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2009年5月27日 (水)

十勝の海岸とイソコモリグモ(その2)

 「十勝の海岸とイソコモリグモ(その1)」の続きです。

Nijuutetorapotto  湖沼群の南、当縁(とうべり)川の河口から浜大樹までは崖が続いていて、海岸にはうず高くテトラポットが積みあげられています。過去に設置したテトラポットだけでは浸食が止まらず、さらに陸側にテトラポットを積み上げて二重になっています。ここから南は海岸が断崖になっているところが多いので、イソコモリグモが生息できそうなところはかなり限られそうです。

Umoretatetorapotto  浜大樹では漁港が拡大されていて、防波堤の南には大量の砂が溜まっています。そして、よくよく見るとかつて浸食防止のために海岸線に設置したテトラポットは、防波堤を作った後に堆積した大量の砂で半ば埋もれ、過去の遺物となっていました。歴舟川から運ばれた砂礫が防波堤によって止められてしまったのです。漁港から北には砂礫が運ばれないので、浸食が進むことになります。石狩湾新港でも同じ現象が起こっています。

 歴舟川の河口近くで成体の巣穴をひとつ確認できましたが、河口周辺は改変されつつあり、イソコモリが生息できそうなところは限られています。ここが十勝におけるイソコモリの巣穴記録の南端でした。

Kaigannotootika  歴舟川河口から南は断崖が連なり、見ただけで絶望的な光景です。写真の中央にある四角いコンクリートの塊は、米軍の上陸の阻止のために造られたトーチカです。このあたりの海岸にはトーチカが並んでいるのですが、陸上に造ったトーチカが浸食による海岸線の後退で、今では波に洗われているのです。これらのトーチカは1944年から45年にかけて造られたとのことですから、六十数年で海岸が数十メートルは削られたのでしょう。いかに海岸の浸食が進んだかがわかります。

 今回の調査によって、十勝でイソコモリグモの生息できる海岸は、主として湖沼の近辺と大きな河川の河口部しかないことが分かりました。人が直接改変していない自然海岸であっても、浸食による海岸の段丘化によってイソコモリグモの生息適地は失われつつあるのです。海岸浸食には、川からの砂礫の供給がダムによって減少してしまったことと、漁港の防波堤が砂の移動を止めてしまうことが大きく関係しています。

 このようにして、知らず知らずのうちに失われていくのはイソコモリグモだけではありません。同じようなところを生息地としている海浜性の動植物も姿を消していくのです。

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