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2010年7月 8日 (木)

毎日新聞名誉毀損訴訟の判決への疑問

 6月22日の北海道新聞に、「毎日新聞社説の名誉毀損認めず」との記事を見つけました。「福田君を殺して何になる」(インシデンツ)の出版をめぐる毎日新聞の社説で名誉を傷つけられたとして、著者の増田美智子さんと版元の寺澤有さんが提訴した裁判の判決があり、増田さんと寺澤さんの請求を棄却したという内容です。「事実に基づく意見や論評で違法性はなく、不法行為には当たらない」と判断したそうです。

 正直いって、「事実に基づく」という判断には椅子からころげおちるほど驚きました。裁判では往々にして信じがたい判決が出されることがありますが、まさにこの判決はそうです。

 私はこの問題で、増田さんや寺澤さんにメールでインタビューをしたこともあり、増田さんが福田君に本の出版について知らせていたことは間違いないと信じています。また寺澤さんが福田君の弁護士の、ゲラをチェックさせろという要求を断って「福田君を殺して何になる」を出版した経緯は理解していましたし、その理由はもっともだと思いましたので、ことさらにこの判決が理解できなかったのです。

 で、いったいどうしてそういう判断をしたのか知りたくて寺澤さんに問い合わせ、判決文を入手しました。増田さんと寺澤さんが名誉毀損だとしたのは以下の3つの記述です。

1.当事者に知らせることなく出版しようとした行為は、いかにも不意打ち的だ。

2.元少年側が先月5日に仮処分を申し立てた後、初版が売り切れると2万部増刷した行為も適切だろうか。決定を待つのがせめてもの出版倫理ではないか。

3.これまでの経緯をみると,利益優先との批判はやむを得ない側面もある。

 裁判所は、これらの名誉毀損性の有無について、いずれも「原告社会的評価を低下させるというべきである」と判断しています。ところが、結論は「事実に基づく意見や論評」であり、不法行為ではないというのです。

 とりわけ驚いたのは1についての裁判所の判断です。「当事者に知らせることなく出版しようとした行為」について、裁判所は「原告らが本件書籍の原稿を福田に確認させないまま本件書籍を出版しようとしたことを前提事実とするものであり、・・・」としているのですが、「出版を当事者に知らせる」ことと「原稿を確認させる」ことはまったく別のことです。前者は「取材内容を出版物に掲載することの可否の確認」であり、後者は「原稿内容の確認」です。毎日新聞の記述は、百歩譲っても前者としか読みとれません。それが一般の人の受け止め方でしょう。

 増田さんは福田君に出版を知らせたと明言しており、それは広島地裁の仮処分の決定でも認められています。「福田君に出版を知らせなかった」とする客観的証拠はありません。ならば、この記述は「事実に基づく」ということにはならず、名誉毀損が成立するのではないでしょうか。裁判官は、まったく意味の異なる「確認」を同一視して、不当な判断をしているとしか思えません。

 2の記述はどうでしょうか。初版が売り切れて2万部を増刷したことは事実であって争いはないのですが、「適切だろうか。決定を待つのがせめてもの出版倫理ではないか」という部分が問題になります。

 寺澤さんは、弁護士から「ゲラを見せなければ仮処分をかける」と脅しのようなことを言われたのです。増田さんは、福田君にゲラを見せるとの約束はしていないと主張しています。そもそも、ゲラを被取材者に見せなければならないなどという決まりはありません。嘘の理由で仮処分の申し立てが行われたのであれば、どうでしょうか? 出版社が決定を待たずに出版し、増刷するのは当然ではないでしょうか。

 また、「福田君を殺して何になる」には、弁護団に対する批判が書かれていました。虚偽に基づく仮処分の申し立てによってそれが隠ぺいされてしまったら、言論の自由の侵害にあたるでしょう。だからこそ、仮処分の申し立ての決定を待たずに出版したのです。そういう経緯を無視し、「出版倫理」などという抽象的で意味不明な理由を持ち出し、増刷が「不適切」であるかのように批判したなら、出版社の信用を低下させることになります。毎日新聞社の言う「出版倫理」の定義がわかりませんが、不当な仮処分に対抗し、言論の自由を守るために行動することこそ出版人のとるべき姿勢でしょう。

 3についても同じです。光市事件という世間の注目を浴びた事件の弁護団について事実を報じることは公益性がありますし、ジャーナリストの仕事としてまっとうなことです。この事件に関心を持つ人ならば、誰もが知りたいと思うことでしょう。初版が売り切れたのなら、読者の知る権利に基づいて増刷するのは当然のことです。増刷は言論の自由と公益性を優先したものであり、利益は付随的なものです。

 また、弁護団が仮処分の申し立てなどしなかったら、この本のことはこれほどまで話題にならなかったでしょう。この本が話題になって増刷を必要とするほど売れたのは、弁護団が出版差し止めの仮処分を求め、それがニュースになったという側面が大きいのです。その点にまったく触れず「利益優先」との批判を支持するのは、おかしいとしか言いようがありません。

 私には、2と3についても、事実と異なることを基に批判して増田さんや寺澤さんの評価や信用を低下させているとしか思えません。

 結局、毎日新聞の社説というのは、福田君の弁護士の主張を代弁するかのような偏った論調で書かれているとしか思えないのです。

 問題とされた論評は、毎日新聞というマスメディアに掲載されたものであり、しかも新聞社の顔ともいえる社説です。「意見や論評」であっても、意見の対立している問題を扱う場合には、事実確認はもちろんのこと、公平な視点での考察や論評が欠かせません。毎日新聞社は、広島地裁での仮処分の決定を持っているとのことですが、それをきちんと読んで理解し、公平な視点で書いたとは思えません。

 今回の判決が正当なものと言えるのかどうか、増田さんと寺澤さんへのインタビュー記事をもう一度読んで考えていただきたいと思います。

増田美智子さんへのインタビュー 

寺澤有さんへのインタビュー 

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