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2008年10月21日 (火)

知里幸恵とアイヌの自然観

 昨日、NHKの「その時歴史は動いた 知里幸恵の闘い」(再放送)を見ました。

 明治政府はアイヌ民族を支配し、民族としての尊厳や人権を奪いました。アイヌとして生まれた知里幸恵さんは子どものときから差別されつづけました。差別に傷つけられ苦しみ、日本人として認められようとした彼女に転機が訪れたのは、アイヌ民族の研究のために自宅を訪れた言語学者である金田一京助氏との出会いでした。

 金田一氏の依頼で、幸恵さんがアイヌユーカラをアイヌ語のローマ字語書きと日本語で整然と併記したノートは、十代の少女のものとは思えないほど緻密です。そのノートを見て感動した金田一氏は、幸恵さんを東京に呼び寄せ出版のための編集作業をするのです。しかし、編集が完成したその日に彼女は19歳という短い命を閉じました。「アイヌ神謡集」は、知里幸恵さんがアイヌ民族としての誇りをもって、まさに命と引き換えに書き上げたアイヌの物語です。

 彼女が東京の街に降り立って驚いたのは、落ち着きなく動き回る人々。着飾った人々がデパートで商品を買い求める姿を見ても、彼女は何も欲しいとは思わなかったそうです。私は彼女のこの感覚にひどく新鮮なものを感じました。

 自然からの恵みで生活する狩猟採取民族のアイヌにとって、富や財産は無縁です。アイヌの人々は自然の恵みを「神」としてたたえ、大切にしてきました。ユーカラにはそのような彼らの生き方が如実に描きだされています。

 アイヌ民族の血が流れる彼女は、物に群がる都会の人々が失ってしまった大事なものを敏感に感じ取っていたのです。彼女にとって、お金や物は決して真の豊かさではありませんでしたし、そのことを理屈ではなく直感できるしなやかな感性をもっていたのです。だからこそ幸恵さんには、お金や物に群がる人々が奇異としか見えなかったのでしょう。

 以前、裕福になれば夢がかなえられると信じて努力しそれが実現したものの、虚しさにさいなまされているアメリカ人のことがテレビで取り上げられていました。お金があっても、人は決して心の豊かさまで手にいれることはできないのです。そして、人が人間らしく生きていくために何よりも必要なのは、日々の糧とともに精神の豊かさでしょう。

 今の私たちは、幸恵さんの感性をすっかり失ってしまったようです。物質的な豊かさや利便性を追求することで、大切なものを置き去りにしてきました。

 また、アイヌ民族は争いごとを嫌い、揉め事が起こると「チャランケ」といってとことん話し合いをしました。自分の意見をはっきり言うことを避け、周りの人に同調して丸くおさめたがる日本人とは対照的です。

 今年の6月に、日本はようやく「アイヌ民族を先住民族とすることを求める国会決議」を採択しました。あまりにも遅い決議です。これまで日本人が虐げてきたアイヌ民族の生き方こそ、私たちが失いかけている大事なことを教えている、そのことを強く印象づける番組でした。

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