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2009年10月13日 (火)

「福田君を殺して何になる」を読んで

 フリーライターの増田美智子さんが書いた「福田君を殺して何になる」(インシデンツ)の出版をめぐっては、10月5日に光市事件の弁護団が広島地裁に出版差止めの仮処分を請求したことで波紋を呼んでいます。10月7日付けの北海道新聞によると、弁護団側は「実名表記に同意せず、中止を求めたのに出版を強行した」とし、著者の増田さんは「本人に実名で書くと伝え、了解を得ていた。仮処分の目的は弁護団による事前の検閲。報道の自由への重大な侵害だ」としています。

 発売前であるにも関わらず、実名表記についての本人の了解をめぐって弁護団が仮処分申請をしたことについて、正直いって非常に驚きました。本のタイトルから察するならば、被告人である元少年の視点に立った本としか思えないのに、著者と弁護団の間でこのような対立が生じるのはなぜなのか? 両者の間に何があったのか? その疑問は、本書を読むことで解けてきました。

 本書の執筆の動機は、増田さんが、ジャーナリストの綿井健陽さんが月刊誌「創」などに書いていた光市事件に関する記事を読み、「本当に死刑が妥当なのだろうか」と感じたことにあります。増田さんは元少年の同級生や家族、教師などを取材することで、元少年の実像を明らかにすることを試みます。取材に応じてくれた人たちの言葉から浮かび上がってくる元少年の人物像は、マスコミなどで報道されたような凶悪犯、知能犯などというイメージからはかけ離れており、どちらかといえばひょうきんな側面をもつ内向的な少年です。これは弁護団などの主張とも一致します。

 本書は、元少年の「不謹慎な手紙」の文通相手である拘置所で知り合った少年にも取材しています。文通相手であるA君は、交通事故で高次脳機能障害を負っているとのことでしたが、「不謹慎な手紙」を検察に提出することになった理由について以下のように説明しています。

 「出所してしばらく経ったころ、自宅に僕が起こした傷害事件の担当刑事と、光市母子殺害事件を担当する刑事が訪ねてきました。『最近どうだ』『ちゃんと仕事しているのか』というひととおりの挨拶が終わったところで、本題が切り出されました。『ところでお前、光市の事件の犯人と文通しとるのう。検察側から要望がきとる。1点の真実でいいから、判断材料が欲しい。本当に公正な裁判が行なわれるために、出してくれ』と。刑事は『犯人を死刑にするために』なんていいません。僕は子どものころから警察と折衝してきましたから、警察のもの言いはだいたいわかっています。『建前だな』と思いました。(中略)僕は当事、まだ執行猶予中で、断ればどんな微罪をふっかけられて逮捕されるかわからない。逮捕されれば執行猶予は取り消され、刑務所送りです。断れませんでした」(108ページ)。

 A君は差し戻し控訴審で死刑判決が下された直後に、最高裁に提出した手紙の仮還付請求をしたそうです。A君曰く、「請求書には、手紙を提出したのは、公明正大な裁判を期待したためで、被告人を死刑にするためではない。私が手紙を提出したことにより、被告人が死刑判決を受けるのであれば、私は一生、罪の意識から逃れられない、というようなことを書きました。最高裁には却下されましたが」(110ページ)とのこと。

 しかし、A君は刑事の「公正な裁判が行われるために」という言葉が「建前」であると察したのなら、検察に手紙を渡すことが、どういう意味を持つのかよくわかっていたはずです。検察が無期懲役を不服として控訴した際、A君は元少年への手紙にも、次のように書いているのです。

 「新聞で知ったが、検事のアホに上告(筆者注・「控訴」が正しい。以下同)されたらしいな。クソ検事!! 上告する意味がわかってんのか!! もしかすると人が三人も死ぬかもしれんのだぞ!! 国が人を殺すのは殺人となんら変わりはない。ただの合法的殺人だ!!(後略)」(102ページ)。

 それにも関わらずA君が検察に手紙を渡してしまったのは、やはり警察の無言の圧力に抗しきれなかったからではないかと思わざるを得ません。A君の葛藤が伝わってきます。

 私がこの本で多少なりとも衝撃を受けたのは、弁護人への取材について書かれた「6章 弁護士」です。増田さんは2審の弁護人や今の弁護団にも取材を求めているのですが、ことごとく取材拒否をされてしまいました。増田さんが死刑判決の直後に広島拘置所の元少年に手紙を書き、面会について手紙でやり取りをしたところ、その手紙を元少年が弁護団に渡し、弁護団から面会の申し出を断られたというのです。その理由は、増田さんが報道関係に身を置くことを隠していたことが不適切であり卑劣だというものです。しかし、増田さんはご自身がフリーライターであると手紙の冒頭で書いています。なぜ、弁護団は面会を拒否したのでしょうか? いったい弁護団にそんな権限があるのでしょうか?

 弁護団は確かに偏ったマスコミ報道によってバッシングにさらされた報道被害者といえるでしょう。そうした経緯からも、弁護団側がマスコミに対して過敏に反応してしまうことはわからなくもありません。しかし、この6章を読む限りでは、弁護団はマスコミに対して疑心暗鬼になって警戒心を強め過ぎ、結果として不適切な対応をしてしまったとしか思えません。増田さんはそんな弁護団の対応に疑問を抱き、その経緯を赤裸々に記述しています。

 増田さんの取材に応じ、本書の解説を担当した今枝仁弁護士は、その解説「F君の『言の葉』に込められた魂の逡巡を読み解いてほしい」の中で、取材について以下のように記述しています。

 「著者は、過去から現在までのF君の弁護人をあたり、けんもほろろに取材拒否され、反感を抱いた。その描写が弁護団バッシングを再燃させ、ひいてはF君に心理的負担を与えないか心配もある。とはいえ、『弁護人のマスコミ対応』という問題を考察するうえでの価値に期待したい。僕は僕なりに誠意を持って取材に応じたこともあり、著者はよく真意を書いてくれていると思う。もっとも、僕は多くの弁護士から『取材に応じて被疑者・被告人の利益になることは絶対にない。むしろ不利益になるばかりか、(弁護士の)守秘義務違反が問題になる』と叩かれている」(230ページ)。

 私は弁護団の原理原則を重視する弁護方針には深く共感しますし、真摯な弁護活動を高く評価してきました。その気持ちは今も少しも変わっていませんし、本書を読んで弁護団の主張が間違っていなかったとの確信を強めました。また、弁護方針についてはどちらかといえば今枝弁護士より安田弁護士を支持する立場です。しかし、本書で明らかにされた弁護団の対応には大きな疑問を抱かざるを得ません。今枝弁護士の解説にあるように「取材に応じて被疑者・被告人の利益になることは絶対ない」のでしょうか? これまでの弁護団のマスコミ対応は本当に適切だったのでしょうか?

 さらに、出版差止めの仮処分請求は正当なものなのでしょうか? 「実名で書くことについて、元少年の了解を得ていた」という増田さんに対し、「実名に同意していない」と主張して争うことは、元少年を精神的に苦しめることになるとしか思えません。弁護団はそのことをどう考えているのでしょうか。私には、弁護団のメディア対応と今回の出版差止めの仮処分請求は、自分で自分の首を絞めるような行為としか思えないのです。弁護団のマスコミ対応については、今枝弁護士が警鐘を鳴らしていました。それにも関わらずこのような方向になってしまったことは、非常に残念としかいいようがありません。弁護団は本書の意味をしっかりと受け止め、被告人のために仮処分請求を取り下げてほしいというのが私の想いです。

 最後に、問題とされている実名表記についての私見を書きたいと思います。増田さんは実名表記について217ページで触れていますが、匿名報道が元少年の人格を理解することを妨げているとしています。また、モンスターのようなイメージがふくらみ、それが死刑を望む世論を形成しているのではないかとも述べています。それに対し、あえて実名を出す必然性はないのではという声もあるようです。私は本を読む前は、実名表記がどれだけの意味があるかについて判断できませんでしたが、実際に読んでみて増田さんの主張もストンと胸に落ちました。元少年は今でも未熟な側面があるとはいえ、すでに28歳になり自分の意見もしっかりと言えるまでに成長しています。本人が同意したのなら、実名表記は決して無意味なものとは思えません。版元であるインシデンツの寺澤有氏も、そのように判断したのではないでしょうか。

 「死刑になることで何か1つでも社会にとって得るものがあるのか」という増田さんの問いは、私たち一人ひとりに発せられていることです。その問いかけを考えるためにも、本書が多くの人に読まれることを望みます。

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