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2009年8月

2009年8月30日 (日)

蛇紋岩の山に生きるハヤチネウスユキソウ

 東北での蜘蛛学会大会ということで真っ先に頭に浮かんだのは、かねてから登ってみたいと思っていた早池峰山でした。早池峰山といえば、本州ではここにしか分布していないアカエゾマツと固有種のハヤチネウスユキソウが頭に浮かびます。アカエゾマツのほうは登山道沿いにはないとのことなのであきらめました。

 早池峰山とはどんな植生の山であり、固有種のハヤチネウスユキソウがどんなところに生育しているのかを見たいと思い、仙台での蜘蛛学会大会を初日の22日の途中で切り上げて早池峰山の登山口に向かいました。

P1010051  河原の坊からの登山道は、沢に沿ってブナやミズナラ、ダケカンバ、オオシラビソやコメツガなどの森林帯の中を登っていきます。やがて森林帯を抜けると岩塊が現れ、山頂まで岩の斜面が続いています。はじめに登山道沿いに出てきたのはハヤチネウスユキソウではなくミネウスユキソウでした。ヤハチネウスユキソウは何処?と足元に目を配りながら登っていくと、しばらくしてからミネウスユキソウに混じってハヤチネが姿を見せました。写真の大きい2つの花がハヤチネウスユキソウで、小さい花がミネウスユキソウです。

 たしかにヨーロッパのウスユキソウによく似ていますが、ハヤチネのほうがいくらかがっしりしているような雰囲気があります。もう8月も下旬でしたので花の最盛期は過ぎてややドライフラワー状態でしたが、それでも特有の雰囲気は十分に残っていました。ハヤチネウスユキソウは早池峰山の蛇紋岩地帯に生育しているのですが、比較的上部から山頂の岩場に分布しており、それほど多いというわけではありません。やはりとても希少な植物です。

 早池峰山は固有種が多いことで知られていますが、簡単に動くことができない植物の分布と地質の関係にはとても興味深いものがあります。

2009年8月29日 (土)

問題だらけの最高裁裁判官国民審査

 明日は衆議院議員選挙とともに最高裁裁判官国民審査があります。いつもおかしいと思うのは、選挙公報とともに配布される国民審査の広報では、まっとうな判決を出している裁判官かどうかよくわからないということ。あの広報の説明で、どれだけの人がきちんとした判断ができるのでしょうか? これでは、空欄で出しなさいといっているようなものです。そしてわからないからと空欄にしたら、自動的に信任にされてしまうのです。信任ならマル、不信任ならバツ、棄権なら空欄にすべきでしょう。

 わかりにくい説明とバツだけをつける方式によって、これまでに罷免された裁判官は一人もいません。これでは何のために国民審査をやっているのかわかりません。こんなおかしなシステムがまかり通っていることこそ、変えていく必要があります。

 また国民審査は任命後にはじめて衆議院議員選挙を向かえる裁判官が対象になるシステムのために、今回の審査では足利事件の菅家さんの冤罪を見逃した裁判官はすでに辞めてしまっているのです。冤罪を見逃した裁判官が対象にならないような審査のシステムには大きな疑問を感じます。

 ヒラメ裁判官をなくすという目的など、建前でしかないのでしょう。形骸化している国民審査ですが、やはりきちんと調べて不適切な裁判官にはバッテンをつけなければなりません。誰にバッテンをつけていいかわからない人は、投票用紙を受けとらないのが賢明のようです。

 日本民主法律家協会が、この審査の問題点や対象となる裁判官についての情報を掲載しているので、以下に紹介します。配布される広報には抜けている重要な判例も示されていることからも、広報では多くの人に知られたくない判例を恣意的に抜かしているとしか思えません。

第21回最高裁裁判官国民審査対象裁判官の横顔

2009年8月28日 (金)

再度、光市事件を考える

 帯広の書店で、ジャーナリストの門田隆将氏が光市母子殺害事件の被害者遺族である本村洋さんの闘いを綴った「なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日」が目にとまりました。この本の存在は知っていましたが、今までは買って読む気にはなりませんでした。しかし「光市事件とは何だったのか?」という記事のコメントでの論争もあり、被害者の視点からの本も読んでみるべきではないかという思いも手伝って購入しました。

 光市事件弁護団の「光市事件 弁護団は何を立証したのか」や、今枝仁弁護士の「なぜ僕は『悪魔』と呼ばれた少年を助けようとしたのか」を読んでいた私は、被害者感情を十分に感じとりつつも冷静に読み終えました。というより、本村さんの視点で書かれた本によって、私はますます捜査機関の恣意性を強く感じるとともに、弁護団の立証したことが正しかったとの認識を新たにしました。

 この本には警察・検察の執念と恣意性を感じることがいくつも散りばめられています。たとえば、刑事が家庭裁判所で「保護処分が適当」との判断が下されないよう、本村さんに協力を求めているのです。刑事は以下のような発言をしています。

 「本村君、犯人には、刑事裁判を受けさせないといけない。それに耐えられるだけの揺るぎない捜査をせないかん。犯人が家庭裁判所に行くまでの二十日間で、証拠という証拠を、すべて集めないかんのです。協力を頼みます」

 捜査機関が少年を刑事罰に処すことを目的に、被害者遺族に協力を依頼するなどというのはあるまじきことです。さらに神戸の酒鬼薔薇事件の被害者の父親が書いた本を本村氏に差し入れ、加害少年が医療少年院に入院したことで真相が闇に消えたことを教えて、少年法による保護は真相解明につながらないことを伝えるのです。何としてでも刑事裁判を受けさせようとする捜査当局のすさまじい執念を感じるのですが、なぜここまでして18歳の少年の刑事罰にこだわるのでしょうか? 私には、本村さんの被害者感情を利用して少年犯罪の厳罰化を狙っている国の思惑が透けて見えるように感じました。

 拘置所で知り合った少年との不謹慎な手紙の入手についても、捜査当局の執念が伺えます。あの手紙を入手するために、県警と地検の捜査官は被告少年と文通している人を一人ひとり訪ねて手紙の中身を教えて欲しいと頼んでいます。捜査機関は裁判での証拠とするために、挑発に乗せられて書いた悪ふざけのような私信を何としてでも入手し、死刑求刑の拠り所としたのです。

 私がこの本を読んで最も心を揺さぶられたのは「エピローグ」の部分です。この部分は死刑判決直後に、著者である門田氏が拘置所に行って被告少年と面会したときのことが綴られています。門田氏は、このときの被告は、法廷での彼とはまるで別人のように穏やかであり、「憑きものが落ちたかのような表情」だと表現しています。死刑判決を受けて「胸のつかえがおりた」「被害者が一人でも死刑に値する」という被告の言葉に、門田氏は驚きを隠しません。

 私には、ここに書かれている被告少年の発言こそ真実を語っているのだと直感しました。彼は差し戻し控訴審で本当のことを語ったが、信じてもらえなかったと語っています。それに対し門田氏が、あの荒唐無稽と言われた話を被告本人がつくりあげたのかと問うと、「弁護団がつくりあげたものではない」と言って、本村さんへの謝罪を口にしたのです。

 それを信じる限り、差し戻し控訴審での被告の証言は真実であり、弁護団の立証は正しかったということです。「胸のつかえがおりた」というのは、たとえ多くの人に信じてもらえなくても、裁判で本当のことが言えたということではないでしょうか。彼はすでに深く反省をしており、ようやく裁判で本当のことが言えたからこそ、自分の犯した罪に向き合い「死刑に値する」という言葉や本村さんへの謝罪の言葉が素直に出たのではないでしょうか。また真実を追究し、裁判で真実を語るように導いた弁護団に感謝しつつも、決して一枚岩ではなかった弁護団が彼にとって多少なりとも心の重荷になったのも確かでしょう。そんな心境が穏やかに語られているエピローグにこそ、私は真実を見る思いがしました。

 しかし、私は被告が死刑を受け入れる発言をしたからといって、死刑が適切だとは決して思いません。殺意がなかったなら傷害致死であり死刑はあまりにも不当な判決です。父親から激しい暴力を受け、12歳のときに母親が自殺するという凄まじい家庭環境のなかで精神的な発達が止まってしまった少年に、この国はなぜ更生の機会を与えることができないのでしょうか? 弁護団の立証した自白調書の矛盾がなぜきちんと解明されないのでしょうか? 嘘の自白を強要し、少年の心に深い傷と懐疑心を植えつけ、本村さんにも誤解をもたらしたと考えられる捜査機関に罪はないのでしょうか? 加害者を殺すことが本当に償いになるのでしょうか? 犯罪被害者の救済とは、裁判で被害者が意見を述べたり、加害者に厳罰を与えることなのでしょうか? 私には到底そうは思えないのです。

 この本を読んだ読者の多くは、本村さんの命をかけた壮絶な闘いに深い感銘を受けたことでしょう。しかし私には、本村さんや犯罪被害者組織まで引き込んで、加害少年をひたすら死刑へと追い詰めるグロテスクな捜査機関と、弁護団の真摯な検証を一顧だにせず、納得できる理由も示さないまま一、二審をひっくり返した異様な最高裁の姿が深く印象づけられました。

 そして何よりも「エピローグ」の被告の言葉の意味を、多くの人に考えてもらいたいと思うのです。ここから見える被告の姿は、決して反省の気持ちなど持ち合わせない冷酷非情で凶悪な人間像ではありません。真実を語れたことによって罪に向き合えるまでに成長した一人の青年の姿です。ここまで彼を成長させたのは、彼を信じて支えてきた弁護士や教戒師の存在だったのではないでしょうか。

2009年8月26日 (水)

女性が元気な日本蜘蛛学会

 しばらく更新をお休みしてしまいましたが、仙台で開催された日本蜘蛛学会の大会での発表を兼ね、20日から28日までの予定で東北旅行に出かけていました。22日に学会発表を終え、23日には早池峰山に登ったのですが、下山して間もなく母が救急車で病院に運ばれたとの連絡が入り、急遽予定変更して24日に戻ってきました。そんなこんなでドタバタしており、コメントをいただいた方へのお返事も遅くなってしまいました。

 学会での発表は、昨年から調査をしていたイソコモリグモの分布に関するもので「北海道におけるイソコモリグモの生息実態」というタイトルです。実地調査による結果と、生息が可能な環境の分析、保護策の提示などについて発表しました。

 日本蜘蛛学会は会員数が270名弱の小さな学会ですが、今年の大会の参加者は70名ほどあり、なかなか盛況でした(といっても残念ながら私は初日の途中で抜け出してしまったので、参加者の皆さんとはあまりお話しできなかったのですが)。会員数に対する大会出席者の割合が非常に高い学会なのです。しかも、70名のうち16名が女性です。今回の講演数は22件でしたが、女性の発表者も4名ありました。クモはとりわけ女性に敬遠されがちなイメージがありますが、実は女性の愛好者も多いのです。昆虫などの学会のことは知りませんが、小動物を対象としている学会としては、女性の参加割合がとても高いのではないかと思います。

 また、蜘蛛学会といっても、クモ(真正クモ類)だけを対象としているわけではありません。ザトウムシやダニ、カニムシ、多足類(ヤスデやゲジゲジ)なども含まれています。今回もダニ、カニムシ、ザトウムシ、ヤスデなどの発表がありました。なんだかこのように書くと、いかにも「下手物好きの変人の集まり」だと思われそうですね。でもでも、そんなことはありません。ときどき観察や採集のために不審な行動をとることがあるものの、いたって普通のまじめな人たちです(といっても、私がそう言ったのでは信用してもらえないかもしれないですね!)

 クモの同好会のひとつに「東京蜘蛛談話会」というのがあります。学生の頃、大学の先輩に誘われて、東京蜘蛛談話会の関係する三会合同例会に参加したことがあります。三会というのは東京蜘蛛談話会と多足類懇談会、茶茶楽会(ササラダニの愛好会)のことです。その三会合同例会に行こうとして会場の場所がわからなくなり、駅前交番で公共施設に電話で当たってもらいました。お巡りさんから「どんな会合なの?」と聞かれ、「クモとかダニとかゲジゲジとかの研究発表の会合で・・・」と説明し、何とか会場を突き止めてそこに行く方法を教えてもらえました。若い女性二人がクモ、ダニ、ゲジゲジ・・・の研究発表会に参加というのですから、お巡りさんも「なに? クモ? ダニにゲジゲジ?」と、とても怪訝そうな顔をしていましたっけ。

 東京蜘蛛談話会のほかにも、中部蜘蛛懇談会、三重蜘蛛談話会、関西蜘蛛研究会などといった同好会があり、採集会や例会などが行われているのですが、日本には蜘蛛好きの女性の方も多いのです。

2009年8月19日 (水)

イチゴ畑になった皆伐地

 15・16日に、大雪山国立公園の幌加とタウシュベツの皆伐地に調査に入りました。

P1000744

 幌加の皆伐地はだいぶ緑色になってきていますが、皆伐地を覆っている植物はエゾイチゴやハンゴンソウ(黄色い花の植物)などです。とりわけエゾイチゴは旺盛に広がってきており、まるでイチゴ畑です。おそらく地下茎で広がっているのでしょう。外来種ではありませんが、開けた荒地などに生育する植物です。このまま放置すると、カンバやケヤマハンノキなどの種子が飛んできても芽を出すことができません。また植えたトドマツの苗も覆われて枯れてしまいます。そのために苗を植えたところは帯状に草刈がされていました。ところが、草刈によって、種が飛んできて芽生えたダケカンバやケヤマハンノキなどまで刈られているのです。これでは先駆樹種もなかなか定着できません。植林したトドマツの苗も、かなり枯れていました。

P1000778  タウシュベツの皆伐地の下の沢沿いの斜面は風穴になっていて岩屑の隙間から冷風が吹き出てきます。ところが沢に作業道を造ったために、沢沿いの風穴地があちこちで崩落を起こしてしまいました。この写真の崩落地で地中の温度を測ったのですが、1.4度まで下がりました。この季節にもまだ地下に氷があるのでしょう。伐採はこんな自然破壊も招いているのです。

P1000797  ここは洞爺丸台風のときにも風倒被害にあったところですが、風倒木を持ち出してあとは自然にまかせたために森林が回復していたところです。今回の風倒被害も同じような処置をしていれば、数十年で森林に戻っていたはずです。でも、こんな風にしてしまったら、森林に戻るには200年とか300年かかるのではないでしょうか。

2009年8月18日 (火)

警察の裏金と冤罪

 JANJANに、愛媛県警の裏金を現職で告発した仙波敏郎さんの講演会の記録が掲載されています。裏金と冤罪のカラクリ、ヒラメ裁判官のこと、仙波さんのドキュメンタリー番組に圧力がかけられたことなどがユーモアを交えて分かりやすく語られていますので、是非お読みいただけたらと思います。

「日本警察の浄化をめざして」仙波敏郎氏講演(上)

「日本警察の浄化をめざして」仙波敏郎氏講演(中)

「日本警察の浄化をめざして」仙波敏郎氏講演(下) 

 この記事の中でとりわけ印象に残ったのは、仙波さんのドキュメンタリー番組をつくった放送局に対する圧力です。放送局に仙波さんの逮捕をちらつかせる圧力がかけられ、放送局からは「身を隠してほしい」と頼まれたそうです。それに対し、仙波さんは自分から警察に出向いて「用事はないか」、つまり自分を逮捕しないのかと尋ねたというのです。この度胸は見上げたものです。仙波さんには、放送10分前まで安否を気遣う電話があったそうです。

 仙波さんのように警察官が警察の犯罪である裏金について告発することは、とてつもない勇気と覚悟がいることなのです。嫌がらせの電話や手紙などは些細なことでしょう。警察組織を敵に回すというのは、警察から常に監視されるということに他なりません。警察官だからこそ、警察組織が何をするのか誰よりもよく分かっています。そして、告発者を支える方たちも、警察との圧力と闘わねばなりません。

 北海道警察の裏金を告発した元北海道警察釧路方面本部長の原田宏二さんは、著書「警察VS警察官」のエピローグで、「私を支えてくれた二人の盟友」とのタイトルで、元弟子屈署次長の斎藤邦雄さんと、市川守弘弁護士へ感謝の意を表しています。強い意志の持ち主である原田さんも、警察という国家権力と立ち向かうためには、理解し支援する方たちが必要だったということなのでしょう。告発者自身も弁護士などの支援者も、身が潔白でなければいつ逮捕されるか分かりません。たとえ潔白であっても、この講演に出てくる大河原さんのように、ありもしない罪をでっちあげられることもあるのです。

 かつて、大雪山国立公園に計画された士幌高原道路の反対運動をしていた頃、私のところには無言電話が何度もありました。推進していた関係者による嫌がらせではないかと思われます。地元の道路推進者が、私の個人情報を調べていたという情報もありましたから。また、事業者である帯広土木現業所が工事のための調査に入るとき、自然保護団体が現地のゲート前で抗議行動をしたのですが、そのときは駐車場の片隅に公安警察の車が止まっていて双眼鏡で私達をしっかりと監視していました。私達が野鳥観察用の望遠鏡で見返したところ、目をそらしましたけれど。自然保護団体が実力行使でもしないかどうかと見張っていたのでしょうか? 

 昨年は洞爺湖サミットのときに行われた市民デモで参加者が不当に逮捕されるなど、警察の異様な動きが目立つようになっています。警察の裏金は、虚偽の領収書による税金の流用ということだけではありません。仙波さんも「明日はわが身」と語っているように、私達市民はいつ警察によって冤罪をでっちあげられたり、不当逮捕されるか分からないのです。私達一人ひとりの問題として、裏金や冤罪問題を意識する必要があるでしょう。

2009年8月17日 (月)

騒ぎすぎのマイマイガ対策

Dscn5169  北海道では昨年マイマイガが大発生しましたが、今年も各地でひきつづき大発生しているようです。一週間ほど前に足寄町を通ったら、シラカンバやカラマツがかなり食害されていました。8月にはいって次々と成虫が羽化してきたため、街灯の下などにはマイマイガの死体が散乱しています。本別町では商店街の壁に止まるマイマイガを駆除するために消防車による放水が行われたそうですし、一部の街灯を消すなどの対策をとったところもあるようです。写真は街灯の下に集まるマイマイガです。

 気になるのは、このような状況になるとすぐに殺虫剤を使いたがる人がいるということです。たしかに商店街に蛾が集まるというのは、お店の人にとってもお客さんにとっても気分的にいいものではないかもしれませんが、マイマイガの大発生はそう長くつづくものではなく、数年で自然に終息していきます。一昨年より大発生している東北地方でも、今年は終息に向かっているそうです。

 自然は実にうまくできており、大発生する昆虫には必ず天敵が存在します。大発生すると、寄生蜂やウイルスなどの病気も増加するのです。わが家にあるダケカンバにも春先には多数のマイマイガの幼虫がついていましたが、次第に減っていき、大きな害にはなりませんでした。

Dscn5102  先日、私がクモ採集で使っている捕虫網にマイマイガの死んだ幼虫がついているのに気付きました。よく見るとコマユバチの繭がありますので、蜂に寄生されて死んだのです。写真で白く写っているのが、コマユバチの繭です。こんな風にして天敵も急激に増加するために、2、3年もしたら終息していきます。

 「虫の大発生をもたらすもの」にも書きましたが、カラマツなどの単一樹種による植林が、マイマイガの大発生を助長している側面もあります。自然のシステムを知って、殺虫剤などを安易に使用せず、冷静な対応をしてほしいと思います。

2009年8月16日 (日)

帯広土木現業所の姿勢

 「法面工事への疑問」で書いた問題について、北海道の出先機関であり道道の管理者である帯広土木現業所の鹿追出張所長より説明がありました。以下をお読みください。

道道鹿追糠平線の法面改修工事で、帯広土現が方向転換

 一度決まった土木工事は、計画を変更したり中止するということはなかなか大変なことなのですが、私達の指摘を受け入れて計画を修正しました。このような謙虚な姿勢は率直に評価したいと思います。

 帯広土木現業所といえば、かつて士幌高原道路の建設をめぐって十勝自然保護協会と喧々諤々の話し合いをつづけてきた行政機関です。回答もたじたじとなる質問をぶつけてきた私達は、帯広土現に恐れられ嫌がられていたともいえるでしょう。しかし最近では事業をするにあたって自然保護団体に説明して意見を求めるなど、ひところとはだいぶ対応も変わってきました。

 帯広土現の土木工事に関してはまだまださまざまな問題がありますが、今後も真摯な対応を期待したいと思います。

2009年8月14日 (金)

NHKと「やましき沈黙」

 8月9日から11日にかけて、NHKスペシャルで「日本海軍400時間の証言」が放送されました。私は初日は見なかったのですが、二日目の「特攻 やましき沈黙」について感じたことを書こうと思います。

 私は、テレビはほとんど見ません。くだらないテレビ番組が多すぎて時間の無駄であるということと、本当に伝えるべき真実がかなり隠されてしまっており、放送内容を鵜呑みにできないからです。取材で知りえたことの中でも本当に伝えるべきことを、権力者や大企業の顔色を伺ってカットしてしまうということが日常的に行われているのでしょう。しかし、ときどきはタイトルに惹かれて見ることがあります。

 「特攻 やましき沈黙」は、海軍の反省会の録音テープをもとに、神風特攻隊や人間魚雷など、人間そのものを兵器とするおぞましき特攻作戦を軍令部が計画的につくりあげ、それによって5000以上の若者が命を落としたことについて語ったドキュメンタリーです。特攻は、表向きには「自ら志願した」とされながら、実際には軍によって強制的に行われていたことが赤裸々に語られています。

 特攻などという作戦はあってはならないと自覚しながらも、そのことに反論できるような空気が組織内部にはなく、だれも止めることもできないまま特攻作戦が続けられたのですが、そのことを「やましき沈黙」と表現しています。戦争という名のもとの人殺しに、国民が巻き込まれないよう、おかしいことにおかしいといっていくことの必要性を説いたという点では、評価できるでしょう。

 しかし、「あってはならない」と自覚しながらなぜ沈黙したのでしょうか? 反論したなら制裁が加えられるからでしょう。果たして制裁が加えられることを覚悟してまで反論できる人がどれだけいるでしょうか? 個人個人が確固たる信念を持って発言することが重要なことは言うまでもありませんが、問題はそれだけではないはずです。絶対的な主従関係によって成り立っている、軍隊という暴力組織の問題にまで切り込むべきではなかったでしょうか。「やましき沈黙」とは、暴力によって押さえ付けられた沈黙だといえるでしょう。そこにまで言及せず、あたかも個人の責任にしてしまうかのような終わり方には、釈然としないものが残りました。

 「おかしいと分かっていても反論できる空気ではなく、沈黙してしまう」というのは、日本の社会に広く蔓延している感覚です。いわゆるKYですね。なぜそうなるのかといえば、日本の社会ではたとえおかしなことであっても、組織に不利益になるような発言をしたなら圧力や恫喝があるのが普通だからでしょう。政治的な暗部を暴いたなら、犯罪者に仕立てあげられることもあります(「伝えるべきは植草氏の真実」参照)。企業の不正を追求したなら恫喝訴訟を起こされることもあるのです(「オリコン烏賀陽訴訟とSLAPP」参照)。日本社会は戦争中とさして変わらない暴力社会だといえそうです。

 そうした状況が子どもたちの学校生活にまで入り込んでおり、空気を読まなければいじめを受けてしまいます。子どもたちは常に周りに合わせて自分を殺してしまうという息苦しい生活を強いられています。私が子どもだったころはここまで酷い状況はありませんでしたが、状況はどんどん悪化しています。ところが、この国では子どもたちのいじめ防止についての取り組みが著しく遅れているといえるでしょう。

 そもそもNHK自身が政治家からの圧力によって番組を改変したわけですが、NHKには反省したという姿勢が見られません。圧力と闘うこともせずに個人に「やましき沈黙をするな」と訴えかけても、なにやら虚しさが募ります。NHKという公共放送こそ真っ向から圧力と闘ってもらいたいところですが、どうも期待は持てそうにありません。

 「数学屋のめがね」さんが、NHKについて興味深い連載記事を書いています。

NHKの研究 その1 

NHKの研究 その2

NHKの研究 その3 

2009年8月12日 (水)

山の中のハマナス

P1000722  9日は道東の武佐岳に登ったのですが、阿寒横断道路(国道241号)を通った際に国道ぶちに植えられているハマナスが目に留まりました。こんなところにハマナスの花が咲いているというのは、ちょっとドッキリします。

 ハマナスといえば海岸の植物。それが阿寒国立公園の山中の針葉樹林帯に植えてあるのです。管理者である北海道開発局が植えたのでしょうけれど、ここは海辺でもなければ街中の公園でもありません。こういう自然環境や生態系を無視した感覚には呆れてしまいます。国立公園の中ですから、開発局はここにハマナスを植栽することについて環境省に認可を得ていると思うのですが、環境省は何も指導しなかったのでしょうか?

 大雪山国立公園の層雲峡近くの国道法面に園芸植物のエニシダが生えていますが、これは法面緑化の際に導入したものです。外来種が植えられていることを知った環境省が駆除を求めたと聞いていますが、駆除しきれなかったのか今でもエニシダが残っています。

 以前、ヌプントムラウシ温泉に通じる林道の法面が崩れて復旧工事が行われたのですが、その際に林野庁が外来種のイタチハギを導入しようとしました。そこで、このような外来種を使わないよう申し入れたことがあります。

 このように、今は外来種問題も浸透しつつあり、国立公園などの自然公園では法面緑化に利用する植物も外来種をなるべく使わないという方針になってきています。開発局も環境への配慮をしているそうですから、このような不適切な植栽は見直していただきたいものです。

2009年8月11日 (火)

土砂災害の責任はどこにあるのか?

 台風による豪雨によってあちこちで土砂崩れが発生し、被害が出ているようです。私は本州のことはよくわからないのですが、九州の平野虎丸さんが、土砂崩れは人災だと指摘しています。根が張りにくい挿し木苗を植林しているために、崩れやすいのだそうです。それがわかっていながらこのような植林を続けてきたのなら、確かに人災の側面が色濃いでしょう。

福岡県篠栗町の土砂災害は人災

 集中豪雨等で災害が起こったあとで、一斉に行われるのが災害復旧工事。北海道の川では、集中豪雨によって河岸が浸食されるたびにコンクリートによる護岸化が進められ、山の中は砂防ダムだらけになりました。砂防ダムで土砂の流下を止めてしまったために、河床低下や海岸浸食、魚の移動の妨げなどさまざまな弊害が発生しています。土砂崩れの中には確かに自然災害といえるものもあるでしょう。しかし、人間が改変してしまった環境においては、自然災害というより人災といえるものの方が多いのではないでしょうか。

 大規模林道の平取・新冠線は、2003年8月の台風10号によってズタズタになってしまいましたが、もろい地質の斜面に道路を開削したこと自体が災害を招いたのです。沢の部分では道路の下に埋設された土管が詰まって機能せず、水があふれて道路を崩壊させました。崩れることがわかっているようなところに道路を造って土砂崩れを誘発し、いい加減な設計や工事が被害を増大させたのですから、これも人災です。ここはほとんど車の通らないような道であるにも関わらず、災害復旧として多額の税金が投入されました。災害復旧という公共事業をつくるために、いい加減なことをやっているのではないかとすら思えてきます(「崩れる!壊れる!大規模林道」参照)。

 土砂災害が生じた際には、崩れた原因をきちんと検証し改善していかなければまた同じことが繰り返され、人命が失われたり自然が破壊されたり、新たな税金の無駄遣いがなされるのです。台風とか未曾有の集中豪雨だといって自然災害であることを強調し、責任を曖昧にしてしまうべきではないでしょう。

2009年8月 8日 (土)

開発局はいらない!

 十勝自然保護協会は、北海道開発局帯広開発建設部の治水事業や河畔林伐採(これも治水目的とのこと)に対して質問書を送付してやりとりしていましたが、開発局は肝心なことについては答えようとしません。十勝川が蛇行している相生中島地区での水路掘削工事に関して、工事が必要だとする根拠やショートカットによる効果について具体的な数値を聞いたのですが、これに関しては無視を貫いているのです。

 これではお話しになりませんから、直接会って説明をしてもらうべく面談を申し入れたのですが、その申入れについても一方的に「面談の必要性は伺えないと考えます」として拒否してきました(以下参照)。

開発局が面談拒否

 何も答えずに面談も拒否しておきながら「ご理解のほどよろしくお願いします」とは、何と厚顔無恥なことでしょうか。本質を突かれた追求をされるのはよほど都合が悪いということなのでしょう。開発局は、自分たちの事業の妥当性について説明できないということのようです。開発局の「市民参加」などというのは、まやかしでしかないことがはっきりしました。

 必要だとする根拠も示せない大規模工事で重機がうなりをあげるのは、税金の無駄遣いであり環境破壊。工事では二酸化炭素を排出するのですから最悪です。しかも談合やヤミ専従問題にまみれた開発局とは何なのでしょうか。国交相から見放されるのも頷けます。こんな開発局は即刻解体すべきでしょう。

2009年8月 7日 (金)

伝えるべきは植草氏の真実

 一貫して冤罪を主張している植草一秀氏が、3日に東京高等検察庁に呼び出しを受け収監されました。私は植草氏のブログをときどき見ていますが、植草氏が収監にあたって「自殺をしない」と言明されていたことに違和感を覚えました。強い信念を持った植草氏はどう考えても収監によって自殺するような方とは思えないのに、なぜそのようなことをわざわざ言明したのでしょうか?

   以下のブログを読むと、彼の真意と弁護団の懸念が理解できると思います。多くの方に是非読んでいただきたい記事です。

植草一秀氏の無実を確信する法曹A氏が、刑務所事情を語った!

 この国では、国家権力に対峙し真実を語る者は、権力者によって冤罪をでっちあげられ報復されるということなのではないでしょうか。植草氏の冤罪事件は国策捜査であり、国家による言論封じにほかならないと思います。私達は、こんなとんでもない国に住んでいるのだということをしっかり認識しなければなりません。

 さて、マスコミはこの間、何を報道していたのでしょうか。連日、裁判員制度が始まって初めての裁判を呆れるほど大きく報道しました。その報道の多くは「市民感覚を取り入れた裁判」だとして、裁判員制度を評価するような論調です。今回の事例は比較的わかりやすい内容でしたが、国は大きく報道される初の裁判は意図的に審理しやすいものを選んだとしか思えません。そして、案の定、検察の求刑に沿った判決でした。その陰で、冤罪を主張する植草氏は収監されたのです。

 植草氏についてはインターネット上で多くの人達が支援し、真実を伝えようと努力しています。これこそ本当の「市民感覚」でしょう。ところが、マスコミは裁判員裁判の様子ばかりを異様なほど大きく報道し、植草氏の収監に関しては記者会見をしたにも関わらず触れようとしません。

 植草氏が無事に刑期を終え、言論活動を再開されることを願わずにはいられません。

2009年8月 6日 (木)

新しいクモ図鑑が発売

P1000705  昨日「日本産クモ類」(小野展嗣編著 東海大学出版会 税込価格33,600円)が届きました。実はこの図鑑が企画されたのは1999年。10年を経て出版にこぎつけました。お値段は張りますが、各論だけでなく概論、カラー写真の口絵、撮影法や研究手法まで扱っていて内容はとても充実しており、クモを調べる人にとっては必携の図鑑です。

 この図鑑の最大の特徴は、何といっても日本産のクモのほぼ全種について生殖器を図示しているということでしょう。これまでもいくつかクモ図鑑が出版されていますが、一冊で全種の同定ができるようなものはなかったのです。ですから、図鑑に載っていないクモを調べる場合、あちこちから論文を引っ張り出して・・・というなかなか大変な作業をやっていたのです。とりわけ種数の多いサラグモ類を調べるのは大変なことで、サラグモというだけで諦めてしまう方も・・・。この本によって、同定の作業がかなり楽になりそうです。

 この図鑑は今までに日本で記録された64科1,496種のクモを掲載しているのですが、約1,500種という種数には感慨深いものがあります。今から32年前の1977年に八木沼健夫先生が作成された日本産真正蜘蛛類目録では、日本産のクモは48科914種だったのです。その頃から、日本のクモは1,200種くらいだろうとか、1,400種くらいいるかも知れないなどと憶測が飛び交っていました。そして八木沼先生が1989年に作成された目録は52科1,111種。その後も順調?に増え続け、今回の図鑑では64科1,496種が掲載されたのですから。

 この20年間で385種ものクモが新たに記録されたんですね。日本のクモはすでに解明されていると思っている方が多いかもしれませんが、決してそんなことはないのです。日本のクモの分類は、今でも発展途上といっていいでしょう。大半のクモはこの新しい図鑑で同定できますが、種名が未決定で図鑑には掲載できなかったものもあります。確実にこれからも増えていきますから、日本には1500種以上のクモがいることになります。

 クモの場合、よほど特徴的な種以外は、同定にはどうしても実体顕微鏡による生殖器の確認が必要なのです。約1500種の生殖器の図が掲載された専門書ですから、基礎知識のない一般の方がクモの名前を調べようと思ってこの図鑑を手にしても、使いこなすのは大変でしょう。まず、口絵の写真や他の写真図鑑などで見当をつけてから、解説と図版に当たるのが賢明ではないかと思います。

 それにしても、このような紙によるクモ図鑑は恐らくこれが最後になるのではないでしょうか。私もサラグモの一部を担当したので、このような図鑑の制作や編集作業がいかに大変であるかを垣間見ることができました。これからは専門的で小部数の出版物はデジタル化が進むのではないかと思います。それでも、顕微鏡を覗きながらの同定作業の場合、紙に印刷された図鑑が一番であるのはいうまでもありません。

2009年8月 5日 (水)

費用対効果が出せない「山のみち」

 昨年、北海道は「山のみち」の費用対効果を計算して道議会に提案し、今年の2月には方向性を出すと説明していました。ところが2月になっても動きがなく、3月になるとの話も先送りされ・・・。結局、6月の道議会にもかけられなかったようです。昨年の道庁交渉の際、道の職員は費用対効果の算出に苦労していると言っていたのですが、どうやら未だに費用対効果を示せないようです。

 林道建設は、投じた費用を上回る効果がなければつくることはできません。したがって、費用対効果の数値は1.0以上なくてはならないのです。林野庁が過去に算出した大規模林道の費用対効果は実に不思議な数値で、どう考えても1.0以上になるように意図的に操作されていた、というか「はじめに数値ありき」で算出されたとしか思えないものでした。そして林野庁はその算出の資料を廃棄してしまったというのです。

 北海道は大規模林道を「山のみち」事業として引き継ぐかどうかを判断する際に、費用対効果を独自に算出しなければならないのですが、まともに計算したなら1.0以上になるわけがありません。そのために、いつまでたっても費用対効果の計算ができないのではないでしょうか。

 今、「山のみち」事業の中止に向けて頑張っているのは、北海道と広島県です。広島では受益者賦課金の公的助成が違法であるとして住民訴訟が起こされましたが、先月、新たに住民監査請求がなされました。

第二次監査請求 

 多額の税金を使う事業である以上、事業の正当性などが明瞭に説明されなければなりません。自然破壊などによるさまざまなマイナス面も検討されなければなりません。いつまでも費用対効果が出せないような事業は、さっさと手を引くべきです。北海道は、潔い態度を示してほしいものです。

2009年8月 4日 (火)

オリコン烏賀陽訴訟とSLAPP

 オリコンがジャーナリストの烏賀陽弘道さんを提訴した裁判では、一審で烏賀陽さんが敗訴するというとんでもない判決が出ましたが(「情けない大出版社」参照)、昨日、オリコンが自ら請求を放棄して和解となり、実質的に烏賀陽さんが勝訴したそうです。烏賀陽さん、本当にお疲れ様でした。

「オリコンチャート」記事めぐる訴訟、オリコンが請求放棄で和解 

 この裁判は、オリコンが「サイゾー」に掲載されたオリコンのチャートに関する烏賀陽氏のコメントが名誉毀損にあたるとして、烏賀陽さんだけを提訴して5000万円もの損害賠償を求めたというもの。そもそも、烏賀陽さんはゲラの段階でサイゾーの担当者に抗議したにも関わらず、そのまま掲載されてしまったのです。ところが、一審の判決は烏賀陽さんに100万円を支払うよう命じました。高裁では、オリコンが請求を放棄、サイゾーが烏賀陽さんに500万円を支払う、烏賀陽さんは反訴を放棄ということで和解になりました。

 このオリコン烏賀陽訴訟の目的とは何だったのでしょうか? 烏賀陽さんはご自身の裁判を「批判封じ目的のいやがらせ訴訟」でありSLAPPだと主張されています。今回の請求放棄からみても、オリコンの提訴に正当性がなかったのは明らかでしょう。それにも関わらず大企業が個人を相手に高額の損害賠償訴訟を提起したのですから、まさしくSLAPPだと思います。

 日本で企業などの不正を追求しているのは多くの場合フリーのジャーナリストです。ところがフリーで活動されているジャーナリストの場合、経済的に大変な方が多いと聞きます。ですから、ジャーナリスト個人を狙って高額訴訟を起こすことで疲弊させたり萎縮させることができるのです。新聞の押し紙問題を告発しているジャーナリストの黒藪氏も、読売新聞から提訴されました。これもまさしく恫喝的な訴訟でしょう。裁判を利用して批判を封じようなどというのはもってのほかですし、こんなことは法律で禁止すべきです。

 文芸社は、インターネット新聞社JANJANに私が書いた記事の削除を求めたのですが、削除しなければ法的手段に訴えるとしていました。しかし、削除していないのに訴えていません。また、ある通報者が、チャンネル北国tvに、文芸社や共同出版等に関するブログ記事の削除を要請しましたが、このときにも通報者はチャンネル北国tvに対して提訴をちらつかせていたようです。ところが、この通報者は同じ記事を掲載しているココログには削除要請をしないようです。不思議ですよね。こういうやり方は、どう考えても恫喝なんじゃないかと・・・。私の場合は、記事を書いた本人ではなく媒体に対する恫喝ですが、それはまさしく私に対する嫌がらせでもあります。

 新風舎の商法に批判が集中したとき、何人かのジャーナリストが新風舎問題を取り上げました。ところが新風舎倒産後は、ほぼ同じことをやっている文芸社を批判するジャーナリストはいないようです。これも不思議ですよね。提訴されるのを恐れて避けているとしか思えないのですけれど。SLAPP、恫喝を禁止しなければ、真実を伝える人がいなくなってしまうということにもなりかねません。

2009年8月 3日 (月)

裏金と冤罪のカラクリ

 日本の裁判所がおかしいことになっているのは百も承知でしたが、最高裁にまで裏金があるそうです。以下の記事は、上の方ばかり向いて信じられないような判断を下す「ヒラメ裁判官」がどうしてできるのか、とてもわかりやすく書かれています。是非お読みください。

最高裁にも裏金疑惑、元高裁判事が指摘 

 警察の裏金、検察の裏金、そして最高裁の裏金・・・。これではまともな捜査や判断ができるわけがありません。この国の捜査機関と裁判所はとんでもないことになっているのです。冤罪はつくられるべくしてつくられているのですね。裁判官がヒラメ裁判官にならざるを得ないようなカラクリをなくさない限り、冤罪はなくならないでしょう。国は、その肝心なところを隠したまま、裁判員制度によって国民に重大な判断をさせようとしているわけです。

 ところが、そのような真実をマスコミは報道しないし、報道させないような仕組みになっています。なんと恐ろしく、なんと嘆かわしい国か・・・!

 国がまずやるべきことは裁判員制度などではなく、捜査機関や裁判所の犯罪ともいえるこうした不正を正すことではないでしょうか。もっとも、そんなことを国に期待できませんから、市民一人ひとりが真実を知る努力をし、それを多くの人に知らせる努力をし、選挙などで反映させるほかないでしょう。

2009年8月 2日 (日)

恐るべき松枯れ対策

 先日のクローズアップ現代で、松枯れ問題を扱っていました。松枯れとは、マツノマダラカミキリがマツノザイセンチュウという線虫を媒介することで、松が枯れてしまう現象です。北海道にはマツノザイセンチュウは入っていませんのでどのような防除が行なわれているのかよく知らなかったのですが、今でも殺虫剤の空中散布が行なわれていて、通行人などが目のかゆみや痛みを訴える事例があるとのこと。こんな恐ろしい方法を今でも続けているとは・・・。もっとも北海道では、効果があると思えない殺鼠剤の空中散布を今でもやっているようで、これも恐るべきことです。

 番組では人への健康被害のことしか問題にしていませんでしたが、これはあまりにも片手落ち。自然界に毒を撒いたなら、生態系全体に大きな影響を与えるのは当たり前のことなのに、なぜ人への影響しか取り上げないのでしょうか。また、空中散布以外の方法として樹幹に薬剤を注入する方法も紹介されていましたが、これも化学薬品を利用することに変わりありません。その費用は何と1本一万円なのだそうです! かつてレイチェル・カーソンが「沈黙の春」で警告したことが、環境を重視する現代にあって、どうしてこれほど軽んじられるのでしょう。農薬会社に気を遣っているNHKの姿が垣間見えます。

 そもそも本州のアカマツは尾根などの痩せ地に生育する樹木です。松林が今のように多くなってしまったのは、もともとあった森林を伐採して環境を改変し、人がマツを植えて薪などに利用してきたからなのです。海岸のクロマツ林も防砂林として人が植えて育てたものが大半でしょう。もともと広範囲に純林をつくらない樹種を人が植えることで、不自然な林を増やしてきたのです。さまざまな樹種からなる森林より、人がつくりだした単一樹種による森林の方が、病害虫は広がりやすくなるのです。そのようなマツ林で松枯れが広がるのは当然でしょう。

 マツノザイセンチュウはアメリカからの移入種であり、日本のマツは線虫に対する抵抗性を持っていないために被害が広がるのですが、だからといって殺虫剤を散布したところで、マツノマダラカミキリを全滅させることなどできません。環境汚染を引き起こすだけです。薬剤で何とかしようというのではなく、マツ林のあり方を見直していくべきではないでしょうか。殺虫剤を空中散布するなどということは即刻やめるべきです。

2009年8月 1日 (土)

文芸社のネット検索をめぐる不思議な現象

 以前は「文芸社」あるいは文芸社の関連キーワードでネット検索すると、私がインターネット新聞JanJanに書いた記事がかなり上位にランクされました。また、日刊サイゾーの「仕組まれてた? 倒産した新風舎を“買った”文芸社の真の狙い」なども上位にありました。ところが、最近では「文芸社」の検索結果がガラリと変わっていて、文芸社の関連サイトや文芸社を勧めるようなサイトが上位にずらりと並んでいます。もちろんネット検索の順位が変わること自体は当たり前なのですが、文芸社の検索に限ってはその順位の変化がどうしても不自然としか思えません。

 不思議なのは、今年の7月に入ってから文芸社を評価したり、文芸社に誘導するような記事が複数書かれていて、それが比較的上位に検索されることです。どこの誰が書いているのか分からないブログ記事です。文芸社の商法を批判しているブログはたくさんありますが、これまで多くの人がアクセスしているはずの批判記事の順位が下がり、ごく最近書かれた文芸社に誘導するブログ記事の方が上位にランクされていたりするのです。この現象はどう考えても不自然です。

 文芸社は一年ほど前に、私がインターネット新聞JanJanに書いた記事を削除するようインターネット新聞社に要請しました。また、今年の2月には文芸社の関係者ではないかと推測される者が、具体的理由も示さずにブログ運営会社に22本もの記事の削除要請をするという言論封じ事件も発生しました。不都合な記事を強制的に削除させようという動きがあるなかで、批判的記事の検索順位が下がり、文芸社に誘導したり評価するような記事の順位が上がっているといえるでしょう。「文芸社の広告塔と化した読売新聞」にも書いたように、ウィキペディアの記事も不可解です。

 ネット時代の現代、多くの人がネット検索で情報を得るようになりました。そのような中で企業は自分の会社のサイトが上位にでてくるように、そして批判サイトが下位になるように工夫するのです。ネット対策ですね。「自費出版」と検索すると、自費出版社のサイトがうじゃうじゃ。上位にランクされるサイトにはいわゆる共同出版・協力出版を正当化しているものもあり、ゾッとします。一部の業界関係者によって、正しい情報や批判サイトが目につきにくいように操作されつつあるといえそうです。

 さて、このような状況であるからこそ、悪質出版商法について的確な指摘をしているサイトをもう一度ここで紹介しておきましょう。記事自体はちょっと古いのですが、今でも中身はそのまま通用します。

ちきりんさん、是非このブログの出版を!

 出版社だけにおいしい商法の仕組みをとてもわかりやすく解説しています。

“自費出版詐欺”に引っかかる人の心情 

 このブログ著者の「著者に多額のカネを払わせて本を出版し、万が一、大量に売れたら、その儲けも丸々出版社が独占するなどという契約は、出版に関してはそもそも常識的には成立しないのである」という主張は、まさに私が口を酸っぱくしていっていること。通常の商行為ではあり得ないやり方なのです。

 著者に出版費用の全額以上を出させる「印税方式」の出版商法は、セブンイレブンhttp://onigumo.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-cc57.htmlの本部がオーナーを騙して出店させ、優位な立場を利用してオーナーから搾取している構図とよく似ています。優越的地位の乱用に等しいやり方だと私は思います。

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