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2010年3月

2010年3月14日 (日)

「押し紙」という新聞業界の闇と闘う黒薮哲哉さん

 新聞の「押し紙」問題については、「地に堕ちた新聞業界」でも触れましたが、読売新聞は新聞の「押し紙」問題を果敢に追及しているジャーナリストの黒薮哲哉さんに対し、2008年2月の提訴を皮切りに3回もの裁判を起こしました。読売新聞という大マスコミがジャーナリスト個人につぎつぎと高額の訴訟を起こすこと自体が異常ですが、その内容はまさに言論封じといえるものです。一回目の裁判については黒薮さんが勝訴しています。これについては黒薮さんの以下の記事をお読みください。日本の新聞業界の実態と巨大部数の危うい関係が語られています。

ジャーナリズム企業が起こした大問題、著作権裁判を終えて 

 黒薮さんも当然のことながら、黙ってはいません。一連の裁判が言論弾圧であるとして読売新聞に対して損害賠償訴訟を提起しました。

読売「言論弾圧訴訟」にジャーナリストが反撃、5600万円損害賠償請求 

 さて、黒薮さんの著書「[新聞販売黒書]新聞があぶない」(花伝社)では、新聞の「押し紙」問題について詳述されています。この本の前書きの一部を紹介しましょう。

 「不幸なことに日本には、ジャーナリズムの灯台が数えるほどしいかない。しかも、その大半は世界に類をみない巨塔である。なかにはプロ野球の球団から放送局、出版社までを従えているものもある。

 “反映”の象徴のようにそびえる巨塔の足下には黒い影が広がる。そこは新聞記者の立ち入りが厳しく禁止された『特別地区』である。住人は四〇万人あまり。独禁法も労基法も施行されていない。時には犯罪者が身を潜める。情報産業の裏庭、いわゆる新聞販売の現場である。

 不可解な光の演出に苦情をとなえようものなら、活字や電波でデマや中傷が飛び交う。だからだれもが警戒して、自由にものが言えない。このこと自体が大問題だ」

 黒薮さんは、新聞社と販売店の闇の世界を、このように表現しています。警察や検察の闇が「裏金」であるなら、日本の新聞業界の最大の闇は「押し紙」というシステムでしょう。

 また、黒薮さんは本書のなかで新聞社と新聞販売店の間で交わされる商契約が、新聞社側に一方的に有利な内容、すなわち「片務契約」になっていると指摘しています。そして、「販売店と新聞社の間で交わされる契約書は、新聞社が法的に優越的な地位を確保するための役割を果たしている」と言います。本書を読んでいただければ、押し紙を利用したシステムが巧みに販売店を牛耳っていることがよくわかります。この本では、販売店が新聞社を提訴したものの敗訴してしまう事例が紹介されているのですが、この片務契約のために、販売店が新聞社を訴えても勝訴が困難になっているのでしょう。

 片務契約によって優位の立場にある者が相手方を支配しているという点では、フランチャイズ形式のコンビニの本部と店舗の関係、あるいは共同出版の出版社と著者の関係にも似ています。公正取引委員会は、こうした状況を是正していく責務があると思うのですが、何とも頼りない状況です。

 マスゴミと揶揄される新聞ですが、こうした闇のシステムを温存している限り、真っ向から権力者の腐敗を暴くことなどできないでしょう。黒薮さんの勝訴によって新聞社の自浄作用を期待したいところですが、読売新聞の態度を見ているととても期待できません、警察や検察の不正、マスコミの不正がまかり通り、それにメスを入れることのできない状況ほど危険なことはないと思います。

2010年3月13日 (土)

永遠にお金がかかるダム

 以下の数字が何を意味するのか分かるでしょうか?

桂沢ダム 4.7

金山ダム 4.0

大雪ダム 5.2

漁川ダム 4.5

豊平峡ダム 3.2

定山渓ダム 3.0

滝里ダム 5.6

忠別ダム 5.4

岩尾内ダム 3.5

鹿ノ子ダム 3.5

十勝ダム 4.2

札内川ダム 4.1

二風谷ダム 7.5

美利河ダム 4.8

 これは、平成21年度のダムの維持管理費で、単位は「億円」です。

 ダムは造るときにだけお金がかかるわけではありません。毎年こうした億単位の費用を維持管理のために投入しているのです。全国のダムの維持管理費を合わせたら、いくらになるのでしょうか。

 ダムが土砂の流下を妨げて海岸浸食が進行すれば、さらにその対策でお金がかかり、海岸の自然も破壊されます。自然を破壊し、永遠に税金をつぎ込まなければならないのがダムという構造物です。このような費用をマスコミがきちんと公表しないことが不思議です。

 ここに挙げた中でも飛びぬけて高額の維持管理費がかかっているのが二風谷ダムの7.5億円です。二風谷ダムといえば大量の堆砂で干拓地のようになっていますから、このままにしていたらさらに土砂が溜まり治水機能は低下するばかり。ダムにたまった大量の土砂の処理などにお金がかかるのでしょうか。また、二風谷ダムができてから水質が悪化し、水を引いている稲作農家ではお米の等級が下がってしまったそうです。こういうダムは撤去すべきです。さらに平取ダムをつくったら、過ちを重ねるだけです。

2010年3月11日 (木)

日弁連会長に選ばれた宇都宮健児弁護士に期待

 日本弁護士連合会の会長選挙の再投票が10日にあり、宇都宮健児弁護士が山本剛嗣弁護士を破って当選しました。日弁連の会長選挙で再投票は初めてとのことです。そして、主流派の東京や大阪の弁護士会が擁立した候補者が落選するとのも異例とのこと。

 今回の日弁連の選挙結果が公表されています。

日本弁護士連合会会長再投票仮集計 

 大所帯の東京の3つの弁護士会では、宇都宮弁護士より山本弁護士の得票が多いことが歴然としています。しかし、地方の弁護士会の大半は宇都宮弁護士を支持しています。弁護士にも派閥というのがあるのですが、今回の選挙は中央の主流派と無派閥の宇都宮弁護士の争いだったといえるでしょう。

 宇都宮健児弁護士といえば、消費者金融や闇金など多重債務者の被害者の救済や消費者問題に取り組んできた弁護士です。一昨年の「年越し派遣村」で名誉村長も務めました。社会の底辺で苦しむ弱者の立場になって活動している弁護士が、日弁連の会長に就任したことに大きな期待を抱かざるをえません。

 今日の北海道新聞に宇都宮弁護士を紹介するコラムがありましたが、その冒頭に「20年前に買い、ぼろぼろになった筆入れも粘着テープで補修して使う」とあり、物を大事にする庶民的な感覚の宇都宮弁護士に大いに親しみを感じました。以下の記事で宇都宮弁護士の人となりがよくわかります。かなり長い連載記事ですが、ぜひお読みいただけたらと思います。ご自身が貧困で苦労されてきたからこそ、弱者の気持ちが見にしみてわかるのでしょう。

魂の仕事人 弁護士宇都宮健児

 弁護士といえば、弱者の味方であるのが当たり前と思っている方もいるかもしれませんが、とんでもありません。今では多重債務問題で弁護士や司法書士が過払金返還請求を手掛けることが当たり前になりました。ところが、そのような弁護士や司法書士のなかには、多額の過払い金を回収しておきながら依頼者に報告せず、過払金の大半を報酬金として取ってしまったり、所得隠しや税金の申告漏れなども多数あるとのこと。弁護士や司法書士による消費者被害という信じがたい事態が多数生じているそうです。

 ジャーナリストの津田哲也さんは、足利事件で冤罪となった菅家さんの弁護をした佐藤博史弁護士に関する情報を多数取り上げています。

NEWS RAGTAG 弁護士

 どうやら、佐藤弁護士にはどうもあまり世間に知られていない裏の側面があるようです。お金のために、悪質商法をやっている会社の弁護をしている弁護士もいるわけで、弁護士といっても本当にクリーンな人や、弱者の人の痛みが分かる人はそれほど多くないのかもしれません。

 そんな状況だからこそ、宇都宮弁護士が法曹界に新風を吹き込んで欲しいと思います。

2010年3月10日 (水)

組織について考える―四茂野氏のホロウェイ論を読んで(2)

前回の記事

強制と自主性―四茂野氏のホロウェイ論を読んで(1)

 四茂野修氏のホロウェイ論の「その2:息のつまる社会からの脱却」「その3:ホロウェイと網野善彦」「その4:アルゼンチン社会から見えるもの」では、自律・自治をめざす共同体について述べられています。そして、「その5:自律・自治と政治の間を結ぶもの」では、権力の集中が生じずに、社会と政治を結ぶ新たなしくみについて、ホロウェイと近い考えを持ちアルゼンチンで社会運動に関わっているエセキエル・アダモフスキーの興味深い主張を紹介しています。

 いわゆる左翼はなかなか民衆の支持を得られません。このことについて、アダモフスキーは以下のように説明しています。

 「お互いに見知らぬ者同士が、密接な相互依存関係をもって暮らしている現代社会の抱える危うさへの懸念が、民衆の秩序への願望を生み、秩序を訴える右翼を支持させているのです。他方、左翼は現存する秩序の破壊を主張しますが、破壊した後に建設する新たな秩序については、ほとんど何の構想も提示していません。その意味で、民衆の右翼への支持は、誤解によるものではなく、正しい判断の結果なのです。」

 左翼が資本主義社会を否定するのであれば、それに対応する新たな制度を用意しておかなければ、秩序が乱れるだけだというわけです。秩序を重んじる民衆は、左翼は危険なだけであり、とても安心できないということになります。そこでアダモフスキーは、「資本主義とは異なる新しい世界へ向けて歩みながら、そのなかで社会全体を運営できる独自の政治への関わり方を創造し、発展させることが求められている」といいます。

 アダモフスキーは左翼について、こう語っています。

 「左翼の世界ではこれまで、あらかじめ知った『真理』に合致するものが『善い』こととみなされ、倫理的な善悪の問題は政治路線の正しさの問題に解消されてきました。そして身の回りの仲間一人ひとりを配慮する倫理に、イデオロギー的な真理への献身がとって代わったのです。そのため他の面では善良な心をもつ活動家が、『真理』の名の下に仲間を操り、時には暴力をふるってきたのでした。このような姿勢は自分を他者より優れたものと見る、無意識のエリート主義に支えられています。こうした左翼の悪しき伝統からの決別がまず問われるのです。」

 私は自分の思想信条や良心に基づいて、自分の意見をこうしてブログに書き、また市民運動にも参加しているのですが、それを「正義をふりかざしている」と言う人がいます。私は自分の意見が真理であるとか、絶対に正しいなどとは言っていませんし、自分とは180度違う意見があることは百も承知しています。他者の意見は尊重しますし、自分の考えを他者に押し付けたいとも思いません。また、正義などという言葉は基本的に嫌いです。絶対的な正義などありませんから「正義」という言葉はまず使いませんし、自分の言動が「正義」に基づいているとも思っていません。ですから自分の意見を主張することがなぜ「正義をふりかざす」ことになるのか、まったく理解できませんでした。しかし、このアダモフスキーの言葉を読んで、そのような見方をする人は、無意識のうちに「『真理』の名の下に仲間を操ってきた」一部の左翼活動家と同一視しているのではないかと気づきました。左翼と同じような発言をしていたら、それだけで独裁的な左翼の活動家をイメージしてしまうのでしょう。

 私はいわゆる左翼政党がどうしても好きになれないのですが、それはまさにアダモフスキーの主張しているように階層的な上下関係に支配されているということです。上意下達で固められた権威主義的な政党は組織そのものが「平等」ではなく、したがって政権を取ったとしても、その自己矛盾ゆえに平等な社会は築けないでしょう。これは政党だけではなく、労働組合や市民団体などにも言えることだと思います。

 作家の辺見庸氏の著作を読むと、彼は徹底して組織というものを忌避し、個人を重視していることがわかります。これはあくまでも私の推測でしかありませんが、辺見氏も組織というものについてアダモフスキーと同じように捉えているのではないでしょうか。組織に頼ってしまったら、個は埋没し、組織の中の権力に支配されることにもなりかねません。

 ただ、私自身はいくつかの組織に属していますし、組織や連帯そのものを否定するつもりはありません。組織の運営でいつも感じるのは、組織の中に階層的な上下関係が生まれてはならないということです。組織とは役員のためのものではありません。組織の代表者や役員が暴走したなら、メンバーとの信頼関係は崩れてしまうでしょう。そうなったら組織は分裂したり消滅する道をたどるのではないでしょうか。組織はメンバーの主体的な意見や活動に基づいて動くようにしなければなりません。組織内に上下関係を生じさせないためには、組織はできるだけ小さいほうがいいとも思います。大きな組織になればなるほど組織内の階層化が進み、個は埋没してしまうでしょう。

 さて、アダモフスキーは権力の集中が生じずに、社会と政治を結ぶ新たなインターフェイスが必要であるとして、「社会運動評議会」を提案しています。今のような社会運動と政党との関係を断ち切って、社会運動が主体となって政治をつくりかえることを目指すというものです。政党や組織内の上下関係、権力争いに辟易としている私には、とても新鮮な提案に見えます。

 この社会の閉塞感を打開するためにどうしたらいいのかという重い課題に、アダモフスキーの主張は重要な示唆を与えていると思います。

つづく

2010年3月 9日 (火)

何のための「ほっかいどう学検定」なのか

 先日札幌の書店に行ったときに、「ほっかいどう学検定 公式問題集[自然環境編]」(北海道新聞社)という本が目にとまりました。その本のカバーの折り込み部分に、次のような問題と回答の一例が出ていました。

Q 「瞑想」するポーズで人気のナキウサギの説明で誤りはどれ?

1.日本では北海道にだけ生息

2.知床、増毛山地では確認されていない

3.低地では地下の永久凍土と風穴の冷気があるところにだけ生息

4.冬眠に備え、夏の後半から草木の葉や茎、コケなどを蓄える

 この質問を読んで首をかしげてしまいました。ナキウサギは冬眠をしません。そこで秋になると植物を大量に集めて岩穴に貯蔵し、冬の間はそれを食べて過ごします。これを貯食といいます。冬眠をしないので、「冬眠に備え」としている4番が誤りだといいたいのでしょう。しかし、実は3番も誤りなのです。誤りが二つもあるような設問は失格です。

 さて、答えを見ると以下のように書かれています。

A 誤りは4

 ナキウサギは氷河時代の生き残り(遺存種またはレリックと呼ばれる)で、1万年前まで続いた氷河期には平地にも生息していたと考えられるが、温暖化に伴い寒冷な高山や風穴のあるガレ場(石が積み重なったところ)に逃げ込んだ。ガレ場は岩と岩との隙間が外敵から守ってくれるとともにクーラーの役割を果たす。地下に永久凍土がある士幌高原や日高の豊似糊では低標高地でも生息している。ねぐらに草木の葉や茎などリュック1杯分もの量を蓄え、冬眠はしない。

 この答えでは、ナキウサギは冷涼なところにしか棲めず、日高の豊似糊には永久凍土があるということになります。しかし、豊似糊では永久凍土は確認されていません。日高では標高50メートルの幌満というところでナキウサギの生息が確認されており、現在知られている生息地の中でもっとも標高の低いところです。しかし、幌満にも永久凍土はありません。ナキウサギの生息には永久凍土や風穴の存在は必須ではないのです。

 ナキウサギは岩が積み重なった岩塊地を棲みかとしています。そのような岩塊地では永久凍土や風穴が発達しやすいということであり、永久凍土や風穴がなければナキウサギは生息できないというわけではないのです。しかし、今でもそのことを理解していない人がたくさんいるようです。この設問を考えた人も恐らくそうなのでしょう。

 この問題集には、他にも首をひねるような不適切な設問や解答が複数ありました。

 最近は「検定」がブームになってきているようです。私はこうした検定などには全く関心がないのですが、検定に合格することを目的とした問題集を見て、何のための検定なのかという疑問が大きくなりました。誤った設問や解答があるということもありますが、問題の出し方がまるでクイズです。意図的に引っかけようとしているとしか思えない設問もありますし、こんなことを覚えて意味があるのだろうかと思う設問も少なくありません。この問題集を丸暗記すれば検定に合格するのでしょうけれど、それで北海道の自然や環境のことが理解できるとは到底思えません。いえいえ、それで理解できたと思ってしまったら、むしろ問題でしょう。

 自然観察会のリーダーなどにも言えることですが、知識を詰め込めば自然についての説明ができるというものではありません。聞きかじった知識で自然解説をしても、ひとたび質問をされたら答えに詰まってしまうでしょう。優れた自然観察者は、自分自身で疑問をもち、それを探求する姿勢が必ずあります。そうしてこそ、自然の不可思議さをひも解き理解することができるのです。

 本書の「発刊にあたって」には、「『ほっかいどう学』は、北海道を理解し、北海道を愛し、北海道の創造的発展を目指す人々を増やしていくのを目的に設けられたものです」と書かれています。しかし、この問題集の設問に答えられたからといって、「北海道を理解し、北海道を愛し、北海道の創造的発展に役立つ」とはとても思えないのです。

2010年3月 8日 (月)

銭函海岸の風力発電計画を考える(その5)

 2月27日に札幌で北海道自然史研究会の研究会(大会)があり、銭函海岸の自然を守る会代表の後藤言行さんと、アセス書にまつわる記事を書かれた後藤美智子さんにお会いすることができました。その後藤さんから情報提供がありましたので随時紹介したいと思います。

 後藤さんのところには、日本風力開発(株)について、以下のような情報が寄せられているとのことです。

・佐世保市宇久島では日本風力開発が「生活環境に影響はない」と言って「承諾書」をとっていたが「説明が事実と異なる」と住民は破棄を通告。市長は「地元とも合意が図られない限り本計画の実施は難しい」と議会で表明するほどになっている。

・南房総市では日本風力開発が補助金申請を出した約4か月後に「環境影響評価(アセス)方法書」の縦覧を実施。市役所の庁舎内で実施したのも小樽市と同じ。

 どうやら全国で、住民に事実と異なる説明をしたり、アセスの縦覧前に補助金を申請するなど、地域住民の声を無視した強引なやり方をしているようです。化石燃料からのエネルギー転換が必要なのは分かりますが、風車は自然破壊や低周波音による健康被害、バードストライクなどさまざまな問題を抱えているのです。なぜ、こんなふうに住民を無視して強行しなくてはならないのでしょうか。

 また、「一般社団法人新エネルギー導入促進協議会」という補助金の申請受付、決定を経産省より丸投げされている組織があります。この組織は、昨年度は300億円を扱い、小樽銭函風車は「設計設備費」として6億7千万円とのこと。今年は500億円を取り扱うそうです。文書の開示を求めると「日本風力開発が『株主の利益を損ねる恐れがあるから』という理由で拒否しているので出せない」と回答したそうです。新エネルギーの導入をめぐり巨額の費用が動いており、ここにもお金儲けしか頭にない人がいるのでしょう。

 銭函の風力発電に関しては、小樽市は住民からの要求を拒否しているとのことで、銭函海岸の自然を守る会では以下のような要望をし、話し合いを求めています。

                  **********

                                    2010年3月1日

小樽市長  山田 勝麿 様

                              銭函海岸の自然を守る会

                              代表 後藤 言行

  日本風力開発(株)の事業に対する住民とのトラブル等の調査について

  このことについて、小樽市議会平成21年第2回定例会本会議において、市長は質問に対して「環境問題によるトラブルについてでありますが、同社が国内運転または開発中の発電所において現在までトラブルとなった事例はないと伺っております」と答弁しています。しかし、当の事業者が自ら「トラブルを起こしている」と表明することはあり得ないと考えます。したがって、当然、小樽市当局は独自の調査を実施して事業者および事業内容の評価をおこなったものと考えます。ついては、2010年1月26日に窓口である総務部企画政策室の担当者と会談をもった際に私たちは、事業者である日本風力開発株式会社と住民との間で、環境問題に関わってトラブルが発生している可能性のある地域を挙げ、少なくとも6市町村の実態を早急に調査するように求めました。それから1ヶ月近くが経過した2月23日に、当然、調査の結果がまとまったことと思い回答を求めたところ、「調査は要求されたが調査するとは言っていない。調査する意思はない」との回答でした。以上の経緯を踏まえ、あらためて貴職に下記の事項を要求します。

                       記

1.日本風力開発株式会社あるいはその子会社が開発を進めて、地元住民とトラブルが発生している地域は、全国にあります。

 そのような事業者が引き起こすトラブルについては、自治体の長としての行政上の、あるいは道義的な責任が生ずると思います。

 全国の実態の調査を行わない理由をお答えください。

2.調査を行わない理由について、書面をもって3月5日までに回答して下さい。

2010年3月 7日 (日)

証明できなかった三の沢の土石流

 昨日は然別川三の沢の砂防ダム改修工事の件で、帯広土木現業所から十勝自然保護協会に説明がありました。三の沢砂防ダムの改修工事については「手放しで賛同できない砂防ダムのスリット化」でも触れていますが、魚が往来できるようにすることを目的に、ダムに幅1メートルのスリットを2本入れ、さらに土石流による巨礫の流下を防ぐためにスリットの部分に鋼鉄製の横棒を60センチ間隔で入れるという事業です。

 十勝自然保護協会は、スリットを入れることには同意しましたが、鋼鉄製の横棒は不要であるとの見解を示し再考を申し入れました。しかし、土木現業所はあくまでも横棒が必要であるとして譲りません。その理由として、昭和56年(1981年)の土石流を引き合いに出してきました。このときに土石流が発生したので、再度の土石流の流下を想定して横棒が必要だというのです。ちなみに、このときは300年に一度といわれる大雨が降りました。詳細は、以下の記事参照。

然別川水系三の沢砂防ダム改修工事のその後の動き

 私たちは現地を視察していますが、30年前に土石流が三の沢ダムの下流に達したという痕跡は確認できませんでした。なぜなら、ダム下流部の川岸には30年以上前から生育している樹木が茂っているのです。ダムの下流部にまで土石流が押し寄せていたなら、このような景観にはなっていないはずです。

 そこで、昭和56年の土石流の写真を見せるように要求しました。その要求に基づいて開かれたのが昨日の説明会です。

 で、提示された写真というのは砂防ダム付近から上流にかけて撮影した写真だけでした。しかも、砂防ダム付近の写真も土石流が押し寄せたという状況には見えません。ダムの下流の写真がないことについて質問すると、「見つからなかった」のだそうです。ダムの上流部しか写真を撮っていないなどということは考えられないので、紛失したか隠しているのかのどちらかでしょう。

 そういえば、幌加の風倒跡地の皆伐問題でも、林野庁に伐採前の写真を見せてほしいと言ったところ、「写真はない」と言われました。皆伐をするのに写真を撮っていないなどということはあり得ません。お役所というのは、都合の悪い証拠写真は隠す習癖があるのでしょうか。

 結局、土木現業所は「土石流が下流部に達したという証拠はない」、とあっさりと認めました。ところが、当会がダム下流部の河畔の写真を示して「30年前に土石流があった形跡は認められない」と主張しても、頑として「土石流が下流に達した」のであり、「横棒が必要」と主張して譲りません。しかし、そのような説明を誰が信じるというのでしょうか。すでに予算要求は通っているとのことですので、いまさら「土石流が下流に達していなかった」などとは決して言えないのでしょう。入札は今年の9月頃になるだろうとのことでした。

 ところで、不可解なことを耳にしました。現在、三の沢砂防ダムには8メートルほど土砂が堆積しているとのことですが、スリット化に当たっては、堆砂を除去しなければなりません。その堆砂の処理について、環境省からは国立公園の外に運び出すようにと言われているのに、林野庁は国有林の外には出すなと言っているそうなのです。ダムを建設するにあたり、「土地は売ったが土は売っていない。土を国有林の外に運び出すなら土の代金を支払え」というわけです。ダムがなければ海に流れ下っていくはずの土砂ですが、ダムに溜まったら国のものであり有料だというのですから、林野庁の主張には呆れます。

 必要だという証拠も示せない「スリットの横棒」に税金が使われるのです。いったい誰のお金で工事をするのか、考えてほしいものです。

2010年3月 5日 (金)

寺澤有さんへのインタビューの感想

 このブログでは「福田君を殺して何になる」の著者である増田美智子さんと、版元のインシデンツの寺澤有さんへのインタビューを掲載してきましたが、今回は寺澤さんへのインタビューの感想を書きたいと思います。

寺澤有さんへのインタビュー(その1) 

寺澤有さんへのインタビュー(その2) 

 ジャーナリストでもなく、ただの市民である私が、面識もない増田美智子さんやジャーナリストとして活躍されている寺澤有さんにインタビューを申し入れ、それをニュースサイトでもない自分のブログに掲載することについては、正直いって戸惑いというか気遅れを感じました。しかし、増田さんも寺澤さんもそんなことはちっとも気にすることなく、裁判などでお忙しい中を気さくに応じてくださいました。まずは、お二人に感謝したいと思います。

 私がなぜインタビューを申し入れたのかといえば、あまりにも裁判の経緯やお二人の意見がマスコミなどで報じられず、多くの人が誤解をしていると思えたからです。マスコミが伝えないのなら、たとえ個人のブログであっても伝えていくことはできるのではないか、という思いがありました。また、これまで何回か光市事件に関する記事を書いてきた自分自身の責任や反省の意味もありました。

 さて、寺澤さんの単刀直入に書かれた回答を読み、改めて考えさせられたのが弁護団のことであり、とりわけ弁護団の中心的存在である安田好弘弁護士についてです。

 私が安田弁護士を意識するようになったのは、安田弁護士の人となりを紹介した雑誌の記事でした。そこから受けた安田弁護士のイメージは、誰もがやりたがらない刑事被告人の弁護を引き受け、被告人の言葉に耳を傾けて真実を追求し、壁のように立ちはだかる検察とまっこうから対峙する強い精神力をもった弁護士の姿でした。ご自身の冤罪事件でも、大変な精神力で無実を勝ち取られました。誰よりも検察の恐ろしさを熟知し、また権力の広報係のようになっているマスコミを嫌う、孤高の弁護士という印象を持っていました。

 しかし、安田弁護士に対する印象がやや変わったのが後に弁護団を解任された今枝仁弁護士の著書「なぜ僕は『悪魔』と呼ばれた少年を助けようとしたのか」(扶桑社)でした。この本では、光市事件の弁護団の弁護方針をめぐる安田弁護士らと今枝弁護士の激しい対立が解任につながったことなどが赤裸々に語られ、また安田弁護士が弁護団会議や法廷などで時として激高することにも触れられています。もっとも、本を読んだ当初は、弁護団の内部の論争まで書籍で公にするということに対し「そこまで書くのはどうなのだろうか?」という疑問を持ったのも事実です。組織の内部的な問題は公表しないのが普通だからです。しかし、どうやら安田弁護士らが嫌がる福田君を説得し、意見の合わない今枝弁護士を解任させたという経緯には、さすがに疑問を抱きました。

 その後、「福田君を殺して何になる」を読んで、また弁護団による出版差し止めの仮処分や提訴を目の当たりにし、私の鈍い頭も、今枝弁護士が自著であえて弁護団の内紛にまで言及した意味をはっきりと悟ることができました。出版差し止めの仮処分や提訴は、今枝弁護士が抱いた安田弁護士への疑念がまさに形となって現れたということでしょう。

 21人もの大弁護団ともなれば、弁護方針や意見で対立が生じるのは当然でしょう。問題は、いろいろな意見や対立がある中で紛争をどうやって解決していくべきなのか、ということです。弁護団をまとめるリーダーは、紛争解決の手腕が問われることにもなります。結局、安田弁護士らは、嫌がる福田君を説得して今枝弁護士の解任届けを出させて解決を図ったということのようですが、そういう強引なやり方に疑問を感じるのは私だけではないと思います。また、「福田君を殺して何になる」に掲載された今枝弁護士の解説によると、安田弁護士は控訴審判決後の記者会見で、今枝弁護士の解任について「彼(今枝)は被告人の信頼を失った」と説明したそうです。「嘘も方便」とはいいますが、その嘘が自己正当化を目的としているのであれば見苦しいものでしかありません。もっとも、この一件だけならば安田弁護士への不信感はそれほど大きなものではありませんでした。

 ところが、「福田君を殺して何になる」の出版をきっかけに、同じようなことが再び繰り返され、それが不信感を増幅させることになってしまいました。弁護士が寺澤さんに「少年法違反で仮処分をかける」と脅しのようなことを言ったという経緯から考えても、仮処分や提訴には福田君の意志というより弁護団の意志が強く働いたとしか思えません。これは嫌がる福田君に今枝弁護士を解任させたことと通じます。また、増田さんや寺澤さんの「ゲラを見せる約束はしていない」という主張が正しければ、安田弁護士らは嘘の主張に基づいて法的手段を行使したことになります。これは安田弁護士の記者会見での嘘に通じます。こうなってくると、さすがに安田弁護士らのやり方に対する疑問が大きくならざるを得ないのです。

 こうした強引ともいえるやり方の根底には、安田弁護士らによる弁護団の内紛への対応のまずさと、メディアへの対応のまずさがあったと思えてなりません。私も若い時から自然保護運動に関わってきましたので、組織内での意見の対立やみっともない争いなども目の当たりにしてきましたが、紛争解決で肝要なのは発言力の強い者が自分の意見を強引に通そうとしてはいけないということ、そして組織内外での信頼関係を保つためにも嘘をいってはならないことだと考えています。議論を尽くさずに対立する意見を締め出せば民主的な運営はできませんし、信頼関係が崩れたなら共に闘うことはできません。

 寺澤さんは、インタビューの中で「安田弁護士たちが目的のためにはウソの主張をすることも辞さない人間だというのは、出版差し止め騒動で身をもって体験しています。加えて、非常に傲慢な人間であることも。いわゆる安田支持派は、そういう安田弁護士の裏面を知らないで、『人権派だから』『死刑廃止派だから』と盲目的に支持しているとしか思えません」と、安田弁護士や支持者を非常にストレートに批判しています。増田さんや寺澤さんの主張が事実であるなら、そのような意見を持たれるのも理解できます。

 安田弁護士の支持者は、安田弁護士らのとった行動を客観的に捉えたうえで、自分自身で評価を下してほしいと思います。私は今回のことを理由に、安田弁護士らが福田君の裁判でこれまで行ってきた立証も信用できなくなったとは思っていませんし、安田弁護士が類まれな優れた弁護士であり、その主張に共感できる部分が多いことも否定しません。しかし、今枝弁護士や増田さん、寺澤さんへの対応の中に嘘や傲慢さがあったというのも事実であり、それが残念ながら支持者の信頼を裏切ることに繋がったのも事実だと思います。また、そのことが福田君にとってプラスに働いたとは到底思えません。

 この問題に関しては、是非、「福田君を殺して何になる」を読み、自分の頭で考えていただきたいと思います。

 出版差し止めについては裁判になっている以上、司法の判断を待つしかありませんが、公正な判断が下されること、そしてこの裁判が福田君に対して不利にならないことを願うしかありません。

 また、増田さんや寺澤さんへのインタビュー記事への感想やご意見を、コメントあるいはメールで寄せていただけると嬉しく思います。

 なお、以下の動画サイトでジャーナリストの山岡俊介さんと寺澤有さんがこの問題について語っています。ちょっと長いのですが、とても興味深いことも語られていますので、是非ご覧いただけたらと思います。

アクセスジャーナルTV 

2010年3月 4日 (木)

寺澤有さんへのインタビュー(その2)

前回の記事

寺澤有さんへのインタビュー(その1)

― 「創」(2009年12月号)では、ジャーナリストの浅野健一さんと綿井健陽さんが、弁護団を支持する論調の記事を書いています。彼らの主張について、どのような感想や意見を持たれましたか。

 浅野さんと綿井さんは、進んで福田君にゲラをチェックしてもらい、彼の文章変更を受け入れています。福田君は自分のコメントだけでなく、地の文も変更しています。そこに誤字があっても、そのまま誌面に反映されています。こういう内実を読者が知れば、浅野さんや綿井さんの記事が客観的なものだと思うでしょうか。「自分たちは福田君にゲラをチェックしてもらっている。だから、おまえたちも見習え」と言われても、それは無理です。

― 増田さんとインシデンツは、福田君や福田君の弁護士、毎日新聞社を訴えましたが、裁判を起こした理由を教えてください。

 福田君と安田弁護士たちは、増田さんが福田君に単行本のゲラをチェックさせる約束をしていたと主張していますが、これはウソです。そのウソに基づき、我々が約束を破る、倫理観がない者だと批判しています。さらに、増田さんはフリーライターという身分を隠し、福田君に心を寄せるひとりの女性として近づいたとか、福田君を脅迫して、取材に応じさせたとか、ウソがエスカレートしていきました。人格攻撃がはなはだしいですし、放置していると、また新しい、悪質なウソをつくと予想されたので、名誉毀損で訴えました。

 毎日新聞社は、2009年11月11日付の「光事件実名本 妥当な決定ではあるが」という社説で、広島地裁が福田君側の出版差し止めの仮処分申し立てを却下する決定をしたことについて報道しました。その中で、「当事者(寺澤注・福田君)に知らせることなく出版しようとした行為は、いかにも不意打ち的だ」と増田さんやインシデンツを批判しています。しかし、決定が「債権者(寺澤注・福田君)は、債務者増田が近い将来出版する予定の本件事件に関する単行本に債権者の実名を使用することについては明示の同意をしていたことが認められる」と事実認定しているとおり、「当事者に知らせることなく出版しようとした」などということはありえません。

 そこで、毎日新聞社に対し、堀敏明弁護士を通じて、訂正し、謝罪するよう求めましたが、「『知らせることなく』は、事前確認行為(寺澤注・ゲラをチェックさせること)をしなかったことを受けたもの」として、応じてもらえませんでした。毎日新聞が日々発行される前、いちいち取材相手にゲラをチェックさせているとは思えませんし、そうしないことが「不意打ち的だ」と批判されることでもないと思いますので、へ理屈にもほどがあります。つまり、我々のようなフリーランスは、訂正・謝罪の要求が拒否されたら、泣き寝入りするとなめられているんです。だから、名誉毀損で訴えました。

― 光市事件では被害者遺族である本村さんを支持して死刑を求める方がたくさんいます。その一方で弁護団の活動を高く評価している方もいます。両者が対立しているような構図になっていますが、寺澤さん自身は、光市事件や弁護団の活動についてどのように捉えていますか?

 安田弁護士たちが目的のためにはウソの主張をすることも辞さない人間だというのは、出版差し止め騒動で身をもって体験しています。加えて、非常に傲慢な人間であることも。いわゆる安田支持派は、そういう安田弁護士の裏面を知らないで、「人権派だから」「死刑廃止派だから」と盲目的に支持しているとしか思えません。一方、今回の騒動で安田支持派をやめたという人たちからも、メールなどが来ています。

 安田弁護士本人や安田支持派の人々のありようが、本村洋さんたち被害者遺族の憎悪を増幅し、世間の反発をかい、福田君を死刑へ追いやっていったという事実は否定できません。安田弁護士本人はともかく、安田支持派の人々は、『福田君を殺して何になる』を読んで反省し、死刑回避のため、今からできるベストを尽くしてもらいたいと思います。

― 増田さんにもお聞きしたことですが、タイトルに実名を入れたことで「実名を売り物にしている」との批判があります。これについてはどうお考えでしょうか。

 先の質問でもお答えしましたが、福田君の実名を掲載することが問題になるとは考えていませんでした。10年以上も前から雑誌やインターネットで報じられてきましたし、それを安田弁護士たちも容認してきたんですから。

 『福田君を殺して何になる』というタイトルは、私が原稿を読んで決めました。著者が言いたいことは、こういうことだろうと。『光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)』というサブタイトルも私がつけたんですが、世間は福田君を死刑にすれば一件落着と考えているかもしれないが、それは陥穽=落とし穴だという意味です。

 「実名を売り物にしている」という批判は、出版差し止め騒動が起こったからこそ出てきたものです。福田君自身は増田さんと面会したとき、あっさり実名掲載を了承しています。「今さらボクの許可が必要なの?」と逆に質問されたそうです。我々同様、福田君も自分の実名が売り物になるとは全然考えていなかったと思います。

― 今回の仮処分や裁判を巡ってのマスコミ報道について、感想やご意見などがありましたら、お願いいたします。

 新聞やテレビも、死刑判決が言い渡された被告を匿名で報道することは、抵抗があると思います。事件の重大性や社会感情も一因ですが、究極の国家権力の行使ともいえる死刑が、対象者が匿名のまま、執行されかねないという問題です。

 おそらく福田君の死刑判決が確定すれば、新聞やテレビも実名を報道すると思いますが、それでも文言上は少年法違反となります。本来、新聞やテレビも、もっと早期に福田君の実名を報道するべきでしたが、ことなかれ主義でズルズルここまで来てしまいました。その裏返しで、我々のようなフリーランスが福田君の実名を報道すると、いっせいに批判するというのは、かなりみっともない光景だと思います。

― ほかに、多くの皆さんに知ってもらいたいことなどありましたら、お願いいたします。

 『福田君を殺して何になる』は、福田君を死刑にするべきだと考えている人にも、そうではないと考えている人にも、必ず新しい発見があり、再考を促す単行本です。これまでのノンフィクションにありがちな、著者の主義・主張や結論を押しつける傲慢さはなく、平易な文章で表現されています。事実自体はもちろん、それを取材することの重みも感じさせてくれるはずです。20代前半の女性から「ジャーナリストという職業がとてもすばらしいものだと知りました」というメールが来たときは、涙が出そうでした。

2010年3月 3日 (水)

寺澤有さんへのインタビュー(その1)

 1月に、「福田君を殺して何になる」を書かれた増田美智子さんへのインタビューを掲載しましたが、版元であるインシデンツの寺澤有さんからもお話をお聞きしたく思いインタビューを申し入れたところ、快く応じてくださいました。増田さんと寺澤さんは昨年10月に福田君側から出版の差し止めを求めて提訴されましたが、12月には逆に福田君や福田君の弁護士ら3人を名誉棄損で提訴しました。また毎日新聞社に対しても名誉棄損で提訴しました。フリーランスのジャーナリストが法の専門家である弁護士集団や大マスコミを相手に提訴するというのは大変なことですが、あえて提訴に踏み切ったからにはそれなりの理由があるはずです。

 私は「福田君を殺して何になる」を読み、福田君側からの出版差し止めにずっと疑問を抱いてきました。また、この問題では「実名」のことばかりが話題になりました。しかし「実名が少年法違反」という主張は形式的なものであり、裁判にまで発展した背景には増田さんの取材を巡ってのトラブルがあるのだろうということは、本を読んで容易に察することができました。今回の寺澤さんの忌憚のないご意見は、この問題に新たな視点を投げかけていると思います。2回に分けて掲載します。

                 **********

― 寺澤さんはジャーナリストですが、出版不況で出版社の倒産が相次ぐ中でインシデンツという出版社を立ち上げられたのはどのような目的があったのでしょうか。

 大手マスコミで報道できないことがドンドン増えてきたからです。たとえば、今、トヨタが欠陥車問題で叩かれていますが、どうしてアメリカで問題になるまで、日本では問題にならなかったのでしょう。新聞もテレビも雑誌も、トヨタが大広告主であることと無関係ではありません。

 一昨年、私が月刊誌『宝島』で警視庁から天下りを迎え入れている企業の特集記事を取材、執筆しているとき、パナソニックから牽制が入り、ゲラまで出ていたのですが、ボツにされました。パナソニックは宝島社の大広告主だからダメだというんです。運よく、写真週刊誌『フラッシュ』が原稿をそのまま掲載してくれて、なんとかカッコウがつきました。

 広告絡み以外では、事件報道のネタ元となる警察や検察の批判もタブーとされています。情報をリークしてもらわないと、スクープが飛ばせませんから。それどころか、「特オチ」といって、1社だけ重要な情報を教えてもらえない嫌がらせすら受けます。

 ジャーナリストとして真実を追求していくためには、自分でメディアを持たないといけないという結論に達しました。ネットメディアも有望だと思いますが、私の友人のジャーナリストで挑戦している人たちがいますから、自分は出版でいこうと決めました。

 インシデンツの最初の単行本『報道されない警察とマスコミの腐敗』を読んでいただければ、現在の絶望的なマスコミの状況がよくわかるはずです。

― 増田さんのルポをインシデンツから出版することに決めた理由を教えてください。

 先の質問とも関連しますが、増田さんはなるべく大手出版社から単行本を上梓しようと、いくつか売り込みをかけました。しかし、光市母子殺害事件の福田孝行被告を利するような単行本の企画はどこも通りませんでした。たとえ事実であっても、それを報道すると、世間からバッシングを受けるのではないかと大手出版社は恐れたわけです。

 私は、増田さんから取材上のアドバイスを求められたり、大手出版社の編集者を紹介したりしていたのですが、そこまでかかわったからには、最後まで責任を持とうと、インシデンツから出版することを決めました。

― 増田美智子さんの「福田君を殺して何になる」は、インシデンツとしては2冊目の出版物です。まだ動き出したばかりの出版社が、弁護士という法の専門家から出版差し止めという法的手段を行使されました。メディアの一員である出版社が出版差し止めを求められるということについて、どのように受け止めていますか。

 出版差し止めというのは、つまり「発禁」ということです。戦前の日本や独裁者が支配する国でもないのに、そういう言論封殺が行いうるんです。司法を悪用して、「人権派」と称される弁護士たちにより。

 言論が公表されて、それに対する批判が加えられるというのが民主主義です。ところが、安田好弘弁護士たちは言論を公表することもまかりならんと主張しています。『福田君を殺して何になる』を読むと明らかですが、本当に独裁者体質なんですね。

 マスコミ全体へ及ぼす影響も大きいですから、出版差し止めが認められないよう、多大な時間とおカネを裁判へ投入しています。広島で裁判を起こされているので、本当に大変なんですよ。安田弁護士は第二東京弁護士会所属だから、東京で裁判を起こせばいいのに。

― 寺澤さんは、月刊誌「創」2009年12月号のインタビュー記事で、福田君の弁護士から「少年法61条で、実名を出すことは禁止されているのだから、仮処分をかけたら、明らかにあなたたちは負ける、素直にゲラを見せたほうがいい」と、脅しのようなことを言われたと発言されています。そのあたりの経緯について理解されていない方が多いと思いますので、もう少し詳しく説明していただけますか。

 そもそも安田弁護士たちが増田さんの取材を受けていたら、これほどこじれなかったと思います。しかし、安田弁護士たちは権威主義らしくて、無名の若い女性ライターの取材なんか受けられないと。増田さんが真実を追求し、世の中に伝えたいという強い気持ちがあることを見くびっていたんですね。

 だから、単行本が発売される10日前、新聞で内容が紹介されると、あわてて私のところへ連絡してきました。「ゲラを見せてほしい」と。増田さんは何度も何度も誠心誠意、安田弁護士たちに取材を申し込みました。それを冷淡に拒否しておきながら、こういう検閲まがいの要求は平気でしてくるのですから、正直、あきれました。

 とはいえ、安田弁護士たちが「増田さんを見くびって申しわけなかった。だけど、我々の立場も考えてくれ。内容もわからないまま、いきなり単行本が発売されたら、対応のしようがない。虫がいいお願いだとは思うが、どんな内容か教えてもらえないだろうか」と謙虚に申し出ていれば、道が開けた可能性があります。

 にもかかわらず、安田弁護士たちは最初から「ゲラを見せなければ、法的手段をとる」と脅迫的な態度。最後に少年法が実名報道を禁止していることを持ち出して、「法的手段をとれば、こちらが勝つ」とぶち上げました。しかし、少年法の解釈はそれほど単純ではありませんし、福田君の実名は10年以上も前から雑誌やインターネットで報じられ、安田弁護士たちも容認してきました。増田さんのルポに対してだけ、法的手段をとるというのがおかしいんです。

 誰かに脅されてゲラを見せたとなれば、ジャーナリスト生命が終わってしまいます。安田弁護士たちのアプローチでは、私は「ノー」と言うしかありませんでした。

つづく

2010年3月 2日 (火)

ジュゴンと鯨の保護でネット署名がスタート

 カメクジラネコさんが、普天間飛行場の辺野古移設と調査捕鯨反対の署名活動を始めましたので紹介します。趣旨に賛同される方は、ぜひ以下のサイトから署名にご協力をお願いいたします。署名は匿名表示にもできますので、名前を公表したくない人も安心です。

http://www.shomei.tv/project-1460.html

http://chikyu-to-umi.com/kkneko/dandw.htm

カメクジラネコさんのブログの関連ページ

「いっせいのせ」でやめよう!! 辺野古移設と調査捕鯨!! 署名活動スタート&賛同ブログ大募集中!!! 

 陸上の動植物は私たちの目に触れやすいために、絶滅危惧種についても話題になりやすいのですが(といっても危機的な種は多数ありますが)、直接目に触れることの少ない海の中で暮らす生き物は、陸上に生息する動植物以上に、目に見えないところで危機的な状況に陥りやすいといえるでしょう。人間による環境破壊や乱獲などといった傲慢な行為の犠牲になっているのがジュゴンや鯨です。

 普天間飛行場の移設で揺れている辺野古は、ジュゴンの生息地として知られており、地元の方たちをはじめ、自然の保全や平和を願う人々が粘り強く現地で闘っています。日本の調査捕鯨も「調査」の名の下に生態系の頂点に立つ鯨を多数殺しているのが実態です。

 私たち市民が誰でも簡単に意志表示できることの一つが署名活動です。インターネットを利用した署名活動の先駆けともいえるのが、十勝自然保護協会が士幌高原道路の反対運動の中で取り組んだインターネット署名です。まだインターネットがあまり普及していない1996年に会のホームページを立ち上げてそこで署名を募集したのです。名前と住所のほかにメールアドレスと組み合わせることで個人の特定の問題をクリアしました。海外の方からの署名もあり、インターネットの威力を実感したものです。そのネット署名も今ではすっかり普及・定着しました。インターネット署名の呼びかけに接すると、もう15年も前の士幌高原道路のネット署名のことを感慨深く思い出します。

 カメクジラネコさんの呼びかけに賛同される方は、メールやブログなどを利用して署名の輪を多くの人に広めていただけたらと思います。

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