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2010年10月

2010年10月28日 (木)

「道警裏金本訴訟」控訴審をめぐって思うこと

 道警の裏金問題などを報じた2冊の本に、事実と異なる記述があり名誉毀損であるとして、元道警総務部長の佐々木友善氏が出版社や北海道新聞の記者、北海道新聞社などに600万円の慰謝料を求めた訴訟の控訴審判決が26日にありました。判決は、道新などに72万円の支払いを命じる一審判決を支持し、原告と被告の双方の控訴を棄却するというものでした。

 この裁判での判決にはおかしなところがいろいろあるのですが、それを理解していただくために、是非、被告人の一人である道新記者の高田昌幸さんの以下のブログ記事をお読みいただけたらと思います。

道警元総務部長氏との裁判 26日に控訴審判決

 以下に、高田さんのブログから一部を引用させていただきます。

話題は代わって2つ目。この裁判では、マスコミ対応を誤った佐々木氏が「上司たる道警本部長に叱責されたかどうか」が争点になっている。われわれの出版物には、叱責されたと記しているが、佐々木氏は「叱責されていない。なのに叱責されたと書かれたことで、自分は能力のない男だと世間に思われた。それは名誉棄損だ」と、まあ、簡単にいえば、そう主張している。

佐々木氏に対する叱責は、当時、道警内で一時、結構話題になった。そして、記者は本部庁舎内の総務部等を巡回取材している中でそうした話を聞いたのだと、そこまでは法廷で明らかにした。

すると、一審の途中で佐々木氏(すでにOB)は当時の総務部等の関係職員全員約40人(=つまりかつての部下)に対し、ヒアリングを行い、「そんな話、叱責のことなど当時聞いたことがない」と言わせたのである。警察は民事不介入だと思っていたし、公務員・官公庁が民間同士の民事訴訟の片方に対し、全面協力するなどとは信じられない話である。通常、こうした回答を道警の一職員が勝手に行うことは有り得ない。すべからく上司・組織の了解を得て行われる、というのが常識である。

 私はこの部分を読んで、ある事件を思い出しました。ナキウサギふぁんくらぶのメンバーが大規模林道の予定地のすぐ近くでナキウサギの生息地を見つけました。そのことを事業主体である緑資源機構に伝えると、緑資源機構の職員がナキウサギふぁんくらぶの代表に、その場所を教えて欲しいと請いました。ところが、その場所を教えて少し経ったある日、そのナキウサギ生息地の岩塊の隙間が何者かによって土で埋められてしまうという事件が起こったのです。この場所を知っているのは、ふぁんくらぶのメンバーと緑資源機構の職員くらいしか考えられません。当然、緑資源機構の関係者が穴埋めに関与したのではないかという疑惑が生じます。

 穴埋め事件について抗議すると、緑資源機構の職員は部下に聞き取り調査をし、その結果をもとに「自分たちはその穴埋めに関与していない」と主張してきました。

 上司が部下に対して行った内部調査の結果など、いったい誰が信用するというのでしょうか。道警はそれと同じことをやって、部下に「叱責のことなど聞いたことがない」と言わせたのです。こういうことを裁判官が何も疑問に思わないとしたら、裁判官の感覚を疑いたくなります。

 時事通信の記事によると、「二審判決は『叱責された』などの記述に関し、記者が道警本部長と佐々木氏に直接取材しなかったと指摘。『信じるに足りる取材をしたと認めるのは困難』と判断した」となっています。しかし、裁判所がそんな理由で記事が捏造であったと判断したのなら、あまりにもお粗末です。これでは、ジャーナリストは記事を書くにあたってすべて本人に取材して証言を得なければならないということにもなりかねません。伝聞を報じることもできなくなります。これではジャーナリストは疑惑などを報じられなくなります。

 また、高田さんが指摘しているように、この裁判で道新幹部と道警の佐々木氏が裏取引といえる交渉をしていたことが明らかになったのは注目すべきことでしょう。しかも道新の内部情報が道警に漏れていたといいます。権力とマスコミの裏取引や癒着はいたるところであるはずですが、これほど公の場で赤裸々に書かれたのも珍しいのではないでしょうか。といっても、こうした記事がインターネットで公開されていても、どれだけの人が読んでいるのでしょうね。以下のマスコミ市民に掲載されている記事を是非とも読んでいただきたいと思います。実に生々しく裏取引の実態が語られています。

北海道警裏金問題の報道をめぐる裁判とジャーナリズムのあり方(1)
北海道警裏金問題の報道をめぐる裁判とジャーナリズムのあり方(2)
北海道警裏金問題の報道をめぐる裁判とジャーナリズムのあり方(3)

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道警裏金訴訟の不当判決 

2010年10月26日 (火)

「遊糸」に想う

 数日前のことです。朝、窓から外を見ると、庭の木の枝先からクモの糸が何本もきらめいていました。「ああ、バルーニングの季節なんだな・・・」と思っていると、その日の北海道新聞朝刊の「卓上四季」で「雪迎え」(遊糸、ゴッサマーなどとも言う)について綴られていました。晩秋の穏やかな日に、クモが空中飛行のために飛び立つのですが、この空中飛行をバルーニングといい、その時に出された糸が絡まって浮遊する現象が「雪迎え」です。この「雪迎え」「遊糸」という言葉を聞くと、思いだす美しい随想があります。

 それは辺見庸氏の「独航記」(角川文庫)に収められている「遊糸」というエッセイです。もっとも「独航記」は雑誌や新聞に掲載された記事を集めて単行本にしたもので、この「遊糸」の初出は1999年9月30日の日本経済新聞です。そして、辺見氏は「遊糸」に続いて「雪迎え」という随想も書いています。以下に「遊糸」から一部を引用させていただきます。

 秋になると、おりふし、「遊糸」のことを、恍惚として思い浮かべる。遊糸は、私の記憶のなかで、もっとも神秘的で美しい風景のひとつでありつづけている。といっても、記憶は濡れたガラス越しにものを見るように頼りない。それでも思い出の糸をたぐり寄せてみる。ほとんど透明で、銀色に光るとても細い糸が、真綿がばらけたみたいに、いく筋もいく筋も、まなかいを横に、あるいは斜に吹きながれていく。ただそれだけのこと。

 ・・・空はまるで硫酸銅の色みたいに、一点も濁りなく、端から端まで真っ青。その十三陵の空を、無数の糸が、きらきらきらめいて飛んでいくのであった。というより、輝きながら浮遊していった。

 辺見氏は、北京の北方の遺跡で、民主化運動をしていた中国人の友人と「遊糸」の飛ぶ光景を見、「なぜだか後頭部がしびれるほど幸せであった」と記しています。北海道新聞の「卓上四季」にしても、辺見氏の「遊糸」にしても、細くて透明でたよりげないクモの糸が、晩秋の晴れた空を浮遊している光景を、とても神秘的で美しい光景として描き出しています。私は「真綿がばらけた」ような「遊糸」こそ見たことはないのですが、空中飛行の名残である糸や、空に飛び立とうとしている小さなクモならしばしば見かけます。そんなときに想うのは、その神秘的な現象とともに、生物の生きる過酷な世界です。

 基本的に単独生活をするクモは、同じところに高密度で生活するのではなく、分散して生息するのが一般的です。おそらくバルーニングという現象も、クモの密度を低くすることと関連しているのでしょう。レミング(タビネズミ)が高密度になると集団で大移動したり、バッタが大発生して雲のような塊となって大移動するように、クモも空中に飛び立つことによって自ら密度調整を行っているのでしょう。

 大空高く舞い上がって上昇気流に流されたクモはまさしく「風まかせ」の移動しかできません。大海の上に落ちてしまうこともあるでしょうし、そのクモの生息環境とはかけ離れた場所に落ちてしまうこともあるでしょう。神秘的で優雅にみえる遊糸という現象も、裏を返せば死の危険を伴う大冒険なのです。

 クモは糸をつかって遠くに移動する手段を獲得しました。体調が1、2ミリの小さなクモでもヨーロッパからアジアまで広い分布域を持つものが少なくありません。北海道にもヨーロッパと共通の種がたくさん生息しています。バルーニングが移動手段として大いに役にたっているのは事実でしょう。山形の「雪迎え」が湿地から飛び立つクモの糸であるように、湿地や草原など上昇気流を利用して大空に飛び立ちやすい場所に生きるクモは、バルーニングという遠くまで移動する手段を手に入れました。

 しかし、すべてのクモがバルーニングで遠くに移動しているわけではありません。たとえば森林の落葉層であまり移動することなくひっそりと暮らしているクモもいます。森林に棲むクモは分布域が狭いものが多いのですが、恐らく数十メートルもの樹木の林立する深い森林は、クモがバルーニングをする舞台にはなりにくいのでしょう。冒険旅行をしない彼らは、分布域の拡大より今棲んでいる場所にしがみつき種分化の道を歩んでいるともいえましょう。しかし狭い分布域しか持たなければ、大きな環境変化によって滅んでしまう可能性も高くなります。それはクモ自身が選んだ道というより、生息環境によって必然的にそうなっているといえます。

 バルーニングの名残の糸が漂っていた穏やかな日から3日後の今日、空から雪が降りしきる天気になりました。小さなクモたちの飛行は、まるで雪の季節を知っているかのようです。

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「雪迎え」と「雪虫」 
空を飛ぶクモ

2010年10月25日 (月)

戸蔦別川に砂防ダムはいらない

 十勝自然保護協会は22日、北海道開発局帯広開発建設部治水課に出向き、札内川の支流である戸蔦別川の砂防ダムについて説明をしてもらいました。

 戸蔦別川の砂防ダムについては、「平川一臣さんによる講座『川とは何だろうか?』」でも触れていますが、現在6つの砂防ダム(戸蔦別川堰堤、戸蔦別川第1号堰堤、同5号堰堤、同6号堰堤、同7号堰堤、同8号堰堤)と、15基の床固工(戸蔦別川床固工群)があります。

 すでにある6基の砂防ダムによって戸蔦別川では著しい河床低下が生じ、15基の床固工群を造らねばならなくなりました。こんな酷い状態なのに、第1号堰堤の上流に、未着工の第2号、3号、4号堰堤をまだ造るということでした。

 帯広開発建設部の説明によると、昭和29年の洞爺丸台風による風倒木被害に続き、昭和30年7月の土砂災害によって大きな被害を受けたので、この災害を契機に昭和36年から直轄による調査を開始し、昭和47年直轄砂防事業に着手したということです。つまり、1970年代はじめに8基の直轄砂防ダムを計画し、それによって造られたダムの弊害が目に見えてきているというのに、40年も前の計画をいまだに継続しようとしているのです。私たちから見れば、狂気としか思えない計画です。

 で、3号堰堤についてはスリット化を考えているほか、既存の堰堤もスリット化する計画とのこと。スリットで土砂を流すのであれば、そもそも堰堤など必要ないのではないかと質すと、「土砂の流れにタイムラグをつくって、流れる土砂の量をコントロールする」のだそうです。また、戸蔦別川に流れこんでいる渓流にはまだ土砂が堆積しており、大雨などによってそれが流れ出すかもしれないので、さらに堰堤が必要だと主張します。砂防ダムが海岸浸食を加速していると指摘すると、「一概に砂防ダムに原因があるとは言えないのでは・・・」と明言を避けました。しかし、ダムが海への土砂の流下を妨げ、海岸浸食を加速させていることなど周知の事実です。

 どう考えても開発建設部の説明は破たんしています。たとえ今後集中豪雨があったとしても、土石流などは既存の堰堤で十分防げるでしょう。平川さんも指摘しているように、河川管理者はダムを造れば川がどうなるのか十分わかっています。砂防ダムによって川の均衡を崩してしまえば、河は自己制御をして河床低下を起こし、取り返しのつかないようなところまで行ってしまいます。平川さんは、戸蔦別川がすでに「取り返しのつかない状態になっている」ことを説明されました。

 そして、今回私たちに説明をした治水課の課長補佐はその平川さんの講演を聞いています。それにも関わらず、まだ砂防ダムが必要だと説明するのです。どうしてこんなことになるのかと言えば、日本の治水事業が上からの押し付けであるからでしょう。いったい、いつまで税金をつかって、「無駄」どころか「悪影響」しか及ぼさない工事を続けるつもりなのでしょうか。

 23日の北海道新聞の「特会のからくり」という記事に興味深いことが書かれていました。それまで事業分野別に独立していた特会が2008年に一本化され、道路整備・空港整備・港湾・治水・業務の5勘定が「社会資本整備事業特別会計」になりました。この特会は10年度の当初予算額3兆6272億円のうち、歳入では一般会計からの繰入額が2兆1009億円とのこと。一般会計公共事業費の4割近くが特会に流れているといいます。また、地方自治体の負担金(受益者負担)が5433億円。そして、特会は財務省の予算査定が甘くなりがちなのだそうです。つまり、国土交通省は多額の一般会計財源と受益者負担で潤う特会を「公共事業のサイフ」として意のままに操ってきたというのです。ちなみに2010年の治水の歳出は8066億円とのこと。

 戸蔦別川の河川管理者は開発局(国)ではなく北海道です。しかし、砂防事業だけは国の直轄で行われています。戸蔦別川の必要のない砂防事業が簡単に予算化されてしまう裏には、インフラ整備の名の元に「特会」で容易に予算を獲得してしまう構図があり、そこには道民税も投入されているのです。

 道民は弊害と悪循環しか生み出さない公共事業に、はっきりと「ノー」を突き付けていかなければ、いつまでもこんなことが続けられてしまいます。私たちの税金が使われているのですから、もっと怒るべきことではないでしょうか。

2010年10月23日 (土)

「えりもの森裁判」いよいよ大詰めに

 しばらく「えりもの森裁判」の報告をしていませんでしたが、昨日は久しぶりに口頭弁論が開かれました。といっても、この間もほぼ2カ月に一度のペースで非公開での論点整理が行われていました。というのは、4月に裁判長が変わったのです。その引き継ぎのために前の裁判長による論点整理に時間がかかったあと、新しい裁判長のもとでさらに法的な整理が行われていたのです。これらにおよそ一年間が費やされました。提訴してからこの年末で5年になりますが、なかなか長丁場の裁判です。裁判長が変わるのは2度目。

 この裁判では「受光伐」との名目で伐採をしたのに、実態は「皆伐」になっていたことや、ナキウサギの生息地が破壊されたことが問題にされています。現地を見れば、「受光伐」などという状態ではなくきれいに「皆伐」されていることとか、ナキウサギの生息地が破壊されたことなど一目瞭然です。新しい裁判長は現地を見ていないので是非とも見てほしかったのですが、残念ながらこの希望はかないませんでした。

 今回は、原告側が違法性についてこれまでの主張をまとめた準備書面を提出しました。次回は被告側がこれに対する反論の書面を出すことになっています。

 さて、今回、裁判所からは原告と被告の双方に対して、人証申請の準備をするようにとの指示がありました。ということで、年明けからいよいよ証拠調べ、つまり証人尋問に入ります。裁判の中でも証人尋問はクライマックスになります。来年は、是非、多くの方に傍聴にきていただきたいと思います。証人尋問の期日が決まりましたら、このブログでもお知らせいたします。

2010年10月20日 (水)

武富士の不可解な会社更生法申請

 このところ、どうも忙しくてなかなかブログの更新ができないのですが、ジャーナリストの三宅勝久さんのブログで、こんな記事を見つけましたので紹介しておきます。

11/10阿佐ヶ谷ロフトで武富士イベント、会社更生法申請は「過払いロンダリング(洗濯)」

 会社更生法の申請をして事実上倒産した、あの消費者金融の武富士ですが、三宅さんによるとこの倒産劇の裏で不可解な動きがいくつもあるのだそうです。「過払い」の返還をチャラにするための計画倒産ということなのか・・・。

 昨今は、サラ金の「過払い」を取り戻すための弁護士やら司法書士の事務所の宣伝がやたらに目につくようになっていましたが、法律家が「過払い」の請求を商売にするようになれば、サラ金業界は大変なことになるのはよく分かります。もっともサラ金並みの悪質法律事務所もあるようなので、これはこれで問題なのですが。

 しかし、あの最大手でしたたかな武富士がさっさと会社更生本を申請したというのは、やはり単純な経営悪化ということ以上に、計算したうえでのことなのだろうという気は確かにします。悪質なことやっていた会社というのは、最後まで悪知恵を働かせるものでしょうから。

 それにしても、いわゆる「過払い」の分を除いても十分利益は得ていたでしょう。その利益はいったいどこにいっちゃったんでしょうか? 会社の経営破たんで被害にあうのは社会的弱者が多いのですから、悪質会社が倒産したといって単純に喜ぶことにはなりません。「過払い」を請求できなくなってしまった人たちは、ほんとうにお気の毒です。

2010年10月18日 (月)

石狩川源流部違法伐採合同調査での林野庁のおかしな説明

 16日に石狩川源流部の違法伐採現場で、林野庁の職員と環境省の職員、そして自然保護団体である日本森林生態系保護ネットワーク(以下、ネットワーク)のメンバーで合同調査が行われました。合同調査の報告をする前に、これまでの経緯を簡単に説明します。

 問題となっているのは2009年に大雪山国立公園内の三角点沢、音更沢、天幕沢で行われた伐採です。大量の木が伐られているとの情報を受けたネットワークが2009年9月と11月、2010年6月に調査に入り、盗伐の可能性のあるナンバーテープのない伐根があったこと、保安林内の作業許可条件を大きく超えた土場や集材路が作設されたことなどを確認しました。これらは新聞でも報道されました。

 違法伐採の指摘をされた北海道森林管理局は調査を行い、9月10日に調査結果を公表しました。その内容は、①森林法に基づく知事の同意の範囲を超えて作設された集材路は、その距離が12キロメートル以上に及び、同じく範囲を超える土場の面積は4100平方メートルに及んだ。②知事の同意を得ずに伐採された樹木が77本(音更沢の越境伐採が52本、三角点沢の土場作設の際の過剰伐採25本)あることを認めたというものです。

 ネットワークはこの9月18・19日にも現場に調査に入り、調査の様子はマスコミでも報道されました。以下は調査に参加した私の報告記事です。

石狩川源流部盗伐調査(その1)見つけた盗伐の証拠
石狩川源流部盗伐調査(その2)消えた「無印良品」

 ネットワークはこの調査をもとに、9月24日付で林野庁長官あてに要望書を送付し、10月16日に自然保護団体との合同調査をすることになったのです。

 さて前置きが長くなりましたが、ここから16日の合同調査の報告です。

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 初めに入ったのは三角点沢です。ネットワークは9月19日に方形区(約0.25ヘクタール)を設定し、伐根を数えました。その結果、ナンバーテープのついている伐根が21本、ついていない伐根が35本の、計56本の伐根を確認しました。テープ番号の連番から推測するなら、テープが脱落した可能性があるものは多くて6本です。この6本を差し引いたとしても29本のテープのない伐根があり、これは盗伐ではないかと追及しました。

 この疑問を解消するためには、収穫調査をした木の本数と実際の伐根の数を比べればいいだけです。それが一致すれば盗伐はしていないことになりますし、収穫対象木より伐根の数のほうが大きければ、業者が多く伐ったことになります。ですから、私たちは伐根を数えるよう求めたのです。全域で伐根調査をするのが大変だというのなら、とりあえず一つの小班を選んで行ってもいいと。これに対する森林管理局の説明は以下のようなものでした。

 製品販売(素材生産)の場合、収穫調査の時に収穫木(調査木)の幹につけたナンバーテープを伐採時に伐根に移し替えるよう、業者に義務づけていない。テープのある伐根とない伐根が混在しているのは、伐採作業をした人の習慣による違いだろう。指定した収穫木以外の木まで伐れば余計な仕事をすることになるので、そんな損になることを業者がするはずがない。伐根を調べなくても、土場に積み上げた丸太の材積から管理は十分できる。

 しかし、これはとてもおかしな回答です。56本中29本もの不可解な伐根があるという事実を突き付けられたのです。国民の共有財産であり自分たちに管理責任がある樹木が倍以上伐られたのではないかと疑いをかけられた以上、国有林の管理者であり業者の監督責任のある森林管理署は、疑いを晴らすために伐根調査をするのは当たり前のことではないでしょうか。だいたい、土場に積まれた丸太の材積だけで森林管理ができるなどということ自体がおかしな論理です。土場に積まれて玉切りされてしまえば、何本の木が伐られたか分からなくなってしまいます。収穫木が適正に伐られているかどうかは、基本的には収穫木(調査木)の数と伐根の数を確認するしかありません。

 伐根調査を強く求めたところ、ようやく出てきた回答は「持ち帰って検討する」でした。林野庁の職員は私たちに対して安易に「盗伐と言うな」と苦言を呈していましたが、そんなことを言うのなら、自ら伐根の数を数えて「盗伐はない」ということを証明するべきでしょう。業者をかばうようなことばかり言っていたら、業者との癒着疑惑を増大させるだけです。

 午後は音更沢です。ネットワークは合同調査にあたり、越境伐採疑惑のある小班名を挙げて調べておいてほしいと要請していました。ところが集材路の奥にあるその現場にたどり着いて小班界を尋ねると、驚いたことに「わからない」という事態になったのです。自ら集材路の実測調査を行い、集材路の入口付近では越境伐採があったことを認めたのに、奥にある別の場所では小班界が分からないと言うのですから、まるでマンガのような話しです。森林管理者が林班や小班の境界も分からずに、どうやって森林管理をするのでしょうか。

 音更沢では南側の林班界で52本の越境伐採を認めていますが、これらの伐採木にはナンバーテープはついていなかったと明言しました。ここで三角点沢での彼らの説明、すなわち「指定した収穫木以外の木まで伐れば余計な仕事をすることになるので、そんな損になることを業者がするはずがない」は破綻しました。現実に越境してナンバーテープのついてない木まで伐っていたというのですから。そして、この越境伐採について業者に聞き取り調査をしたのかと問いただすと、「していない」とのこと。管理者として越境伐採の原因を調べようともしないとは無責任の極みであり、不正疑惑は深まるばかりです。

 最後に、林野庁の職員が漏らした本音をちょっと紹介しましょう。林野庁は、「間伐」であることをしきりに強調していました。間伐というのは優良な木を育てるために質の悪い木を間引きすることです。ところが、「ちょうど収穫どき」というような言葉を漏らしたのです。なんのことはない、売れるようなサイズに育ったから伐ったということでしょう。「間伐」などというのはまやかしです。50年以上も前の洞爺丸台風で生き残り、大きくなってきた木がようやくお金になるサイズになったので、一気に伐ったといったところなのでしょう。彼らには風倒被害を乗り越え50年かけてようやく甦りつつある森林も、単にお金の山にしか見えないのです。

2010年10月15日 (金)

ニセアカシア植栽の諸問題

 先日、「札幌市のニセアカシア植樹の撤回を求める署名活動のお知らせ」という記事を書きましたが、この問題に関連し、ニセアカシア(ハリエンジュ)についていくつかの情報をいただきましたので、紹介させていただきます。

1.ハリエンジュハベリマキタマバエの問題
 ニセアカシアにつくハリエンジュハベリマキタマバエという外来種の害虫が本州から入り込み、数年で全道に広がってしまったそうです。ニセアカシアと同じ、北米原産とのこと。このハエはニセアカシアの葉の縁を巻いて虫こぶをつくり、幼虫がその中で成長します。このハエがつくと多くの葉が変形・変色または脱落するとのことですので、景観上の問題も生じるでしょう。また、札幌市では被害木の下の道路に多数の幼虫が落下してうごめき、飲食店のある道路沿いの街路樹などは不快害虫として問題になったそうですから、街路樹として植えた場合、通行人にウジ虫が降りかかることになるでしょう。

 詳しくは以下を参照してください。

最近、北海道で樹木被害が確認された外国からの侵入害虫(光珠内季報) 

2.樹木の毒性
 ニセアカシアには植物全体にシアナミドという毒性物質が含まれているそうです。シアナミドは植物・昆虫・微生物の生育阻害活性があるとのことで、生態系への影響が懸念されます。

 詳しくは以下を参照してください。

要注意外来植物ハリエンジュにもシアナミドが含まれる 

3.風倒に弱い
ニセアカシアは強風で倒れやすい、枝が折れやすい、寿命が短い、刺があるという特徴があります。街路樹が風倒被害にあえば、通行人や車への影響も大です。ですから、街路樹として適している樹木とは思えません。

 どうして、いまどき要注意外来植物でさまざまな問題のある樹木を街路樹にしようなどという計画が持ち上がるのでしょうか? 時代錯誤としか思えない計画です。

2010年10月 5日 (火)

神戸の酒鬼薔薇事件の冤罪問題を封印してはいけない

 先日、渡辺容子さんから送っていただいた神戸の酒鬼薔薇事件に関する3冊の本を読み終えました。「真相 神戸市小学生惨殺遺棄事件」(安部治夫監修・小林紀興編、早稲田出版、1998年)、「神戸事件を読む 酒鬼薔薇は本当に少年Aなのか」(熊谷英彦著、鹿砦社、2001年)、「神戸酒鬼薔薇事件にこだわる理由 「A少年」は犯人か」(後藤昌次郎著、現代人文社、2005年)です。いずれの本も少年Aは犯人ではなく、警察・検察の筋書きによって自白を強要され、犯人に仕立て上げられたとしか考えられないことを具体的に検証しています。

 A少年を犯人であるとする根拠は、自白調書しかありません。そして、その自白調書の内容には明らかな矛盾や疑惑が驚くほどたくさんあるのですが、裁判でもそれらについてきちんと検証されないまま検察の自白調書を根拠に犯人とされてしまいました。そして、マスコミも自白調書の疑問などを報じることなく、A少年を犯人として報道してきました。このために、今でも大半の人が「少年Aが酒鬼薔薇である」と信じているのです。

 これらの本を読んでいて思い出したのですが、確かに事件が起きた当初は、被害者である土師淳君の頭部が置かれた中学校の校門近くで黒いゴミ袋をもった中年男性や不審な車が目撃され、犯人の可能性が高いと報道されていました。ところが、それが一転し、逮捕されたのは中学生の少年でした。この急展開にはかなり違和感を持ちました。あの怪しい男性はどうなったのかと。そして、中学生があんな犯行声明を書けるものかと。しかし、少年を犯人だと決めつけた報道と裁判によって、そうした当初の疑問はかき消されてしまったのです。しかし、この3冊の本に書かれた疑問点を知れば、私たちがいかにマスコミ報道に騙されていたのかを思い知ることになります。

 これらの本で説明されている矛盾点はあまりにも多くここで詳しく書くことは省略しますが、「真相 神戸市小学生惨殺遺棄事件」の前書きに「ほんの一例」として書かれていることを以下に引用して紹介しておきます。

・A少年を逮捕したときの警察の違法捜査と自白強要に対する疑惑。
・ふたつの挑戦状を書いた酒鬼薔薇聖斗とA少年との筆跡の不一致。
・頭部を切断した凶器を含めて、物的証拠と言えるものが一切ないこと。
・頭部切断現場とされる通称タンク山のアンテナ基地では、地形的にも状況的にもそのような行為は絶対に不可能であること。
・頭部遺棄についての警察の発表は、目撃者の証言と大きく食い違っていること。
・A少年が八月の審判開始から約二カ月間、犯行を認めるのを留保していた事実。
・発表された検事調書が、誘導尋問を駆使した創作であることを露呈していること。
・挑戦状や「懲役13年」という文章は、少年には書きえないレベルにあること。

 これらは疑惑の一例であって、ほかにも多数の疑惑や矛盾があります。詳しく知りたい方は是非、本をお読みいただきたいのですが、A少年が犯人ではないことは明らかです。

 さて、「検察の暴走と三井環氏の告発」にも書いたように、つい先日、村木厚子さんの事件に絡んで、検察官がストーリーを作り上げ、それに合うように自白をとっていくという実態が白日の下にさらされました。検察官のつくったシナリオ通りに自白させるために、検察官が自ら証拠の改ざんまでしていたことが発覚したわけです。もちろん、こうしたことはこれまで冤罪とされてきた事件で常に行われてきたことであり、この国の警察・検察による人権無視の犯罪です。あの日本中を震撼とさせた神戸の酒鬼薔薇事件でも、同じことが行われていたということです。

 弁護士である後藤昌次郎氏は、警察がA少年を巧みに騙して逮捕し、犯人に仕立て上げたことを強く批判しています。警察は任意捜査との名のもとに少年を警察に呼び出し、前日に出された筆跡鑑定の中身を見せずに(筆跡鑑定には、「同一人の筆跡と判定するのは困難である」と書かれていた)、筆跡が同じであるという鑑定が出ていると嘘をつき、騙して無理やり辻褄の合わない自白へと追い込んだのです。これは偽計による自白であり違法捜査です。さらに、警察での取り調べのすぐあとに同じ場所で検察官の取り調べを受けて調書が作成されており、警察と検察の共犯ともいえます。

 後藤昌次郎氏らは、1998年に偽計自白で逮捕・拘留した警察官・検察官を特別公務員職権濫用罪で大阪高検に告発しました。例のフロッピーディスクの改ざん事件を起こした大阪高検です。10年以上も前に、三井環さんの行った告発と同じことをされたわけです。その後、この告発は神戸地検に送致され、神戸地検は理由も示さずに「嫌疑なし」にしました。後藤弁護士らは神戸地裁に付審判請求を申し立てたのですが、神戸地裁はそれを棄却したのです。こうして神戸事件の真相は闇に葬られてしまいました。

 疑問点や矛盾にことごとく蓋をしてしまう姿勢からは、警察も検察も自分たちに都合の悪いことは無視し、裁判所も検察の判断に追随してしまうことがはっきりと見て取れます。  では、なぜここまでして警察と検察はA少年を無理やり犯人に仕立て上げたのでしょうか。この疑問にまで言及しているのは熊谷英彦氏の「神戸事件を読む」です。この本では、警察関係者が事件に関係しているのではないかという疑惑も取り上げ、「グリコ森永事件」との関連も示唆しています。グリコ森永事件の犯行グループの中には警察OBがいるという説があるそうで、彼らが警察を揶揄していた点も酒鬼薔薇と共通するのです。もし真犯人が警察関係者であるとするなら、不都合なことに一切答えず、権力によって組織を守ろうとする警察・検察の姿勢も頷けます。少年に濡れ衣を着せることは少年法を改悪するためにも、ちょうどよいタイミングだったのでしょう。

 しかし、無実の罪を負わされた少年やその家族はどうなるのでしょうか。こんなことが許されるのでしょうか。組織を守るためには他人の人権などどうでもいいというのが、この国の警察や検察の実態なのです。国民の大半は、背筋が寒くなるようなこうした実態を知らされていなかったのです。だからこそ、今回の三井環さんの告発の行方が注目されます。

 今回の大阪高検の証拠改ざん事件は、過去から連綿とつづいている警察・検察の体質そのものが引き起こしているのです。それに加担して国民を騙しているのがマスコミです。しかし、マスコミ報道を見ている限り、腐敗しきった構図を暴くことなくトカゲのしっぽ切りで終わらせてしまう気がしてなりません。そして、何よりもこうした冤罪を見抜けず、というより見抜こうとしないで冤罪をつくりだしてきた裁判所も、とんでもない存在であることを私たちは自覚する必要があります。三権分立などというのは言葉だけでしかありません。

 検察の暴走や冤罪の構図が明らかになってきた今こそ、神戸の酒鬼薔薇事件の真相をつまびらかにしていく必要があります。もちろん、他の冤罪とされる事件も決して封印してはなりません。もっとも検察審査会の小沢氏起訴のことばかり取り上げて騒いでいるマスコミには、到底そんな期待はできません。ネットメディアと市民ブロガ―に期待したいと思います。

 なお、渡辺容子さんの以下の記事も参考にしていただけたらと思います。

神戸酒鬼薔薇事件は冤罪である
神戸酒鬼薔薇事件は冤罪である その2 
神戸酒鬼薔薇事件は冤罪である その3 
後藤昌次郎弁護士の言葉 
神戸酒鬼薔薇事件は冤罪である その4 

2010年10月 4日 (月)

銭函海岸の風力発電計画を考える(その10)

 前回の記事から少し間があいてしまいましたが、この間、いろいろ動きがありました。まず、「銭函風力開発」は手稲区の山口団地に最も近い風車5基の建設を撤回しました。この団地は建設が計画されていた風車から1.1~1.5キロメートルほどのところにあります。つまり、この範囲で健康被害が発生することを認めたともいえるでしょう。

 もちろんこれで問題が解決されたわけではありません。残りの15基の建設予定地の近くには工業団地があり、1万数千人の人たちが働いているのです。これらの方たちに健康被害が発生しないとは限りません。また、砂丘の自然破壊という問題もそのままです。

 その後、「銭函風力開発」は、9月10日より小樽・札幌・石狩の3市でアセスメント報告書の縦覧を始めました。この縦覧、「撮影禁止」「複写禁止」「コピーは1枚40円」「一冊買うなら1万500円でコピーは禁止」などという制約をつけているそうです。

 さて、5基の撤回をもとに山口団地の住民から了解を得るためでしょう、9月23日に山口団地以外の住民は入場させないことを条件に説明会を開きました。この説明会の様子については以下の北方ジャーナルのサイトで報告されています。「銭函風力開発」というのは日本風力開発(JWD)の子会社で社長だけしかいない会社なのですが、この社長が体調不良との理由で、親会社の社員しか来なかったそうです。札幌市は健康被害の不安が払しょくできないとして、さらに説明会の開催を要請したとのこと。強引に建設を進めようとする事業者に不満の声が上がるのは当然のことでしょう。

【小樽市銭函風力発電計画】手稲区住民への説明会 

 そして、10月5日に小樽市で住民説明会を開くことになりました。この小樽市民への説明会については10月1日発行の小樽市広報で告知されたとのことですが、ぎりぎりまで知らせないことに意図的なものを感じます。時間と場所は以下のとおり。

とき:10月5日午後6時より
ところ:小樽市経済センタービル7階(小樽駅を出てすぐの国道5号線を札幌方向に100メートルほど歩いて右側。旧・日専連ビル)(小樽市稲穂2-22-1)

 以下の北方ジャーナルの記事も参考になります。

【小樽市銭函風力発電計画】10月5日に小樽市で住民説明会
隣町の風力発電所は大丈夫か専門家会議、開かれる

2010年10月 3日 (日)

検察の暴走と三井環氏の告発

 村木厚子元厚労省局長の冤罪事件で、検察庁の組織ぐるみの犯罪でっち上げと隠ぺいがようやく明るみになりましたが、これまで「国策捜査」の標的にされてきた人たちは皆このようなことを身を持って体験してきたわけです。ところがそういった実態をマスコミはほとんど報じてきませんでした。

 あやうく犯罪者に仕立て上げられるところだった村木さんは、拘置所で資料を調べていて偽造書の日付の矛盾に気づき弁護士に知らせたそうです。それがきっかけとなってフロッピーディスクの改ざんが明らかになったというのですから、もし村木さんが日付の矛盾に気づかなければ、検察のとんでもない実態は今も闇の中にあったでしょう。フロッピーディスクを改ざんしたとされる大阪地検特捜部主任検事の前田恒彦容疑者の逮捕、そして同じく特捜部の大坪弘道前部長、佐賀元明前副部長の逮捕は、警察・検察の暴走の一端をようやく国民の前にさらけ出したということです。

 今回の事件によって、警察や検察が自ら描いた筋書きにそって無理やり無実の人を犯人に仕立て上げるというシステムが、ようやく広く公にされたということです。10月1日号の週刊金曜日に青木理さんが「前田検事逮捕だけでは済まない特捜部解体へのシナリオ」という記事で、冤罪をつくりだすシステムを以下のように説明しています。

 誰にしても、拘置所などという空間から一刻も早く解放されたいと望む。刑事訴訟法は、殺人などの重犯罪を除けば保釈を原則としているが、容疑を認めないと検察はそれを許さない。保釈を得たいなら調書にサインしろ-検事はそう迫り、窮地に陥った被疑者はこう考える。「とりあえずサインして保釈を受け、公判廷で真実を訴えよう」 だが、「二号書面」とも呼ばれる検察官作成の調書は公判廷で絶大な価値を持ってきた。いかに調書の内容を公判で否定し、真実を懸命に訴えても、裁判は多くの場合、それを一蹴する。むしろ「反省の色がない」として量刑が重くなりかねない。

 被疑者がいくら無罪を訴えても、裁判所は検査官の調書を基に判断を下すために、冤罪がつくられてきたわけです。これは検察官と裁判所の共犯ともいえます。このことについて青木さんは以下のように書いています。

 しかし、検察は違う。公訴権を基本的に独占し、自ら捜査する権限まで持つ。裁判はチェック機能を喪失し、有罪率は九九%以上だ。メディアの惨状など語るまでもない

 まったくその通りでしょう。検察がその権限によって冤罪をつくりあげ、自分たちに不都合なことを隠ぺいしてきたのは、今に始まったことではありません。検察の裏金を告発しようとして逮捕された元大阪高検公安部長の三井環氏は、今回の証拠改ざん事件で関係する検察官らを告発しました。また検察官適格審査会に対し、審査の申し立てもしています。以下参照(3ページにわたって告発状と審査申立書が掲載されています)。

証拠改ざん事件をめぐる三井環・元大阪高検公安部長の告発状

 しかし、こうしたことを報じているのは主としてインターネットです。大手マスコミの大半はこの告発もろくに報じていないのではないでしょうか。この期に及んで、だらしがないとしかいいようがありません。

 ほかにもインターネット上の関連記事をいくつか紹介しておきます。

前特捜部長逮捕・検察の犯罪捏造は氷山の一角(植草一秀氏のブログ)
地検特捜部長逮捕方づを遮断する逮捕タイミング(植草一秀氏のブログ)
*植草さんは多数の関連記事を書かれています。

三井環さんの事件から「村木さん無罪」を考える(保坂展人氏のブログ)
60年の眠りからさめよ、検察官適格審査会(保坂展人氏のブログ)

大阪地検の不祥事に三井環さんが「告発」と「審査申立」(篠田博之の「メディアウオッチ」)

 無実の村木さんを犯罪者に仕立て上げようとした検察には、当然何らかの目的があったはずです。それは小沢一郎氏への異常ともいえる捜査やネガティブ・キャンペーンとも無関係ではないでしょう。この国はとても法治国家などといっていられない状態なのです。ここで国民が声を大にして警察・検察・裁判所の抜本的な改革を求めない限り、冤罪というとんでもない重大犯罪が捜査機関と裁判所によってつくられるという恐ろしい構図は、そう簡単にはなくならないでしょう。そして、マスコミはこれまで国策捜査のターゲットになった人たちの声を広めていくことが、せめてもの罪滅ぼしではないでしょうか。

2010年10月 2日 (土)

カムイミンタラの秋

 昨日は、黒岳から北鎮岳の分岐まで歩いてきました。アイヌの人たちがカムイミンタラと名付けた大雪山の高山帯です。カムイミンタラとは「神々の遊ぶ庭」という意味なのですが、俗世間からかけ離れた雄大で厳しい自然の聖域にはなんとふさわしい呼称なのでしょう。とはいっても、今では夏になると大勢の登山者が詰めかけるのですから、カムイミンタラと名付けたアイヌの人たちが登山者で賑わっている光景を見たらなんと思うでしょうか。

 下の写真は、黒岳山頂から旭岳方面を見たものです。残念ながらウラシマツツジの紅葉は終わっていましたが、先月下旬に降った雪がまだら模様を描き、寂しげな秋の光景が広がっていました。

P10202271

 こんな高山にもキタキツネがのんびりと歩きまわり、登山道の脇で寝そべっていました。クロマメノキがおいしそうな実をいっぱいつけていましたので、秋が深まった山にもまだ食糧はあるのでしょう。道端にはチングルマの実が風に揺れ、鈴をころがすようなカヤクグリの声が聞こえてきます。ハイマツの実はあまり多くはないのですが、ギンザンマシコも姿を見せてくれました。

P10202362

 さらに進むと、爆裂火口の縁に出ます。このあたりの岩塊地でナキウサギの声が響いてきました。こんな厳しい高山に暮らす動物がいるのですから、まさに神様(カムイ)の遊ぶ庭なんですね。これは黒岳方面を見た光景です。このあたりの地形をよく見ると、溶岩の流れくだった跡などがよくわかります。

P10202543

 北鎮岳の分岐までくるとさすがに風邪が冷たく、岩には見事なエビの尻尾(写真)ができていました。前の晩に黒岳の石室に泊ったという登山者によると、昨晩は山の上は暴風だったとのこと。今日はよく晴れて歩いていると汗ばむ陽気でしたが、エビの尻尾が厳しい山の気候を物語っています。

P10202604

 秋の高山にもコヒオドシ(蝶)が活発に舞っているのには驚きました。種名は分かりませんが赤トンボも深い赤色になっています。そして、眼下にはお鉢(爆裂火口)が広がっています(写真)。ここが大噴火して溶岩や火砕流が流れ下り、層雲峡の柱状節理をつくったのですから、すごい噴火だったはずです。当時は荒涼とした岩の世界が広がっていたのでしょう。自然のもつエネルギーの前では、人間はなんとちっぽけな存在なのでしょうか。

P10202635

 こんないい天気なのに、高嶺の散歩道にまで脚を延ばすことなく黒岳登山で帰ってしまう人が多く、この季節の大雪山は静かで最高です。人にほとんど合わない山はほんとうに気持ちがよく、至福のひとときです。

 黒岳の石室も9月で営業終了のようで、管理している方が後片付けに来ていました。山は静かで厳しい冬を迎えます。

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