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2010年12月10日 (金)

ノーベル賞で騒ぎすぎの日本

 今年のノーベル賞では鈴木章さんと根岸栄一さんが化学賞を受賞され、日本中が湧きあがりました。お二人を多くの人が祝福するのはいいのですが、日本の受賞に関する報道はあまりにも騒ぎすぎではないでしょうか。

 受賞の決定のときや、授賞式の様子がニュースとして報道されるのはわかります。しかし、おそらくお二人の日常生活は受賞した途端、それまでの静かなものから一変し、マスコミからの取材要請が殺到する慌ただしいものに変わってしまったのではないかと思います。

 しかも、授賞式に出発する際には飛行場までまとわりついてインタビューし、ノーベル博物館にもつきまとって取材し、授賞式を前に記者会見したのでは、お二人もさぞかし疲れたのではないでしょうか。日本のマスコミ記者がこうやって行く先々でまとわりついている光景は想像するだけでも異様ですし、お二人ともゆっくりくつろぐこともできないのではと心配になってきます。いくら名誉なことであっても、受賞者は見世物ではありませんし、取材も程度問題でしょう。もう少し、静かに見守ってあげられないものでしょうか。

 一昨年、北欧に旅行したとき、ストックホルムのノーベル博物館を見学しました。この博物館には過去のノーベル賞受賞者の肖像が天井から吊るされて回転しているのですが、それがすごい数で、一周するのにかなり時間がかかるのではないかと思うほど。その中から日本人を見つけ出すのも大変です。それを見て、ノーベル賞の受賞者がこんなに多かったのかと改めて驚かされました。

 そもそもノーベル賞の賞金はダイナマイトの発明者であるノーベルの遺産が原資になっているわけです。そのダイナマイトは建設業で大きな役割を果たすだけに留まらず、戦争に利用されました。それによってノーベルは巨額の富を得たのです。ノーベルはその後悔から、戦争で得た莫大な遺産を基金とすることを遺言として残し、ノーベル財団が設立されました。

 ノーベル賞の賞金の原資は、ノーベルの爆薬開発と戦争での爆薬利用によって得たものであることを考えれば、ノーベル賞受賞を単純に喜んでいるだけでいいのかと考えされられます。戦争という犠牲と、戦争で得た富のもとに生まれた賞であることをほとんど忘れ、浮かれているばかりの昨今の報道はいったい何なのでしょう。「日本人って単純!」と思ってしまいます。

 創造的な研究によって権威ある賞に選ばれるというのは並大抵のことではなく栄誉あることは確かですが、受賞をめぐるマスコミの過熱報道には辟易とするものがあります。ノーベル賞に選ばれなくても、受賞者とおなじくらい優れた研究をしたり業績を残した人も大勢います。賞に選ばれるか選ばれないかは「運」も関わっているのであり、受賞者だけが優れているわけではありません。

 それに、昨年平和賞を受賞したオバマ氏などは臨界前核実験もやったのですから、あの選定は明らかに不適切というほかありません。受賞という栄誉だけに周りが振り回されるのはどうかと思います。

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