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2010年7月

2010年7月31日 (土)

生きていた幻の鳥ミユビゲラと森林保護

 29日付の毎日新聞にミユビゲラが大雪山で確認されたとの記事が出ていると知人から聞きました。ちょうど「えりもの森裁判」で札幌に出かけたので、駅で毎日新聞を購入すると、「『幻のキツツキ』生息確認」という写真付きの大きな記事が出ていました。

 記事によると、北方森林鳥類調査室と岩手大学農学部保全生物学研究室が2006年に大雪山国立公園でミユビゲラを発見し、国立公園南部で約200ヘクタールの生息域を三カ所確認したとのこと。複数の雄が生息していると推測されるとのことでした。そして掲載された写真のキャプションには、「大雪山国立公園内で07年、北方森林鳥類調査室の稗田一俊さん撮影」とあります。この記事からは、少なくとも06年と07年に確認されていたことが分かります。

 ミユビゲラの記録については、「十勝三股森づくり21」のホームページに9例が掲載されています。近年では1988年に十勝三股で雌一羽が観察されていただけですので、2006年の記録は18年ぶりの発見ということになります。きっと大雪山国立公園のどこかに細々と生きているだろうとは思っていましたが、実際に生きていたということに感慨深いものがあります。あまり物音をたてないキツツキのようですし、個体数はとても少ないはずですから、見つけるのは至難の業といえるのです。

 さて、この記事を読んでとても不思議に思ったことがあります。記事には生息域の大半は国立公園の普通地域であり、林野庁が伐採や下草刈りを続けていて繁殖への影響が懸念されるとしています。そして「今年10月に名古屋市で開催されるCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)を前に、日本の森林生態系の危機を知ってもらうため、公表に踏み切った」と書かれているのです。

 2006年に生息を確認してから繁殖期に伐採や下草刈りをしていたというのであれば、早急に公表して施業の中止を求めるべきだったのではないでしょうか。その間にも天然林の伐採は行われていました。危機的な状況であり早急な保護が必要だというのであれば、速やかな公表と対策こそ意味があります。公表したからといって、調査ができなくなるわけでもないのですから。4年も前から内密に調査をしていながら、今になってCOP10を持ち出して「保護のために公表した」というのは、なんとも不可解です。

 また、記事には東京大学の樋口広芳さんがコメントを寄せており、「分布域や数を把握するため、詳細な調査を期待する」としています。ミユビゲラはエゾマツなどの枯損木を採餌木にしていると考えられますから、採餌木を求めて生息域が変わっていくと思われます。1988年の十勝三股の発見場所には後に私も行きましたが、残念ながら見ることができませんでした。その場所では2回観察されて以降、ミユビゲラは観察されていません。採餌木がなくなってしまえば他の採餌木を求めて移動してしまうのでしょう。分布域や数の把握など、簡単にできるものではありません。生息地の実態をあまりご存知ない識者にしかコメントを求めなかったのもどうかと思います。

 冒頭には「ミユビゲラは42年に北海道中央高地で発見されて以降、9件の目撃情報しかなく・・・」となっています。この9件というのは先の「十勝三股森づくり21」に掲載されている記録が元になっていると思われますが、これらは目撃情報だけではありません。採集(捕獲)が複数含まれているということも指摘しておきたいと思います。

 ミユビゲラについては、「まやかしの国有林保護地域の拡大案」に書いたように、林野庁の度重なる過度の伐採や風倒木の処理によって生息地が破壊されてきたという事情があります。林野庁はミユビゲラを危機的な状況に追いやった責任を痛感すべきでしょう。

2010年7月29日 (木)

すぐにゴミになる公告情報誌

 私の住んでいる十勝地方では、毎月一回「しゅん」というカラーの情報誌が新聞といっしょに配達されます。表紙には生活情報誌と書かれていますが、中身の大半は企業の広告で、その合間に短い取材記事がちらほらとあるだけ。帯広のソーゴー印刷という印刷会社が発行しているのですが、要するに広告収入によって作られ、無料で配られている広告雑誌です。

 とにかく、150ページほどもありながら中身はお店などの広告ばかりで、読むべき記事もほとんどなく、私はすぐに再生紙に回してしまいます。私と同じようにほとんど見ないという人も多いのではないでしょうか。

 で、表紙を見ると発行部数が書かれており、127,850部となっています。大半が新聞と一緒に家庭に配達されるようですが、「商店、会社及び置き本」が3,250部となっています。目がまわるような部数です。

 そこでちょっと計算してみました。先日届いた8月号の重さは約310グラム。これが127,850部ですから、全部の重さは何と約39.6トンにもなります。厚さは約6ミリありますので、これを積み上げると高さは約767メートル。大変な量の紙と印刷インクを使っているのです。これを十勝一帯に配布するのにもエネルギーを必要とします。

 新聞、広告などのチラシ、不要になった冊子や郵便物、包装の紙箱などなど、ただでさえ大量の紙ゴミ(資源ゴミ)がでるご時世に、すぐに不要になり回収される運命にある広告誌はどれほど意味があるのでしょうか。どれほどの人が望んでいるのやら。いくら印刷会社の経営が大変だからといって、こんな広告誌を発行して勝手に家庭に届けるのは迷惑でしかありません。資源やエネルギーのことも考えてもらいたいものです。

2010年7月28日 (水)

菅首相の消費税と普天間問題の背景

 7月22日号の「新婦人しんぶん」を見ていたら、小森陽一さんが「憲法なんでもゼミナール」という連載記事で、菅首相の「消費税10%」発言と普天間問題について、カラクリをわかりやすく指摘していたので、簡単に紹介します。

 まず、消費税問題について。

 国際通貨基金(IMF)は2010年6月14日に日本経済に関する年次審査報告を発表し、それを受けたIMF理事会は、日本の財政の健全化は消費税の段階的引き上げに焦点を置くべきだと提言したそうです。2011年から消費税の段階的引き上げが必要であるとし、最大22%という税率まで明記されています。

 IMFは各国の出資割当額に比例して投票権が割り当てられている機関で、日本はアメリカについで第二位。また、最大の出資国であるアメリカの巨大資本の意のままに動いているIMFには、一部の巨大資本投資家たちのマネーゲーム、資本主義のモラルハザードを生んだ責任があるといいます。つまり、菅首相の消費税増税発言は、菅直人氏が首相になる前に大臣をしていた財務省や大企業減税を求める財界の意向、そしてアメリカの意向を受けたものなのです。

 普天間問題については以下のように説明しています。

 「普天間基地問題で鳩山由紀夫政権が迷走した最大の要因は、外務省と防衛省の高級実務官僚が、首相の意向を完全に無視して、アメリカの軍部の意向だけを忖度しつづけたことにあった事実が、鳩山辞任劇の後マスメディアでようやく明らかにされました。

 『日米合意』はゆるがないという、菅政権の普天間問題に対する、沖縄県民と日本国民の願いに背く姿勢は、こうした高級官僚たちの意のままに動いていることにほかなりません。『政治主導』がまやかしだったことは明らかです」

 普天間問題は、日米安保体制で利権をむさぼっている者たちの意向だけで進められているといいます。

 鳩山前首相は「脱官僚」と主張していましたが、結局、そこからの脱却などはまったくできなかったということです。小森さんは、日本が真正面から沖縄県民や国民の意志に基づいて、アメリカと交渉することで事態は開かれるといいます。

 私は一昨年北欧に旅行をしましたが、物価(つまり消費税)の高いことを実感しました。それでも、福祉や教育などが充実していて不安のない生活を送れるからこそ国民は高額の消費税も受け入れているのです。消費税増税を口にするのであれば、まず大企業を優遇するような体制をなくし、格差をなくし、ワークシェアを進め、無駄な公共事業をなくし、福祉や教育を充実させるという体制づくりを実行しなければなりません。

 薄給で働かざるを得ない非正規雇用者、年金すら払えない低所得者にとって消費税増税は死活問題です。日本では1989年に消費税が導入され、後に税率が3%から5%に引き上げられましたが、福祉や医療、教育などの政策はアメリカに追従した小泉政権の下で、改善されるどころか悪くなる一方でした。財界やアメリカの意向を受けての消費税増税など、いったいどれだけの人が納得するというのでしょうか。

 消費税増税発言も、普天間問題も、国民の声が置き去りにされて暴走しているのです。自分の利益のことで頭がいっぱいの官僚や大企業ばかりにいい顔をするのは、いいかげんに辞めてもらいたいものです。

 民意を重視してこそ国民から支持される政府になれるのです。鳩山首相も普天間問題であんなみっともない辞め方をするくらいなら、せめて初めの発言を貫き毅然とした態度を示して欲しかったと思います。

2010年7月26日 (月)

消えた大森浜の砂丘

 東京に一週間ほど行っていた間のこと。7月17日付けの北海道新聞の「編集委員報告」に、中尾吉清さんの「名作の舞台 海辺のいま」という記事が掲載されていました。道内の3カ所の浜辺を訪ね、その地形や変貌、歴史などを紹介した記事です。

 その記事で驚いたのが、函館の大森浜です。大森浜とは函館山の東、住吉漁港から松倉川河口付近までの、ゆるやかに弧を描いた海岸です。今ではコンクリートの護岸に固められてしまっていますが、明治時代の測量によると東西3273メートル、南北500メートル、高さ36.3メートルの砂丘があったとのこと。今では想像もつきませんが、かつては函館の海岸にも立派な砂丘があり、巨大な砂の山があり、海浜植物の乱れ咲く海岸線が連なっていたのです。

 その砂山の砂には大量の砂鉄が含まれていたために、1955年頃から鉄鋼材料として採掘され、10年ほどで砂山が消失してしまったといいます。

 石川啄木の以下の歌は、この大森浜で詠まれたと考えられているそうです。

 潮かをる北の浜辺の砂山のかの浜薔薇(はまなす)よ今年も咲けるや

 砂山の砂に腹這ひ初恋のいたみを遠くおもひ出づる日

 在りし日の啄木が、海浜植物の茂る砂山に腹這いになって遥かな故郷を偲び、歌を詠む姿が目に浮かぶようです。しかし、その啄木像のあるところはもはや昔の海岸の面影はなく、コンクリート護岸と消波ブロックが延々と続いています。啄木もこんな光景は想像だにしなかったことでしょう。

 道南のイソコモリグモ調査では、函館周辺はすっかりコンクリート護岸で固められていたために、車から降りることもしなかったのですが、かつてはこの大森浜にも立派な砂丘と砂浜があり、海浜植物が繁茂していたのです。恐らく函館湾にも砂浜が続き、イソコモリグモが生息していたのでしょう。

 コンクリートで固められた海岸を当たり前のように見ている私たち現代人は、かつてそこに豊かな海浜生態系が息づいていたことも忘れてしまっているのかもしれません。

 北海道にはまだまだ自然の砂浜が残っているとはいっても、護岸化と海岸浸食によって確実に蝕まれています。せめて、今残っている自然海浜こそそのままの状態を保ってほしいものですが、日本中の海岸で浸食が容赦なく進み、おびただしいゴミが漂着している様子を目の当たりにすると、そんな希望も虚しくなります。

2010年7月24日 (土)

ガビチョウの楽園になった住宅地

 今年の5月に東京の実家に行ったときのことなのですが、住宅地を歩いていると庭樹と思われるところから聞いたことのない鳥の囀りが響いてきました。その鳴き声はどう考えても在来種ではありません。とても大きな声でいくぶんクロツグミに似たような囀りですが、クロツグミのほうが上品です。これはきっと籠ぬけ(飼い鳥が逃げ出したもの)に違いないと思ったのですが、姿は見られずじまいでした。

 さて、先週もまた東京に行ってきたのですが、今回も同じ鳥が住宅地のあちこちで囀っています。大方の野鳥は繁殖期を終えて静かに過ごしている時期なのに、この鳥だけはなんと朝から夕方まであちこちで鳴いているのです。そして、今回は2回ほどその姿を見ることができ、ようやく正体が判明しました。目の周りがケイマフリのように白く縁取られているガビチョウです。この暑いのに、昼のさ中にもよく鳴くこと! ヒヨドリの叫ぶような声とガビチョウのやかましい声が暑さをいっそう盛りたてるようで、いささかうんざりとしてきます。

 住宅地のあちこちで囀っているのですから、もうこのあたりにすっかり定着してしまったのでしょう。ガビチョウは北海道にはいないのでよく知らなかったのですが、すでに九州から南東北にまで分布しているそうです。特定外来生物にも指定され、問題になっているようです。それはそうでしょう。大型の鳥ですし、こんなたくましそうな鳥が野生化して増えてしまったなら、在来の野鳥にも影響があるに違いありません。

 実家のあるのは多摩丘陵を崩して造成した住宅地ですが、ここに越してきた40年ほど前には今より雑木林が広く残っていて、時おりサンコウチョウやサンショウクイの声が聞かれ、草藪ではあちこちでクツワムシがガチャガチャとけたたましく鳴いていたものです。その頃は島のように取り残された雑木林に、かろうじて里山の自然が息づいていました。そんな雑木林が次々に団地や宅地になり、今ではやかましいガビチョウの天国です。

 それに、数年前から近くの川(といっても、三面コンクリート張りの水路ですが)に外来種のウシガエルが棲みつくようになりました。夕刻に通るとブウォー、ブウォーと迫力いっぱいの鳴き声が響きわたってきます。何年か前にはカワセミの姿も見かけたのですが・・・。

 真夏になると街路樹や庭樹はアオマツムシの大合唱。住宅街はもはや野生化した外来生物に乗っ取られてしまったといっても過言ではありません。かつての里山のなごりを知っている者にとっては、在来種が姿を消し、外来種に置き換わってしまった光景に溜め息が出るばかりです。ほんの数十年の間にどれだけの雑木林が破壊され野鳥や昆虫たちの棲みかが失われたのでしょうか。そして、どれだけの在来種が外来種の侵略によって姿を消したのでしょうか。

 これほどまでに外来生物が定着して増えてしまったなら、駆除はほぼ不可能でしょう。特定外来生物に指定したところで、自由に飛び回る鳥をどうやって駆除するのでしょう。いったい、これからこの国の生態系はどうなっていくのでしょうか。外来種のたくましさを見るにつけ、暗澹たる気持ちになってきます。

2010年7月13日 (火)

小さな街の書店のゆくえ

 私の住む町から書店が姿を消して何年になるでしょうか。人口数千人ほどの小さな町で書店を見かけると、頑張っているなあと声援を送りたくなります。

 昨年のことですが、とある町で夕刻に2時間ほど時間をつぶさなければならなくなりました。時間つぶしなら本屋に限るということで小雨の降る中を本屋に向かうと、店じまいの支度をしているようです。聞くと、そろそろ閉店の時間とか。地方の町では遅くまで店を開けていてもお客さんは入らないのでしょう。でも、「どうそ、いいですよ」との言葉に甘えて中に入りました。

 もちろん大きな書店ではありませんが、驚いたのは社会系の本が充実していたこと。ふつうこの規模の書店では、雑誌とか実用本、話題になっている本やベストセラーの本などが主流です。どうみても、売れる本を売ろうというのではなく、売りたい本を売るという、店主の主張が伝わってくる選本です。

 社会系の本の棚をひととおり眺めてから、辺見庸さんの「私とマリオ・ジャコメッリ」を選んでレジに持っていき、閉店時間を過ぎてしまったことを詫びると、「自分の好きな本を買ってもらえると、嬉しいですね」とおっしゃってくださいました。やっぱり、店主の好きな本を売っているんですね。明らかに地元の人ではない見知らぬ客が偶然やってきて、自分の好みで品ぞろえした本の棚を眺めまわし、好きな本を選んだということも嬉しかったのかもしれません。

 しかし、こんな本屋さんは大型店に押されてどんどん姿を消しているのでしょう。大型店だけではありません。今はコンビニでも、インターネットでも本が注文できる時代。単に本を買いたいというだけなら、書店などなくてもいいのです。

 クレジットカートを持たない主義の私は、アマゾンは利用していません。コンビニも近くにはありません。ですから欲しい本は大型書店のある街に行ったときに買うか、札幌在住の娘に頼むか、版元に直接注文するかです。自然がいっぱいの田舎暮らしはいいのですが、本の購入だけは不便。

 ところがつい最近、新聞の販売店が本の注文と無料宅配をはじめるというチラシが入ってきました。本の入手は便利になりますが、こういうサービスがあちこちで普及したなら街の小さな本屋さんはさらに打撃を受けるのでしょう。利便性の陰で、「売りたい本を売る」という心意気のある街の本屋さんが消えてしまうのは何とも寂しいものです。書店の存在は、その街の文化レベルの象徴でもあると思うのですが。

2010年7月11日 (日)

米軍基地は保養施設

 ジャーナリストの三宅勝久さんが、普天間問題の取材で2週間ほど沖縄に行ってきたそうで、You Tubeに「三宅勝久の普天間リポート」と題して、山岡俊介さんによるインタビューがアップされています。

 普天間基地のすぐ横に幼稚園とか小学校があり、住民は、いつ堕ちてくるかわからないという危険や不安にさらされているとか、頭がおかしくなったり難聴になるほどのすさまじい騒音についても語られています。本土では考えられないですね。

 辺野古の沖合に移設するという案は、ゼネコンと砂利屋の利権の問題だとか、基地の地代をめぐる問題にも言及されています。そして、沖縄の人たちは「思いやり予算をやめたら、みんな帰るだろう」「米軍基地は保養施設だ」などと言っているとか・・・。それこそ沖縄の人たちの本音なのでしょう。思わず、そうだそうだと頷いてしまいました。

 鳩山前首相の普天間問題での対応には、本当に失望しましたが、とにかくマスコミ報道からは沖縄の実態とか、沖縄の人たちの本心、基地にまつわる利権などが見えてきません。ぜひ、以下の動画を見て実態を知り、問題点について考えていただけたらと思います。

2010年7月 9日 (金)

映画「別れの曲」に込められたショパンの想い

 ショパン生誕200年ということで、1934年に制作されたドイツ映画「別れの曲」がシアターキノで上映されていることを知り、先日見てきました。そこで、今日は息抜きに映画の話題です。この映画、「伝説の名画」と言われているそうですが、ショパン好きにはたまらない映画でした。

 この映画はショパンの伝記的作品ということですが、ショパンの年譜をみても史実とはたいぶ違うようで、かなり創作が入っています。というか、創作によって芸術作品として見ごたえのあるものに仕上がっているというべきでしょうか。ユーモアも随所にちりばめられ、初恋のコンスタンティアへの想い、祖国ポーランドへの想い、そして女流作家ジョルジュ・サンドとの出会いが美しい音楽に彩られて展開されていきます。映画の中でのピアノ演奏も素晴らしいのですが、バックに流れるショパンの名曲(ピアノ演奏ではありません)も心をなごませてくれます。

 最も印象的だったのは、パリでのコンサートの開幕直前にポーランドの独立のための戦いのニュースを知らされたショパンが、モーツァルトの演奏から突如、即興的に革命のエチュードを弾き始めるシーンです。激しく情熱的な演奏と祖国での闘いの場面が交差して映し出され、祖国への深い想いが切々と伝わってきます。華やかなパリのサロンと対照的な激しい演奏に圧倒されます。今の音楽家で、これほどにまで燃え盛る情熱をもった人がどれだけいるのでしょうか。

 そして、リストと背中合わせでショパンの曲を連弾するシーン。これなどは、まさに創作なのでしょうけれど、とても楽しい演出です。

 この映画のテーマとして使われているのが「別れの曲」(エチュード第3番ホ長調)です。作品ではコンスタンティアへの誕生日プレゼントとして作曲したとされていますが、コンスタンティアが別れを告げるラストシーンでも演奏されます。この曲を「別れの曲」と呼ぶのは日本だけのようですが、それはこの映画のタイトルに由来するとのこと。

 私もショパンの曲は大好きですが、中でも「別れの曲」は好きな曲の一つです。この曲は、ショパン自身が「これほど美しい旋律を見つけることは二度とできないでしょう」とリストに言ったと伝えられているそうですが、前半の甘美な旋律と中間部の激しく力強い旋律には、ショパンの愛や情熱が見事に表現されています。ただし、映画では前半の甘く抒情的な旋律しか出てきません。

 76年を経ても色あせない名画ですが、上映期間が限られる映画のようで、残念です。

2010年7月 8日 (木)

毎日新聞名誉毀損訴訟の判決への疑問

 6月22日の北海道新聞に、「毎日新聞社説の名誉毀損認めず」との記事を見つけました。「福田君を殺して何になる」(インシデンツ)の出版をめぐる毎日新聞の社説で名誉を傷つけられたとして、著者の増田美智子さんと版元の寺澤有さんが提訴した裁判の判決があり、増田さんと寺澤さんの請求を棄却したという内容です。「事実に基づく意見や論評で違法性はなく、不法行為には当たらない」と判断したそうです。

 正直いって、「事実に基づく」という判断には椅子からころげおちるほど驚きました。裁判では往々にして信じがたい判決が出されることがありますが、まさにこの判決はそうです。

 私はこの問題で、増田さんや寺澤さんにメールでインタビューをしたこともあり、増田さんが福田君に本の出版について知らせていたことは間違いないと信じています。また寺澤さんが福田君の弁護士の、ゲラをチェックさせろという要求を断って「福田君を殺して何になる」を出版した経緯は理解していましたし、その理由はもっともだと思いましたので、ことさらにこの判決が理解できなかったのです。

 で、いったいどうしてそういう判断をしたのか知りたくて寺澤さんに問い合わせ、判決文を入手しました。増田さんと寺澤さんが名誉毀損だとしたのは以下の3つの記述です。

1.当事者に知らせることなく出版しようとした行為は、いかにも不意打ち的だ。

2.元少年側が先月5日に仮処分を申し立てた後、初版が売り切れると2万部増刷した行為も適切だろうか。決定を待つのがせめてもの出版倫理ではないか。

3.これまでの経緯をみると,利益優先との批判はやむを得ない側面もある。

 裁判所は、これらの名誉毀損性の有無について、いずれも「原告社会的評価を低下させるというべきである」と判断しています。ところが、結論は「事実に基づく意見や論評」であり、不法行為ではないというのです。

 とりわけ驚いたのは1についての裁判所の判断です。「当事者に知らせることなく出版しようとした行為」について、裁判所は「原告らが本件書籍の原稿を福田に確認させないまま本件書籍を出版しようとしたことを前提事実とするものであり、・・・」としているのですが、「出版を当事者に知らせる」ことと「原稿を確認させる」ことはまったく別のことです。前者は「取材内容を出版物に掲載することの可否の確認」であり、後者は「原稿内容の確認」です。毎日新聞の記述は、百歩譲っても前者としか読みとれません。それが一般の人の受け止め方でしょう。

 増田さんは福田君に出版を知らせたと明言しており、それは広島地裁の仮処分の決定でも認められています。「福田君に出版を知らせなかった」とする客観的証拠はありません。ならば、この記述は「事実に基づく」ということにはならず、名誉毀損が成立するのではないでしょうか。裁判官は、まったく意味の異なる「確認」を同一視して、不当な判断をしているとしか思えません。

 2の記述はどうでしょうか。初版が売り切れて2万部を増刷したことは事実であって争いはないのですが、「適切だろうか。決定を待つのがせめてもの出版倫理ではないか」という部分が問題になります。

 寺澤さんは、弁護士から「ゲラを見せなければ仮処分をかける」と脅しのようなことを言われたのです。増田さんは、福田君にゲラを見せるとの約束はしていないと主張しています。そもそも、ゲラを被取材者に見せなければならないなどという決まりはありません。嘘の理由で仮処分の申し立てが行われたのであれば、どうでしょうか? 出版社が決定を待たずに出版し、増刷するのは当然ではないでしょうか。

 また、「福田君を殺して何になる」には、弁護団に対する批判が書かれていました。虚偽に基づく仮処分の申し立てによってそれが隠ぺいされてしまったら、言論の自由の侵害にあたるでしょう。だからこそ、仮処分の申し立ての決定を待たずに出版したのです。そういう経緯を無視し、「出版倫理」などという抽象的で意味不明な理由を持ち出し、増刷が「不適切」であるかのように批判したなら、出版社の信用を低下させることになります。毎日新聞社の言う「出版倫理」の定義がわかりませんが、不当な仮処分に対抗し、言論の自由を守るために行動することこそ出版人のとるべき姿勢でしょう。

 3についても同じです。光市事件という世間の注目を浴びた事件の弁護団について事実を報じることは公益性がありますし、ジャーナリストの仕事としてまっとうなことです。この事件に関心を持つ人ならば、誰もが知りたいと思うことでしょう。初版が売り切れたのなら、読者の知る権利に基づいて増刷するのは当然のことです。増刷は言論の自由と公益性を優先したものであり、利益は付随的なものです。

 また、弁護団が仮処分の申し立てなどしなかったら、この本のことはこれほどまで話題にならなかったでしょう。この本が話題になって増刷を必要とするほど売れたのは、弁護団が出版差し止めの仮処分を求め、それがニュースになったという側面が大きいのです。その点にまったく触れず「利益優先」との批判を支持するのは、おかしいとしか言いようがありません。

 私には、2と3についても、事実と異なることを基に批判して増田さんや寺澤さんの評価や信用を低下させているとしか思えません。

 結局、毎日新聞の社説というのは、福田君の弁護士の主張を代弁するかのような偏った論調で書かれているとしか思えないのです。

 問題とされた論評は、毎日新聞というマスメディアに掲載されたものであり、しかも新聞社の顔ともいえる社説です。「意見や論評」であっても、意見の対立している問題を扱う場合には、事実確認はもちろんのこと、公平な視点での考察や論評が欠かせません。毎日新聞社は、広島地裁での仮処分の決定を持っているとのことですが、それをきちんと読んで理解し、公平な視点で書いたとは思えません。

 今回の判決が正当なものと言えるのかどうか、増田さんと寺澤さんへのインタビュー記事をもう一度読んで考えていただきたいと思います。

増田美智子さんへのインタビュー 

寺澤有さんへのインタビュー 

2010年7月 7日 (水)

美蔓貯水池の欺瞞(13)架空の水需要と受益者負担

前回の記事

 6月21日に日本森林生態系保護ネットワークが、美蔓地区のかんがい事業の中止と、天然林伐採の中止を求め、農林水産省と林野庁に申入れに行ったのですが、広島フィールドミュージアムを主宰される金井塚さんが、その報告記事をご自身のブログで取り上げています。提出した要望書もアップされています。

日本森林生態系保護ネットワーク、農水省・林野庁へ要望書提出(その1)

 金井塚務さんがこの記事で鋭く指摘しているのは、賦課金(受益者負担)の問題です。というのも、金井塚さんは広島の大規模林道問題で、受益者賦課金の公的助成が違法であるとして裁判をしているのですが、美蔓のかんがい事業ではこれと同じ構図になっているのです。

 すなわち、農家が負担すべき受益者負担を市町村が肩代わりしてしまう、つまり農家はなんらお金を負担しないがために、水を使うつもりなどなくても事業主体の求めに応じて受益者として契約書に判を押してしまうという構図があります。これによって架空の水需要がつくりだされてしまうのです。そして、必要もない事業に巨額の税金が投じられ、自然が破壊されることになります。農家が実際に受益者負担をするという条件であれば、果たして何件の農家が受益者として契約したのでしょうか? それが知りたいところですね。こうした水増しは、基本高水流量を過大な数値にすることでダムや河川整備を正当化する国土交通省のやり方とよく似ています。

 国に自治体が肩代わりする賦課金のことを質すと、自治体と農家のことだから国は関係ないと逃げてしまったそうです。十勝自然保護協会が北海道開発局帯広開発建設部と話し合いをした時には、はじめは農家にも受益者負担があると説明していました。ところが後にその発言を反故にして、何くわぬ顔をして受益者負担は市町村が支払うと言い始めました。そこで、それはおかしいのではないかと質すと、それは自治体の判断だから自分たちには関係ないと責任転嫁をしてしまったのです。

 でも本当に関係ないのでしょうか? 開発建設部の職員が農家と契約をするときに、「受益者負担は市町村が支払うから農家は負担しなくていい」という説明をしなかったとでもいうのでしょうか? まさか、そんなことはないでしょう。ならば、地元市町村の受益者負担肩代わりを利用した開発に責任がないはずがありません。「関係ない」で済まされることではないのです。

 利用しておきながら、市町村に責任転嫁するとはどういうことでしょう。架空の水需要に基づく事業であっても、国はその水需要について検証する必要もないし、関知しないといっているのと同然です。これは無責任にすぎます。この無責任さを追求するとともに、架空の水需要を生み出すためのこのカラクリこそ、何とかしなければなりません。

 これと同じようなことは、他のかんがい事業などでも行われているのではないでしょうか。市民が知らないだけで。

 広島のように、受益地になっている町の住民が受益者負担の違法性を主張して住民監査請求をするなどの方法があるのですが、おそらく多くの市民は架空の水需要を生み出すカラクリも、住民監査請求という方法も知らないのだと思います。私は受益地の市町村に住んでいないので、住民監査請求をすることができないのですが・・・。

つづく

2010年7月 4日 (日)

「ヒラメ裁判官」を生みだす日本の司法の現状

 「魚の目」に池田眞規弁護士からの手紙が紹介され、「ヒラメ裁判官」を生みだす日本の司法の現状について書かれています。

池田弁護士からの手紙 

 日本ではお上に逆らう判決を出す裁判官を、人事権を利用して左遷させています。このために、上の方ばかりを見て判決を出す裁判官は、魚のヒラメに例えて「ヒラメ裁判官」と呼ばれています。こうしたからくりのために、日本の司法は非常に由々しきことになっています。つまり、日本では三権分立などというのは言葉だけになっているのです。

 この記事ではじめて知ったのですが、ヨーロッパのおもな国には「裁判官組合」というのがあるのですね。ギリシャの裁判官組合の方の「司法の独立は裁判官個人では守れないのだ」という言葉に深く頷くとともに、日本の実情を聞かされて「自分の基本的人権も守れなくて、どうして国民の人権を守れるのか?」という言葉に、はっとさせられました。

 日本では裁判官が「自分の人権を守ろうとしない」がために、ヒラメ裁判官になっているとも言えます。「裁判官組合」が最も必要なのはこの国です。しかし、日本では自分の基本的人権を守ろうとして行動する人は少数派です。残念ながら裁判官とてそうです。この国に「裁判官組合」が生まれる日がくるのでしょうか。

2010年7月 2日 (金)

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その3)

これまでの記事

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その1) 

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その2)

 高杉晋吾著「谷間の虚構」の弟三章「闇の中の人々」では、満州事変、朝鮮戦争にまでさかのぼる、政・官・財のダム利権の構図に迫ります。

 朝鮮と満州の国境に建設された巨大な鴨緑江ダムは、朝鮮窒素肥料(後の水俣病のチッソ)への電力供給のために造られたといいます。この工事を請け負ったのが間組と西松建設。植民地でタダ同然の強制労働によって鴨緑江ダムを建設し、朝鮮窒素肥料が大儲けをしたそうです。この鴨緑江ダムに目をつけたのが岸信介と東条英機。二人は「朝鮮水力電気」という国策会社をつくり、軍事産業のための発電ダム開発を進めました。この鴨緑江ダム建設に関わった坂西徳太郎氏が、後に建設省の役人となって、八ッ場ダムに派遣されたという歴史があります。

 その後、八ッ場ダムをめぐっての福田赳夫と中曽根康弘の確執、そして反対運動つぶし、談合など、生々しい利権の構図が語られています。

 もう一つ、指摘しなければならないのは揚水ダムについてです。上池と下池の二つの貯水池をつくり、下池から上池に水をポンプアップして発電するというシステムです。水を低いところから高いところに汲みあげるのに電力を使うのですから、ちょっと考えただけで、赤字発電になることがわかります。では、なぜこのような赤字発電所を造るのでしょうか?

 それは原子力発電と一体のものだからです。原発で余ってしまう夜間電力を下池から上池へのポンプアップに使い、電力の需要が一時的に増加したピーク発電時などに使うというものです。原発がなければ必要がないダムですし、猛暑でクーラーの使用が急増したなど、稀に生じる電力不足に対応するだけの無駄なダムです。これが山の中に100基(50組)も造られているといいます。

 猛暑で電力が不足するといっても、一人ひとりが暑さをちょっと我慢してクーラーの設定温度を下げれば解消することでしょう。こうしたことからも、はじめにダムありき、はじめに原発ありきの実態が見えてきます。

 こうしてみると、戦後のダムの多くが利権構造のなかにすっぽりとはまり込んで、金儲けの温床となっていたことが明瞭に見えてきます。国民の血税を惜しみなく投入しているダム建設は、決して国民の方などには向いておらず、ひたすら政・官・財のためにあったといえるでしょう。もちろんこれは八ッ場ダムに限らず、この国の大半のダムに共通することです。

 八ッ場ダムをめぐる闇の世界について詳しく知りたい方は、是非本書をお読みになることをお勧めします。

 なお、本書を書かれた高杉晋吾さんは1933年のお生まれですが、真実を追い求め、権力におもねらずに取材・執筆活動をされてきた反骨のジャーナリストです。

2010年7月 1日 (木)

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その2)

前回の記事

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その1)

 前回の記事の続きです。今回は、高杉晋吾著「谷間の虚構」に描かれている八ッ場ダムの地質問題について紹介します。八ッ場ダムの地すべり問題については私も以前、以下の記事に書きましたので、ここでは省きます。

八ッ場ダムの地すべり問題

 地質問題について書かれた「第二章 揺れる地盤」でもっとも驚くべきことは、「ダムを造ってはならない脆弱な地質」であることを建設主体である国が認識していながら虚偽の説明を行っていたということです。少し長くなりますが、本書に引用されている1970年6月10日の衆議院地方行政委員会の議事録から問題部分を紹介します。この発言は、文化庁の内山正説明員のものです。

 「・・・その結果、昨年の十二月に上流サイトの地質調査が行われたようでございまして、その結果が本年の三月の初めに文化庁に提出されました。その結果によりますと、その地点は地質が非常に熱水変質を受けておる部分が多い。地表でもそれが数カ所見られるし、またボーリングをいたしました地下の深いところでも二カ所ほど見られるということでございまして、このことは川原湯温泉に続くいわゆる熱変質をした地質がずっと続いているものと考えられるということで、ダムの基礎地盤としてはきわめて不安定であるということでございます。それからもう一点は、かりにダムを造りました場合の一番力のかかります下流端と申しますか、その付近に河床を横断する三メートル幅の岩の断層があるということで、これもダムの一番力のかかる部分にそういう断層があるということはダムが非常に不安定である、不安であるということであります。それから全体としまして岩盤に節理が非常に多いということで、これもダム建設、しかも大型ダムの建設場所としてはきわめて不安な状況であるということで、総じましてこの上流サイトに実地調査をいたしました結果については、この種のダムを建設する場所としては非常に不安な地形であるということがわかったということでございます」

 この記述、すごいですね。国が自ら「ここはとても危険だからダムを造ってはいけない」と言っていると同然です。

 ところが、2009年に東京の石原慎太郎知事や埼玉の上田清知事が現地を視察した際、担当技官はガンガンを叩いて「このとおり岩は硬い。だから八ッ場ダムは、これ以上ないほど安全な岩盤の上に建てられる」と説明したそうです。こうやって事実を隠ぺいし、国民を欺いてきたわけです。

 ダムの堤体自体は水圧などに十分耐えられる構造になっているのでしょうけれど、それを支える地盤が脆弱であれば堤体の強度など意味がありません。もしダムが決壊したなら、とんでもない大災害が待ち受けています。その責任はだれがとるのでしょうか。いえいえ、責任などとれないでしょう。造らないことこそ国の責任です。

 もう一つ、ダムが地震を誘発するという事実があるということも本書で知りました。地下の活断層の断層面に地下水が浸透すると、地震が発生することがわかっており、ダムによって地震が発生しやすい環境になる可能性があります。脆弱な地質に加えて地震となれば、ダム決壊の懸念が現実味を帯びてきます。

 最後に、地下水の問題についても触れておきたいと思います。東京駅などでは地下水が上昇しており、駅が地下水によって浮かないように対策に苦慮していうということは知っていましたが、首都圏などでは地下水位の上昇による影響が深刻になっています。これはかつて地下水の汲み上げによって地盤沈下が生じ、地下水の利用を放棄したために生じている現象です。

 ところで、地下水放棄をしたのと同じ年である1955年に、関東で猛烈なダム開発ラッシュが生じたそうです。そこには、地盤沈下を理由に、ゼネコンと政治家が手を組んでダムの推進へと政策を転換させたという背景があります。しかし、今では上昇した地下水位によって、首都圏の建物は危機にさらされています。

 首都圏の地下水位の上昇問題については以下のサイトなどを参照してください。恐ろしいことになっています。

No.059東京水没 

上野駅はすでに水没しています-東京駅も 

 ダムの必要性の根拠の一つとなっている水需要も過大に見積もられており、予測に対する実績はおよそ半分程度といいます。水需要予測などというのも絵空事でしかありません。基本高水流量が過大になっているのと同じ構図です。

 絵空事の水需要予測によって水道料金にダムの建設費を上乗せられ、高くて塩素臭のするまずい水を飲まされるのは、首都圏に住む人たちです。

つづく

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