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2011年3月12日 (土)

生きている地球を実感した大地震

 信じられないような大地震が起きた。私のところは揺れは小さかったが、かなり長い間揺れていたので「もしや大地震では・・・」と日ごろほとんど見ないテレビのスイッチを入れ、その地震の大きさと津波の凄まじさに驚いた。これは数百年に一度という規模の地震ではなかろうか。

 押し寄せる山のような津波に、あっけなく飲み込まれていく田畑や民家の映像に息をのんだ。自動車も家も、まるで大海に浮かぶ木の葉のようだ。津波の引いたあとは、住宅の基礎しか残っていないところもある。大変な惨状だ。

 津波が引いたあとも水が溜まって池のようになっているところは、地盤が沈下したのだろう。地震のエネルギーは想像を絶するほど凄まじい。大地震という自然の力の前では、長年にわたって築き上げてきた人間の社会のなんと無力なことか。

 建物や道路の崩壊、停電などライフラインの寸断、ガスタンク、石油コンビナートの火災などなど、被害は計り知れない。多くの犠牲者が出てしまったようだが、迅速な救援活動で一人でも多くの人を救ってほしいと思う。

 そして、今回の地震で懸念されていた原子力発電所の事故が起こってしまった。詳細がなかなか報道されないのだが、放射能漏れが発生しているようだ。そもそもプレートの境界があり地震が絶えない日本列島で原発を稼働すること自体が大問題なのだ。東北地方は大昔から大地震が繰り返されてきた。遅かれ早かれこういう事態は起こっただろう。危険な施設は大地震を想定して設計されなければならないのだから、「想定外」などといって逃げてしまうべきではない。これは原発に頼ろうとしている人類への警告だ。

 日ごろ原発推進を謳ってきた電力会社や御用学者、政府は、この事態を深刻に受け止めるべきだろう。地震は天災でも、原発事故は人災だ。テレビでの原発事故の報道は、市民が不安を抱かないようにすることばかりに気を配っているようだが、危険性を知らせることが第一だろう。今回の原発事故に関しては、包み隠すことなく事実を報道してほしい。

 放射能漏れが広がらずに沈静化することを祈りたい。

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