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2010年11月

2010年11月24日 (水)

人生を問う旅の記録「幻の旅路」

 最近はちょっと硬い内容の本を読むことが多かったのですが、久しぶりに心温まる旅行記を読みました。ロス・アンジェルスにお住まいの大湾節子さんがヨーロッパの旅の思い出をつづった「幻の旅路」(茉莉花社発行、本の泉社発売)です。

 著者の大湾節子さんは、20代のときにアメリカに留学し、永住権がとれたのを機に就職したものの、会社の倒産を経験し、新たな世界を求めてヨーロッパの旅に出ます。はじめのうちこそツアーの旅行でしたが、1980年代からはホテルも予約しない気ままな一人旅に毎年出かけるようになります。そんな30代の旅で出会った人々にまつわるエピソードを中心に、ヨーロッパの歴史のある街並みや美しい景色の描写を織り交ぜた旅行記がこの本です。

 まず、カラーの美しい口絵写真が旅に引きこんでくれます。スイスの湖やアルプスの山々を背景にして広がる田園風景、花が咲きこぼれる素朴な民家や鉄道の駅など、日本の風景とはかけ離れた自然や建物・・・どこかで見たような光景。そう、私の両親も何度もスイスを訪れては気にいった写真を引き伸ばし、エッセイを添えたアルバムをつくっていましたので、行ったこともないのに口絵写真を目にしただけで懐かしくなり、なんだか自分が旅行をしているような気分にさせてくれます。

 それにしても旅先で出会い、言葉を交わすなかで親交を深めていく人たちの何て素敵なことでしょう。見ず知らずの人とのほんのちょっとした出会いが、心の扉を開き、信頼関係をつくり、その後の人生に大きな影響を与えていくのです。彼女の旅はまさに国境を越えた人との出会いと再会の旅であり、また人生を問う旅なのです。美術館で出会った芸術家の青年や、ホテルの隣室に泊っていたバイオリン奏者との交流、毎年あたたかく迎えてくれる家族との絆など、一人旅でなければ経験できない旅の思い出が一冊の本にぎっしり詰まっています。

 彼女がヨーロッパに一人旅をしていた1980年代といえば、まだインターネットもなく時間もゆったりと流れていました。秋の夜長にじっくりとこの本を読んでいると、たった30年前にはそんなゆったりとした時代だったことがまざまざと脳裏によみがえってきました。

 私といえば、若い頃は海外旅行にはまったく縁がない生活を送っていましたが、学生時代には北海道から九州までバードウオッチングの旅によく出かけていました。都会でのストレスから逃れようと、夜行列車で一人で山に出かけたのも20代前半の1970年代。言葉も文化も生活習慣も食べ物も違うヨーロッパへの冒険旅行と私の貧相な国内旅行は比較になりませんが、思えば、あの頃はまだ日本でも時間がゆったりと流れ、いろいろな出会いがありました。そして、旅や登山をしながら、大湾さんと同じように時の流れを体で感じ、自然の中で寝転んでは生きていることの意味を考えたりしたものです。

 この本の裏表紙の帯には「あのころ、私は世界のどこかに幸せの場所があると信じていた」と記されていますが、たぶん若い人たちは皆、一度はおなじような思いを抱くのではないでしょうか。そして、何年も経っていろいろな経験を重ねるなかで幸せの意味を悟るのでしょう。

 50代も半ばになると、若い頃のことを思い出して今と比べてしまうことが多くなるのですが、こうしてほんの少し前の時代を思い返してみることで、今の時代に失ってしまった大切なものを見出すことにもなるのだと、改めて感じました。私たちは今、なんとせわしなく、たくさんの不満や怒りを抱え、自分のことばかり考えて生きていることか。あり余るほどの物質に囲まれて豊かであるかのように思えても、それは錯覚でしかなく、本当の豊かさは決して物の豊かさではないことに気付かせてくれます。

 せかせかと時間に追い立てられ、ストレスをため込み、人を信頼できなくなることの多いこんな時代こそ、過ぎ去った日々を「旧き良き時代」と切り捨ててしまうのではなく、過去を振り返ることで失ったものを見つけ出し、再び築いていく努力も必要なのではないでしょうか。もちろん、それは昔のような生活に逆戻りするということではなく、日常生活に人の人との絆や信頼感を取り戻すことにほかなりません。そんなことを思いながら、600ページを超える大著を読み終えました。ヨーロッパへの旅を考えている方は、観光ガイドブックだけではなく、こんな旅行記もお勧めです。

2010年11月22日 (月)

企業とは何か-四茂野氏のホロウェイ論を読んで(3)

これまでの記事
強制と自主性-四茂野氏のホロウェイ論を読んで(1) 
組織について考える-四茂野氏のホロウェイ論を読んで(2)

 しばらく間があいてしまいましたが、ホロウェイ論について久しぶりに書きたいと思います。四茂野修氏のホロウェイ論「その6 政権を取れば社会が変わるか」では、大企業が経済活動の中心を担っている社会構造では政権は企業を無視できないことを示し、「国家(政治)を通じて社会を変革するという方法に問題があるという」というホロウェイの指摘を紹介しています。社会構造が資本主義を基盤にし、それを維持することが前提である以上、政府は資本の利益という枠組みから逃れることができません。たとえ革命家が国家権力を握って国家を手中に収めても、民衆を監視して押さえつける抑圧政治と統制経済によって自己崩壊し、資本主義が復活してきたことを歴史は物語っているといいます。

 「その7 自由な社会という幻想」では、「私たちが人生のうちでもっとも充実した時期を会社に雇われ、他人から命令された仕事をして窮屈な思いをして生きなければならないのか」という問いを投げかけています。

 子どもの頃、私はよくこう思ったものです。「なんで、毎日毎日学校に行って、さほど面白いとも思えない授業を我慢して聞かなければならないのか。なんで学校にこんなに長期間にわたって拘束されなければならないのか。それほど知識の豊かな人でなくとも、きちんと働いて生きているではないか」と。そして学校を卒業してからは、「これからは週に1、2日の休日以外は自由な時間が持てなくなるのか」と思うと無性に憂鬱になり、「人生とは何なのか」と考えざるをえませんでした。学校が学びを強制する場であり、職場が「させる力」によって労働者を支配している以上、そこに個人の意思や自主性の入り込む隙間はほとんどありません。人間の心の充足感や安心感は、決して「させる力」から生み出されるものではありません。社会の中の「させる力」が強ければ強いほど、幸福感からは遠のいていきます。

 ヨーロッパの学校では子どもたちに「考える力」をつけることが重視されています。また、労働者は長いバカンスによって十分な休息と自由時間を楽しむことのできる社会です。日本よりはるかに「する力」を重視した社会を構築しているのです。「させる力」を振り回して何とか統制を図ろうという日本のような社会では、個人の尊厳は損なわれストレスが充満するというものです。自殺者の増加もこのような社会と無関係ではないはずです。こういうシステムから明るい未来は見えてきません。

 実は、工場のモデルになっているのが囚人を監視する監獄だったという話を読んで、とても納得しました。これでは、労働者を監視して働かせる企業が労働者にとって快適であるはずがありません。私たちの生活にすっかり浸透してしまった資本主義は、労働者の身体と時間を利用して、余剰利潤を生みだすシステムにほかならないのです。つまり「搾取」です。こういうシステムから人々は真の幸福感を得ることができるのでしょうか? 

 ところで、ホロウェイは、資本主義の主体は資本家ではなく「価値」だと言います。そして「資本家が資本家でありうるのは、資本の忠実な召使であるかぎりにおいてのことなのです。所有権そのものの意義は後景に退いてしまいます。そうなれば、資本はそれ自体で動くダイナミズムをえて、社会の指導層は、単に資本のもっとも忠実な召使、もっとも卑屈な廷臣になるしかありません。それは、資本家だけではなくて、政治家にも、役人にも、大学教授などにも、同じようにあてはまることです」

 ここまで読んで、言わんとしていることの輪郭が明瞭になってきました。人は何に価値を見出すのか、そして何に幸福感を見出すのか。そのことこそ大事なのではないか、と。

 昨年の政権交代のときには鳩山政権に大きな期待が注がれましたが、それも早々に行き詰まり、菅政権は「いったい自公政権とどこが違うのか?」と思うことばかり。四茂野氏やホロウェイの指摘はやはり的を射ているのです。

 利潤を追求し続ける資本主義を基盤にしたシステムでは、人類は幸福な社会を構築することはできそうにありません。政府が大企業を中心とした社会構造を維持しようとし、また人々の価値観が大企業中心の社会構造を是認したものである以上、政権交代によって社会の変革をするのは困難だということでしょう。私たちに求められているのは、企業中心の社会の変革と同時に価値観の変革と言えそうです。

(つづく)

2010年11月21日 (日)

ついに十勝三股に侵入したセイヨウオオマルハナバチ

 「とかち・市民『環境交流会』の発表を聞いて」という記事で、特定外来生物であるセイヨウオオマルハナバチが、大雪山国立公園の東南部の糠平に侵入したことについて触れました。環境省上士幌自然保護官事務所の職員が「博物館の職員の方が夏に糠平で確認した」と電話で問い合わせた私に説明したからです。

 後日、発見者の方に問い合わせると、不可解なことに環境省の自然保護官の説明とは違っていました。発見者の方によると、8月に十勝三股で女王蜂を確認し、9月には糠平で働き蜂を確認したというのです。十勝三股というのは糠平から20キロメートルほど北で、糠平よりさらに山奥になります。私が電話で問い合わせたときに環境省の職員はこの情報を知っていたはずですが、私には「糠平で飛んでいるのが確認された」としか言わなかったのです。そう言えば、私が「捕獲したのですか?」と聞いたら「1、2匹捕まえたとも聞いている・・・」ととてもあやふやなことを言っていて、なんだか変だなあと感じたのです。

 十勝三股といえばルピナスなどの外来種がはびこってマルハナバチの蜜源になっていましたので、私はかねてからここにセイヨウオオマルハナバチが侵入してしまうことを懸念していました。ここからは、ニペソツ山や石狩岳連峰、西クマネシリ岳などが望まれるのですが、三股でセイヨウオオマルハナバチが繁殖するようになれば、これらの山のお花畑へ侵入する足がかりになってしまうからです。十勝三股は、もともとはエゾマツやトドマツなどの針葉樹林が広がっていたところですから、外来植物の繁茂を放置しておくべきではありませんでした。ところが、環境省は平野部の士幌町で春に捕獲をやっているだけで、国立公園への侵入防止策は何もしなかったのです。怠慢というほかありません。

 今年の6月に札幌の環境省の事務所に十勝三股のカラマツの駆除の件で申入れに行ったときにもセイヨウオオマルハナバチのことを話題にしました(「環境省の外来種対策の意識」 参照)が、侵入防止に取り組むような発言は何らありませんでした。9月に上士幌自然保護官事務所の自然保護官(電話をした方とは別の方)と話をする機会があり、その時にもこちらからセイヨウオオマルハナバチのことをちょっと話題にしたのですが、三股で確認されていたことはおくびにも出しませんでした。三股に侵入してしまったことを知っていたとしか思えないのですが・・・。

 環境省は、国立公園内で新たな分布が確認されたなら、すぐにでも広く知らせて駆除の対策をとるべきです。黒岳でセイヨウの女王蜂が確認された時などは、すぐに話題になりました。ところが十勝三股への侵入については明らかにするような様子はさっぱりなく、環境省自身がむしろ隠すかのような態度をとっていたことに腹が立ってきました。侵入防止対策も怠慢なら、侵入してからの対応も怠慢なのです。

 十勝三股で確認されたのは女王蜂とのことなので、すでにここで繁殖している可能性もあります。侵入してしまった以上、その事実を広く知らせ、蜜源となる外来植物とセイヨウオオマルハナバチの駆除をしていくべきでしょう。

 十勝三股へのセイヨウオオマルハナバチ侵入情報を受けて、十勝自然保護協会と北海道自然保護連合は、環境省に以下の質問書を出しました。セイヨウオオマルハナバチは他のマルハナバチより早く活動を開始します。環境省は、来春早々にも駆除活動を行うべきです。

十勝三股にセイヨウオオマルハナバチ侵入  

なお、セイヨウオオマルハナバチの問題については、以下のサイトなどが参考になります。

セイヨウ情報

セイヨウオオマルハナバチが映し出す人間社会

2010年11月19日 (金)

黒木昭雄さんの自殺について

 さきほど黒木さんのブログを覗いたら、ご子息の黒木昭成さんによるメッセージが掲載されていました。私も黒木さんの自殺のことについては何回か記事を書きましたが、推測の部分も多々あり、的外れのこともあったようです。故人となられた黒木さんやご遺族の皆さまにお詫びすると同時に、読者のみなさんは以下のメッセージを是非お読みいただけたらと思います。

読者の皆様へ 

 黒木さん、本当に警察を愛していたのですね。そういえば、仙波敏郎さんもそうです。仙波さんの告発も、黒木さんの自殺も、警察が好きで愛していたからこその行動なのでしょう。黒木さんの遺志を伝えるためにも、岩手の事件を多くの人に知ってもらい、また警察の抱えている問題を考えていただきたいと思います。

関連記事

警察ジャーナリスト黒木昭雄さんの不審な死
黒木昭雄さんの死(自殺?)についての続報
 
黒木昭雄さんの自殺とジャーナリストのうつ病 

2010年11月18日 (木)

裁判員の苦悩はどこからくるのか

 先日、横浜地裁の裁判員裁判で初の死刑判決が出ました。この初の死刑判決に関するマスコミの論調は、評議の過程を明らかにすべきだとか、市民の裁判員には負担が重すぎる、審理の期間が短すぎるといったようなことばかり。でも、そんなことは裁判員制度ができる前に分かっていたはずです。それなのに、マスコミは死刑制度そのものの議論をしないまま裁判員制度を推し進める論調の記事ばかり書いてきました。

 今回のような犯行様態が残忍な事件であれば、量刑の判断には当然「永山基準」が持ちだされることになります。ならば、裁判員はそれに照らし合わせて量刑を決めることが求められるでしょう。犯罪の性質、動機、殺害方法の残虐性、結果の重大性と死亡者の数、遺族の被害感情、社会的影響、被告の年齢、前科、事件後の情状によって判断するように裁判長から説明されるのです。

 日本に死刑制度があり、この基準を持ち出す限り、かならず死刑が下されることになります。そんなことははじめから分かっていました。

 6人の裁判員のうち、記者会見に応じたのがたった1人であったとか、6人の裁判員がうつむきがちで判決理由を聞いたというのは何を意味するのでしょうか。何しろ、死刑判決を出すということは、「人を殺せ」という命令を下すことに他なりません。そんな判断を下したなら、記者会見に臨みたくない心理になるのも当然です。たった9人で「人を殺せ」という判断をしたこと、その結論に自分が関わったことのどこかに後ろめたさや迷いを感じているのではないでしょうか。

 また、記者会見に応じた裁判員が「悩んだ。何回も涙を流した」と語ったことからも、裁判員がとても悩んだことがよく分かります。

 多くの国民は、裁判の仕組みもわかっていなければ、刑務所や死刑囚の実態、刑場のことも知らされていません。それなのに日本人の8割以上が死刑制度を支持ししているといいます。ところが、偶然くじ引きで裁判員になり、「永山基準」を落ち出されて死刑にすべきかどうかを判断しなければならなくなれば、たとえ死刑を支持していたとしても当惑し悩むのも当然です。「永山基準」を基に判断するように諭されたなら、当惑や迷いを端に追いやって、死刑という選択をせねばならないと思う人もいるでしょう。

 ここに無理があります。そもそも常識的に考えるなら、誰もが「人を殺す」ということに抵抗があるでしょう。しかも、その人は裁判で目の前にいるのです。いくら悪人だからといって、自分でその人を殺せるでしょうか? その人の首に綱をかけられますか? 絞首刑のボタンを押せますか? 死刑囚の拘置所での恐怖の日々を想像したことがあるでしょうか? 死刑の是非を真剣に問うことなしに、裁判員制度を導入してしまったことが、裁判員への重圧を招いたのです。

 では、なぜ人は「人を殺す」ということに抵抗があるのでしょうか。それはたぶん「生物は同種の生物を殺すようにはできていない」ということだと思います。どんな生物を見ても、同種同士の殺し合いというのはほとんどありません(あっても例外的です)。同種の生物を殺すというのは、生理的に無理があると私は思います。しかも、人はその感受性によって他人の痛みを想像できる生物なのです。人が人を殺すということ自体、生物として、また人として正常な行動ではありません。戦争でも権力者の利害が元凶としてあり、兵役に駆りだされる市民の多くは、人殺しという異常事態を異常と思わないようマインドコントロールされてしまうのです。

 死刑というのは国家による殺人です。どんなに残忍な殺人を犯した人であっても人間であり、死刑を下すというのは殺人を命令することなのです。裁判員はそのことに直面するからこそ、たとえ死刑を支持していた者でも悩むのです。だからこそ裁判員制度を導入する前に、死刑のことをもっと国民にさらけ出して議論しなければならなかったのです。このことを抜きにして、裁判員による死刑判決のことを語っても、虚しいだけのように思います。

 そもそも、加害者を死刑にするということにどんな意味があるのでしょうか? 殺すことが本当に償いになるのでしょうか? 報復から何かが生まれるのでしょうか? 被害者遺族の感情を死刑の判断基準に入れるのは適切なのでしょうか? 私にはいずれもノーとしか答えられません。

関連記事
ニルス・クリスティの言葉
死刑について考える(その1)
死刑について考える(その2)
死刑について考える(その3)

死刑について考える(その4)

2010年11月17日 (水)

驚くべき日本の裁判所事情

 昨日は、検察と裁判所の問題 について書きましたが、JanJanBlogに三上英次さんの裁判に関する記事が掲載されていましたので、引き続き裁判の話題です。

 まず、以下の三上さんの記事をお読みください。

明日(あす)からできる、司法改革~♪〈前〉

明日(あす)からできる、司法改革~♪〈後〉

 多くの市民にとって、裁判はあまり縁がないものかもしれません。だからこそ、日本の裁判の実態がよくわかっていないともいえます。しかし、この記事に出てくる大高正二さんの主張をよく読んでください。

 私は裁判の傍聴をすることが時々あります。また「えりもの森裁判」では原告になっており、この裁判では裁判長が二回替わっています。何人もの裁判長を見ていると、裁判長の裁判に対する姿勢というのが分かってきます。原告と被告、双方の主張にじっくりと耳を傾ける裁判長もいれば、書面をちゃんと読んで主張を理解しているのか?と思えるような裁判長もいるのです。どうみてもヒラメ裁判官で、はじめから結論を出しているのではないかと思うこともあります。大高さんは、以下のように言っています。

 裁判官は、まず、どちらに勝たせるか、目星をつけます。個人が国を訴えている場合は、国を勝たせますし、社員が大企業を訴えている場合は、大企業を勝たせます。裁判で国を負けにしたら、その影響ははかり知れないです。高裁以下の裁判官人事は、最高裁が握っており、最高裁の人事は、政府(内閣)が決定します。最高裁の裁判官は、政府(国)に対して「最高裁判事にしてもらった」という恩義を感じていますから、国を負かすような判決は書きにくい。そして、トップの最高裁の意向を考えれば、末端の地裁レベルの裁判官であっても、そうそう国の政策を誤りだとしたり、個人の人権を侵害していると認定したりすることは勇気がいるのです。

 ここには、ヒラメ裁判官を生み出す裁判所の人事権や裏金問題があるのです。

 裁判というのは原則公開です。ところが、実際に裁判を傍聴してみるとわかるのですが、当事者が積極的に法廷での意見陳述などを申し出ない限り、法廷では何を争っているのかちっともわかりません。せっかく傍聴にいっても数分で終わってしまい、何が何だかわからないということが普通なのです。なぜかというと、原告や被告は主張を書面にして期日前に裁判所に提出しており、口頭弁論の期日に当事者が口頭で主張するということがほとんどありません。裁判長が分からないことなどを質問したり、次回の期日を決めたりして終わってしまいます。

 これでは傍聴者は何を争っているのかさっぱり分からないので、弁護士によっては口頭弁論の後で傍聴者に説明会を開いたりするのです。札幌地裁で行われていた女性自衛官の人権裁判でも、頻繁に原告が意見陳述を行い、裁判の後で弁護士が傍聴者に説明会を開いていました。支援者の傍聴が多い裁判などでは、このようなことがよく行われています。

 あとは、プライバシーなどに配慮しながら、当事者が書面をインターネットで公開するという方法もあります。昨日紹介した生田弁護士による裁判でも、訴状や準備書面を公開しています。しかし、こんなことをしなければ、原則公開とされている裁判で何が争われているのか分からないというのはとてもおかしなことです。

 また裁判の迅速化のために、非公開の弁論準備手続で争点や証拠の整理を行うこともありますが、非公開でやるなら「公開の原則は何なのか」ということにもなります。光市事件のルポを出版したインシデンツと著者の増田美智子さんが福田君から提訴された事件で、インシデンツがホームページに福田君側の準備書面の一部を公開したことに対し、福田君側が削除と損害賠償を求めましたが、もし福田君側が公開の法廷で口頭で陳述していればこんなことはありえないことです(これについては「福田君の弁護士さん、いくらなんでも暴走ではありませんか」参照)。

 ところで、私は20代のときに仕事である刑事事件の傍聴のために東京地裁に通ったことがあります。その頃は何と、傍聴人はメモさえ禁止されていて大変驚いたものです。誰もが、公開原則の裁判でなぜメモもできないのかと不思議に思うのではないでしょうか。でも、当時はそれが現実でした。今はメモは認められていますが、録音は禁止です。でも、これもおかしいですよね。

 三上さんは記事で、裁判所の規則には「世の中の常識から見て、はなはだおかしいものがある。たとえば、歩道上から、裁判所を撮るのはOKだそうだが、敷地内から外の歩道を歩く人を撮るのは『裁判所内でシャッターを押すことになるから』禁止だそうである」と書いていますが、これなんかは本当におかしなことです。よくテレビのニュースで裁判所に当事者や弁護士が入っていく場面が出ますが、これは裁判所の玄関の前にテレビ局の記者やカメラマンが構えて撮影しているのです。マスコミがこの規則を犯しているのに、裁判所は黙認しているのですからいい加減なものです。

 さて、裁判所の前で日本の裁判の問題を訴えつづけている大高さん、実は11月2日に丸の内警察署に逮捕されてしまいました。いったい大高さんの行動のどこが違法行為だというのでしょうか? 自分たちにとって都合の悪いことに対しては何でもやる、という警察の強引な姿勢が、ここに表れていると思います。以下、大高さんの動画です。

 最後に、生田弁護士が問題にしている最高裁の裏金については、以下の記事をお読みください。幹部裁判官の給料の一部をピンはねして裏金にしているという、驚くべきシステムが語られています。出世した裁判官と出世しなかった裁判官では、ざっと試算して10年で生涯年収にして1億円もの差がつくのだそうです。ヒラメになるのとならないのでは、庶民には信じがたいような待遇の差別があるのです。それにしても、人間のお金への欲って際限がないのでしょうか。

大スクープ! コレが「最高裁の裏金」捻出のカラクリだ!

 警察も検察も裏金があり違法捜査が横行していますが、最高裁も裏金に浸かって腐りきっているわけです。これじゃあ、まともな判決が出るわけがありません。大高さんの主張はもっともなことです。

 こんな日本の裁判所の裏事情を知る人は多くありません。この事実を知って日本の裁判がおかしいと思う方は、是非まわりの人に伝えて広めてください。

2010年11月16日 (火)

検察官適格審査会への期待と裁判所の実態

 検察審査会というのは知っていましたが、検察官適格審査会というのを知ったのは最近です。「検察の暴走と三井環氏の告発」に書いたように、元大阪高検公安部長で検察の裏金を告発しようとして口封じ逮捕をされた三井環氏が審査申立書を出したことで、そういう機関があることを知りました。その検察官適格審査会が本日16日に開催されるとのことです。

 この検察官適格審査会というのは、どうやら60年以上ほとんど何もしておらず実態がないに等しい存在だったようなのですが、最近になって国会で委員の入れ替えがあり、事情が変わったようです。というのは、これまでの委員は検察とうまくやりたいような議員などが多かったのに、今回の入れ替えで検察に批判的な民主党議員が加わったとのこと。さらに、日弁連会長の宇都宮健児氏がこの審査会の会長代理を務めているとのことですから、どんな会議になるのか気になりますね。

 小沢一郎氏の事件で、検察審査会がいかにいい加減なものであるかが露呈してしまいましたが、この検察官適格審査会の方はどうやって委員を選んでいるのかもよくわららない検察審査会よりは期待できそうです。もちろん相手は強大な権力を持つ検察ですし、必死に抵抗するでしょうからからあまり過大な期待をしないほうがよいとは思いますが、しかし裏金を隠し、組織ぐるみで違法捜査を行い、冤罪を生み出してきた検察を何とかするには、ジャーナリストや市民が批判するだけではなく、こういった機関がしっかりと役目を果たすことも必要でしょう。何しろ、検察官適格審査会は検察官の罷免という絶大な権限を持っているそうですから。この機会に、どうしようもなく堕落した検察を手厳しく追及してもらいたいものです。

 ところが、この検察官適格審査会について、東京新聞以外のマスコミは報道していないそうです。マスコミは村木事件では検察批判もしたのに、どうしてこういうことを報道しないのでしょうか。

 なお、検察官適格審査会については、以下の記事を参照してください。

眠れる獅子、検察官適格審査会開催へ(保坂展人のどこどこ日記)

11月16日に検察官適格審査会開催。これ、民意を示すひとつの機会では?(篠田博之の「メディアウオッチ」)

 そうそう、裏金は警察・検察だけではなく最高裁にもあるとのことで、生田暉雄弁護士が最高裁判所を訴えています。ヒラメ裁判官が多いからこそ、検察の暴走を食い止めるどころか、検察の主張をそのまま支持して平然と不当な判決を出してしまうのです。この国の堕落は、捜査機関だけの問題ではありません。

最高裁情報

 検察と裁判所の実態や関係を詳しく説明し、小沢氏攻撃の裏舞台まで言及しているのが以下。一般の人には目が飛び出るような検察官の給与のことまで書かれています。こうしたことこそ、私たち国民は知る必要があります。この記事は是非、読んでいただけたらと思います。

日本のタブー「法曹マフィア」の研究 この国を牛耳る検察・裁判所という最大の利権集団(週刊ポスト) 

2010年11月14日 (日)

越境伐採を隠ぺいした北海道森林管理局

 石狩川源流部での違法伐採で、10月16日に現地で林野庁の職員と自然保護団体のメンバーによる合同調査があったことは以下の記事に書きました。

石狩川源流部違法伐採合同調査での林野庁のおかしな説明 

 この記事で、音更沢で小班界を尋ねたところ「わからない」というとんでもない事態になったことについて触れました。森林管理者が林班や小班の境界が分からないというのですから、いったいどうなっているのかということになります。

 上記の記事で書いたように、昨年、自然保護団体から違法伐採の指摘を受けた北海道森林管理局は自ら調査を行っています。そして、集材路を測量して「集材路実測図」をつくりました。その実測図には、白い紙に網の目のような集材路が赤線で描かれているだけで、林班界・小班界は入っていません。等高線も入っておらず、森林基本図に落としたものではないのです。なぜ、森林基本図の上に集材路を書き込まないのでしょうか? しかも、集材路実測図は「足どり図」(森林基本図に書き込んだもの)と縮尺が違うので、重ね合わせることができないのです。私はそのことが不思議でなりませんでした。

 しかし、合同調査のあとでその訳がわかりました。私たちは合同調査のあと、GPSデータを基に「足どり図」と「集材路実測図」を重ね合わせてみました。すると、合同調査のときに林班界を問いただした場所は伐採対象区域の外だったのです。ここにはナンバーテープのついている伐根とついていない伐根がありました。つまり、越境伐採をしていたのです。だから、林班界がわからないととぼけたのでしょう。

 森林管理署は集材路を測量して図に落としていますので、全域にわたって調査しているはずです。また、集材路の入口付近では越境伐採を認めていますので、林班界や小班界も把握していたはずです。ところが、奥の越境伐採については報告書に記載しなかったということです。これを隠ぺいといわないで、何というのでしょうか。一部だけを認め、あとはお茶を濁そうという魂胆だったのでしょう。

 日本森林生態系保護ネットワークは、12日にこの越境伐採について、北海道の保安林グループに調査を行うよう申入れ、記者会見をしました。

 この申入れについては13日の北海道新聞でも小さな記事になりました。その記事によると北海道は「ただ、道は国有林伐採について同局に同意を与える権限はあっても、調査・監督権限はなく、この日は道から同局に対し適正な対処を求めるにとどまった」となっています。

 越境伐採を隠ぺいしてとぼけている北海道森林管理局には怒りを覚えますが、北海道のこの対応もなんとも情けない。保安林を違法に伐採したのですから、きっちりと確認のための調査をするというのが筋でしょう。越境伐採を知りながら自然保護団体を欺いた北海道森林管理局には、納得のいく再調査をしてもらわねばなりません。

2010年11月13日 (土)

黒木昭雄さんの自殺とジャーナリストのうつ病

 警察ジャーナリストの黒木昭雄さんの自殺については、ネット上で他殺説がかなり流れましたし、私も以下の記事を書きました。

警察ジャーナリスト黒木昭雄さんの不審な死 
黒木昭雄さんの死(自殺?)についての続報 

 しかし、黒木さんと親しくされていた方たちは自殺との見方のようです。私は読んでいませんが、山口一臣さんが週刊朝日に手記を書かれているそうです。ジャーナリストの古川利明さんのブログによると、山口さんは黒木さんが「最近、うつ病の治療で、睡眠薬を服用していた」と書いているとのこと。「うつ病治療」というのはとても意外でしたが、岩手の事件の追求で精神疾患を患うほどストレスがたまっていたのかも知れません。以下、古川さんのブログ記事です。

三井環(元大阪高検公安部長)氏への「裏金公表阻止を狙った口封じ逮捕劇=冤罪事件」を徹底的に弾劾する

 同じく、黒木さんと親交のあったジャーナリストの寺澤有さんは、インシデンツのHPの「ニュース」で以下のように書いています。

 黒木さんが取材の成果を発表できたのは、一部の週刊誌とテレビ番組、ネットメディア、そして自分自身のブログ『黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」』にすぎない。一方、2年以上の地方取材は黒木さんに数百万円の借金を抱えさせ、今年に入り、「家を売らないといけない」とこぼさせるほどだった。警察とマスコミに対する黒木さんの絶望は大きく、それに借金苦が重なり、自殺へ追い込まれたといわざるをえない。

 寺澤さんは黒木さんの遺志を伝えたいとのことで、今年の7月25日に録画した黒木さんと山岡俊介さん、寺澤有さんとの対談の動画を公開しました。黒木さんの追いかけていた岩手の事件のことが語られています。

黒木昭雄さんの最後の映像(1)
黒木昭雄さんの最後の映像(2)
黒木昭雄さんの最後の映像(3)
黒木昭雄さんの最後の映像(4)
黒木昭雄さんの最後の映像(5)

黒木昭雄さんの最後の映像(6)
黒木昭雄さんの最後の映像(7)
黒木昭雄さんの最後の映像(8)
黒木昭雄さんの最後の映像(9)
黒木昭雄さんの最後の映像(10=了)

 10回に分けてアップされているので全部見るのはちょっと時間がかかりますが、この事件の不可解さや奥深さが良く分かります。また、この映像からも、黒木さんが事件の追求にのめりこみ自宅の売却まで考えていたことが分かります。それにしても、この映像が撮られたときには、3カ月後に自殺されるとは考えられないほどの決意が感じられました。うつ病と借金苦があったとはちょっと信じられない思いですが、ならば自殺というのも分からなくはありません。

 それで、ちょっと驚いたのは、この映像に出ている山岡俊介さんもご自身のうつ病をブログで語られていたことです。以下の記事で「このところ抑鬱症状が重くなっている」と打ち明けています。

<新連載>元「フライデー」名物記者・新藤厚の「右翼界交友録」第5回 日本リスク、御巣鷹、よど号、武富士。

 山岡俊介さんといえば、フリーのジャーナリストとして果敢に不正を暴く記事を書き、いくつもの裁判を闘ってこられた方です。黒木さんにしても、山岡さんにしても私のイメージからはうつ病とは縁のないような方だと思っていたのですが、それは私の勝手な思い違いだったようです。たった一人で巨悪に立ち向かうということは、おそらく他人には想像できない大変なストレスや苦悩があるのでしょう。

 山岡さんも黒木さんも、映像からはとても誠実でまじめな方という印象を受けます。不正に対し黙っていられず巨悪に立ち向かう意志の強い方でありながら、またとても心のやさしい方のように感じられます。そんな性格だからこそ、この国の不正の実態、どうしようもない捜査機関やマスコミに対する怒りや絶望感は大きく、ストレスを助長させるのかもしれません。そういえば、やはりジャーナリストの岩本太郎さんも、ご自身のブログでうつ病であることを打ち明けていました。

 マスコミがまったくあてにならない日本のジャーナリズム界で、彼らのようなフリーのジャーナリストの存在はとても大きなものがありますが、そんな彼らが精神的に追い詰められてしまうようなこの国の行く末に、不安を感じざるをえません。

2010年11月11日 (木)

検察の裏舞台と弁護士

 12月号の「創」は「検察の犯罪とメディアの責任」という特集で、例の村木事件に絡んで発覚した検察の証拠改ざんや隠ぺい問題を大々的に取り上げていました。

 事件の概要と問題点を分かりやすく説明しているのは、村木さんの主任弁護人を務めた弘中惇一郎弁護士の「驚くべき取り調べの実態 今こそ全面可視化を」という記事ですが、ジャーナリストの今西憲之さんの「最高検VS噴出した検察内部の暗闘」という記事は、検察の裏舞台にまで言及していてとても興味深い内容でした。

 で、今西さんの記事によると、大坪弘道被告と佐賀元明被告の事情聴取が始まった時、関西のヤメ検弁護士(検事を辞めて弁護士になった人)らがある料亭に顔を揃え、大坪被告と佐賀被告を助けられないかと相談していたとのこと。その後、最高検が強硬姿勢のため、二人が罪を認めることで書類送検にとどめる道を探っていたとも。ところが、大坪被告も佐賀被告も全面否定をしたために、最高検も逮捕せざるを得なかったということのようです。今西さんはそれについて、以下のように書いています。

 つまり、当初、最高検は二人が罪を認めれば、書類送検にとどめるという方針だったのだが、二人が頑なな態度を崩そうとしなかったため、逮捕状を突き付けるしかなかったというわけだ。

 そのようなことあがってか、関西のヤメ検弁護士らは、大坪被告や佐賀被告の弁護人として選任されなかったそうです。当初は最高検の強硬姿勢に怒り二人に救いの手を差し伸べようとしたヤメ検弁護士も、頑なに否認を貫く二人を見捨て、最高検の「トカゲの尻尾切り」を黙認したということでしょう。そして大坪被告の弁護は司法修習時代の実務の指導にあたった田宮甫弁護士が団長で他には司法修習の同期生らが選任され、佐賀被告の弁護団は同期の秋田真志弁護士らが中心となっているとのこと。

 さて、検察の裏金を公表しようとした直前に「口封じ」逮捕された三井環氏は「今こそ検察全体の責任を追及せねばならない」とのタイトルで、大坪被告や佐賀被告だけに責任をかぶせるのはおかしいと主張しています。村木事件では、検察が虚構のストーリで突き進んできたわけで、この冤罪事件の責任は検察幹部全体にあると。そして、三井氏は今度新しく出す本で、大坪被告と佐賀被告に共闘を呼びかけているそうです。

 トカゲの尻尾切りをされた大坪被告と佐賀被告はさぞかし面白くないと思いますが、ならば、大坪被告も佐賀被告も罪を認めた上で「トカゲの尻尾切り」に抗議し、検察と闘うべきではないでしょうか。全面否認というのはあまりにもみっともないし、救い難いと思うのですが。

 そんな救い難い大坪被告を弁護する田宮甫弁護士といえば、「著作権保護制度で思い出した名誉毀損裁判」にも書いたように、新風舎と並んで悪質出版商法を行ってきた文芸社と懇意にしていた弁護士です。文芸社が著者などから訴えられると、まず田宮合同法律事務所の弁護士が代理人となります。また悪質なことをやって事実上の倒産となった武富士の弁護もしていました。武富士の会社更生法適用は計画倒産ではないかとの話しもあるようですが(「武富士の不可解な会社更生法申請」参照)、それが事実であればとことん姑息な会社だと言わざるを得ません。

 弁護士といっても実にいろいろな方がいます。ジャーナリストの津田哲也氏は、ご自身のブログで悪質商法を行っている会社の弁護をしている弁護士のことなどを取り上げていますが、あの足利事件で菅家さんの弁護人として一躍有名になった佐藤博史弁護士は、悪質な商法をしている「サンラ・ワールド社」の顧問や代理人を7年も務めたとのこと。しかも、佐藤弁護士がサンラ・ワールド社から得た報酬などは約2億円にもなるそうです。冤罪を勝ち取った弁護士だからといって、英雄扱いすべきではありませんね。これについては、津田さんの以下の記事をお読みください。

『サンラ・ワールド社』元顧問の佐藤博史弁護士が「特捜検察」を斬る!〔週刊朝日〕

 悪質な商法をしている企業や、明らかに嘘をついている人の代理人を引き受ける弁護士というのは、私には理解しかねます。庶民の味方とはとうてい言えませんから。

2010年11月 9日 (火)

カラマツの黄葉の微妙なグラデーション

 今年の登山は10月1日の黒岳で終わりにする予定だったのですが、ひょんなことから7日に佐幌岳に登ってきました。佐幌岳は積雪もなく、気温も高めで、登山日よりでした。

 佐幌岳といえば、サホロスキー場の拡張計画が持ち上がっているところです。実際に登ってみて、現在のスキー場と、拡張が計画されている場所の位置関係がよく分かりました。サホロスキー場の拡張計画については以下の記事を参照してください。

サホロスキー場の不可解な拡張計画

サホロスキー場問題の詳細

 ところで、晩秋といえばカラマツの黄葉が美しい季節です。そしてカラマツの黄葉といえば、一斉に黄金色に色づいて、色彩の乏しい晩秋の景色の中でひときわ輝いて見えます。ところが佐幌岳の斜面のカラマツをよく見ると、木によって葉の色がずいぶん違い、まだ緑色のものから黄金色までさまざまな色の木が混ざっています。

P10203681

 今年はカラマツハラアカハバチが十勝でも大発生したのですが、このカラマツの黄葉のグラデーションはどうやらそれと関係がありそうです。つまり、ハバチの食害を受けなかったカラマツは黄金色に黄葉しているのですが、食害を受けて一度食べられてしまったものの、再び芽吹いた新しい葉は、今の時期でもまだ緑色をしているようなのです。

 シラカバなどは、早い時期に開葉した葉は早く黄色くなって落葉しますが、遅くなってから開葉した葉(枝先などの葉)は、黄色くなるのが遅くなります。これと同じような現象でしょうか。

 カラマツが黄葉する今の季節は、山から下界を見下ろすとカラマツの植林地が一目瞭然です。カラマツはもともと北海道にはない外来種ですが、よくこれほどまで植林したと思えるほどあちこちに広がっています。

2010年11月 8日 (月)

銭函の風力発電事業の反対署名にご協力をお願いします

 銭函風力発電問題連絡協議会(風力発電反対手稲山口の会、銭函海岸の自然を守る会、銭函風力発電を考える石狩市民の会)が、「銭函海岸の風力発電事業を許可せず、海岸の自然環境を全面的に保全してください」という知事あての署名活動を始めました。

 趣旨に賛同いただける方は、どうぞ署名にご協力ください。署名は北海道民以外の方でも歓迎です。また、署名欄がすべて埋まらなくてもよいとのことです。第一次集約は11月20日ですが、そのあとも続けます。

署名用紙はこちらから印刷してください。「zenibakosyomei.pdf」をダウンロード

 以下が、署名協力の呼びかけ文です。

                **********

銭函海岸の自然を守る運動(署名)にご協力ください

 銭函海岸砂丘の風力発電計画に反対する理由と、保全を求める要求は次のとおりです

1.北海道選定の「すぐれた自然地域」であり、都市近郊に奇跡的に残された学術的にも貴重な財産です。
 自然砂浜海岸特有の、なぎさ~砂浜~砂丘~後背湿地~後背林という構造が帯状に何キロも続いている、日本でも数少ない砂浜海岸です。現在、本道の日本海側に風車群が林立する中にあって、風車が建設されていない銭函自然海岸は、190万都市札幌の近郊で生物多様性を保持している点でも、石狩低地帯の海岸生態系の姿をよく留めているという点でも学術的に貴重な海岸です。
 砂丘は飛んでくる砂や潮風と植物のせめぎ合いの微妙なバランスの上に成り立っている生態系です。風車建設による植生の破壊は、そこに依存する一次消費者・昆虫から鳥類などの高次消費者へと影響し、生態系全体の破壊を招きます。生産力の低い価値のない土地として開発・改変されてきた湿原や干潟を元に戻す工事が行われている例もあります。海岸砂丘は荒地ではなく豊かな生物多様性を保持した土地です。
 一度壊した砂丘を再び復元できるという考えは人間の傲慢です。生物多様性の締約国会議が名古屋市で開かれましたが、銭函砂丘の保全は、議長国の日本に課せられた国際的な責務の一つです。

2.巨大風車の低周波音・超低周波空気振動による健康被害は新しい病気です
 巨大風車の稼働によって、頭痛、吐き気、めまい、不眠、耳の後ろが腫れて痛い、体の平衡が保てずまっすぐ歩けない、押えつけられるようで起き上がれない、内臓や脳味噌がつかまれるような感覚、歯茎や鼻からの出血、などの今まで知られていない症状が生じています。それらの被害は「特異体質による苦情」として処理されてきましたが、低周波音による被害が公害等調整委員会に裁定申請され、3km以上離れた場所からも被害の訴えが出るに及んで、環境省は健康被害の実態を調査することになりました。
 風車の至近距離にあたる石狩湾新港・工業団地には1万数千人の労働者が働いています。風車から3km以内には1千戸を超える住宅、学校などの教育機関や福祉施設があり、健康被害が懸念されます。
 外国からも巨大風車による健康被害が数多く報告されています。人間に被害があるということは、当然、野生動物にも被害が及ぶということです。野鳥の衝突だけが問題となるものではありません。

3.美しい景観、素晴らしい眺望は、道民が日ごろから親しんでいるかけがえのないものです
 銭函海岸は、緑のカシワ天然林と「北海道のシンボルの花ハマナス」などが咲き乱れる砂丘、それに続く青い海、遠くに雪をいただいた夕張や暑寒別の山並みなどパノラマを眺望できる素晴らしい場所です。
 小樽市は、ハマナスが延々と続く海岸を誇り、この地を「銭函八景」の一つに指定しました。しかし、風車建設によってハマナス群落は壊滅的な打撃を受け、代わりに高さ120メートルに近い風車が林立するのです。景観上の問題だけではなく、回転するブレードが生みだす光と影の「ストロボ現象」も健康被害に大きく影響しています。

4.オフロード車などによる砂丘の破壊を食い止めるのも行政の責任です。
 バギー車などの走行で破壊される砂丘を放置してきた行政の姿勢に心を痛めている市民はたくさんいます。破壊的なレジャーの規制や不法投棄ゴミの対策は、それほど難しいことではないと思います。
 管理事務所を設置する、フットパスを整備するなど、子や孫の世代に豊かな自然の宝を残してゆく道が、永い目で見たとき賢明な選択だったと言えるのではありませんか。

ご署名いただいた個人情報は目的以外には使用いたしません
銭函風力発電問題連絡協議会(事務所:047-0034 小樽市緑3-2-8 のいばら寮 T/F 0134-29-3338)
(構成団体:風力発電反対手稲山口の会・銭函海岸の自然を守る会・銭函風力発電を考える石狩市民の会)

2010年11月 5日 (金)

黒木昭雄さんの死(自殺?)についての続報

 一昨日の記事「警察ジャーナリスト黒木昭雄さんの不審な死」で黒木さんの不可解な死についてお知らせしましたが、JanJanBlogでも三上英次さんによる記事が掲載されていました。

警察の闇を追求し続けたジャーナリスト、黒木昭雄氏の不可解な〈死〉

 その後、黒木さんが追求していた岩手の女性殺害事件で容疑者とされた男性の父親の代理人をしている清水弁護士が、黒木さんから死の直前にメールなどで遺書が送られてきたことを明らかにしたそうです。また、家族にも遺書と思われるメールを送っていたとのこと。以下を参照してください。

変死警察ジャーナリストに何があったのか 追求していた女性殺害事件との関連性は

 司法解剖もされていないようですし、メールによる遺書があったということだけで自殺だと断定することはできないと思いますが、この事件、不可解さが増してきたように思います。自殺なのか、そうではないのか現時点では何ともいえませんが、もうしばらく経緯を見守る必要がありそうです。

2010年11月 4日 (木)

エンドファイトの多用は問題ないのか?

 11月1日のNHKのクローズアップ現代は、「微生物とつながる農業」とのタイトルでエンドファイトについての話題でした。エンドファイトとは、植物の体内で共生的に生活している真菌や細菌のことですが、これを微生物農薬として利用する試みが進んでいるという内容でした。番組の具体的内容については以下のサイトをご覧ください。

「エンドファイト」微生物で育てる作物-肥料・農薬いっさい不要

 はじめに紹介していたのは、青森県のリンゴ農家の木村さん。木村さんは、雑草などの駆除をせず自然の森のような環境でリンゴを育てたところ、無農薬・無肥料での栽培に成功したとのことです。木村さんの農園では、多くの微生物が生息しており、リンゴの葉の中にも微生物(エンドファイト)が入り込んでいるということでした。

 このように本来その地域の自然の中で生きている微生物の生息環境を守ることで、エンドファイトを活かすのならわかります。しかし、続いて紹介されたのは全国からエンドファイトのサンプルを集めて、農作物に有用なものを探し応用するという研究でした。さらに、このような手法を実際に実用化しているニュージーランドの例が紹介されました。

 世界中の牧草を集めてエンドファイトを調べ、家畜に害のないエンドファイトを見つけ出して、それを牧草の育成に大量に利用しているそうです。その経済効果は140億円とも言われているとか。

 ここまでくると、さすがに商魂たくましい企業の姿がありありと感じられ嫌悪感を覚えました。それと同時に「こんなことをして大丈夫なのか?」という疑問が頭をもたげてきます。なぜなら、エンドファイトには家畜などに中毒を起こすものもあるからです。牧草の場合、家畜の中毒を起こさないエンドファイトを選んだということですが、だからといってそれが自然界の他の生物に対して無害であったり、家畜を食べる人間に安全であるという保障はありません。

 また、番組でも一言だけ触れられていましたが、本来その地域にない微生物を大量に導入するというのは、生態系のかく乱になります。外来種が生態系のかく乱を招き大変なことになっているように、外来の微生物が同じ道をたどることにもなりかねません。エンドファイトの乱用が、取り返しのつかないことになるのでは、という懸念がどうしても残ります。

 人間は自然を管理し征服しようとしてきました。しかし、その度に自然の方が上手であることを私たちは経験してきたのではないでしょうか。欲に目がくらんで自然を人間の都合のよいようにコントロールしようとすれば、自然はそれに対して必ず反応をします。農薬、化学肥料の弊害はもちろんのこと、耐性菌や遺伝子組み換え然りです。エンドファイトの効用に目がくらみ、経済効果ばかりを考えるべきではないでしょう。

2010年11月 3日 (水)

警察ジャーナリスト黒木昭雄さんの不審な死

 警察の腐敗や堕落について追及していた黒木昭雄さんが自殺したという報道を聞いて、信じがたいという思いが駆け抜けました。

 そもそも警察などの問題に取り組んでいるようなジャーナリストは、気骨のある方たちばかり。本やブログで闇を暴いている方のあまりにも唐突な死は、不審としかいいようがありません。そこで、ちょっと調べてみたら、やはり黒木さんの死を不審に思っている方たちがたくさんいるようです。

 黒木さんは、「たった一人の捜査本部」というブログで、警察が絡むと考えられる冤罪事件を追求していました。そして、そのブログ記事の一部が不正に削除されるなど、不審なことが起きていました。黒木さんは、ご自身の「岩手県警の捜査結果に絶対異議あり!」という記事で以下のような呼びかけをしています。

警察権力で封印された「岩手17歳女性殺害事件」の真相を暴く為に、どうしてもみなさんのお力が必要なのです。みなさん、この記事をご自分のブログに転載するなどして、この事件のおかしさを社会に広めて頂けないでしょうか。警察を正し、殺された被害者と遺族に真実を伝える為、これ以上冤罪被害を出さない為です。どうかみなさん、ご協力のほど、よろしくお願いします

 ここからは巨大な組織の闇に立ち向かう彼の悲痛な叫びが聞こえてくるかのようです。

 取り急ぎ、この問題をよくまとめているブログ「和順庭の四季おりおり」より二つの記事を紹介させていただきます。多くのブロガーにこの問題を広めていただきたいと思います。

許せない!黒木昭雄警察ジャーナリストの死は、口封じ殺人!

黒木昭雄ジャーナリストは、何を追求していたのか?

2010年11月 2日 (火)

とかち・市民「環境交流会」の発表を聞いて

 昨日の記事の続きです。

 私は30日(土)の午前中の発表を聞いたのですが、その感想です。

 まず、ちょっと驚いたのが日本野鳥の会十勝(旧日本野鳥の会十勝支部)の会長による「十勝川ワシクルーズ」という発表です。この発表、ゴムボートを利用して川下りをしながらオオワシやオジロワシなどを観察するという有料ツアーの紹介なのです。ツアーの実施期間や費用、関連イベントなどまで説明して宣伝していました。ちなみに大人一名6800円なのだそうです。川下りなので川で羽を休めていたホオジロガモの群れなどは飛んで逃げてしまいます。河原にいるタンチョウなどにも影響があるのではないでしょうか。このようなツアーの紹介を「環境交流会」の発表として行うことに、呆れてしまいました。

 外来種の駆除への取り組みということで、環境省上士幌自然保護官事務所による「然別湖におけるウチダザリガニ防除活動について」という発表がありました。然別湖ではすでに湖の半分以上にウチダザリガニが生息しているとのこと。この勢いでは、全体に広がってしまうのも時間の問題ではないでしょうか。今は、ミヤベイワナの繁殖河川に侵入させないことを目的に、駆除活動をしているとのことでした。今年は、17081個体を捕獲したとのことですが、ここまで増えてしまうと人手による駆除も本当に大変なことになります。

 さて、この発表の質問の中で、ウチダザリガニと同じ特定外来生物に指定されているセイヨウオオマルハナバチのことに話が及びました。その際、環境省の自然保護官が、糠平まで入っていると語ったのです(注:会場では「糠平の北」と言っていたので、1日に環境省の事務所に電話で問い合わせたところ、夏に糠平で確認されたとのことでした)。糠平は大雪山国立公園の中ですが、これまでは大雪山国立公園の南東部ではセイヨウオオマルハナバチは確認されていませんでした。ついに入ってしまったということです。

 環境省上士幌自然保護官事務所は、これまで士幌町などでセイヨウオオマルハナバチの捕獲活動をしていました。士幌町はトマトのハウス栽培でセイヨウオオマルハナバチを利用していたという経緯があり、セイヨウが定着しているのです。しかし、私はかねてから大雪山国立公園に入ることを防ぐ取り組みが必要だと思っていました。糠平や三股にはルピナスやアラゲハンゴンソウなど、セイヨウオオマルハナバチの蜜源になる外来植物の群落があります。しかしそれらの外来種は野放し状態なのです。こういうところに女王蜂が侵入してしまえば、人手による駆除はまず困難になります。これに関しては、以前、以下のような記事を書いています。

見た目には美しいが‥‥大雪山麓に繁茂する外来種ルピナス

 聞くところによると、この記事を読んだ環境省の職員が、捕虫網をもって三股に出かけたとか・・・。しかし、環境省は、国立公園への侵入防止対策を何もしなかったといっても過言ではありません。

 ミヤベイワナの繁殖河川にウチダザリガニを侵入させないよう、必死に捕獲作戦をしている一方で、セイヨウオオマルハナバチの対応策は甘かったとしか言いようがありません。一度入ってしまったら、手遅れなんですけどね。今後、環境省は国立公園に侵入したセイヨウオオマルハナバチの問題をどうするつもりなのでしょうか。

 最後にもうひとつ、ナキウサギふぁんくらぶの発表を紹介します。ナキウサギふぁんくらぶは、私がこのブログでもしばしば取り上げている美蔓貯水池の導水管工事のことについて発表しました。これは、国営のかんがい事業なのですが、ふぁんくらぶの発表では、とりわけこの事業の必要性自体が問われることを強調していました。「水は不足していないから必要ない」という農家の声を聞いているというのです。私もこの点については、かねてから非常に疑問に思っています。酪農家などは牛の飲み水とか、農薬の希釈のための水が欲しいという話もあるようですが、それらは「かんがい用水」ではありません。とにかく、必要性や費用対効果から問いたださねばならない事業であるのに、開発局はそのような主張に耳を傾けないままナキウサギの生息地での工事を始めてしまいました。

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 残念ながら、これらの発表を聞いていた方たちの多くは、一般の来場者というより関係者ではないかと感じました。背広姿がとても多かったのですが、主催者の関係者でしょうか。多くの人に聞いてもらうために、主催者はより工夫が必要でしょう。

2010年11月 1日 (月)

「とかち・市民『環境交流会』」の矛盾

 30日(土)は、帯広市のとかちプラザで毎年行われている「とかち・市民『環境交流会』」に行ってきました。このイベントは、帯広環境保全推進会議と帯広市が主催しているものです。開催・募集要項によると、「『環境』というキーワードのもとに、子供たち、市民(諸団体)、企業、行政などが集まる場です。多くの参加者や来場者が、発表や展示、講演会を通した意見交換や仲間づくりなどにより、環境に対する認識を新たにし、幅広い市民の環境活動への参加につなげていくことを目的とします」となっています。

 土曜と日曜の二日間、とかちプラザ一階で市民団体や企業の展示が行われ、隣接した会場では活動報告や提案発表のほか講演会などの企画があります。

 久しぶりに参加して、まず一番に感じたのは、展示スペースでの企業のブースの多さです。下の写真をご覧ください。「のぼり」が立っているのが企業のブースです。

P10203061

 たしか、以前はこんなに企業がのさばっていなかったと思うのですが、今年は展示スペースの三分の二くらいが企業で占められていました。太陽光発電のパネルを扱っている会社や、LEDなどの照明を扱っている会社のほか、北海道電力などのブースがあり、まるで環境産業の宣伝の場のようになっています。

 主催者である「帯広環境保全推進会議」は事業者なども会員になっているのですが、「市民『環境交流会』」と謳っているイベントに企業が群がっている光景はなんとも異様です。

 私の関わっている十勝自然保護協会は、「大雪山国立公園の富村ダムでおきている自然保護上の問題」というテーマで、活動報告とパネル展示の両方に参加しました。この富村ダムというのは大雪山国立公園の山奥に北海道電力が造った発電用のダムです。十勝川源流部原生自然環境保全地域のすぐ近くにダムを造り、自然に負荷を与える堆砂除去作業を強行する北電を批判する内容です。ところが、その北電を批判するパネル展示の向かいは、何と北海道電力帯広支店のブースになっているのですから、笑い話です。

P10202992

 ところで、十勝自然保護協会のブースの近くにいたら、「こんにちは」と声をかけられました。声をかけた方のお顔を見ても、どなたなのか思い出せずキョトンとしていると、「そろそろどうですか?」とたたみ掛けてきます。よく見ると北電のブースの隣は、京セラの太陽光発電のブースです。それで、人の顔をろくに覚えない私は、太陽光発電を執拗に勧誘した京セラのセールスマンのことをようやく思い出しました。

P10203013

 結局、京セラは顧客に不利な説明はほとんどせず、きわめていい加減な勧誘をしたのです。その経緯については以下の記事をお読みください。

太陽光発電の勧誘と問題点
太陽光発電と環境産業

 この記事で書いているように、京セラは私が念押しした「何年で元がとれるのか」という試算をせず誤魔化すような説明をしました。こんな企業と契約する気などさらさらないので、私の頭から京セラの太陽光発電のことなどとっくに消え去っていました。私のことを覚えていて声をかけてきたセールスマン、私がネット上で批判記事を書いていることもご存知なかったとみえます。

 行政が環境問題の啓発活動をするのはいいのですが、所詮、環境を謳っている企業にとって「環境」はあくまでも宣伝のための看板でしかなく、自分たちの利益が優先なのです。そういう企業と、純粋に環境保全や自然保護に取り組んでいる市民団体を一緒にして展示をすることに無理があり、矛盾が生じてしまうのです。

 市民のための環境交流会ならば、企業が幅を利かせるような展示は何とかしてほしいものです。もっとも企業のブースが目立ってきたのは、市民団体の参加が減っていることが関係しているのかもしれません。たしかに、来場者を見ていても、このイベントを目的にきている市民はほとんどいないようで大半が関係者のように感じられました。関係者ばかりでは、目的もほとんど達せられないでしょう。

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