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2008年12月24日 (水)

上杉隆氏の責任

 上杉隆氏の著書「ジャーナリズム崩壊」については「ジャーナリズムと客観報道」のほか、「批判と反論」「ジャーナリストと取材対象」などで取り上げました。

 「ジャーナリズムと客観報道」の中で、私は「もっとも上杉氏の意見に全面的に賛同するというわけではありませんが」と書きました。上杉氏が取り上げたことで違和感を覚えるところがいくつかあったのですが、とりわけ第三章「ジャーナリストの誇りと責任」の中で、本多勝一氏と疋田桂一郎氏を批判している部分は、私の認識とは違っていました。

 上杉氏は、ジャーナリスト自らが批判対象となったとき「目もあてられない醜態を晒すことが多い」として、本多勝一氏と疋田桂一郎氏の事例を以下のように取り上げています。

 著名な朝日新聞記者でもあった本多勝一氏や疋田桂一郎氏が、ジャーナリストの岩瀬達哉氏を訴えたことなどまさにその好例だろう(双方が訴訟)。朝日新聞の誇る両氏にとっては事実関係やジャーナリズムなどどうでもよかったに違いない。

 「売春婦よりも下等な人類最低の真の意味での卑しい職業、人間のクズ」(本多氏) このような中傷を見せつけられれば、そこにジャーナリズムの大儀はなく、単に自らの面子の問題だけでの論争なのだと改めて思う。さらに本多氏が、ジャーナリズム全体の問題だとして訴訟に打って出たことに対しても、筆者は違和感を抱かざるを得ない。

 なぜなら、自ら言論の場での論争を放棄して、司法という権力に判定を委ねることは、反権力を標榜してきた「ジャーナリスト」にとって自殺行為に他ならないと思うからだ。

 本多氏と疋田氏が言論の場での論争を放棄して岩瀬氏を訴え、司法という権力に判定を委ねたとして本多氏と疋田氏を批判しているのです。私は、疋田氏はあくまでも言論での解決を求めていたと記憶していたので、この書き方に違和感を覚えました。

 すると、12月19日の週刊金曜日で「『ジャーナリズム崩壊』に見るジャーナリスト崩壊」(貧困なる精神388)として本多勝一氏が反論していました。本多氏は、故人である疋田氏に代わって疋田夫人が上杉氏に宛てた質問状を紹介しています。それによると、岩瀬氏の記事に対して疋田氏が言論で解決すべく努力したのに埒が明かず、疋田氏が反論書を自費出版したところ、岩瀬氏は反論書が名誉毀損に当たるとして疋田氏を訴え、疋田氏は反訴したということになります。

 であれば、言論の場での論争を放棄したのは岩瀬氏の方だったということになります。上杉氏は重大な勘違いのもとに、疋田氏と本多氏を批判したことになるのではないでしょうか。注目を浴びている本で事実誤認による名誉毀損があるならば、読者に与える影響はかなり大きいはずです。著者は誠実に対応しなければならないでしょう。

 さて、本多氏の記事によると、疋田夫人は11月28日付けで上杉氏に質問状を送っているそうですが、12月15日現在、上杉氏からの回答はないそうです。上杉氏にも反論があるのかも知れませんが、少なくとも提訴についての事実関係だけははっきりさせるべきだと思います。

 上杉氏は、「ジャーナリズム崩壊」の第五章「健全なるジャーナリズムとは」の中で、過ちをきちんと認めることこそジャーナリズムとして大切だと主張していましたが、彼がこの問題にどのように対応するかが注目されます。

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