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2009年11月29日 (日)

自然保護と研究者

 50代も半ばになると、限られた人生の中でどんなことに時間や労力を費やすべきかということにときどき思いをめぐらせることがあります。

 とあるクモの研究者から「もっとクモの研究に集中したらいいのに、勿体ない・・・」というようなことを言われたことがあります。日本ではまだまだクモの研究は遅れています。先日は日本のクモの集大成ともいえる図鑑が発行されましたが、今でも次々と新記録種や新種が見つかっている状況なので、この図鑑に掲載されていないクモも多いのです。イギリスなどでは詳細な種ごとの分布図などもできていますが、日本の基礎研究のかなりの部分はアマチュアが背負い、遅々として進まないというのが現実です。この国は、直接国の利益につながらないような基礎研究にお金をかけるような考えがないので、クモの基礎研究をできる大学や研究機関がほとんどありません。大学の先生であっても、クモの研究は余暇の時間に自宅でやっている人もいます。これはクモに限ったことではないのですが・・・。

 こんな現状ですから、アマチュアであっても一人でも多くの人がクモの基礎研究を手がけることは意義があります。しかし、今の自分の生活を振返ってみると、クモにかけている時間は多くありません。私の手元にも種名の判明しない多数のクモがあり、少しずつ検討を進めてはいますが、やらなければならないと思うことはクモだけではありません。優先順位からすると、クモは後回しということになりがちです。

 私は子どもの頃は昆虫が大好きでした。小学校の高学年の頃から野鳥にも興味を持つようになり、大学生の頃にはクモも加わりました。要するに自然とか野生動物が好きなのです。自然を求めて山や海にでかければ、自然が壊されていく現実に直面せざるを得ません。自然が好きで、自然の奥深さに興味を持てば持つほど、その自然が壊されて姿を消していくことを黙って見ていることにはなりません。かくして、ごく当たり前のように自然保護活動に参加するようになりました。はじめて自然保護団体に入会したのは高校生のときですから、かれこれ40年弱になります。私にとって、自然を知ることは守ることでもあるのです。ですから、自然破壊の現実から目を逸らして自分の知の欲求だけを満たしたいという気持ちにもなりません。

 大雪山国立公園の風穴地帯に計画された士幌高原道路の反対運動では、大学の先生方が大勢加わって大きな戦力になりました。日本生態学会などの学術団体も声明を出しました。自然破壊に対して研究者が声をあげたのです。それもそのはず、自然破壊というのは研究者のフィールドを破壊することでもあるからです。

 しかし、残念ながら今ではムダな公共事業と対峙して反対運動に加わっている研究者はごくわずかです。自然保護活動を続けるには時間も労力も必要です。しかし、多忙な研究者の方たちは時間を割けないという事情もありますし、目にみえない制約もあります。一方で、行政は研究者を御用学者にするために虎視眈々と狙っているともいえるでしょう。そういう中で自由に物を言えるのは、やはりしがらみのない市民なのです。

 この国が自然の大切さを理解し、科学の基礎研究にもっと力を入れ、またムダな公共事業などができないしっかりとした体制になっていれば、自然を守るための市民活動も軽減されるのでしょうし、研究者もしっかりと物を言えるのでしょう。もっとも、市民の役割とは、常に行政や権力者を監視していくところにあるのでしょうから、いつの時代にも市民の監視や行動は欠かせません。人類や子孫、そして地球上の生き物たちのことを考えたら最優先しなければならないことだと思うのです。

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