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2009年6月23日 (火)

ホタルの保護と放流

 北海道では今頃の季節になると、毎年のようにホタルの復活を目指して幼虫などを放流する活動が話題になります。6月17日の北海道新聞に、地域の農家などで組織する網走西部地区資源保全協議会が、飼育されたヘイケボタルの幼虫1000匹を購入して能取湖に注ぐ卯原内川に放流することを計画したものの、研究者から中止するよう求められたという記事が掲載されていました。新聞で取り上げられたためか、22日の道新では放流が中止されたことが報じられていました。

 他の地域のホタルを放流して復活させようという手法は、問題が多くあまりにも安易です。ホタルの保全を考えるのであれば、まずその地域からホタルがほんとうに姿を消してしまったのかどうかを調べ、生息しているのであればその生息環境を保全するというのが本来の自然保護、環境保全です。また、いなくなってしまったのならその原因を探る必要があるでしょう。棲めなくなったところに放流しても定着はできないはずで、このようなやり方は環境保全ではありません。新聞には住民組織の代表が「ホタルが育つ環境を取り戻し、安心・安全な農業を子供たちに引き継ぎたい」とのコメントを寄せていましたが、安心・安全な農業を目指すのであれば減農薬などに積極的に取り組むべきでしょう。

 ホタルの放流は、新聞でも指摘されているように遺伝子撹乱の問題があります。ヘイケボタルのように移動能力の小さい昆虫は、地域ごとに遺伝的に異なっていることがわかっています。ホタルの場合、光の点滅速度などが地域によって異なっているそうです。卯原内川にも在来のヘイケボタルが生息しているとのことですが、他地域産のホタルと交雑したら、在来の個体群の遺伝的多様性を撹乱してしまうことになります。これは生態系の撹乱にほかなりません。卯原内川では昨年は幼虫の餌としてカワニナを撒いたそうですが、ヘイケボタルの餌は、本来はモノアラガイなどの在来の巻貝ですから、これも問題です。在来のホタルが生息しているなら、なぜその環境を保全しようとしないのでしょうか?

 夏の夜にホタルがほのかな光を放つ光景を蘇らせたいという気持ちはわかるのですが、どういうわけか「ホタル」といえば「飼育した幼虫の放流」という発想になるようです。これまでのマスコミ報道は放流を肯定的に捉えているものばかりでしたので、今回の研究者からの指摘を盛り込んだ記事は評価できます。地域に生息する生物の遺伝的多様性を保全するという問題は、ホタルに限ったことではありません。植樹などに使う苗木なども同様です。これをきっかけにマスコミも環境保全や生物多様性について理解し、意識を変えてほしいものです。

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昆虫」カテゴリの記事

コメント

ご無沙汰しています。

毎年毎年、ホタルといえばこの話がでてきますね。

どうして、環境を大切にすることが、すぐにホタル放流に結びつくのか?よく判らないのですが、根底には、撒いて放せばどうにかなるという、安易な発想にあると思います。

誰が何を言おうと、研究者が何を言おうと、たとえ駄目といわれようと、「放流する」と最初に発言していることも判るように、自然は人間の力でどうにでもなるという「おごり」も感じられます。

そこには、元々の自然や動植物への畏敬の念というものが感じられませんね。

守るべきものは、ホタルではなく、元々そこに生息/生育している、在来の動植物や自然であるべきはずです。

日本では、学校教育において身の回りの自然に付いて、正しい知識をほとんど学ぶ機会もなく大人になることが、原因の一つだと思います。
今、学校教育でも環境がもてはやされていますが、地球温暖化などのグローバルな話はでてきますが、身の周りの自然環境問題については、ほとんど取り上げられていません。

取り上げられたとしても、何が在来で何が外来なのかも判らず調べず行う、ビオトープ作りなどなど、ホタルの問題と根底が同じ発想で行われる取り組みは多くありますね。

毎年毎年、モグラたたきのように同じ話が蒸し返される。ちょっとげんなりですが、さて、研究者として、これらの問題に何をするべきなのか?どのように取り組めば良いのか?毎回考えさせられます。

では。どこかでお会いできることを。

フリーランスキュレーター/ざりがに探偵団主宰
齋藤和範

斉藤和範様

こんにちは。訪問ありがとうございます。

おっしゃる通り、日本では身近な自然についての教育が重視されていないですよね。生物多様性保護とか、環境保全とか声高に叫ばれていますが、多くの人が身近な自然のことをほとんど知らないまま大人になってしまうのでしょう。

ヨーロッパなどの教育に学ぶところがいろいろあると思います。

長野県辰野町松尾峡は、昔からゲンジボタル発生地として有名です。

しかし、松尾峡には1960年代に主として関西から大量のゲンジボタルが移入され、元々住んでいた地元ゲンジは増えるどころか、逆にほぼ絶滅したらしいことが最近の研究で明らかになっています。この移入の経緯はパンフレットなどでは、伏せられています。

移入ゲンジは在来ゲンジと遺伝的にも行動的にも(発光の仕方)異なっています。つまり、1960年代をはさんで、違うタイプのホタルを見て(見せられて)いるのです。しかしながら、町はその区別なく放流飼育を繰り返してきた経緯があります。

最近、この辰野町のホタル養殖による現地ホタルの生態破壊が問題となっています。対策を採るように研究者は申し入れていますが、役場から「この問題を、あまり公表しないでほしい」と言われ、かつ、対策も採られていません。

パンフレットや町のウエブサイト
http://www.town.tatsuno.nagano.jp/tatsunosypher/www/info/detail.jsp?id=1150
では、

「町では、ホタルを守るために、次のようなことを行ってきました。水のよごれを防ぐため、沢のきれいな水を加える工事を行いました。その結果、ホタルが少しずつ増えてきたので、休耕田にホタルのすめる小川をつくることにしました。この小川から2年後に、たくさんのホタルがでました。その経験をいかして、今の2つのホタルの水路を作りました。更に、昔からの水路の改修にあたって、コンクリートのほか木くぎを使ったり、川幅を広くして、ホタルのすみやすいような工事をしました。そうして、小川にホタルの幼虫や、カワニナを放しました。小川のまわりの草をかったり、泥上げをしたり、いつもホタルやカワニナのすみやすいように、手入れを続けてきました。そのかいがあって、今松尾峡では、昔のようにホタルが見られるようになりました。」

となっており、移入のことは触れられていませんが、実際には、上記のような他地域ゲンジの放流によって、地元のゲンジの生存が脅かされています。

役場の担当課長から、「観光客はホタルを見にきているので、全体としてホタルが増えればいいのであって、仮に、在来ホタルが減っても構わない」という、驚くべき発言もありました。

この問題は過去のことではなく、現在も続いています。昨年の簡単な調査で、松尾峡下流地域では、松尾峡からあふれ出した移入ゲンジが在来ゲンジの生存を脅かし、ある地点では既に9割が移入タイプとなっていることが判明しました。つまり、地元ゲンジが子孫を残せなくなっているのです。

たとえば、
www.geocities.jp/zenhoken/ZHJ_pdf31-40/ZHJ36_13-14.pdf
あるいは
http://www.shinshu-liveon.jp/www/topics/6020
で問題となっていることが見られます。

理解を深めてほしいと思います。

kumageraのブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/kumagera2009/
でこの辰野ホタル問題を集中的に扱っています。

Kumagera様

お知らせありがとうございました。

私は信州の上諏訪で生まれましたが、私が小さいとき(1950年代の後半)には諏訪湖畔にもたくさんのホタルがいたそうです(私は記憶にないのですが・・・)。ホタルが減ってきたのはその後なのでしょう。それにしても9割が移入種になっている地点があるというのは、深刻ですね。

辰野町が大量のゲンジボタルを移入した1960年代には、まだ野生生物の移入については問題意識もなかったのでしょうね。しかし、今は遺伝子レベルの研究も進み、生物多様性や移入種についての問題点も明らかになっています。過去の事実は消せませんが、不適切であったことが分かった以上、問題解決に努めるのがホタルを増殖させた自治体の責任でしょう。

過去の事実を隠し「あまり公表しないでほしい」という自治体の姿勢こそ正していかなければ、真の問題解決につながらないでしょうね。過去の反省にたって問題解決を図ろうとしない姿勢は、この国の特質なのでしょうか。

ホタルを放流して観光名所にしようなどという発想自体を改めて欲しいものです。

神奈川県の片田舎で、1970年代初頭まで夏の田圃でホタルの光を楽しんだ経験をもつ者です。随分前の議論のようで、既に時間切れかも知れませんが、この際常々疑問に感じていることをお聞きください。ホタルが減ったからエサもろとも放流して観光資源に供しましょうというのがお手軽で安易な行いなのは同感します。ですが、「取りあえず減ったから放流して数を揃えよう」という発想と、「遺伝的攪乱を防ぐために放流はやめよう」という二つの「おごり」に如何なる違いがあるのでしょうか?遺伝的攪乱を懸念するのであれば、固有種の遺伝資源を保存しておけば済む問題と考えてしまうのはどこか欠落しているのでしょうか。ヒトは種としての多様性が比較的低い自然の中の一構成員と思いますが、盛んに遺伝的攪乱を行っています。しかし、それに対し警告や異論を耳にしませんし、当方自身何の疑問も持ちません。北アメリカ大陸のヒトなどほぼ全てが移入種です。ヒトを自然の一部と考えるなら、こうなることがあるのも自然です。ヒトなどいなくても環境は自然の力で常に変化しています。なぜヒトが変えた環境を殊更大仰に問題視するのでしょうか?お考えをお持ちの方、ご意見をお聞きできれば幸です。

石井あつしさん

ヒトという種は基本的に自ら移動をしています。これが他の外来種や移入種といわれる生物と大きく異なることです。自ら移動を行い、また混血が生じたというヒトの行為は善し悪しの判断ができませんし、それが地球の環境に大きな影響を及ぼしたとも思えません。ある意味、ヒトの文化の発展に伴った流れと言えるかもしれません。また、時間を元にもどせない以上、移民や混血の善し悪しの議論をしても意味がないように思います。

一方、ヒトは他の生物を自分たちのために利用したり生息地の改変をするなど絶大な力を持っています。で、その結果どうなっているでしょうか? 世界中で大量の森林が伐採され、膨大な生物種が絶滅しました。もちろん森林だけではなくあらゆるところで生態系の破壊が起きています。こうした生物の大量絶滅や減少は資源の枯渇を招くだけではなく、地球の生態系を大きく狂わせ、人類のみならず地球の生物を危機に陥れるかもしれません。だからこそ、生物多様性の保全が叫ばれているのです。

「ヒトなどいなくても環境は自然の力で常に変化しています」というのはたしかにそうでしょう。しかし、利己的なヒトがいるからこそ、ヒトを含めた生物全体にまで危機をもたらしているのではないでしょうか。自然破壊・環境破壊(遺伝子撹乱も含む)のほかにも化学物質による環境汚染、放射能汚染、地球温暖化など同様です。

ヒトによる自然の破壊や改変、汚染などはヒトの意思と行動で防ぐことが可能です。ホタルの遺伝子撹乱防止もそうした行動のひとつであると私は思っています。

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