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2008年12月 3日 (水)

柴田晴廣氏の疑惑に迫る

 「柴田晴廣氏の行方」という記事のコメントに柴田氏本人が反論してきました。人というのはまったく根拠がないのに疑われてしまったのなら、確かに傷つき腹も立つでしょう。でも、私はもちろん根拠なく柴田氏を疑っているわけではありません。それどころか根拠は大有りです。柴田氏のことについては「魑魅魍魎の共同出版批判者」「共同出版のビジネスモデルは未完成?」にも書きましたが、これまでの私の体験から柴田氏の疑惑に再度迫ってみましょう。

 私は、柴田晴廣氏がこのブログにコメントをつけはじめたときから、できるかぎり誠実に対応してきました。頻繁なメールにも返事を書いてきました。でも、コメントでもメールでも、いつも肝心なところで柴田氏は私の理解できない主張をされ意見がかみ合わなくなってしまうのです。誘導尋問というのか、あるいは私を煙に巻いているというか、話題をそらすというか、とにかくまじめに相手にしているのに最後には平行線です。「正鵠を得た」などと私の見解に理解を示すかのようにして近づいてきたのに、意見交換すると私の見解はちっとも分かっておらず、とても矛盾しています。こういう方とやりとりしても時間の浪費でしかないと思いましたので、途中で相手にするのをやめました。

 その後、柴田氏からの接触はしばらく途絶えていたのですが、実は7月17日に文芸社は私を芯から怒らせることをしました。このことは文芸社の中枢部の人しか知らないでしょうね。しかも、それに対して口止めまでしたのです。もっとも私自身が口止めされたわけではないのですけれど。

 そこで書いたのが「著作者保護制度で思い出した名誉毀損裁判」(7月22日)という記事です。この記事を読んでいただければ、文芸社のしたことの見当がつくと思います。また、それに関連して「アホらしい主張」(8月17日)とか「オーマイニュースの衣替え?」(8月20日)などの記事を書いたのです。文芸社の中枢部の人には、なぜ私がこのような記事を書いたのかピンとくるはずです。これらの記事で、文芸社はかなり気分を害して苛立ったことでしょう。

 するとどうでしょう。それに呼応するように「アホらしい主張」に柴田氏がコメントをしてきたのです。まるで、苛立った文芸社の代弁者であるかのように感じました。さらにその頃、私のところには怪電話や提訴を匂わせるような怪しいメールがあったのです。そこで「不可解なメール」(8月4日)とか「怪電話 サラ金、それとも?」などという記事も書きました。ここに登場する大学のOBを名乗る藤原さんという方、秋に開くOB会のお知らせを送るから返信してくださいと念を押していたのですが、そんなものはもちろんきませんでしたよ。返信させて私の個人情報を入手しようとしたのか、出身大学の情報までつかんでいるぞという脅しなのか?

 「アホらしい主張」の柴田氏のコメント、普通ではありません。抽象的で言いたいことがわからず、まるで誘導尋問。失礼で不躾。文芸社と契約する人は後見人が必要とか何とかいいたかったそうですが、私が記事で言っていることとは直接関係ありません。疑われた途端に、私やαさんの質問には答えずに話題をそらしたり誹謗発言をしたり。とても不可解で不誠実な態度です。

 柴田氏は「柴田晴廣氏の行方」のコメントで、Mさんに水増し請求に関して説明していますが、これも何とか水増し請求のことを誤魔化そうと言い訳しているかのようです。私に主張してもダメなことが分かっているので、Mさんを惑わそうとしているように思えます。

 出版には「本の制作(販売)請負事業(いわゆる自費出版。文芸社も裁判でそう認めている)」と「本の製造(販売)事業(商業出版。共同出版の契約形態も同じ。これも文芸社は認めている)」があり、その業態によって費用の位置づけは違ってきます。請負事業であれば、会社は著者に利益を含めた費用を請求するのです。しかし、製造業における製造費とはその商品の製造に要した実費にほかなりません。ところが実際には利益を含めた過大な請求(水増し請求)をしているのです。請負契約ではないのに、請負契約である自費出版と同じ請求方法をとっているのです。私はこのことを何度となく説明し、不当な水増し請求だと主張しています。以下の記事にも書いています。文芸社はこの点について質問しても、決して答えません。答えられないのではないでしょうか。

文芸社・新風舎の盛衰と自費出版(12)次々商法の落とし穴

 柴田氏もこの業態の違いを取り上げず、「利益を追求するのが企業」だとして視点をそらし、水増し請求を正当化しようとしているのです。こうして単純なことを分かりにくくしています。文芸社に実に都合のいい主張です。「あいみつ」のことに関する柴田氏の反論も、的を射ていません。

 柴田氏は以前、新聞社が共同出版を批判しないのは広告漬けになっているからではなく、取次との関係だという到底理解できない意見を主張しました。広告に依存するマスコミが、広告を出稿している会社の批判をしないというのは常識です。話しの論点をずらし、独特な説を主張して人の考えを変えようとするのが柴田氏の特徴というか特技のように思われます。

 新風舎とほとんど変わらないことをしてきた文芸社は、なぜ新風舎のように批判されないのでしょうか? 私は、文芸社は実に巧みに批判者を取り込んだり潰したりしてきたのだと思っています。文芸社がもっとも潰したかった渡辺勝利さんは、1億円の損害賠償を求めて提訴しました。それでも渡辺さんは批判を止めませんでした。すると文芸社と癒着疑惑のもたれる尾崎浩一氏が渡辺氏に近づきました。その後、渡辺氏はリタイアメント情報センターの自費出版部会長になり、新風舎にのみ質問書を送りました。私には文芸社による批判者の取り込みのように見えます。

 さて、とうとう今は名前を出して批判している者は私しかいないのではないでしょうか? その私への対策が、柴田氏によるコントロールなのではないでしょうか。柴田氏は著作権法についての著作物を勝手に添付で送ってきて「活用してください」とか、「何でも聞いてください」といってきました。もっとも私は読んでいませんけど。なぜなら、著作権法を理解していなくても共同出版の問題点は説明できるのです。著作権法などを持ち出すと、かえって問題点がわかりにくくなるだけだということを、私は柴田氏とのやりとりで実感しました。

 この間、ピーマン頭氏(その後「反文芸社」というHNに固定したようですが)の指摘していたことがまさに正しかったのだと、私は自分の体験をもってはっきりと認識することができました。ピーマン頭などと失礼な呼び方をしてしまったことに対しては、心よりお詫びいたします。柴田氏は私を利用してピーマン氏を潰そうとしたのでしょう。ピーマン氏には問題や疑惑がありますが、柴田氏はそれをいいことに私を批判者潰しに利用したといえるでしょう。

 柴田氏は相当あせっているのか、さもなくば意識が混濁してきたのか、「柴田晴廣氏の行方」のコメントで、とうとう私を「まともな精神状態ではない」などといいはじめました。さらに「共同出版・自費出版の被害をなくす会」のサイトに新風舎からの回答が掲載されているという理由で、新風舎の協力者ではないかとの疑惑まで持ち出しました。柴田氏の発言は、意味不明と矛盾に満ちています。

 柴田氏は、著者のブログのコメントなどに書き込みをすることで文芸社に批判的な立場であるように振舞っていますが、そう振舞っていればまず関係者などと疑われないでしょう。しかし、よく読めば文芸社のやり方を決して否定していません。疑われないためのひとつの戦略として意図的に批判的論調をあちこちで展開していると考えれば、彼の発言は非常にしっくりときます。

 以上のような理由から、私は柴田晴廣氏は文芸社の関係者である可能性がきわめて高いと考えています。ただし、あくまでも状況証拠によるものですから、断定はできませんが。

 これ以上、柴田氏と議論しても時間の浪費だというのが私の結論です。

*この記事へのコメント 「com081203.doc」をダウンロード  

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