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2009年5月

2009年5月30日 (土)

十勝海岸のガンコウラン

 ガンコウランは高山植物とされていますが、高山以外にも分布しています。たとえば、硫黄山(アトサヌプリ)ではハイマツやイソツツジとともにガンコウランの群落が見られます。というのはこれらの植物は火山地帯の酸性土壌にも適応できるからです。道南の恵山の賽の河原にはカーペット上の大群落がありますが、これも同様です。

 標高がそれほど高くない然別湖などの岩塊地にもハイマツやイソツツジ、ガンコウランがありますし、根室地方では平地にガンコウランが分布していることが知られています。他の植物が入りこめないような厳しい環境でも生育できるのでしょう。決して高山にしか生育できないというわけではありません。

Gankouranhorokayantou  十勝地方の海岸部にもガンコウランがあるのですが、先日のイソコモリグモの調査でそのガンコウランの不思議な群落を見ることができました。はじめに見たのは、ホロカヤントウ沼の砂洲です。台地状に少し高くなっているところにありました。高波などの影響を受けないところなのでしょう。ハマナスや海浜植物と隣り合わせにガンコウランが茂っている光景は、ちょっと不思議です。ここは根室地方のガンコウラン生育地と同じような環境なのかも知れません。

Gankourangakenoue  それ以上に不思議な光景は、海岸の断崖上に、芝桜のようにカーペット状に広がるガンコウランの群落です。いったいどうしてこんなところにガンコウランの群落があるのでしょうか? かつてはホロカヤントウのように湿地の近くに分布していたものが、海岸の浸食などで内陸に後退し、今では断崖上にとり残されたのでしょうか? 植物の分布には、時として頭を悩ませるものがありますが、それがまた自然の面白さです。

2009年5月29日 (金)

新生物多様性国家戦略を無視した開発局

 28日の北海道新聞夕刊に「バイオ燃料 ヤナギに注目」という記事が掲載されていました。開発局は、河川敷などに広く自生し生育も早いヤナギからバイオエタノールを抽出する事業を進めているとのこと。昨年7月から旭川市の忠別川でヤナギを採取して実験をしていたが、今年から本格的にエタノールの効果的な抽出方法などを研究するそうです。

 「河畔林は障害物か」で、然別川の河畔林が伐採されたことを書きましたが、豊平川でも河畔林が間引きされスカスカになってしまったところがあるそうです。この伐採はバイオ燃料とは関係していないのでしょうか?

 日本は国際条約である生物多様性条約を締結し、それに基づいて「新生物多様性国家戦略」を作成しました。国はこの国家戦略を遵守しなければなりません。新国家戦略では、「具体的施策の展開」の中に「河川の整備における基本的考え方」が書かれています。その中から重要な部分を引用しましょう。

 「現在、河川の整備、管理に関する計画を策定する際の基本的な考え方をしては、必要とされる治水上の安全性を確保しつつ、生物の良好な生息・生育環境をできるだけ改変しないようにすること、改変せざるを得ない場合においても、最低限の改変にとどめるとともに、良好な河川環境の復元が可能となるよう努めることとしています」

「また、河川を流れる水については、従来は適切な水質を確保するとともに、正常流量としてある一定の流量を確保することに重点が置かれていましたが、河川環境が洪水による撹乱や流量変動など河川自身がもつ自然のダイナミズムとその環境下で形成される自然環境として特徴付けられることから、一定の流量の確保に加え、どのような流量変動が河川に必要なのかということを考慮することも重要です」

 そして、このような取組を行なう際の主な視点は以下の通りだとしています。

1.その川がもともと有していた多様な河川環境を保全・復元する。

2.連続した環境を確保する。

3.その川らしい生物の生息・生育環境の保全・復元を図る。

4.水の循環を確保する。

5.市民、有識者、関係団体等の理解と協力を得る。

 然別川下流の国見橋付近で行なわれた伐採は、増水時の河畔林の役割をないがしろにし、生態系を破壊しました。また開発局は、十勝自然保護協会にはなにも説明をしていませんから、上記の国家戦略を全面的に無視して伐採を行なったのです。

 河畔林はさまざまな生物を育み、増水時に流速を抑える重要な働きをしているのです。バイオ燃料の生産地として存在しているのではないことを、開発局は認識すべきでしょう。

2009年5月28日 (木)

文芸社の広告塔と化した読売新聞

 読売オンラインに「自費出版入門」として、自費出版に関する記事が4回の連載で掲載されています。

創作意欲を満たす風流な趣味と心得よ 

創作意欲を形にする醍醐味を堪能

目的に合わせ、本作りナビの出版社選びを 

本ができた喜びを分かち合おう 

 1回目の記事では、自費出版の請負事業をしている中央公論事業出版の平林社長のコメントを紹介し、「プロが書いた本でもなかなか売れない時代に、自費出版の本が一般書店で売れるということは考えにくい」と、アマチュアが書いた本が書店でほとんど売れないことを指摘しています(中央公論事業出版では販売サービスも扱っていますが、ホームページでは著者のリスクやデメリットも説明されています)。

 ところが3回目では、販売体制を整えている出版社かどうかを確認することが大切だという趣旨の、文芸社の社員のコメントを紹介しています。さらに4回目になると「自分の本が本屋に並ぶところを見たいと考える人は多い。このシリーズの1回目で『自費出版の本を売って儲けようと思うな』というアドバイスをしたが、それと、『本屋に並べて、多くの人に手に取って見てほしい』という願いは別のものだ。愛情をこめ、エネルギーを注いで作った本を多くの人に見てほしい、というのは、ごく自然な思いでもある。自分の本が全く未知の人にどう評価されるか、どきどきしながら見守る体験をしてみるのもおもしろいだろう」と、書店に置くことを勧めるかのような内容になっていきます。

 はじめにアマチュアの本の販売が困難であることを知らせながら、「書店販売」を売りにして悪質商法を行っている文芸社社員のコメントを紹介し、デメリットも説明せずに書店販売を安易に勧めているのです。「販売」を掲げた悪質出版商法に対して注意喚起すべきマスコミが、どういう神経なのでしょうか。

 2回目の記事では費用について書かれています。ここで「注文住宅と同じ」として説明されているのは請負契約における費用請求方法です。文芸社が「流通出版印税タイプ」として多くの著者に勧誘する出版形態は請負契約とはいえませんから、請負契約の請求方法と同じと捉えるべきではないのですが、そのような説明はまったくありません。3回目の記事では自費出版社の種類と出版社選びについて触れられていますが、ここでも肝心の契約形態の違いと、一部の出版社が行なっている不透明で過大な費用請求についてはなんら触れていません。

 マスコミがこんな書き方をしていたら、読者は悪質な商法を行っている出版社に誘導されてしまいます。この読売新聞の連載記事は、文芸社の詐欺的商法を正当化し宣伝しているかのように感じられます。新聞社の見識が問われる記事です。

 ウィキペディアの「文芸社」の項目は、しばしば文芸社に都合がよいように書き換えられているようですが、この「ノート」に興味深いコメントが書かれています。「JANJAN記事をソースにするのはいかがなものかと。書籍とか5大紙か専門誌による報道が必要ではないでしょうか」(2009年1月30日付けのコメント)とのこと。

 いったいどのような根拠のもとにJANJANの記事はウィキペディアのソースには不向きで、書籍や5大紙、専門誌はソースとして適切だというのでしょうか? 論拠も示さず、媒体の種類よって記事の信憑性を判断するとはナンセンスであり馬鹿げた主張です。今や日本のマスコミは「マスゴミ」と揶揄されるごとく、その報道はひどく劣化しています。広告を掲載している企業の問題点は、事件にでもならない限り報道しません。読売新聞も然り。

 私のブログの削除要請問題があった直後にこのような記事が読売新聞に掲載されるというタイミングから考えても、こうしたマスコミ記事の裏になんらかの意図を感じざるを得ません。

2009年5月27日 (水)

十勝の海岸とイソコモリグモ(その2)

 「十勝の海岸とイソコモリグモ(その1)」の続きです。

Nijuutetorapotto  湖沼群の南、当縁(とうべり)川の河口から浜大樹までは崖が続いていて、海岸にはうず高くテトラポットが積みあげられています。過去に設置したテトラポットだけでは浸食が止まらず、さらに陸側にテトラポットを積み上げて二重になっています。ここから南は海岸が断崖になっているところが多いので、イソコモリグモが生息できそうなところはかなり限られそうです。

Umoretatetorapotto  浜大樹では漁港が拡大されていて、防波堤の南には大量の砂が溜まっています。そして、よくよく見るとかつて浸食防止のために海岸線に設置したテトラポットは、防波堤を作った後に堆積した大量の砂で半ば埋もれ、過去の遺物となっていました。歴舟川から運ばれた砂礫が防波堤によって止められてしまったのです。漁港から北には砂礫が運ばれないので、浸食が進むことになります。石狩湾新港でも同じ現象が起こっています。

 歴舟川の河口近くで成体の巣穴をひとつ確認できましたが、河口周辺は改変されつつあり、イソコモリが生息できそうなところは限られています。ここが十勝におけるイソコモリの巣穴記録の南端でした。

Kaigannotootika  歴舟川河口から南は断崖が連なり、見ただけで絶望的な光景です。写真の中央にある四角いコンクリートの塊は、米軍の上陸の阻止のために造られたトーチカです。このあたりの海岸にはトーチカが並んでいるのですが、陸上に造ったトーチカが浸食による海岸線の後退で、今では波に洗われているのです。これらのトーチカは1944年から45年にかけて造られたとのことですから、六十数年で海岸が数十メートルは削られたのでしょう。いかに海岸の浸食が進んだかがわかります。

 今回の調査によって、十勝でイソコモリグモの生息できる海岸は、主として湖沼の近辺と大きな河川の河口部しかないことが分かりました。人が直接改変していない自然海岸であっても、浸食による海岸の段丘化によってイソコモリグモの生息適地は失われつつあるのです。海岸浸食には、川からの砂礫の供給がダムによって減少してしまったことと、漁港の防波堤が砂の移動を止めてしまうことが大きく関係しています。

 このようにして、知らず知らずのうちに失われていくのはイソコモリグモだけではありません。同じようなところを生息地としている海浜性の動植物も姿を消していくのです。

2009年5月26日 (火)

十勝の海岸とイソコモリグモ(その1)

 24日から25日にかけて、十勝の海岸部にイソコモリグモの調査に出かけました。十勝川河口から南には長節(ちょうぶし)湖、湧洞沼、生花苗(おいかまない)沼、ホロカヤントウ沼という湖沼群があります。ここ2年ほどの調査によってイソコモリグモが生息できる海岸の状況がつかめてきたので、今回は生息可能地の把握を目的に、長節湖から南下して広尾の手前まで海岸線をたどりました。

Tyoubusiminami  この写真は長節沼の少し南の海岸です。傾いているトラックが放置されている場所は、かつて道があったところです。このトラックや番屋とおぼしき建物が崩れ落ちるのも時間の問題でしょう。丘陵の縁が浸食でどんどん削られて崖状になり、砂浜との間に大きな段差ができています。このような形状になってしまうと、高波をかぶらないまばらな海浜植物帯が消失してしまうので、イソコモリグモは生息できなくなります。

Tyoubusiminamigogan  少し南にいくと、部分的ですがテトラポットが並べられていました。「これ以上の浸食は放置できない」ということなのでしょう。こうなるとイソちゃんの生息は絶望的です。崖状になったところからこのような護岸をしていくのでしょう。

Horokayantou  ホロカヤントウ沼に行って驚きました。この建物の看板には消えかかった字で「砂浜キャンプ場」と書かれているのですが、ここにはもうキャンプ場として使えるような砂浜はなくなっていました。キャンプ場は廃止され、建物の際まで波に洗われてもうじき傾きそうです。キャンプ場の施設を造ったときには安全なところに建てているはずですが、砂浜がどんどん後退し、今では波打ち際が迫っているのです。右端の電柱もいつまでもつでしょうか?

Horokayantoukogan  ホロカヤントウ沼と海の間に取り残された植物帯にはイソコモリグモの巣穴が10個以上確認できましたが、ここはもはや中洲のように孤立した生息地です。このまま海岸浸食が進めば、手前の砂浜部分で海と湖がつながってしまうでしょう。それを防ぐために護岸工事をしたなら、イソコモリの生息地は破壊されます。イソコモリにとっては、どちらにしても危機的です。

 今のところ湧洞沼や生花苗沼の海岸はそれほど段丘化が進んでいないので、密度は低いもののイソコモリが生息しています。しかし長節湖では海岸の段丘化が進みつつあり、キャンプ場周辺はすでに護岸化されています。キャンプ場周辺には細々と生息しているものの、人による踏みつけも激しく、かなり危うい状態です。浸食による段丘化や護岸化がさらに進めば、湖沼群一帯の生息地も安泰ではなくなるでしょう。

2009年5月23日 (土)

漁協と自然保護

 「日本の科学者」(日本科学者会議)6月号に、川崎健氏(東北大学名誉教授)の「『霞ヶ浦導水事業』に対する漁業共同組合と科学者の闘い」という論考が掲載されていて、興味深く読みました。この事業は40年以上も前の高度経済成長期に計画されたものとのことですから大規模林道と同じパターンですが、そういう化石のような自然破壊事業が今も生きているのです。この国はなんと不思議な国でしょう。

 霞ヶ浦導水事業とは、那珂川と霞ヶ浦との間に43キロメートルにも及ぶ導水管を設置するというものです。目的は1.きれいな那珂川の水を霞ヶ浦に引き入れて汚れた霞ヶ浦の水質を浄化する、2.渇水時に霞ヶ浦の水を那珂川に供給する、3.那珂川からの水を霞ヶ浦に貯めて新都市用水とする、とのこと。具体的な理由は省略しますが、川崎氏によると、1は霞ヶ浦の富栄養化につながり、2は那珂川の水質を悪化させ漁業被害を与える可能性があり、3は水が余っている状況のために不要、とのことです。つまり、まったく必要がないばかりか様々な害を及ぼすような事業に1900億円もの税金を使うというのです。

 ここで川崎氏が評価しているのは、漁業者が地域住民とともに反対しているということです。私はかつて東京湾の埋め立ての反対運動に関わったことがあります。はじめのうちは漁業者たちが自然保護団体とともに闘っていたのですが、利害関係が絡む漁業者はやがて漁業権を放棄して保証金を受け取ることで運動から離れていきました。しかし、那珂川の漁協が保証金をもらうことより、漁業を守り、環境を守ることを選んで闘っているということに、私はこの漁協の気概と環境意識の高さを感じました。

 天塩川水系に計画されているサンルダムは、今月の12日に北るもい漁協の同意が得られたとして本体工事に着手するとの報道がありました。漁業権をもつ漁協の同意が着工のネックになっていたということでしょう。13日付けの北海道新聞によると、漁協は「ダム完成後も水をためず、魚道施設の効果を検証する」との条件をつけ「対策の効果がなければ、ダムの運用停止を求める」としています。しかしダムが造られてしまってから魚道の効果が期待できないことがわかったなら、水をためないという条件をつけても意味がないでしょう。理解できない条件です。

 サクラマスが、8キロメートルもの魚道を何の問題もなく遡上できるとは考えられません。サクラマスの減少を問題視して反対していた漁協が同意にまわった裏には、何かあると思わざるを得ません。これまでダムに反対してきながら、那珂川の漁協のような姿勢を貫けなかったことがとても残念です。

 なお、サンルダムについては「サンル川を守る会」のサイトを参照してください。

2009年5月22日 (金)

渡辺勝利氏への反論 第4弾

 渡辺勝利氏は「ゼロイン・コラム」で、私のJanJan記事を批判する連載を続けています。彼は私の反論を読んだのかどうか知りませんが、読んでいるならほとんど理解できていないといえるでしょう。このような状況では、彼の反論に反論しても意味がないと感じました。

 私はあくまでも著者の視点から意見を述べていますが、渡辺氏はご自身の行なっている自費出版事業を基準にして意見を述べているので、見解に違いが生じるのは当然です。私は渡辺氏の「共同出版の実体は自費出版である」という主張も十分理解していますし、自費出版業者の視点から見たならそれが間違いだとも思いません。また編集で完成度を高めることで自費出版の本を流通させるやり方を否定しているわけでもありません。かつては私と同じ共同出版批判者でありながら、なぜこれほどまで著者の視点に立って考えようとせず私への批判にこだわるのか、理解に苦しみます。

 自分の視点だけが正しいと信じている渡辺氏には私が何を言っても永久に平行線であり、私の主張は「誤り」ということになるのでしょう。このような方に反論しつづけることは決して建設的ではないので、個々の見解に対する反論はやめたいと思います。

 ただし、渡辺氏が誤解のもとに誹謗ともいえる発言をされていることは心外ですので、指摘しておきます。たとえば以下の主張です。

 だから次のような馬鹿げた「指導」を著者にしてしまうのだ。

「著者が負担する費用の見積を出版社に任せてしまうのではなく、著者が印刷会社から見積をもらい印刷会社に直接代金を支払う。また編集やデザインは社内で行うのではなく外注にし、著者が編集者やデザイナーに直接費用を支払うなどの方法をとり、それ以外の経費は出版社負担とするなど、費用の支払いを明確にすべきです」(前出JANJAN記事)

 印刷と製本、編集とデザインを著者が別のところに発注することによって、出版費用の内訳を明確にすべきという論旨を松田氏は書いている。

 だが出版社とは編集、印刷、発行を一貫して行うところであり、それゆえ、著者が出版する場合の要望と利便性が賄えるところである。

 そもそもその利便性があるから著者は出版社と契約するのだ。著者にしても500部1000部の本をつくるのに、そこまで自分でやろうとする人が何人いるだろうか?それは特別な事情がある場合であり、それを一般的な水準としてもとめることは愚かである。

 かりに著者が編集プロダクション、印刷会社、製本所等と別々に契約をして本が出版できたとしても、ISBNの取得や取次会社との取引コードが取得できなければ、書店へ流通することはできない。松田氏のいう「リスク管理型商業出版」における出版社の役割とメリットが筆者にはよく理解できない。著者にとってはトラブルを減らすどころか手間が増えて返ってトラブルが増えることになりかねない。

 松田氏がこの記事で主張する共同出版問題の解決法とは、出版社の機能を否定することに他ならない。しかしもともと「リスク負担型の商業出版」を積極的にやろうとする出版社などいないのだから論理は空回りしている。誰にとってもメリットの無い不毛の論理なのである。

 この解釈には驚きました。私は著者自身が印刷会社や製本所等と別々に契約すべきだと主張しているわけではありません。あくまでも著者に一部費用を負担してもらう条件での商業出版において、「著者の負担する費目および費用の明確化」を提案したのです。ですから編集、印刷会社などの下請けへの発注、流通の手続きなど、諸々の実務は出版社が行なうことを前提とした話しをしています(このような費用の明確化は、渡辺氏の行なっている請負契約をする自費出版に適用できることではありません)。

 文芸社は私との契約において著者の負担は「制作費」だとして見積りの内訳を提示し、印刷製本費用は「印刷会社に見積りをとった」と説明しました(実際にはとっていないと思いますが)。ですから、その見積りを著者にも送付し、著者が印刷製本代金を印刷会社に直接支払うようにしたらどうかという提案です。新風舎では、DTP編集を編集プロダクションや個人の編集者に下請けに出すことがあったようですが、そのような下請けの費用を著者が直接支払うようにすることで著者の負担する費目と費用が明確になり、不当な請求がなくなるという意味です。同好会の会誌や学会誌の別刷代金(ふつうは著者負担)を、発行元の同好会や学会を経由せずに著者が印刷会社に直接支払うことも実際にありますので、それは不可能なことではありません。

 「渡辺勝利氏への反論 第2弾」で引用した沢辺氏の文章にもあるように、商業出版であっても著者に出版費用の一部負担等を求めることが広く行なわれているのが現実です。いわゆる共同出版の契約形態もそれと同じなのですから、負担費用の明確化を提案したということです。「もともと『リスク負担型の商業出版』を積極的にやろうとする出版社などいない」と主張される渡辺氏は、商業出版社の実態をご存じないとしか思えません。

 渡辺氏に今一度考えていただきたいのは、文芸社が恫喝ともいえるやり方でJanJanに私の記事の削除を要請したという事実です(「削除にこだわる通報者の怪」参照)。記事に納得できないことがあるのなら、なぜ文芸社自身が言論で対峙しないのでしょうか? なぜ、文芸社は「共同出版・自費出版の被害をなくす会」の質問書に回答しないのでしょうか?

 それから私のブログ記事の削除要請&非公開問題です(「ブログ記事の削除要請は正当か」参照)。共同出版に関わる私のブログ記事を削除させたい人物がいたということは間違いないでしょうし、それは文芸社に関係する者としか考えられません。削除要請された記事には、渡辺氏への反論記事も含め、共同出版の費用問題に関する記事が複数含まれています。私の主張は悪質な商法を行っている出版社にとって、非常に都合が悪いということにほかならないでしょう。名前も明らかにできない「通報者」が、私の記事に対して言論で対抗するわけではなく、問題箇所を具体的に指摘するのでもなく、ブログ運営会社へ削除要請して抹殺させようとしたことの意味を考えるべきです。

 客観的に物事を見られる人なら、これら削除要請事件が何を物語っているのかを容易に見抜くことができはずです。渡辺氏には、今でも悪質な出版社に騙され被害を訴えている著者がいるということ、新風舎の倒産後も状況は何も変わっていないということを十分認識していただきたいと思います。

関連記事

いろいろな視点 

文芸社の思惑 

渡辺勝利氏への反論 第1弾

渡辺勝利氏への反論 第2弾 

渡辺勝利氏への反論 第3弾

2009年5月21日 (木)

風食と海岸浸食

 これまでの調査から、イソコモリグモの生息できる砂浜の条件として海岸の地形も関係していると考えられたので、道北のイソコモリグモ調査では海岸の地形に着目していました。

Fuusyokutikei  この写真は、日本海側のノシャップ岬の付け根あたりで見かけた風食地形です。まるでショベラーで砂丘を掘ってデコボコになったかのように見えますが、海からの強風で砂丘が侵食されてできたのです。砂山に登ると、砂が顔にバチバチと当たり、立っているのも大変です。このようなところでは強風で砂が絶えず動いていて地形が変わるので、イソコモリグモはたぶん生息できないでしょう。

Kouhonegogan  さらに南に進むと、道路と海岸の間に「コウホネ沼」という小さな沼があります。2008年11月12日の北海道新聞に「コウホネ沼消滅の危機」というタイトルの記事が掲載されていました。このあたりでは海岸浸食が進んでおり、絶滅危惧種のネムロコウホネが生育するコウホネ沼に高波で海水が侵入し、沼が危機的状況にあるとのことです。コウホネ沼から海に出てみると、あっと驚くような海岸になっていました。沼の周辺の海岸は写真のように護岸工事が行なわれているのですが、確かに高波がくれば海水が入り込んでしまうほど海岸と沼は接近しています。新聞記事によると、「8日の低気圧などによる高波などで海岸線が二、三メートル削られた」とありますので、このあたりの海岸はどんどん浸食されているのでしょう。

Kouhonesinsyoku  コウホネ沼から南の海岸に目をやると、まさに白波が岸を洗っている光景が見られました。これではコウホネ沼も危機的になるはずです。こんな風に海岸線が断崖状になってしまうと、砂丘があってもイソコモリグモは生息できなくなります。

 北海道にはイソコモリグモの生息できる自然のままの砂浜が長距離にわたって残っているところが何箇所かありますが、生息地保全の最大の課題は海岸浸食と護岸工事かもしれません。

2009年5月20日 (水)

道北のイソコモリグモ

 18日から19日にかけて、道北地方へイソコモリグモの調査にでかけました。道北ではこれまで3箇所で記録がありますが、いずれも点としての記録です。そこで、生息可能な海岸線の把握と生息地の環境を調べることが今回の目的です。

 18日は諸滑川の河口からオホーツク海沿いに北上しました。地形図と空中写真から、主要な生息地は浜頓別から北の海岸線で、諸滑川から浜頓別の間にはほとんど生息していないだろうとの予測をたてていました。ところが、行ってみないとわからないものです。諸滑川から幌内川の河口まで、意外なところに生息地が点々とあったのです。これは新知見でした。

Beniyagenseikaen  しかし、やはり最大の生息可能区域は浜頓別から北です。浜頓別から北に続くベニヤ原生花園から猿払にかけての海岸線は広大な生息地で、とりわけベニヤ原生花園は奥行きもある良好な生息地でした(写真)。サロマ湖の生息地もそうですが、汀線から内陸に向かって砂浜がなだらかに広がり、まばらな海浜植物帯が続いているような環境がイソコモリの最適な生息地です。

 18日は早朝に出発したのですが、浜頓別にたどりついたときには夕暮れが迫っていました。稚内まで行く予定をあきらめ、夜は猿払で車中泊。北海道は広くて調査も大変です。

 この晩は低気圧が通過したために何と暴風雨でした。風があまり当たらないところを探したかったのですが、海岸はどこもものすごい風です。仕方がないので公園の駐車場に車を止めたのですが、まるで船に乗っているかのように車は揺れっぱなし。あまり眠れなかったおかげで(?)翌日は早朝から調査を開始できました。19日は猿払から北上し、以前確認されていた上苗太路でも確認できました。

Sarobetukaigan  オホーツク海側を見たあとは、宗谷岬からノシャップ岬をまわって日本海側の調査です。ここではサロベツ原野の北部から天塩川の河口にかけて生息可能地が広がっていることが確認できました。こちらの生息地はオホーツク海側とはだいぶ雰囲気が異なります。内陸に砂丘列が続いているのですが、波が海側の砂丘を洗っていて砂浜は広くはありません。イソコモリグモは、波に洗われる砂浜にも、植物が密生した砂丘上にも生息できないのですが、削られた砂丘から砂が崩れ落ちて海浜植物がまばらに生育している斜面に巣穴があります(写真)。流れついているゴミの位置で、波が到達する地点がおおよそ分かります。

 つまり、生息可能地は砂浜に沿って線的にしかないのです。どうやらイソコモリグモにとってそれほど好適な環境とはいえそうにありません。このあたりでも海岸浸食が進んでいるようですが、道路と海岸の間に砂丘がありますので当面は生息できそうです。ただし、護岸工事で環境が変われば危機的になるでしょう。

 イソコモリグモが安定して生息するためには、海浜植物がまばらに生育する高波をかぶらない砂浜の存在が欠かせません。海からの砂の供給が減少したり、波による侵食によって崖状になりまばらな海浜植物帯が失われてしまうと、イソコモリグモにとっては危機的な状況になります。

 浜頓別は学生時代以来ですから、35年ぶりくらいでしょうか。立派な木道や看板に、移り行く年月を感じてしまいました。サロベツ原野の稚咲内にも砂利道をバスに乗ってたどり付いたものですが、この辺境の地に食堂やトイレができるとは誰が想像できたでしょう。便利になった陰でありのままの風景が失われ、自然そのものの魅力が色あせていく気がしてなりません。

2009年5月17日 (日)

河畔林は障害物か?

Kunimibasibassai  然別川の国見橋から下流にかけての河畔林(十勝川との合流点近くの両岸)が大規模に伐採されたとの話を聞いていたので、現場を見てきました(写真)。このあたりの河畔林はさまざまな野鳥の生息地になっていたとのことですが、もはやその面影はまったくなく、ケショウヤナギだけが残された無惨な姿になっていました。河川管理者である北海道開発局帯広開発建設部は、いったい何のためにこのような伐採をしたのでしょうか? そして、伐採された木はどう処理されたのでしょうか?

 2006年11月21日の北海道新聞に「河畔林間引き」とのタイトルで、開発局が河畔林を間引きする計画を進めているという記事がありました。十勝や日高管内の河川を中心に台風などの大雨で大量の流木が発生し、定置網などへの被害が深刻化しているとのこと。道立林業試験場で2006年8月の大雨後に十勝川の流木を調べたところ、95パーセントは河畔林の流出によるものであることがわかった。このために開発局は豊平川や道内の一級河川で河畔林の間引きを計画しているという内容です。

 この記事には驚きました。河川のことに詳しい稗田一俊さんによると、十勝川や沙流川の河畔林の流出原因は、河床低下による河岸崩壊だろうといいます。つまり、ダムなどによって流下すべき砂利が減少したり、流下する砂利の粒径が小さくなることで急速に河床が低下して川岸に段差ができ、川岸が崩壊することで木が倒れて流木となるというのです。開発局のいうように、増水によって河畔林が流されるのであれば河畔林はなくなってしまうことになりますが、実際にはそんなことはありません。

 河床低下が見られない河畔林では、増水しても河畔林によって流速が弱められるために河畔林がなぎ倒されることはありません。開発局のいうように間引きをしてしまったら流速が速まり、残された木がむしろ倒れやすくなるのです。河畔林は流速を弱め、生物の生息地として役立っているのです。北海道新聞の記事は、このような視点が欠落しています。

Bassaitigogan  ダムが河床低下を引き起こし、段差となった川岸が洗われて河畔林が流出しているのなら、河川管理者はまずこの点を反省し改善しなければならないでしょう。しかも、今回伐採された河畔林の川岸は、崩壊しないようにコンクリートで護岸されているのです(写真)。増水で川岸が崩れ流木が生じる場所とは思えません。しかも、ここは十勝川との合流点の手前ですから流速が弱まるところであり、増水したところで河畔林が流されることはないでしょう。意味のない伐採によって、生態系を破壊しただけです。

 2009年3月14日の北海道新聞には「豊頃バイオマス研発足」という記事が掲載されました。「豊頃町木質バイオマス利用促進調査研究会」が、十勝川流域のヤナギを原料にしたペレット製造などの事業化を探っているというもので、この研究会には帯広開発建設部も入っています。

 ここで伐採された樹木は、枝葉も残さずきれいに運び出されていました。バイオマス促進のために利用されたのでしょうか? 意味のない伐採によって自然を破壊し、それでバイオマス利用促進というのであれば、本末転倒でしょう。

若者たちへのメッセージ

 双風舎のサイトに、就職活動をしている大学生に向けた本田由紀さんのメッセージが掲載されています。とても印象に残ったので紹介します。

「就活中のあなたへ」

 この文は、本田由紀さんが東京大学の学生に向けて書いたものとのことですが、もちろんそれ以外の大学の学生さんにも当てはまることですし、それ以外の方たち、たとえば職を失って探している人やフリーターなど、多くの若者へのメッセージとなっています。

 うまくいっている者に対し「奢ってはならない」というのは、ほんとうにそうだと思います。順調に歩んでそれなりの地位を確立してきた人が、他者を見下してしまうという心理には背筋が凍りつくものがありますが、本人はほとんどそれを自覚していないのではないでしょうか。人間は非情な側面をもつ生物ですが、そのことを自覚して戒めることができるか否かが問われるのだと思います。

 そして、うまくいっていない者の苦痛は無意味でも孤独でもないという本田さんのメッセージが、とかく自分を責めて苦しんでいる若者たちに響いて欲しいと思います。

2009年5月15日 (金)

時代遅れの十勝川の治水

 「ショートカットの愚行」でも書きましたが、十勝川の相生中島地区で大掛かりなショートカット工事が始められようとしています。

 この工事は、洪水の被害から市街地を守ることを目的としているのですが、何がなんでも水が溢れないようにしたいという河川管理者の考え方がよく表われている計画です。本当にこんな工事が必要なのでしょうか?  北海道開発局帯広開発建設部では、十勝川が氾濫したときのシュミレーションを公表しています。「150年に1回起こる大雨が降ったことにより、十勝川が氾濫した場合に想定される浸水の状況」とのことです。で、このシュミレーションでは、堤防が決壊した場合を想定していることがわかります。しかも降雨量をどの位に設定し、水位などをどのように計算したのかもわかりません。根拠が曖昧なシュミレーションによって決壊による被害をアピールし、治水のための工事を正当化しているように感じられて仕方ありません。

 帯広市一帯では近年は大きな水害は起きていません。5月8日の北海道新聞に1981年の集中豪雨のときの相生中島地区の空中写真が掲載されていました。このときの降雨量は数百年に一度の確率だったのですが、それでも堤防は決壊しなかったのです。それなのに、数十億円もかけて蛇行部分を長さ約2キロメートル、幅270メートルも掘削してショートカットするというのです。まるで工事をすることが目的のような事業です。こうして水を速く流したら、河口部で内水氾濫しやすくなるのです。

 3月に札幌で開催された「川は流れる」というシンポジウムに参加しましたが、そこでとても印象に残ったのは、宮本博司氏(元国土交通省防災課長・前淀川水系流域委員会委員長)の「洪水を川に押し込める」という考えが誤りであるという主張でした。川に水を押し込めるという発想は、堤防の決壊による災害の危険性を増大させるだけだということです。つまり、一定以上の雨が降ったなら、水を河川の外に分散させなければならないということです。

 川辺川ダムの報告をした、つる詳子さんも、「球磨川流域では昔から洪水はあったが水害はなかった。川の近くに住む人々は、水に浸かることを前提に生活していた」という話をされました。「堤防がなかったころは洪水になっても水はすぐに引いたが、堤防ができてからはなかなか水が引かなくなった。以前は洪水時に水かさが徐々に増していったが、ダムができてからは急に増すようになった」とも。水に浸かることを前提に生活していた人々にとって、ダムや堤防は害でしかないというのです。

 どうしても洪水対策が必要だというのであれば、市街地の上流に遊水地をつくるなどして水を分散することを考えるべきでしょう。また、洪水の可能性がある地区では住宅を高床式に変えていくなど、発想の転換も必要ではないでしょうか。相生中島地区は蛇行すべくして曲がっているのであり、無理に直線化したなら下流部の危険性を高めてしまうことを考えるべきです。過去の過ちを省みない、時代遅れの発想としか思えません。

2009年5月14日 (木)

ミズグモの雄と雌

 「ガラス蜘蛛とメーテルリンク」の続きです。

 この本の最後に「『ガラス蜘蛛』雑感」として宮下直氏が解説を寄せています。これを読んでいて「おやっ?」と思ったことがあります。多くのクモでは雄より雌の方が大きいのですが、宮下氏はミズグモでは雄が雌より大きいことをユニークなこととして取り上げていたからです。雄は雌を求めて活発に動き回るのですが、ミズグモの場合は水の抵抗が大きいためにパワーのある大型の雄が生き残ったためだろうという見解です。

 私の記憶では、ミズグモの雄と雌はそれほど大きさが違わないと思っていたので「雌より雄の方が大きい」という記述にひっかかりを感じました。たしかに「ガラス蜘蛛」には「雄は体長が十から十五ミリ、雌は七から十ミリある」と書かれていますので、雄のほうが明らかに大きいということになります。なんだか狐につままれた気分でいくつかの図鑑に当たってみました。

 Spiders of Britain & Northern Europe(Collins field guide)によると、雌が8-15ミリで20ミリを越えるときもあり、雄は9-12ミリとなっています。The country life guide to Spiders of Britain and Northern Europe (Country life) では、雌が8-15ミリ、雄が9-12ミリで雄はしばしば雌より大きいと記されています。British Spider (Ray society) では雌が約8-15ミリ、雄が約9-12ミリで、サイズは生息地によってかなり変異があるようです。日本の図鑑ではどうかというと、原色日本クモ類図鑑(保育社)では雌8-15ミリ、雄9-12ミリ。写真日本クモ類大図鑑(偕成社)では雌9-15ミリ、雄10-12ミリ。日本のクモ(文一総合出版)では、雄雌9-15ミリとなっています。

 これらの記載から雌より大きな雄もいるが、雌雄間でそれほど大きな差がないといえるでしょう。宮下氏はメーテルリンクの記述によって雄のほうが雌より大きいと判断したものと思われますが、雄のほうが雌より大きいと一般化することはできないようです。メーテルリンクがどのように大きさを測ったのかわかりませんし、たまたまメーテルリンクの観察した個体では雌より雄のほうが有意に大きかったのかもしれません。

 クモでは大半の種で雌のほうが雄よりも大型で、ジョロウグモのように雌が雄の数倍もある種もいます。雌が大きいのは産卵することが大きな要因ですが、雄は雌よりも先に成熟し、雌の網や住居の近くで雌が成熟するのを待っていることもよくあり、早く成熟するために脱皮回数を少なくしている場合もあるのです。その一方で、雌雄間で体長にそれほど差のないクモも結構いますし、小さい個体を比べたら雄の方が大きいという種もあります。イソタナグモやヤマトウシオグモなど、海辺に生息するクモもほとんど雌雄間で体長に差がないようです。

 こうして考えてみると、体長はどのようにして決まるのか、雌雄間の大きさの差はどのようにして決まっているのかなど、いろいろな疑問が湧いてきます。

2009年5月13日 (水)

道警裏金訴訟の不当判決

 昨日の記事では、愛媛県警の裏金を内部告発した仙波敏郎氏が裁判で勝訴したことにふいて触れましたが、北海道警察の裏金訴訟では去る4月20日にとんでもない判決が出ました。

 道警の裏金問題では、北海道新聞社がキャンペーンを組んで果敢に取り組み、多くの道民に道警の不正を知らしめ高い評価を受けました。ところが、道新は2005年に掲載した「道警の泳がせ捜査失敗」の記事で「お詫び記事」を掲載して以降、道警に関する報道が及び腰になったのです。そして、あれほど頑張っていた道警関係の取材班は解体状態になっていきました。その後の紙面からは、道警に弱味を握られた道新が道警の意に沿っていくのが手に取るように感じられたものです。

 そうした背景の中で元道警総務部長の佐々木友善氏が、道警の裏金問題を扱った書籍に名誉毀損の記述があるとして、出版社(講談社と旬報社)と道新記者2名を提訴したのです。その後、ジャーナリストの大谷昭宏氏と作家の宮崎学氏が、佐々木氏の提訴時の発言が名誉毀損にあたるとして損害賠償を求めました。

 ところが4月20日の判決は、記述が真実であるとは認められないとして、計72万円の慰謝料の支払いを命じるという驚くべきものでした。また、大谷氏と宮崎氏の請求も棄却されたのです。

 私も、「追及・北海道警察『裏金』疑惑」(講談社)を読みましたが、佐々木氏が名誉毀損とした部分はほんのエピソード的な記述にすぎません。このような些細なことで提訴するということ自体、裁判の目的が名誉毀損というよりも見せしめであることを示しているでしょう。どう考えても道警による反撃の提訴であり、訴権の乱用としか思えません。判決も、裏金問題の本質を見据えての判断とは思えず、権力に寄り添ったものであることは明らかです。この国の裁判所はどこまで権力に見方するのかと、唖然とするほかありません。こうしてマスコミによる権力の監視が、司法の手によって抑圧されていくのを目の当たりにすると憤りが込み上げてきます。

 この裁判については、「市民の目フォーラム」のブログに詳述されています。

2009年5月12日 (火)

愛媛県警と仙波敏郎氏の闘い

 昨日の北海道テレビ(テレビ朝日系)の「ドキュメンタリ宣言」は、愛媛県警の裏金を実名告発した仙波敏郎氏の、告発から退職までの4年半を追った番組でした。

 元北海道警察の釧路方面本部長であった原田宏二氏は、2004年に北海道警察の裏金を実名告発したことで大きな波紋を呼びましたが、仙波氏は徹底的に裏金に手を染めることを拒否し続け、現職の警察官でありながら裏金について実名告発するというとてつもない勇敢な行動に出た警察官です。

 仙波氏は24歳の若さで巡査部長に昇進したものの、裏金づくりのためのニセ領収書を書くことを私文書偽造だとして拒否して以降、昇進の道を閉ざされました。そして、2年に1度という異常な転勤をさせられ、実名告発の後は報復人事によって「通信指令室」という閑職に追いやられました。番組でとても印象に残ったのは、彼がお昼休みに職場の食堂に行くと一斉にお喋りが止まったという話しでした。仙波氏と話をした者は文書で報告することになっていたので、誰も彼と話をしなかったというのです。組織を裏切った者に対する恐るべき報復の数々に、警察という組織の本質を垣間見る気がします。

 仙波氏は報復人事に対して裁判を起こして勝訴し現場復帰が認められるのですが、35年もの間、警察という巨大組織と対峙した彼の闘いは想像を絶するものだったでしょう。番組には彼の強い意志と誠実な人柄がにじみ出ていました。しかし、彼が退職した今このような番組を放送するのではなく、闘っている現職時代にこそ大きく取り上げるのがメディアの責務ではないでしょうか。警察の裏金問題を大きく取り上げてきたのは、全国規模の大メディアではなく、北海道や愛媛県などの地方メディアでした。

 さて、番組を作成したテレビ局は愛媛県警に質問書を出しました。「仙波氏の告発した裏金づくりは事実か」という質問に対しては、「そのような事実は確認されていない」という回答。「裁判で違法判決が出たのになぜ謝罪しないのか」という質問に対しては「判決で出た義務はすでに履行している」との回答でした。警察の裏金づくりは、警察がかたくなに否定しても誰も信じる人などいないほど明確ですが、まったく反省の色が見えていない回答には呆れます。

 仙波氏のことについては、原田宏二氏の「警察vs警察官」(講談社)に詳しく書かれています。この本ではテレビでは紹介されていない告発のいきさつや彼の真摯な姿勢が描かれているだけではなく、裏に隠された精神的苦悩にも言及しています。「警察組織の犯罪」という壮絶な闘いに挑んだ人々について知るためにも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

2009年5月11日 (月)

目からウロコの癌の知識

 癌といえば、早期発見・早期治療といわれています。しかし乳癌患者である渡辺容子さんがJanJanに連載している以下の記事を読んで、驚くと同時に考えさせられました。多くの人に知ってもらいたいことなので、紹介します。このような知識が普及しない背景には、医療関係者の知識不足や利害関係があるのでしょう。

がんと闘わない生き方(8)がんの自然史からみる早期発見・早期治療の無理

2009年5月10日 (日)

畑のオオセグロカモメ

 釧路でのイソコモリグモ調査を終えたあと、厚岸から標茶方面に向かったのですが、厚岸から7キロほどのところで不思議な光景に出会いました。なんと畑にオオセグロカモメの一群がいるのです。ハクチョウやガンが渡りの途中に畑で餌をとっていることは時々ありますが、こんな内陸の畑でカモメの群れを見たのははじめてです。どうやら、畑起こしで出てきたミミズや虫を食べているようです。

Hatakenokamome  日本で繁殖しているカモメはオオセグロカモメとウミネコの2種ですが、どちらも基本的には海岸の岩場や孤島などで繁殖していて、内陸にはあまり入ってきません。もっとも、最近ではオオセグロカモメが札幌のビルの屋上などで繁殖するようになりましたから、餌と営巣場所があれば都会でも繁殖できるしたたかな鳥といえるでしょう。昨年旅行した北欧では、カモメが街中や公園でまるでハトのように振舞っていました。

 カモメといえばふつう日本では海岸の光景ですが、大陸では内陸で繁殖しているカモメも少なくありません。種によって違うのですが、必ずしも海岸の鳥ではないのです。だいぶ前のことですが、私の住む十勝の内陸部にカモメの幼鳥が迷行してきたことを思い出しました。どこをどう迷ってこんな内陸にやってきたものかと思ったものですが、交通事故で死んでしまいました。

2009年5月 9日 (土)

スズダケとウグイス

 北海道で普通に見られるササは、チシマザサ、クマイザサ、ミヤコザサの3種ですが、これらは積雪深によっておおよそ分布が決まっています。雪の多いところはチシマザサ、少ないところはミヤコザサで、その中間がクマイザサです。

 十勝地方はウグイスがとても少ないところなのですが、これは分布しているササの種類に関係しています。積雪の少ない十勝地方の平野部ではミヤコザサが普通です。ウグイスはふつう笹薮に巣をつくるのですが、ミヤコザサは茎の途中で枝分かれをしないので、ウグイスが巣をつくることができないのです。

 ところで、上記の3種のササとは別にスズダケというササがあります。竹という名がついていますが笹の仲間で、本州では俗にシノダケともよばれる丈の高いササです。北海道では本州のように丈は高くならないのですが、太平洋岸に点々と分布しており、ミヤコザサと混生していることもあります。

Suzudake  先日でかけた釧路地方の太平洋沿岸にも、スズダケとミヤコザサがモザイク状に分布していました。スズダケ(写真)は真上にすっと伸び、葉の色も濃いので、遠くからでもそれとわかります。そして、スズダケのあるところには必ずといっていいくらいウグイスが鳴いているのです。ミヤコザサの群落が広がるところに行くと、ウグイスの声は聞かれません。

 北海道の積雪がそれほど多くないところでウグイスが鳴いていたなら、スズダケがあるかもしれません。ススダケがどうして太平洋側だけに点々と分布しているのかは謎ですが、雪の多いところには分布できないようです。

2009年5月 8日 (金)

昆布干し場の疑問

 北海道の地名はアイヌ語に由来することが多いのですが、釧路の東にある昆布森はそうではありません。読んで字のごとくで、昆布の産地なのです。確かに上から海を見渡すと、海の中に昆布の森がゆらめいて見えます。

Konbuhosiba  昆布の産地では、収穫した昆布を干すために砂利を敷きつめた昆布干し場があります(写真)。この昆布干し場を見ていつも不思議に思うのは、雑草がまったくといっていいくらい生えていないことです。いくら砂利を敷いて管理しているといっても、一年中昆布を干しているわけではありませんから、そのままにしていたら雑草が生えてくるはずです。昆布森に限ったことではなく、襟裳などの昆布産地の昆布干し場も同様です。

 昆布森の一帯は平地がなく、海岸は切り立った崖になっているので、場所によっては山肌に段々畑のように昆布干し場が造られています。収穫期にはかなりの昆布が採れるのでしょう。あまり使われていないと思われる昆布干し場では、雑草が生えているところもあるので、放置したらやはり雑草は生えるのです。

 雑草が生えるたびに手作業で除去しているのならいいのですが、どうなのでしょうか? 除草剤を使用しているのではないかと思えて仕方ないのですが、除草剤を撒いたところに昆布を干しているのならちょっと問題でしょう。どなたかご存知の方がいたら、教えていただきたいと思います。

2009年5月 7日 (木)

ゴミの不法投棄と職務質問

 最近は調査旅行の際はもっぱら車中泊です。今回の昆布森での調査も、キャンプ場での車中泊を予定していました。ところが、です。当てにしていたキャンプ場はまだ閉鎖中で、何とキャンプ場への道は入口でゲートが閉められているではありませんか。夕方に到着したので、あたりはどんどん薄暗くなってくるし、このあたりの地理には疎いので車を止められる適当な場所が思い当たりません。

 仕方がないので林道の待避場にでも車を止めようと思ったのですが、なんと林道の入口という入口が閉鎖されています。少し進むとゲートがなく今は使われていない旧道らしき道があったので、そこに車を止めることにしました。

 眠れるようにワインを少し飲み、うとうとと寝入った頃です。車のドアをドンドンと叩く音で起こされました。「もしかして・・・」と、嫌な予感。寝袋から顔を出すと、ドアの外側でおまわりさんが懐中電灯を持って立っています。道の脇に見慣れない不審な車があるので、山菜取りで遭難した人の車ではないかと通報した人がいたとのこと。

 確かに、暗くなってから、いちど通りすぎたもののバックして様子を見に来た車がありました。それで、「まさか自殺者と間違えられて警察に通報されたりなんかしないだろうな・・・」と思ったのですが、嫌な予感はバッチリ当たってしまいました。翌日は山菜(ギョウジャニンニク)採りの人の車がいたるところにありましたから、なるほど間違えられても仕方ないと苦笑いです。魚釣りができるような川もないので釣り人も来ませんし、観光客が来るようなところでもありません。遭難に間違われるのも無理はありません。

 翌日明るくなってから、キャンプ場や林道の入口にゲートがかけられている理由もわかりました。このあたりはゴミの不法投棄がすごいのです。いたるところに大型ゴミが捨てられているのですが、それを防ぐためだったのです。

 「風が吹けば桶屋が儲かる」ではありませんが、不法投棄がなければキャンプ場に行くことができ、職務質問も受けず、寝不足ならずにすんだということです。おまわりさんも、車の中に「死体」があったわけではなかったので、安心したことでしょうね。調査のこぼれ話でした。

2009年5月 6日 (水)

消えた昆布森のイソコモリグモ

 4日から5日にかけては、釧路から厚岸にかけての海岸にイソコモリグモの生息調査に行きました。地図で見る限りこのあたりの海岸には大きな砂浜はないのですが、釧路の東の昆布森というところで1992年にイソコモリグモの記録があるのです。その確認もかねての調査です。

 釧路から東の海岸は崖が切り立っていて砂浜はわずかしかありません。海岸沿いにコンブ漁をしている小さな集落が点々とあり、そのひとつひとつを覗いていくのですが、砂浜があっても幅が狭く、海浜植物群落もほとんどありません。10箇所ほどの浜を見ましたが、結局どこにもイソコモリグモの巣穴を確認することができませんでした。

Konbumorisunahama

 かつて記録のあった昆布森集落の海岸は、今は漁港で占領されています。地図や空中写真を見ると、以前は漁港の西側にある程度の長さの砂浜がありました。しかし、漁港は西側に拡張されたようで、今は漁港の防波堤の西側に猫の額ほどの小さな砂浜(写真)があるだけです。漁港の東側には伏古集落に続く砂浜がありますが、そこはテトラポットが入って浜が撹乱されており、生息できるような環境ではありません。昆布森には以前は生息できる砂浜があった可能性がありますが、今は無理です。漁港の拡張によって絶滅してしまった可能性が高いといえそうです。

 このあたりのように海岸が崖になっているところでは、大きな砂浜はできません。絶えず砂礫が供給されるようなある程度の大きさの川があると河口部に砂浜が形成されるので、そのようなところにはイソコモリが生息していてもおかしくはありません。このあたりでは砂礫が供給されるような河川があるのは昆布森だけです。その貴重な生息地が漁港の拡張によって消えてしまったものと思われます。

 厚岸湾も覗いてみましたが、ここの海岸は驚くべき数のテトラポットによって固められており、その光景にただただ圧倒されました。

2009年5月 3日 (日)

道民にツケを負わせる森林環境政策

 北海道は「新たな森林環境政策」(素案)を提案し、4月1日から30日までの一ヶ月間、道民から意見募集をました。この素案の中身を読んでいささか呆れてしまいました。結局は昨年議論を呼んだあげく頓挫した「森林環境税」の再提案といえるものです。

 道民から森林環境税を徴収し、その大半を「公益的機能の再生に向けた森林づくり」のもとに、私有林や市町村林の間伐や植林事業に使うということです。私有林や市町村林の大半はカラマツなど木材生産を目的とした人工林です。こうした森林の多くが間伐などの手入れをされずに放置されているのは事実ですが、そもそもなぜ手入れがされないのでしょうか? そして、人工林の整備が本当に森林の公益的機能を重視した森林環境政策なのでしょうか?

 人工林の手入れがされないのは、整備にお金をかけてもそれに見合う収益にならないからにほかなりません。これは林業政策の失敗からきているのです。国有林や道有林では、過度の「択伐」によって天然林を乱伐して森林生態系を撹乱させ、風倒被害地などで拡大造林を行なってきました。天然林からタダの木を掠奪する林業と、安い外材の大量輸入によって木材価格は低迷し、人工林の手入れもなされなくなったのです。

 このような林業政策の失敗のツケを「環境政策」との名目で道民に負わせるというのが、「新たな森林環境政策」の中身です。個人が営利目的で所有している森林の整備に、道民がお金を払うということです。環境政策というのなら、まずはこれまでの林業の失策を反省したうえで検討されなければなりませんが、その基本的なところが欠落しています。

 「100年遅れた日本の林業」にも書きましたが、これからの林業は森林の公益的機能を維持しながら木材生産をしていく方向を目指すべきでしょう。すなわち、自然林に近い森林での適切な択伐による木材生産です。

 この問題については、十勝自然保護協会の提出した意見書を参照していただきたいと思います。

2009年5月 2日 (土)

削除要請問題の終結

 「鬼蜘蛛おばさんの疑問箱」の記事削除要請問題では、2ヶ月以上にわたってチャンネル北国tvとの協議を続けてきましたが、4月28日の回答を踏まえて検討し、ブログの公開を優先することを決めました。つまり、指定された記事を削除することでブログを公開し、言論活動を再開させるという選択です。削除要請した記事はすでにこちらのブログに掲載していますので、公開されていることには変わりません。

 このような判断に至った具体的な理由については、 「一部記事の削除について」をお読みください。今後は、チャンネル北国tvとココログの両方に記事を掲載していきたいと考えています。

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