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2010年2月 4日 (木)

銭函海岸の風力発電計画を考える(その2)

前回の記事

銭函海岸の風力発電計画を考える(その1) 

          **********

銭函海岸でアセスを受けるキセワタとは?(後篇)

                          後藤美智子

 前回に続いて“キセワタ追跡記” 次に「北隆館」の『牧野図鑑』の系統に移る。

[Ⅲ] 「和名は“着せ綿”で花の上に白い毛があるためらしい」と牧野富太郎博士。「きせわた」の原線画、また後世の彩色画、写真像を眺めると、淡紅色の唇形の花の群がりにはどことなく愛嬌を感じる。

 最初のⓚ『牧野日本植物図鑑』(1940年)は復刻版で見ることができた。当時「きせわた」は〈くちびる(ばな)科〉に分類され「山地に生ずる多年草にて…」という簡潔な記述が冒頭にある。

 牧野博士は最晩年期に前川文夫・原寛・津山尚の「助力を得て」『大増補版』 (1956年、序文は「昭和30年師走の日」付)を完成し、翌1957年に95歳の生涯を閉じた。間もなくして上記三博士による編集・補遺により口語体文のⓛ『牧野新日本植物図鑑』(1961年)が登場した。(我が家唯一の所有はこの最終の20版(1970年)で、家人の若き頃からの“愛蔵書”である)「きせわた」は〈しそ科〉として分類されている。

 その冒頭の分布記述は以下のようにⓚより豊かになっている。「東アジアの温帯に広く分布し、山地や丘陵地の草原に生える多年草である」。要するに牧野博士はキセワタの日本国内分布に関する記載は一切していないといえよう。

 この分布記述は「北隆館」のそれ以降の牧野の基本系統、すなわち『原色版』(1982)、『改訂増補版』(1989)、『改訂版原色』(1996)、そして『新訂牧野新日本植物図鑑』(コンパクト版Ⅰ~Ⅲ,2000年初版)に至るまで一貫して変わっていない。

 ところがⓛより半世紀を経た2008年に至ってキセワタ分布記述は大きく変更されていたのである。ⓜ『新牧野日本植物図鑑』(2008年11月初版)によると「北東アジア冷温帯に」分布して、しかも「北海道・本州・四国・九州…」となっていて、現代の他の大手出版社の図鑑とよく似た内容に一変しているのだ。以上が牧野博士の名を冠した「北隆館」系統の図鑑の流れである。

(前篇からここまでのまとめ)

 現在キセワタの北海道分布に関しては、定評あるこれまでの「道内出版系」と「全国大手出版系」との間には明らかに“対立”がある。道内系が決して「北海道にあるよ」と言わないのに、全国系は「ある、ある」と大合唱する。これはおかしくないか?

[Ⅳ] しかし本当に奇ッ怪な話になってくるのは、これから先だ。

 別の事情から「モミジバキセワタ」という別種の帰化植物(1975年銭函で発見)のことを知りたくて、私は北大の総合博物館の高橋英樹先生に問い合わせた。その際「キセワタの道内標本がある」というお話に驚き、早速お訪ねすることになった。

 先生のお力添えで、キセワタの実物に初めて対面すべく、植物標本室に入った。示された標本はまさしくキセワタ。それもセピアな色が漂う明治時代のもの…。

 2点は札幌採集(1882年)(1890年)、残り1点は湯の川(1916年)であった。約120~130年前の“超稀少な証拠物”だけでは、道内の図鑑を執筆された先生方は、どなたも道内における生育を認められなかったのである。いや、道内でのキセワタの生育を認めた方が、ただ一人おられたのである。

[Ⅴ] 万万が一、北海道のどこかの山地草原で、ひっそりとキセワタが愛らしい花を咲かせていたとしても、何でよりにもよってこの銭函海岸砂丘地帯で、風力会社の環境アセスの網に引っ掛からなければならないの?私の素朴なギモンは膨らむ一方だ。

 コンサルタント会社は、アセス方法書で「重要種」として植物6種を絞り込んだ。前篇を繰り返すがハマハナヤスリ、イソスミレ、シラネアオイ、チョウジソウ、エゾムグラ、そしてこのキセワタだ。当然業者側がこの選定に依拠したという文献、ⓝ『北海道レッドデータブック』(2001年3月)に注目することになる。道のホームページでは確かにキセワタは希少種(R①ab)になっている。今までの流れからしてどうもヘンだ。(R)という限りは、現在道内で、誰か彼かがどこかで生育を確認し、証拠写真の一枚も撮ってなくてはネ…。

 では環境庁(2000年)RDBはどうなっているのだ?全国的カテゴリー判定では「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」のキセワタだが、道内で(R)ならば当然、都道府県別分布情報の北海道ランクは○(ある)に決まっているよネと思いつつ、RDB8(2006年初版の06年版)を見て、オヤオヤ…。なんと北海道は空白なのだ。○でも△(現状不明)でも、そして×(絶滅)でもない。つまり北海道にはもとから生育していないのだ。

 さらにⓞ「矢原徹一監修『絶滅危惧植物図鑑レッドデータプランツ』」(山と渓谷社、2003年)を入手して調べたところ、村田源氏により初めて「(キセワタは)本州、四国、九州、アジア大陸に広く分布する」という(私としては納得のいく)解説が明示されていたのである。

 しかしながらここで最大の疑問が生じてくる。同じ2000年の作成であるのに、キセワタに関わる北海道と環境庁のRDBの大いなる食いちがいは何なのだ。図鑑版での道内系と全国系の“対立関係”がものの見事に逆転しているではないか。

 ここまでの事実関係は、前篇投稿の段階ですでに把握され、私の疑問とともに後篇で論じる予定になっていた部分である。

[Ⅵ] 私はキセワタをめぐる国と道との奇妙奇天烈な“逆転現象”が気になって仕方がなかった。そこで小樽市博物館に出向き、道のRDBの実物を閲覧させてもらった。植物を選定した検討委員の名前を知りたくて。委員の名前を見たときはアッと驚き、さらに「引用文献」及び「選定種の解説」の記載方法等を追う中で驚きは倍増した。これが12月18日のことである。

[Ⅶ]  翌日12月19日、風力事業者とPコンサルタント会社を東京から呼びつけ、小樽市内で「銭函海岸の自然を守る会」主催の環境アセスをめぐる質疑集会が持たれた。札幌市、石狩市、さらに遠方の後志地域からも今回の巨大風力発電事業に懸念を抱く人々が続々と詰めかけた。中には超低周波空気振動の被害の恐れを心配して駆け付けた手稲山口周辺の方たちもおられ、40人を超える集まりとなった。報道関係者も数社が取材にきた。

 6名でやってきた事業者側はアセスの「中間調査結果概要」なるプリントを1枚配布した。植物相と群落の調査は昆虫類と同じく6月、8月の2回で終了していた。質疑の中で私はキセワタをめぐる一連のギモンにコンサルタント会社の担当A氏がどう対応・説明するのか、大いに注目していた。

 以下、私の質問に対する最初のやり取りの概要である。

Q:銭函砂丘帯でキセワタは見つかりましたか?…

A:ありませんでした。

Q:キセワタはなぜ最終段階の重要種6種のうちに入ったのですか?その選定基準は?…

A:道のRDBにより5万分の1・A4図面にチェックがかかっている種を抽出。必ずしも砂浜に生育する種を抽出したものではありません。

Q:道内の希少種(R)の植物は合計316種にものぼります。ここからキセワタを選出したことに関して、どなたか専門の方に意見を求めたりしましたか?…

A:方法書は全く文献からのみで、専門家には相談しておりません。

 どこか歯切れの悪い印象を受けて、私は今回のキセワタ追跡の要点を会場のみなさんに語り、A氏には「120年以上も前の“キセワタの幽霊”を捜す(ふりをする)ような真似ごとをアセスに持ち込む“いいかげんさ”では信用できない」といった。

 そして前日18日に知りえた事実を皆さんに告げた。つまり

・道のRDB検討委員・植物担当の責任者(当時某大学教授)と4人の委員のうち1人は、すでに倒産したT銀行所属の環境アセス専門研究所による刊行文献の著者らと同一人物であったこと。

・そしてこの文献こそが唯一、道内にキセワタが生育していると記載していること。

 それに対するA氏の応答は一言。「キセワタは取り下げます」。その言い草には、これから重大な決定に関わる環境アセスに対する、担当者としての責任感や誠実さは微塵も感じられなかった。新たな怒りがわいてきた。キセワタと一緒に調査や風車工事そのものも取り下げてもらいたいものだ。

(後の反省)

 いや、キセワタにまで八つ当たりして申し訳ない。いまや絶滅危惧種にまで追い込まれ、その上このような業界・学術界・さらには政界に潜む“面妖さ”にまで翻弄されてきたキセワタこそとても気の毒な存在なのではなかろうか。私の怒りはもっと深化しなければ……。

(追記)

 翌日20日、彼らは小樽市のさる機関に、前日に配布した「概要」を裏付ける報告書をもちこんだ。調査確認種数・植物79科356種(調査日6、8月の計8日間)、昆虫178科689種(同じく10日間)。

 ちなみに小樽総合博物館とボランティアが5年がかりで調査・同定した種数は植物で約150種、昆虫で約200種(多数ある未同定のものは含まず)である。地元調査勢も真っ青になるほどだが、わずかな日数でこれだけの成果を上げる調査方法とはどんなものか、ぜひ知りたいものだ。

 興味は尽きないけれども、ここに至ってはもうそんなことはどうでもいいことにしましょ。コンサルトさんは地元博物館のこれまでの調査結果をしっかりと裏付け、いや、それ以上の収穫をあげてくれたのだから。だって、この銭函海岸の生物多様性・自然度をグレードアップしてくれたのでしょ。ひょっとしたらこの豊かな自然を潰す事業計画は断念してくれるんじゃないかしら?などと業者に単純に期待をかけるのは、善良な市民の心。どうしてどうして。質疑集会の前日の18日には「ボーリングはしない」という以前の約束もどこ吹く風で、小樽土木現業所にボーリングの申請をしっかりと提出していましたよ。

 “したたかな業者”とともに新年を迎えた。生態系の問題に加えて超低周波問題も浮上してきた。会員の諸先生にはご専門を通しての一層のお力添えをお願いする次第です。

―転載はこれで終わりです―

つづく

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