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2008年11月18日 (火)

ジャーナリズムと客観報道

 札幌に行くと、たいてい本を買ってしまうのですが、今回は「ジャーナリズム崩壊」(上杉隆著、幻冬舎新書)を買って帰りの乗り物で読んでいました。

 主として日本特有の記者クラブの弊害について書かれているのですが、ニューヨーク・タイムズ記者の経験を通して、世界の目から見たら醜態ともいえる日本のジャーナリズムの現実を浮き彫りにしていて、なかなか読み応えがありました。もっとも上杉氏の意見に全面的に賛同するというわけではありませんが。

 この本の冒頭で、上杉氏は、日本の新聞は客観報道を装って偏向報道をしており、読者を欺くものであると喝破していますが、これは同感ですね。

 ニューヨーク・タイムズの場合は、事実のみを知らせるストレートニュースは通信社に委ね、新聞記者は取材によって事象を分析し独自の記事を書くことが求められているそうです。ところが日本の新聞はストレートニュースばかりで、分析したり批評する記事はごくわずかです。しかも、そのような記事は、コラムなどで外部の識者などに委ねていることが多いですね。私はかねてからこういう報道に疑問を抱いていました。

 また、日本の新聞は「両論併記」も好きですね。相対する見解の方を並べることにより、いかにも中立・客観性を装っていますが、「それじゃあ、新聞社としてはどちらを支持するの?」と聞きたくなってしまいます。新聞社が自社の見解も示さず、両論併記に委ねてしまうのは、責任放棄ではないでしょうか。

 一般市民の中にも「記事というのは事実のみを伝えればいい」と考えている人がいるようですが、そうでしょうか? 上杉氏は、海外では「単に、時事的な事象を報じるだけではなく、さらにもう一歩進んで解説や批評を加える活動を一般にジャーナリズムと呼んでいる」と記しています。また、「その役割をぎりぎりにまで絞った場合は、公権力に対する監視役としての仕事が期待される。つまり『第四の権力』とも別称される通り、三権(立法、行政、司法)に対する監視こそがジャーナリズムの役割ともいえる」としています。

 私も、その通りだと思います。つまり、マスコミは基本的に権力者と対する者、すなわち市民や弱者の視点で事象を分析したり解説する報道をすべきでしょう。

 ジャーナリストが個性を持った人間である以上、客観報道などできないというのはもっともなことです。新聞よりフリーのジャーナリストやライターが寄稿している雑誌の方がはるかに説得力があって面白いのは、解説や批評が加えられているからです。

 新聞やテレビなどのマスコミは、記者クラブを通じて流される警察や検察の情報をそのまま垂れ流しているのです。権力者側の偏った情報を検証することなくそのまま記事にしているマスコミは、どう考えても中立ではなく、客観報道でもないでしょう。それを棚に上げてマスコミ自身が中立だとか客観的などといっているのであれば、弊害でしかありません。

 JANJANの市民記者などでも記者自身の意見が強く出ている記事を嫌う人がいますが、市民記者であるがゆえに市民の目線で解説や批評を加えた記事を書くことこそ意味があると私は思います。

 記者クラブについては、以下の記事も参照してください。

記者クラブに浸かった軟弱ジャーナリズム 

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