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2008年10月19日 (日)

子どもたちは今…

 ちょっと古い本ですが、先日「負けるな子どもたち!」(渡辺容子著、径書房)を読み、すさんできている子どもたちと教育環境について考えさせられました。著者の渡辺容子さんは、都内の学童保育の指導員をされていた方です。

 私自身、自分の子育ての過程で子どもたちや学校がずいぶん変わってきていることを感じてはいました。自分の子ども時代と比較してみると何かが違う、子どもも学校も変わってしまった… そんな気持ちを強く抱いてはいたものの、いまひとつ実感として捉えられないでいました。しかし、学童保育の指導員として子どもたちと関り、その様子を伝えるこの本を読んで、目からウロコのように子どもたちの変貌を感じとることができました。

 渡辺さんは、子どもたちの心がすさんでしまったこと、変わってしまったことに悩まされます。塾や習い事に追われる子どもたち。落ち着きなく言葉を荒げ、すぐに暴力をふるい平然といじめをする子どもたち。吹き荒れる嵐のような子どもたちの中に入り込んで彼らを受け止め、寄り添い理解しようとする行動には心が打たれます。

 私は渡辺さんと同世代です。私の子ども時代にも塾や習い事はありましたし、いじめもありました。でも、どうやらそれらの質や中身は驚くほど変わってしまったようです。放課後は家にランドセルを放り出して遊びまわりましたし、夏休みなども実に自由に過したものです。いじめといっても陰湿さはありませんでしたし、ごく一部の子どもの問題でした。個性の強い子どもも、それなりに認められるところがあったのです。でもほんの2,30年の間にすっかり状況が変わってしまったようです。もちろんそれは子どもたちに原因があるのではなく、社会の問題です。

 今の若い人(あまり使いたくない言葉ですが)を見ていると、驚くほど周囲の評価を気にして周りに合わせようとしている人が少なくありません。そうするように強いている社会があるのです。子どものころから競争に駆り立てられ、いじめられることを恐れ、身も心も疲れてストレスをため、追い詰められているのです。それは子どもたちだけではありません。この国は何もかも大変な状況になりつつあります。

 この本のなかで、フィリピンの小さな島の子どもたちのことが紹介されています。文房具もなく着る物さえも不自由する生活であっても、いきいきとして表情の豊かな子どもたち。家の仕事を当たり前のようにこなし、礼儀をわきまえた子どもたち。開発途上といわれている国の子どもたちは皆同じでしょう。そして、同じような姿は少し前の日本にもあったはずです。

 物質的な豊かさと裏腹に、私たちは大切なものを失ってきました。もちろん、昔の不便な生活に戻すべきだなどとはいいません。しかし、本当にこれでいいのでしょうか? 暗澹たる気持ちになります。でも打ちひしがれているだけでなく、なぜこうなったのかを問いただし変える努力をすることこそしていかなければならないでしょう。

 今は学童保育の仕事を離れたものの、一市民として地道に努力を続けている渡辺さんに、エールを送ります。  

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