコノハズクの鳴き声がよく聞かれたのだが、最近はすっかり声を聞かなくなった。コノハズクは森林の鳥だから、シマアオジの減少とは原因が異なるはずだ。

 野鳥のように比較的愛好者が多くて目立つ動物は減少も分かりやすいほうだろう。昆虫などでも激減している種があるに違いない。目立たない昆虫やクモなどということになると、知らないうちに激減しているものはかなり多いのかもしれない。その大半は人間による生息環境の悪化や破壊なのだろう。人間の身勝手な自然破壊が、どれほどの物言わぬ生物を脅かしているのだろうか。

 生物多様性が叫ばれるようになったといっても、その保全は遅々として進まない。というよりさらに悪化しているとしか思えない。気の遠くなるような長い進化の歴史のなかで生まれ、今の時代を生き続けている生物の生息環境を、たった一種のヒトという生物が短期間の間にズタズタにしているのだ。ヒトとは何と罪深い生物なのだろう。こんなことをしていたら、いつか取り返しのつかないことになるのだろう。

2011年10月29日 (土)

巨大地震を警戒せねばならない時代になった

 北大理学研究院付属地震火山研究観測センターの森谷武男氏が、M9クラスの地震が再び発生する可能性が高くなったとの見解をホームページで公表した。

再びマグニチュード9の地震が発生する確率が高くなってきました

 昨日は、以下のような記事も出た。

“直下型地震”で東京はこうなる!隅田、台東、足立の家屋危ない(zakzak)

 そこで、今日はツイッターに連続でつぶやいたものを、ブログに再録しておきたい。もちろん地震だ、放射能だと煽って不安を駆り立てることが目的ではない。日本に住んでいる限り地震は不可避だし、いつ再び大規模な原発事故が起こるか分からない。このような大地震の予測がなされている以上、どちらも意識して警戒するに越したことはないからだ。あの東日本大震災の悲劇をくり返さないためにも、もし大地震がきたなら先の地震の教訓を活かさなければならないし、地震学者の警告に耳を傾けることも大事だ。そして、原発の状況にも常に目を向け、いざというときには自分で身を守るよう行動するしかないからだ。

 以下がツイッターでのつぶやき。

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 北大がM9クラスの「第二次東日本大震災」が近々くると警告している。地震エコーという周波の分析によると、東日本大震災の前と同じ現象が起きているらしい。予想される震源は宮城県南部沖から茨城県沖の日本海溝南部付近で今年の末から来年の初めと推測。http://news.infoseek.co.jp/article/sunday_3994011 

 もし東日本大震災のような地震が起きれば、大きな津波が来ることは間違いないだろう。何よりも心配なのは、福島の原発と東海村の原発だ。原発事故のあの惨事がもう一度起こるとしたら悪夢のようだ。爆発でボロボロになりしかも傾いている4号機の燃料プールがもちこたえられるだろうか?

 カレイドスコープさんが、4号機の危機的な状態について報じている。http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-963.htmlカナダの物理学者が4号機の危険性を指摘し早急に補強工事を行うよう訴えている。ガンダーセン氏も以前から警告していたことだが、万一倒壊したなら東日本は閉鎖しなければならないだろう。

 4号機の燃料プールは、春には水漏れがあると報道されていた。ところが水漏れのことについて最近はまったく話題にならない。自然に水漏れが止まるとは思えないのだがどうなっているのだろう。4号機は補強工事をしたというが、大きな地震に耐えられるとは思えない。

 もし4号機が倒壊するようなことになれば、福一には人が近づけなくなり、1~3号機での作業ももちろんできなくなる。日本はとんでもない放射能汚染にさらされ、多くの人々が亡くなったり路頭に迷うだろう。本当に大変なことになるのは目に見えている。東電は4号機のことをどう考えているのだろう。

 4号機の危機が叫ばれているときに新たな巨大地震の警告がなされた。次の大地震の震源地が宮城県南部沖から茨城県沖ということになれば、東海・東南海・南海地震の引き金にもなりかねない。まだ予測の域を出ないが、こんな恐ろしい事態を世界は経験したことがない。今は原発の無事を祈るしかない。

2011年10月28日 (金)

TPPを斬る中野剛志氏の明快発言

 野田首相がゴリ押ししようとしているTPP問題だが、未曾有の原発事故の処理もできない泥沼の中でTPP参加などということになれば、この国は救い難いことになるのは目に見えている(すでに救い難いが・・・)。

 国民にとっても日本の農家にとってもTPPは害悪があるだけでメリットなど何もない。どうしても国民が意識を持たなければならない問題なのに、マスコミは問題点を明確に指摘し国民の意識を高めようとしない。TPP参加ほど国民を愚弄することもないのだが、かねてからTPPに反対していた京大の中野剛志氏がとうとうテレビに出演して反対論をぶちあげたことがツイッターで話題になっていた。

 中野氏が出演した番組はYou Tubeにもアップされているが、実に分かりやすい。しかし、たぶん近いうちに削除されてしまうだろう。

http://www.youtube.com/watch?v=VBY7GcQjWnc 
http://www.youtube.com/watch?v=6H-y2v5msFs 

 動画で見たい方はこちらが良いかと思う。

http://www.youtube.com/watch?v=RlyluxDfjMo 
http://www.youtube.com/watch?v=9amjatPD_l4&feature=related 

 で、動画ではなく文字情報で中野氏の主張がまとまっているものはないかと探して出てきたのが以下のThe Journalの記事。

中野剛志:TPPはトロイの木馬-関税自主性を失った日本は内側から滅びる

 TPP参加を唱える連中が、いかに米国のご機嫌取りのために従順な日本国民を騙そうとしているのかがよく分かる。目先のことしか考えていない連中が賛成しているということだ。

 今こそ国民が騙されないよう警戒せねばならないときもない。原発問題もTPPも日本の存亡にかかっている。国民があらゆる場を利用して反対の大合唱をせねばならないことだろう。

2011年10月27日 (木)

深刻な放射能汚染と困難な除染

 福島の現状と除染についてレポートしている守田さんのブログ「明日に向けて」の記事を読んだ。汚染の深刻さと除染の困難さが浮かびあがってくる。

福島の現状は厳しい・・・放射能除染・回復プロジェクトに参加して(1)

屋根の放射能は容易には落ちない!・・・放射能除染・回復プロジェクトに参加して(2)

 世田谷のラジウム事件では2.8マイクロシーベルトで立入禁止になったのに、福島では5マイクロとか8マイクロといった高濃度の汚染箇所が生活空間にそのままにされているそうだ。そういうところを、マスクもつけない子どもたちが通学しているというのだから、かなり深刻な事態といっていい。

 屋根の除染ひとつとってもそう簡単なことではないというのがよく分かる。除染の仕方によっては放射性物質を再びまき散らしてしまうことになりかねないのだ。瓦の重なっている部分に入り込んだ放射性物質の除去も容易ではない。人が住んでいる以上、できる限りの除染をするというのはもちろん理解できるが、除染に期待しすぎるのも禁物だろう。所詮、除染での対応というのは限度があるのだ。だから、その限度を知ったうえでどうするかを考えねばならないということだ。

 また、土壌を剥ぎ取れば大量の汚染土壌の置き場が必要になるし、水で洗い流したならその水を回収しない限り汚染水が環境に垂れ流されることになる。周辺の森林が汚染されていれば、そこからも放射性物質が田畑などに入ってくるだろう。一度除染すればいいということでもない。国は除染、除染と、除染さえすれば安全な生活空間が取り戻せるかのようなことを言っているが、それは幻想だ。

 たしかに住みなれた故郷を捨てて移住するなど誰もしたくない。住宅ローンを払い続けなければならない人もいるだろうし、仕事上簡単に移住できない人もいるだろう。本来なら避難を希望する人たちに東電が補償すべきことなのだが、今の東電や国の姿勢を見ていたらそれはまず期待できない。結局、危機感を抱く人は、自分で対処するしかないのだ。あまりにも理不尽だが、それがこの国の現実だと思うと寒気がする。

 さらにショッキングなブログ記事を知った。以下の「大験セミナー わくわく日記」の記事を読んでいただきたい。

ベラルーシの教訓

10マイクロシーベルトを超える中学で生徒が亡くなった 

 ベラルーシでは、事故後0.28マイクロシーベルト以上の放射線量の村が全て廃村になっているという。それ位の線量の地域は今の東北や関東のいたるところにあるのではないか・・・。そういう所に今でも多くの人が普通に生活しており、国は住民を避難させようとしない。国も地方自治体もチェルノブイリの事実を伝えようとしない。そんな中での中学生の死。この国はチェルノブイリの被害をなんの教訓にもせず、ふたたび同じ道を歩みはじめている。

 汚染廃棄物の焼却に関して、アー二ー・ガンダーセン氏は放射性物質をさらに拡散させて新たなホットスポットをつくりだすことを懸念をしている。以下の動画をご覧いただきたい。

  

 東京が大量の放射能に汚染されたのは、原発事故後の2週間だが、東京の家屋の空気フィルターでの放射線の値が先月は二か月前と比較して上昇しているそうだ。ガンダーセン氏は、ゴミの焼却によりセシウムを再揮発させ、それが新たなホットスポットをつくり始めたのではないかと懸念している。

 大量の放射能に街が汚染され、スーパーマーケットには汚染された食品が出回っている以上、放射性物質を含むゴミの焼却は当分の間続くに違いない。早急に焼却施設からの放射性物質の拡散を防ぐ手立てを講じなければならないはずだ。ところが、環境省がパブコメを求めた骨子案にはそのことが明記されていないのだ。

 東京都はわれ先にと瓦礫処理の受け入れに手を挙げた。ガンダーセン氏の懸念が当たっているなら、東京都は瓦礫の焼却によってさらに汚染されるだろう。東京湾にはすでに放射性物質を含む焼却灰が埋め立てられているというが、これにさらに東北の瓦礫の不燃物が加わることになる。

被災地と多摩の汚染焼却灰、東京湾に埋め立てへ(読売新聞)

 東京湾の埋め立て地は大地震があれば液状化を起こすだろうし、大津波に襲われれば完全に水没する。埋め立てられた放射性物質は大丈夫なのか? あまりにもいい加減で無謀な対応ではないか。

 昨日は環境省に汚染対処特措法に関するパブコメ を送信したが、これらのブログ記事を読み、環境省の方針のお粗末さに腹が立ってきた。

2011年10月26日 (水)

環境省の問題だらけの汚染対処特措法パブコメ

 環境省が「放射性物質汚染対処特措法に基づく基本方針骨子案」等のパブリックコメントを行っていることを知ったのは2日ほど前のツイッターだった。以下がそのプレスリリースだ。  

http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=14327  

 これを見てまず驚いたのは、意見募集の期間がたったの10日しかないことだ。このプレスリリースが出たのが17日、そしてパブリックコメントの締め切りは26日。パブリックコメントの募集では普通は1カ月くらいの期間をとるものだが、これはいくらなんでも短すぎる。  

 このような情報を周知させるのに何日もかかるものだが、そういう余裕もまったくない。インターネット環境にある人はすぐに該当する文書の閲覧ができるが、そうではない人は資料を郵送で取り寄せるだけで数日かかってしまう。文書や資料を検討して意見を書くにも数時間は必要だろう。よほど手際がよく、飲み込みもよくて時間のある人でなければ意見を送るのは困難だ。仕事が忙しい社会人なども、そう簡単に意見の提出などできないと思う。こんな設定はあまりにも非常識で滅茶苦茶だ。  

 情報を得て、意見募集している文案と資料を閲覧したが、正直言ってこれをじっくり読んで意見をまとめていくのは思ったより簡単なことではない。放射性物質を含んだ廃棄物の処理と除染に関わることなのだが、日頃からそれなりの問題意識をもって情報収集していないと、なかなか適切な意見を書くのは難しい。  

 放射性物質を含んだ廃棄物の処理を全国各地の廃棄物処理施設で行おうという動きがあるのだから、国民一人ひとりの健康や生活に関わる重要な事柄だ。下水処理場やゴミ焼却場からでる放射性物質も、その対処法を誤れば再度環境にばら撒かれることになる。だからこそ、一般の人たちが意見を寄せやすいようなパブコメにしなければならないと思うのだが、とてもそうとは思えないのだ。このようなパブコメで、ごく一般の人たちがいったいどれほど意見を寄せるのだろうかという疑問が頭をもたげた。  

 除染に関してもっとも疑問に思ったのは、除染で対応すべき区域と避難を重視すべき区域分けをするという視点がないということだ。つまり、とにかく除染で対応しようという方針のようだ。チェルノブイリの原発事故のときは、汚染の酷い地域は立ち入り禁止にして放棄するしかなかった。事故処理のために用いられた汚染された車両なども汚染地域にまとめて集められた。福島とて恐らく同じことをしなければならないだろう。  

 除染によって対応できる区域はそれほど汚染が酷くない地域に限られるとしか思えない。また水源が汚染されてしまえば、飲料水によって内部被ばくするのだ。除染でそれなりの効果をあげられるところと、避難を優先させるところを区別したうえで前者で除染を行うべきだと思うのだが、そういうことが盛り込まれていない。  

 パブコメでは意見の該当箇所を示してそれに対する意見の要約と理由を書くように指示されているのだが、加えてほしいことがある場合にはこの方法では対応できない。仕方ないので、私は追加の意見として入れておいた。  

 瓦礫などの廃棄物処理や下水処理場の汚泥、焼却施設からの焼却灰などについても、全国に放射性物質を拡散させ、環境汚染を招きかねないお粗末な内容になっている。おそらく全国の廃棄物処理場への分散を前提にして書かれているのだろう。  

 この形式のパブコメで意見が多く寄せられるとは思えない。「骨子案」とは言っても、パブコメの際にはもっと分かりやすく簡潔にまとめた文書にできないものか。私は15項目の意見を書いて送ったが、それを書くのに数時間は要した。ツイッターなどでパブコメの情報は回っていたが、多くの人は文案を見ただけで頭が痛くなり、意見を考えるのが嫌になってしまうのではなかろうか。もしかしたら、国はそれを狙っているのかもしれない。とにかく、「はじめに結論ありき」で進められているパブコメとしか思えない。  

 ここまで書いて、このパブコメについての問題点をまとめた記事を発見した。  

汚染対処特措法の基本方針案に意見を(風のたより-いわき市議会議員 佐藤かずよし) 

 これによると「10万bq/kg以下の一般廃棄物処分場での埋立、8千bq/kg以下の広域処理を追認する悪法です。この法に基づく基本方針骨子案が今回のものです。」とのこと。こういう説明があるとなるほどと思うが、骨子案を読んだだけではこのような問題点はわからない。まるで目くらましだ。パブコメを送信する前にこの記事を読んでおけばよかった・・・。  

 これを読んで、この汚染対策特措法などの検討会が非公開で進められてきたことを知った。そして、いきなり短期間のパブコメだ。さらに驚いたことに、11月上旬にも閣議決定するというではないか。ならばいったいいつ、どんな形でパブコメの意見を取りまとめて反映させるのか? 今後のパブコメの扱いについて注視しなければならない。それにしても、環境省も地に落ちたものだ。

2011年10月24日 (月)

山田真医師が語る福島の尋常ならざる現状

 小児科医である山田真さんの講演会での話が、渡辺容子さんのブログ「暗川」で紹介されている。福島の現状に踏み込んだ興味深い内容だ。

山田真医師講演会報告 

 福島第一原発の事故から7カ月以上が経ち、福一に関する報道もめっきり減ってきた。今、福島では除染によって線量を減らし、住民を戻すことに重点が置かれているようだ。私から見れば、狂気じみたことが行われているとしか思えない。新聞報道などを見ても、福島の方たちの中には、復興を信じている人たちが大勢いるようだ。

 前回の記事で紹介した「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」という子どもたちの作文集を読むと、チェルノブイリの事故のときも住民には情報が隠蔽されて避難は遅れたとはいえ、事故後まもなく子どもたちはサナトリウムに送られるなどの対応がとられたことがよく分かる。また、避難させられたものの、大半の住民は汚染された町には帰れず、避難先を転々としているのだ。それなのに、なぜ福島ではチェルノブイリとは反対のようなことが行われているのか・・・。

 福島の場合は汚染の範囲はチェルノブイリほどではないが、汚染の程度はそれほど変わらない。そして人口密度はベラルーシに比べてはるかに高い。福島の方たちがあれほどの汚染の中で、どうしたらそんな楽天的な気持ちになれるのか信じがたいのだが、山田医師の話から状況がつかめてきた。

 福島では「リスクはゼロではないが、覚悟して生きればいい」という考えが蔓延しているらしい。そのような考えが広まれば広まるほど「大丈夫だ」と思い込んでしまうのだろう。山下俊一氏は福島医大の副学長になり、言いたい放題言っているという。恐らく福島の人たちは、彼のような御用学者や政府の肩を持つマスコミによって、知らず知らずにマインドコントロールされているのだ。

 放射能を怖いと思う意識はあっても、実際に健康被害が目に見えて現れない以上、移住の決断をするのは大変なことだ。人というのは自分に都合のいい意見を支持し、都合の悪い意見は排除したくなるものだ。避難したくてもできない、という状況につけこんで御用学者や御用マスコミが「リスクは小さい」「放射能だけがリスクではない」と吹聴し思い込ませれば、人々はそれを信じたくなる。そして、次第に「信じたい」が「信じる」へと傾き思い込んでしまったら最後、放射能を怖がる人たちを批判するようになる。人々が二極化してしまうのだ。これは日本が戦争に突入していったときの状況と何も変わらない。

 原発を建設するときも、電力会社は地域の人たちをお金で買収して賛成派をつくりだし、反対派と対立させるのだ。そして賛成派に加担することで反対派を排除する。今、福島で起きていることもこれと大差ないのではなかろうか。

 放射能の授業をして退職させられた教師がいるとか、相談会に行ったことが知られると村八分にされるとのことだが、こうなると思い込みも末期的だ。もはや正気とは思えない世界になっているような気がする。

 避難できる人の多くはすでに出ていってしまい、残されて「大丈夫」を信じたい人たちが残っているというのなら、詐欺師の手にかかってしまった人たちが犠牲にされようとしているとしか思えない。これがインターネットの発達した時代に起こっていることかと思うと、なんとも絶望的な気持ちになる。

 今は安全デマを振りまいている山下俊一氏も、放射線による健康被害が顕在化する頃には福島から出ていってしまうのかもしれない。あるいは平然と「想定外だった」などと言うつもりなのか。今でもいい加減なことを言っている御用学者を見るにつけ、人というのはどこまで冷たく無責任になれるのだろうと思う。

 そして、健康被害が顕在化してこないと住民たちは自分たちが騙されマインドコントロールされていたことに気付かないのかも知れない。いくら楽天的な人でも、危険性をきちんと知らされないまま何年か後に自分や家族に深刻な健康被害が生じたなら、「運が悪かった」といって済ませることはできないだろう。でも「騙された」と気づいた時にはすでに遅い。

 ところで、山田医師は、鼻血と下痢の症状は、今のところ放射線によるとは言えないと考えているようだ。これについて「菊池誠さんの野呂美加さん批判は科学的か?」でも触れたが、私自身は今回の原発事故による影響で鼻血や下痢の症状があらわれている可能性は十分にあると思っている。

2011年10月22日 (土)

「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」を読んでほしい

 先日、本棚から「わたしたちの涙で雪だるまがとけた」(チェルノブイリ支援運動・九州 梓書院)という一冊の本を取りだした。この本は、チェルノブイリ原子力発電所事故の被害にあった子どもたちが書いた作文集だ。私の近くに住む友人が「チェルノブイリへのかけはし」の活動に参加しており、チェルノブイリの事故で被災した子どもたちの里親をしていた。私も少しだけお手伝いをしたことがあり、そんな縁で知って購入した本だ。

 チェルノブイリの原発事故のことは今さら言うまでもない。1986年4月26日、あのチェルノブイリ原発の爆発事故によって大量の放射能が周辺の地域に降り注ぎ、何の罪もない多くの人たちが亡くなった。あの忌まわしい日を境に、ささやかで幸福な生活が奪われ、人々を混乱と苦痛と恐怖の世界に陥れた。そして今でも多くの人たちが放射能による病気で苦しんでいる。原発事故の惨状は戦争と何も変わらない。それが原発事故の真実なのだ。

 テレビであの福島第一原発の爆発シーンを見たとき、私の頭の中はチェルノブイリの事故が重なって体中から力が抜けた。テレビで御用学者がすました顔をして「格納容器は健全です」「安全です」「チェルノブイリとは違います」と言い続けていることが無性に腹立たしかった。津波によって瓦礫の山となり果てた東北地方の被災地、そして次々と爆発する原子力発電所。この世のものとは思えない地獄のような光景に、虚脱感に襲われた。

 そして、子どもたちの作文に綴られている恐るべき状況が脳裏をかすめた。これからとんでもないことが日本人にも襲いかかってくるのだろう。とうとう日本人もあの恐ろしい原発事故の被災者になったのだ。あの作文に書かれたようなことが、今度は私たち日本人の身に起こるのだろうと思うと、背筋が凍りつく思いだ。

 今一度この本を手に取ってページをめくると、はじめて読んだときの衝撃がまざまざと蘇ってくる。子どもたちの心は清く正直だ。お金と欲に目がくらんだ大人よりはるかに他者の痛みがわかり、正面から真実を見抜いている。一つひとつの作品に、悲痛な心の叫びが込められている。やり場のない大人への怒りが込められている。涙なしには読み進められない。

 悲惨な体験をした子どもたちは、原発をつくった私たち大人に二度と原発事故を起こさないよう訴えていた。平和な世界を願っていた。それなのに、私たち大人はまた同じ過ちを繰り返した。経験から学ばない大人たち、反省しない大人たちのなんと愚かなことか。

 事故の責任逃れに必死になっているみっともない大人たちよ、今でも原発が必要だと言い張っている大人たちよ、あなたたちは何を考えてどこを見ているのか? 子どもたちの心の叫びにこそ目を向け耳を傾けてほしい。

 残部の少なくなったこの本を、多くの人に読んでいただきたいとの思いで、発行者の許可をとってブログを開設された方がいる。本に掲載された50編の作文を少しずつ掲載していく予定だ。どうか一人でも多くの人に読んでいただき、原発について、放射能の恐ろしさについて、避難のことについて考えてもらいたい。

わたしたちの涙で雪だるまが溶けた 子どもたちのチェルノブイリ

2011年10月20日 (木)

菊池誠さんの野呂美加さん批判は科学的か?

 チェルノブイリの原発事故の被害者の子供たちの保養活動をしている「チェルノブイリへのかけはし」の野呂美加さんの名前でGoogle検索したら、なんと「かけはし」のホームページではなく菊池誠さんによる野呂さん批判のページがトップに出てきて仰天した。

野呂美加さんと放射能対策(kikulog)

 私もチェルノブイリの子供たちの保養活動にちょっとだけ関わったことがあり、野呂美加さんのことは以前から存じていた。彼女はご自身の活動を通じてチェルノブイリの事故による放射能の健康被害などについてはよくご存じの方だ。一方、菊池誠さんといえば、ニセ科学批判で有名な大阪大の教授で物理学者だ。私も「ニセ科学と陰謀論」という記事で取り上げたことがある。その菊池さんがなぜ野呂美加さんをここまで批判するのか?

 菊池さんは野呂さんの主張が「かなりめちゃくちゃで、科学的にはまったく信頼できないことがわかります。そして、その科学的に信頼できないかたが、さらに怪しい放射能対策を勧めているところが問題です。放射能の知識そのものがかなりダメなので、対策ももちろんダメで、そこにEM菌やらなんやらが顔を出すわけです」と手厳しく批判している。

 どうやらその根拠は野呂さんの支持しているクリス・バスビー氏や肥田舜太郎氏の主張が、信頼できないかららしい。ここで???となった。なぜなら「バズビー氏個人はかなりめちゃくちゃなことを言う」と言っていながら、その「めちゃくちゃ」だという主張について具体的に指摘していないし、バスビー氏のめちゃくちゃさを解説している論文などを紹介しているわけでもない。いったいバスビー氏の主張のどこがどうめちゃくちゃなのだろう?

 バズビー氏はバンダジェフスキー氏の研究に基づいて意見を述べているのだが、バンダジェフスキー氏はチェルノブイリ事故で亡くなった多数の患者を解剖し、臓器などに蓄積した放射性セシウムと病変の関係を研究し、また動物実験を行って論文として発表しているのだ。菊池氏はバンダジェフスキーの研究をも否定するのだろうか? ならばその理由を科学的に説明すべきだ。

 また、肥田氏の体験にもとづく話しには一定の敬意を払うといっていながら、鼻血や下痢が内部被ばくのせいだという主張には同意できないらしい。菊池氏は、今回の福島の原発事故のあとの鼻血や下痢などの症状は低線量被ばくによるものではないと断言する。しかし、その根拠として提示している理由は意味不明だ。

 口や食道、胃腸などの粘膜は皮膚よりも放射線の感受性が強く、がんの放射線治療などでは低線量でも炎症を起こすことが知られている。以下参照。

放射線治療による副作用とその対策(がんサポート情報センター)

『原子力が答えではない』要点翻訳(2)鼻血・下痢・発疹は被曝症状、スリーマイルでも隠蔽されたα線・β線核種、IAEAとWHOの癒着で世界はおかしくなった(中鬼と大鬼のふたりごと)

 福島の原発事故後に東北や関東などで鼻血やのどの痛み、下痢の症状が増えたという話しがあるが、それは何らおかしいことではない。何しろ、原発が爆発した3月には首都圏ですら大量の放射性物質が飛散し、場所によってはかなりの汚染を受けたのだ。首都圏の深刻な汚染は小出裕章氏らの調査でも報告されているし、市民の調査でも明らかになっている。しかし、菊池氏は鼻血や下痢の症状が出るのは桁違いに多く被曝した場合だとして、東京ではありえないと言っている。そもそもその認識が甘い。自分の甘い認識のもとに、野呂さんを批判するのであればとんでもない話だ。

 さらに菊池氏はEM菌による対策を紹介する野呂さんに対し、「・・・臨床的に確認されていません。もちろん、放射能には効果ありません」と断言する。EM菌の効果については以下のような記事があり、チェルノブイリで被曝した子供たちに服用してもらって実験を行っている。これが事実であるなら、EM菌の効果を安易に否定すべきではないだろう。

EM技術による放射能被曝対策(デジタルニューディール)

 また、味噌が効果的であるという話しはよく知られている。これは長崎に原爆が落とされたときに、聖フランシスコ病院の院長であった秋月辰一郎氏が職員に塩と味噌を積極的に摂るよう命じ、職員らには原爆症の症状が出なかったことによる。この話しはインターネットではあちこちで紹介されている。以下はその一例。

被曝に対する、天然塩と味噌の力。 

 このようなことから、肥田舜太郎氏も味噌の摂取を勧めているようだ。また、放射線に対する味噌の効果についてはマウスを使った実験がある。その実験によれば確かに効果はあるようだ。

みそと放射能除去能力(医療ジャーナリスト蒲谷茂の日記)

 もちろんこれはマウスによる実験であり、人間についてその効果が明確に示されたわけではない。しかし味噌に効果がないとは断言できないし、発酵食品には何らかの効果が期待できる可能性がある。効果が科学的に立証されていないということと、デマとは違う。

 先日帯広で開かれた安藤御史医師による講演会においても、リンゴジュースの絞りかすから製造するビタペクトという錠剤が体内放射能を20-50%減少させる効果があるとの話しがあった。ビタペクトについては以下を参照いただきたいが、放射性物質に効果のあるものが存在するというべきだろう。

http://blogs.yahoo.co.jp/proneko5/20672521.html 

 野呂美加さんの発言は、こうした情報を元にしたものだと思う。彼女の勧める対策のなかには非科学的なものや、あまり効果がないものなどが含まれているかもしれない。しかし、ひとからげにして「無意味な対策」と決めつけ批判する菊池氏の姿勢こそ、私には科学的とは思えない。

 菊池氏の野呂さん批判を読み、菊池氏のニセ科学批判も場合によってはかなり危ういのではないかと思えてきた。

 ちなみに「原発業界御用学者@ウィキ」に菊池誠氏が出ており、彼のツイッターでの発言などがまとめられている。これはなかなか興味深い。

http://www47.atwiki.jp/goyo-gakusha/pages/35.html 

 菊池氏は「僕は、最初の水素爆発以降、政府発表の信頼度は劇的に上がったと考えています」と言っているそうだが、こういう認識をしていたのなら、正直いって驚くほかない。

2011年10月19日 (水)

国の方針と矛盾する日本の食品の放射性セシウム暫定基準値

 福島第一原発の事故が起きたあと、私は当然のことながら福島産の米の出荷などはできないだろうと思っていた。ところが、国は事故後に一般食品の放射性セシウムの暫定基準を500ベクレルと決め、汚染された野菜や米が当たり前のように流通されることになってしまった。

 気仙沼市の米ぬかからは370ベクレル/kgのセシウムが検出されたそうだが、これは飼料の暫定基準値の300ベクレルを超えているので家畜の餌には使えない。ところが、人間の暫定基準値は500ベクレルだから流通するという。まったく、この国はどうかしている。

http://merx.me/archives/13154 

 この暫定基準値について10月7日号の週刊金曜日にたいへん興味深い記事が出ていた。垣田達哉氏による「人間よりも東電の利益を優先した国 規制値を下げても供給量は十分足りる」という記事だ。垣田氏の主張の概要を説明すると以下のようになる。

 食品安全委員会は生涯100ミリシーベルト(外部被ばく+内部被ばく)の被ばくで健康に影響が出るという見解をまとめた。これから生まれてくる人の寿命を80年とすると、年平均1.25ミリシーベルトが規制値になる。文科省は子供の学校で受ける年か被ばく量の基準を1ミリシーベルトに抑えるという方針を示している。文科省の基準に従い外部被ばくに年1ミリシーベルトを振り分けると、食品は0.25ミリシーベルトになる。日本の暫定基準値は飲料水、牛乳・乳製品・野菜・穀類、肉・卵・魚、その他の5項目に分類され、それぞれ年1ミリシーベルト(合計で5ミリシーベルト)を超えないように設定されているが、規制値の合計を0.25ミリシーベルトにするためには、暫定基準値の5ミリシーベルトを20分の1にしなければならない。すなわち、飲料水は10ベクレル(暫定基準値は200ベクレル)、一般食品は25ベクレル(暫定基準値は500ベクレル)だ。セシウム以外の核種による被ばくを考慮するならもっと低くしなければならない。

 つまり、外部被ばくを年1ミリシーベルト受けると仮定した場合、食品の暫定基準値を現在の20分の1にしないと、生涯100ミリシーベルトを守れないというわけだ。外部被ばくの程度は住んでいる場所によっても違うし、放射性物質の半減期等も考えるべきだろうから垣田さんの指摘ほど単純ではないかもしれないが、国の方針と実際の暫定基準値の整合性がとれていないというのは確かだろう。

 垣田氏は「本来緊急時の暫定値を定める理由は『他に食べるものがない。食べないと健康を損ねる。だから多少放射能に汚染された食品でも仕方ない』ということのはずだ。ところが今回の日本の原発事故では、緊急時といえる福島の人たちも当初から汚染されていない食品を食べることは難しいことではなかった。汚染されていない食品はいくらでもあった。福島県産の食品でも不検出のものはあった。規制値を厳しくしたからといって、食品の供給不足を招くことはなかっただろう」と書いている。

 私もこの部分については、基本的に賛同する。500ベクレルなどという高い規制値を設定してしまったために、東北や関東産の食品は汚染されていないものと汚染されているものの区別もなされずに一緒にして流通していることが問題なのだ。基準をもっと厳しくして一定以上に汚染されているものを確実にはじいたとしても、大きな混乱が起きたとは思えない。内部被ばくの恐ろしさを考えたのなら、そうしてでも汚染食品を避けるべきだったのだ。ところが、「被災地応援」などといって汚染食品を推奨する動きまである。恐るべきことだ。

 もちろん規制を厳しくして汚染された食品を廃棄したなら食品の絶対量は減るだろうが、それでも「他に食べるものがない」とか「健康を損ねる」などという状況とは程遠かったはずだ。いくら日本の食料自給率が低いといっても、主食の米は自給できている。米はこれまで減反政策で減らしてきたのだから、汚染された米を流通させるなどという馬鹿げたことはやめて、汚染されていない地域の休耕田の復活を優先すべきなのだ。

 垣田氏は規制値を低くすると出荷できない食品が増えて東電の賠償責任が生じるために、規制値を甘くして東電の利益を優先したと述べている。加害者である東電の利益のために汚染食品を流通させて、国民をさらに被ばくさせるなどというのはとんでもないことだ。しかし、私はそれだけではないと思う。汚染されていない地域にまで汚染食品を流通させることで、日本人全体を被ばくさせ、原発事故と病気との因果関係を曖昧にしたいのではなかろうか。どちらにせよ滅茶苦茶な話しで犯罪行為と変わりない。

 暫定基準値とは緊急時に設けられるもののはずだが、国は今の暫定基準値をいつまで維持するつもりなのだろうか。福島の原発事故以来、ガイガーカウンターを持つ市民は増えたようだが、高価なベクレル計は市民が簡単に購入できるものではない。スーパーマーケットなどにベクレル計を設置し、消費者が自分で食品のベクレル数を確認できるようなシステムをつくるなどしなければ、子供たちや若者の健康など守れない。

 この期に及んで「基準値以下だから安全です」などと言っている連中は許しがたい。今の政府のやり方は、市民を安心させるのではなく、不安にさせているだけだ。

2011年10月18日 (火)

北電泊原発のヤラセ問題を甘く見てはいけない

 北海道の泊原発3号機のプルサーマル計画をめぐるヤラセ問題で、北海道電力の佐藤佳孝社長は昨日ようやく謝罪をしてプルサーマル計画を当面延期するとし、役員の処分を発表した。

 これで北電が反省したなどと思うのはもちろん甘い。

 北電は1999年に泊原発3号機建設の意見聴取会で賛成意見を多数派工作したことが発覚し、再発防止策を示していたのだ。それにも関わらず今年の8月になってから、2008年に「北電泊原発3号機のプルサーマル計画」に関する道主催のシンポで社員にヤラセを指示し、2000年3月にも泊3号機増設に関してヤラセが行われていたことが発覚した。さらに、経産省主催シンポでも社員が動員によるヤラセが発覚したのだ。反省などしていないからこそ、何回も同じことを繰り返してきたのだ。

 市民からの意見聴取などは形だけで、「はじめにプルサーマルありき」だったということは明白だ。原発の推進もプルサーマルの推進も、すべてはじめから決まっており、国と地方自治体と電力会社が一体となって反対意見を無理矢理封じて強引に進めてきたというのが実態だ。「無理を通せば道理引っ込む」というやつだ。

 今日の北海道新聞の記事によると、佐藤社長は「会見冒頭では頭を下げたが、謝罪の言葉や再発防止策は用意した紙を早口で読み上げただけだった」という。しかも、記者団が「モラルを欠いた企業に原発を運転する資格があるのか」と問うと、佐藤社長は「(原発は)われわれの資産。外部から『責任あるか』という議論は違う」と開き直り、「会社の設備を維持管理するのは当たり前。資格のあるなしでやることなのか」と言い放ったそうだ。

 道民から電気代を払ってもらっている独占企業の社長が言う言葉だろうか。北電の資産といっても元々は道民の電気代ではないか。電力会社は公益事業者であり倒産の心配もない。水増しした電気料金をつかって原発の安全神話という虚構をつくりあげ市民を騙してきた。原発を稼働する電力会社は、お客さんからお金をだまし取って悪徳商法を続ける詐欺会社とほとんど変わらない。謝罪の記者会見で社長がこういう傲慢な態度を見せるということは、所詮、謝罪など形だけということなのだろう。それもそのはず、辞意も示さず、処分もいたって軽い。

 また、記者から「仮に社長がやらせを止められる立場だったら、どう対処していたか」と問われ、「(私なら)メールを出すことはやめろと言った」そうだ。なんとも白々しい発言ではないか。

 北電ではヤラセが常態化していたのである。社長が何も知らなかったわけはないだろう。記者会見ではプルサーマル計画を「一度立ち止まって整理したい」と言ったそうだが、これも延期という意味であり凍結や中止ではない。ヤラセが発覚して批判を浴びた以上、延期と言わざるを得なかったのだろうし、現在定期点検中の1、2号機の再稼働を優先させるためでもあったのだろう。

 高橋はるみ知事は同じく17日に北電の役員やOBからの政治献金を辞退する方針を決めたそうだ。この献金問題はずっと前から指摘されていたのに、いままでは開き直っていた。知事もヤラセ問題を知っていて容認していたとしか思えず、今回の社長の記者会見に対応してしぶしぶ献金の辞退を決めたのだろう。北電も酷いが、知事も酷い。

 高橋知事が泊3号機の営業運転再開を認めたのは8月17日だ。ヤラセ問題が次々と明らかになったのはそのすぐ後からだ。ヤラセ問題の発覚がもう少し早ければ高橋知事の判断にも大きな影響があっただろう。このタイミングに何らかの意図的操作はなかったのだろうか? もはや道民の多くは原発に否定的あるいは懐疑的だろうし、北電の信用も地に落ちた。原発推進に邁進してきた北電の責任はもとより、知事の責任も限りなく重い。

 ところで、このようなヤラセによる賛成工作は原発に限ったことではない。大型公共事業などの説明会などでは日常茶飯事だ。士幌高原道路の説明会や大規模林道の説明会のときもそうだったし、十勝川の河川整備計画の公聴会もそうだった。あきらかに利害関係者に動員がかけられていたし、依頼されて賛成意見を述べているとしか思えない人も一人や二人ではない。ヤラセ問題を原発だけのものと捉えるのは大間違いであり、日本に巣食う悪しき習慣だ。

 この国では原発に限らず、国策として進められてきたことのほぼすべてにヤラセ問題があるといっても過言ではないだろう。国民はもういい加減に騙されることから目を覚まさなければならない。

2011年10月17日 (月)

石狩川源流部の国有林違法伐採プレスリリースの考察

 北海道森林管理局は、14日に大雪山国立公園の石狩川源流部での違法伐採について、今年になってから自ら行った調査結果を公表した。以下が、プレスリリース。

上川中部森林管理署管内国有保安林における森林法違法行為について(PDF)

 これによると、今年行った調査は伐採予定区域内とそれに隣接する森林での全伐根の調査と集材路の再確認、請負業者からの聞き取りと関係書類の確認とのことだ。現地はかなり広大(北海道新聞の報道によると約130ヘクタール)で起伏があり、場所によってはササが深く生い茂っているため、全伐根の調査は容易ではない。相当数の職員によって何日もかけて行われたのだろう。北海道森林管理局は、昨年の秋の時点では「調査しない」と言っていたのだから、このような時間と人手をかけた調査を行ったことは大きな前進といえる。

 報告によると、越境伐採は合計で437本(220立方メートル)だ。昨年の調査では越境伐採は77本(区域外伐採52本、土場作設の際の伐採25本)だったのだから、昨年はきわめていい加減な調査しかしていなかったということだ。また違法に開削された集材路の長さは13,753メートル、すなわち13.753キロメートルであったことを認めた。昨年の調査では12.214メートルだったので、1.539メートルの新たな違反が確認されたことになる。なお、土場の新設は0.41ヘクタールの超過で、これは昨年の調査結果と変わらない)。

 越境伐採と知事の同意を得ていない集材路や土場の新設については、森林法第34条第1項第9号及び同条第2項第6号違反に当たると認めている。当然のことだ。ただし、このような違法行為が行われたことの原因の説明については首をひねってしまう。

 越境伐採については業者の作業員が越境していることを知りながら土場に近い場所で立木を集中的に伐採していたというのだ。しかし、昨年自然保護団体が指摘した越境伐採の場所は土場とは程遠い一番奥の場所だったのだから、この説明とは合わない。越境伐採の伐根のあった地点を落とした地図を提示すべきだ。それに業者が勝手に土場に近い場所で集中的に越境伐採したということなら、森林管理局の職員が境界を越えて収穫調査をしたということにはならないし、支障木にも当たらない。この違法に伐採された木は盗伐にはならないのだろうか? 森林管理局の理由はにわかには信じられない。

 では、伐採予定区域内での伐採はどうだったのか。報告によると、その超過分の合計は1,565立方メートルだ。仮に1本が1立法メートル(胸高直径が36センチのトドマツの材積はおよそ1立法メートル)として本数に換算したなら1,565本になる。販売木ではない木をどれほど大量に伐ったのかがイメージとして分かるだろう。

 不思議なことに、全伐根の調査をしているのに確認した伐根の本数がまったく記載されていない。越境伐採については本数を出しているのに、なぜ伐採予定区域内の調査結果では本数を隠しているのだろう。自然保護団体が8月に一部の林小班で調査したときには本数で4.6倍も過剰に伐っていたことが分かっている。この地域では7903本が伐採予定木だったので、過剰伐採の本数は万単位の数になるのではなかろうか。

 この伐採予定区域内での過剰伐採は「盗伐(森林窃盗)疑惑」と関係してくるために極めて重大な問題だ。この調査報告では主な原因を「請負業者が支障木(伐倒作業や集材路作設の支障となるために伐倒する立木)を上川中部署の監督職員等に断り無く伐採したことが共通の原因となっています」としている。本来、支障木が発生する場合は森林管理署に届け出なければならないのだが、それをしなかったというわけだ。

 しかし、この理由もかなり苦しいと言わざるを得ない。自然保護団体の調査ではナンバーテープのない伐根(販売木ではない)は細いものから太いものまで様々であり、支障木と思われるものがあったことは否定しないが、直径が5、60センチもある太い木も多数伐られていたことを確認している。売ったならかなりの収益になるだろう。だから網の目のように集材路を張り巡らせて販売木以外の木を多数伐採したのではなかろうか。

 また、その他の理由として「請負事業者の現場作業員が自らの判断で、土場から遠い箇所の伐採予定木の一部を伐採しない代わりに近い箇所にあった伐採を予定していない立木を伐ったり、伐採予定木であることを示す番号札を別の太い立木に付け替えて伐採するという、自らの作業負荷を不正に軽減するためと考えられる悪質な行為を行っていました。」としている。土場から遠いところにある木のナンバーテープをはがしてきて、土場の近くの立木に付け替えるなどという話しは聞いたことがない。これが事実なら伐根に残されたナンバーテープの色・番号とその位置から立証できると思うのだが、裏付けるデータは公開されていない。

 過剰に伐られたのが支障木だとしても(私はそうは思わないが)、土場に運ばれて販売されたはずだ。とすると収穫調査で算出された材積より、土場に積み上げられて販売された丸太の材積の方がはるかに多くなるはずだ。ところが昨年の秋の現地説明会では、土場に出された木の材積は収穫調査の材積とほとんど変わらないと言っていたのだ。あの説明は今回の調査結果と矛盾する。森林管理局の言うように両者の材積の差が大きくないということなら、過剰伐採分の材がどこかへ消えてしまったことになる。ここで何らかのからくりによって盗伐が行われているという疑惑が生じるのだ。だから、具体的な数値まで公表し、納得できる説明がなされなければならない。

 これほどの過剰伐採は、市民の目から見れば盗伐としか思えないのだが、その可能性については一切触れていない。森林管理局の理由づけは、なんとか盗伐以外の理由で済ませたいという意図がうかがえるのである。得られたデータを棚に上げ、かなり頭をひねって「原因」を考え出したのではなかろうか。

 また報告では業者、職員の不正を認めて処分を明記しているのだが、その具体的処分内容には触れていない。軽くすまされる問題ではないだろう。

 林野庁が自ら大掛かりな調査を行って不正を認め、業者と職員の処分を決めたことは自然保護団体の活動の大きな成果であり評価できる。しかしこの報告は不完全であり闇に包まれた部分がかなり残されている。国立公園の森林の生物多様性を破壊した反省も書かれていない。今後はこれらの点について問いただしていかなければならないだろう。

2011年10月15日 (土)

「えりもの森裁判で」不当判決を下したのは石橋俊一裁判長

 このところ原発問題に重点を置いてきたこともあり、「えりもの森裁判」の報告がおろそかになっていたのだが、昨日は提訴以来6年近くにわたって争ってきたこの裁判の判決が札幌地裁であった。石橋俊一裁判所に代わってからの裁判の様子から、法と事実に則った適正な判決が出るとは思えなかったし、主文を言い渡してあっという間に終わることはわかりきっていたが、一日かけて出かけていった。

 「えりもの森裁判」の概要については以下を参照していただきたい。

えりもの森裁判(市川・今橋法律事務所)
えりもの森皆伐事件住民訴訟
(NPJ弁護士の訟廷日誌)

 ごく簡単に説明すると、北海道は木材生産のための施業をしないと条例で定めていたのに、「受光伐」との名目で道有林の皆伐を行って生態系を破壊し森林の公益的機能が損なわれたこと、契約本数を大幅に上回る過剰な伐採をして損害を与えたこと、集材路の新設でナキウサギの生息地を破壊したことなどに対して損害賠償を求めた住民訴訟だ。

 判決の主文は以下だ。裁判長はこれを読みあげてさっさと退場した。

1 本件訴えのうち、相楽博志に対する賠償命令に関する部分をいずれも却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。

 これほど酷い判決もそうそうない。あとで判決文を見てさらに驚き呆れた。

 判決文は当事者目録を除くと30ページなのだが、「事実および理由」に25ページが割かれ、肝心要の「当裁判所の判断」はたったの5ページ弱だ。さらに事務手続きに関わることがそのうちの約3ページを占め、「損害について」は2ページにも満たない。これまで6年近くにわたり膨大な書面と証拠書類を突き付けてきた裁判の判断は、あまりにもお粗末なものだった。

 以下に「損害について」の部分を引用しよう。堅苦しい文章が苦手な方は飛ばして読んでいただきたい。

 原告らは、本件売買契約1、本件請負契約1及び本件請負契約2並びに本件各行為によって、道有林の森林の公益的機能が損なわれ、また、伐採された立木の価額分の損害が北海道に生じた旨主張する。
 しかしながら、北海道が道有林の公益的機能についてその在世案的価値を試算しているからといって、その試算に従って北海道の財務会計上の資産として計上されるというような筋合いのものではなく、その試算を基礎として、森林の伐採により民法上又は地方自治法上の住民訴訟の対象となるような「損害」が発生するなどとは考えられない。また、ある森林の公益的機能が損なわれ、それによって地方公共団体に財産的損害が生じているかどうかは、当該森林のみならず、近傍隣地の状況等を総合的かつ長期的にみて判断されるべきものと考えられる上、その判断は多分に評価的なものであるから、伐採された箇所があれば直ちに面積に応じた割合において損害が生じるということはできない。そして、本件において、上記核契約及び本件各行為によって、森林の公益的機能が損なわれ、北海道に財産的損害が現に生じているとまで認めるに足る証拠はない。
 次に、立木自体の交換価値に着目しても、原告らは、売払いの対象となった立木の売払価格が不当であるとの主張をするわけでもなく、また、そのような事実を認めることもできない。また、本件地拵えにより伐採された樹木についても、売払いの対象とすべきであった立木の具体的存在や、その売払いをすべき価額等を的確に認めることもできない。北海道の財産である道有林についての事務の受任者たるセンター長が、その管理の一環として、道有林を伐採した上で集材路を作設することや、伐採した立木を売却することなどによって、直ちに北海道に伐採木の価額に相当する財産的損害が生じたということはできないし、他に本件において北海道に財産的損害が生じていると認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、本件売買契約1、本件請負契約1及び本件請負契約2並びに本件各行為によって、北海道に損害が生じたと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

 この判決にはただただ唖然としてしまう。まず、前半部分は森林の公益的機能に対する損害を認めた中間判決を否定する内容だ。中間判決を前提として始められた裁判でありながら、それすら否定しているのだ。

 「本件地拵えにより伐採された樹木についても、売払いの対象とすべきであった立木の具体的存在や、その売払いをすべき価額等を的確に認めることもできない」という判断には驚愕してしまう。北海道は客観的事実として過剰伐採を認めているし、正規の販売では1本当たりの価格は出ているため、その本数に1本当たりの価格を掛けて損害額を算出していた。また、北海道は胸高直径6センチ以上の立木は財産的価値を認めているし、原告らは伐根をすべて写真にとって証拠資料として提出している。ところが過剰伐採の本数には一切触れずに、「立木の具体的存在がない」とか「売払いをすべき価額等を的確に認めることもできない」、とし「損害はない」と結論づける判断は意味不明というほかない。事実を見ようとする姿勢が全くない。また、越境伐採のことについても全く触れておらず判断を避けている。

 裁判では法と事実に基づいて判断されなければならない。事実に基づいて論理的に判断したなら、こんな結論が導かれることは到底考えられない。典型的な「はじめに結論ありき」の判決であり、その判決を引き出すために事実を無視して「当裁判所の判断」を書いたとしか思えない。

 今日の記事のタイトルに裁判長の名前まで入れたのは、こんな判決を平然と出す裁判長がいるということ、そして日本という国はこんな裁判がまかり通っているということを強調するためだ。このようにお上の方を向いた判決を出す裁判官のことをヒラメ裁判官という。事実と法に基づいて判断しない裁判がまかり通っているということは、司法の崩壊を意味している。何のために裁判があるのか分からない。

 全国で展開された原発裁判がことごとく敗訴しているのも、同じような構図があるからだ。原発裁判はこの国のヒラメ裁判官の多さを象徴している。今回のような判決を放置したなら、ほとんど死に体のこの国の司法はますます劣化するだけだ。ということで、即日控訴することを表明した。

 以下は昨日の記者会見で配布した原告らの見解だ。

**********

えりもの森裁判判決を受けて

                              原告 市川 守弘
                              原告 松田まゆみ
                              原告 市川 利美

1 北海道の道有林における大規模な伐採の違法性を認められなかったことは大変残念である。
 私たちは、北海道の黄長な生物多様性を保護するために、また道有林の森林管理を条例に基づいて適切に行うよう求めて、本件を提訴した。
 北海道には、えりものような自然に溢れた天然林は、非常に希少なものとなっている。しかし道有林を管理する北海道は、そこでの生物相の保護を全く考慮することなく、しかも天然林はその公益的機能を最優先とし、木材精算のための伐採は一切しないとの全国に先駆けての条例を制定しながら、本件では大規模な皆伐を行い、非常な安値で業者に立木を売却していた。これは裁判所の判断を別にして、許されることではない。
2 北海道は、本件提訴後、その森林管理を改め、日高地方では、ほとんど天然林を伐採しない計画に変更したことは評価できるし、この提訴の事実上の勝訴であると考えている。
 しかし、私たちは、さらに北海道の生物多様性を保全するために、森林に手を入れる際には環境アセスを行うこと、北海道が自ら定めた施業マニュアルに沿って、野生生物の保護を最優先課題として森林管理することを求め、いっそうの闘いを行っていくものである。
3 本判決は、裁判所が本件においてどこまで日本の将来を考えながら事実を判断し、法を適用したか、について多大の疑問が残る判決である。
 裁判所の判断は、裁判官自らが1人の国民であることを前提に、日本において自然の保護、生物多様性の保全が、どれほど重要なのかを理解した上で、法の解釈、事実の判断をしなければならない。このことは原発訴訟における過去の判決例と現実化した福島の事故を見て、裁判所自らが十二分に反省していることと理解していた。
 しかし、本件では、法(生物多様性条約や北海道森林づくる条例等)の解釈においても、多くの事実の認識においても、このような反省に+ことなく、司法の社会的、政治的責任を放棄したものとなっている。
 私たちは、このような裁判官の価値判断に対しても、今後は不断の批判、闘いを行っていく覚悟である。

**********

 この判決については今朝の北海道新聞にも掲載されたが、その記事と並んでいたのは「違法伐採が大幅増」という石狩川源流部の国有林違法伐採に関する記事。これも同じ市川弁護士らが関わる市民団体が追及し、林野庁が重い腰を挙げて自ら調査を行い違法伐採を認めた事件だ。これについては後日改めて記事にしたい。

 市民の調査・追及によって明らかにされてきた違法伐採が、ヒラメ裁判官の手にかかると違法ではなくなってしまう。なんと恐ろしい国なのだろうか。

2011年10月12日 (水)

市民が脱原発条例の直接請求をした北海道の上士幌町

 北海道十勝地方の上士幌町では、市民団体「かみしほろ5000本のひまわりの会」が、「原発いらない町づくり条例」の制定を直接請求するために署名を集め、9月21日に町に提出した。この署名について、今日の北海道新聞十勝版で取り上げられていた。

 町選管が確認した署名数は847人だが、このうち12件が同一人物による複数回署名や名簿に記載されていない人の署名とのことで無効とし、有効署名数は835人とのこと。

 地方自治体に条例の直接請求をする場合、自治体の有権者の50分の1の署名が必要だ。上士幌町では9月1日現在の有権者数は4363人で、必要数は88人となる。今回の署名活動では有権者の19%が署名をしたことになる。およそ5人に1人だ。

 条例制定に取り組んできた「かみしほろ5000本のひまわりの会」が署名集めを始めたのは8月18日。直接請求では署名期間は1カ月と決められており、9月17まで署名集めが行われた。この間にできるだけ多くの署名を集めなくてはならない。締め切り後5日以内に署名簿を提出しなければならず9月21日に提出された。その後、20日間で署名簿の審査が行われる。それが終わったところで新聞記事になったのだ。

 12日から18日までの間に町内の有権者に署名簿を公開して異議申し立てを受け付け、申し立てがなければ町長に直接請求を行う。町長は20以内に議会を招集することになるので、来月上旬にも町議会で審議することになる。可決されれば条例成立だが、否決されたら成立しない。条例制定までの流れは以下を参照していただきたい。

町の条例を直接請求するには(PDF)

 約1カ月の間で有権者の2割の署名を集めるのは大変なことだ。議会ではこの重みをしっかりと受け止めてもらいたいと思う。

 そもそも上士幌町は十勝の内陸部にあり近くに原発を誘致するなどということはあり得ない。しかし、原発事故は広範囲を放射能汚染させるしエネルギー問題でもあるのだから、原発のない自治体だからといって関係ないということにはならない。それに、上士幌町のゴミ焼却施設(北十勝2町環境衛生処理組合)も震災瓦礫の受け入れ問題を抱えている。それぞれの自治体が脱原発の意思表示をして行動を起こすことは、脱原発を全国に広げていくために大きな意味がある。

 「かみしほろ5000本のひまわりの会」のつくった条例案は以下。

直接請求署名(チロンヌップチャンネル)

 また同会は、9月29日に町議会議員の方たちに公開質問書を送付していて回答期限は10月14日だ。

上士幌町議会議員の皆様に公開質問状をお願いしています

 全国の自治体でこのような動きが起これば、脱原発にむけて大きな力になるだろう。

2011年10月11日 (火)

原子力ムラは決して反省しない

 昨日の記事「原発事故の責任は誰にあるか?」で、私は「もっとも責任の重い原子力ムラの人たちがやるべきことは、自分たちのとってきた行動を真摯に反省して謝罪し、情報を公開し、被害者にできうる限りの補償をし、汚染地域の住民を避難させ、耕作放棄地などの活用で少しでも安全な食べ物を供給させ、今すぐ原発を止める行動を起こすことだ。それが彼らの責任の取り方だと思う。」と書いた。

 しかし、それはもちろん「そうであるべきだ」ということであり、現実にはそれと正反対のことが行われている。以下の記事は、9月27日付でGlobal Researchに掲載されたPaul Zimmermanによる「Fukushima and the Battle for Truth」の全文和訳(童子丸開氏による仮訳)だ。

開始されたフクシマの情報戦争(フクシマからの警告)

 ここに書かれているように、チェルノブイリの事故の際にも原発を推進してきた人々は事実を隠ぺいし、様々な情報操作が行われた。日本でもそれは何も変わらない。あの1号機の爆発のときも建屋が吹っ飛んだ映像がテレビに映し出されているのに、東電と政府がそれを認めるまで何時間もかかった。原発周辺の住民にはヨウ素剤を配布せず、SPEEDIも公開せず、事実を隠ぺいし続けてきた。今でも地震による冷却剤喪失事故をはっきりと認めていない。

 東北地方から関東地方のかけての広い範囲で深刻な放射能汚染があるのに、その対応策は馬鹿の一つ覚えのように「除染」だ。とんでもなく高い食品の暫定基準値はそのまま。本当のことを報じているインターネットの監視をして情報操作。原子力村の人々の大半は反省などまったくせず、自分たちの保身のために相変わらず安全デマを振りまき、事故や被害の過小評価と反原発潰しに躍起になるのだ。

 つまり、原発事故そのものが放射能との闘いという戦争状態なのだが、それに加えて情報戦争が始まっている。真実を伝えようとする研究者や市民と、真実を隠し事実をねじ曲げようとする人たちの闘いといっても過言ではない。だから、私たちはそのことを十分に知って、東電・政府発表、マスコミ報道の裏に隠されたものを嗅ぎ取らなければならない。

 放射能防御プロジェクトによる西日本土壌調査第1弾の結果が発表された。

西日本土壌調査第1弾の結果-2011/10/10 

 すでに発表されている首都圏の調査結果と比べてみてほしい。

首都圏土壌調査の結果-2011/8/8 

 今回の福島の事故でどの地域がどれだけ汚染されたのか、市民の調査によって明らかになりつつあるのだが、福島はもとより関東地方・首都圏の汚染がかなり深刻であることが浮き彫りになった。

 首都圏の汚染については東電や政府が何とか隠しておきたいことだろう。だから、文科省は航空モニタリングによる汚染マップを最近になってようやく出したのだ。市民グループがその2カ月も前に実際に土壌を採取して調査しているのに、国は未だに土壌調査によるマップづくりをしていない。怠慢というより恣意的ではなかろうか。市民の調査の重要性がよく分かる。

 しかし、西日本がほとんど汚染されていないという事実はある面では救われる。西日本の農作物は今のところ安全だといえるからだ。汚染の酷い地域に暮らす人たちはできるかぎりこのような地域に移住してほしい。本来なら政府はその手助けをするべきなのだが、国のやっていることは避難した人を汚染地域に戻すことだ。呆れて物が言えない。

 政府の情報を信じるということは騙されるということだ。今までの政府の言動がそれを示している。市民が自分たちで調べて行動しなければ道は開かれない。

2011年10月10日 (月)

原発事故の責任は誰にあるのか?

 昨日は定期購読している「週刊金曜日」の10月7日号と「創」2011年11月号が同時に届いた。前者には原発裁判に関わった裁判官について、後者には「原発とメディア第4弾」という特集が組まれている。それらの記事を読みながら、原発事故の責任についてつらつらと考えた。

 原発事故の根底には「騙す側」と「騙される側」という構図がある。当たり前のことだが、騙される者より騙す者が悪いのは言うまでもない。私は以前にも何度か書いているが、自分の利益のために人を騙し欺くような人間が一番嫌いだし、こういう人たちが弱者を食い物にして苦しめているのだ。

 我々の生きている社会は基本的には信頼によって成り立っている。家庭でも学校でも企業でも役所でも、信頼関係があるからこそ維持されているのだ。人を騙すというのはその信頼関係を根底から覆すことにほかならない。騙しはどこの世界にも存在するが、それが平然と横行し許容されている社会はまともではない。そして福島第一原発の事故が、原子力ムラという詐欺師集団によってもたらされたことも今さら言うまでもないだろう。

 NHKでおなじみの科学ジャーナリストである小出五郎氏は、「メディアも加わった日本原子力村の構造」(創)で、原子力ムラは政官財のトライアングルにメディア・学者も加わったペンタゴン(五角形)だと指摘する。だからより強固なのだと。小出さんは原子力ムラの運営について以下のように書いている。

 村の運営は、議論をして民主的・論理的に進めるというよりは、阿吽の呼吸で、議論しない、「わかっているだろう」と進めるというのが特徴です。
 もう一つの特徴に「村八分」があります。異端者が出てくると追い出してしまう。そういう古い村社会の性質が原子力「村」の由縁です。

 こうした構造は何も原子力ムラに限ったことではない。たとえばダム問題にしても御用学者はたくさんいるし、マスコミもさほど当てにはならない。そして、原子力ムラに加担し反原発の声を押さえこんだ加害者は、ペンタゴンの構成者だけではない。司法も同罪だ。

 週刊金曜日には原発の安全神話を支持してきた裁判官について詳述されているが、これまで日本で起こされた35の原発訴訟で、その危険性を指摘して原告の主張を認めたのは2件のみ。一件は志賀原発2号炉の運転差し止め訴訟の一審判決だが、高裁と最高裁では一審判決が覆されて原告の敗訴が確定している。もう一件は「もんじゅ」の差戻第2審での違法認定だ。しかし、これも差戻最高裁で覆されてしまった。つまり、最終的に原告の勝訴が確定した裁判はない。司法は完全に原子力ムラに加担してきた。だから私は原子力ムラの構造はペンタゴンではなくヘキサゴン(六角形)だと思う。

 原発の危険性を訴え反対する研究者が具体的に危険性を訴えても、原子力ムラの村民たちは馬耳東風を貫き、市民たちがどれほど反対運動をしても嘘とヤラセでかわしてきた。地元住民に対しては交付金というアメを与えて黙らせる。反対運動をする市民たちの最後の砦である司法も、ことごとく原子力ムラに加担してきた。良心的な研究者や市民がどれだけ頑張ってもどうにもならない強固な構造があったのは事実だ。

 マスコミが原発の危険性についてまったく報じてこなかったかといえば、そうではない。「創」の対談記事で高田昌幸さんも語っているが、各地で反対運動が起きればその報道はしてきた。しかし、原発が強引に造られ、市民が裁判で負けてしまえばそれ以降は話題にしない。そして独自の調査報道はほとんどせず、電力会社の広告を垂れ流しにしてきた。

 上杉隆氏は、大本営発表を垂れ流しにしているマスコミの責任を厳しく批判している。原発事故発生以来、本当のことをインターネットなどで発信し続けた上杉氏は、「デマ野郎」と言われて大手メディアから排除されたという。権力の監視をすべきメディアがそれと正反対のことをやり、被害を拡大させたのがこの国の実態だ。もはや末期的症状だ。

 私は福島の原発事故が起きる前に使用済み核燃料についてインターネットで調べたことがあるが、検索の上位に出てくるのは原発推進側のサイトばかりだった。おそらく相当情報操作されていたのだと思う。つまり、原発の危険性について積極的に知りたいと思う人以外は、原発の実態を知ることすら困難だったのだ。

 これだけ強固なヘキサゴン構造が人々の判断を狂わせ、福島原発の大事故をもたらしたのは疑いようがない。このヘキサゴン構成者の責任は限りなく重い。

 では騙された側の責任はどうだろう。小出裕章さんなどは、騙された大人たちにも責任があるので汚染された農作物を食べるべきだという主張をされている。しかし私はこの主張には賛同できない。騙された側の責任といっても一様ではないし、ましてその責任を果たすことは汚染された食物を食べることではないと思う。

 そもそも、この国では学習指導要領などで教師をがんじがらめにし、学校は従順な思考停止人間を作り出す場になっている。原子力ムラの人々は、教育現場を利用して子供たちに原発の安全性を教えこんだ。大人たちは原発タレント文化人などを利用して安全神話を信じ込ませた。原発を推し進める政府が、国民全体をマインドコントロールしていたといっても過言ではない。

 協調性を重んじて周囲に合わせることを好む日本人を、嘘と騙しのテクニックを駆使してマインドコントロールすることはそれほど難しいことではない。そういう意味では騙された側の責任がそれほど大きいとは思わない。まして、原発反対の行動を起こしていた人たちに何ら責任はない。小出裕章さんなどはご自身が原発を止められなかったことを謝っていたが、彼が謝る必要など全くないと私は思う。

 しかし、もちろん国民にも責任はある。その責任は「目先の利益を重視する」という個人個人の心のあり方にあるのではないかと思う。山本太郎さんが対談(シンポ「原発とメディア」)で以下の発言をしている。

 脱原発の方向で話しをされている方でも、その先のインタビューなどになると断っている現状があると、あるテレビ局のディレクターに聞きました。だから、「最後まで声を上げよう」というような方向性の方は少ないです。みなさん自分の生活があるので。でも、目の前の利益を守ろうとするのであれば、それはもう役人や東電と変わらないじゃないですか。全員が踏み込んでいかないとどうしようもないですよね。時間もないのに。

 本当にその通りだと思う。原子力ムラの村民たちも、原発の危険性や国民の命より目先の利益を守ることを選んだから原発を推進してきたのだ。最終的な判断のところで目先の利益を優先させる人というのは、結局のところ原子力ムラの人たちと精神構造は変わらない。そういう人がもし東電社員の立場になれば、やはり責任逃れに必死になり嘘をつくのだろう。あるいは自分の住む町に原発を誘致するという動きがあれば、交付金などのメリットに目がくらんで受け入れてしまい、事故が起きれば「騙された」と文句を垂れるのではなかろうか。自分の町に原発誘致の話しがあれば、なぜ多額の交付金が出るのか疑問を持ち、原発について調べ、反対している人たちの声を聞いたうえで意志表示する責任がある。

 小出五郎さんは「原子力村の構成員を結びつける接着剤は、巨額の金とポスト、便宜の3つです」と指摘しているが、そのような私欲が悪を温存させるのだ。

 「目先の利益」を乗り越える精神力がなく安易な方に流されてしまう人は、いくら騙された側と言えそれなりの責任があると思う。これは日本人全体に言えることで、マインドコントロールされないような洞察力を持ち、毅然と意志表示していく行動力がなければ詐欺師のはびこる社会を変えていくことはできない。安穏としていたのでは平和な社会は維持できない。

 今後どうなるのかも分からない未曾有の大事故を起こした国民の責任は、目先の利益に踊らされず、真実を見極めるしっかりとした目を持ち、電気の無駄遣いを反省し、あらゆる場面で反原発の意思表示をし、原子力ムラを解体させることだろう。デモ、署名、集会、抗議、廃炉訴訟への参加、ネットなどでの意志表示、選挙での意志表示・・・。一つひとつは小さなことでも、そういった積み重ねなしには脱原発は実現しない。

 もっとも責任の重い原子力ムラの人たちがやるべきことは、自分たちのとってきた行動を真摯に反省して謝罪し、情報を公開し、被害者にできうる限りの補償をし、汚染地域の住民を避難させ、耕作放棄地などの活用で少しでも安全な食べ物を供給させ、今すぐ原発を止める行動を起こすことだ。それが彼らの責任の取り方だと思う。

 また、汚染食品を食べることが騙された大人の責任の取り方だとも思わない。被ばくの恐ろしさを知っている原子力ムラの人たちは、恐らく汚染された食物は極力避けるに違いない。より深刻な事態になれば海外に逃げる人もいるかもしれない。詐欺師とはそういうものだ。それなのに被害者である国民がなぜ汚染された土地を耕し、汚染されたものを進んで食べなければならないのか? 子供を守ることは当然だが、大人とてできうる限り被ばくを避けるべきだと私は思う。

2011年10月 7日 (金)

家庭菜園の収穫と原発事故

 今まで我が家の庭は花壇が主体だったのだが、今年は原発事故を受けて少しでも安全な野菜を自分でつくってみようと思い、馬鈴薯・大根・人参・枝豆・レタス・ミニトマト・ピーマンを植えてみた。写真は8月下旬に撮ったもの。

 レタス・ミニトマト・ピーマン・大根は適宜収穫していたが、8月に馬鈴薯、9月に枝豆を収穫した。馬鈴薯の品種は「さやか」と「男爵」で、収穫量はまあまあというところか。

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 枝豆はゆでて冷凍したほか、「ずんだご飯」にしてみた。これは長野県に住む叔母のところで以前ごちそうになったもので、叔母から作り方を教えてもらった。といってもしごく簡単で、やわらかくゆでた枝豆を擂鉢でよくすりつぶし、水を加えてとろろいも状にし、塩で味付けをする。それをご飯にのせて食べるというものだ。これがなかなか美味しい。擂鉢でするのがちょっと大変なのだが、新鮮な枝豆が採れたときには一度は作ってみたい一品だ。

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 大根は「おろし蕎麦」で何回も食べ、先日は切干大根もつくってみた。そろそろ残りも収穫しなければならない。人参はあまり大きく育っていないようだが、収穫はこれから。

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 10月に入り北海道はめっきりと寒くなった。2日、3日は氷点下まで下がり、家庭菜園のトマトとピーマンは霜であっけなく枯れてしまった。トマトもピーマンもまだ花が咲いて小さな実をたくさんつけていたというのに、なんとも勿体ない。寒冷地では実物野菜の収穫期間はほんとうに短い。

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 プランターに植えたパセリは、霜が降りる前日に家の中に取り込んだ。ときどき収穫しては、刻んで乾燥パセリにしている。パスタやスープに重宝する。

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 今年ナス科の作物を作ったところには来年はナス科作物を植えられない。馬鈴薯畑にしたところは、来年はかぼちゃにしようかと思案中だ。枝豆も今年より増やしてみよう・・・。ただ、本来なら楽しい菜園計画も、水田や畑が放射能汚染されてしまった農家のことを思うと楽しい気持ちにはとてもなれない。

 先が見えない前代未聞の原発事故は日本各地の耕作地を汚染させた。生命の源である食糧が放射能で汚染されてしまったのだ。どれほどの農家の方たちがこの恐ろしい被害をこうむったことか。考えるだけでも背筋が寒くなる。苦労して無農薬・有機栽培をしていた農家の方たちはどうしているのだろう。もし福一が水素爆発でも起こしたら、北海道とて安心できなくなる。

 この計り知れない損害を東電や国はどう考えているのだろう? あの信じがたいほど高い暫定基準値を維持し、汚染された食べ物を流通させ続ける政府は、国民に被ばくしてもらうしかないとでも思っているのだろう。内部被ばくの影響が目に見えて表れてくるころには、今の責任者は変わっているだろうから、無責任な発言も平気でするのだろう。人々を騙し裏切り続ける原子力ムラの人たちのなんと残忍で厚顔無恥なことか。これからのことを思うと言葉もない。

 放射能はじわじわと遺伝子を傷つけ、何世代にもわたってこの国の国民の健康を蝕んでいくだろう。日本ばかりではない。この国はすでに世界の人々に対して加害者だ。

福島原発事故、遺伝子突然変異は人類にとっての問題(swissinfo.ch)

 思えば3月、テレビであの福島第一原発の爆発映像を見たとき、腰が抜けるほど驚き、そして数日間は体から力が抜けたような状態だった。頭の中にチェルノブイリの事故が蘇り、とうとうとんでもない事故が起きたという現実を目の当たりにして呆然とした。

 それ以来、東電と政府が事故の過小評価と情報の隠蔽に必死になる日々が始まった。インターネット上での情報操作という姑息なことも臆面なくやる。チェルノブイリの教訓を活かすどころか、その反対の方向へと暴走している。この国の陰湿な部分が一気に表に出てきたかのようだし、世界への恥さらしだ。

 この国はもはや戦争状態なのだが、恐ろしいことにそれが目に見えない。だから人々は健康が徐々に蝕まれつつあってもなかなか危機感を持つことができない。そのことがまた何とももどかしい。こんな状態でも、われわれは命ある限り生きていかねばならないのだ。個人個人が意識をしっかりと持たない限り、家族を守ることもできない。生まれてこのかた、これほどまで悲壮な感覚に襲われた年もない。

 家庭菜園の収穫をしながら、ついついこんな暗いことを考えてしまう。

2011年10月 4日 (火)

ベラルーシを視察した安藤御史医師の講演会

 10月1日に、帯広で安藤御史さん(はげあん診療所院長)による脱原発講演会「チェルノブイリ原発事故 放射能汚染地区の子供たち」があったので、その内容を報告したい。

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 人工放射能は巨大なエネルギーを持ち、生命に不可欠なDNAを瞬時に集中的に破壊する。DNAの破壊によって、発癌性、催奇形、突然変異が引き起こされる。また人工放射能は生体内で濃縮されるが、自然放射能は生体内で濃縮されない。人工放射能と生命は共存できない。原発事故における放射線障害ではとりわけ内部被曝による晩発性障害が問題になる。

 内部被曝とは、呼吸や食物を通して体内に放射性物質を取り込まれることで生じ、放射線の被害を直接うけることになるので逃れることができない。放射能核種の大部分は土壌の上層部にあるため、この層に根がある根菜やイネ科植物などは汚染されやすい。それが食物連鎖によって人に取り込まれる。低線量では生物に障害がない(閾値がある)という説は科学的に証明されていない。科学的に証明することは不可能だし、倫理的にも認められない。低線量被ばくが有害かどうかは、事実(症例報告)の積み重ねによって知ることができる。

 ゴメリ医大学長、病理学部長を務めたバンダジェフスキー氏の研究によると、低線量でも有害であり閾値はなく、人間のみならず植物や動物にも有害である。バンダジェフスキー氏は、チェルノブイリの事故で放射能汚染地となったゴメリ州の人の病状や亡くなった方の解剖をし、放射性セシウムと臓器の病変の関係を調べた。彼は低線量なら安全という政府の方針に反対したところ、1999年に、賄賂をもらって学生を入学させる組織を作ったという嫌疑で逮捕され禁固8年となったが、国際アムネスティの活動によって5年で出獄した。本人は否定しており、政治的冤罪と言われている。現在はウクライナのキエフに在住。

 バンダジェフスキー氏の動物実験と死亡例の調査により、セシウム137は人体組織、代謝を変化させ、生命維持に必要な機関や細胞に悪影響を及ぼすこと、小児や男性はセシウムを取り込みやすいことが分かった。ミンスクの子供は20Bq/kg以上のセシウム137を持ち、85%が心電図に病理的変化を有している。甲状腺がんや白血病だけではなく、心臓病が増加している。

 今年9月にベラルーシの首都ミンスク、汚染地区の小学校、放射線研究所、子供の保養のためのサナトリウム、ビタペクト製造会社、放射線測定器会社を訪問した。

 事故後7年たった1993年ではミンスクでは放射線量は正常だが、道路側溝では0.8μSv。居住禁止区域では0.9μSv以上、30キロ圏内では4.4μSv、埋め立てられたリーパ村では0.3-0.6μSv。事故後25年の今年9月では、オクチャリヨーボ村の立ち入り禁止の森林で0.36-0.27μSv。子供たちの体内被ばくは、放射能汚染地区より遥かに大きい範囲に及んでいる。

 ベラルーシが行っていることとして子供たちの保養がある。外国での保養のほか、国内にサナトリウムを建設して保養活動をしている。汚染されていないところで安全な食べ物をとるだけでも効果がある。安藤医師は、福島の子供たちのために北海道に保養施設をつくるべきだと提唱。

 ベラルーシの食品の放射線基準値は、ベビーフード37Bq/kg(以下単位同じ)、飲料水10、牛乳100、パン40、豚・鶏180、マトン500、ジャガイモ(主食)80、小麦粉60.、野菜100、果実100など。日本の暫定基準値は高すぎて危険。

 事故後に増加した病気として、甲状腺がん、肺がん、白血病、脳腫瘍、結核、ウイルス性疾患など。また先天性奇形、新生児死亡率が増加。1996年からは死亡数が出生数を超えて人工の減少が始まった。

 内部被ばくを可能な限り避けるために、子供たちのサナトリウム建設、正確な汚染地区の把握、体内放射線量の測定、食品の放射線量の測定、食品ごとの厳しい基準値の設定、調理方法の工夫、ビタペクトの服用がある。ビタペクトはリンゴジュースの搾りかすから造られる錠剤で、体内放射能を20-50%減少させる効果がある。

 最後に「真実を知らぬものはただおろかなだけだが、真実を知っているのに、それを偽りだと声だかに叫ぶのは罪である」というブレヒト著「ガリレオガリレイ」の言葉を引用し、子供たちが先に犠牲になる社会であってはならないと強調した。

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 以上が講演の内容だ。

 会場は80人ほどの参加者でいっぱいだったが、福島や千葉から避難してきている方もいた。原発から30キロほどのところから避難してきている方の話しでは、その地区の人たちは雨水が流れ込むような井戸の水を飲んでいるとのこと。政府が正確な情報を伝えず住民を被ばくさせ続けているというのはまさに犯罪行為ではないか。

 インターネットに溢れる反原発の発言や、放射線に関する情報が国によって監視され、工作員が暗躍しているし、デモに参加しただけで逮捕されるのが日本の現実だ。政府による事実の隠蔽と情報操作を見抜けなければ国民は騙され、危険から逃れることはできない。

 北海道は今のところそれほど汚染されていないとはいえ、原発事故は他人事ではない。放射能で汚染された瓦礫の持ちこみも検討されているし、泊原発や幌延がある。日本の食糧基地である北海道が汚染されたら、日本人の食糧危機はより深刻になる。原発問題は、日本人のだれもが関心を持たねばならないことだ。

2011年10月 2日 (日)

行政書士による個人情報不正取得事件の中間報告

 表題の件については「行政書士が私の個人情報を不正に取得していたことが判明!」という記事で書いたままになっていた。この記事で私は「この件では然るべき対処をする。K行政書士の名前もいずれ明らかにしたい」と書いた。そこでとりあえず中間報告をしておきたい。

 私がとったのは以下の三つだ。

1 刑事告訴
2 東京都知事への懲戒請求
3 東京都行政書士会への懲戒請求

 1の刑事告訴は戸籍法違反、住民基本台帳法違反、戸籍法違反教唆、住民基本台帳法違反教唆の罪での告訴だ。これについては「告訴状を送った警察署の速やかなる対応」に書いたように東京地検に告訴状を送付し、処分通知書もだいぶ前に届いている。この件は追って報告したい。

 2については行政書士法10条違反での懲戒請求だが、今のところ報告はきていない。

 3については行政書士会としての処分を求めたもので、9月26日付で回答があった。といっても処分が決定されたという報告ではなく、処理の扱いに関する中間報告だ。今回はこの回答についてお知らせしておきたい。

 回答は東京都行政書士会の総務部長名のものだが、以下にその文面を掲載する。

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懲戒請求に対する回答

 貴殿より申立のあった金坂 滋会員(以下「金坂会員」)に対する平成23年7月29日付の懲戒請求(以下「本件」)に関して、以下の通り回答申し上げます。

1.当会の対応
 当会は、貴殿より懲戒請求書を受理した後、速やかに以下の対応を行いました。
  平成23年8月9日、電話で貴殿に事実の確認を行いました。
  同年9月8日、面談で金坂会員に事実の確認を行いました。
  同日、総務部会を開催し、本件の処理方針を検討しました。

2,当会の判断
 本件に関する当会の判断は以下の通りです。
  綱紀委員会に本件の処理を移管しました。

3.当会の判断理由
 本件に関する当会の判断理由は以下の通りです。
  会員の行為が、当会会則大22条の2に該当する可能性があり、綱紀委員会による調査、審議が必要であると判断したため。

 以上、今後は綱紀委員会にて処分の検討を行います。結果につきましては後日のお知らせとなりますが、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

4.参考
 関係法令
 東京都行政書士会会則第22条の2(会員の処分)
  本会は、会員が法又は法に基づく命令、規則若しくは知事の処分、又は本会の会則に違反したときは、当該会員に対し、必要な処分を行うことができる。
2 前項の処分を行うときは、会長は本会則に別段の定めのある場合を除き、あらかじめ綱紀委員会に諮問して調査、審議させ、その答申を受けた後、理事会に諮り決定しなければならない。
3 略
 その他

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 ということで、東京都行政書士会は9月になってようやく行政書士本人に事実確認をしたようだ。私が送付した、職務上請求書の写しを見せられたなら、本人も当然のことならが不正行為を認めざるを得なかったのだろう。今後は綱紀委員会による調査、審議を経て処分について決定されることになる。

 行政書士会会則第22条2では、知事による処分を受けた際にも処分を行うことができるとなっており、知事に対して要求した懲戒請求の判断も処分に影響してくるだろう。

 戸籍には極めてプライベートな情報が記載されている。それを虚偽の申請によって取得し興信所に渡すなどということは許されない。個人情報の保護が重視される昨今、こんな不正が横行しているのは看過できないことだ。行政書士会においては厳格な対応をしていただきたいと思う。

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