« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

2009年11月29日 (日)

自然保護と研究者

 50代も半ばになると、限られた人生の中でどんなことに時間や労力を費やすべきかということにときどき思いをめぐらせることがあります。

 とあるクモの研究者から「もっとクモの研究に集中したらいいのに、勿体ない・・・」というようなことを言われたことがあります。日本ではまだまだクモの研究は遅れています。先日は日本のクモの集大成ともいえる図鑑が発行されましたが、今でも次々と新記録種や新種が見つかっている状況なので、この図鑑に掲載されていないクモも多いのです。イギリスなどでは詳細な種ごとの分布図などもできていますが、日本の基礎研究のかなりの部分はアマチュアが背負い、遅々として進まないというのが現実です。この国は、直接国の利益につながらないような基礎研究にお金をかけるような考えがないので、クモの基礎研究をできる大学や研究機関がほとんどありません。大学の先生であっても、クモの研究は余暇の時間に自宅でやっている人もいます。これはクモに限ったことではないのですが・・・。

 こんな現状ですから、アマチュアであっても一人でも多くの人がクモの基礎研究を手がけることは意義があります。しかし、今の自分の生活を振返ってみると、クモにかけている時間は多くありません。私の手元にも種名の判明しない多数のクモがあり、少しずつ検討を進めてはいますが、やらなければならないと思うことはクモだけではありません。優先順位からすると、クモは後回しということになりがちです。

 私は子どもの頃は昆虫が大好きでした。小学校の高学年の頃から野鳥にも興味を持つようになり、大学生の頃にはクモも加わりました。要するに自然とか野生動物が好きなのです。自然を求めて山や海にでかければ、自然が壊されていく現実に直面せざるを得ません。自然が好きで、自然の奥深さに興味を持てば持つほど、その自然が壊されて姿を消していくことを黙って見ていることにはなりません。かくして、ごく当たり前のように自然保護活動に参加するようになりました。はじめて自然保護団体に入会したのは高校生のときですから、かれこれ40年弱になります。私にとって、自然を知ることは守ることでもあるのです。ですから、自然破壊の現実から目を逸らして自分の知の欲求だけを満たしたいという気持ちにもなりません。

 大雪山国立公園の風穴地帯に計画された士幌高原道路の反対運動では、大学の先生方が大勢加わって大きな戦力になりました。日本生態学会などの学術団体も声明を出しました。自然破壊に対して研究者が声をあげたのです。それもそのはず、自然破壊というのは研究者のフィールドを破壊することでもあるからです。

 しかし、残念ながら今ではムダな公共事業と対峙して反対運動に加わっている研究者はごくわずかです。自然保護活動を続けるには時間も労力も必要です。しかし、多忙な研究者の方たちは時間を割けないという事情もありますし、目にみえない制約もあります。一方で、行政は研究者を御用学者にするために虎視眈々と狙っているともいえるでしょう。そういう中で自由に物を言えるのは、やはりしがらみのない市民なのです。

 この国が自然の大切さを理解し、科学の基礎研究にもっと力を入れ、またムダな公共事業などができないしっかりとした体制になっていれば、自然を守るための市民活動も軽減されるのでしょうし、研究者もしっかりと物を言えるのでしょう。もっとも、市民の役割とは、常に行政や権力者を監視していくところにあるのでしょうから、いつの時代にも市民の監視や行動は欠かせません。人類や子孫、そして地球上の生き物たちのことを考えたら最優先しなければならないことだと思うのです。

2009年11月28日 (土)

国営かんがい排水事業が縮減に

 事業仕分け作業が終わり、「国営かんがい排水事業」はどうなったのか、仕分け人がどう判断したのかと気になっていたのですが、今日の北海道新聞十勝版に関連記事が出ていました。

 その記事によると「美蔓地区での事業を含む国営かんがい排水事業が『20%縮減』の判定を受けた」とあります。民間の仕分け人は政野淳子さんだったようですが、政野さんといえば果敢にダム問題を取り上げてきたジャーナリストです。道新の政野さんへのインタビューはなかなか興味深いものでした。

 政野さんは「美蔓」(旧美蔓ダム)の事業について、農家一戸当たりの事業費が1億円を越すことが一般的かという質問をしたところ「大体、この数字はあり得る」と答えたそうです。こんな数字が普通なのであれば、全国各地で、効果の検証もしないで巨額のかんがい事業をどんどんやっていたということでしょう。

 さらに、より安くできる代替案の検討や、使われていない利水権を確認したかという質問に対しては「そういう考え方で査定したことはない」と答えたそうです。たとえば地下水の利用などについては何も検討しなかったというのですから、呆れます。

 そもそも本当に水が必要だったなら、とっくの昔に井戸を掘るとかため池を造るなどの対策をしていたのではないでしょうか。本州や四国などでは古くから農業用水を確保するために「ため池」が造られてきました。本当に水が死活問題なら人々は知恵を絞るものです。ところが美蔓地区は計画から16年たった現在もかんがい設備なしで営農しているのです。美蔓の受益地は畑と牧草地ですが、畑や牧草地で大規模なかんがい施設が容認されれば、北海道のあちこちで同じような事業ができるでしょう。必要性から生まれた事業ではなく、政・官・業の癒着から生まれた事業というべきです。「20%縮減」の判定とのことですが、細部まで検討したならもっと縮減できるのではないでしょうか。

 事業仕分けが拙速とか強引という批判もありましたが、これに関しても興味深い意見でした。「・・・短い時間の中で、簡単にふるい落としたという批判は違う。わたしも国会議員の秘書やジャーナリストの立場で14年間、行政を見てきて、その経験から判断した。・・・これまでのバックボーンに基づいて検討したのであり、(制限時間の)1時間の議論だけで決めたわけではない」

 それにしても、今回の事業仕分けでいかに多くの「交付金」とか「補助金」がばら撒かれていたかがはっきりしました。それらは実際に何に使われ、どんな効果があったものやら・・・。こんなふうに湯水のごとく税金が使われていたのかと思うと、こういう仕分けを公開でやることの意義を感じさせられました。

2009年11月27日 (金)

背景にある癒着構造

 25日は「えりもの森裁判」の2回目のラウンド法廷での論点整理でした。裁判官が原告と被告に質問をして主張を確認していくのです。裁判長としては主張がほぼ出揃った今の段階で、論点をきちんと整理しておくことが重要と考えているようです。裁判所は2回のラウンド法廷をもとに、原告と被告の主張の食い違いを整理してまとめるそうです。

 林業のことはただでさえ一般の方には分かりにくいのですが、この問題をいっそう分かりにくくしているのは、受光伐として森の木の一部を伐って苗を植えるという一連の契約と履行の中に、重なるようにしていくつもの違法行為があり、その背景に行政と業者の癒着疑惑が絡んでいるからなのです。一般の人が監視しているわけではない山の中で、森林管理者と業者が癒着して、非常にいい加減に道民の財産である木材の売買が行われていたということなのだと思います。これまでそのようなことにメスを入れる人がいなかったので、こうした構図が公の場で明らかにされていなかっただけのことなのです。それを明らかにして、このような伐採をやめさせることが裁判の目的です。

 そもそも「受光伐」の目的は木材生産でもないし皆伐地への植林でもありません。抜き伐りをすることによって日陰になっている下層木に光を当て、若木の生長を促進させて複層林化を図ることが目的なのです。376本の木を抜き伐りする契約でありながら、376本以外に400本以上もの木を伐って皆伐状態にしたのです。被告は、植林の邪魔になる細い木などを伐って「地ごしらえ」をしたところ、結果として皆伐になったと主張しているのですが、若い木を育てて大きくするのが受光伐ですから、若木を伐って一面を植林地にするという行為自体が矛盾しています。これは拡大造林にほかなりません。

 ほかにも森づくりセンターと業者による二重の収穫調査や、支障になっていない樹木を支障木と認定してタダ同然のような価格で売却したり、伐区の範囲を超えて伐採したり・・・とおかしなことが続々とわかってきたのですが、これらのことも癒着構造を考えると合点がいくことなのです。

 伐採するのは業者ですが、発注者である森づくりセンターには監督責任があります。森づくりセンターは跡地検査といって、伐採したあとで伐根の検査をしています。伐採契約の二倍以上もの本数を伐って皆伐になっていても、検査で適正な伐採だったとしているのですから驚くばかりです。癒着構造によって皆伐という不正行為を見逃し、植林をすることで業者の仕事づくりをし、委託する必要のない収穫調査まで業者に委託してお金を払い、支障になっていない木を支障木として認めて安く売却するなど、業者を優遇しているとしか考えられません。この裁判からは、癒着まみれの土木公共事業と変わらないような、すごい世界が垣間見えます。

 提訴したのは2005年の年末ですからかれこれ4年。1年以上を入口論に費やして2007年の2月に中間判決で原告の勝利。本論に入ったのは2007年の春からですので、次回の2月のラウンド法廷で中間判決から3年になります。思っていたより長い裁判になっていますが、提訴してから新たに不可解なことが次々と生じたという事情があります。さて、いよいよ来年は大詰めを迎えそうです。

2009年11月24日 (火)

美蔓貯水池の欺瞞(7)

前回の記事

着々と進む工事

P1010440  昨日、美蔓貯水池の近くを通ったところ、道路脇の畑に重機が入ってなにやら工事がはじまっていました。ペンケニコロ川からの水を上幌内地区に建設中の貯水池に引いてくる導水管の工事です。先月ここを通ったときにはまだ何もしていませんでしたから、最近になってはじめられたようです。

 調べてみると、受注したのは宮坂建設です。工期は09年9月19日から10年1月29日まで。受注金額は2億7200万円です。なお貯水池本体は岩田地崎建設が受注し、昨年より工事をしています。

 この美蔓地区のかんがい事業については、十勝自然保護協会が北海道開発局帯広開発建設部に対して以前から見直しを申入れ、10月9日には自然保護4団体が農水大臣に中止を求める要望書を出しています。民主党は先ごろ農水省の国営かんがい排水事業についても再検討を行うと発表しましたので、美蔓地区の事業についても見なおしの対象になる可能性があります。すでに発注してしまった工事を止めることはできませんが、中止の可能性のある事業にこうして多額の税金がつぎ込まれていると思うと、やりきれない気持ちになります。

 「ムダな農業用ダムは中止を!」にも書いたように、現行計画では農家一戸あたりの事業費は1億5300万円。しかも受益者負担分までもが税金で賄われます。設備の維持管理費も税金です。芽室町の美生ダムもかんがい用のダムですが、造ったあとに効果の検証などなされていません。巨額の費用をかけて引かれた水が、実際にどの程度かんがいに使われるのかもわかりません。

 一方で、土木業界にとってはおいしい事業です。「造ってしまえばこっちのもの」という感覚なのでしょう。八ッ場ダムでは、業務を受注した業者に大勢の国土交通省のOBが天下っていたそうですから、まさに大型土木事業は癒着の温床。そうした構図は恐らくどこも同じでしょう。地元の市町村とて癒着構造に巻き込まれてしまったら、本当は必要性を感じていなくても、あるいは費用負担などしたくなくても、同意せざるを得ないのでしょう。

 必要性も不確かなかんがい事業が各地で行われていることなど、多くの国民が知らなかったのではないでしょうか。利権で癒着まみれのムダな公共事業の数々が、政権交替によってようやく具体的に明るみになってきました。美蔓地区のかんがい事業も、まさに税金を食い物にした大型公共事業といえそうです(つづく

2009年11月22日 (日)

ゴミ屋敷という社会現象

 昨日は、タイトルにつられてNHKの「追跡!A to Z ゴミ屋敷なぜ増える?」を見てしまいました。ゴミ屋敷とはいったいどんな家のことなのか? なかなか想像がつかないこともあってちょっと興味をそそられたのです。

 初っ端から驚きました。敷地めいっぱいに積まれたゴミの山に、ゴミを拾ってきては積み上げる老人。自宅やマンションの部屋にうずたかく積み上げられたゴミの山。かなり想像を絶する光景でした。こういうのを「ゴミ屋敷」というのだそうですが、これが近年増えているのだそうです。屋外にゴミの山を作られたら近所の人たちから苦情がきますが、外から見えない屋内なら、他人に知られることもないのでしょう。

 家族との死別や別居で孤立したことがきっかけとなりこのような状況に陥ってしまう場合が多いようですが、一人暮らしの若い人も多いようで、家の中に数トンから十数トンものゴミが溜まってしまうそうです。いちどゴミが大量に溜まった状態になると、自分で何とかしたしと思っても、どうにもならなくなってしまうのでしょう。引越しなどのときに、業者に片付けを依頼することになるそうです。

 希望や気力の喪失、家族や友人からの孤立がきっかけとなっているとしても、その背景には人と人との結びつきが希薄になって他人のことまで気にかけない社会、片付ける気力も喪失させるほどの疲労や強いストレスを抱えた生活がありそうです。ある女性は、誰かが訪ねてくるわけではないし、家にいるときはほとんどパソコンでゲームをやっているだけなので、だんだんゴミがたまってゴミ屋敷状態になってしまったそうです。職場ではきちんと働いていても、私生活では緊張感が緩んでしまうのでしょうか? 社会的にも精神的にも孤立した状況になっており、ゲームに熱中することで現実逃避している様子が見て取れます。

 恐らくこれは、貧困や自殺の増加と同じような社会の問題なのでしょう。自治体や地域の人たちがゴミ屋敷の片付けを行っている事例が紹介されていましたが、それも対処療法にすぎません。孤独感とストレスを取り除かないかぎり根本的な解決にはなりませんし、今のような社会が続く限りこのような人たちは増えていくのだと思います。社会的な病理現象というのでしょうか・・・。どうもこの国はかなり深刻な状況に陥っているようです。

2009年11月21日 (土)

ムダな農業用ダムは中止を!

 20日の北海道新聞に「農業用ダム総点検」という記事が掲載されました。農水省が所管する全国約180の農業用ダムについて、年内を目途に検討するとのことです。赤松農水相は「莫大な費用をかけても役割を果たしていないダムが全国にある。財政面の制約があるが、どんな対策がふさわしいのか整理をする」とのこと。

 北海道では富良野市の東郷ダムがその典型です。旭川開発建設部が、かんがい目的で1977年に着工し93年に完成したこのダムは、試験湛水で水漏れが発覚。ダム本体の建設費は157億円とのことですが、止水のための補修工事などを含めこれまでに総額約380億円が投じられました。しかし改修にはさらに費用がかかるとされ、今でも使えない状況です。その間に受益農家も660戸から370戸に減少しています。そもそも本当にかんがいのためのダムが必要だったのかという疑問が生じます。

 水漏れダムとしては、ほかにも九州の大蘇ダムが問題になっています。こちらは2005年に完成。事業費も当初の130億円から593億円に増加していますから、東郷ダムと同じような経過をたどっています。それにしても、ダムを建設する際には地質の調査も行うはず。なぜできあがってから漏水が発覚するのでしょうか。不可解としかいいようがありません。

 東郷ダムなどは以前から水漏れの欠陥ダムとして問題視されていましたが、事業中止にはなりませんでした。ようやくこのような無駄な農業用ダムが見なおしの遡上に乗ったということです。ここまでくるのに、なんと時間のかかったことでしょうか。

 十勝地方で建設が進められている美蔓地区国営かんがい排水事業の問題点については「美蔓貯水池の欺瞞」として連載で書いていますが、これも水需要の減少によって当初の「ダム」が「ため池」に変更されました。現行計画では総事業費が330億円で、受益農家は215戸。農家一戸あたりの事業費は何と約1億5300万円にもなります。しかも、農家の受益者負担分は地元自治体が肩代わりすることになっています。収量を上げるために農家一戸あたりにこれだけの税金をかけるのですから、費用対効果などまったく考えていないといえるでしょう。さらに驚いたことに、受益面積の約半分は牧草地であり畑ではありません。これも中止すべき事業です。

以下の記事も参考まで

ムダ・ダムは国交省だけじゃない!農水省所管の農業用ダムの実態

2009年11月20日 (金)

種名を知るということ

 自然観察会などに参加すると、まず参加者が興味を持つのは動植物の種名です。「あの鳥は何ですか?」「この花の名前は?」と、まずは観察対象の動植物の名前を知ろうとします。これはとても自然なことでしょう。

 ところが、名前を知ることよりも観察をすることの方が大切だという主張をされる方もいるようです。以前参加した観察会でも、そのように言っていた方がいました。おそらく観察会に参加して種名だけメモして満足してしまう人が多いことに対し、「それでは自然のしくみや大切さは理解できませんよ」と言いたいのでしょう。動植物を観察してどんな生活をしているのかを知ったり、行動や形態を観察してそれがどんな意味を持っているのかなどということに興味を抱くことが自然の理解や保護につながるのであり、名前を知るだけではあまり意味がないと考えているのかもしれません。

 しかし、「種名を知ることは重要ではない」という主張には賛同しかねます。種名というのは自然や生物を知る上での基本中の基本です。種名は、生物を認識するためにはなくてはならないものなのです。たとえばある植物をAとかBなどと呼んでみても、そうした呼称はその場でのみ通じるのであって、その植物を見ていない人にとっては何のことをいっているのかわかりません。あとでその種について調べようとしても、種名がわからなければ図鑑などで種名調べからやらなければなりませんし、素人はそこで誤同定をすることにもなりかねません。やはり、観察会などできちんと種名を教えることは大切なのです。

 また、昆虫とかクモのような小さな動物を調べる場合は、採集して標本にすることも欠かせません。残酷だという方もいると思いますが、標本にして顕微鏡で観察しなければ同定できない場合も少なくないのです。また、標本にしておけば、あとで同定に疑問が生じたときも再検討することができます。過去の同定記録が正しいかどうか確認する必要が生じることがありますが、標本がなければどうにもなりません。

 私自身も、これまでに多くの誤同定の経験がありますが、ある程度の誤同定はやむを得ないものなのです。おそらく誤同定をしたことのないクモ研究者などはいないでしょう。生物の研究者、とりわけ分類に関わっている者にとって、「標本」はなくてはならない非常に大切なものです。

 もっとも「名前などわからなくても構わないし、見るだけで楽しい」とか、「殺したくない」という方たちに、名前を覚えなさいとか、標本にしなさいなどというつもりは毛頭ありません。自然の楽しみ方は人それぞれですから。でも、そのような方にも「種名を知ることの意味」や「標本の重要性」は知っていただきたいと思います。

2009年11月19日 (木)

人口と環境問題

 国連人口基金が発表した世界人口白書によると、2009年の世界人口は昨年より7970万人増加して68億2940万人に到達したとこのと。日本は1億2720万人で世界では10位。この世界人口白書では地球温暖化問題を取り上げ、人口や男女の問題と温暖化との関連を分析しているそうです。そして、世界人口が抑制されれば温室効果ガスの排出は抑えられると指摘しているとのこと。

 人口が増えれば、必要な食料やエネルギーも増えるのは当たり前のこと。人口問題は環境問題に密接に関わっています。もっとも人口抑制に積極的に取り組むべき国は、温室効果ガスの排出量が多い先進諸国でしょう。

 地球温暖化の危機が叫ばれる前には、氷河期の到来による寒冷化が懸念されました。人類はかつての氷河期を生き抜いてきたのですが、その頃は人口も今とは比べ物にならないくらい少なく、人類は自然からの恵みで生活し、厳しい気候を生き抜いてきたのです。しかし、ここまで人口が膨れ上がったのも石油や石炭などの化石燃料に支えられてのこと。温暖化や寒冷化などの気候変動が人類の生存を大きく脅かすことになるのが自明である以上、単に化石燃料から自然エネルギーに変換するだけで対応できるとは思えません。将来を見据え、人口抑制を積極的に考えるときにきていると思います。

 昨年、北欧を旅行して感じたのは、国土面積の割に人口が少なくて街が小さいこと。フィンランドの首都ヘルシンキは、歩いて街中を巡れる広さです。このコンパクトな街にはとても驚きました。しかも公共交通機関はとても便利です。ちなみにガイドブックによると、フィンランドの人口は約520万人でヘルシンキの人口は約56万人とのこと。またスウェーデンは人口900万人で首都ストックホルムは78万人とのことです。高福祉社会を実現し環境問題にも積極的に取り組んでいる北欧は、おそらく人口や人口密度も適切なのでしょう。

 日本は高齢者が増えて少子化が進んでいるとはいえ、気候変動や環境問題を真剣に考えるなら、人口の抑制や人口密度の適正化も考えていくべきではないでしょうか。

2009年11月18日 (水)

日本から砂浜が消える?

 先日、新聞の切り抜きの整理をしていたら、「125年後に砂浜がなくなる? 年間160ヘクタールが消失」というショッキングなタイトルの記事が出てきました。1995年7月11日付けの北海道新聞です。

 これは建設省(当事)土木研究所海岸研究室の調査による情報なのですが、1978年から92年までの15年間の砂浜の変化面積は、自然浸食が全国で4605ヘクタールに対し、堆積は2200ヘクタールしかないとのこと。その差の2395ヘクタールが消失しているというのです。年間の消失面積は160ヘクタールなので、机上の計算では125年余りで砂浜がなくなってしまうことになります。こうした状況に、調査をした研究室は危機を募らせているとしています。

 海岸浸食の原因としては「特定はできないが、河川や海蝕崖(しょくがい)からの土砂供給の減少や波浪などの影響のほか、近年目立っているのが、大規模構造物の建設や地盤沈下、港湾埋め立てなどの影響」としています。建設省は、離岸提や人口リーフ(水中に没水型の離岸提)などの対策を講じてきたといいます。そういう対策をしても浸食が進んでいることは、このブログで何度も指摘してきました。

 この記事は1995年ですから、国は14年前には自らの調査で浸食の実態も原因も掴んでいたし、危機感を持っていたということです。

 今年の4月4日には「道内海岸 堤防・護岸 8カ所、倒壊の恐れ」という小さい記事がありました。国土交通省などは「波の力を弱める砂浜の浸食が進んだために倒壊の恐れが強い堤防・護岸が全国で25カ所あり、うち道内は登別海岸など都道府県別で最多の八カ所と発表した」とあります。堤防や護岸による浸食対策も限界にきているのです。今後、同様の危険な堤防・護岸がどんどん増えていくでしょう。

 さらに、一昨日の11月16日には「アカウミガメ『絶滅も』」とのタイトルの記事が掲載されていました。米政府の海洋漁業局の報告によると、日本では魚網による混獲死のほか、産卵場所である砂浜の開発や改変が大きな脅威になっていると指摘しているそうです。海浜性の動植物などは、ダムや港湾など、自然の摂理に反する構造物によって絶滅の危機に追い込まれているといえるでしょう。

 ならば浸食を防ぎ砂浜を維持するための有効な対策は、ダムの撤去や改修によって土砂を流下させたり、港湾の縮小・改修をするしかないのではないでしょうか。海岸浸食の重大性を知りながらそれに目を瞑り、ダムを造り続け、港を拡張し続けた国の責任が問われます。

2009年11月17日 (火)

八ッ場ダムの地すべり問題

 国土交通省は、八ッ場ダムの上下流で水質調査をし、環境基準を超えるヒ素が検出されていたのにも関わらずデータを公表していなかったことが明らかになりました。ヒ素問題については「八ッ場ダムのヒ素問題」 ですでに書きましたが、国交省は不都合なデータを隠していたということでしょう。2007年度は17ヵ所で測定し、5ヵ所で基準の1.3倍~100倍のヒ素を検出しながらこれまで知らんふりをしていたのですから、悪質です。

 ヒ素問題に関しては、以下の朝日の記事なども参考になります。

ダム守るダム、年10億円 八ッ場の上流に中和専用ダム

 さて、八ッ場ダムに関してマスコミがほとんど取り上げない重要な問題はヒ素だけではありません。「地すべり」問題があります。八ッ場ダム周辺は地すべり地帯なのですが、ダムに水を溜めることによって地すべりを引き起こす可能性が高いのです。具体的な説明については、以下をお読みください。

地質のもろさ

地すべり災害と八ッ場ダム

 奈良県に大滝ダムというダムがあります。このダムは計画時から地すべりの危険性を指摘されていたのですが、それを無視して建設し、試験湛水直後に地すべりが発生したのです。結局、巨額を投じて建設しながら、今でも水を溜めることができません。とんでもない無駄遣いと自然破壊をしました。

週刊金曜日

 このダムに水を溜めたなら、大滝ダムの二の舞になりかねません。八ッ場ダムは、単に目的を失っているというだけではありません。「ヒ素」や「地すべり」問題という視点から見れば、ダムをつくってはいけない場所に計画したダムということなのです。

 ダム中止に異を唱えている人たちは、そのことを十分認識すべきでしょう。

2009年11月15日 (日)

犯罪は減っている

 少し前のChikirinさんのブログに、犯罪についてとても興味深い話題が取り上げられていました。

犯罪統計より

 それから、もうひとつ犯罪に関することを書いているブログを紹介しましょう。

篠山紀信の「公然わいせつ」について

 日本では犯罪が減っているという話はときどき聞くのですが、なぜかマスコミはこのようなことをほとんど取り上げません。そして、明らかに「逮捕するようなこと?」と思うような軽微な逮捕が増えています。実際には犯罪が減っているのに、マスコミが犯罪を大きく取り上げることで「犯罪が増えている」とか、「凶悪化している」という印象を与えているように思います。つまり国や捜査機関が記者クラブを利用してマスコミに犯罪情報を流し、情報操作をしているといえるのではないでしょうか。

 そして、世の中に渦巻く厳罰化の流れと死刑の支持。光市事件に代表されるように、凶悪な犯罪を起こしたものは死刑が当然という意見が世の中を支配しているかのようです。というよりマスコミが凶悪性を強調し、被害者感情をしきりに取り上げ、厳罰化することで社会の安全が保たれるかのように思わせている、すなわち情報操作をしているように思えてなりません。

 話題になっている光市事件に関する「福田君を殺して何になる」の出版差止め問題でのネットによる世論調査がありますが、そのコメントを見て身震いをしました。いまでも、彼が凶悪犯という認識の人が多いのですね。そして、凶悪犯には極刑が当然という意見が多い。結果が重大であったのは確かですが、なぜそのような犯罪を起こしたのかというところに焦点を当てようとせず、「目には目を・・・」という処罰感情ばかり。なんとおぞましいことか・・・。しかも、ここにコメントしている人たちの大半は本を読んでいないので、的外れの意見も多いように思います。

http://www.yoronchousa.net/result/9032

 日本では警察や検察による自白強要や冤罪が問題になっていますし、起訴された事件の有罪率が100パーセント近いというのも異常です。その背景には、犯罪が減っている中で、検挙率を上げたいという捜査機関の思惑があるのでしょう。軽微な犯罪も取り締まりを強化して有罪にすれば、検挙率はアップしますから。

 日本では犯罪は増えておらず、自殺が増えているのです。これは、まさしく社会の問題なのでしょう。でも、報復とか復讐という考えからは、憎しみの連鎖しか生まないでしょう。平和な社会とは「戦争がない」というだけではありません。紛争解決を話し合いに求める社会であり、犯罪に至った背景を探って原因を取り除くことで犯罪を減らす社会であり、前向きで建設的な思考ができる社会であり、信頼関係が結べる社会であると思います。つまり、今の日本は人々の心の健康が大きく損なわれ、平和とはいえない状況になっているのではないでしょうか。

 平和な社会を築くためにはどうしたらいいのでしょうか。厳罰化に賛成している方は、以下の記事に書いたことを考えてみて欲しいと思います。

厳罰化で犯罪は減るのか? 

ニルス・クリスティの言葉

2009年11月14日 (土)

美蔓貯水池の欺瞞(6)

前回の記事

 11日付けの北海道新聞十勝版に「頭首工建設地 ペンケニコロ川に」という記事が掲載されました。その記事によると、開発局がダム(後に頭首工に変更)の建設地をペンケニコロ川に決めたのは「取水の安定性と経済性を考慮した結果」だったそうです。この件については「美蔓貯水池の欺瞞(2)」でも書きましたが、十勝自然保護協会に対して行った、環境調査と費用面でペンケニコロ川を選定したという説明が虚偽であったことを認めたといえるでしょう。帯広開発建設部は、環境は重視していなかったといえます。

信憑性を問われるナキウサギ論文

 ペンケニコロ川の導水管工事は、この一帯に生息する動植物にさまざまな影響を及ぼすことが懸念されます。工事に伴う生息地破壊や猛禽類などへの影響、水量の減少に伴う河川生態系への影響などです。こうした影響の中でも、もっとも直接的な影響を受ける動物はナキウサギです。私たち自然保護団体は、何度もペンケニコロ林道でナキウサギ調査を行い、林道沿いに数箇所の生息地があることを確認してきました。一方、開発局もコンサルタント会社に環境調査を委託し、ナキウサギ調査を行っていました。

 開発局も導水管の埋設工事がナキウサギの生息地を直撃することを認識しているので調査せざるを得ないのです。ナキウサギふぁんくらぶは情報開示請求を行って、開発局の行った調査報告などの資料を入手していました。

 私たちは今年の夏になってから、開発局の調査報告とは別に、導水管の埋設地で行ったナキウサギ調査の論文があることを知りました。「大雪山系低標高域におけるエゾナキウサギによる小規模岩塊地の利用」(「森林野生動物研究会誌」34号)という論文で、著者は帯広畜産大学の学生、教官、開発局の調査を行っているコンサルタント会社職員です。論文の内容から、コンサルタントの調査とデータを共有していることがわかります。ところが、その論文のデータをよく調べると、開発局の調査報告書のデータと食い違っているのです。

 問題となるナキウサギ生息地は林道沿いにあります。導水管は基本的には林道に沿って埋設されるのですが、林道がカーブしているところなどでは一部ショートカットされており、それによってナキウサギ生息地を回避している場所もあります。しかし、ナキウサギの生息地とぶつかってしまうところもあるのです。上記の論文では、導水管とナキウサギ生息地がぶつかってしまう場所(P4)でナキウサギの痕跡がなかったとなっているですが、開発局の調査報告書ではその場所で多数の痕跡を確認していました。不可解としかいいようがありませんし、論文の信憑性が問われる問題です。

 そこで、十勝自然保護協会とナキウサギふぁんくらぶは連名で以下のような質問書を開発局に送付しました。

美蔓地区のナキウサギ調査で質問書を送付 

 この質問については、帯広開発建設部が自然保護団体に説明をすることになっています。(つづく

2009年11月13日 (金)

ようやく止まった北海道の大規模林道

 昨日、高橋はるみ知事が、北海道の「山のみち」(大規模林道)3路線7区間すべてを中止する方針を固めたと表明しました。12日の道議会決算特別委員会での質問に答えてのこと。事実上の中止です。理由は、費用対効果が見込めない、地元の市町村が事業実施の意向を示していない、緊急性や優先性が低いとのこと。

 費用対効果については自然保護団体がずっと前から指摘していたことですが、ようやく認めました。林野庁の算出した費用対効果がいかにいい加減なものだったかが実証されたということです。これまで北海道はそのいい加減な林野庁の費用対効果を認めてきたのですから、その点もきっちりと反省してほしいところです。もっとも、北海道が算出した費用対効果にも疑問はありますが。

 大規模林道とは、林野庁による1973年の「大規模林業圏開発構想」に始まった林道整備。林道というのは名ばかりで、二車線の完全舗装道路です。北海道では1979年から建設され、3路線、総延長約200キロ。総事業費は937億円で、これまでに335億円を投入して46パーセントが完成していました。北海道の負担金は98億円で、すでに64億円を出資しています。完成したところも車はまばらで、大雨などのたびに崩れ、建設による自然破壊も深刻でした。

 1973年の計画ですから36年も前に策定された化石のような事業。それに延々と税金を投入してきたのです。士幌高原道路の反対運動も長い道のりでしたが、大規模林道も然り。なんども現場を視察し、林野庁に申入れをし、道庁で交渉してきた私たちにとっては大きな喜びです。

 とはいうものの、北海道以外の地域では中止が決まったわけではありません。広島では裁判になっていますし、福島では中止となったのは2区間だけ。これからも全面的な中止を求めていかなければなりません。

 どう考えても費用対効果はなく、必要性もなく、自然を破壊するだけの道路。多くの人が声をあげることで、他県の工事も止めることができるのではないでしょうか。

2009年11月12日 (木)

出版差止め仮処分却下の理由

 「福田君を殺して何になる」の出版差止め仮処分却下を巡っては、弁護団が理由の公表を拒んでいましたが、インシデンツのホームページに広島地裁の決定書からの抜粋が掲載されています。弁護団が「答えられない」という却下理由を知りたい方は、以下をご覧ください。

インシデンツのホームページ

 この抜粋からもわかるように、インシデンツ側の主張がほぼ全面的に認められています。もっとも裁判所の「本件事件の犯罪事実は、罪質甚だ悪質で、結果が極めて重大、態様も冷酷かつ残虐」という部分には同意できませんが。

 この問題に関しては、私もこれまでのいくつか記事を書いてきましたが、裁判所の判断は納得できる内容だと思います。寺澤さんに対して「少年法で実名報道は禁止されているから仮処分をかけたら明らかにあなたたちは負ける、ゲラを見せたほうがいいと」といった弁護士は、この判断に対してきちんと見解を明らかにすべきではないでしょうか。

関連記事

「福田君を殺して何になる」を読んで

インシデンツを訴えて何になる?

光市事件弁護団への疑問

2009年11月10日 (火)

光市事件弁護団への疑問

 昨日、「福田君を殺して何になる」(増田美智子著、インシデンツ発行)の出版を巡って弁護団が広島地裁に申し立てていた出版差止めの仮処分が却下されたと報じられました。そのニュースを読んで目を疑ったのは、弁護団の「却下の理由は答えられない」というコメント。たとえ弁護団の意に反した判断であっても、理由を公表して見解を明らかにするべきではないでしょうか? 自分たちに都合の悪いことを隠そうとする姿勢はどこからくるのでしょうか?

 これまで私は光市事件の弁護団を支持してきました。しかし、仮処分請求と本訴、そして今回の却下でのコメントを読み、さらに以下の臨床心理士である長谷川博一氏のサイトを読み、弁護団の姿勢に大きな疑問を感じざるを得ません。

長谷川博一公式サイト 光市事件

 なお、長谷川博一氏のサイトは、私の「再度、光市事件を考える」という記事(チャンネル北国tvのブログ)への「やれやれ」氏のコメントで知ったことを断っておきます。ただし、「やれやれ」氏は複数のハンドルネームを使い分け、誹謗中傷発言をし、執拗な書き込みを繰り返していることから、マナー違反、嫌がらせと判断してコメントを削除しています。

 長谷川氏が上記のサイトで明らかにしている、弁護団による面会妨害、弁護人の介入による被告人の面会拒否、面会したことに対する弁護団から被告人への叱責が事実であれば、非常に由々しきことではないでしょうか。弁護団のこのような対応は、「福田君を殺して何になる」に書かれている増田美智子さんへの対応や、今枝弁護士の解任と重なります。刑事被告人は弁護人に反論しにくい立場にありますし、まして周りの人に合わせる傾向がある福田君は、弁護団から叱られたなら弁護団の言いなりになってしまうことは容易に想像できます。弁護人が福田君の意思を尊重せずに面会を拒絶したり、福田君を叱責することで弁護人の指示に従わせているのであれば、強い立場の者による人権侵害といえるのではないでしょうか?

 長谷川氏が指摘しているのはそれだけではありません。弁護団の主張の一部が作文であるという疑惑も指摘しています。もしこれが事実であるなら、弁護団は本当に真実を追究しようとしているのかという疑念すら生じます。

 私が「福田君を殺して何になる」を読んで非常に疑問を感じたのは、まさにこのような弁護団の体質です。

 先日発売された「創」12月号で、「光市実名本差止め論争」という特集が組まれ、著者の増田美智子さんやインシデンツの寺澤有さんへのインタビュー記事のほか、浅野健一さんと綿井健陽さんの記事が掲載されています。

 寺澤さんの発言によると、足立弁護士から寺澤さんにゲラを見せてほしいと電話がかかってきたのは9月28日とのこと。そして、10月4日に広島の足立弁護士の事務所に行ったときに初めて実名問題に触れ、少年法で実名報道は禁止されているから仮処分をかけたら明らかにあなたたちは負ける、ゲラを見せたほうがいいと言ったそうです(29ページ)。しかし、仮処分で負けたのは弁護団側。これは明らかに脅し行為ではないでしょうか。しかも、その過程で福田君の意思が見えてきません。

 浅野さんや綿井さんはこれまで弁護団と関わりもち弁護団を支持する立場ですし、今回の記事も全面的に弁護団の見解を支持する内容です。しかし、不思議なことにお二人とも本に書かれている弁護団の増田さんへの対応や、今枝弁護士の解任に関することについてはまったく触れていません。

 浅野さんは、本の内容に関する福田君の発言を紹介していますが(38ページ)、それは弁護団を通じて表明されたものです。ですから、福田君自身が本心を発した言葉なのかはどうかはわかりません。また、「訴状によると、増田氏がAさんに対し、事前に原稿内容を確認するとの約束や、私信の非公開の約束を反故にして出版を強行したのは、Aさんの『自己決定権』を侵害していると批判」(37ページ)としています。しかし、外部の者との面会を巡る被告人の自己決定権も、今枝弁護士の解任に関わる自己決定権も、弁護団自身によって侵害されているのではないのでしょうか? 浅野さんはそのことをどう考えているのでしょうか?

 綿井さんは、「取材者と取材対象者との関係性は?」というタイトルで、取材倫理面からの意見を書いています。取材対象者の立場や意向を大切にするべきだという綿井さんの主張はもっともだと思います。私も本を読み始めたときに、私信や写真の掲載許可をとっているのだろうか、という疑問はもちました。しかし一読者として、福田君を理解するためには手紙も写真も意味があるとも感じました。本書の内容は「インシデンツを訴えて何になる?」に書いたように、トータルに評価するなら福田君に有利な内容としか思えません。不利益と利益を天秤にかければ、提訴することが不思議に感じられます。

 取材対象者の立場や意見を尊重することはもちろん大事ですが、それを重視して福田君に事前にゲラ刷りを見せたなら、弁護団が介入して弁護団に都合の悪い部分の修正や削除を求めてくることは容易に推測がつきます。寺澤さんがゲラチェックを拒否したのは当然でしょう。綿井さんは、「知る権利」と「報道の自由」は国家や公権力に対して向けられるべきだと主張されます。しかし、相手が国家や権力と闘う刑事事件の弁護団なら、事前のゲラチェックを受け入れて従うべきなのでしょうか? それは読者の「知る権利」の侵害にはならないのでしょうか?

 私は、差し戻し控訴審での裁判所の死刑判決は不当であり、弁護団の主張はおおむね(今では全面的とは考えていません)正当だと考えています。しかし、だからといって弁護団に対して生じた疑問に口をつぐむべきだとも思いません。それは真実の解明に逆行する行為だと思えるからです。上告審が審理されている今だからこそ、大きな関心を引いたこの事件の真相の解明を多くの人が望んでいるのではないでしょうか。私には、弁護団を全面的に支持されている方は、弁護団を批判することは被告人の不利益につながり、批判すること自体がタブーであると思っているように感じられてなりません。しかし弁護団のマイナーな部分を黙認すべきなのでしょうか?

 光市事件は弁護団と検察官との闘いというより、弁護団と国家との闘いと言えるかもしれません。そうした政治的背景は理解できます。しかし、そこにこだわるあまりに、弁護の方向を見誤ってはいないでしょうか? 弁護団のやっていることは本当に福田君のためになっているのでしょうか? 残念ながら、今の私は弁護団の姿勢に疑問を抱かざるを得ないのです。

2009年11月 9日 (月)

受益地と受益者負担の謎

 受益者が負担すべき受益者負担を、地元自治体が肩代わりしていることが違法であるとして提訴した広島の大規模林道の裁判で、興味深いことが明らかになってきました。

 ひとつは、受益地とされている森林が、どうやら受益地とはいえないらしいというのです。受益者負担が根底から覆されることになるのではないでしょうか。詳しくは以下の記事をお読みください。

受益地を巡る謎 

 もうひとつは、被告側が「受益者負担」の意味を理解していないらしいということ。これも驚きです。なんだかこの裁判、とても面白くなってきました。

生きものたちの森・細見谷渓畔林訴訟 第5回口頭弁論 報告 

 受益者負担を受益者が支払うのではなく、市町村が肩代わりするという構図は、連載でお知らせしている美蔓地区かんがい排水事業でも同じです。恩恵を受ける者が受益者負担を払わず、税金で払ってもらうということが問題ないとは思えないのですが、こうしたことが半ば慣行として行われています。納税者は、こういうことにも関心をもって声を出していくべきではないかと思います。

2009年11月 8日 (日)

美蔓貯水池の欺瞞(5)

前回の記事

 前回の記事では地元自治体が受益者負担を肩代わりすることについて触れましたが、6日付けの北海道新聞帯広・十勝版に地元4町の負担金が約17億円にのぼることが報じられていました。支線用水・排水路整備などの道営事業の負担金も10億円以上になるようです。過疎化が進みただでさえ財政難の地方の町がこのような負担をする以上、住民に納得のいく説明が必要なのではないでしょうか。

自然保護団体を無視して着工した開発局

 開発局帯広開発建設部と十勝自然保護協会の話し合いは2005年6月から始められましたが、この間、私たちはマスコミを同席させるよう何度も求めました。しかし、開建は頑として認めませんでした。また、開建が当初計画や計画変更について隠していたこと、建設場所選定をめぐる嘘の説明、費用の不透明さなどを追求すると、話し合いを求めても速やかに応じなくなり、待たされてばかりでした。まるで引き延ばし作戦です。

 そして2008年8月、私たちになにも知らせないまま貯水池の工事を始めていたのです。たまたま近くを通りかかったときに、貯水池の工事現場を見つけて発覚しました。表面的にはさも誠実に対応している素振りを見せながら、一方ではどんどん事業を進めていたわけです。私たちは開建のこうした態度に見切りをつけ、2009年2月23日の10回目の話し合いを最後に開建との面談を打ち切り、3月12日に計画を白紙に戻して再検討するように求める文書を手渡しました。この申入れについては13日の北海道新聞でも報道されました。

 しかし開建は私たちの疑問に明確に答えないまま工事を続けています。取水堰から貯水池を結ぶ約15キロの導水管工事は、岩田地崎建設によって5億8千万円で落札され、来年から本格的な工事が始まる予定です。

 こんな横暴なやり方を黙って見ているわけにはいきません。十勝自然保護協会だけではなく、「ナキウサギふぁんくらぶ」や「日本森林生態系保護ネットワーク」「ザ・フォレストレンジャーズ」も計画の凍結を求めて声をあげました。これまでに、開発局や農水相に以下のような文書を発送しています。

美蔓地区国営かんがい排水事業の凍結についての申し入れ

美蔓地区国営かんがい排水事業の即時中止・凍結についての申し入れ

つづく

2009年11月 6日 (金)

地元とは誰を指すのか?

 4日の北海道新聞に「建設予定48自治体アンケート ダム凍結反対68%」という記事が掲載されていました。これは、前原国土交通相が凍結を発表した48ダムが建設される市町村にアンケートを実施した結果を発表したものです。凍結に反対とした市町村は68.2%で、賛成の自治体はゼロ。また、前原大臣の手法については、77.3%が「関係自治体や住民の意見を聞いてから判断すべきだ」を選択したそうです。

 この記事だけ見たなら、地元の大多数が凍結に反対しているかのように感じられます。しかし地元自治体といえば、建設主体と一緒にダムを推進してきた立場です。民主党に政権交代し、ダムに対する方針が変わったからといって簡単に凍結に賛成するわけがありません。なんのためにわざわざ地元自治体にアンケートをとり、大きく報道するのでしょうか?

 地元の声を聞きたいのであれば、たとえば建設地だけではなく関係する流域住民に無作為で電話などによるアンケートをとるなどすべきではないでしょうか。だいいち、国や都道府県が建設するダムは、地域住民だけの問題ではありません。国民の税金が使われる以上、建設地域の関係者だけに意見を聞いて発表すること自体がナンセンスです。

 大雪山国立公園に建設が計画されて中止に追い込まれた士幌高原道路の場合、地元の士幌町と農協が建設を全面的に推し進めていました。「必要ない」と思っていた町民もいたのですが、圧力を恐れて反対の声を上げることができなかったのです。反対の意思表示をしたために露骨な嫌がらせを受けた人もいると聞いています。ダムなども同じ構図でしょう。建設に反対の地元住民は、圧力や嫌がらせを恐れてなかなか声を上げられないのです。

 ダム推進派に欠落しているのは、例えば治水目的のダムにおいて治水の根拠とされる基本高水流量の数値の検討をしようとしない点です。ほとんどのダムでこの数値が過大に算出されていると考えられるのですから、そこを質し、本当にダムが必要かどうかを問わねばならないのに、そのような点について議論しようとしません。利水にしても然り。八ッ場ダムでは治水も利水も目的が失われているといわれています。必要かどうか、建設によるマイナス面はないのかという本質論が置き去りにされ、ただ凍結に反対しているとしか思えません。

2009年11月 5日 (木)

石狩川源流部で違法伐採か?

 11月2日は、日本森林生態系保護ネットワークの主催で、石狩川の源流部で行われた伐採地の調査に出かけました。10月末までは雪がなかったのですが、あいにく直前に雪が降ってしまい、当日も雪がちらつく中での調査になりました。土場の面積を測ったり、集材路の幅を計ったり、伐根を探したり・・・。この雪では、伐根も隠れてしまったのではないかと思ったのですが、雪の中から無印の伐根がいくつも出てきました。盗伐の可能性があります。

 現場の石狩川源流部は高原温泉に近い奥山であり、大雪山国立公園の心臓部分。洞爺丸台風では大きな被害を受けているのですが、その被害が回復してきている森林で大量の伐採が行われていました。しかも、伐採のために造られた土場は、許可された大きさよりかなり大きいのです。集材路の幅もかなり広く、森林法違反の疑いがあります。

 不思議なのは、山奥につくられた幅8メートルもの作業道。こんな幅の広い作業道は見たこともなければ、必要性もありません。何のために造ったのでしょうか?

 ということで、この違法伐採疑惑についてJANJANに記事を投稿しました。詳しくは以下をお読みください。

雪の石狩川源流域、「違法伐採」疑惑の現場

2009年11月 4日 (水)

インシデンツを訴えて何になる?

 さる2日、光市事件の被告人が「福田君を殺して何になる」(増田美智子著)の版元であるインシデンツ(寺澤有代表)に対し、出版の差止めと1100万円の損害賠償を求める訴えを広島地裁に起こしたとのニュースが流れました。被告人の弁護団は、10月5日に出版差止めの仮処分申請をしていましたが、今回の提訴はそれとは別です。

 5日の仮処分の申立書では「元少年が取材を受けた際に、原稿内容を事前に確認させることを出版の条件としていたが、約束が守られなかった」(10月7日付け北海道新聞)と主張していました。そして、今回の提訴で原告側は「原稿内容の事前確認や私信の非公開などの約束を破ったのは、人格権やプライバシーの侵害にあたる」と主張しているそうです。

 ところで、著者の増田美智子さんは記者会見で「本人に実名で書くと伝え、了解を得ていた。仮処分の目的は弁護団による事前の検閲。報道の自由への重大な侵害だ」(10月7日付け北海道新聞)としています。また、増田さんや版元のインシデンツは「実名や顔写真は過去に雑誌などに掲載された『公知の事実』で、表現の自由に照らして違法性はない」(11月3日付け北海道新聞)と主張。要するに実名を書いたことの是非というより「本人に原稿内容の事前確認をさせる」という約束があったか否かが問題となっており、原告側と著者や版元の主張が真っ向から対立しているという構図です。

 ところが、新聞などでは実名報道が少年法に照らし合わせて問題があるのか否かばかりが強調されているようで、11月1日付けの北海道新聞「サンデー討論」でも実名の是非に焦点があてられています。問題意識というか、論点がずれているとしか思えません。

 「福田君を殺して何になる」の冒頭には、福田君から増田さんにあてた手紙が掲載されています。冒頭から手紙の内容が紹介されていたことに多少違和感は持ちましたが、本を読み進めていけば、なぜ増田さんが手紙を紹介したのかという理由が理解できます。この手紙からは、増田さんの面会を楽しみにしながらも増田さんの交通費や宿泊費のことを気にする心遣いや、同い年の女性に関心を示す様子が伝わってくるのです。増田さんについて書かれている部分の文面はたしかに年相応とは思えずいまだに精神的に未熟な側面があることを伺わせますが、それでも彼なりに心を込めて書いている手紙であり、率直な心情が滲み出ています。

 この手紙の稚拙な文面に関してはマイナーな要素があることは否めないでしょう。しかし、公開されたら都合の悪いようなプライベートなことが書かれているわけではなく、むしろ光市事件を起こした被告人の精神面を読み取るうえで大きな意味をもっていると私は感じました。つまり、この手紙には女性になれなれしく接してしまう彼の心理が表れています。その陰には父親の暴力から母親を守ってきた家庭環境、それによって生じた母親との絆が大きく関係していると推測できますし、弥生さんに甘えて抱きついたという行動も理解できるのです。

 本書は、トータルに見たならば福田君にとって決して不利なものではなく、むしろ彼の人間像を浮き彫りにして死刑という判決に疑問を投げかけています。彼が事件を起こした原因を見つめ直し、この裁判の問題点を問うためにも意義のあるものです。さらに、本書での実名表記は、凶悪犯というイメージと一体となって流布された実名に対し、名誉回復を図っていると捉えることができます。

 福田君に有利な内容であるにも関わらず、なぜ版元を提訴したのでしょうか? その理由は、今枝弁護士の解任について書かれた部分に隠されているように思われます。福田君自身は今枝弁護士を心から信頼しており解任には最後まで抵抗したのです。弁護団が福田君を説得して解任を働きかけたことは間違いないでしょう。解任に福田君の意志がどれだけ反映されていたのかが疑問です。それと同じように、今回の仮処分申請や提訴についても、弁護団の意志がかなり反映されていると考えるのが自然です。福田君本人が増田さんに対して本当に「原稿の事前チェック」や「私信の非公開」を求めていたのでしょうか? 私には大いに疑問です。

 今回の仮処分申請や提訴については、版元側の主張があまり詳しく報じられていないように感じるのですが、以下の津田哲也氏のブログにインシデンツの寺澤有氏の話しが掲載されています。

[光市母子殺害事件]実名ルポ本『福田君を殺して何になる』が出版差止めを申し立てられた本当の理由 

 寺澤氏は、本田弁護士から出版前にゲラ刷りを見せなければ出版差止めの仮処分申請をすると、半ば脅しのようなことを言われていたそうです。寺澤氏は、警察や検察、裁判所などの組織の腐敗などについて果敢に報じているジャーナリストであり、そんな脅しに応じないのは当然でしょう。ところが弁護団は本当に仮処分申請をしました。さらに、本の内容を確認してから提訴したのです。寺澤氏が権力と対峙している点では安田弁護士などとも同じ立場です。そうした者同士が、福田君にとって有利としか思えない本をめぐって争うことは不可解としか思えません。

 私も自然保護問題などで報道関係者から取材を受けることがありますが、「原稿の事前チェック」は取材を受けた本人がはっきりとその意志を伝えなければ行われないのが当たり前です。「原稿の事前チェック」や「私信の非公開」の約束をめぐって法廷で争ったなら「約束した、しない」の争いになり、さらには「弁護団の関与があった、なかった」の論争になるだけでしょう。こうした争いにどれだけの意味があるのでしょうか? 私には、今枝弁護士の解任同様、原告である福田君自身が精神的に苦しむことになるのではないかと思えてなりません。

 弁護団が守ろうとしているのは、福田君なのでしょうか? 今回の仮処分申請や提訴に限って言うなら、私は弁護団を支持することはできません。

 なお、この件についてはジャーナリストの山岡俊介さんのサイトでも報じられています。無料で読めるのは冒頭の部分だけですが。

書籍『福田君を殺して何に成る』を巡って――仮処分に加え、本訴もした光市母子殺害元少年側

関連記事

光市事件とは何だったのか?  

再度、光市事件を考える

「福田君を殺して何になる」を読んで

出版差止め仮処分却下の理由

2009年11月 3日 (火)

美蔓貯水池の欺瞞(4)

前回の記事

かんがいの必要性と受益者負担

 美蔓地区では水需要がどんどん減っており、現在では受益面積が当初計画の半分以下になってしまったことは前回の記事でも触れました。受益地である鹿追・清水・音更・芽室の4町のうち、もっとも受益地が広いのは鹿追町です。その鹿追町では井戸を掘って水を供給しているために水不足は解消されているとの話を聞いています。

 北海道新聞は10月に入ってからようやくこの美蔓地区のかんがい排水事業について報道するようになったのですが、10月2日の北海道新聞十勝版に「ナキウサギの里 道水路とどう共存」という大きな記事が掲載されました。その記事に、美蔓地区に住む農家の方の意見が掲載されていました。その部分を以下に引用します。

「なんで、この地区が受益対象になったんだろうね。今もよく分からないよ」

「どれくらい前か、すごい昔のある日、開発局の人がパンフレットを持って来て、この地域も対象になるから参加しないかって誘われたの。近所の農家も入るなら、仲間はずれになるのは嫌だったし」

「最初は上水道の工事だと聞いていた。どうも違ったようで・・・。水の値段が格段に安くなるわけでもない。必要な水はある」

 帯広開発建設部は、十勝自然保護協会との話し合いの中で「農家が水を欲しがっている。農家から要望があるから行う」と説明していました。しかし、実際には農家が積極的に要望したというより、開発局が受益者を増やすべく誘っていたのではないでしょうか。また、帯広開建は「農家には受益者負担がある」と明言していました。ところが、途中から「受益者負担は地元の市町村が負担する」と説明が変わったのです。農家負担がないのなら、それほど水が必要ではなくても同意する農家があることは想像に難くありません。

 また、受益地のほぼ半分は畑ではなく牧草地です。牧草の原産地は乾燥したところですから、牧草に潅水をする必要はありません。これについて帯広開建に質問すると、「肥培かんがい」に用いるのだといいます。つまり、牛のふん尿に水を加えて散布するというのです。肥培かんがいを行うためには施設が必要ですが、そのような施設整備は農家負担になります。いったいどれだけの農家が高額な投資までして肥培かんがいをするのでしょうか?

 2004年に、かんがい目的で芽室町に美生ダムが建設されたのですが、その検証記事が10月28日付けの北海道新聞に掲載されていました。その記事に「水はデントコーンの除草に使い、牛にも飲ませている。水道代も安く、ダムができて便利になった」という酪農家の女性の声が掲載されていました。帯広開建は「かんがい」目的なのでそれ以外の用途には使えないと話していましたが、酪農家は本来の用途外である除草剤のうすめ液や牛の飲み水に使っているのが実態のようです。

 美生ダムの総事業費のうち芽室町の負担金は28億円にも達し、今後の設備更新に約1億円を見込んでいるとのこと。地元自治体の負担額も財政を圧迫します。美蔓地区のかんがい事業では、貯水池の費用負担割合は国が85パーセント、北海道が12パーセント、自治体が3パーセント。配水管は国が80パーセント、北海道が15パーセント、自治体が5パーセントです。莫大な税金が使われる以上、費用対効果が問われますがそれは不明です。本来なら受益者自らが負担しなければならない受益者負担を地元の町が肩代わりするのですが、こうした負担は住民から十分な理解が得られているのでしょうか。

 近年では干ばつによる農作物への被害も聞きません。たとえ少雨の年に干ばつ被害が生じたとしても、それは美蔓地区に限ったことではありません。収量の増加が目的なら、農家が受益者負担分を支払うのが当然ではないでしょうか。散水のためのスプリンクラーも農家が負担しなければならないのですが、本当に設備投資までしてかんがいを行うのかも疑問なのです。(つづく

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

フォト

twitter

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ