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2008年9月

2008年9月27日 (土)

大学院は何のためにあるのか?

 私が学生だったころは、大学院に進学する人はごく一部の研究者を目指す人たちでした。それだけ大学院は狭き門でしたし、研究志向の強い人しか行かなかったのです。

 ところが、いつ頃からだったでしょうか、知り合いの学生さんなどで大学院に進学する人たちがどんどん増えていったのです。研究職を強く希望する人ならわかりますが、必ずしもそうではなさそうなのですね。

 大学を卒業しても就職がないという理由の人も多かったようです。就職先がないから、とりあえず進学するというわけです。就職の先延ばしですね。すると、どうしても研究に熱心ではない学生さんも出てきます。大学院生の質の低下が起こるのです。

 その背景には就職氷河期だけではなく、大学院生の定員の増加があります。先日ある大学の先生から聞いた話しですが、国立大学では10年ほど前に大学院の定員を3倍にしたそうです。これによって、それまでよりも大学院への進学が容易になりました。どおりで誰もが気軽に大学院に進学するわけですね。最近ではやる気のない学生が増えて、教員は指導が大変なのだそうなのです。大学生ではなくて、大学院生がですよ。

 ところが大学の教員採用の方はどうしたかというと、増やすどころか半分にしたというのです。博士号を取得したものの、就職できない人が溢れるようになってしまいました。

 あまりにも当然のことですが、なぜこんなことをしたのでしょうか? 私にはお金儲けとしか思えません。学費集めです。大学院生を増やして収入を増加させることが最大の目的であり、卒業後の就職などどうでもいいということではないでしょうか。入学だけさせておいて、あとは勝手にしろというわけですね。でも、高学歴になるほど就職は難しいのです。

 このような国のやり方は、まるで大学院を利用した詐欺的行為です。学生を「歩く札束」だとでも思っているのでしょうか。

 今は国立大学に限らず、あちこちの大学に大学院が設置されています。でも、卒業したところで就職先は保証されていません。大学院で優秀な研究をしても就職口がなく、研究生活を断念せざるを得ない人も多いことでしょう。これでは優秀な人材も散逸してしまいます。

 いったい何のための大学院なのでしょうか? この国の歪みは大学院にまで及んでいるようです。

2008年9月25日 (木)

森林管理局の生物多様性委員会とは?

 林野庁の北海道森林管理局は、昨年「生物多様性検討委員会」を設置しました。林野庁は長年にわたって生物多様性の宝庫である天然林を惜しげもなく伐り続け、その大半を貧相な森林に変えてしまったのですから、遅ればせながらも生物多様性保全のための方策をとることは歓迎されます。

 でも、そのメンバーを知ったときの感想は「やっぱり…」というものでした。どういう理由でこのような人選をしたのでしょうか?

 辻井達一氏は、北海道で自然保護に関っている方なら知らない人はいないでしょう。道内の自然に関するさまざまな公的委員会や検討会などに名前を連ねている方です。植物がご専門ですが、開発局から環境省に至るまで顔を出しています。鳥類がご専門の藤巻裕蔵氏も、同様にさまざまな委員会などに関っています。要するに行政にとっては都合のよい研究者といえるでしょう。

 北海道の森林についての委員会ですから、森林について詳しい方が必須です。そのお一人が中村太士氏です。中村氏については「中村太士氏の『天然林の伐採』の問題点」で書きましたが、天然林であっても虫害防止のために風倒木の処理が必要だと考えている方のようです。

 もう一人の高橋邦秀氏は、「風倒木と害虫」に登場する元大学教授です。中村氏と同様に害虫の大発生を恐れている方といえましょう。木材生産より公益的機能を重視する天然林であっても害虫は駆除すべきだというお二人の意見には疑問を感じざるを得ません。キクイムシとて森林生態系にとってはなくてはならない昆虫なのです。

 ほかには、東京大学教授の鷲谷いづみ氏がいます。鷲谷氏はサクラソウの研究者として知られている方で、植物生態学、保全生態学がご専門です。最近では外来種のセイヨウオオマルハナバチの問題で活躍されています。しかし、どう考えても北海道の森林のことに詳しいとは思えないのです。

 もう一人は日本自然保護協会の横山隆一氏です。横山氏も森林のことに精通しているとは考えられません。お二人とも北海道の森林のことをよく理解されているとは思えないのですが、このような方たちにわざわざ東京から来てもらっているのです。

 昨年はこの検討会で大雪山国立公園での皆伐のことも話題になったそうですが、鷲谷氏と横山氏は何のことかよく分からなかったようで、何も発言されなかったと聞いています。北海道では新聞やテレビで報道されましたが、道外の方にとっては何のことか分からず話題にも入れないのです。

 北海道の森林の生物多様性保全を考えるとき、このような人選が本当に適切だったのでしょうか? 林野庁は真剣に生物多様性の保全を考えているのかと、疑念を抱かざるを得ません。

2008年9月24日 (水)

ダケカンバと秋

Mikuniyamadakekanba  写真は、三国山のダケカンバ林です。今年は8月下旬にかなり気温が低くなったものの、9月になってから暖かくなってしまい、紅葉もきれいに色づかないようです。例年なら真っ赤に色づくナナカマドもくすんでいます。

 私が北海道の山に登ってとても不思議に思ったのは、針葉樹林帯の上部に見事なダケカンバの森林があることでした。

 本州の山では、亜高山帯になるとシラビソやオオシラビソなどの針葉樹林帯が現れ、そこを抜けると急に明るくなってダケカンバとハイマツが現れるのが普通だったと記憶しています。針葉樹林とハイマツ帯の間に明瞭なダケカンバ帯があるのではなく、針葉樹とハイマツの中にダケカンバが混在しているかのようで、存在感が薄いのです。

 ところが北海道では、針葉樹林の中に点々とダケカンバやナナカマドが混じり、針葉樹がまばらになってくるとダケカンバが優占し、やがてダケカンバの森林になります。そしてダケカンバが矮性状になってまばらになるあたりからハイマツが出てくるのです。

 このような本州と北海道の森林の違いは、地形や積雪、気象条件などによるのでしょうか。

 山によって森林の移り変わりの状況は異なるので、木の葉の色づくこれからの季節は樹木の分布を知るにはいい季節です。山肌をみると森林帯の移行していく状況がはっきりとわかるのです。濃い緑の針葉樹林と黄褐色のダケカンバの織り成す斜面に、ひときわ目をひくのがナナカマドの赤です。

 そういえば本州の山の紅葉の美しかったことが懐かしく思いだされます。かつて本州の山に登っていた頃は樹の種類などほとんど分からなかったのですが、深い紅色から明るい赤、黄色や褐色…とさまざまな濃淡の紅葉に染まった山肌は、北海道の紅葉とはまた趣を異にしていたようです。あれは樹種の多さによる違いだったのでしょうか…。

 どこまでも澄み切った秋の青空の下に、輝くような真っ白い雪を戴いた山々と紅葉の山肌…。都会の雑踏から抜け出し、冷たい空気に浸ってしばし別世界を楽しんだものです。    

2008年9月21日 (日)

私のウイルス体験

 「共同出版のビジネスモデルは未完成?」のコメントで、αさんがコンピューターウイルスについて触れています。そこで、以前にも少し触れましたが、私のウイルス体験を紹介しましょう。

 私が文芸社とトラブルになったのは、7年前の2001年11月下旬でした。文芸社の編集内容と請求された編集費に疑問をもった私は、文芸社の契約担当者と編集者に対してメールでいくつもの質問をしました。

 疑惑を持たれた出版社としては、回答できる質問から速やかに返事をするのが誠実な対応というものでしょう。編集担当者からは順次回答がきたのですが、肝心の契約担当者は何度催促してもなかなか回答しようとしませんでした。そして12月7日になって「10日にまとめてご質問にお答えいたします」というメールがあったのです。

 3日前に回答日を予告するとは何とも不可解です。

 さて、予告のあった日の夜に、ようやく回答のメールが送信されてきました。その翌日のことです。メールソフトを開いたところ、送信者のわからない怪しげな添付ファイルつきのメールが受信されたのです。それまでこんな怪しいメールは受け取ったことがありません。ウイルスが添付されているのだろうと察しがつきました。その頃はメールアドレスを知っている人は限られていましたから、非常に訝しく思いました。

 回答日の予告があり、回答のすぐ後にウイルスと思われるメールがきたのですから、この絶妙なタイミングに意図的なものを感じざるを得ませんでしたね。

 実はこれまで公にはしてきませんでしたが、私は文芸社の人物を刑事告発したことがあります。このブログでも書いてきたように、騙して契約させて76万もの編集費を請求しておきながら、「完成度が高い」との理由でろくに編集作業をしていなかったのですから。

 とにかく、あの頃は文芸社の実態が次第にわかってきて怒りに燃えていましたし、文芸社が渡辺さんを提訴したという暴挙で怒りが頂点に達していました。いわゆる被害者意識が強かったのですね。

 はじめは管轄の警察署に告発状を送付しました。2003年6月のことです。その後の8月5日に、メールでウイルスが送られてきたのです。差出人名は、やりとりしていた文芸社の編集者と同じ「henshu55」と表示されていて、タイトルは「Hi!」となっています。本文は空白で添付ファイルがありましたが、それがウイルスでした。その当時はウイルス対策ソフトを利用していなかったので、自動的に削除されなかったのです(もちろん添付ファイルは開かなかったので感染はしませんでした)。そのためにこのメールのデータを検討することができました。そのデータによると「bungeisha.co.jp」から送信されたと判断できるものだったのです。

 送られてきたウイルスについて調べてみると、アドレス帳や各種ファイルなどに記録されているメールアドレスに対して、自分自身のコピーを大量に発信するタイプのものでした。ですから、文芸社のパソコンがウイルスに感染したことで自動的に送られてきたのかもしれません。でも、それにしては不思議なことがあるのです。

 私がやりとりをしていた「henshu55」のリターンパスでは@の後ろのドメイン名はbungeisha.co.jpですが、ウイルスが添付されたメールのリターンパスはまったく異なり、会社のものではありません。とても不思議です。告発状を発送した後というタイミングでしたし、私には自動的に送られたというより意図的なものではないかと思えたのです。

 このウイルスがどのような働きをするのかを調べてみたのですが、なかなか悪質なものでした。ウイルスに感染すると、ウイルス対策ソフトやファイアウォールを強制終了させ、「トロイの木馬」形式のバックドアをインストールします。その「トロイの木馬」は外部との通信を行うのです。

 感染すると、バックドア型ハッキングツールとして、パソコン内の情報を盗み出すことができます。また、ファイルのダウンロードとか、ファイルのコピーやデリート、ファイルの検索など、いろいろなことができるようです。文芸社の告発状がパソコンにあれば、見ることもできそうですね。

 さて、告発状を受け取った警察官はまじめに取り組もうという姿勢が見られません。そこで私は警察署から告発状を引き上げ、2004年の1月に東京地検に告発したのです。東京地検は告発状の不備を2度にわたって指摘してきたので、私は2度も告発状を書き直し7月26日付けでようやく受理されました。

 結局は2005年7月に不起訴の知らせがきましたが、告発状を送付してから不起訴の通知が届くまでの間に何回もメールでウイルスが送られてきたのです。それはランダムというより、一時期に集中して送られてくるという不自然な状況でした。途中からはファイル添付型ではないタイプのウイルスメールもきました。

 また、メールではなく、ネット接続した際に「トロイの木馬」タイプ、つまりハッキングタイプのウイルスばかりが頻繁にきたこともありました。

 もちろん、ウイルスはいたるところに飛び交っていていますし、自動的にメールアドレスをつくってランダムに送る場合が大半でしょう。しかし、以上の不自然な経緯を考えるなら、意図的に送られていたものもあるのではないかと疑わざるを得ません。

 さて、刑事告発のあと、私はインターネット新聞JANJANの存在を知ったのです。そこで2005年の9月から12月にかけて10回の連載で共同出版の記事を投稿しました。

 その後、ちょっとドッキリすることが起きました。2006年の2月か3月のことだったと思うのですが、JANJANがサイバーテロに遭って数日間システムがダウンしたのです。いったい誰がどんな目的でJANJANに攻撃をしかけるのでしょう? もちろん誰が仕掛けたのかはわかりませんが、もしかしたら私の記事が原因になったのではないかと思い、内心ショックを受けたのは確かです。もちろん、それは私が勝手にそうかもしれないと思っただけですが。

 余談ですが、東京地検のいい加減さには開いた口がふさがりません。ひとつは、告発者である私に対して問い合わせのひとつもしなかったことです。また、不起訴の通知がきたときに、私はもちろん書面で理由を問い合わせました。その「理由告知書」に何と書かれていたと思いますか? 驚くなかれ「嫌疑なし」の一言です。

 ならば「嫌疑不十分」というのも不起訴の理由になるというのでしょうか? 「嫌疑なし」とか「嫌疑不十分」が不起訴の理由としてまかり通るのであれば、捜査などしなくても不起訴にできます。そこで、担当検事に「嫌疑なし」とした理由を具体的に説明するよう書面で問い合わせましたが、回答はありませんでした。検察など実にいい加減なものだとつくづく感じたものです。

 その一方で、「立川ビラ事件」のようにごく軽微なことを無理やり立件してしまうのが検察庁というところです。

 もっとも今は、共同出版問題を刑事事件として追及すべきだとは考えていませんし、不起訴になって良かったのだと思っています。もし起訴されて倒産ということにでもなっていたら、大勢の被害者を出すことになりましたから。

 それに、この商法は文芸社だけの問題ではないのです。碧天舎や新風舎が潰れても同業他社が存続しているように、商法全体の問題として多くの人に知らせ、世論を高めていくことこそ必要だと考えられるようになりました。

 自分が騙されてカッカとしているときにはこんな風に考えられなかったのですが、ちょっと視点をずらしてみることが大切だと思えるようになったのです。

2008年9月20日 (土)

裁判所が現場へ!

 19日は「えりもの森裁判」の口頭弁論で札幌に行ってきました。

 今回の口頭弁論の最大の関心事は、春から要望していた現地確認のことです。被告側は現地に行くことを渋っていたのですが、前回の口頭弁論では裁判所は予定日まで決め、かなり乗気であることが感じとれました。そして、今回それが決定されたのです。

 裁判所が現地に行くというのがどういうことなのか分からない方もいると思いますので、少し説明しましょう。

 北海道ではかつて「大雪山のナキウサギ裁判」というのがありました。自然保護団体のメンバーらが、大雪山国立公園の士幌高原道路(道道)の道路建設に関する支出をしてはならないとして、1996年に当時の堀知事を提訴したのです。

 この裁判で、提訴の翌年の1997年10月9日に「山上裁判」と呼ばれた現地検証が実現しました。裁判所の職員9名、原告・弁護団・支援する自然保護団体のメンバーなど原告側が40名、被告側が5名、さらにマスコミ関係者など合わせると総勢80名以上が、道路の建設予定地周辺を見るために登山をしたのです。道路建設予定地に広がる希少な自然について、裁判長にその目で見て知ってもらうのが目的でした。

 この現地検証では、原告側が風穴、ナキウサギ、植物、クモ、地質などこの地域の特有な自然について、まさに現場で裁判長に訴えたのです。落葉と雪が横から吹き付けてくるような荒天でしたが、現場は支援者の熱気に満ちていました。

 公共事業の裁判で、着手前にこのような現地検証をするのは全国でも初めてのことで、メディアも注目しました。

 「えりもの森裁判」の場合はすでに伐採が行われてしまっているので、着手前の検証ということではありません。原告がこれまで写真や書面などで説明してきたことを、裁判所に現場で確認してもらうことになります。

 現場は皆伐状態になっていますが、受光伐として伐採された木には伐根に印がつけられ、「地ごしらえ」との名目で伐られた木には印がつけられていません。また支障木として伐られた木にもナンバーテープがつけられています。ブルドーザーで破壊されてしまったナキウサギ生息地もあります。それらを裁判所に見てもらい、原告、被告の双方が説明をすることになっています。

 その現場確認の日は10月31日です。森林伐採問題を考えていくうえでも、注目される野外裁判だと思います。

2008年9月17日 (水)

施設と文化

 先日、なにやらものものしい看板を見かけました。

Kanban2 Kanban1 Kanban3  ここは帯広空港の近くにあったグリュック王国というテーマパークの入口です。バブル期に流行りましたよね、テーマパーク。北海道ではほかにもカナディアンワールドというのがありましたが、ともに破綻しました。

 この看板、ちょっとドッキリしますよね。

 空き家になっていた建物に誰かが侵入して住んでいたという噂は聞いていたのですが・・・。看板の文面からすると、学生さんだったようですね。それにしても、「頭上落下物」とか「猛犬に注意」とか「逮捕」とか、すごい文面です。中に猛犬がいるとは思えないのですが…。

 この看板、管理者が設置したようですが、名称とか連絡先が書いてないので管理者が誰なのかも分かりません。

 グリュック王国というのはドイツを模倣したテーマパークですが、なぜ北海道の片田舎でドイツの真似事をしなければならなかったのでしょうか?

 以前、我が家にドイツの青年が泊ったことがあるのですが、その彼もグリュック王国なるものの存在にたまげていました。あまりにも馬鹿馬鹿しいと。そうですよね。もしドイツに日本のテーマパークがあって、日本的な建物が並び、着物を着た日本人が日本の食品とか伝統的な品物を売っていたなら…。想像しただけでもぞっとします。

 グリュック王国ができたとき、こんなところにテーマパークをつくっていったい何年もつものか…と思ったものです。北海道のような人口が希薄なところでは、地元住民は高額な入場料のかかるテーマパークなどには何回も行きません。

Guryukkuenkei  帯広空港の利用者数とて知れています。そう長く続かないことは目に見えていました。そして、もちろんバブルの崩壊とともに破綻しました。今は観覧車と、屋根の一部にブルーシートがかけられた建物が、畑の中に夢の跡のように佇んでいます。

 つまらない施設が破綻するのは当然としても、日本は文化施設を大事にしない国ですね。美術館、博物館などの文化施設もどんどん入場者が減っていて、どこも運営が大変なようです。でも、文化施設とはもともと儲けを目的にしたものではありません。こういう施設こそ国や自治体が責任をもってしっかり運営して欲しいものです。  

2008年9月16日 (火)

広告と新聞社の責任

 共同出版商法と新聞広告の問題はやはり重要だと思うので、投稿しました。

悪質商法の広告を掲載している新聞社に責任はないのか?

 とりわけ文芸社の広告を頻繁に掲載している毎日新聞の回答は、メディアとして信じがたいほど無責任だと思うのですが…。

本もついにここまで…

 小田光雄さんの「出版状況クロニクル」が更新されましたが、例の文芸社の血液型本についての感想が書かれています。

出版状況クロニクル4(2008年7月28日~8月25日)

 一部をちょっと引用させていただくと

  「…まさにブログ本のような造りで、内容は本にふさわしくなく、上製のパンフレットの感がある。著者名はJamais Jamaisと表記されているが、正体は不明だ。郊外化とは均一的なジャンク化を伴って進行するというのが私見だが、本もついにここまできてしまったのかと思う。すでにリテラシーが解体されてしまったことをこれらのベストセラー化は告げているのだろう。…」

 私も書店で平積みになっているこの本を手にとってめくったことがありますが、ほぼ同感ですね。版元が違う出版社であっても、とうてい買う気にはなれない本でした。なぜこのようなタイプの本がベストセラーになるのかと思うと、不思議で仕方ありません。

 もっとも版元にとっては、本の内容にはこだわりはないのではないのでしょうか。要するに売れればいいのです。会社の宣伝になりますからね。素人の書いた本でもベストセラーになることがあると。

 でも、「本もついにここまできてしまったのか」と実感させられるレベルの本が、ベストセラーとして新聞やテレビで盛んに宣伝されているのを見ると、なんだか出版社のレベルというか、この国のリテラシーのなさを宣伝しているようで、見ている側が恥ずかしくなってきます。

 大手商業出版社であれば、まず出版しない本では…。

2008年9月15日 (月)

川辺川ダムとイツキメナシナミハグモ

 クモの愛好者にとって、川辺川ダムといえばイツキメナシナミハグモです。

 このクモは熊本県五木村の川辺川流域に開口している九折瀬(つづらせ)洞という鍾乳洞にのみ生息しているクモで、1998年に新種として記載されました。洞穴性のために目が退化していてメナシという名がつけられています。

 環境省のレッドリストで絶滅危惧1類に指定されていますが、日本のクモで絶滅危惧1類に指定されているのはこのクモだけです。

 なぜ絶滅危惧1類かというと、川辺川ダムが建設された場合、九折瀬洞にすむ生物の生存が危ぶまれるからなのです。

 九折瀬洞は入口から奥に向かって高くなっているのですが、満水時には洞穴の半ばまで水が入ることになります。九折瀬洞には昆虫やクモ、多足類などの無脊椎動物が生息していますが、ダムができると動物たちの生息できる面積が小さくなってしまいます。

 問題はそれだけではありません。満水時には洞穴の入口が完全に水没してしまうのです。すると、九折瀬洞に生息しているコウモリが出入りできなくなってしまいます。植物が生育していない洞穴内では、コウモリの糞は無脊椎動物にとって重要な栄養源となっており、洞穴の生態系になくてはならないものなのです。コウモリが自由に出入りできなくなれば、洞穴に棲む動物たちは危機的な状況にさらされる可能性があります。

 九折瀬洞には、ほかにもツヅラセメクラチビゴミムシ(絶滅危惧1類)のほか、固有種と思われる無脊椎動物が生息していて、非常に貴重な洞窟なのです。

 このように書くと、一つの洞穴に棲む生物が絶滅したところで何も影響などないと考える人がいることでしょう。でも、本当にそのように考えていいのでしょうか?

 地球上の多様な生物は、気の遠くなるような歴史の中で種分化によって生まれてきました。絶滅してしまった種もたくさんあるはずですが、現存している種は生態系の一員として意味ある存在のはずです。一つひとつの種は、そうした進化の歴史の重みを背負って生きているのです。

 その重みを背負った多様な生物が複雑に絡み合って生態系が保たれています。たとえ目に見えないような小さな生き物でも、生態系のなかで非常に大きな役割を果たしていることもあります。

 櫛の歯が1、2本欠けただけであればさほど影響がなくても、半分も欠けてしまったらもはや櫛の役目を果たさなくなります。なんだかおかしいと気付いたときには、すでに手遅れということになりかねません。だからこそ生物多様性の保全が求められているのです。

 森林伐採や開発行為など、人間のエゴによって多くの種が絶滅に追いやられていますが、多少の種の絶滅など人間には「関係ない」とか「影響ない」などと思い込んでしまうことこそ危険です。そうした傲慢さは、いつか私たち自身に跳ね返ってくることでしょう。

 生物の視点から見ても、「川辺川ダムはいらない」のです。  

2008年9月13日 (土)

滑稽な嫌がらせ

 「光市事件とは何だったのか?」という記事を書いたところ、案の定、批判的なコメントが入りました。この事件に関しては弁護団を批判する人たちが大勢いますから。

 それにしても、反応が早いなと思いましたし、最近は意図的に批判的なコメントを書いて私を疲弊させようとしている人もいるようですので、念のためIPアドレスを調べてみました。

 すると、9月111105の「マユリ」さんと「無名Y」さんは同じIPアドレスでした。そして、このIPアドレス、実は過去にもコメントをしてきています。

 私が1月22日に書いた「新風舎批判と黒い影」という記事に「山猫大納言」という方がコメントしているのですが、この方のIPアドレスとも一致するのです。一人三役です。

 「山猫大納言」氏のコメントを以下に再掲しましょう。

 「事実関係を知れば考えが変わるでしょう。松崎氏は詐欺師です。文芸社は問題はあっても事業としての要件は満たしている。近く真実があきらかになるでしょう。」

 新風舎を詐欺だと批判し、文芸社を正当化する内容ですね。さらに「近く真実があきらかになるでしょう」とかなり意味深です。松崎氏は詐欺で逮捕されたわけではありませんし、裁判で敗訴したわけでもありません。私には、この「真実」とは文芸社が新風舎を買い取るという意味のように感じられてしまうのですが…。もしそうだと仮定したなら、事業譲渡はまさに仕組まれていた(日刊サイゾーの記事参照)ことになりますし、コメントの主はそれをほのめかしたとも受けとれます。

 以上のようなことから、一人で何役もやっている「無名Y」氏は、文芸社と関りをもっている人物である可能性が高いと推測されます。

 そして、同一人物が「光市事件」という話題性のある記事を利用して、嫌がらせを目的にコメントをしてきたのではないでしょうか。

 これまでの一連の不審に満ちたコメントは、私のブログを利用して嫌がらせをしようとしている人たちが絶えないことを意味します。

 ここまでやると、「呆れ果てる」を通り越して「滑稽」にすら思えてきます。

 バカバカしい嫌がらせも、いい加減になさったらどうでしょうか?

 私への嫌がらせについては、以下の記事も参考にしてください。

「怪電話 サラ金、それとも?」

この記事へのコメント 「com080913.doc」をダウンロード  

2008年9月12日 (金)

川辺川ダムはいらない

 昨日、熊本県の蒲島知事が川辺川ダムの反対の意思表示をし、白紙撤回を求めました。

 ダムが計画されたのが1966年。昨年には農民が起こした利水訴訟で国が敗訴し、農水省が利水事業からの撤退を表明しました。さらに電源開発も撤退を表明し、当初の多目的ダムは治水しか目的がなくなっていたのです。

 その治水に対して知事が「ダムによらない治水」を選択したことは、高く評価されます。これまで無駄なダム建設を止めさせようと闘ってきた地元の人々の行動と思いが通じたのでしょう。

 私の手元に「川辺川ダムはいらん!」(川辺川ダム問題ブックレット編集委員会編、花伝社)というブックレットがあります。ここに川辺川ダムの問題点と地域住民の考えた治水対策が紹介されています。

 40年以上も前のダム計画が頓挫している背景には、こうした住民の声をきちんと受け止めることなしに事業を強行しようとしてきた国の姿勢があります。声を上げ続けてきた住民の意見、国民の意見こそ尊重されるべきでしょう。何と言っても国民の税金が使われるのですから。

 総事業費が3千億円を超えるといわれ、無駄な公共事業として批判を浴びてきた川辺川ダムですが、今回の知事の決断によって国は見直しをせざるを得なくなったといえるでしょう。

 もっとも知事が反対を表明したところで、法的な拘束力があるわけではありません。今後の国の判断を注視していかねばなりませんね。

 日本でダム建設を止めさせるのは容易なことではありません。北海道でも当別ダム、サンルダム、平取ダムなどが無駄な公共事業であるとして反対の声が上がっています。ところが高橋はるみ知事は、当別ダムの本体工事の入札で、指名停止業者を参加させるという驚くべき判断をして批判を浴びました。

 高橋知事は、いまだにダム建設に意欲的のようですが、無駄な公共事業を見直さないどころか建設を急ぐようでは、道民の信頼は得られなくなるばかりではないでしょうか。

 川辺川ダムについては、以下に紹介されている記事が大変参考になります。

川辺川ダム問題

2008年9月11日 (木)

ヘリキスジノメイガも大発生

Herikisujinomeiga  先月、朱鞠内湖に行ったときのことです。芝生を歩いていると、足元からおびただしい蛾が飛び立ちました。こんなことは初めてです。どうやら大発生しているようでしたが、種名がわからないので写真に撮りました。

 そのあと留萌地方から石狩地方に行ったのですが、同じ蛾をあちこちで見かけました。こんなに多いのだから普通種だろうし、帰ってから図鑑で調べればすぐに分かるだろうとたかをくくっていたのです。

 ところが、愛用している「札幌の昆虫」(木野田君公著、北海道大学出版界)を見ても出ていません。仕方がないので北隆館の分厚い図鑑を取り出したのですが、それでも分かりません。あれだけ沢山いるのに???

 さて、昨日の北海道新聞の夕刊に「幼虫大発生 広がる食害」とのタイトルで、ヘリキスジノメイガが大発生し、幼虫が作物を食い荒らしていることが書かれ、幼虫の写真が掲載されていました。そこで思い出したのが、朱鞠内湖で撮った蛾の写真です。

 ネットでヘリキスジノメイガを調べてみると、やはりこの蛾でした。道内のあちこちで大発生しているようですが、もともと北海道にいたというより大陸から気流に乗ってきた可能性があるようです。オオモンシロチョウもすっかり広がってしまいましたが、これも大陸から渡ってきたといわれています。

 オオモンシロチョウもヘリキスジノメイガも作物の害虫です。害虫退治にまた農薬が使われるのかと思うと、ぞっとしてしまいます。

 今年はマイマイガやクスサンが大発生しています。さらに、蛾のことに詳しい知人に問合せたところ、道南ではブナシャチホコが大発生しているとのこと。マイマイガもブナシャチホコも、昨年は東北地方で大発生していました。

 そういえば、昨年はあちこちのカラマツ林が丸坊主になっていました。カラマツを食害するハバチの仕業だとばかり思い込んでいたのですが、本当のところはどうだったのでしょうか?

 昆虫にはときおり大発生する種がありますが、不思議なことにそのような種は同時に大発生する傾向があるそうです。今年はいろいろな蛾が大発生して多くの卵が産卵されたはずですから、大発生はおそらく数年つづくでしょう。今後、どのように推移していくのか興味深いところです。

2008年9月10日 (水)

光市事件とは何だったのか?

 世の中、マスコミ報道だけでは見えてこないものがいろいろあります。そのひとつが、光市で起きた少年による母子殺人事件。

 この問題については、ジャーナリストの綿井健陽さんが積極的に取材して報道してきました(綿井健陽さんの視点とジャーナリズムの危機参照)が、「光市事件 弁護団は何を立証したのか」(光市事件弁護団編著、インパクト出版)を読んで、マスコミの無責任さと廃退した裁判所の現実をまたも突きつけられた思いでした。

 安田好弘弁護士が、元の最高裁の弁護人の依頼を受けてはじめて少年に会ったとき、彼は開口一番に「実は強姦するつもりはなかったんだ」といい、次ぎに会ったときに「実は殺すつもりもなかった」といったのです。それまで本人が事件をそのまま認めていると聞いていたのに、全く異なる発言が飛び出てきました。そこで、安田弁護士は最高裁に調べなおしをさせて欲しいといったのです。そのためには少なくとも3ヶ月は必要と判断し、弁護の延期を申し出ました。弁護人として当然の判断でしょう。

 ところが、最高裁は決められた日にちに弁論せよといってきました。しかしそれではとても準備ができません。しかもその日は弁護士会の仕事も入っていて物理的にも無理。ところが最高裁は弁護人から事情聴取することすらせず、理由も不明のまま延期の申請を却下したのです。

 弁護人は弁論の前日に最高裁に欠席届けを出しました。それにも関らず最高裁は弁論を強行したのです。そして、最高裁は弁護人が欠席のまま検察官に弁護人を非難する意見を述べさせ、自らも弁護人を非難した。さらに、次回の弁論日程を一方的に決めて弁護人に出頭命令と在廷命令を出し、これに反すると処罰するとしたのです。

 私は弁護士が裁判を欠席したという報道がなされたとき、その理由がよく理解できませんでした。マスコミの報道は実に一方的であり、被告の少年の弁護団ばかりを非難するかのような論調だったと記憶しています。マスコミは検察側からの情報ばかりを流したのですから、当然ですね。

 こうやって、弁護団を非難する構図が最高裁と検察によってつくられたのです。それをそのままマスコミが報道したことで、弁護団へのバッシングが一気に高まりました。

 その後の弁護団バッシングでは、さすがに「これは変だ!」と思いましたが、このような経緯をきちんと報道したマスコミはあったのでしょうか?  この本では、少年に強姦の故意も殺意もなかったことを弁護団が立証してきた経緯が詳細に説明されています。少年に強姦の故意も殺意もなかったのであれば、傷害致死であり法定刑は有期懲役です。しかも、少年は父親から激しい暴力を受け、精神的にも極度に幼い状態にあったのですから、刑事罰ではなく少年院などの保護処置が必要でした。

 しかし、弁護団の真摯な主張は無視され、本来保護が必要な少年が、検察の捏造と責任を放棄した裁判所によって死刑とされてしまったのです。なんと恐るべきことでしょう。この判例が今後の裁判にも影響を与えていくに違いありません。

 この現実に、驚き戸惑い、そしてこの国の腐りきった司法と悪質な検察に気が遠くなってきます。この国の司法はとんでもない方向に進んでいるとしか思えません。ぜひ多くの人に読んで欲しい一冊です。

2008年9月 9日 (火)

森に暮らすザトウムシ

Zatoumusi  夏の終わりから秋にかけて、森の中にでかけるとザトウムシがとてもよく目に付くようになります。子どものころ、脚をもぎとって遊んだという方(主として男性)も多いようですね。もぎ取られた脚が動くのです。

 長い脚が8本あるので、一見クモのように見えます。そのせいか、クモと間違えている方も少なくありません。昆虫マニアの方でも、クモだと思ってクモの標本と一緒に送ってくることがあるのですから、一般の方がクモと間違えるのも仕方ありませんね。

 ザトウムシは、クモと同じクモ形綱に分類されていますが、クモとはそれほど近い類縁関係にあるわけではありません。

 クモの場合は体が頭胸部と腹部に分かれていますが、ザトウムシの場合はくびれがなくてずん胴ですから、よく見れば簡単に区別できます。それに、クモではお尻の先から糸を出しますが、ザトウムシは糸を出しません。

 ザトウムシは森の中の落葉の下(リター層)を生活の基盤としているのですが、大型になる種では成長すると木の幹や草の上を歩きまわるのです。北海道に生息するものの多くは夏の終わりから秋にかけて成体になるので、今頃の季節はとてもよく目に付くようになります。私などは、ザトウムシが目に付くようになると、「ああ、もう秋だなあ」と思ってしまいます。

 基本的には肉食で、節足動物やその新鮮な死体などを食べています。乾燥にとても弱いために、森の中でひっそりと暮らしているのです。そして、移動性が小さいために、地理的変異が大きい動物です。

 今の子どもたちは、ザトウムシの脚をもぎとるなどという遊びはしなくなってしまったのでしょうか? そんなことをしたら残酷だといって非難されるのでしょうか? それとも、虫には触れないとか…。

 外で虫取りをする子どもたちの姿をめっきり見かけなくなりました。子どもたちの周辺から、森や小さな生き物たちが遠ざかっているようです。いえいえ、大人が遠ざけてしまっているのかもしれませんね。

2008年9月 8日 (月)

里山とナラ枯れ

 北海道では話題になっていないのですが、本州の里山ではコナラやミズナラ、クリなどが枯れてしまう「ナラ枯れ」が大きな問題になっています。

 「自然と人間」9月号に花鳥賊康繁氏が、ナラ枯れ問題とその防除実験について書いていますので、簡単に紹介しましょう。

 「ナラ枯れ」とは、カシノナガキクイムシ(略称カシナガ)というキクイムシが「ナラ菌」を運ぶことによって引き起こされます。カシナガは、背中にカビや胞子を繁殖させる器官をもっていてそこでナラ菌を繁殖させます。ナラ菌はカシナガによってナラの木に運んでもらいますが、カシナガはナラ菌がつくりだす酵母を餌にしており、双方は共生関係にあります。

 カシナガは交尾や産卵のために健全なナラの木に穴を開けて侵入します。するとナラ菌が大繁殖して導管が目詰まりし、ナラの木を枯死させるのです。羽化したカシナガは集合フェロモンを出して仲間を呼び寄せます。またカシナガの開けた穴からもカイロモンという匂い物質が出て、これもカシナガを呼び寄せます。こうして、マスアタックとよばれる樹木への集中的な加害が起こるのです。

 このカシナガは、最近になって日本に入ってきた外来種ではありません。それにも関らず、なぜ最近になってナラ枯れの被害が問題になってきたのでしょうか?

 花鳥賊氏の説明によると、カシナガは樹齢50年以上の大径木を好んで侵入するそうです。里山が薪炭林として利用されていた頃は、大径木になる前に伐採されていました。ところが里山に人手が加わらなくなって放置された結果、成熟したナラの森林が増加し、ナラ枯れの被害が拡大していると考えられています。

 そこで、考えだされたのがカシナガの出す集合フェロモンを利用した防除法です。カシナガをおびき寄せる区域を設定して、ナラの木に殺菌剤を注入しておき、人工的に合成した集合フェロモンをそこにぶら下げてカシナガをおびき寄せ防除するというものです。まだ実験結果は出ていないようですが、注目されているとのこと。

 この防除法で気になることがあります。ひとつは、人工的につくった集合フェロモンを自然の中で使用するということ。これは人為的に生態系を撹乱することにつながります。また、殺菌剤という薬剤を用いるということも気がかりです。あとで伐採処理するのでしょうけれど、やはり安易に薬剤を使うことには疑問が生じます。

 「虫の大発生をもたらすもの」でも触れましたが、害虫の大発生と人による森林の改変には大きな関係があります。これまで細々と生きてきたカシナガが大発生するようになった要因をつくったのは人間です。不自然な樹齢構成になってしまった里山を、本来の天然林に戻していくような対策こそ望まれます。

 里山の多くが民有林であるという難しさが伴いますが、国が取り組むべき問題でもあるのではないでしょうか。

2008年9月 6日 (土)

情けない大出版社

 オリコン烏賀陽訴訟、どう考えてもオリコンが言論封じのために起こした裁判です。にもかかわらず東京地裁は4月に烏賀陽弘道さんの敗訴というとんでもない判決を出しました。こんな恫喝訴訟と呆れかえる判決に、黙っていられない人たちもたくさんいます。

 言論の自由、表現の自由に危機感を感じた出版社の人たちも行動を起こしました。以下のJANJANの記事をお読みください。

出版133社代表がオリコン訴訟の公正な審理を求め共同声明 

 出版社がこのような意思表示をすることは、異例のことといえます。今回のような状況に、言論機関である出版社もいよいよ危機感を強めているということでしょう。

 ところで、Shuppan NEWS blogの出版年鑑2008によると、日本の出版社の数は4055社だそうです。このうち、共同声明に名を連ねたのは133社。つまり、表現の自由の危機に対して意思表示した出版社はたった3.3パーセントなんですね。そして、JANJANの記事に掲載されている、共同声明に名を連ねた出版社の名前を見ていくと、ほとんどが中小または零細出版社ではないかと思われます。

 日本の大手出版社はいったいどうしてしまったのでしょうか? オリコンを非難するような立場にはなりたくないのでしょうか? 情けない限りではありませんか。しかし、これが日本の出版業界の現状なのかもしれません。

 今回の出版社の行動は、以下の記事にもあるように、今年3月に出版社57社の代表が「オリコン訴訟を危惧する声明」を発表し、それが発展したものです。

オリコン訴訟、東京高裁での公正な審理を求める出版130社 

 オリコン烏賀陽訴訟は、出版業界にとっても看過できない問題のはずです。3月には57社であった声明賛同者が、今回は133社に増えました。今後も多くの出版社が積極的に意思表示してほしいと思います。

2008年9月 4日 (木)

怪電話 サラ金、それとも?

 昨日、不審な電話が相次いでありました。

 藤原と名乗る人物が大学のOB会役員だといって、秋に東京で予定しているOB会に出られないかと尋ね、ついでに職業などを聞いてきました。また職場に知人だといって、やはり藤原と名乗る人物から役職や年収を問い合わせる電話がありました。まったく知らない人物なんです。この藤原さん。

 突然電話してきて大学のOBだとか、役職とか年収とは何のこっちゃ? 何だか個人情報を収集、というか確認しているみたいです。サラ金業者が私の関係者を装って身元調査でもしているのかいな? 悪質な出版業者が「お金を貸すから、ブログを自費出版したら」と言い寄ってくるとか? それとも認知症であちこちに訳のわからない電話をしている人とか、はたまたストーカーとか?

 あまりにも不審な電話なのでちょいと弁護士に電話してみると「もしかしたらB社の関係者じゃないの?」「年収を聞きだして提訴に応じる相手かどうか探っているのかも」「批判者への脅しかな? 松田さんの性格わかってないみたいだね。もし法的手段に訴えるなんていってきたら・・・・・・(これは内緒)」ですって。あっ、そうか! それなら合点がいきます。

 B社に関る最近の一連の記事、たとえば「アホらしい主張」「魑魅魍魎の共同出版批判者」「著者だけの責任?」「共同出版のビジネスモデルは未完成?」なんかは、ちょっとB社を刺激しすぎちゃったでしょうか?

 でも、これらの記事がどのような理由で書かれることになったのかは、ブログを読んでくださっている皆さんはお分かりですよね? 書かせるきっかけをつくった人がいたんですもの。黙っていりゃあ、これらの記事は書かなかったんです。

 それに、「著作者保護制度で思い出した名誉毀損裁判」とか「不可解なメール」、「オーマイニュースの衣替え?」などの記事も、もしかしたらB社のお気に障ったかしらん・・・。

 弁護士によると、意図的に不安を与えて精神的に追い詰めたり、疲弊させるというのは批判者潰しにはよくある手法だそうです。それに、「法的手段に訴える」とちらつかせると、日本人の多くは萎縮しておとなしくなってしまうそうな。

 このブログは日ごろ疑問に感じていることを中心に綴っています。私に疑問を抱かせるようなことをしたなら、それがブログの記事になることくらい読者の皆さんだったらわかっていると思うんですけどねぇ。藤原さん、このブログの愛読者なんでしょ?

そういえば、数日前のことですが、このブログの「オーナーにメッセージ」を利用して、藤原と名乗る人物から不思議なメールが届きました。自宅の2階の部屋で見つけたクモの名前を教えてほしいというのです。色や形がとても特徴的なクモでしたからすぐに種名を教えましたが、お礼のメールでは私にクモの著書があるかどうかを聞いてきました。

 実をいうと、名前を尋ねられたクモはふつう家の中に入ってくるようなクモじゃあないんですよね。しかも、クモの名前を知ることが目的だったはずなのに、webで私の名前を検索して某大学の先生と勘違いし「著書はないか」と聞いたのだそうです。その某先生と私が無関係であることくらい、ブログのプロフィールを読めば想像ができそうなものです。なんだかこの藤原さんも身元調査をしているようではありませんか。

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NHKは中国に責任転嫁?

 昨日の北海道新聞(夕刊)に、「ナキウサギ番組『疑問』」とのタイトルの記事が掲載されていました。

 チベット高原に生息するクチグロナキウサギが大発生すると、日本に猛暑をもたらすと放送した「ちょっと変だぞ日本の自然3 風が吹けば○○が・・・大変だスペシャル」というNHKの番組について、「ナキウサギふぁんくらぶ」が、虚偽または非科学的な内容でナキウサギが不当に悪者扱いされたとしてNHKの放送倫理・番組向上機構(BPO)に抗議して訂正を求めたそうです。ところが、NHK側は訂正に応じない方針とのこと。

 この番組については私も「やっぱりNHKは・・・」で取り上げました。

 新聞記事によると、「ナキウサギふぁんくらぶ」と共同で意見書を出したナキウサギの研究者である川道武男氏(元大阪市立大助教授)は、クチグロナキウサギのつがい形成時期は草丈が伸びる前の雪融け直後であり、雌雄は地下トンネルの中で頻繁に出会うこと、鳴き声で自分の存在を知らせることを指摘し、草丈の変化による大発生説は荒唐無稽だとしています。

 これに対してNHKは、「西北高原生物研究所は草丈を高くすると、ナキウサギが減るという実験結果を得ている。生息密度が十年で倍増したデータもあり、同研究所は『大発生と言える状況が続いている』と結論づけている」として反論しているそうです。

 NHKはその研究データを入手してきちんと検証したのでしょうか? 川道氏の指摘をどのように受け止めているのでしょうか? 新聞記事ではそれについての説明がありません。中国の説明を鵜呑みにしてそのように主張しているのであれば、「中国がそういっているのだから、NHKには責任がない」と中国に全面的に責任転嫁していることになります。

 報道機関は番組を制作するにあたって、必要に応じて専門家の意見を聞き、誤りのない番組をつくるよう心がけるのが常識です。何しろ大勢の人が見て信じてしまうのですから。もし不適切な報道をしてしまったなら、きちんと検証して訂正するのが報道機関のあるべき姿勢でしょう。

 NHKの姿勢は無責任だと思えて仕方ありません。

2008年9月 2日 (火)

共同出版のビジネスモデルは未完成?

 「魑魅魍魎の共同出版批判者」のコメントで、柴田晴廣氏が「共同出版といわれるビジネスモデル、これに対しての私の見解は、以前からいっているように、完成したものではなく、未だ模索状態が続いていると思っております」と、とても不思議な発言をしています。そこで、共同出版のビジネスモデルなるものについて考えてみましょう。

 問題とされている共同出版の手法が近代文藝社に端を発していることは、「著者だけの責任?」のコメントでも触れました。さて、それにつづいて似たような商行為を拡大していったのは文芸社や新風舎、碧天舎などでした。

 企画出版・共同出版(協力出版など呼称はさまざま)・自費出版という3種の出版形態を掲げ、アマチュアの著者から大々的に原稿の募集をはじめたのです。企画出版は商業出版のことですし、自費出版は著者の本の制作を請負う制作サービスですから説明の必要はないでしょう。問題となるのは共同出版です。

 そももそも共同出版の触れ込みは、商業出版では採算はとれないが、販売する価値のある作品については、費用の一部を著者に負担してもらい出版社の商品として出版するというものでした。そこで出版社は商業出版の契約書のひな型を利用したのです。要するに、出版社も費用・リスクを負う商業出版の一形態なのです。このこと自体はとりたてて問題があるとは思いません。しかし、問題はその実態でした。

 そもそもアマチュアの書いた本の大半はほとんど売れないというのが現実ですから、アマチュアの本を出版するのであれば、大半は販売を前提としない自費出版にならざるを得ません。そして販売収益によって採算がとれる見込みのある一部の作品にしか商業出版や共同出版は提案できないのです。著者も、当然ながら共同出版に選ばれたのなら自費出版よりレベルが高いと評価されたと受けとめます。

 ところが、実際には大半の作品を高く評価して共同出版を提案していたわけです。販売しない自費出版を行っていたのかどうかも定かではありません。かつて文芸社では、審査委員会があってあたかもすべての作品を厳正に審査して出版形態を選定していたかのように振る舞っていましたが、それも元スタッフの告発から虚偽であることがわかりました。かつての文芸社の新聞広告には3種の出版形態が示され、審査のうえ出版形態を提案すると書かれていましたが、今は販売しない自費出版は提案していないようです。

 そして費用の一部を負担してもらうなどということも虚偽であり、著者に請求していた費用には出版社の利益が加算されていたということです。これが私の言っている水増し請求です。出版社が本当に費用の一部を負担しているのなら著者は出版社の顧客にはなり得ません。ところが実際には顧客にされていたのです。

 このような手法が批判を浴びた共同出版の実態といえます。まさに著者を錯誤させて水増し請求をしていたといえます。詐欺的商法以外の何者でもないでしょう。

 新聞に大きな広告を出して共同出版に誘い、こうした手法で会社の規模を大きくしていったのが新風舎や文芸社、碧天舎に代表される共同出版社です。会社の経営規模が大きくなればなるほど多くの著者を獲得しなければなりません。大きくなった出版社が経営を支えるためには目立つ広告やコンテストなどによる著者集めの戦略がどうしても必要になります。

 しかし、新聞広告には莫大な費用がかかるために、著者の負担額を増大させたり本の質を低下させることになります。巨額な広告費用とて、著者がかなりの部分を負担しているといえるのです。

 企画出版やコンテストを掲げて著者の心をくすぐり、売れそうにないレベルやジャンルの作品にまで共同出版を誘う。そして電子出版だのオプションの広告だのと言っては次々と著者にお金を出させようとする出版形態といえるでしょう。

 これが大手2社もが倒産した共同出版のビジネスモデルです。商業出版と自費出版を混同させ、著者を錯誤させて不当な費用を請求する騙しのモデルともいうべきものです。

 ところが私がインターネット新聞JANJANで水増し請求を指摘すると、費用の分担を曖昧にするようになりました。かつての文芸社の新聞広告には「著者と当社が協力して費用負担」と書かれていましたが、今はそのような記述はなくなりました。しかし、たとえすべての出版費用を著者に負担してもらうということであっても、著者から利益を得ていいということにはなりません。原稿募集の新聞広告などの営業費は契約書籍とは無関係のものですから、著者に負担させるのはおかしいのです(ただし、請負契約の場合はこの限りではありません)。

 さらに、文芸社も新風舎も協力出版とか共同出版という呼称をやめて、自費出版の一形態であるかのように振る舞いはじめました。著者の本をつくり、販売を請負うサービスの契約ではないのに、サービスの契約(委託契約)であるかのように振る舞うようになったのです。これとて著者の錯誤を誘っているといえるでしょう。このように修正を加えてきたのは、万一提訴されても負けないようにするためではないでしょうか?

 共同出版というビジネスモデルが「完成したものではない、未だ模索状態が続いている」というのはどういう意味なのでしょうか? こうした経緯を見ている限り、騙しを巧妙化させ、提訴されても負けることのないよう法的により強固なものにしていくという以外に「模索状態」などということは考えられません。

 また、当初の触れ込みどおりに「出版社の出版事業に、著者が費用の一部を出資して協力する」という出版形態であれば、商業出版の一形態であり、特別なビジネスモデルでも何でもありません。

 出版社があくまでも著者を顧客とし、著者から利益を得たいと思うのであれば、共同出版とか印税タイプなどという形態はやめて純粋な自費出版のみにすべきでしょう。すなわち制作請負契約にして著者に所有権のある本をつくり、販売サービスを付加する場合は著者には印税ではなく売上金を支払うべきです。ただし、レベルの低い作品や販売の難しいジャンルの作品にまで販売を前提とした出版形態を勧めるべきではありません。売れそうにないような本にまで大部数を提案するのであれば、著者をもてあそんでいるに等しいといえるでしょう。

 また法外な費用だと批判されたくないのなら、会社の規模を縮小し、広告にお金をかけて著者を集めることは慎むべきです。

 柴田氏は、私が「文芸社にとって有用な情報を流しすぎている」と感じているとのことですが、事実を伝えていくことに何の問題があるのでしょうか? 事実を伝えることによって、出版社がより巧みになっていくのであれば、それもまた事実として伝えるしかありません。

 人を騙そうとする人は策略を考える必要があるのでしょうけれど、おかしなことをおかしいと言って是正を求めることに策略など必要ありません。

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2008年9月 1日 (月)

美談にしてはいけない、えりも岬の緑化事業

 昨日はえりも岬の北にある百人浜にイソコモリグモの調査に行ってきました。えりもは風が強いことで有名ですが、百人浜は強風が吹きすさび、飛んできた砂が顔にバチバチと当って歩くのも大変。イソコモリグモの調査であちこちの海岸に行きましたが、こんな風が強いところも初めてでした。

Erimoryokka  えりも岬といえば、国有林の緑化事業があちこちで紹介されています。この話を聞くたびに、「いいとこだけを紹介して美談にしているなあ・・・」とついつい思ってしまいます。この写真が、緑化を行っている現場です。

 百人浜にはこの緑化事業のための管理棟がありますが、そこには以下のように説明されていました。

 えりもの海岸にはかつてカシワ、ミズナラ、ハルニレなどの広葉樹の原生林が広がっていたが、明治以降人口が増加し、燃料として森林を伐採した。これによって海岸一帯は砂漠化し、飛砂は沖合い10キロメートルにまで及ぶようになり海は黄色く濁って魚が減少。昆布も採れなくなり、強風によって家の中にまで砂が入り込むようになった。

 そこで、浦河営林署(当時)や地元の人々が昭和28年から緑化を手がけてきた。はじめのうちは草本緑化を行い、その後クロマツの植栽と防風柵の設置により森林が蘇った。魚が戻り、昆布も採れるようになった。平成12年までに192ヘクタールを緑化し、13億8千万円を投じた。

 この緑化事業により、百人浜からえりも岬につづく道道34号の沿線は、クロマツの森林に覆われています。しかし、えりもにはもともとクロマツは生育していなかったのです。外来種であるクロマツが延々と続く光景は、不自然そのものといえます。そして、今でもクロマツによる植林を広げているようです。

 本州ではクロマツは海岸での砂防林に広く用いられてきました。海岸砂防林に適しているとの理由で、えりもの緑化にそのまま取り入れられたのですが、今から見るとそれは決して適切ではありませんでした。森林の復元を図るのであれば、外来種を用いるのではなくそこにもともと生育していた樹種を用いるべきだったのです。

 生物多様性の観点からも単一の外来種による森づくりは不適切です。当時は自然復元とか生物多様性などといった考え方がありませんでしたから、クロマツを導入したのは仕方ない側面もありますが、安易なやり方だったといえるでしょう。

 最近では本来の森林に近づけるべく、混みあったクロマツの一部を伐採してカシワを植えているところもありますが、なにもお金をかけてクロマツ林をつくってからカシワ林に転換していく必要などありません。はじめからそこに生育していた樹種による緑化を行えば二度手間をかける必要はありません。

 また、えりもに限らず、厳しい環境条件のところで伐採をしたら、元の森林に戻すためには大変な時間と労力、お金がかかるのです。このようなところは安易に手をつけてはいけないということです。

 ところが、えりもの緑化事業についての解説では、このような反省が欠落しているのです。こうした反省なしにえりもの緑化事業を語ったのなら、単なる美談にすぎません。どんな問題点があり、今後はどうすべきかをしっかり見つめなければ、同じことを繰り返すだけではないでしょうか。そして林野庁は同じような過ち、すなわち「手をつけてはいけない森の伐採」を今でもやっているのです。

 あっ、イソコモリですか? いましたいました。えりもでは初記録です。

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