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2008年12月16日 (火)

加藤周一氏の最後の言葉

 14日のNHK教育放送のETV特集は「加藤周一1968年を語る」でした。

 「九条の会」のメンバーであり、一貫して戦争に反対してきた国際的知識人である加藤周一氏が、今年の夏に病をおして(恐らく最後の言葉となることを自覚して・・・)語ったメッセージは、40年前の1968年のできごとを掘り起こしながら、戦争へと向かいつつある今の時代に「私たちはどうすべきか」という問いかけでした。

 私は記憶が定かではないのですが、1968年はチェコスロバキア(当時)の民主化運動である「プラハの春」、パリの五月革命、安田講堂の封鎖など、世界中で民主化や戦争への異議を唱える人々の行動が展開された年だったのです。

 ソ連軍がプラハに侵入し圧倒的な軍事力によって市民を抑えつけるなかで、地下放送によって最後まで言葉を発し続けたアナウンサーがいました。加藤氏は、権力とそれに対峙する言葉の問題を考えつづけ、「言葉と戦争」に著したのです。日本では学生運動が活発化し、戦争に加担する大学に学生たちが抗議行動を繰り広げました。世界の各地で民主化が叫ばれ、戦争という地上最大の暴力に対する反発が表面化した40年前。

 加藤氏は、1968年の閉塞感が20世紀から21世紀に積み残されているといいます。彼が番組の最後で語っていたのは、「今なにが起こっているのかという事実確認」の重要さと「だからどうしようか」という問いかけです。1968年のできごとを見据え、人間らしさを世界の中に再生させるために私たちはどうすべきか、という問いかけです。

 先日の北海道新聞に、奥平康弘氏の「評論家・加藤周一氏をしのぶ」という一文が掲載されていました。奥平氏は加藤氏の著作「日本文学史序説」に触れ、加藤氏の以下の指摘に大きな影響を受け、自己批判の鑑にしてきたといいます。

 「日本文化は絶えず外からの影響にさらされながらも一貫して『彼岸な体系の此岸的な再解釈、体系の排他性の緩和』をおこなってきたというのである。現世の利益を後生大事にし、まあまあ主義でその場その場を切り抜けることをよしとし、原理原則を立てるのに意を用いない―そういう『特徴』の指摘である」  閉塞感が漂い戦争の陰が色濃くなる今、加藤氏はまさにこのような曖昧な態度から脱却し、権力と対峙することを私たちに訴えていたのでしょう。

 私たちは加藤周一という類い稀な知識人を失ってしまいましたが、彼が残した言葉は決して失われることはありません。彼の最後の言葉をかみしめて心に刻み、事実をしっかりと見据えて行動していくことこそ、私たちに求められているのだと思います。

 NHKはこの番組を何度でも再放送し、多くの人に見てもらうべきだと思います。

 加藤周一氏については、以下のサイトも参考にしてください。

加藤周一氏を悼む 

加藤周一氏の講演会「今、なぜ戦争か」

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