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2011年9月

2011年9月30日 (金)

年1ミリシーベルトでも健康被害がでる

 木下黄太さんのブログを読んでいると、東北や関東で放射線の影響が疑われる事例がずいぶん増えているようだ。鼻血、喉の痛み、原因不明のあざ、元気だった人の突然死等々・・・。おそらくこれからどんどん被ばくの影響が顕在化していくのだろう思うと本当に気が滅入ってくる。しかし、こうしたことはチェルノブイリの事故ですでに分かっていることなのだ。日本人はこの先何十年も内部被ばくの恐ろしさと向き合わねばならない。

 ところで、内部被ばくの恐ろしさについてはマスコミではほとんど報道されない。放射能汚染された土地で生きていかねばならない日本人にとって非常に重要なことであるのに、多くの人にその恐ろしさは隠されているのだ。そんななかで、以下の矢ヶ崎克馬さんの講演会の内容を紹介しているブログが分かりやすいので、紹介したい。

内部被曝はなぜどのように恐ろしいのか(明日に向けて)

 また以下の記事では福島の汚染に関する矢ヶ崎克馬さんの指摘を紹介している。

福島・郡山市土壌汚染濃度 チェルノブイリ被害地匹敵(明日に向けて)

 ウクライナのルギヌイ地区では、年間1ミリシーベルトという基準を守っていたのに深刻な健康被害が出たということは重要だ。年間1ミリシーベルトという数値はそれほど大きい値とは感じられないのだが、矢ヶ崎氏によると「毎秒1万本の放射線があたる値です。1年では億になります。けして放射線量が低いなどとは言えたものではないです」という。

 日本政府は除染することで避難している人たちを福島に戻すことを考えているようだが、汚染の酷いところでいくら除染しても焼け石に水だろう。被ばくの恐ろしさをきちんと伝えず、汚染された地域に住民を戻そうとする姿勢は許しがたい。

メノコツチハンミョウという不思議な昆虫

 27日に置戸町にナキウサギの調査に出かけたのだが、そこでメノコツチハンミョウを見かけた。ハンミョウという名前がついているが、いわゆる「ミチオシエ」と言われているハンミョウとは別のグループ(科)だ。

 北海道には4種のツチハンミョウが生息しているが、秋に成虫が出現するのはこのメノコツチハンミョウだけだ。交尾しているペアの近くに2頭の雄がいた。一度に4頭も見たのは初めてだ。フェロモンに誘引されたのだろうか。

 こちらはペア。雄の触角の形態が面白い。

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 こちらは雄。

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 このツチハンミョウという昆虫は、見た通りの不思議な外観で、翅は退化していてもちろん飛ぶことはできない。そしてハナバチに寄生するという実に変わった生活史を持っている昆虫なのだ。

 メノコツチハンミョウの場合、成虫は秋に出現して交尾し、地中に産卵して死んでしまう。春に生まれた幼虫は花の上によじ登って、そこでハナバチが来るのを待つのだ。ハナバチが来るとその体毛にしがみついてハナバチの体に乗り移る。乗り移ったハナバチが雌であればそのままハナバチの巣に移動することができるのだが、雄の場合は交尾のときに雌のハナバチに乗り移るのだ。そうやってハナバチの巣に運ばれると、ハナバチの卵や蜜・花粉などを食べて成長するという変わった生活史を持っている。

 しかし、花を訪れる昆虫はハナバチばかりではない。むしろハナバチに乗り移れるのは運がいいということになるのだろう。ハナバチ以外の昆虫に乗り移ってしまった場合は成虫になることはできない。うまくハナバチの巣に侵入できる可能性が低いためか、ツチハンミョウの雌は数千個もの卵を産むそうだ。

 成虫まで生き延びられるチャンスは少ないかわり、うまくハナバチの巣に侵入できればあとは楽をして成虫になれるというわけだ。

 メノコというのはアイヌ語で「女性」という意味なのだが、産卵のために大きな腹部を持つ雌が目立つのでこのような和名がつけられたのだろうか?

 ちなみにカンタリジンという毒を持つので注意が必要だ。機敏に動けない昆虫だけに、こうやって身を守っているのだろう。

2011年9月29日 (木)

島村英紀さんの指摘する原子力産業と地球温暖化問題

 前回の記事では地震学者の島村英紀氏の「人造地震(誘発地震)」について紹介したが、今回は地球温暖化問題について指摘しておきたい。ついては、以下の記事をお読みいただきたい。

島村英紀は東日本大震災(2011年3月)の前までに、原子力発電所についてこんな指摘をしていました。 

 島村氏は、石油業界や原子力産業、各国の政府などの思惑によってIPCCが利用されてきたという疑惑の数々を取り上げ、温暖化対策の名の元に原子力発電が推進されていると指摘している。推測や伝聞の情報もあるとは言え、原子力産業とそれを推進したい先進国の政府がIPCCに黒幕を送りこんで操ってきたという指摘はかなり真実味が高いと思う。原子力発電を何としても進めたい人たちにとって、人為的地球温暖化説は非常に好都合だし、これを利用しない手はない。

 島村氏はこのような状況から「地球が人為的な原因によって温暖化するかどうか、という科学的な議論はある意味ではすでに終わってしまって、地球温暖化問題は科学の領域ではなくなってしまっているのである」と言っている。つまり、「地球温暖化の科学」は棚にあげられた状態で、原発推進に利用されているというわけだ。

 人為的地球温暖化説が原子力発電推進者によるでっちあげだという話しは以前から一部の人たちの間でささやかれていた。こうした背景から、二酸化炭素温暖化説自体がデマだと考える人たちがいるのは分からなくはない。いわゆる陰謀論だ。福島の原発事故が起きてからはそういった声がさらに大きくなっているように感じる。

 残念ながら私は島村氏の『「地球温暖化」ってなに?科学と政治の裏舞台』を読んでいないので正確なことは言えないが、彼の温暖化に関する意見は「前に述べたように人間の活動に伴って温室効果ガスの排出量が増えてきているのは確かなことだ。しかし一方で、それが将来の地球温暖化を引き起こす可能性についてはまだ科学的に完全には証明されたわけではない。可能性はかなり高いと言うべきだが科学的には異論がある」ということのようだ。つまり、温暖化説が極めて政治的に利用されていると言ってはいるが、だからといって温暖化がデマだという陰謀論を唱えているわけでは全くない。

 なお参考までに島村氏の本の書評をひとつ紹介しておきたい。

「地球温暖化」ってなに?-科学と政治の裏舞台 

 ところで、二酸化炭素温暖化説が政治的に利用されていることは確かだとして、その説自体が科学的に正しいか否かというのはまったく別の問題だ。島村氏が言いたいのもまさにそのことなのだ。

 ところがそこを理解しようとせずに、黒幕がいて政治的に利用されているから陰謀だとして、温暖化そのものすらデマと決めつけてしまうのはあまりに短絡的だし非科学的だ。ここは純粋な「温暖化の科学」の議論が必要なのだが、日本ではなんだか二酸化炭素温暖化説を支持する多くの気候学者と、それに懐疑的な物理学者などとの対立状態になっているような感がある。私自身は、温暖化の要因は二酸化炭素だけではないという主張は理解するものの、全体的には懐疑論や否定論を唱える人たちより気候学者の論理のほうが説得力があると思っている。そのことはこのブログでも何回か取り上げてきた(カテゴリーの「環境問題」を参照)。

 それはともかくとして、島村氏の『「便利で快適な」生活か「ぜいたくで無駄な」生活か』は重要だ。

 島村氏は、清涼飲料の自動販売機のことを一例として取り上げ、エネルギーや資源の無駄遣いについて論じているが、これには大いに賛同する。島村氏によれば、自動販売機だけのために使われている日本の電力は、原子力発電所2カ所の発電量よりも多いとのことだ。それが事実なら自動販売機をやめるだけでかなりの節電が可能だ。コンビニでもスーパーでも清涼飲料水を店内で販売しているのだから、自動販売機がなくてもなんら問題はない。自動販売機こそ資源の無駄遣いを助長しているのだ。似たような無駄はほかにも山ほどあるだろう。

 先の震災で、東京ではかなりの節電が行われた。春の時点では、夏には電力が不足するとあれほど騒がれたが、今年の需要ピークは昨年よりだいぶ低く4922キロワットで済んだのだ。あの騒ぎは何だったのか? 結局、一部の原発推進派が原発の必要性をアピールするためだったとしか思えない。

節電効果 大口29%、家庭は6%減 東電が発表(朝日新聞)

 ウランも化石燃料も限られた資源だ。そもそも地面に埋まっているものを人間が大量に掘りだして利用するということは自然のバランスを乱す行為であり、環境に悪影響を与えない訳がない。原発の燃料であるウランの採掘も、石油や石炭などの利用も共に大きな問題を抱えている。そして原発も化石燃料の利用も温暖化に加担しているのだ。だから将来的にはどちらにも依存しない世界を目指さねばならないし、とりわけ危険な原発はできる限り早く廃止しなければならない。

 人類は自然に対して謙虚でない限り、結局は自滅するのだろう。原発事故にしても地球温暖化にしても、それをよく物語っている。

2011年9月26日 (月)

島村英紀氏が語る人造地震(誘発地震)

 阿修羅掲示板では、今回の東北地方太平洋沖地震が人工地震であるという説がいくつか報じられている。あの地震が太平洋プレートと北アメリカプレートの境界で起きた海溝型地震であることは明らかだし、プレート境界では過去にも同じような大地震が繰り返されてきたのだ。人工地震論者は陰謀だと言いたいようだが、いったい誰が何のためにあのような地震災害を起こすというのだろう? 世の中には陰謀説が多々あるが、匿名でまことしやかに語られる陰謀説は要注意だ。

 もちろん、私は人工地震説などというものは馬鹿らしくて辟易としている。ところで、地震学者の島村英紀さんのホームページを見ていたら、人造地震(誘発地震)のことが詳しく書かれていたので紹介したい。

人間が起こした地震 

 人間が地下深くまで穴を掘り、圧力をかけて水を注入すると地震が起こることが分かっているのだ。島村氏は「人間が地下に圧入した水や液体が岩盤の割れ目を伝わって井戸の底よりも深いところまで達して、その先で地震の引き金を引いたのに違いないと考えられている」としている。

 また、ダムが地震を起こすという事例も多いようだ。これについては「ダムが地震を起こすのは、ダムに溜められた水が地下にしみこんでいくことと、ダムに溜められた水の重量による影響と、両方が地震を起こすのに関係すると思われている。このため、ダムの高さが高いほどしみ込む水の圧力が高く、また水の重量も大きいだろうから、地震が起きやすいと考えている地震学者は多い」とのこと。

 そして、人工地震についても触れていて、「地球内部の研究をするためや、石油や鉱脈を見つけるために人工地震を起こすことがある。これらの人工地震は火薬を使ったり、圧搾空気を使って起こすのだが、本当の地震を起こすわけではない。しかし図らずも人間が起こしてしまったこれら『人造地震』は本物の地震だ。学問的には『誘発地震』という。この誘発地震の原因としては、鉱山、地熱利用、石油掘削、原油や天然ガスの採取、地下核爆発などが知られている」と説明している。

 たしかに、地震の中には人間が自然に手を加えたことで誘発されたというものもあるのだろう。人間の欲にまみれた自然改変に対する、自然からの警告とも言えるだろう。しかし、東北地方太平洋沖地震が何者かによって意図的に起こされた人工地震であるという説はあまりにも突飛だし、妄想としか言いようがない。人工地震説を主張している地震学者がいるとでもいうのだろうか?

 ところで島村氏は「追記4」として、「メルトスルーした核燃料は地下で水蒸気爆発や誘発地震を起こす可能性を否定できない。大量の水等による原発地下の岩盤への影響も懸念事項」という河村宏さんのツイッターを紹介している。

 東北地方太平洋沖地震が人工地震だったなどという戯言より、メルトスルーした核燃料の挙動こそ注視しなければならないのだ。

 人類は、核燃料が格納容器を突きぬけてメルトスルーしたという経験を持っていないし、それを取り出す技術ももちろんない。東電や政府はメルトスルーした今も「冷温停止」などという訳のわからないことを言っているが、これから何が起こるか分からないのだ。

 つい先日も、1号機の配管が水素で満たされていると報道された。配管が水素で満たされているということは格納容器も水素で満たされているということだろう。これが爆発したなら、3月の爆発の比ではない大惨事になるだろう。考えただけでも身の毛がよだつ。

 人類は自分たちの制御できない核という怪物に手を出してしまったのだ。核の恐ろしさを今ほど強烈に感じることもない。いつ巨大な地震に襲われてもおかしくない日本で原発を持つことの恐ろしさ、愚かしさを我々は身を持って体験したのだ。今でも原発を存続させたいと言っている人たちは頭がおかしいとしか思えない。

2011年9月24日 (土)

急性放射線障害の死亡事例は本当になかったのか?

 まずは2011年6月1日にアップされた以下の動画を見ていただきたい。

【意見映像】福島の小学生が急性放射線障害で死亡した?

 この動画を作成してアップしたaugustarmy38さんのコメントは以下だ。

坂本龍一氏のTweeterで福島の小学生が避難先で急性放射線障害の症状を呈して死亡したとの噂が流れました。事実は確認されていないようで噂の域を出ないようですが、うp主には気になる事がひとつあるんですよね。原発爆発による急性放射線障害で相当数の死者がいるんじゃないかという疑念が、どうしても消えない。この件は最大のタブーみたいですが、とりあえず映像を作ってみました。どう思われますか

 この動画の最初に出てくる静岡に避難した福島の小学生女児のことが書かれたブログは私も見ていたが、それを見たときは確かに驚いた。その記事がインターネット上で話題になったあとにブログ主が削除してしまったことが、さらに疑問を大きくさせた。なぜなら、ブログ主はメーリングリストに流れた情報を元に記事を書いたとしていて、単なる噂とか憶測で書いたということではなかったし、削除理由も「事実ではなかったから」ではなく「親族のプライバシー保護などのため」と説明していたからだ。私は、削除してしまったこと自体になにか陰の圧力のようなものを感じた。

 ところがその後、その記事はデマだという話しが出てきた。しかし元記事が削除されたからといってデマだと決めつけることにはならないはずだ。理由も説明せずにデマと決めつけてしまうのもおかしな話ではないか。私はデマと決めつける発言のほうがよほど不可解だと思った。

http://www.j-cast.com/2011/05/11095295.html?p=all 

 この動画では大熊町で見つかった高濃度に被ばくした遺体のことにも言及しているが、この遺体については私も以下の記事に書いた。病死というだけで病名は特定されておらず非常に不可解だ。

福一から20キロ圏内の被ばく遺体に関するコメント

 動画に出てくる徳田たけし氏のブログ記事を探してみた。以下の記事だ。

避難区域の苦悩 

 確かに「原発の周辺から病院へ逃れてきた人々の放射線量を調べたところ、十数人の人が10万cpmを超えガイガーカウンターが振り切れていたという」という記述があるが、これは上記の大熊町の遺体と変わらないような大変な被ばく量だ。急性放射線障害が出てもおかしくないだろう。

 動画でも少し触れられている双葉厚生病院の件については「院長さん」の以下の記事に詳しい。

もぬけの殻となっていた双葉厚生病院-その時なにが・・(100万アクセス) 

 上記の記事で紹介されている森住卓さんと豊田直巳さんへのインタビュー記事でも、3月13日時点で双葉厚生病院は「何分もいちゃいけない」ほどの高い放射線量だったと話している。爆発後の福島第一原発周辺の放射線量は、急性放射線障害を生じてもおかしくないほどの凄まじいものであったことは間違いないと思う。

 もちろんこのことは東電も政府も分かっていたはずだ。だから双葉病院でも双葉厚生病院でも防護服を着た警察官がとんできて強制的に職員や患者を避難させたのだ。このままにしていたら放射線障害で亡くなる人も出かねないと分かっていたからではなかろうか。そして、augustarmy38さんも書いているように、この問題は最大のタブーなのだと私も思う。

 こういう記事を書くと、「急性障害で亡くなるなんてあり得ない」「いい加減な動画だ」などといったコメントが入るかもしれない。しかし、「急性障害で亡くなった」と断定はできないものの、「急性障害はあり得ない」とも断言できないはずだ。この動画の内容をどう判断するかは個人個人によって違うだろうが、よく調べて作成されており、決していい加減なものではないと私は思う。

2011年9月23日 (金)

史上最悪の事故に対するクリス・バスビー氏の警告と行動

 気になっていたクリス・バスビー氏の日本語訳付きの動画が公開された。今回は、この動画からバスビー氏の発言を紹介したい。

以下が日本語訳の字幕(太字は筆者)

 福島の放射能汚染は、おそらく人類史上最悪の原発事故でしょう。間違いなくチェルノブイリより悪い。

 放射能汚染は東京南部にも及んでおり、私は、独自に車のエアフィルターを取りよせ計測しております。少なくとも20個の別の車のエアフィルターが私の研究所に届き、これは東京南部のものも含みます。多くが福島から100km以上離れた地域のものです。このフィルターには、多量の放射性粒子が含まれていました。高レベルのセシウム134、137です。我々は、これによりまったく疑いない結論に至りました。福島原発から200kmもしくは200km以上距離の地域が、深刻な放射能汚染されているのです。

 車のフィルターが放射性粒子を吸ったということは、人間も吸ったということです。子供も吸ったのです。子供たちも放射能汚染されたのです。

 最近、我々は、日本政府がホールボディ・カウンターで計測したことを聞きました。これは、人間が放射能計測装置に入り、どれくらいのセシウムが体内にあるか計測することです。この結果では、セシウムのレベルは健康に影響を及ぼすほどのものでないと判定されました。同時に私は、日本の方からの報告では、母親や子供のセシウム137の放射能汚染量は、私の同僚のユーリー・バンダジェフスキーがチェルノブイリ事故の後に、ベラルーシで計測したものと同程度の量なのです。

 どう影響するかといえば、セシウムは心臓の筋肉に留まり、不整脈を起こし、心筋を破壊するのです。ベラルーシでは、子供たちが心臓発作と不正無悪を患っています。もちろん、彼らは、若くして心臓病で亡くなります。なぜなら、心臓の細胞は復元できなかったからです。おそらく年1%だけが、復元できるだけだからです。いままで何度も述べていますが、福島原発事故で被ばくした子供たちの心臓の細胞は、復元できません。ですから、ここで2つの事が言えます。別々の視点からのものです。

 日本政府の立場では、子供たちや人々のホールボディ・カウンターによる表面的な計測をし、セシウムの体内被ばくを否定する。この被ばく小では、健康には影響がないレベルだと言う。この見解については論争があり、まるでテニスのラリーの応酬のように、独立の科学者が影響があると言えば、政府と原子力学者は問題がないと言う。もちろん、本当の問題は、我々はこの事について何かしなければいけないということです。

 私は父親であり、7人の子供と11人の孫がおります。私は、座視して、原子力産業を崩壊から救おうとする原理力学者と愚かな論争をするつもりはありません。こうしている間にも、子供たちは、さらなる病と放射線にさらされている。その結果として、癌になり、心臓病になり、あらゆる病気にかかり、死ぬこともあるでしょう。これらの事総ては、チェルノブイリ事故後にわかった事で、別に新しい事ではなく、すでに何がフクシマで起こるか分かっているのです。完全に何が起こるか分かっているのです。

 我々は、チェルノブイリ事故後に被ばくした人たちの健康への影響を、同じ放射性核種で、同じ放射線量で詳しく調査しています。非常に多くの人々の調査をしたのです。ですから、福島は史上最悪の原子力災害だと言っているのです。

 私は、何かしなければならないと決意しました。私は、日本にいる人達に連絡し、そして何をすべきかとの相談を受けました。私たちが、何かすべきと決意したなら、私は、実際に私たちができることが何かあるはずだと。

 まず最初に、私たちが自分で放射線を計測するのです。なぜなら、我々は、日本政府の計測値を信じられないからです。政府の計測値が正しいとは思えない。私は、実際に車のエアフィルターから、それ以上の放射線を計測した。政府が子供の被ばく量計測をしている時です。車が放射線を吸ったなら、同時に子供も吸ったはずです。だから、政府の発表を信じられない。これが第一点。つまり、独立した計測調査が必要です。

 第二点は、被ばくした子供たちに対して、なにかしなければいけない。二つできることがあります。

 一つ目は、子供たちを放射能汚染された地域から、間違いなく安全な地域へ疎開させることです。これには別の問題があります。今起こっていることは、日本政府は、フクシマの放射能汚染された瓦礫を、日本中に移送して処分しようとしているのです。遠く離れた南日本でさえ、いまはこの瓦礫を焼却処分する候補になっているのです。この理由の可能性として、遠隔地でも焼却処分するのは、とても皮肉的で恐ろしいのですが、理由はこうです。

 子供たちが、白血病や癌や心臓病などに発症し亡くなり、その親が、政府を法廷に提訴した時、放射線に汚染され被ばくしたのが原因で、癌発生率が高いと言います。他の汚染されていない地域と比べ、高い癌発生率だと言います。例えば、南日本と比べてです。だから、私が思うのは、日本中で放射能汚染瓦礫を焼却処分しようとする計画は、日本総てを破壊し、発癌率を高め、フクシマの発癌率と他の地域と比較できないようにするためなのです。ここがみそなのです。

 ですから、とにかくフクシマの子供たちを疎開させるべきなのです。安全な地域への疎開です。これが我々が行いたいことです。

 我々は、セシウム、ストロンチウム90、プルトニウムは他の放射線核種で付随的に調査されていないものを阻止しようとしています。私は今、ストックホルムの公園にいてお話しております。ここも放射線が高い地域です。バルト海で私が計測しました。これも別の疑問点です。

 二つ目として、子供たちの身体への放射性物質の侵入を阻止することです。我々はヨウ素剤で阻止できることを知っています。ヨウ素の甲状腺への侵入を錠剤を飲むことにより防ぎますが、日本政府はやりませんでした。別の放射性物質に対しても同様な対策がとれます。ウラン、プルトニウム、ストロンチウム90も最も深刻で、これらの放射線核種も付随的に調査されていない。これらの放射線核種は、ホールボディ・カウンターでは計測できない。

 我々はカルシウムとマグネシウムを大量に補給することにより、ストロンチウム、ウランのDNAへの付着を防ぐことができます。これが被ばくした子供たちが一つできることです。カルシウム補給の錠剤を毎日飲むことです。放射性核種の阻止用カルシウム補給サプリメントを製造し、子供たちを持つ親御さんに安価で提供致します。これらの錠剤が、食品への侵入を防ぎます。また、別の錠剤も製造します。これは、セシウム137の侵入を防ぎます。

 これらの活動のために“Christopher Busby Foundation for the Children of Fukushima” 「福島の子供たちのためのクリストファー・バズビー基金」を設立します。すでにウェブサイトがあり、日本語です。日本にいる同僚のジェームズ・グラントが携わっています。

 この組織のために、高感度の放射線測定装置をヨーロッパとウクライナから取り寄せます。我々が食品の放射線測定、スーパーマーケットの食品の測定もします。我々は、日本に研究所を設立し、人々がその食品を持ちこみ、本当の放射線汚染検査ができるように致します。これらが、我々が日本で行うことです。みなさんもできることがあれば、我々にご協力いただきたい。これは福島の子供たちを救うためのプロジェクトです。

 なぜなら、我々は日本政府が行うことなにもかもが、福島の子供たちを救うことにならないと思うからです。彼らの行っている原理は、福島の子供たちを守ることではなく、世界の原子力産業を守ることなのです。これは恥ずべきことです。

 ご清聴ありがとうございました。

(字幕転載ここまで)

 バスビー氏は、福島の原発事故は史上最悪の原子力災害だと言っているが、私もたぶんそれが現実なのだと思う。事故からもう半年も経つというのに、いまだに大量の放射性物質を大気へ、海へ、地下へと垂れ流しており、それがいつ収まるのかも分からないし、今後どうしていいのかも分からないという状況だ。10日ほどで放出が治まり、石棺で封じ込めのできたチェルノブイリとは全く異なっている。

 そしてすでに放射能の影響が疑われるさまざまな症状が報告されている。木下黄太氏が事故当初から警告してきたことが、まさに当たっていたといえよう。木下氏は首都圏も危険だと警告していたが、それは決して大げさなことではないと思うし、市民による土壌調査も大きな意義がある。

 放射能で汚染された瓦礫を汚染の少ない地域に持って行って焼却するなどというのは、どう考えたってまともな発想ではない。暫定基準値を信じがたいほど高く設定して汚染された食べ物を全国にばら撒くのも同じだ。国民の命を守りたいと思うのなら、汚染された瓦礫や食べ物は分散させるのではなく、福島に集めるのが筋だろう(福島の方たちには本当に申し訳ないが、致し方ない)政府が汚染を分散させようとする目的は、バズビー氏の推測どおりではなかろうか。

 本当に悔やまれることだが、事故の前の世界には戻れない。だから、これから私たちがやらねばならないのは、汚染の酷い地域に住む子供たちや若者を疎開させること、発病を防ぐ努力をすること、汚染の少ない地域に汚染を拡大させないこと、原発を止めさせることだ。

 バスビー氏は自らそれをやろうと動きはじめた。日本に住む私たちが他人事のようにのほほんとしていていいはずがない。原発事故を起こした当事国の国民が動かないでどうするのか。署名やデモでの意思表示も大事だし、ツイッターやブログ、あるいは口コミで重要な情報を拡散したり、バズビー氏の活動を知らせて、問題意識を持ってもらうことでもいい。全国の原発の廃炉訴訟に参加するのもいい。今大事なのは、自分で情報収集し、自分の頭で考えて意志表示し、自分ができる行動をするということだ。被災した人たちも、被災していない人たちも、それぞれの立場でできること、やるべきことがあるのではなかろうか。

 以下がバズビー氏が話していた「福島の子供たちのためのクリストファー・バズビー基金」のサイトだ。

http://www.cbfcf.org/

【2012年1月10日追記】
上記の「福島の子供たちのためのクリストファー・バズビー基金」に関しては高額なサプリメントを販売しているとの批判がある。バズビー氏はこれに対して「クリストファー・バズビー・チルドレン・フォー・フクシマには自分の名前の使用許可を与えただけ。カルシウム錠剤は製造されなかったし、お金も受けとっていない。」「収益は、放射性物質検査機購入費用等に充てられる」と述べている。以下参照。

 http://junebloke.blog.fc2.com/blog-entry-264.html

2011年9月22日 (木)

帯広での脱原発講演会のお知らせ

 「はげあん診療所」の医師で十勝自然保護協会共同代表の安藤御史さんによる講演会が、10月1日に帯広で開催される。

 安藤医師はチェルノブイリ原発事故で被災した子供たちの里親を9年間つづけ、今年の夏は福島の子供たちも受け入れるなど、被災した子供たちの保養活動に取り組んでいる。1993年、1998年にベラルーシ共和国を訪問し、この9月にも放射能に汚染された地域の子供たちがどのような状態にあるかを調べるために現地を訪問している。この講演会では、特に子供たちの内部被曝についての報告を行う予定だ。

*****

チェルノブイリ原発事故 放射能汚染地区の子供たち

講師:安藤御史
日時:10月1日(土) 19時~21時
会場:とかちブラザ304号室
*入場は無料。参加希望の方は直接会場にお越しください。
主催:市民フォーラム十勝
問い合わせ:0155-31-6037(高倉)

2011年9月21日 (水)

9.19脱原発集会での大江健三郎さんと落合恵子さんのスピーチ

 北海道の僻地に住んでいる私は、反原発の集会やデモにはほとんど参加できない。しかし、今は便利になったもので、6万人もが集まった東京でのあの大集会、デモの様子はさっそくYouTubeにアップされる。日本は本当に民主主義の国なのかとうんざりすることばかりの日々だが、日本でもこれだけのデモが起きるのだから、ひとりひとりの行動こそが大事なのだとつくづく思う。

 大江健三郎さんと落合恵子さんのスピーチを書き起こしてみた。集会に参加できなかった人たちも是非お二人のスピーチに耳を傾けていただきたい。

大江健三郎さんのスピーチ

 二つの文章をひいてお話します。まず第一は、私の先生の渡辺一夫さんの文章です。
「狂気なしでは偉大な事業は成し遂げられないと申す人々もいられます。それは嘘であります。狂気によってなされた事業は必ず荒廃と犠牲を伴います。真に偉大な事業は狂気に捉えられやすい人間であることを人一倍自覚した人間的な人間によって誠実に地道になされるものです。」
 この文章は今つぎのように読みなおされうるでしょう。
「原発の電気エネルギーなしでは偉大な事業は成し遂げられないと申す人々もいられます。それは嘘であります。原子力によるエネルギーは、必ず荒廃と犠牲を伴います。」
 私が引用します第二の文章は、新聞に載っていたものです。原子力政策をやめていたイタリアがそれを再開するかどうか、国民投票をした。そして反対が9割を占めました。それに対して日本の自民党の幹事長がこう語ったそうであります。「あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは心情としてわかる」
 偉そうなことを言うものでありますが、もともとイタリアで原子力政策がいったん停止したのは、25年前のことです。チェルノブイリの事故がきっかけでした。それから長く考え続けられたうえで、再開するかどうかを国民投票で決める、そういうことになった、その段階で福島が起こったのであります。今の自民党の幹事長の談話のしめくくりはこうです。
「反原発というのは簡単だが、生活をどうするのかということに立ち返ったとき、国民投票で9割が原発反対だから止めましょうという簡単な問題ではない」
 そう幹事長は言いました。原発の事故が簡単な問題であるはずはありません。福島の放射性物質で汚染された広大な面積の土地をどのように剥ぎ取るか、どう始末するか、すでに内部被曝している大きい数の子供たちの健康をどう管理するか、今まさにはっきりしていることはこうです。
 イタリアではもう決して人間の命が原発によって脅かされることはない。しかし私ら日本人はこれからさらに原発の事故を恐れなければならないということです。私らはそれに抵抗するということを、その意志を持っているということを、先のように想像力を持たない政党の幹部とか、また経団連の実力者たちに思い知らせる必要があります。そのために私らに何ができるか、私らにはこの民主主義の集会、市民のデモしかないのであります。しっかりやりましょう。

落合恵子さんのスピーチ

 こんにちは。いっぱい声だしてくださいね。あなたに会えて本当によかったです。でもこの会えたきっかけを考えると腹立たしくて腹立たしくて仕方がありません。この腹立たしさを新しい力に変えて、明日を変えていきたいと思います。
 私たちの、これは私の世代ですが、ビートルズの歌を歌って育ちました。そのビートルズの歌にイマージンという歌がありました。「想像してごらん」からはじまるあの歌です。
 想像してください。子供はどの国のどの社会に生まれるか、選ぶことはできないのです。そして生まれてきた国に原発があってこの暴走があったことが今の私たちの社会です。想像してください。福島のそれぞれの子供たちの今を。そしてこの国のそれぞれの子供たちの今を、想像してください。スリーマイル島、チェルノブイリ、そして福島。あの原発大国フランスでも、ついこの間核施設の事故があり、ほとんどの情報が私たちは手に入れられない現実を生きています。こんどはどこで、次はだれが犠牲になるのかと、そのストレスを絶え間なく抱いて生きていくのはもう嫌だ。私たちはそれぞれ叫んでいきたいと思っています。
 放射性廃棄物の処理能力も持たない人間が原発を持つことの罪深さを、私たちは叫んでいきましょう。それは命への、それぞれの自分自身を生きていこうという人への国家の犯罪なのです。容易に核兵器に変わりうるものを持つことは、恒久の平和を約束した憲法を持つ国に生きる私たちは決して許容してはならないはずです。
 想像してください。まだ平仮名しかしらない小さな子供が、夜中に突然起きて「放射能来ないで」って泣き叫ぶような社会をこれ以上続けさせてはいけないはずです。私は、私たちは、皆さんもこの犯罪に加担しないと、ここでもう一度自分と約束しましょう。原発という呪詛から自由になること、もちろん反戦、反核、反差別は全部ひとつの根っこです。
 命、ここからはじまります。今函館で、大間原発をあの海を見ながら函館の駅に向かって歩いている大きなグループがいます。大間原発の方、そこにいらっしゃいますよね。あるいは昨日、オーストラリアから突然帰国したジュンコさん、どこかに埋もれているでしょう。ありがとうございます。
 世界から原発と核が消える、私たちのゴールに向かって歩みましょう。暴力に対して私たちは非暴力を貫きます。けれどもあきらめません。慣れません、忘れません。歩きつづけます。このひとつのウォークをけが人ゼロ、熱中症ゼロ、もちろん逮捕者ゼロで歩きぬきましょう。お願いしま~す。

2011年9月19日 (月)

これが音更川の堤防洗掘現場だ!

 「音更川の堤防洗掘の原因は何か?」で書いた、音更川の堤防洗掘現場を16日に見てきた。写真は上流側から撮影したものだ。

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 堤防は思っていたより大きく削られており、堤防上の舗装道路もすっぽりと無くなっていて、あと一歩で完全に決壊してしまうような状況だ。テトラポットでなんとかそれ以上の浸食を防いでいる。この日は糠平ダムの放流は止められていた。だから、洗掘されたときより水量は少ないだろう。

 洗掘現場の外側(農地のある側。正確には堤内側)にはブロックが積まれ、ブルーシートで覆われた仮の堤防が造られている。決壊の危機を前に雨の中を急ごしらえで造ったのだろう。

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 写真から分かるように、ここは川が蛇行しており、川の水が堤防にぶつかる格好になっている。しかし、高水敷にまで水が流れたかといえば、そうではない。下の写真のように、テトラポットの手前の高水敷の部分には青々と草が茂っており、水に浸かった形跡がない(右の裸地状の部分はテトラポットを入れる際に重機を入れたので草がないのだろう)。

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 こちらはやや上流なのだが、高水敷は一部が水に浸かっただけだ。水に浸かった部分が土嚢で囲まれているが、川岸のケショウヤナギは無事だ。ここでも堤防の下部まで水は達していないことが分かる。

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 ということは、洗掘時には水位はそれほど高くはなかったということだ。通常の雨なら水位が徐々に増えていくので、この程度の水位で堤防が洗掘されることは考えられない。水位がさほど高くはないのに洗掘されたということは、ダムからの放流水が鉄砲水となって一気に流れ下り、蛇行部の堤防に大きな水圧がかかったことによって洗掘されたとしか考えられない。つまり、急激に押し寄せた放流水で堤防の下部が洗掘されて削られ、そこからどんどん浸食が広がったのだろう。

 今回の台風12号では和歌山県でも大きな被害が出たが、熊野川水系にある電源開発のダムが、事前放流していなかったために空き容量がなく、台風時に放流したことが洪水被害を拡大させたのではないかという声がある。糠平ダムの放流と似たような構図だ。

 発電用のダムの場合、できるだけ貯水量を減らしたくないというのがダム管理者の本音なのだろう。しかし、台風シーズンの夏から秋にかけてはダム湖の満水と大雨が重なりやすいのだ。今回の音更川の事例も、熊野川の事例も、空き容量の確保、放流の量やタイミングなどの妥当性が問われる問題だ。

2011年9月17日 (土)

函岳の自然

 15日は道北の函岳に行ってきた。といっても、この山の頂上には北海道開発局旭川建設部道北レーダー雨雪量計局舎があり、山頂まで車で行ける。もちろん砂利道だが、道はよく整備されている。林道入口には加須美峠まで17km、函岳まで27kmとある。舗装道路なら27kmの道のりはたいしたことはないが、砂利道なのでかなり長い。

 麓から中腹にかけては針広混交林なのだが、雪が多いためか針葉樹は少ない。おそらく過去の伐採でさらに減ってしまったのだろう。広葉樹の中にトドマツやエゾマツが点々とあるだけで、林床は丈の高いチシマザサが生い茂っている。チシマザサの高さからも、積雪が非常に多いことが分かる。

 北海道の場合、低山帯は針広混交林で標高が上がるにつれて針葉樹が優先する森林となり、針葉樹林帯の上部にはダケカンバ帯があるのが一般的だ。しかし、このあたりは針葉樹林帯がないため、標高が増すに従い針広混交林からダケカンバ帯に移行していく。加須美峠に近づくと、ダケカンバが主体となり、風の強い斜面はハイマツやササとなっている。あまり風が強いとダケカンバは生育できないのだろう。函岳の頂上に近くなるとハイマツとササがモザイク状になっている。

 ダケカンバの樹形が面白い。下は加須美峠から函岳にかけて見られるダケカンバ林の写真だ。枝が素直に斜め上に伸びられず、のたうちまわるように曲がりくねっているし、枝が折れている木も多い。風が強いことと雪の重みによる枝折れなのだろう。こんな樹形のダケカンバはあまり見たことがない。

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 加須美峠から函岳まではなだらかな稜線上に道がつけられているのだが、風当たりの強い稜線では、ダケカンバは矮性化している。

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 山頂の駐車場には立派な小屋「函岳ヒュッテ」が建っていて、トイレもある。

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 こちらが道北レーダー雨雪量計局舎。

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 山頂はレーダーのすぐ裏手だ。晴れていると利尻富士が見えるらしいのだが、この日は生憎の曇り空で遠方の景色は望めなかった。標高1129mのなだらかな地形の山だが、ほとんどが安山岩溶岩と同質火砕岩からなる山なのだそうだ。つまり、ほぼ全体が溶岩でできている山だ。

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 ハイマツの下にはコケモモやエゾイソツツジ、ゴゼンタチバナなどが見られる。

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 山頂近くの道路脇には外来種のカラマツも・・・。野鳥などが種子を運んで芽生えたのだろうか。

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 函岳はライダーに人気の場所で、彼らの間では美深から函岳に向かう林道は「道北スーパー林道」とか「函岳レーダー道路」などと呼ばれているらしい。とくに、加須美峠から先は稜線に道がついており、とても眺めがいいのだ。この日はライダーは少なかったが、バスとすれ違ったのには驚いた。

 山の上の観測施設といえば、信州の乗鞍岳に建設されたコロナ観測所や霧ケ峰の車山気象レーダー観測所が頭に浮かぶ。どちらもその人工的な建造物が自然の景観を台無しにしているのは言うまでもない。山の上に大きな施設を造るためには道路を付けなければならないし、道路を通せば必ず自然破壊が生じる。乗鞍岳も車山も観測施設によってずいぶん傷つけられた。乗鞍岳に観光道路がつけられたのも、コロナ観測所への道があったからではなかろうか。あの観光道路で乗鞍岳の自然は大きく損なわれてしまったのだ。

 観測施設とはいえ、どこまでこのような施設が必要なのかと、複雑な思いに駆られてしまう。

2011年9月14日 (水)

クリス・バズビー氏による心臓病増加の警告

 クリス・バズビー氏が、福島の子どもたちに心臓病が増加するだろうとの警告を発している。

福島の子どもたちに心臓病増加の危機!セシウムが影響バズビー9/11

 放射能による病気といえば、甲状腺がんや白血病が知られているが、バスビー氏は以下のように、福島の子供たちに心臓病が増えることを警告している。

 私の同僚ユーリー・バンダジェフスキー、彼は“ベラルーシにおけるチェルノブイリのセシウム137の子供への影響の研究”で有名ですが、90年代後半に、体重1kg当りでわずか20-30ベクレルの放射線セシウム137に汚染された子供たちの心臓に、不整脈が起こっていることを発見しました。そして心臓発作を起こしてなくなっているのです。これは非常に深刻な問題です。問題なのは、癌や白血病だけでなく、心臓の病気です。通常より高い確率で発病しています。普通は、年を取った大人しかならない心臓病になるのです!

 バズビー氏によると、心臓病を引き起こすメカニズムはこうだ。5才の子供の心臓は約220gで、約85gの筋肉組織がある。子供の心臓には30億個の筋細胞が存在する。50ベクレル/kgのセシウム137を心臓組織に入れると、セシウム137により1%の細胞が死滅した。わずか1%であっても、心臓の筋肉としては25%が失われる。心臓とその筋肉は生涯にわたり毎日7000回もの鼓動をする。壊死した細胞は普通は置き換わるが、それは一年でたった1%でしかない。一定数の細胞が損傷すると短時間では置き換われない。

 だから、福島原発事故の影響を受けた地域の子どもたちは、心臓病に苦しむだろうとバスビー氏は予測している。そして、心電図の検査を勧め、子供たちの中の誰かに心臓の問題が出た場合は総ての子供たちが疎開すべきだと主張している。

 また、「福島のように放射能で汚染された地域では、癌の発生率は極端に伸びる事はないでしょうが、心臓病の大きな増加がみられるでしょう」とも言っている。ベラルーシではチェルノブイリの事故後に人口増加が極端に減少しており、このままいくとベラルーシの人口は無くなってしまうと言うのだ。被ばくによる影響は癌になる確率がやや上がる程度だと主張する人もいるようだが、そんな甘っちょろいことではない。

 インターネット上ではすでにさまざまな疾患などが報告されている。以下の院長さんのブログに気になる症例がまとめられている。もちろん放射能との因果関係は分からないが、可能性は否定できない。

気になる症例のまとめ(院長の独り言)

 ここにも書かれているように、若い方が原因不明で突然亡くなったり、心臓病で亡くなっている。鼻血や下痢、喉の痛みもチェルノブイリの事故の際に見られた症状だ。しかし、マスコミではこうした情報は皆無というくらい報道されない。おそらく、これからどんどん疾病が増加していくだろう。そして、日本政府はそのことをできるだけ隠そうとするに違いない。

 日本政府は、クリス・バズビー氏の勧める子どもたちの心電図検査などは恐らくしないだろう。この国の政府のやることは、子どもたちにガラスバッジを持たせて累計線量を測ることであり、避難させることではない。チェルノブイリの事故から何も学んでいない。否、学びたくないのだ。除染をすべて否定するつもりはないが、まずは子どもたちの避難のほうが先だろう。汚染の酷い地域の方は、バズビー氏の警告を真摯に受け止めてほしいと思う。

2011年9月13日 (火)

悪質出版商法のトラブル解決と告発に関する私見

 共同出版・自費出版の批判記事を書いている私のところには、ときどき自費出版を考えている方、あるいはトラブルになった方から相談のメールがある。いちばん多いのは、契約前の方からの相談だ。このような方の大半は説明を聞いて適切な判断をされるようだ。

 問題なのは、契約をしてから何だかおかしいと気づいた方たちだ。契約して間もない時期で編集作業などに入っていない場合は、全額返金での解約もそれほど難しいことではない。しかし、本づくりに取り掛かってしまった人や、すでに出版してしまった場合は、そう簡単にはいかない。解約はできても返金となると難しい。

 10年も前のことになるが、私は文芸社とトラブルになり協議の末、全額返金での解約に成功した経験があり、そのことはこのブログでも報じてきた。このために、出版社とトラブルになったら私と同じように全額返金で解約できると思いこんでしまう方もいるようだ。しかし、本づくりに取り掛かってからの全額返金での解約はそんなに簡単なことではない。

 私の場合は、契約時に見積もりの内訳をファックスで送ってもらっていた。そして「おかしい」と気づいたのは、組版に入る直前だった。見積もりでは約76万もの編集費を計上しているのに、編集者からは「完成度が高い」という理由で、ほとんど手直ししないという説明があった。それでびっくり仰天したのだ。さすがに「これはおかしい」と気づき、文芸社とのやりとりを電子メールに切り替えた。ファックスによる費用の内訳と電子メールでのやりとりという証拠がしっかりあったため、文芸社は全額返金による解約を提案せざるを得なかったのだと思っている。

 しかし、契約後にトラブルになる方の多くは、このような証拠がないと思われる。たとえば、面談などで作品を持ちあげて舞い上がらせ、さも売れるかのように期待させたとしても、その営業トークを録音している著者はほとんどいない。「巧みな営業トークによって錯誤した」「騙された」と主張したところで、証拠がなければ、争いになっても勝つのは難しい。

 また、本の制作に入ってしまった場合はそれに応じた経費がかかってしまっている。編集費、校正費、デザイン費、印刷・製本費・・・。だから制作が進んでしまったら、よほど出版社に非があることを証明できない限り、全額返金での解約は難しいのではないかと私は思う。

 私が以前から主張している水増し請求についても、著者は実際にかかった出版費用を知ることができないのだから、証明が極めて困難ということになる。しかし、交渉において突っ込んでみる価値はある。相手が答えられなくなれば、著者にとっては有利だ。

 また、本が売れるかどうかは、実際に売ってみないと誰にも分からない。褒められて高く評価されたから、「自分の本は絶対に売れる」「売れないのは出版社のせいだ」などと思いこんでしまうのは大間違いだ。確実に売れるという保障などどこにもない。冷静に考えれば誰にでも分かることだろう。ところが、人というのは褒めて持ちあげられると、冷静に物事を考えられなくなってしまうものなのだ。言葉巧みな勧誘でマインドコントロールされないよう気をつけなければならない。売れるかどうか賭けてみるのは自由だが、その結果は最終的には著者の責任だろう。

 アマチュアの自費出版本の大半は増刷されることもないまま終わる。著者は、売れなかった場合のリスクをしっかり考えて契約するかどうか判断しなければならない。販売せずに私家本として出版するという選択肢もあるのだ。あとで「売れなかった」「話しが違う」と出版社だけに責任をなすりつけることにはならないだろう。

 出版社を相手に裁判を起こして著者が勝てるかというと、そう簡単にはいかないだろうというのが現時点での私の考えだ。よほどの証拠を揃えていない限り、裁判で闘って全面的に勝利を収めるのは難しいし、出版社だってその点はよく分かっているからこそ、いつまでも悪質な商法を止めようとしないのだ。たとえ、出版社側に一方的に有利になっている契約書であっても、それ自体が違法ということにはならない。

 しかし、著者に泣き寝入りをしろというつもりも毛頭ない。「おかしい」と思った時点で電子メールなど証拠が残る形できっちりと交渉することで、全額返金は無理だとしても一部返金で解約できることもあるだろう。特に、まだ印刷に入っていないような場合は、それができる可能性は高い。消費者センターなどが交渉の仲介をしてくれる場合もある。メリットばかり強調され不利益なことについて一切説明がなかった、お金がないので断ったらクレジットを勧められて断れなかった、などという場合は、きっちりと交渉するほうがいい。交渉によって解約できることもあるし、クレジットの場合は支払い停止抗弁が効く場合もある。

 ただし、その場合は出版社からトラブルの経緯や解約の条件について口止めされると思ったほうがいい。こういうやり方は個人的には合点がいかないが、それが現実だ。

 もちろん、著者は調停や裁判に訴える権利がある。しかし、法的手段に訴える場合は気力も時間もお金も必要だ。出版社側はまず弁護士を代理人に立てるから、アマチュアの著者が本人訴訟で闘うのも難しい。だから、よほどしっかりした証拠がない限り、裁判は慎重になったほうがいいと思う。そのあたりは十分に検討して後悔のない方法を選んで欲しい。

 もう一つ、インターネットでの告発についても触れておきたい。

 悪質な出版社とトラブルになると、その事実をブログなどで告発したいと思うのは当然の心情だ。しかし、悪質な商法をやっている会社ほど、自社のインターネット上の評判には敏感になっているものだ。時として、ブログ記事を削除しろと著者に要求してさらなるトラブルに発展することもあり得る。

 どうしても告発したいという方は、まず「削除要請がくるかもしれない」という覚悟をもったうえで書いて欲しいと思う。そして、証拠に基づいて事実を書くということが肝要だ。もちろん、罵詈雑言は避けなければならないし、社員の実名なども出すべきではない。告発は、出版を考えている人に注意喚起したり悪質会社に警鐘を鳴らすためにもとても意味のあることだが、書かれた側も黙っていないというのが常だ。そのことを十分に認識してほしい。

 また、たとえ公共の利益を目的に事実を書いたとしても、書かれた側は「事実ではなく名誉毀損だ」と主張して削除要請してくることもありうる。だからこそ、証拠を示せることが大事なのだ。また、証拠があるからといって削除要請を受けないとは限らない。証拠があっても「法的手段をとる」などと言ってくることもありうるので、脅しと判断される場合は開き直るくらいの覚悟がほしい。

 ブログ運営会社に削除要請がなされた場合は、会社の対応も様々だ。勝手に削除してしまう会社もあれば、基本的に当事者同士に解決を委ねる方針の会社もある。告発者はそういうことも頭に入れ、圧力に強そうなブログ運営会社を選ぶということも考えておいたほうがよさそうだ。

 また、告発をすると、同じ出版社から本を出した著者などから非難されることもありうる。自分の本の版元の悪評など聞きたくないという気持ちもわからなくはない。自分も半ば騙されたなどとは誰も思いたくはないものだ。しかし私は、事実は事実として受け止める必要もあると思っている。知りたくないと耳を塞いでしまうことは、悪事をはびこらせ被害者を増やすことにも繋がる。告発者を非難するのはお門違いだろう。これは原発事故にも言えることだ。放射能汚染について情報収集をして実態を知ったうえで、自分で判断し行動するしか自分や家族を守る術はない。それなのに情報発信して注意喚起している人に食って掛かる人もいる。恥ずかしいことだ。

 トラブルを極力避けたい場合は、出版社名を伏せて匿名やペンネームで告発するという方法もあるだろう。出版社名がはっきり分からなくても、注意喚起にはなる。消費者庁などに報告するということも是非やってほしい。「塵も積もれば山となる」で、苦情が多ければ公の機関が何らかの対策に乗り出すこともあり得るからだ。

 ちなみに、文芸社の元社員である「クンちゃん」のブログもgooから削除要請を受けた。どうやら文芸社がgooに対して削除要請をしたらしい。以下参照。

gooさまに公開しつも~ん(と、素早い愚答)!

 gooの説明はまったく意味不明で支離滅裂だ。こんな回答しか出せないところをみると、gooは圧力をかけられているのではないかと思えてならない。

 なお、名誉毀損については「クンちゃん」の以下の記事がとても参考になる。

非緊急速報・文芸社、クンちゃんブログ削除をgooに要求!クンちゃん屈服の気配!?②

2011年9月10日 (土)

松山湿原に侵入したセイヨウオオマルハナバチ

 昨日は美深町の松山湿原に行ってきた。松山湿原は、日本最北の高層湿原だ。以前から行ってみたいと思っていたところなのだが、なかなか実現できないでいたのだ。

 道道から湿原に向かう道は砂利道の林道だとばかり思っていたのだが、登山口の駐車場まで舗装されているのにまず驚いた。ここにはトイレも整備されている。入口の看板には「秘境」と書かれていたが、これだけ整備されていて「秘境」というのはなんだか笑える。そもそも本当の秘境には「秘境」などという看板は立っていないだろう。

 駐車場から松山湿原まではずっと登りだ。登山口に入ってすぐのところに、小さな風穴があった。こんなところで風穴に出会うとは思っていなかったので、ちょっと意外だった。9月だというのに、まだ岩の穴からは冷風が吹き出している。

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 ウッドチップの敷かれた登山道の脇には、9月だというのにエゾアジサイが涼しげな水色の花をつけている。もうじき紅葉の季節だというのに・・・。エゾアジサイの多い登山道だ。

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 咲き残りのエゾアジサイと、花盛りのエゾトリカブト、そして赤く色づいたオオカメノキの実。・・・。ちょっと不思議な取り合わせだ。北海道の夏は駆け足で通り抜け、野の花たちも短い夏を惜しむように花を咲かせて実をつける。

 30分ほど登山道を登って台地に出ると、荒涼とした湿原が目に飛び込んでくる。最近はこのような場所には必ずといっていいほど立派な看板が立っているのだが、ここにももちろんその手の看板がある。しかも、ハンマーつきの大きな鐘まであるのだから首をかしげてしまう。私はどうしてもこういう看板が好きになれない。せっかくの景色が台無しだ。

 さすがに9月の湿原は緑も色あせ、いくぶん褐色に色づきはじめていた。その秋色の草原にホロムイリンドウが点々と紫の色を添えている。

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 湿原の木道を歩いていると台地を吹き抜ける風で汗も引いて気持ちがいい。しかし、木道を半周するころから寒くなってくる。ここはかなり風が強いらしい。湿原の矮生化したアカエゾマツの樹形がそれをよく物語っている。

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 湿原には一周1キロほどの木道が整備されている。湿原は思っていたよりも広いのだが、大雪山の沼の原のように池塘がたくさんある高層湿原ではない。池塘は「えぞ松沼」「つつじ沼」「はい松沼」と名付けられた三つの沼があるだけで、あとはアカエゾマツが点在する平坦な湿原だ。池塘が少ないのは、乾燥化が進んでいるのかもしれない。下の写真は「えぞ松沼」。

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 木道を一周し終える少し手前で、ホロムイリンドウの蜜を吸う一匹のマルハナバチが目に止まった。腹部の先が真っ白な毛で覆われている。外来種のセイヨウオオマルハナバチだ。この湿原にもっとも近い街は美深町だが、距離的にはかなり離れていてここは人里離れた山の中だ。こんなところにまですでにセイヨウオオマルハナバチが侵入してしまっていることに、ちょっと愕然とした。

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 セイヨウオオマルハナバチは大雪山国立公園の高山帯にも入り込んでしまった。いちど野生化してしまうと、いくら駆除しても数を少し減らすだけで、根絶させることはほぼ不可能だ。在来種との共生関係を保ってきた高山帯などでセイヨウオオマルハナバチがどんどん勢力を増すことになれば、在来種を駆逐したり植物の受粉に悪影響をもたらしかねない。

 そもそもセイヨウオオマルハナバチは、ハウス栽培のトマトの受粉を効率的に行えるという理由で導入された。ハウスからハチが逃げ出して野生化することは当然予測されたのだが、適切な対策がとられないまま北海道のほぼ全域に分布を広げてしまった。人間の安易な行動が、もの言わぬ小さな生き物たちに大きな脅威をもたらしていることを思うと、人間とはなんと自分勝手な生き物なのかと思わずにいられない。

2011年9月 8日 (木)

音更川の堤防洗掘の原因は何か?

 十勝地方は9月に入ってから雨続きだった。音更町では音更川の堤防が決壊する恐れがあるとして、7日午前に30世帯87人に避難指示が出された。7日付の北海道新聞夕刊(十勝版)の一面トップに大きく堤防がえぐられた写真(7日午前11時55分撮影)が掲載されている。

 この写真では確かに堤防が大きく削られているが、水位はそれほど高くはない。越流して洗掘されたわけではないのだ。なぜこの程度の水位で堤防が洗掘されたのか気になった。

 今日の北海道新聞朝刊社会面に、今回の大雨被害のことが大きく報じられていた。「音更川 天候回復後も増水 上流の雨で『時間差』」というタイトルの記事だ。

 この「時間差」について新聞では以下のように説明している。

 音更川で堤防決壊の危険性が高まったのは、大雨がピークを越えた7日朝。帯広測候所によると、上流のぬかびら源泉郷(十勝管内上士幌町)で観測した1日から7日午前3時までの降水量は433ミリで、9月の月間平均降水量の倍以上。これらが7日朝も川に流れ増水につながった。
 今回決壊の恐れが高まったのは、音更町東音更幹西1線50付近。周辺は音更川が蛇行し、両岸にほぼ垂直に堤防が立っている。増水で早まった流れがカーブした部分にあたり続け、7日午前8時ごろ、長さ約120メートルにわたって堤防が削られているのが見つかった。
 ただ、この時点の現場の水位は、帯広開建が定める「危険水位」まで約1メートルの余裕があった。堤防の一部崩壊を受け音更町は急きょ、7日午前9時から同11時ごろにかけ、避難勧告は指示を出した。開建は「今後、堤防が削られた仕組みを詳しく分析したい」とし、危険水位まで余裕があったのに堤防が削られた経緯を調べる方針。
 このほか、堤防が崩れた現場の上流約30キロには糠平ダムがある。管理者の電源開発上士幌電力所は7日午前9時半から約9時間、帯広開建の要請を受け毎秒172トンだった放水量を同80トンに絞った。

 この記事で分かるように、堤防が洗掘されたところでは危険水位まで余裕があったのだ。それなのになぜ決壊寸前まで洗掘されてしまったのだろうか? 実は、この記事の最後に「おまけ」のように書かれている糠平ダムの放流こそ、今回の堤防洗掘と大きく関係していると考えられるのだ。

 今回、音更川の流域で大雨が降ったのは上流部の糠平地区だ。ここには発電用の糠平ダムがある。このダムから取水した水はすぐ下流の黒石平で発電に利用されるのだが、実はその水は音更川には戻されない。黒石平で元小屋ダムに貯められ、送水管によって芽登の二つの発電所に送られる。そのあとさらに足寄と仙美里で発電に利用され、利別川に流れ込むのだ。つまり、糠平から上流の音更川の水は、利別川という別の水系に流されてしまう。

 下の写真は今日の午前に撮影した糠平湖。

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 私は5日の夕方に糠平ダムの手前にかかる糠平大橋を通ったのだが、その時にはダムから放流は行われていなかった。雨が激しくなったのは5日の夕方からだ。そして翌6日未明には放流が行われたようだ。放流されるまでは、糠平湖の水は音更川には入っておらず、利別川に行ってしまう。音更川の水が大きく増水したのは放流後ということになる。

 新聞記事によれば、「管理者の電源開発上士幌電力所は7日午前9時半から約9時間、帯広開建の要請を受け毎秒172トンだった放水量を同80トンに絞った」としている。

 下の写真は今日の午前中に撮影した糠平ダムだ。三つある放水口のうち、一つは閉めている。

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 下の写真はダムの少し下流だ。ここは、普段なら川幅の広いところでは長靴で渡れる程度の水しかない。それが濁流となっている。2009年の放流ではびくともしなかった河道に茂っていたヤナギなどがみごとに流され、景観も変わってしまった。毎秒172トンもの水を流していたときには、濁流の規模はこんなものではなかったはずだ。

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 ところで、国土交通省の【川の防災情報】というサイトで調べると、下流にある上士幌橋の水位は6日の午前10時以降は「欠測」となって数値が出ていない。これは何を意味するのだろうか? 毎秒172トンという大量の放流によって水位計が壊れたのではないだろうか?

 上士幌での水位の欠測、そして蛇行部での洗掘。この二つのことから、ダムからの大量放流によって下流部で急激に水量が増し、蛇行部に大きな力が加わったのではないかと推測できる。だから、それほど水位が高くなくても堤防が洗掘されたのであり、一気に決壊はしなかったのだろう。

 とすると、今回の堤防洗掘はダムの放流の仕方に問題があったと言わざるを得ない。大雨を予測して、もっと早くから少しずつ放流をしていれば、おそらくこのような事態は防げたのではないかと思う。糠平ダムは治水用のダムではないから、夏の間に水位を下げて大雨に備えるということはしていない。だからこそ、大雨が降ったときの放流の操作は慎重に行わなければならない。放流によって一気に増水するというのはダムの弊害だ。

 このような被害が生じると、「ゲリラ豪雨だ」「水害だ」といって堤防の改修工事が始まるのが常だ。そして時として過剰な河川整備が行われてしまう。今回の事例は大雨というよりダムの管理の問題といえるだろう。ならば過剰な整備がなされるのは問題だ。

 北海道新聞が放流のことを曖昧にした書き方をしているのも不可解だ。河川管理者はしっかりと検証してもらいたい。

2011年9月 7日 (水)

大江健三郎氏を批判する池田信夫氏の不見識

 大江健三郎さん、落合恵子さん、鎌田慧さん、そして宇都宮健児日弁連会長が昨日記者会見をし、「経済合理性や生産性ばかりにとらわれない理念を掲げる勇気と見識を求める」との声明を発表したというニュースが流れた。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110907ddm012040006000c.html(毎日新聞)

 以下はその声明。

                **********

                      声明

わたしたちは、福島第一原発事故を受けて、原発社会からの脱却を願い、9月19日の「さようなら原発5万人集会」と「1000万人署名運動」をよびかけている者です。

このたび国会で選出された野田新首相とその内閣は、経済を重視する姿勢を示しています。経済生活の立て直しは、たしかに緊急の課題ですが、そのために原発の再稼働が必要であるという見解が示されていることに、わたしたちは非常に危惧を覚えます。はたして、経済活動は生命の危機より優先されるべきものなのでしょうか。

このたびの原発事故は、いったん深刻な事故が起きれば、土も空も海もすべてが汚染され、人間の生活と記憶の場を破壊する恐怖を示したばかりです。しかも、現在も続く放射能汚染が、今後長期間にわたってどのような影響を与えるのかという不安が拡がっています。

広島と長崎の記憶が深く刻み込まれたはずのこの国で、再び核がその猛威をふるうことになったことをわたしたちは深く悔やみ、ふたたびこのようなことを繰り返すまいという決意を新たにしています。経済優先をいいながら、次の原発事故が起これば、経済活動の基盤である人間の生活や自然まで破壊されてしまいます。そのような巨大なリスクを負ってまで、経済を成長させ続けなければいけない理由がどこにあるでしょうか。

この危機の時にあって、わたしたちは政治に、経済的合理性や生産性ばかりにとらわれない理念を掲げる勇気と見識をもとめます。わたしたちは野田新政権に、核の恐怖からわたしたちのいのちや国土、人類の公共財産である自然を守るという理念を明確に示し、具体化するために、下記のことを要請します。

一、停止している原発は、再稼働させない。

一、老朽化したり、危険性が指摘されている原発からすみやかに廃炉にする。

一、もっとも危険なプルトニウムを使用する高速増殖炉「もんじゅ」と、核燃料再処理工場は、運転準備を停止し廃棄する。

一、省エネルギーと持続可能な自然エネルギーを中心に据えた、新エネルギー政策への転換を早急に開始する。

2011年9月6日

                9.19集会、1000万人署名呼びかけ人

                         記者会見出席者 
                         大江 健三郎
                         落合 恵子
                         鎌田 慧
                         宇都宮 健児(賛同人)

                **********

 来る9月11日は福島第一原発の事故から半年目にあたる。そして11日から19日は「9月脱原発アクションウィーク」ということで、全国で脱原発のアクションが予定されている。大江さんらが呼びかけ人となっている「さようなら原発1000万人アクション」のサイトを参照していただきたい。

9月脱原発アクションウィーク 

 文化人がこのように率先して脱原発の行動を起こすことに、敬意を表したい。インターネット環境にない人たちは福島の原発事故の真実を知らされていない。否、インターネット環境にあっても、積極的に情報収集しない限り必要な情報を得られないのだ。著名人こそ、黙っているべきではない。

 ところで、この記者会見のネット記事を探すために検索をかけたところ、驚くべき記事を発見した。池田信夫氏による以下の記事だ。

さよなら大江健三郎 

 池田信夫氏のブログはもうだいぶ前から見るのを止めていた。罵詈雑言は多いし、内容的にも読むに堪えない記事が多々あるからだ。この記事もご多分にもれず酷かった。というより、呆れ果てた。

 池田氏は『「経済活動より生命を優先」するなら、大江氏はなぜ自動車の禁止を主張しないのだろうか。福島事故で放射能で死んだ人は1人もいないが、自動車は確実に毎年5000人を殺す。ノーベル賞の権威と「経済的合理性や生産性ばかりにとらわれない理念」をもって、自動車の全面禁止に立ち上がってほしいものだ。』というが、よくこんなことを軽々しく言えるものだ。

 福島事故で放射能で死んだ人は本当に一人もいないのか? 因果関係が疑われる事例はいろいろあるのではないか? そして今後、おそらく何万人、否、それをはるかに超える人たちが癌をはじめとする疾病にかかり命を落とすだろう。原因や危険性がまったく異なる自動車事故を持ちだして批判するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 池田氏には、人は地球という生態系の中で生かされている生物であるという意識がないのだろう。生物の生存基盤である環境を汚染し破壊してしまったら、経済成長もなにもない。人間の生みだした放射能汚染に人類は適応できないのだ。世界中が汚染され、多くの人が病気で働けなくなったり亡くなることより、経済成長の方が大事だというのか? 偉そうなことを言っているが、そういう基本的なことが理解できていない。

 福島の原発事故は人類史上最悪ともいえる莫大な被害をもたらしており、それは今も続いている。その損害は計り知れない。今ある原発は必ず廃炉にしなければならない時がくるし、その費用も馬鹿にならない。しかも、原発を続けるというなら溜まり続ける核廃棄物をどうするつもりなのか? 私たちはとんでもなく恐ろしい負の遺産である核廃棄物を抱えている。私たちの世代は、子孫に人間がコントロールできない恐るべき負の遺産を押し付けているのだ。だからこそ大江氏らは脱原発を唱えている。子孫をこれ以上危険にさらさず、負の遺産をこれ以上押し付けないために。

 ところが池田氏は、『彼が呼びかけ人になっている「さようなら原発1000万人アクション」というサイトの平均年齢は異常に高い。先の短い彼らにとっては、もう経済活動なんてどうでもいいのだろう。彼らは合理的に行動しているのだ。』と言って大江氏を批判しているのだ。池田氏の頭の中は経済活動のことしかないらしい。

 この呆れる記事を読んだついでに久々に池田信夫氏のブログを覗いてみたが、原発関連の記事はもう開いた口が塞がらない。こういう人のブログが人気あるということ自体が恐ろしい。池田信夫氏はあちこちから批判されているが、あれだけいい加減なことを吹聴しているのだから、しごく当然の成り行きだ。

2011年9月 6日 (火)

福一から20キロ圏内の被ばく遺体に関するコメント

 「福一から20キロ圏内の被ばく遺体は何を意味するのか?」という記事(チャンネル北国tvのブログ記事)のコメント欄に数人の方から投稿があった。9月5日に、9月4日18:28に投稿された「チロル」さんから、以下のコメントをメールでいただいた。入力禁止の語句が含まれているというメッセージが出て投稿できないとのことだったので、そのメッセージをここで紹介したい。

*****

松田さん
クンちゃんさん

まず、この議論の基となった共同通信の記事(http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011033101000278.html)をよく読んでいただきたいです。

読めば分かるとおり、「大熊町内に数百~千体の遺体が残されているようだ。」とは、ひと言も書かれていません。「福島第一原発から20km圏内に数百~千体の遺体があるようだ」と報じています。
そして、その20km圏内の中に町の一部が含まれている大熊町内において発見された遺体から高い放射線量を測定した。~高い放射線量を測定したというニュースですので、松田さんが当初から主張しておられる「大熊町は津波による大きな被害は受けていそうにない。地震そのものによって数百人から千人もの方が亡くなるということも考えられない。となると 急性放射能障害で亡くなった可能性も…」という旨の意見は、そもそものスタート地点から この記事を読み違えているように思われますので、説得力を大きく欠いてしまっています。

また、
>仙台の若林区で200人から300人の遺体が見つかったという記事は、3月12日に配信されています。それなのに、なぜ大熊町での遺体発見の報道は3月下旬なのか?
↑松田さんのこの疑問に関しても、私は素直に受け取る事ができません。
仙台の若林区で見つかった200~300人というのは、荒浜という一町内の海岸で一度に見つかったご遺体の数です。
特定の町内に打ち上げられた遺体の総数を地上で数えるのと、半径20kmという広い範囲に点在する遺体を上空の自衛隊のヘリからひとつひとつ数えるのと、どちらがより時間がかかるかは、 容易に想像が付くはずです。
今回の原発事故による政府の一連の対応のせいで、公的機関は信用できない。という心理が 私の心の奥底でも働いていますので、諸々の情報をハナから疑ってかかる気持ちは十分に解ります。
しかし、見つかった遺体の数は似ていたとしても、その結果を報告するに至るまでの状況は、各被災地によってまちまちなのです。そのことを考慮する必要があります。

松田さんも クンちゃんさんも
>なぜ、続報がないのか
>その遺体はその後どうなったのか?
とおっしゃっていますが、福島第一原発の周囲 半径20km圏内および大熊町での遺体収容についての続報は、私の場合は4月と5月にNHKの報道で耳にする機会がありましたし、検索すれば幾つかの報道にも行き当たりますので、どうぞご自身で情報を集めてみてください。
以下に私が見つけた続報を数点貼っておきます。

10キロ圏内で本格的な捜索 10遺体発見(2011年4月15日 日テレNEWS24 )
http://www.news24.jp/articles/2011/04/15/07180968.html 

東日本大震災 大熊町を初捜索、2人の遺体収容 福島(2011年5月1日 産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110501/fks11050101470000-n1.htm 

5月18日(水)現在の安否情報登録人数 及びコールセンターの終了について(2011年05月18日・25日 大熊町役場 臨時サイト)
http://www.town.okuma.fukushima.jp/anpi.html#20110525 

捜索を阻む原発事故「妻と娘はどこに」もどかしさ募らせる大熊町の木村紀夫さん(2011年5月25日 産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110525/dst11052521500027-n1.htm 

[PDF] 継続する行方不明者の捜索活動(2011年8月 警察庁)
http://www.npa.go.jp/archive/keibi/biki/katudou/110811_sousakukatudou.pdf 

以上、長々と失礼致しました。

*****

 ここまでが、チロルさんのメッセージで、以下は私の補足だ。

 チロルさんがおっしゃる通り、数百から千体の遺体というのは大熊町だけのことではなく、福島第一原発から20キロ圏内の地域のことを指している。では、その地域で報告されている死者数はどうなっているのか? 以下のサイトに8月14日現在の福島県災害対策本部による市町村別の死者数が出ている。現在はこの数はさらに増えていると思う。

http://www.isobesatoshi.com/data/sisya-eastjapan.html 

 20キロ圏内に入っており、海岸部をもつ市町村の死者数は南相馬市633人、楢原町11人、富岡町19人、大熊町74人、双葉町29人、浪江町142人で、合計908人になる。ただし、南相馬市と楢原町の場合は20キロ圏内に含まれるのは一部の地域だ。つまり、20キロ圏内での死者数が数百人であり、その方たちの多くが津波によって亡くなった可能性が高いことは否定できない。

 しかし、一方で津波とは関係のない死者の数がどの程度なのかは、これらの情報からはまったく分からない。共同通信の記事にある被ばく遺体については、きわめて高濃度に汚染された場所のものと考えられ、しかも病死とされている。

 それは、「院長さん」の以下のツイッターでの発言から裏付けられる。

http://twitter.com/#!/onodekita/status/110614191668334592
大熊町の死亡症例の場所 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1072/20110520_01.htm によると原発の南5-6km。 http://onodekita.sblo.jp/article/46986461.html の地図(9)続く

http://twitter.com/#!/onodekita/status/110614429300817921
5/25に5778万Bq/m2という考えられない汚染が発見されたところだと思われる。事故当日のヨウ素を考えると考えられない被曝だと思われる。

http://twitter.com/#!/onodekita/status/110624316097441792
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1072/20110520_01.htm 5日後の4月1日、機動隊員や検視官、放射線計測班らが再び大熊町の現場に入った。外気から遮断して安置していたため、遺体の放射線量は下がり、除染の必要はなくなっていた。南相馬市に搬送。外傷はなく、病死と診断された。相当短半減期核種被爆の証拠

 津波や地震以外の理由で亡くなった方がどのくらいいるのか? 大熊町で発見された被ばく遺体の死因は解剖などで特定されなかったのか? このような方は他にはいなかったのか? この方の被ばくは死因と関係がないと言えるのか? という疑問はいまだに残るのだ。

【9月8日追記】 

「院長さん」がこの問題に関して以下の記事を掲載した。大熊町の被ばく遺体が発見された場所と、その区域の放射線量を提示し、「10時間で1Sv/hr 24時間で 2.4Sv/hr 致死量が 7Sv-10Svと言われています。3日ほどで到達したとしても、不思議はありません。」とコメントをしている。

福島原発事故後の不審な病死(80万アクセス) 

 また、「チロル」さんが紹介している以下の警察庁のサイトによると、8月現在で福島県の20キロ圏内の遺体収容数は、10キロ圏内186体、10~20キロ圏内170体で、合計356体だ。

http://www.npa.go.jp/archive/keibi/biki/katudou/110811_sousakukatudou.pdf 

 警察は津波被害のあった沿岸部を中心に捜索しているとのことなので、これらの多くは津波による死者の可能性が高い。共同通信の「数百~千体」という記述から確認された遺体の数は千に近いというイメージがあるが、収容された遺体数はそれとは程遠い。この差は何なのか? 津波被害がない場所の死者数はどうなっているのだろうか?

 私は、共同通信の記者は、大熊町の遺体が津波の被害がない場所にあったことを知っていた可能性が高いと考えている。大熊町の被ばく遺体がどこにあったのか、そして数百~千の遺体がどこにあったのか何ら言及していないことから考えると、やはり重要なことが隠されているという疑惑を持たざるを得ない。

 私が共同通信の記事を読んで疑問に思ったのはまさにこうしたことなのだが、チロルさんのコメントは揚げ足取りをして話しを逸らせているように感じられるのだ。

2011年9月 4日 (日)

市民科学者への期待

 週刊金曜日の9月2日号では、原子力問題、公害問題、労働問題など権力者と対峙して果敢に闘った市民科学者の特集が掲載されている。武谷三男氏、高木仁三郎氏、小出裕章氏、今中哲二氏、宇井純氏、星野芳郎氏・・・。

 とりわけ山口幸夫氏による「“市民科学者”という生き方」という記事の、武谷三男さんと高木仁三郎さんの「時計とかな槌論争」という逸話が目を引いた。その部分を以下に引用したい。

 原子力資料情報室が創設されて(一九七五年)間もなくのころ、資料室というのはどういうものかについて意見がかわされた。大勢は、専門家が資料を持ちより共通に閲覧し意見交換をする場、いわばサロン的な場として、それ以上は頑張りすぎない、というものだった。しかし高木さんは、政府・電力会社の計画や安全性を独立の立場から解析・批判していくべきであり、研究者自身が自分たちの運動として資料室を運営してゆくべきではないか、と主張した。創設時の資料室の代表だった武谷さんは、これをたしなめる。「科学者には科学者の役割があり、住民運動には運動の果たすべき役割がある。君、時計をかな槌代わりにしたら壊れるだけで、時計にもかな槌にもなりはしないよ」というものだった。
 高木さんは、「資料室はともかく、私個人はそういう役割人間であることを拒否したいと思います。少なくともかな槌の心を併せもった時計を目指したいのです。時計はダメでもせめて、釘の役割でもよいのです。と応える。ずいぶんと威勢の言いもの言いだが、高木さんとしては、一生をかける覚悟はすでにできていたことであり、真っ正直にそれを口にしたわけである。武谷さんはこれを了として、その後の高木さんを見守り高く評価したのであった。八六年から九八年まで資料室の代表をつとめた高木さんは、精密な時計であると同時にかな槌であろうとして精魂を傾けた。稀有な人である。

 この高木さんの言葉に、私は深く共鳴するのだ。

 私は学生時代(正確には高校生のころ)から自然保護運動に関わるようになった。というのも昆虫や野鳥が好きだったということが基本にある。野鳥観察をしたりバードウオッチング(あの当時はこんな言葉もなかった)の趣味を持つ人の多くは、身の回りにあった雑木林などが宅地開発などでどんどんなくなっていったり、水鳥の楽園である干潟が端から埋めたれられていくことに対して深く悲しみ、ときに怒りを抱き、なんとかその破壊を食い止めたいと思うものだ。そうした人たちの中に、自然保護団体のメンバーとして何らかの反対運動に関わる人がいるのも当然のことだった。

 自然保護運動を進めていくにあたり、やはりどうしても主張しなければならないのが破壊予定地に生息・生育している動植物のことだ。今でいう「生物多様性の保護」だが、当時はそんな言葉はなかった。動植物の保護の必要性を科学的に主張するために、反対運動に研究者が加わってもらうほど心強いことはない。しかし、そういったことに首を突っ込んでくる研究者はごく一部の人しかいない。研究者とて、自然が破壊され、自分たちの研究対象がことを歓迎しているわけがない。むしろ、彼らだって保護を望んでいる。しかし、多くの研究者は市民運動に対して腰が重い。

 「自分の研究に集中したい」、「余計なことに時間を使いたくない」、「圧力がかかる」・・・さしずめそんな理由なのだろう。その気持ちは分からないではない。しかし自分の研究対象を守ろうとしないで、なにが研究者なのだろうか?それでも科学者といえるのか?と、少々生意気ではあるが、私は少なからずそのような姿勢を取り続ける研究者には失望していた。自然保護に全力を傾けて欲しいなどとは言わない。しかし科学者だというのならせめて、もっと自然を守る活動に協力的であっていいのではないか。真理の探究だけしていれば満足なのか、それで科学者としての誇りたりうるのか・・・。

 武谷三男さんと高木仁三郎さんの「時計とかな槌論争」を読んで、あの頃の思いが蘇ってきた。

 私が学生の頃は、動植物の研究に身をおく人はそれほど多くはなかったと思うが、今は相当な数がいるだろう。しかし、科学者の現状はそれほど変わったとは思えない。今も昔も、市民運動に積極的に関わっていくような市民科学者は多くはない。私利私欲があれば、たぶん市民科学者にはなれない。

 ところで、近年はいわゆる学術学会においても「自然保護委員会」が設置されているところが多く、以前にくらべたら研究者の間でも自然保護に関心が高まっているのも事実だろう。レッドリストの選定などのために「自然保護委員会」が設置された場合も少なくないと思うが、学会として声を挙げざるを得ないほど、自然破壊が深刻になってしまったことも事実だろう。学会として、あるいは自然保護委員会として意見書や要望書を出している学会も少なくない。それは歓迎すべきことだ。しかし、また一方でいわゆる御用学者といわれる人たちがこうした動きをけん制することもあると聞く。なんとも情けないことだ。

 研究者の中には積極的に市民運動に関わる者がいる一方で、逆に権力者に媚びる者もいる。まるで研究者同士の対決である。その典型が原子力関係の研究者なのかもしれない。お金と引き換えに権力者に協力する研究者と、私利私欲などを持たずに圧力も覚悟で真理に基づいて発言する市民科学者。どちらが尊敬に値するかは言うまでもない。

 原発事故で市民科学者の対極にある御用学者のみっともない姿がさらされた。科学者としてこれほど恥ずかしいことはないだろう。高木仁三郎さんの言葉を胸に刻み、市民科学者の道を歩む研究者が増えてほしいと願わずにはいられない。

2011年9月 2日 (金)

福島原発事故では大熊町の汚染が最も深刻だった

 以下の毎日新聞によると、文科省がつくった福島第一原発の事故による土壌汚染マップが公表され、最も汚染がひどかったのは大熊町であるという。

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110830k0000m040082000c.html 

 以下、一部を引用する。

文部科学省は29日、東京電力福島第1原発から放出されたセシウム137(半減期約30年)の蓄積分布を、原発からおおむね半径100キロ圏内で示した「土壌濃度マップ」を初めて作った。最も高かったのは、原発がある福島県大熊町で土壌1平方メートル当たり1545万ベクレル。南相馬市と富岡、大熊、双葉、浪江の各町、飯舘村の6市町村34地点で、チェルノブイリ原発事故(86年)の際に居住が禁止された同148万ベクレルを上回った。
 調査は6~7月、文科省と大学など94機関3企業が共同で約2200区画(1区画は2キロ四方)を調べた。1区画内の草も含め任意の場所で集めた5サンプルを混ぜて測定した。

 これまでの報道では飯館村など北西方面の汚染がひどいという印象があったが、実際には原発のすぐ南側の大熊町が大変な汚染をしているのだ。

 昨日の記事「福一から20キロ圏内の被曝遺体は何を意味するのか?」で20キロ圏内に数百から千体ほどの遺体があり、大熊町では高濃度に被曝した遺体があったということを書いたのだが、これらの方たちが被曝による急性障害で亡くなっていたのかもしれない、という疑惑はさらに色濃くなったように感じる。もしそうなら、大変なことではないか。

 ところで、上記の毎日新聞の記事ではチェルノブイリの原発事故の際の基準が比較のために用いられており、「居住が禁止された同148万ベクレル」という数値と比較している。これには少し説明がいる。

 以下の放射能防御プロジェクトが行った首都圏土壌調査の結果を見ていただきたい。ここにチェルノブイリでの区分が説明されている。

http://doc.radiationdefense.jp/dojyou1.pdf 

 これによると、チェルノブイリでの区分は以下のようになっている。これは1平方メートル当たりの値だ。

148万Bq~ 強制避難区域 直ちに強制避難、立ち入り禁止
55万5千Bq~ 一時移住区域 義務的移住区域
18万5千Bq~ 希望移住区域 移住の権利が認められる
3万7千Bq~ 放射線管理区域 不必要な被曝を防止するために設けられる区域

 これから分かるように、移住を義務付けているのは55万5千ベクレル以上の地域だ。毎日新聞が居住禁止の基準として出した148万ベクレルというのは「直ちに強制避難」という区分に当たる。この数値だけを「居住が禁止された地域」として持ちだすのは不適切だろう。意図的に汚染を低く見せているかのようだ。これについては以下のサイトに詳しいので参照していただきたい。

土壌汚染とチェルノブイリ移住基準:148万ベクレルと55万5千ベクレルどっちがほんと?(福島原発事故メディア・ウオッチ)

 そして問題なのは、福島の場合、チェルノブイリの義務的移住区域を超える汚染地域が警戒区域や計画的避難地域以外にも広がっており、そこに事故から半年近くもたつ今でも人が住んでいるということだ。

 行政はそれらの地域の人々を移住させることより、除染することを考えているようだが、これほどの汚染であれば除染などで解決できることとは到底思えない。強制的とは言わなくても基本的に移住をさせるべきだろう。少なくとも子どもや若者、妊婦などが暮らせるような状況ではない。

 日本政府の対応はチェルノブイリの時よりはるかに人命軽視だし、あの悲惨な事故を教訓に被害者を減らそうという姿勢がまったく見られない。心底、情けなく恥ずかしい国だと思う。

 そして、これほどまでの汚染が今ごろ発表されるというのはあまりにも遅い。データを知りながらずっと公表せず、住民たちを被ばくさせ続けたのだ。犯罪的行為ではないか。

2011年9月 1日 (木)

福一から20キロ圏の被曝遺体は何を意味するのか?

 福島第一原発から約20キロの圏内に東日本大震災で亡くなった人の遺体が数百から千体あると推定されているというニュースがあった。詳しくは以下の大沼安史さんの記事をご覧いただきたい。

20キロ圏に「数百から千の被曝遺体」

 この記事では遺体の見つかっている場所が詳しくは分からないが、大熊町で見つかった遺体が10万cpmまで計れる線量計の針が振り切れたというのだから、相当な被曝量だ。

 そこでグーグル・アースで福一から大熊町のあたりを見てみたのだが、このあたりでは海岸近くの住宅も健在で、津波による大きな被害は受けていそうにない。ちなみに、津波で大きな被害を受けたところは、グーグル・アースの画像ではっきりと分かる。

 もちろん地震そのものによって数百人から千人もの方が亡くなるということは考えられない。ならば、この方たちの死因はあまりにも不可解ではないか。

 原発事故のことを知らずに屋外にいた人たちが大量の放射能を浴びたことも否定できない。大沼さんも指摘しているが、急性障害で被曝死した可能性はないのだろうか。遺体の放射線量が高すぎて収容も困難というが、それを理由に死因の究明を闇に葬ることになる可能性もある。そもそもこれらの遺体はすでにそうとう傷んでいるに違いない。

 津波被害のないところになぜこれほどの遺体があり、なぜそれが今まで放置されていたのか? そしてなぜ今頃になって報道されるのだろうか? 不可解なことばかりだ。

【9月4日追記】
この記事は大沼安史さんの9月1日の記事を元に書いたのですが、大沼さんが紹介している共同通信の記事は3月31日のものでした。それをきちんと確認しないままつい最近のニュースだと思って書いてしまいました。お詫びして訂正します。したがって整合性のとれていない部分に取り消し線を入れました。

【関連記事】
福一から20キロ圏内の被ばく遺体に関するコメント

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