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2009年12月

2009年12月31日 (木)

私たちはどこまで富や経済成長を求めるべきか

 この一年を振返って、どんな進歩や変化があったのかといえば、北海道の大規模林道(山のみち)の中止や平取ダム、サンルダムなどの凍結でしょう。自然を破壊するだけの無駄な公共事業への反対運動は、民主党への政権交代に後押しされて成果をあげました。これは、長年自然保護運動に関わってきた私たちにとって大きな喜びです。

 しかし、公共事業を削減し、その予算を子ども手当てのような形で庶民へ配分することでこの国の問題が解決するわけではありません。

 森田実さんは、鳩山政権の「コンクリートから人へ」という政策へ警鐘を鳴らし「結論から言おう『コンクリートから人へ』は、日本を破滅させる悪魔の政治スローガンである」とまで書いています(「森田実の言わねばならぬ」より)。要するに、生産や労働から手を抜くと経済が衰退し、不況と財政難になるという主張です。そして、以下のようにも語っています。

 「民主主義的資本主義は、民主主義と経済力の強化・維持のための自由な経済活動の二つの柱の上に成り立っている。民主主義は大多数の国民の要求を満たす富の配分のシステムであり、経済成長は国民社会の富を増進させるものである」

 「ちきりん」さんは、以下のような記事を書いています。

 この国は“無駄”で食っている

 お二人の言いたいことは分かるのですが、それではどうすべきなのでしょうか?

 経済成長という考えには、「人間は生物である」「人間は自然の生態系の一員である」という意識が欠落しているように思えてならないのです。私たち人間の住む地球の資源は有限です。経済成長は、その資源を食いつぶし地球を痛めつけていくことに他なりません。

 ダムや道路などの建設は、森や川の生態系を破壊します。ダムや防波堤は、止まることのない海岸浸食を引き起こしています。酸性雨によって森が枯れ、天然林の過度の伐採によって森の生態系が破壊されているのです。こうした破壊を続ければ、近い将来、取り返しのつかない事態を招くことになるでしょう。きれいな空気や水はどこからもたらされるのでしょうか? 人間の生の土台となっている自然を守らない限り、経済活動どころか人間の生存すら成り立たなくなるでしょう。

 日本の山はどこに行ってもダムだらけです。こうした公共事業がなぜこれほどまで行われてきたのかといえば、利権構造です。経済成長とともに金の亡者となった一部の人々によって自然が食いつぶされ、弱者を切り捨てる政治で貧富の差が広がってきたことを忘れてはなりません。マネー経済を操って巨額の富を得ている人がいる一方で、過労死するほど過酷な労働を強いられている人もいるし、仕事にありつけずに路頭に迷う人もいるのです。

 ならば、特定のところにお金が集まってしまうような構造を是正し、大量生産・大量消費を慎み、雇用のあり方を変えていく必要があります。たとえば、福祉や医療、教育の場にはもっとお金や人手が必要です。介護施設や保育所に入所したくても入れない人たちが山のようにいます。食糧自給率を上げるために、農業従事者も必要でしょう。無駄な公共事業を減らして捻出したお金は、このような雇用のために使われるべきです。温暖化をはじめとした環境問題と経済成長は矛盾するのです。環境対策名目でお金をばら撒いて景気回復を図ろうとしても地球温暖化を防ぐことはできないでしょう。

 歳を重ねるにつれ、日常生活でほんとうに必要な物はごく限られていると実感するようになりました。生きていくための必需品はそれほど多くはありません。人間の欲はきりがないのかもしれませんが、私たちは物理的には十分な豊かさを享受できるようになりました。しかし、それと同時に人と人とのコミュニケーションや他者への思いやりの心が失われ、いじめが蔓延し、うつ病や自殺者が激増しました。これ以上物質的な豊かさや利便性を追求続けたら、自然の摂理からはみ出て自然からのしっぺ返しを受けるでしょう。

 つまり、人類が平和で持続可能な社会を築いていくためには、「人間は自然の一員である」ということをしっかりと認識して自然に感謝し、お金や物より、精神的な豊かさや他者への思いやりを大切にする社会に転換していくべきです。経済成長路線に終止符を打ち、人口の減少とともに経済を縮小していくことこそ真剣に考えていくべきです。

 鳩山首相は年の終わりに経済成長戦略の基本方針を打ち出しました。多くの人が景気回復と経済成長を望んでいます。しかし、自然破壊と温暖化を招いた元凶を見つめなおし、自然に対する驕りを捨てなければ人類に未来はないように思います。私たちは困難な岐路に立たされているのです。

 では、よいお年をお迎えください。

2009年12月28日 (月)

削除要請に対するブログ運営会社の姿勢

 小倉秀夫弁護士のサイトに、権利侵害情報の削除要求に関する興味深い記事が掲載されていました。ただし、小倉さんの記事は、権利侵害を受けた側からの視点でプロバイダーの対応について書かれているものですが。

 はてなとGoo

 これを読むと「はてな」は、権利侵害情報の削除を求める人に対しかなり細かく注文をつけています。

 一方gooでは、「公的な身分証明書の写しを郵送してこなければ一切の削除には応じないとのことでした」とのこと。削除要請者の確認はきっちりとしているようです。

 削除要求といっても正当な理由によるものだけではありません。公共の利益に関わる告発記事の抹殺を目的とした不当な削除要求もあるわけです。ブログという意見表明の場を提供している以上、運営会社が通報者の身元や削除理由を確認し、削除要請に安易に応じないという姿勢は当然のことでしょう。

 こうしてみると、チャンネル北国tvが私にとった対応は、ブログ運営会社としては極めて無責任でお粗末なものだといえそうです。何しろ、通報者のメールひとつで記事の内容も精査せず一方的に非公開にし、私に対しては、通報者の名前はもとより権利侵害箇所の指摘すらしなかったのですから。

 こんな非常識な対応をする運営会社は稀かと思ったら、それとほぼ同様のことを行っているブログサービスもあるようです。FC2と@wikiです。以下の方は、これらのサービスの被害者です。

浦安事件・ブログ運営妨害問題

@wiki問題

 このようなブログ運営会社に共通しているのは、表現の自由に対する責任感の欠落と圧力に抗えない弱腰の姿勢でしょう。上記の方は、あえて同じFC2のサイトで削除された記事を公開し、不当な削除要請に対し問題提起されていますが、こうしたやり方は私も賛成です。

 チャンネル北国tvでは、過去に「反米嫌日戦線」を封鎖したことがきっかけで社会派ブログが大量に離脱したそうです。表現の自由を尊重せず高圧的な態度をとる運営会社への抗議という意味だと思いますが、「出て行く」という抗議の仕方は、運営会社の不当なやり方を半ば容認することにも繋がると思うのです。たとえ無料だからといっても、記事が法や規約に違反していなければ、非があるのはブログ管理者ではなく運営会社です。私は、チャンネル北国tvに二度と同じようなことをさせないためにも、出て行くのではなく、二つのサイトで並行して記事を掲載することを選択しました。

 ブログの「言論の自由」は、ブロガー自身が主張して守っていくべきことです。

2009年12月26日 (土)

出版差止め裁判の根底にあるもの

 光市事件を扱ったルポ「福田君を殺して何になる」の著者である増田美智子さんと版元のインシデンツ(寺澤有代表)は、被告人と弁護士3人に対し、「出版前に原稿を見せるとの約束をほごにされた」と虚偽の事実を公表したとして損害賠償を求めて東京地裁に提訴したとのことです。また、毎日新聞社に対しても、社説で事実に反する記述をしたとして損害賠償と謝罪広告を求めて提訴したそうです。出版差止め仮処分申し立てについての広島地裁の決定と、毎日新聞社への通知は以下のインシデンツのサイトをご覧ください。

『福田君~』情報

 この件については反訴もありえるだろうと思っていましたが、やはり弁護団による提訴は、著者側は到底納得できないということでしょう。反訴の最大の争点は、「原稿を事前に見せる約束をしたかどうか」ということです。反訴までするからには、著者側はこの点について絶対の自信があるのだと思います。広島地裁による決定では、「この主張を前提とする債権者の差止め請求は理由がない」として弁護団側(福田君)の主張を退けています。そもそも福田君に有利としか思えない内容の本であるにも関わらず、なぜ「約束した、しない」などという単純なことで対立するのでしょう? ここに、疑問が生じるのです。

 この件に関しては「実名報道の是非」だけが一人歩きしてしまったようですが、「実名が少年法違反」というのは、あくまでも法的手段をとるための表向きの理由だとしか私は捉えていません。そもそもことの発端はまったく違うところにあるのではないかと私は考えています。

 その発端のひとつは、弁護団と今枝弁護士の弁護方針の違いによる対立です。弁護団内部で意見の対立があるのは当然のことでしょうし、内部での対立や解任をとやかくいうつもりはありません。問題は、今枝弁護士の解任の仕方にあります。「福田君を殺して何になる」でも、福田君が以下のように語っています。

  「僕は今枝先生の解任には最後まで抵抗していたんだよ。本当は、あのときよりもずっと前から今枝先生の解任の話は出てたから、本田(弁護団)団長に何度も(『解任しろ』と)言われてたけど、僕は『絶対イヤだ』って」

 今枝弁護士が自分の意志で弁護団から抜けるのならわかりますが、そうではありませんでした。弁護団は嫌がる福田君を説得し、今枝弁護士を解任させたのです。穿った見方をすれば、弁護団の内紛解決のために福田君を利用したとも言えるのではないでしょうか。私が一番残念に思うのは、この点です。今枝弁護士が、あえて弁護団の内紛まで自著「なぜ僕は『悪魔』と呼ばれた少年を助けようとしたのか」で言及した理由は、ここにあるのだと思います。

 弁護団が福田君の意思を尊重していないと考えられる点については、「光市事件弁護団への疑問」でも触れましたが、弁護団による増田さんの面会拒否もこの延長線上にあるのでしょう。

 もうひとつ気になるのは、この弁護団の閉鎖性です。今枝弁護士は、弁護団のマスコミ対応について批判的でしたが、私も同じような印象を持っています。弁護士のメディア対応については、弁護団の中心的存在である安田好弘弁護士が「創」2009年11月号で以下のように説明しています。

 「弁護をやるとしたら、メディアに対応しないというのが原則なんでしょうね。なぜかというと、社会を沈静化させるためです。つまり、情報がなければメディアは報道できませんから。しかも弁護側からの情報がなければ、いずれは被害者側だけの報道になってしまうから、どこかで終焉するんです。情報があるから報道が加熱するわけですね。ですからメディアには基本的に対応すべきではない。しかしどうしてもやらなければならない場面があるだろう、と。それはやるべき理由と効果を睨んでやるべきだと思っているんです。・・・」

 しかし、光市事件のように社会的に注目を浴びた事件では、情報を出さないのはむしろ誤解を招き反感を助長するだけのように思います。たとえば、荒唐無稽だと批判を浴びた福田君の供述も、彼の生育環境や精神面についてきちんと説明されなければ一般の人には到底理解できないことです。黙っていたならマスコミは被害者側の主張や記者クラブ情報しか書きません。偏見や憶測が飛び交うことになります。弁護団はマスコミにきちんと対応し、またホームページなどを利用して積極的に情報発信していくべきだったと思います。

 弁護団は後に方針を変えて情報発信するようになりましたが、遅きに失したとしか思えません。マスコミによる偏った報道を信じ込んだ市民の意識は簡単に変えることはできないのですから。この点では、メディア対応を誤ったとしか思えません。

 私自身、「光市事件 弁護団は何を立証したのか」を読むことで、事件の概要と弁護団の主張を理解することができました。また今枝弁護士の書籍やネットでの発言は、多くの人が事実を知るという点で大いに意味があったと私は判断しています。来栖宥子さんがご自身のホームページで弁護団の主張を紹介していますが、こうした情報提供は本来、弁護団がやるべきことだと私は思います。

 増田さんに対しても、もっと誠実に取材に応じていたなら批判的な書き方はされなかったでしょう。増田さんの弁護団批判は、弁護団のメディア対応のまずさに起因するのです。

 今枝弁護士の解任をめぐる福田君の発言、あるいは増田さんの取材を拒否する弁護団についての記述は、弁護団にとっては公表して欲しくないことでしょう。弁護士らが提訴までした背景には、そうした事情があったのではないかと思えてなりません。

 反訴された本田弁護士は「提訴には本の宣伝に利用しようとする意図を感じざるを得ない」とのコメントを毎日新聞に寄せていますが、増田さんは弁護団と本村さんの両者に取材を申し入れて公平な視点で書いており、本の出版が公益目的であることは明瞭です。

2009年12月24日 (木)

検査や薬はどこまで必要か

 昨日の記事「インフルエンザへの対処法」を書いていて、夏に母が入院したときのことを思い出しました。

 母は帯広の総合病院に救急車に運ばれ膵炎と分かったのですが、そのあとの検査でちょっと振り回されました。病名が分かったのに、担当医はさらにCT、MRI、内視鏡、造影剤などの検査をしたいといってきたのです。そして検査内容を早口に説明してから、同意書を書いてほしいといって何枚もの紙を持ってきました。検査による事故などの危険がないとはいえないので、承諾が必要だというのです。

 とりあえず承諾書に署名をしたものの、早口で一方的に説明されても、素人にはそれらの検査を何のためにやるのか、また本当に必要なのかもよく分かりません。家に帰ってからやはり疑問が生じて病院に電話をし、結局もう一度病院に出向いて今までの検査結果と今後の検査の説明をしてもらうことになりました。

 担当医としては、できる限り原因を調べるために一通りの検査をしたいとのことで、まるで検査するのが当然であるかのような口調でした。たとえば、腫瘍が原因の可能性もあるなどというのです(ただし、これまでのCTやMRIでは腫瘍らしきものは確認されていないとのこと)。

 とりあえず、患者に負担の少ないCTとMRIは承諾したのですが、疑問なのは内視鏡と造影剤による検査です。これについて知り合いの医師などお二人に意見を聞くと、二人とも「そこまでやらなくてもいいのではないか」、「再度同じ症状が出れば、そのときに検査すればいい」とのことでした。自分でも調べてみたのですが、膵炎は原因が分からないことも多いようなのです。

 結局、「知り合いの医師の意見も聞いたうえで検査はやめます」と伝えたところ、それまではかなり強引だった担当医の態度が急に変わりました。「医者の意見」というのが効いたのでしょうか。おそらく、こんな風に検査を断る患者はほとんどいないのでしょう。大半が医師の方針に従って検査漬けにさせられるのです。

 母は90歳に近い年齢ですが足腰はしっかりしており、3、4キロくらいなら歩けます。しかし、今回の10日ほどの入院生活で、しばらく足のふらつきが続きました。入院をきっかけに寝たきりになる高齢者が多いと聞きますが、高齢者にとってベッドでの生活は急速に足腰の筋肉を衰えさせるようです。どうしても必要な検査ならやむをえませんが、必要性の低い検査で入院を長引かせるのはかえってマイナスです。

 医師と製薬会社の癒着がかなり問題だと聞きますが、大半の病院で投薬や検査を意図的に多くしているのではないかと思えてなりません。私の父は薬剤師でしたが、よく薬の危険性のことを語っていました。

 インフルエンザのワクチンやタミフルなどの薬品にしても、その効果や副作用の危険性はマスコミではほとんど報道されません。マスコミにとって製薬会社は大スポンサーですから「さもありなん」です。医師と製薬会社の利権に国民の命が巻き込まれているなら、とんでもない話です。少なくとも、ワクチン接種や投薬を受ける側の国民は、正しい情報を得て自分で判断できるようにしなければならないでしょう。

2009年12月23日 (水)

インフルエンザへの対処法

 私は「インフルエンザなんて高いお金を払って予防接種を受けるより、感染して免疫力をつけた方がずっといいのに・・・」といつも思っていたのですが、渡辺容子さんのブログでも同じことが取り上げられていました。やっぱり・・・です。

赤ちゃんに必要な予防接種はない 

 インフルエンザのワクチンについては、11月20日号の週刊金曜日で小児科医の毛利子来さんや医学博士の母里啓子さんが、効果がほとんどないことと副作用の危険性を指摘しています。また、同誌の浜六郎さんによる「マスコミ報道のウソとホント」という記事では、スペイン風邪での死者についてとても興味深い指摘がなされていました。

 それによると、スペイン風邪の死亡率の高さにはアスピリンの投与が関係している可能性が高いのだそうです。当事のデータから、アスピリンを使用すると死亡の危険性が8~40倍高まり、アスピリンを服用して死亡した人のうちの85~97%がアスピリンが原因で死亡したと推計されているそうです。てっきりインフルエンザそのもので多くの方が亡くなったと思っていたので、これにはちょっと驚きました。

 そういえば、ワクチンを打ったのに新型インフルエンザに感染し、タミフルを服用して死亡した事例がありました。ワクチンは効かなかったということでしょう。死因はどこにあったのでしょうか?

 さらに、12月18日号の週刊金曜日の「買ってはいけない」ではインフルエンザ予防グッズが紹介されていました。不織布マスクで実験をした結果、マスクは患者が飛沫を飛散させるのを防ぐには効果的だが、感染を防ぐ効果は低いそうです。また、「うがい」は、水で十分とのこと。しかも、インフルエンザウイルスは喉より鼻の粘膜から高頻度に検出され、喉に付着した場合でも20分ほどで細胞の中に入りこんでしまうといわれているそうです。ですから、家に帰ってからうがいをしてどれだけ効果があるのかは疑問です。手洗いについても、手指から感染することは非常に少ないと考えられるそうです。

 これらのことは、私もそうではないかとずっと思っていたのですが、実験データなどをもとに説明されているので、納得です。

 人間は病気に対する抵抗力も備えているのです。インフルエンザの場合は感染して免疫をつけるというのが、一番理に適っているのではないでしょうか。

 以下は、母里さんの講演会の記事です。

妊婦だけどインフルエンザ予防接種やめます

 「反戦な家づくり」さんも、いろいろ記事を書いています。

インフルエンザ“症候群” 

インフルワクチンで死亡例

インフルワクチン後の死亡が13人に

これでもまだタミフルを続けますか? 

2009年12月22日 (火)

美蔓貯水池の欺瞞(10)

前回の記事 

推進派吉田鹿追町長の意味不明な主張

 今日の北海道新聞には、美蔓地区国営かんがい排水事業をめぐる記事が2本掲載されていました。ひとつは全道版社会面に掲載された「かん排事業 相次ぐ逆風」という記事で、十勝自然保護協会に対する帯広開発建設部の横柄な対応や、民主党が土地改良事業費の半減を求めていることなどについて書かれています。興味深かったのは、農業予算に関してこれまでは「陳情は中川氏に電話一本でお願いしていた」という関係者の声。故中川昭一元財務相が牛耳っていたということでしょう。

 もう一つの記事は、十勝版に掲載された反対派と推進派の対論です。反対派は十勝自然保護協会会長の安藤御史さん。推進派は、促進期成会会長で鹿追町長の吉田弘志さん。この吉田さんの発言のおかしな部分を指摘しておきましょう。

 まず、水不足について。吉田氏は10年ほど前から、ボーリングして地下水をくみ上げたり、小さな貯水池を使ったりしているが、水量は少ない 」としています。しかし、私がある元鹿追町議から聞いた話では、「鹿追町では地下水で間に合っている」とのことでした。

 さらに吉田氏は「防除の時期には散水車や消防車を動員している」といいます。「防除の時期」というのですから、農薬の希釈に使う水のことでしょう。しかし、農薬希釈のための水は「かんがい用水」ではありませんから、それをかんがい事業に求めること自体が誤りです。むしろ、そんなに農薬を使っているのかと思うと、かなりゾッとします。

 もっとも唖然としたのが費用対効果についての主張です。吉田氏は「美蔓に関していえば、効果が上回っており、問題ないと考えている。過去の実績を見ても分かる。1970年度に国営畑地帯総合整備事業が始まった。69年度に17億円だった鹿追の農業生産額は08年度、150億円にまで成長した」といいます。この説明には思わずのけぞってしまいました。

 まず、費用対効果について客観的な数値を出していません。費用対効果というのは、建設によって期待できる『効果』を、建設費や維持管理費などの『費用』で割った数値で、効果が費用を上回る1.0以上にならなければ「効果がある」ことにはなりません。農家一軒あたり1億5300万円(この費用には維持管理費は入っていない)にもなる事業で「効果が上回っている」というのなら、その根拠となる費用対効果の数値を示さなければならないでしょう。

 もう一つ、1969年と2008年の農業生産額の単純な比較です。1969年といえば40年も前の話です。今の物価は当事の何倍にもなっているのですから、こんな数値を比較するのはナンセンスというもの。こじつけとしか言いようのない主張です。

 こういう根拠不明や意味不明の発言がそのまま新聞に掲載されてしまうのですから、恐ろしいというほかありません。

つづく

2009年12月21日 (月)

平和とは何か

 12月4日付けの北海道新聞に「出版20社『平和問う書棚を』」という記事が掲載されていました。その記事によると「平和の棚の会」という平和に関する本を連携して紹介している出版社のグループがあるそうです。この会は、差別や貧困などの問題がなく命や衣食住を脅かされない暮らしを「積極的平和」と捉えているとのこと。またこの会に参加している凱風社の新田準さんは「平和とは生き方の問題。ライフスタイルや文化、政治、すべてが含まれると気付いた」といいます。

 真の平和とは、単に戦争がないということだけではありません。貧困や差別のない社会です。さらに生物である人が自然の摂理に従って生き、生物を育む自然環境を大切にする、つまり持続可能な環境を保つことも含まれます。お金や物が過剰にあるということも、貧富の差を生み出し争いの種になるのです。

 先日読んでいた「自然の権利基金」の会報に、「人間の寸法」というタイトルのコラム記事がありました。パリのパン屋さんの地下の仕事場は二間×四間ほどの長方形で、パン作りの一連の作業が流れるように行われるといいます。その空間を、ある著名なパン屋の主が「人間の寸法の場所」と呼んだそうです。作業にちょうどいい間合いの寸法こそ良い物を生み出せるという意味です。その大きさを拡大してしまったら「おしまい」だといいます。拡大路線をとるようになれば、良いものがつくれなくなるということです。

 日本は太平洋戦争後、まさにその拡大路線をとり高度成長を遂げました。そして行き着いたのは、福祉や医療、教育の切り捨て、貧困層の激増、うつ病や自殺の増加、自然の破壊・・・などだったのです。アイヌの人々は自然からの恵みに感謝し、決して余分な採取などはせず、争いごとはチャランケ(とことん話し合うこと)によって解決したといいます。ここに平和に暮らすことの秘訣があるように思います。

 有限の地球で、人類が拡大路線をとったらどうなるでしょうか? 人間の寸法を忘れて欲の塊となり、拡大ばかり目指す社会に、真の平和が訪れることはないでしょう。

2009年12月18日 (金)

絶滅危惧種の黒塗りと専門家の責任

Kuronurihoukokusyo  ナキウサギふぁんくらぶは、北海道開発局に美蔓地区国営かんがい排水事業(旧美蔓ダム)の環境調査報告書を開示請求したのですが、その報告書では絶滅危惧種の記載してある部分がことごとく黒塗りにされていました。また、調査に対してアドバイスなどをしている専門家の名前も黒塗りです。

 先日、北海道電力が富村ダムの堆砂処理に関する説明会を開催した際も、工事箇所に生息している絶滅危惧種の猛禽類について説明がありましたが、種名が記載された資料は後で回収され、絶滅危惧種を黒塗りにした資料が渡されました。要するに種名は公にするなということなのです。

 環境省や都道府県は絶滅の恐れのある野生生物の保護を目的にレッドデータブックを作成しています。だからこそ、アセスメント調査、環境調査においてはとりわけ絶滅危惧種に影響がないかどうかが問われ、調査が行われるのです。しかし、「アセス調査者の告白」にも書いたように、絶滅危惧種が確認されたことで事業が中止になることはほとんどなく、事業の陰で絶滅危惧種や希少種が消えてしまっているのが現実です。これでは、絶滅危惧種を選定している意味がありません。

 自然保護団体が調査内容を知るために開示請求しても、肝心の絶滅危惧種や希少種が黒塗りであれば、保護すべき動植物の実態を知ることも困難です。ならば、それらの保護について誰が責任を持つというのでしょうか? 確かに、希少植物の存在を無闇に公開したなら盗掘の心配もありますし、魚類は釣り人、猛禽類などではカメラマンが押しかけるなどの悪影響も懸念されます。しかし、それを理由になんでも黒塗りにしてしまう行為は、大型公共事業による動植物への影響を隠蔽し保護の道を閉ざすことにも繋がるのです。税金をつかって行われている調査において、その情報を事業者と調査を受けたコンサルタント会社、そして一部の専門家しか知り得ないなどということがまかり通っていいとは思えません。

 不思議なのは、平取ダムの環境調査検討委員会で配布された調査資料は室蘭開発建設部のホームページに掲載されていて、そこでは絶滅危惧種は黒塗りにされていません(例えば第8回平取ダム環境調査検討委員会資料参照)。美蔓地区のかんがい排水事業は平取ダムと同じ北海道開発局の事業なのに、市民が情報公開で開示請求した資料はなぜ黒塗りにされるのでしょうか? 

 また、アドバイスをしている専門家の名前がなぜ黒塗りにされなければならないのでしょうか? 専門家として責任をもってアドバイスをしているのですから、名前を公開するのは当然です。自分の発言に責任を持てない専門家には依頼するべきではないでしょう。

 ところで、美蔓ダムでも北電の富村ダムの堆砂処理でも関わった専門家の名前を聞いたのですが、どちらにも共通している方が3名もいました。藤巻裕蔵さん、竹中健さん、柳川久さんです。北電は計画を進めるにあたり専門家の方たちから了解を得たといっていましたので、この専門家の方たちは「環境調査の実施」と「影響を軽減する対策」を条件に事業にお墨付きを与えたといえます。

 また北電にアドバイスをした専門家には斉藤慶輔さんもいます。斉藤さんと藤巻さんは「平取ダム環境調査検討委員会」の委員もされています。この検討委員会の位置づけは「・・・平取ダムの円滑な事業の実施にむけて、調査計画段階から学識経験者に意見をいがだきならが、新たに示された知見に基づいた環境調査を実施することとし・・・」(第1回 平取ダム環境調査検討委員会資料より)とのことですので、建設前提に設置された委員会といえます。委員の名前は公表されているものの、委員会で誰がどんな発言をしたのかは非公開なのでわかりません。この委員の方たちは、あれだけ問題視されて凍結された平取ダムの建設に、お墨付きを与えたことになるのではないでしょうか。専門家としての責任が問われます。

2009年12月17日 (木)

クライメートゲート事件とマスコミ

 14日の北海道新聞夕刊に「改ざん疑惑裏づけなし 温暖化データ問題」という小さな記事が掲載されていました。

 11月にイギリスのイーストアングリア大気研究所(CRU)のサーバーに何物かが不正侵入してメールなどのデータが盗まれ、それがインターネット上に流出したという事件がありました。科学者らのメールのやりとりから、科学者がデータを改ざんして温暖化の人為説を強調したという疑惑がもたれたのです。CRUはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の中心的な研究機関であることから、二酸化炭素の増加は主に人類による化石燃料の使用にあるとしたIPCCの報告書の信憑性に発展しました。これはクライメートゲート事件と名づけられ議論が渦巻いているようです。

 14日の新聞記事は、AP通信が流出した科学者のメール約千通を精査したところ、科学的な知見がゆがめられたという主張を裏付けるものではなかったという記事です。

 ところが、翌15日の北海道新聞夕刊の科学欄に、このクライメートゲート事件を大きく取り上げた「『CO2原因』揺らぐ信頼」と題する記事が掲載されました。この記事では流出したメールに改ざんや歪曲の跡があったことを指摘し、いわゆる懐疑論者といわれる赤祖父俊一氏のコメントを大きく取り上げています。赤祖父氏は、そのコメントの中で「IPCC報告が科学者として恥ずべき行為により創作されたことがはっきりした」、「科学史上最大のスキャンダル」、「もともと日本のマスコミのほとんどがIPCCを妄信し、CO2を削減しなければ大災害が起きる、いや北極圏では起きていると、誤報を繰り返してきた」とまで発言しています。

 おやまあ・・・これだけで「誤報」と断言されてしまうのはどんなものでしょうか? このような書き方は、まるでIPCCの全否定のように受け取れますが、今回の事件というのはそこまで言えるような状況ではありません。

 この二つの記事を読んだ一般読者は、いったいどちらの記事が信用できるのか理解に苦しむのではないでしょうか。

 科学者によるデータの改ざんや歪曲があったのなら、もちろんそれは信憑性に関わる大きな問題です。事実関係についてしっかり調査がなされ、歪曲や捏造などがあるなら訂正されなければなりません。しかし、このクライメートゲート事件、暴露されたメール等の内容がどこまでIPCCの報告書の結論に影響するのかについて検証される必要があります。もっともCOP15を目前に控えた時期に、不法行為によってメールが盗まれインターネット上に公開されたということ自体、不可解としかいいようがありませんが。マスコミがこの事件を取り上げるのはいいのですが、「科学」欄の記事であるにも関わらず、懐疑論者のコメントしか載せなかったことが不思議でなりません。

 インターネット上ではこの事件についてさまざまな意見があるようですが、北海道新聞のこの記事だけで温暖化人為説そのものに疑問を抱いた方は、以下の一連の記事もぜひ目を通していただき、ご自身で判断していただきたいと思います。

過去1000年の気候変動の虚実

 私個人としては、この一連の記事の中で紹介されていた縄文海進についての日本第四紀学会の記事は大変興味深いものでした。

 それから、温暖化論について書いているとても面白いブログを見つけました。私は懐疑論には懐疑的なのですが、懐疑論者あるいは懐疑論を信じている方にとっては面白いどころか頭に血が上るかもしれません・・・。まあ、どちらを信じるかは個人の自由ですが。

温暖化の気持ち 

2009年12月16日 (水)

強引に造られた富村ダム

 十勝川の支流であるトムラウシ川に造られた富村ダムに大量の土砂が溜まり、北海道電力がダム湖の脇にトンネルを掘って堆砂を取り除く計画を進めていることについては「堆砂で埋まる富村ダム」でお知らせしました。

 この計画については、2007年7月に北電から十勝自然保護協会に説明があり意見を求められていました。何よりもこの地域は国立公園の特別地域であり十勝川源流部原生自然環境保全地域に隣接し、生物多様性に富むところです。このために十勝自然保護協会は同年の11月に 1.トンネル掘削の再検討 2.ダンプによる土砂の搬出の再検討(年間堆砂運搬量はダンプ18000台に相当) 3.国立公園内の土砂置き場の再検討 の三点を申し入れていたのです。

 それから2年を経過して、ようやく北海道電力が十勝自然保護協会に対して説明をしたいとの話があり、昨晩その説明会が開かれました。

 まず、配布された資料を見て驚きました。2年前に配布された資料の一部に若干の追加や修正を施しただけの文書で、結論は何も変わっていません。この2年間、何をやってきたのかといえば、専門家の意見を受けて希少猛禽類や希少植物の調査をしていたということなのです。つまり、自然保護団体に意見を聞く姿勢を見せながら、実際には計画をそのまま進めることを前提に猛禽類の調査をしていただけです。

 そして来年早々、林道の整備と橋梁の工事をするという計画案を提示してきました。要するに、今回の説明会は自然保護団体に説明したという既成事実をつくるためだったということでしょう。こうしたやり方は北海道開発局と何も変わりません。

 愕然としたのは、このダムを建設する際、環境省からダム本体以外の施設整備は許可されなかったという説明です。ダムを造った北電は、当初から将来堆砂が進行することは分かっていました。しかし、堆砂処理のための道路などの建設が許可されない状況でありながらダムを造ってしまったのです。ならば、たとえ堆砂の進行によって発電量が減少しても仕方のないことです。

 富村ダムは予測を上回る速さで堆砂が進行し、運用開始から30年足らずで堆砂量が総貯水容量の57パーセント、有効容量の41パーセントに達してしまいました。このものすごい堆砂率は、同じく堆砂で埋まってしまった二風谷ダム以上です。北電は、平成元年ころから河川管理者に堆砂対策をするよう求められていたといいます。堆砂に対する甘い予測、そして堆砂処理を無視した強引な建設によって、今になってトンネル掘削による堆砂処理という呆れた計画を立てねばならなくなったということです。

 ここでもうひとつ気になるのが環境省の対応です。北電がこのような計画を進めるということは、環境省から許可が出ることが前提でしょう。その環境省は、かつて環境保全の面から本体以外の工事を認めなかったのです。北電の行った環境調査でも絶滅危惧種に指定されている希少な猛禽類が複数確認されており、繁殖や周年の生息が確認されている種もいます。繁殖期を避けて工事をすれば影響ないということにはなりません。トンネルの掘削やダンプの往来がこれらの生物に影響を与える可能性がある以上、環境省は、このような工事を安易に認めるべきではありません。

2009年12月15日 (火)

沖縄ジュゴン訴訟と普天間問題

 米軍の普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沖への移転計画をめぐっては、ジュゴンの生息地保全を求めてサンフランシスコ連邦地方裁判所で裁判が起こされています。訴えたのはアメリカの環境保護団体2団体・日本の環境保護団体4団体・沖縄在住の個人3人で、訴えられたのはアメリカの国防総省・国防長官です。

 ジュゴンは日本の文化財保護法によって天然記念物に指定されています。アメリカの文化財保護法では、他国の法で保護された文化財も保護されなければならないことになっています。辺野古の基地建設がジュゴンに影響を与えるかもしれないのであれば、保護のための手続きをとらなければなりません。つまり影響を与えないことを明らかにできない限り、米政府はジュゴンの保護の手続きをとらなければならないのです。

 この裁判の中間判決が2008年の1月24日にあり、原告が勝訴しました。この裁判の本判決が近いうちに出されるらしいのですが、判決が建設に対して大きな影響を与えることは必至でしょう。日本と違って、アメリカの裁判では政府は司法の判断に拘束されます。米軍の敷地や基地として提供された海域での工事は米政府の許可が必要ですので、たとえ日本政府が工事をしたくても、裁判によって許可がでない、つまり建設できない状況にあるのです。

 さらに、ジュゴン訴訟の原告にもなっている日本環境法律家連盟の籠橋弁護士は、より執行力の強い米国の「種の保存法」による裁判の提起を検討しているとのこと。

種の保存法で新訴訟 ジュゴン保護で環境法律家連盟 

 裁判が行なわれている間は基地建設ができません。鳩山首相はこのようなことも知った上で、普天間飛行場の移転問題の対応を迫られているということです。また、米国の環境保護団体もオバマ大統領に対して基地計画の中止を求めています。

米環境保護団体がオバマ大統領に辺野古基地建設中止を要請 

 米国からの圧力を伝えて米政府との関係ばかり騒ぎ立て、こうしたことを伝えないマスコミは、誰の視点に立っているのでしょうか。

 辺野古では非暴力で基地建設反対の運動が粘り強く続けられています。それはもはや沖縄県民だけの闘いではありません。

ジュゴンの家日誌

2009年12月12日 (土)

オバマ演説の真意

 昨日はニュースでオバマ大統領のノーベル平和賞授賞式の演説が大きく取り上げられていましたが、その多くが単にオバマ氏の演説を紹介するかのような内容で、辟易とするようなものばかりでした。その中で、真意をついていると思ったのが、以下の「オスロ共同」の配信による解説記事です。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200912100329.html 

 少し長くなりますが、重要な部分を引用します。

 「核廃絶への取り組みも、核の管理体制が整い、究極的に核がなくなれば、米国がテロリストや敵対国から核攻撃を受ける危険性が減るとの考えに基づく。米国の国益を守るため、誰も異議を唱えられない金看板を掲げ、協力を求めている形だ。オバマ氏は単純な「反核・平和主義者」では断じてない。平和賞の威光に惑わされず、その真意に注意する必要がある」

 引用元の記事には「裏を返せば、米国が思い描く世界戦略に他国を巻き込む形ができつつあることを示す」とも書かれていますが、これこそオバマ氏の真意でしょう。オバマ大統領がブッシュ前大統領の単独行動主義を批判して対話路線を掲げたといっても、米国の国益を重視し米国が世界を主導するのだという姿勢はブッシュ政権となにも変わりません。その傲慢な目的のために核廃絶宣言を持ち出したのなら、真の平和主義者とは到底いえません。

 戦争が平和を守る?! 凄惨でしかない人殺しを正当化して、どうして平和が語れるのでしょうか。オバマ氏にとっては、自分の主導する戦争で罪のない多くの市民が犠牲になっていることなどは、所詮他人事なのでしょう。広島・長崎の原爆のことにはいっさい触れず、原子力の平和利用の名の下に原発を支持し、ガンジーやキング牧師を取り上げながらも巧みに戦争を正当化するオバマ氏は、まるで詐欺師のようです。ノーベル平和賞の授賞式を利用して戦争を正当化するというふてぶてしさには嫌悪感すら覚えましたが、その彼の真意こそ、私たちは見抜かなければならないと思います。

 今日の北海道新聞によると、CNNテレビが9日に公表した世論調査では、大統領が現時点で平和賞受賞にふさわしいと考える国民は19パーセントしかないとのこと。アフガンに3万人も増派したオバマ氏に対し、米国民は決して平和主義者という見方をしていないのです。マスコミは演説の中身より、このことこそ大きく伝えなければなりません。

 天木直人氏も、こんな記事を書いています。同感です。

オバマ大統領の言い訳など聞きたくない 

2009年12月11日 (金)

消費者庁への要望

 いわゆる共同出版や自費出版などと称して行なわれている悪質出版商法については、いまでも複数の出版社が新聞や雑誌などに広告を出稿して派手な宣伝を行っていますし、出版相談会やセミナーを各地で開いてアマチュアの著者を勧誘している出版社も目につきます。そこで「共同出版・自費出版の被害をなくす会」では消費者庁に要望書を送付しました。

消費者庁に要望書を送付

 著者を錯誤させリスクもきちんと説明せずに契約させながら、出版してしまうと著者からの質問にはきちんと答えず、高圧的な態度をとる業者もあります。説明責任を果たさず、優位な立場を盾に高圧的な対応をする悪質業者に対し、著者はとても弱い立場に置かれています。泣き寝入りしてしまう被害者も少なくありません。というより、このような商法による被害者の大半はどうすることもできずに泣き寝入りしているのではないかと思われます。

 消費者庁については「消費者庁への期待と懸念」にも書きましたが、悪質商法を把握して対策を立てたり、業者への指導や法改正などによって弱者の保護を図ることも消費者庁の役割といえるでしょう。さまざまな悪質商法が溢れる昨今ですが、国として巧みな悪質出版商法を認識し、適切な対応をとってほしいと思います。

2009年12月10日 (木)

NHKの偏った平取ダム報道

 今日の北海道新聞によると、高橋はるみ知事は9日に道内のダム事業に関する流域自治体首長との意見交換会を開催し、出席した30人全員がダム建設の推進を求めたために、国直轄のダム建設を予定通り進めるよう国に求めるそうです。これまでダム推進の立場だった首長がそう簡単に姿勢を変えるはずもなく、答えがわかりきっている上で意見交換会をやったということでしょう。

 ダムに反対している人たちの意見を聞こうとせず、税金を支払っている人たちの意見を聞こうともしない姿勢に、唖然とするほかありません。ダムの事業費はどこから捻出されると思っているのでしょうか? 反対派の意見に論理的な反論ができないので、反対派の意見を無視したのではないかと勘ぐりたくなります。知事としてこんなやり方を恥ずかしく思わないのでしょうか。

 先週の金曜日に放送されたNHKの「北海道クローズアップ」では平取ダムも取り上げ、ダム推進派の人たちと反対派の人たちを取材していました。この番組では2003年8月の大雨で水に浸かった額平川流域(沙流川の支流で、平取ダムの計画されている河川)の農地や住宅の映像を流し、水害を防ぐためにダムが必要だという住民の意見を紹介していました。

 しかし、2003年の洪水というのは未曾有の集中豪雨だったのです。このような極めて低い確率の集中豪雨の映像を見せ、水害ばかり誇張する報道はあまりにも不適切ではないでしょうか。

 水害を受けた地域は遊水地にして普段は農地として利用し、被害を受けた場合には補償する、住宅は将来的により安全な場所に移転してもらったり高床式にする、避難体制を確立するなどの対策をとることで解決できることではないでしょうか。ダムをつくるよりお金はかかりませんし、ダムによるさまざまな弊害を避けることができます。ダムを造ったなら、堆砂問題などは永遠につきまとうのです。

 NHKは、反対派の人たちにも集まってもらい4時間以上取材したそうです。ところが、放送されたのはほんの数分ほどでした。放送時間に制限があるので放送時間が短いのは仕方ないとしても、沙流川本流の二風谷ダムに関わることはすべてカットされ、重要な主張の多くが取り上げてもらえなかったそうです。NHKの報道姿勢はあまりにも偏っていると感じざるをえません。

2009年12月 9日 (水)

谷津干潟と森田三郎さんの思い出

 昨日のNHKの「たったひとりの反乱」は、千葉県の谷津干潟でひとりでゴミを拾いつづけた森田三郎さんでした。私にとって谷津干潟はなつかしい思い出の地であり、森田三郎さんは谷津干潟とともに心に残る人です。

 学生時代、休みといえば野鳥を見に出歩いていた私ですが、シギやチドリなどの水鳥を見るためによく通ったのは東京湾です。当事は東京湾の大方の干潟は埋め立てられていたので、わずかに残っていた新浜とともによく通ったのがこの谷津干潟です。埋立地に囲まれた長方形の「埋め残された干潟」で、当事は大蔵省水面と呼ばれていました。2本の水路で東京湾に繋がっているので潮の干満があり、渡りのシーズンには何千羽ものシギやチドリが集まってきました。なぜこんな形で干潟が残っているのかが不思議なくらいだったのです。そこが埋め立てられて湾岸道路が通るという計画があり、この貴重な干潟の保全のために、千葉の干潟を守る会などの地元の自然保護団体が活動していました。当事は、干潟の海側に広大な埋立地が広がり、バードウオッチャーたちが休日になると野鳥の観察に訪れるだけのようなところだったのです。

 そんな中で知り合ったのが森田三郎さんでした。私たちは野鳥の保護の観点から埋め立てに反対し、観察会や集会、署名集め、あるいは役所との交渉などをしていたのですが、森田さんの活動はそんな私たちがとても考えつかないような驚くべきものだったのです。考えつかないというより、たとえ思いついても実行に移せるようなことではありませんでした。

 そのひとつが、干潟に捨てられたゴミ拾いです。ゴミ拾いといっても、道端のゴミを拾うのとは訳が違います。どろどろの干潟に投げ捨てられた大小さまざまなゴミです。彼は、誰もが考えつきもしないようなこのゴミ拾いを一人でもくもくと続けたのです。彼のもうひとつの驚くべき行動は、埋立地で繁殖するコアジサシやシロチドリの調査でした。ある日、森田さんが私たちの前に調査結果を書き込んだ大きな紙を広げたときには、私たちバードウオッチャーは本当にたまげてしまいました。その紙には彼が見つけた何千という卵の数が書き込まれていたのです。いくら野鳥好きの私たちでも、こんなすごい調査は考えもしないことです。彼のすごさは、その発想とそれを実現するバイタリティーにありました。

 そのバイタリティーはどこからきていたのでしょうか。彼は、折に触れて、子どもの頃の干潟での遊びを語ってくれました。目を細めてとても懐かしそうに。森田さんの活動の原点は、毎日泥だらけになって遊びころげた干潟の原風景にあったのです。自分の信じた行動を一人で何十年もつづけるという彼の強靭な精神力は、子どものころの体験と原風景に裏打ちされていたのです。その子どもの頃の遊びを表した彼の絵には、今は幻となったかつての干潟の光景が、まざまざと描かれています。

 私たち、野鳥観察や自然保護活動をしている人たちの大半は、干潟の近くに住んでいたわけではなくよそ者です。すでに埋め立てられてしまった東京湾と、わずかに残された干潟に集まる野鳥しか知りません。森田さんと同じ原風景を共有できなかったのです。いえ、たとえ共有できたとしても、森田さんのような行動はとれなかったでしょう。彼の彼の心の原風景が、類い稀な精神力と重なって、とてつもない作業をやり通したのでしょう。

 湾岸道路の建設によって谷津干潟の一角が埋め立てられましたが、谷津干潟が残されたのはここをなんとか守ろうと奮闘した森田さんや自然保護団体のメンバーの活動の賜物です。私は1980年に北海道にきたので、谷津干潟との関わりも5年間ほどだったでしょうか。昨日は、テレビの画面でほんとうに懐かしく森田さんのお顔を拝見しました。少しとつとつとした話し方は、あの頃とほとんど変わっていません。

 8年ほど前になるでしょうか。東京に行った折に、かつての鳥仲間と谷津干潟を訪れました。湾岸道路の脇に作られた歩道はこんもりと生長した木々に囲まれ、かつては何もなかった埋立地に住宅が建ち並び、野鳥観察のための立派な建物ができていました。その変貌に目を見張りつつ、遮るものの何もない埋立地を野鳥の姿を求めてひたすら歩き回ったあの頃を思いだして複雑な思いにかられました。森田さんにとって、猫の額ほどになった谷津干潟がかけがえのない大切な場所であるように、私たち古きバードウオッチャーにとっても、思いでの詰まった忘れがたい場所なのです。

 なお、森田さんの活動については、松下竜一さんが子ども向けに書かれた「どろんこサブウ」(講談社)に詳述されています。

2009年12月 8日 (火)

アセス調査者の告白

 10月5日付けの朝日新聞に、ダムに関わる環境アセスメントを複数手がけた経験のある市川恭治氏の「ダムの自然破壊『戦略的環境アセス』全国に」という記事が掲載されていました。

 市川氏は、かつて自分が環境アセスに関わったダムによる自然破壊は想像以上のすさまじさだといいます。そこに棲む動植物が壊滅的な影響を受けるだけではなく、移動能力のある大型の動物でさえ影響を受けます。たとえばあるダムではイヌワシが姿を消して、トビやカラスばかりが目につくようになったそうです。また、工事跡地には帰化植物が繁茂するなどの問題も生じると指摘しています。一度帰化植物が繁茂してしまえば、駆除は容易なことではありません。

 もうひとつ重要な指摘は、下流での流量や水質の変化による生態系への影響です。水量の減少や安定化は、魚類などの水生生物に影響を与えるだけではありません。例えばカワラノギクは、年数回増水するような不安定さが生育条件となっており、そのような生物はレッドデータブック登載種が多いといいます。ダムによる流量の減少や安定化によって、絶滅の危機にさらされる生物も多いのです。

 私たちは完成して水を湛えたダム湖を目にしても、かつてその場所にあった自然やそこに棲んでいた動植物にまで思いを巡らすことは困難です。しかし、実際に調査を行った方によるこのような情報発信は貴重です。森林で覆われた斜面や渓流が、大面積にわたって水没することの生態系への影響は計り知れないことを肝に銘じなければなりません。大半の人が知ることのないまま、ダムによって多くの絶滅危惧種や希少動物が姿を消していったのです。破壊前と同じ自然を、私たちは二度と取り戻すことはできません。

 環境影響評価法が成立する以前に計画されたダムではまともに環境調査も行われていないのですが、環境アセスメントが実施されているダムでも、その調査が真に生物多様性の保全に生かされることはほとんどないといっていいでしょう。今のアセス調査は事業そのものの是非を検討するために行われているのではなく、造ることを前提にしたうえで「いかに影響を少なくするか」を検討する程度なのです。そして、完成してしまえば、ダムが生態系にどのような影響を与えたのかという検証も行われず、今後の事業に生かすこともありません。

 環境省や都道府県がいくらレッドリストを作成したところで、このような開発前提のアセス調査がまかり通っている限り、絶滅危惧種や希少種は減少の一途をたどるだけです。これでは、何のために多額の税金をかけて調査しているのかわかりません。

 造ることが前提なのですから、環境アセスメントを引き受けたコンサルタント会社は発注者に都合のよい結論を導き出すことにもなりかねません。美蔓貯水池の導水管埋設に関わるナキウサギ調査で矛盾が露呈したことからも、コンサルタント会社による開発前提の調査の信憑性が問われるのです。なお、この問題については、「業者のデータ操作に対する研究者と行政機関の責任」を参照してください。

 大きく破壊されてしまった自然や失われた生物は、決して元には戻せません。ダムの中止や凍結で推進派の人々が巻き返しを図ろうと画策しているようですが、自然破壊の責任など誰もとれないことを自覚すべきでしょう。

2009年12月 5日 (土)

オニダニとオニグモ

 先日発行された日本蜘蛛学会の会誌Acta arachnologica(58巻2号)に、青木淳一先生がカワノイレコダニ Hoplophthiracarus kawanoiという新種のダニを記載されました。昨年、河野昭一先生が代表を務める日本森林生態系保護ネットワークのメンバーが、沖縄のヤンバルで調査をした際に青木先生が同行され、そのときに採集したダニなのです。つまり、和名のカワノ、学名のkawanoiは、京都大学名誉教授の河野昭一先生のことで、イレコダニというグループのダニです。まるっこくて可愛らしい風貌のダニなのですが、なるほど・・・河野先生にお似合いです。

 このように、クモや昆虫などの種名に人の名前をつけることを献名といい、採集者や第一発見者などの名前をつけることが多いのですが、お世話になった人や研究者の名前をつけることもあります。生物の種名に自分の名前をつけていただくというのは名誉で喜ばしいことなのですが、実は青木先生には献名をしたのに喜んでもらえなかったという経験があるのです。

 青木先生は大学の卒業論文でダニの研究をし、その際に新種も発表しました。その初めての新種記載がオニダニ科のダニでした。そこで指導教官の名前を頭につけてヤマサキオニダニHeminothrus yamasakiiという種名をつけたのです。ところが、山崎先生は「山崎鬼ダニとは何ごとだ!」と気分を害されてしまったそうです。好意で献名したのに「山崎鬼」と解釈されるとは思ってもいなかったのでしょう。幸い、今回沖縄で発見したダニはイレコダニの仲間だったので、河野鬼ダニにはならずに済んだようです。

 実は、この逸話はクモにも繋がっています。クモにもオニグモとつくクモが沢山います。ヤマオニグモ(山鬼蜘蛛)とかアカオニグモ(赤鬼蜘蛛)、ニワオニグモ(庭鬼蜘蛛)などなど。ですから、オニグモの前に人の名前をつけたならヤマサキオニダニと同じようなことになります。オニグモの仲間(オニグモ科というグループはなく、コガネグモ科のクモなのですが)の研究では第一人者の谷川明男さんも、オニグモの和名をつける際にはとても気を遣われ、献名をするときには本人に「○○オニグモという和名をつけてもいいでしょうか?」と確認をとっています。

 私にも「マユミオニグモという名前をつけてもいいですか?」と確認がありました。もちろん喜んで承諾したので「まゆみ鬼蜘蛛」が誕生しました。私の風貌は鬼とは似ても似つかないし、鬼のように怖くもない(と自分では思っている・・・)のですが、もしかしたら「ピッタリの名前!」と思っている方もいるかもしれませんね。マユミオニグモは派手ではありませんが、シックな色合いのクモです。日本蜘蛛学会の観察会で、参加者のひとりが見つけたときにはなかなか好評で、次ぎから次ぎへと手渡されて愛でられていました。

 ところで、青木淳一先生は日本のササラダニ研究の第一人者です。ササラダニというのは動物の血を吸うダニとは違い、落葉を食べてひっそりと暮らす土壌性の小さなダニです。青木先生は、日本のササラダニの研究を切り拓いてこられました。ダニは広い意味でクモの仲間なので日本蜘蛛学会の会誌に投稿されたのですが、今年の日本蜘蛛学会の大会でもお見かけしました。青木先生は、プロの画家も顔負けの精巧ですばらしいダニの図を描かれることでも知られています。

2009年12月 4日 (金)

有識者会議への疑念

 昨日、ダムによらない河川整備を検討するとの目的で設置された「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」の第一回の会合が開催されました。前原国土交通大臣は、「ダムという前提をリセットし、河川整備を根本的に考え直して」と要請したそうです。ところが有識者会議のメンバーは、ダムを推進してきた人たちばかり。

 たとえば、座長の中川博次氏は社団法人ダム・堰施設技術協会会長で 淀川水系河川整備計画技術検討会でダムを推進。道上正規氏は、ダム関連事業の受注者であるダム水源地環境整備センター理事長。鈴木雅一氏は砂防フロンティア整備推進機構理事。三本木健治氏は元河川局次長、山田正氏は八ッ場ダムの中止に反対し、辻本哲郎氏は国土交通省の河川整備基本方針検討小委員会で旧来の河川行政を容認してきた人物です。これまでダムの問題点を指摘してきた専門家は一人もいないというお粗末さです。

 いったいどのような理由でこんなメンバーが選ばれたのでしょうか? しかも会議は非公開だというのです。会議の内容は要旨だけがホームページに掲載されるとのことですから、誰がどんな発言をしたのかわかりません。このようなやり方は非常に恣意的と感じます。ダム推進派が雁首を並べている非公開の会議でどんなことが話し合われるのでしょう。この有識者会議で、前原国交相が見直しを決めた全国143ダムについて継続するかどうかを判断するというのですから、先行きは明るいとは思えません。

水源連もこの問題について警鐘を鳴らしています。

ムダなダム計画の中止を求めて 

 まさのあつこさんも、ご自身のブログでこの問題について詳しく書いています。

治水のあり方、有識者会議のあり方

 ところで、北海道の高橋はるみ知事のダム問題に対する姿勢も呆れます。ダム反対派の意見を聞こうともせず、賛成している自治体の意見だけを聞いて国に申入れをするというのですから、ダム推進の看板を首からぶら下げているようなものです。有識者会議では反対派の意見も聞くとしていますので、それ以下でしょう。

2009年12月 3日 (木)

ミートホープ事件と内部告発

 1日に放映されたNHK「たったひとりの反乱」は、ミートホープに就職したことでひき肉の偽装を知った赤羽さんが、内部告発によってその実態が日本中に知れ渡るまでの行動と苦悩を描いた作品でした。

 テレビ番組というのは、取材から完成までの間に、時として重要なことが意図的に削られてしまいますので、どこまで事実が正確に番組に反映されているのかはわかりませんが、ミートホープ事件の告発の事情については詳しく知らなかっただけに、かなりショッキングな内容でした。

 たとえば、廃棄処分のパンをひき肉に混ぜ込む、廃棄処分の肉を塩素で殺菌してから血液製剤で色をつける、豚のひき肉を牛のひき肉と表示して販売する・・・という社長による信じがたい偽装の数々。それを知りながら黙って働く社員や、自責に耐えられずに辞める社員。赤羽さんは取引先からの苦情の処理に追われて会社の偽装を知り、社長に忠告するのですが社長は聞く耳を持ちません。苦悩したあげく内部告発に踏み切るのですが、保健所も警察も「ひき肉を持ち込まれても、偽装かどうかの確認のしようがない」といって、取り合わないのです。事実なら大変な違法行為であるのに、調査もせず門前払いをするお役所の対応には、厄介なことには関わりたくないという体質がはっきりと現れています。これでは、国民は自分の知りえた重大な違法行為を誰に告発したらいいのでしょうか?

 唯一、関心をもったのが朝日新聞です。朝日新聞もなかなか報道に踏み込めなかったのですが、それを打ち破ったのはDNAによる豚肉と牛肉の鑑定。こうして朝日新聞の一面トップに掲載されたことで、ようやく社会問題になった事件だったのです。

 一番印象深かったのは、赤羽さんの最後の言葉です。内部告発をしたことがきっかけで、社長は逮捕されて懲役刑。会社は倒産して社員は職を失いました。内部告発によってマスコミの人たちが押しかけ、家族関係が失われて親戚からも非難される・・・。考えてもいなかった大変な事態に、赤羽さんはさらに苦しむことになります。違法行為を正したい、おかしいことをおかしいと言う、という当たり前のことに、大変な覚悟と勇気で挑まなければならない国、その告発に耳を傾けない役所、尻込みするマスコミ、理解どころか非難する家族や親族。何と酷な現実なのでしょうか。赤羽さんは、もし告発前の状態に戻れたなら、告発などしなかったと断言します。

 赤羽さんの体験は、この国でこのような重大な違法行為の内部告発に踏み切ることがどんなに大変であるかを如実に物語っています。この国では、子どもにでも分かる違法行為がこうやって黙殺され、お金に目がくらんだ人たちがのさばっているのです。

 赤羽さんの姿に、雪印の牛肉偽装を告発した西宮冷蔵の水谷洋一さんの姿が重なりました。水谷さんは営業停止処分を受けてしまうのですが、それでも屈しないで一人で闘い続ける精神の持ち主です。水谷さんにしても、赤羽さんにしても、本当は会社が改善することで問題解決したかったのですが、聞く耳を持たない人には通じませんでした。しかし、だからといって黙っていていいわけがありません。そこに内部告発者のすさまじい葛藤があるのです。告発の結果として多くの不幸が生じたとしても、告発者を責めるのは筋違いでしょう。

 沖縄の返還をめぐって日本が400万ドルを支払うという密約があったということを、元外務省の交渉担当者で密約を否定していた吉野文六氏が、裁判の証人尋問で認めました。密約を告発したことで逆に訴えられた毎日新聞の西山太吉記者と、水谷氏が重なってきます。

 「騙し行為」は、いつかは明るみになると考えるべきでしょう。しかし、おかしいことをおかしいと言えないこの国に、内部告発が根付く日はくるのでしょうか。

2009年12月 2日 (水)

美蔓貯水池の欺瞞(9)

前回の記事

帯広開発建設部のだまし討ち

 30日の帯広開発建設部による自然保護団体への説明会の記事が、今日の北海道新聞十勝版に掲載されていました。いろいろ興味深いことが書かれていましたので、一部を紹介しましょう。

 帯広畜産大とコンサルタント職員が著者となっている「畜大論文」と、コンサルタント会社が作成した「報告書」では、ナキウサギの痕跡を確認した地点数に食い違いが生じているのですが、これについて道新の取材に答えたコンサルタントは以下のような弁明をしたそうです。

 「報告書にある1地点は、ある時期にはナキウサギの痕跡と考えられるものがあったが、別の時期には違う動物の跡と考えられるものもあったため、畜大との論文では痕跡地に加えなかった」

 「ナキウサギの痕跡があった」のに「痕跡地には加えなかった」というのですから、「有った」ものを「無かった」といっているのと同然です。コンサルタントの報告書にはシダの茎が30本、葉が24枚確認されたと記載されていますし、このような痕跡を残す動物はナキウサギしか考えられません。支離滅裂のコメントです。

 ちなみに、畜大論文ではP4地点では痕跡がなかったというデータに基づいてロジスティック回帰分析をした表が掲載されているのですが、コンサルタントの作成した報告書では痕跡を確認しているのに畜大論文と全く同じ(痕跡がないことを前提として作成された)ロジスティック回帰分析の表を掲載しているのです。説明会ではこの矛盾について追及したのですが、開建もコンサルタントも決してこれには答えようとしないということです。

 そして、開建は説明会翌日の道新の取材に対し、「ナキウサギ再調査をする考えはない」と答えたとのこと。翌日すぐにこのようなことを言明するというのは、はじめから自然保護団体の要求に応えるつもりはないと決めていたことを意味します。説明会は形式だけということです。

 では、何のために文書回答で済ませずに説明会を開催したのでしょうか? それは、「自然保護団体に対して、環境を配慮した工法について説明した」という既成事実を作りたかったとしか考えられません。質問への回答を工法の説明会にすり替え、自然保護団体の指摘を無視して工事を進めようという詐欺的行為です。開建の本質がよくわかる説明会だったということです。説明では、当初の計画より環境に配慮した工法にするとのことですので、おそらく事業費は予定の330億円よりさらに膨れ上がるのでしょう。

 なお、道新では「説明能力の不足露呈 開建」との小見出しで、開建側の対応がかなり批判的に書かれていました。しかし、開建は「説明能力不足」というより「説明したくない」のです。理のない事業を推進するためには、こうしただまし討ちのようなやり方をするしかないということでしょう。

 しかし、こうしたやり方を改善できない限り、北海道開発局は自分で自分の首を絞めることになるのではないでしょうか。解体した緑資源機構がそれを物語っています。(つづく

2009年12月 1日 (火)

美蔓貯水池の欺瞞(8)

前回の記事

帯広開発建設部の「とんでも説明会」

 「美蔓貯水池の欺瞞(6)」に書いたように、十勝自然保護協会とナキウサギふぁんくらぶが10月9日付けで提出した「美蔓地区国営かんがい排水事業に係わるナキウサギ調査の信憑性および調査員の適正についての質問書」への説明会が、昨日(30日)開かれました。

 まず、始める前にマスコミ取材についてひと悶着。私たちは、多額の税金が使われる公共事業の問題ですからマスコミにも知らせました。ところが、帯広開発建設部は「新聞記者の同席は挨拶の部分だけにして非公開にしてほしい。記者にも了解を得ている」といってきました。しかしそれを聞いた新聞記者は「そのような了解はしていない」と主張。私たちが非公開を求める理由を聞いても明確な説明ができず、記者の同席を拒否することはできませんでした。当然でしょう。

 本来ならこのような説明の場には、責任者である農業開発第1課長が来るのが筋ですが、課長はインフルエンザらしいとのことで欠席。課長補佐と担当者による説明になりました。

 まず、配布された回答文書を読んで目が点になりました。私たちの質問は表題のとおり、開建がコンサルタント会社に委託したナキウサギ調査の信憑性に係わる問題です。ところが、回答には「1 事業の促進について」「2 環境配慮について」と、質問とは全く関係のないことが書かれています。肝心の質問に対しては、最後に以下のように書かれているだけ。

 「なお、質問書にあります『大雪山系低標高域におけるエゾナキウサギによる小規模岩塊地の利用』と題した論文については、研究者の名前で発表されたものであり回答する立場にないことをご理解願います」

 これは質問に対する回答ではありません。こんな回答のために私たちは手弁当で集まっているわけではないのです。そして、開建はスライドを使って工法などの説明を始めました。質問には回答せず、勝手に工事の説明をしているのです。開いた口がふさがらないとはこのことです。ナキウサギふぁんくらぶ代表の市川さんは泊りがけで札幌から来ているのに、これほど市民を愚弄した説明会もないでしょう。

 私たちはこのようなやり方に憤然と抗議するとともに、コンサルタント会社の報告書の矛盾点について見解を求めました。しかし、担当者は最後まで矛盾点を認めず、のらりくらりと意味不明の曖昧な返答に終始しました。コンサルタント会社から説明を受けたかどうかも、答えないのです。50日も待たせておいて、この間いったい何をしていたのでしょうか?

 これではどうしようもないので、こちらからいろいろ質問を突きつけました。

 まず、開建の配布した回答文書です。課長名になっていますが、文書番号もなければ印鑑もありません。これは決裁をとった公文書なのか、情報開示したら出てくるのかなどと聞いたのですが、その回答は「開示請求の対象にはらない文書」とのこと。要するに、課長名の私文書で対応しているということなのです。しかも、この文書には「これまでも貴会との打合せ及び文書でも・・・」という記述があります。私たちは開建の説明を元に矛盾点を指摘して事業の中止を求めているのです。それを「打合せ」というのはどういう感覚なのでしょう。こんな表現を使われたのでは、まるで談合をしているかのようです。これが開発局の自然保護団体への対応です。

 ほかに以下のような質問をしたのですが、当然その場では答えられないので、後日回答するように求めました。

・水を必要としている作物は、具体的に何なのか(開建の説明では、受益地の作物として小麦、甜菜、馬鈴薯、豆類、スイートコーン、野菜、牧草などが挙げられていました)。

・受益者の100パーセントの同意を得ているというが、判を押した農家全戸が実際に水を利用するのか(芽室の美生ダムでは当初の目的がなくなり、家畜の飲み水、農薬の希釈、機械の洗浄などに使っている)。

・開建の調査報告書では、ナキウサギの生息地する岩場の中の湿度が100%以上になっているが、そんなことはあり得ず杜撰な調査だ。確認してほしい。

・調査報告書ではナキウサギの定着個体はいないと結論づけているが、繁殖期である4月から7月にかけて痕跡を確認しているのであり、論理的に矛盾する。

 そして最後に、質問書で要請した報告書の矛盾点についての見解と抜本的な再調査について、部長名の公文書で回答するように強く求めました。

 つくづく感じたのは、彼らは誰にでも理解できる明確な事実を示しても、絶対に矛盾点や非を認めようとはしないこと。意味不明のいい訳をするか、うつむいて黙り込むかだけです。責任者が出ていないのでこうするしかないのかも知れませんが、あまりにもみっともない。こんな醜態をマスコミの前に晒したくないからこそ、自然保護協会とマスコミの双方に非公開を申し入れたのでしょう。こういう実態こそ、公表しなければなりません。それにしても、久々に血圧が上がった(測ってはいませんが、たぶん・・・)説明会でした。(つづく

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