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2008年7月

2008年7月31日 (木)

露出度の高い文芸社

 私は日ごろテレビをほとんど見ないのですが、先日ある人から「テレビで文芸社の本のコマーシャルをやっていたよ」との知らせを受けました。その人曰く「本のテレビコマーシャルなんて初めて見た」とも。例の血液型の本、今度はO型が出版されるようですね。

 そこでどこの放送局かを聞いてみると、案の定、テレビ朝日系のHTB(北海道テレビ)でした。文芸社では協力出版(流通出版)で出版された本の中から毎年1作品を選び、テレビドラマ化してお正月に放映していますが、その放送局がテレビ朝日なのです。以前、そのテレビドラマをちらっと見て、文芸社のコマーシャルが流れているのにはたまげました。

 あっ、別に本や出版社のテレビコマーシャルが悪いというわけではないのですよ。でも、本がテレビコマーシャルの対象になることなどほとんどないといっていいでしょう。テレビコマーシャルにどの位の費用がかかるのか知りませんが、出版不況のなかではたとえ大出版社とてテレビで本のコマーシャルなどできないのが実情なのではないでしょうか。

 ところが文芸社はそれができるということです。文芸社の場合、基本的には著者に出版費用を出してもらう出版形態をとっているのですから、ベストセラーが出ればその売上金は純益につながり、自社のアピールのための広告費に回せるのでしょう。著者から費用を出してもらった本がヒットしたなら、「打ち出の小槌」のようなものです。

 でも一般の商業出版社の場合は、ベストセラーの売上収益は他の赤字の本の制作費や会社の運営費などに回されてしまいます。文芸社は、今は血液型本がヒットしたのでかなり余裕があるのかもしれませんが、それにしてもかねてから新風舎とならんで批判されてきた共同出版社がテレビコマーシャルにまで登場するというのは・・・。

 出版不況などどこ吹く風ということなのでしょうか。もっともベストセラーなどというのはパタリと売れなくなることもあるものです。

 新聞や雑誌の広告にテレビと、メディアの露出度の高い文芸社ですが、メディアに露出する前に、疑問や批判に対して真摯な態度を示して欲しいものです。

 昨日の「新文化」によると、草思社の新役員が決まったそうで、新しい代表取締役社長は文芸社の取締役販売部長の古内敏章氏、専務取締役も同じく文芸社第1,2編集部長の若林孝文氏とのこと。文芸社から出資をうけ、代表者も交代した草思社は、もはや今までの独自性が保てるとは思えないのですが。

学術学会とIPCC

 7月29日の北海道新聞夕刊に、「CO2増は原因でなく結果」という地球温暖化の二酸化炭素説に懐疑的な福田正巳氏(アラスカ大国際北方圏研究センター教授)の見解が掲載されていました。

 懐疑論については、「温暖化論への異論は信用できるのか?」や「温暖化懐疑論と反論」ですでに書きましたし、これ以上ここで言及するつもりはありません。しかし、この記事を読んで以下の記述がとても気になりました。

 「そもそもIPCCは政府間の組織で、参加している研究者はいわばボランティアであって、学術研究連合や国際学会とは性格が全く異なる。またIPCCは独自の調査研究は実施せず、既存の研究成果に基づいて合意を形成し、報告書を作成したことになっている。政策立案者向けに作成された報告書にすぎず、学術論文のように厳密な審査を経たものではない」

 IPCCが政府間の組織であることを強調していますが、それを理由に政治的利用を目的とした組織だといいたいのでしょうか?  研究者がボランティアで参加していることについて指摘していますが、そのことになにか問題があるのでしょうか? ボランティアによる参加と中身の信憑性に関係があるとは思えません。そもそも学術学会も会員からの会費で運営している非営利組織、要するに基本的にボランティアで成り立っている組織です。

 またこの記述では、学術論文は厳密な審査を経ているから信憑性があるとも受け取れますが、本当にそうでしょうか? 学会誌の場合、通常はレフェリー制をとっていて数人のレフェリーによる査読が行われます。つまり数人の研究者個人の判断によって採否が決められてしまうともいえます。レフェリーの見解に反する論文が投稿された場合、個人的な判断で掲載されないということもありうるのです。学会誌は、恣意的に不採用にされる可能性もあります。

 ちなみに、IPCCの第4次報告書は130ヶ国以上の450名を超える研究者が執筆し、800名を超える執筆協力者が寄稿し、2500名以上の査読を経ているとされています。

 この記事が掲載される一週間ほど前の21日の北海道新聞に、「温暖化懐疑論の『品格』」というタイトルで、論説委員の堀野収氏の意見が掲載されていました。堀野氏は「懐疑論には首をひねる向きが多い」として、「現象の一部を切り取り、部分的な因果関係を頼りに全体を論じ、温暖化否定に結びつけるような論法が目立つからだろう」と書いています。また「学者と称する人が評論家的な言動に終始するのも品性を疑いたくなる」とも。

 私も、それに関しては基本的に同感です。さまざまな立場の研究者が研究成果を示して議論することに異論はありませんが、上述した福田氏のように学術学会を持ち出してIPCCと対比させたり、政府間の組織であることをことさら強調するような論調には、疑問を感じざるをえません。科学者が自分の専門分野から離れた評論家的な発言をするのであれば、少なくともその根拠を明確に示す必要があるのではないでしょうか。

2008年7月30日 (水)

蜜を吸うヒロオビトンボエダシャク

 シナノキはミツバチの蜜源になっていてシナ蜜として販売されていますが、蜜を多く出す樹木です。我が家の庭には近縁種のオオバボダイジュがありますが、同様に蜜を多く出すようで、花の時期にはハチやアブなどいろいろな昆虫が訪れています。

 花が多い年には、木の下にいるとブンブンと羽音が聞こえてくるくらいマルハナバチが来ていたこともあります。何日か前のことなのですが、ハチに混じって翅がまだら模様をした蛾が何頭も吸蜜に来ているのに気付きました。

Hiroobitonnboedasyaku  双眼鏡で見ると腹部がとても長い蛾です。そこで、クモ採集用の竿が伸縮する特大捕虫網で捕獲してみました。子どものころからそうなのですが、気になるとすぐに捕まえて調べたくなる習性があります。

 北隆館の図館を持ち出して調べてみたところ、ヒロオビトンボエダシャクのようです。名前の由来はトンボのような長い腹部にあるのでしょう。よく似た種類にトンボエダシャクがありますが、区別はちょっと難しそうです。専門のクモでさえ時として同定を誤ることがありますから、専門外の者にとっては種数の多い蛾などはなおさら難しいですね。

 このヒロオビトンボエダシャクは、昼間も活発に行動する昼行性の蛾のようです。でも、胴体はトンボ、翅は蝶みたいに見えますよね。手にとってみると蝶のように鱗粉が少ないのですが、飛んでいる様子も明らかに蝶ではなくて蛾です。

 ここ数日、札幌に出かけたり山に調査に行ったりとバタバタしていたのですが、その間にオオバボダイジュの花も終わりに近づいてきました。そしてあっという間に訪花昆虫も減り、ヒロオビトンボエダシャクも姿を消してしまいました。虫たちは次ぎの蜜源を求めて移動してしまったようです。

2008年7月26日 (土)

洞爺丸台風のもたらしたもの

 青函連絡船の洞爺丸などを転覆させ、北海道の森林に壊滅的な被害をもたらしたという洞爺丸台風(1954年の台風15号)は、その後、北海道の森林に大きな影響を与えることになりました。

 「森林復興の奇跡 洞爺丸台風から40年」(よみがえった森林記念事業実行委員会発行、日本林業技術協会北海道事務所制作)という本があります。この本では、洞爺丸台風で受けた風倒被害への取り組みなどを紹介しています。あたかも適切な風倒木処理が行われ、豊かな森林が再生したかのように・・・。

 しかし、中身を読むと驚くべきことが書かれているのです。

 洞爺丸台風による風倒木は、山を覆っていた森林をなぎ倒し景色を一変させるものだったのですが、その風倒木は北海道の年伐採量の約4倍に相当する量だったそうです。そこで、林野庁は風倒木の処理方針をたて、その実行の一部を本庁自らが行うという異例の措置をとったのです。木材価格の混乱を防止するための需給調整措置、虫害発生や山火事発生の防止のための措置などです。このような措置は当然のことのように思えるかもしれませんが、その実態に愕然とさせられました。

 大量の風倒木をどうやって運び出して材として売るか、倒木に発生する害虫の防除をどのようにするのか、ということが課題になったのです。大量の風倒木は林野庁にとっては天から恵まれた財産ともいえるものでしたから、虫害を防ぐとともにその財産を早く運び出すことが至上命令だったといえるでしょう。

 しかし、風で揺すられた風倒木は繊維が切れているために強度などに問題があります。見た目にはわからないのですが、風倒木は建築材には向かない劣化した材なのです。林野庁はこの事実を知っていましたが、それを隠して風倒被害木を売ったのです。

 また、ヤツバキクイムシなどの虫害防止として行ったのは人力およびヘリコプターによる薬剤散布でした。大量の薬剤が空からばら撒かれたのですが、材の中に入り込むキクイムシにはほとんど効果のないものでした。

 カラマツやトドマツなどの単一樹種を植林したところには病害虫が発生し、ヘリから薬剤が散布されました。人工林ではネズミによる食害も発生し、殺鼠剤も散布されました。病害虫や害獣の防除・駆除として天然林に空から大量の薬剤を撒いて環境汚染をしたのです。

 天然林の風倒跡地に針葉樹の苗を植える拡大造林によって、天然林が人工林化していきました。しかし、低地で育てた苗は高標高地の気候に適応できずに枯れたしまったものも多かったそうです。生残っていた稚樹や幼樹によって更新を図ったところの方が、植林したところより成績がよかったといわれています。

 洞爺丸台風以前は、鋸で丸太を伐り出し、馬で運んだり川で流送することが一般的でした。しかし洞爺丸台風を機にチェンソーが普及し、大量の材を運び出すために林道の敷設や大型機械の導入が本格化し、機械化とトラックによる作業が普及したのです。

 大量の風倒木は林野庁にとってはまさに「お金の山」に見えたのでしょう。洞爺丸台風を契機に拡大造林、薬剤散布、林道整備、機械化が進み、国有天然林の破壊に拍車がかかったといえます。そうして天然林から伐る木がなくなりたどり着いた果ては、大赤字の林野財政なのです。

 私たちは、この破壊の歴史を教訓として反省し、かつての原生林を取り戻すような復元を目指さなければならないのではないでしょうか。

 しかし、洞爺丸台風の教訓を生かすどころか、壊滅的といえるようなダメージを与えてしまったのが幌加やタウシュベツの皆伐地なのです(皆伐をめぐる「不都合な真実」参照)。

2008年7月24日 (木)

皆伐をめぐる「不都合な真実」

 大雪山国立公園の幌加とタウシュベツで、台風による風倒木処理を理由に皆伐が行われたことは、新聞やテレビでも報道されました(「皆伐地あれこれ」参照)。風倒木被害といえば1954年に北海道を襲った洞爺丸台風のことが必ずといっていいほど引き合いに出されますが、大雪山国立公園でも場所によっては風景が一変するほどの倒木が発生したという話はよく聞きます。

 どんな状況になったのか写真を見てみたいと思っていたのですが、最近になって洞爺丸台風の被害を受けた森林の写真を見る機会がありました。確かに、山の斜面をなめるように「根返り」や「幹折れ」が発生しており、凄まじさが伝わってきます。風倒木の状況は場所によってかなり違うようですが、層雲峡は特に酷かったそうです。

 しかしよくよく写真を見ると、大半の木が倒れたり折れたりしていても、すべての木が倒れているわけではありません。何とか倒れずに立っている木もあります。稚樹や幼樹のあるところでは、苗木を植えなくても自然に森林が回復したそうで、植えたところより回復が良かったとも聞いています。

Fuutouboku  この写真は風倒被害を受けて収穫調査をしているものの、まだ風倒木を搬出していない現場です(十勝東部森林管理署管内、2007年10月撮影)。ここでも将棋倒しのように木が倒れていますが、すべての木が倒れてしまっているわけではありません。

 では、幌加やタウシュベツの皆伐地はどんな状況だったのでしょうか? 昨年の10月に幌加の皆伐地で森林管理署の職員に説明を受けたとき、「ほぼ一本も残らず倒れた」と説明されたのです。私は内心「ええっ?」と思いました。皆伐地の境界はきれいに線引きされているのですが、倒れたところと倒れなかったところの境界が、こんなふうにきれいに線引きされるなどということはまずあり得ないでしょう。周辺部は倒れなかった木も多かったのではないでしょうか。

 そこで、「写真はあるのですか?」と尋ねと、即座に「写真はない」というのです。風倒木を運び出し販売するというのに、現場の写真も撮っていないなどということは常識では考えられません。誰だって不審に思いますよね。

 ところが今年の6月初旬に再び森林管理署の職員に説明を求めると、今度は「パソコンに写真が入っていた」と説明を一転しました。ただし「場所が特定できる写真ではない」というのです。森林管理署はヘリで被害状況を調べていることもあとで分かったのですが、「ヘリからはビデオしか撮っておらず、それも素人が撮っているために不鮮明で被害範囲がよくわからない」という説明でした。要するに、見せられるような映像はないというわけです。

 洞爺丸台風の風倒木の写真を見て、森林管理署がどうしても写真を見せたくない理由が分かった気がします。かなりの木が倒れたことは想像がつくにしても、「全部倒れた」ということではなかったのではないでしょうか。少なくとも、周辺部の木や稚樹・幼樹はしっかり立っていたことでしょう。立っていた木も伐り、稚樹や幼樹もブルドーザーで潰してしまったのです。だから「不都合な真実」を明らかにしたくないのではないでしょうか。

2008年7月23日 (水)

原生花園と植生

Nonanasyoubu  一昨日は、十勝の海岸にイソちゃん(イソコモリグモ)の調査に行ってきました。頭の中はイソちゃんの調査のことしかなかったのですが、出かけてみるとちょうど原生花園は夏の花たちの季節だったのです。ノハナショウブ、エゾフウロ、ハマナスなどなど野の花たちが咲き競っていて、思いがけぬお花見になりました。

 今の季節はセンダイハギやハマエンドウ、ヒオウギアヤメなどの花は終っていてちょうどノハナショウブの季節。ちょっとシックな赤紫の花が草原に彩りを添えていました。

Hamanasu  北海道では原生花園があちこちにあります。小清水原生花園とかワッカ原生花園、サロベツ原生花園などが有名ですね。原生花園という名前からは自然のままのお花畑を連想させますが、必ずしもそうではありません。小清水原生花園では以前は牛や馬を放牧していたのです。それで家畜の食べない植物が美しい花を咲かせていました。

 しかし、放牧をやめてしまうと外来の牧草などが繁茂したり枯れ草が堆積し、きれいな花を咲かせる植物が衰退してしまうのです。小清水原生花園では原生花園らしい光景を取り戻すために放牧をしたり火入れ(野焼き)をしたりしています。これについては以下のサイトに説明されています。原生ではない原生花園なのです。

http://www.dosanko.co.jp/koshimizu/guide/digimail/symposium/document.html

 十勝でも十勝川河口の豊北原生花園のほか長節湖、湧洞沼のほとりなどに原生花園がありますが、放牧や火入れをしているという話は聞きません。道沿いには帰化植物も侵入してきていますので、植物相が少しずつ変わってきているのかも知れません。

Tyoubusi  長節湖の原生花園は、ひょろひょろと伸びる丈の高いエゾノヨロイグサとビロードのような花をつけたノハナショウブの織りなす幻想的な光景が広がっていました。季節は違うのですが、もう30年以上も前の学生時代、夏の終わりにここを訪れたことがあります。大津からてくてくと歩いたものです。

 8月下旬のその時期には、野に咲く花々はすっかり秋の彩りになっていました。でもこのエゾノヨロイグサの茂る草原はその時の記憶とはちょっと違う印象を持ちました。さて、この光景は昔からの光景なのでしょうか? そして何年かしたら変わっていくのでしょうか?

2008年7月22日 (火)

著作者保護制度で思い出した名誉毀損裁判

 文芸社は「著作者保護制度」を新聞広告やホームページなどでアピールしています。出版の勧誘をするときにもこの制度について説明していますが、倒産などの不測の事態に備えて、著者からの出版委託金を信託財産化して管理するというものです。著者の負担金を「出版委託金」と表現することは不適切だと思いますが、こうした制度自体はいいでしょう。

 ただ、私がちょっと不思議に思うのは、そのような制度を紹介するにあたって元警察署長や弁護士の名前を持ち出していることです。元警察署長や日弁連の副会長が関っているのであれば安心できるということなのでしょうか。

 田宮甫弁護士は、文芸社が渡辺勝利氏を名誉毀損で提訴したときの裁判の主任弁護人でしたから、私は名前を覚えていました。そして、田宮甫弁護士の名前をほかの名誉毀損裁判で見た記憶がありました。たしか消費者金融の武富士に関する裁判です。その記憶をたどっていくと、「武富士の闇を暴く」(同時代社)という本を書いた弁護士さんたちや版元が武富士から訴えられた裁判の武富士側の弁護士であったことにたどりつきました。田宮甫弁護士が、武富士側の代理人弁護士であったことは、以下の週刊金曜日のサイトに書かれています。

同時ルポ 武富士裁判60 

 さて、その裁判がどうなったかは以下に書かれています。ぜひ読んでみてください。

同時ルポ 武富士裁判90 

 この記事によると、一審でも控訴審でも武富士は敗訴しています。そして、一審の判決では「社会通念上十分非難に値する行為があった」と武富士を非難しました。

 武富士は控訴したのですが、控訴審では「「控訴人会社(武富士)は、(告発本『武富士の闇を暴く』の)本件各記述の内容が真実であるか否かについて、本件各記述にはその重要な部分において真実が含まれている蓋然性が多分にあることを認識していたか、又はその調査検討によって容易にその蓋然性を認識し得たのに、批判的言論を抑圧する意図又はそのような意図を持つ力に支配されて、(『武富士の闇を暴く』が名誉毀損だとする)甲事件を提訴したものと推認するのが相当である」と一審より踏み込んだ判断をしました。

 さらに、「このような訴えの提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当を欠くと認められるときに該当し、違法な行為というべきである。したがって、控訴人ら(武富士と武井氏)は、被控訴人ら(新里弁護士ら)に対し、共同不法行為に基づく損害賠償義務がある」としたのです。

 つまり、この名誉毀損裁判は武富士が批判的言論を抑圧するために起こしたものであり、提訴自体が裁判制度の目的に照らしても違法というべきものだと厳しく批判したのです。さらに「言論、特に執筆者も出版責任者も明らかにして出版された書籍中の批判記事に対しては、資料の裏付けのある言論によって応酬するのが民主主義社会における表現活動の当然の在り方」ともしています。言論には言論で対抗せよということですが、当然のことでしょう。

 武富士はほかにも批判記事を書いたジャーナリストの三宅勝久さんなどを提訴して負けています。いくつもの名誉毀損裁判を起こしているのです。

 そういう言論弾圧ともいえる名誉毀損裁判を起こした武富士の代理人に田宮弁護士がいたのです。日弁連の副会長がこのような裁判の代理人になっていたことに私は正直驚いたものです。

 文芸社は田宮甫弁護士と懇意なのでしょうか。

 企業が批判的な記事を書いたジャーナリストなどを名誉毀損で提訴することはときどきあります。マスコミではほとんど報じられませんでしたが、ネットなどではオリコンがジャーナリストの烏賀陽弘道さんを提訴した裁判などが話題になりましたね。烏賀陽さんは大企業による言論封じだとして闘っていますが、残念ながら4月にあった一審の判決では敗訴してしまいました。今は控訴審を闘っていますが、このような言論弾圧を許さないためにも控訴審では勝訴を勝ち取ってほしいものです。

 いずれにしても、日本では批判封じのために高額な賠償を求める名誉毀損裁判がしばしば行われています。潤沢な資金のある企業が批判封じのためにジャーナリストなどを訴えるなどということを許していたなら、この国からは言論の自由はなくなってしまうでしょう。

2008年7月20日 (日)

山の中の外来種

Haruzakiyamagarasi  先月、タウシュベツの皆伐地に行ったとき、作業道の脇にハルザキヤマガラシという帰化植物の花が咲いているのを見つけました。

 タウシュベツは林道からさらに作業道を入った奥地ですが、こんなところにも簡単に帰化植物の種が運ばれてしまうのです。作業道は昨年整備したときに砂利を敷いているので、砂利の中に種子が混じっていた可能性があります。

 このハルザキヤマガラシという植物は、河原や空き地などにしばしば群生しています。満開のときには一面黄色になって、遠目には菜の花のように見えます。でも、河川敷という自然の場所に帰化植物が群生してしまうのは問題ですね。

 このように河原から砂利を採取して山の中の林道に敷くと、そこに混じっているさまざまな植物の種まで運んでしまうことになります。ムシトリナデシコなども河原に群生していることがありますが、種が砂利に混じってあちこちに運ばれることになるのです。

 しかも、最近では大雪山国立公園の中の渓流にまでハルザキヤマガラシが侵入しているのですね。道路の法面や空き地、林道などには帰化植物は入りこんでいますが、渓流に侵入しているというのはかなり由々しき状況です。

 タウシュベツの隣の沢の皆伐地では、昨年の秋にアメリカオニアザミも見かけました。もちろん帰化植物。アメリカオニアザミは繁殖力が非常に旺盛で、一度侵入するとどんどん増えていきます。

 人が裸地をつくることよって、人里離れた山の中にまで帰化植物が侵入してしまいます。そしてもともとそこにある在来の植物を脅かしてしまうのです。

2008年7月18日 (金)

倒木上更新とエゾマツの森

Toubokujyoukousin  森林の中を歩いていると、ときどき倒木が苔むしてその上にエゾマツやトドマツの稚樹が並んでいるのを見かけることがあります。風や寿命によって倒れた木が次世代の木の苗床になっているのです。苗床となっている倒木はやがて朽ち果ててしまいますが、直線状に同じくらいの年代の木が並んでいることで倒木上に芽生えた木々であることを知ることができます。

 一般的には倒木更新といわれることが多いのですが、正確にいうなら倒木上更新です。

 北海道にはエゾマツ・アカエゾマツ・トドマツの3種の針葉樹がありますが、エゾマツの種子は地面におちて発芽しても、暗色雪腐れ病菌に侵されてしまいうまく育つことができません。しかし倒木の上であれば病原菌が少ないために育つことができるのです。朽ちた倒木がエゾマツを育んできたといっても過言ではありません。またササに覆われているところでは、樹木の種子が落ちても生育できないので、倒木上更新は重要な役割を果たしています。

 しかし、北海道の天然林では、風倒木が発生すると害虫が大発生するという理由で風倒木を取り除いてきました。

 しかも、エゾマツはトドマツより高価ですから、択伐によって太いエゾマツから先に伐られてきました。その結果、地域に適応した遺伝子型をもつ優良なエゾマツの母樹が消えていったのです。

 こうしてエゾマツの苗木を育む倒木や種子を供給する母樹を失なった森は、トドマツの優占する森へと姿を変えていきました(「消え行くエゾマツの森」参照)。

 林野庁はいまだに害虫の大発生を理由に天然林から苗床となる倒木を運び出しています(「中村太士氏の『天然林の伐採』の問題点」参照)。大雪山国立公園の森林帯では、太い木はおおかた伐り尽くしてしまい、今は直径30センチ程度の木まで伐っているのです。湿度が高くエゾマツの多い森から、乾燥して貧相なトドマツばかりの森林へと変わり、それとともに生物多様性も失われているのが大雪山一帯の針葉樹林の姿です。

2008年7月16日 (水)

文芸社は何処へ?

 新風舎から事業を受けついた文芸社は、3月に破産管財人である川島弁護士を通じて、新風舎の著者の方たちにアンケートを送付しました。そのアンケートは、著者に再流通を希望するかどうかという内容でした。選択肢は1.希望する 2.条件により考えてみたい 3.希望しない というもので、1か2を選んだ方に対しては具体的な希望を聞いています。

 このアンケートを見て、気になったことがあります。それは「役務(サービスの内容及び費用)の提供」という表現を使っていることです。つまり、著者の方に対価をもってサービスを提供する契約だといっているわけです。制作や販売のサービス契約なら、本の所有権は著者のものとし、売上金を著者に支払うという契約にすべきでしょう。

 ところが、このアンケートで再流通を希望すると答えた方に送られた出版契約要目を見ると、著者の本を制作・販売するサービス(役務の提供)の契約ではなく、文芸社の商品として本をつくり売上金は文芸社が得るというものです。流通出版の印税タイプ(以前の協力出版)と変わりません。出版社の出版事業に対し著者が出版費用を出してあげるという契約が、どうして著者に対する役務の提供なのでしょうか?

 著者は文芸社に売上金をもたらすだけではなく、実費以上の出版費用を支払って利益を与え、出血大サービスをしているといえます。費用もリスクも負担せずに出版社の商品をつくるのが著者への役務の提供だとは、開いた口がふさがりません。詐欺的といえるのではないでしょうか。

 文芸社からの文書によると、このアンケートを返送した方は7000通をこえ、そのうちのおよそ75パーセントの方が再流通を希望されたようです。およそ5250人が再流通したいという意向を示したということでしょう。

 アンケートでは「再流通についての希望」だったのですが、文芸社が在庫を受け継いだわけではありませんから、実際には新風舎のデータを利用しての再出版の希望ということになります。再流通の希望といってアンケートをとりながら、再出版を提案するというのもなんだか詐欺的。はじめから再出版と書くべきだったでしょう。

 再流通を希望した人全員が再出版するわけではないでしょうけれど、こんなにジャンジャカ本の出版を呼びかけてどうするのでしょうか? 提携書店の棚に置ききれるのでしょうか? しかも、新風舎の本の多くは販売レベルに高めるような編集もしていませんでしたし、あまり売れていなかったのです。それをそのまま出版したとしても結果は見えているでしょう。

 著者に請求している金額も、データがあるにしてはかなりお高いようで・・・。印刷・製本原価にカバーの制作費・デザイン費を加えた費用の2倍以上になるのではないかと私には思えます。それに文芸社は碧天舎が倒産したとき出版直前まで進んでいた著者の本を、300部35万ほどで出版したと報じられていますが(読売ウィークリー、2008年8月13日号)、それに比べても高いようです。

 一人からいくらの利益が得られるのかはわかりませんが、仮に数百人も契約したなら事業を譲り受けるために支払った4000万円?はすぐに回収できるのではないでしょうか。

 文芸社がお金まで払って事業を譲り受けたのは、新風舎の著者を最大限に利用したかったのではないでしょうか。草思社の支援は信頼を得るためにも好都合です。文芸社は自社のPRにも著者への案内にも草思社支援を持ち出していますが、草思社のHPには文芸社の名前は見当たりません。載せたくはないでしょうね、草思社としては。

 昨年まで文芸社と新風舎が競っていた「公募ガイド」の広告は、すっかり文芸社と文芸社ビジュアルアートに占領されているようです。新聞広告も文芸社の一人勝ち。

 自費出版業者などにあれだけ批判されてきた「著者も購読者もお客さんにしてしまう商法」が「自費出版」として定着しつつあるようです。こんな商法が「自費出版」だとか「役務の提供契約」だとしてまかり通るようになれば、良心的な自費出版社や商業出版社は大変な迷惑を受けることでしょう。いえいえ、もうとっくの昔から影響を受けているでしょうね。

 文芸社は批判を省みることなく、協力出版から自費出版(流通出版)へと名称を変更して突っ走っているようですが、果たして未来は明るいのでしょうか・・・。

2008年7月15日 (火)

温暖化懐疑論と反論

 「温暖化への異論は信用できるのか?」でも触れましたが、二酸化炭素などの温室効果ガスによる地球温暖化を支持する科学者と、それに異論を唱える懐疑論者が対立しているようです。

 北海道新聞では6月28日から30日にかけて「環境問題 もう一つの真実」とのタイトルで温暖化の人為的要因に対する懐疑論や対策への批判、影響についての異論などが紹介されました。

 一方で、7月7日の同紙は6月25日に北大で開催された「地球温暖化-科学者からのメッセージ」というシンポジウムを紹介しています。この記事では、温暖化懐疑論に対して「太陽の活動は活発になっておらず、温室効果ガス以外に要因が見当たらない」(米海洋大気局のスーザン・ソロモン博士)という意見や、「懐疑論の科学者がいるなら『出てこい』と言いたい」(東大気候システムセンター長の中島映至氏)という発言を取り上げており、温室効果ガスの増加が温暖化をもたらしていることを前提に討論が進められたようです。

 ところが、翌8日には「衛星データ、見えぬ兆候」と題し、米航空宇宙局のデータに基づいて地球寒冷化の兆候について取り上げ、地球温暖化論への異議を唱える見解を掲載しました。

 こうなると科学者たちの熾烈なバトルが繰り広げられているのが現実のようです。気になるのは、それぞれの意見にお互いがきちんと反論できているのかということです。

 懐疑論に執着している人がいる一方で、これまで出されている懐疑論にことごとく反論している論説もあります。

地球温暖化問題懐疑論へのコメント

 懐疑論者はこれに対してきちんと反論できているのでしょうか? 反論にきちんと反論できなければ説得力を欠いてしまうことになります。

 研究の進展とともに、今までわからなかったことが明らかになってきます。温暖化やその要因についても同様でしょう。新たに明らかになったことを加えて問題点を整理していく必要がありますが、意見がきちんと整理されないままそれぞれの主張が一人歩きしているように感じてしまいます。

 科学者たちが勝手に自説を主張しているだけでは、市民は困惑するばかりです。それに加え、メディアの報じ方によって多くの市民が左右されてしまうのが現実なのではないでしょうか。

2008年7月13日 (日)

クモを食べるクモ

 クモは動物食で、主として昆虫などを食べているのですが、時にはクモを食べてしまうこともあります。おなじ仲間を食べてしまうなんて残酷!と思う方がいるかもしれませんが、トンボが小さな虫を食べるのと同じです。

 でも、ちょっと違うのは、時として自分より大きな獲物を捕ることができることでしょうか。クモは毒を使ったり網(糸)を使うことで、自分の体より大きな餌を手にすることを可能にしました。

Munaboshihime  あまりいい写真ではないのですが、これはムナボシヒメグモ(ヒメグモ科)がワカバグモ(カニグモ科)の幼体を捕えているところです(緑色のクモがワカバグモ)。ムナボシヒメグモはヒメグモ科、サラグモ科、コガネグモ科などのクモの網に侵入してその網の主を食べてしまうことで知られています。ヒメグモ科のクモの中には、クモを専門に襲って食べるものが何種かいます。

 ところで、捕まってしまったワカバグモは網を張るクモではありません。葉の陰などに潜んでいて、近づいてくる昆虫を待ち伏せしているクモです。捕まえた瞬間を見たわけではないのでどうやって捕まえたのかわかりませんが、こんなふうに自分より大きなクモでも捕まえて食べてしまうことがあります。

Koganeebi  こちらは、コガネエビグモ(エビグモ科)がムツボシオニグモ(コガネグモ科)の幼体(褐色の脚しか見えませんが)を捕まえて食べているところです(この写真もピンボケですが・・・)。コガネエビグモは網を張りませんが、ムツボシオニグモは葉の間などに小さな円網を張ります。近くにムツボシオニグモの網が見当たりませんでしたので、網を張っていないときに襲われてしまったのでしょうか。

 私はエビグモ科のクモがヒメグモ科やサラグモ科のクモの網に侵入しているところを見たことがあり、どうして徘徊性のクモが他人(他クモ)の網にいるのかと大変不思議に思ったことがあります。でも、あとから網の主を食べるために侵入したのでは?と思い当りました。ヒメグモ科やサラグモ科の網には、オニグモの円網のような粘着性はありませんから、網を張らないクモでもそれほど糸に脚をとられずに歩くことができるのかもしれません。

 クモの体はたんぱく質のかたまりですから、クモにとってもとても良質なごちそうのはずです。クモを食べるクモがいても不思議ではありません。でも、クモを食べようとして逆に食べられてしまったなどということもあるかも知れませんね。

2008年7月12日 (土)

ちょっと不思議なオオウバユリ

Ooubayuri  我が家の庭でオオウバユリの花が咲きました。このオオウバユリ、別に観賞用に植えているわけではありません。だいぶ前のことですが、リースをつくるためにこの花の蒴果(果実)を採ってきた際、何気なく中に残っていた種を庭に捨てたのです。

 すると、しばらくしてから庭のあちこちからつやつやした葉の植物が生えてきました。はじめは何の葉かわからずにいたのですが、しばらくしてからオオウバユリの実生だということに思い当りました。そのうちの一本がだいぶ立派な株になったと思ったら、蕾がでてきて花が咲いたのです。

 オオウバユリはユリ科に属しますが、人の背丈ほどの大きさになります。森林の中や林縁で緑がかった乳白色の花をひっそり咲かせている姿は、美しいというよりちょっとドッキリとさせるものがあります。一回繁殖型多年草で、芽生えてから花が咲くまでに何年もかかりますが、花が咲くとその株は枯れてしまうのです。

 地下には鱗茎があり、アイヌの人たちの重要な食料になっていました。もちろん彼らは採りすぎて絶やしてしまうことがないように気を配っていました。狩猟採取民族のアイヌの人たちは、あくまでも持続可能な採取生活をしていたのです。

 エゾシカはユリ科の植物が大好物なのですが、このオオウバユリも例外ではありません。エゾシカの数が非常に増えたときは、大きくてつやつやした葉がずいぶん食害にあい、花をつけている株がほとんど見られなくなってしまいました。でも、エゾシカの減少とともに復活してきたようです。

 さて、このように茎の先にいくつも花をつける植物の場合、下から上に向かって順に花が咲いていくのが普通です。ところが、良く見ると一番先に咲いたのは下の蕾ではありません。下から順々に咲いていくというより、真ん中あたりから咲き始めて上下に咲きすすみ、数日中に全部開いてしまうようです。こういう咲き方をする植物はあまりないのではないでしょうか。

 花が咲く頃に葉が枯れてしまうことから「歯がない」ということ姥百合というそうですが、花の時期でも葉はまだしっかり緑色をしています。

2008年7月11日 (金)

洞爺湖の花火と環境問題

 洞爺湖でG8サミットが開かれると決まったとき、まっさきに頭に浮かんだのが夏になると観光客向けに湖上で毎晩やっている花火のことでした。花火の薬きょうは湖に落ちるので、あんなことを毎日やっていたら湖の汚染になるのに・・・とずっと思っていたのです。

 なにしろ今回のサミットの主要なテーマは「環境」です。地元でも環境問題をアピールするためか、洞爺湖に捨てられたゴミの引き上げまでやっていたのですから、あの花火はこれを機にやめたのだろうと思っていたのです。環境問題を語るサミット会場でそんな湖の汚染イベントをやっていたら、海外から来た人たちのひんしゅくを買うでしょうから。

 ところが昨日の北海道新聞の夕刊に、ロングラン花火が10日夜から再開されると報じられているのを見て唖然としてしまいました。洞爺湖温泉観光協会は、爆発音との誤解を招くという理由で6日から花火を自粛していたそうです。

 「環境を」掲げて大騒ぎしていた洞爺湖ですが、あれはサミットを利用して観光地としての知名度をあげるためのパフォーマンス? 本当に環境問題を真剣に考えるなら、毎日湖に薬きょうを落とすようなイベントは再考するべきではないでしょうか。

 それに打上花火って、花火大会のように特定の時期にしか見られないところがいいのではないでしょうか? 観光客のために毎日やる必要があるのか? あの音が迷惑な住民だっていることでしょう。なんといっても国立公園の中なのです。

 ところで6月下旬と7月上旬に札幌に行きましたが、どこもかしこもお巡りさんだらけ。千歳空港の周りなどは、すごい数でした。全国から警察官をかき集めてきたようですが、警備だけでもものすごい費用がかけられたはずです。

 多額の費用をかけながら、3日間のサミットで決まったことといったら曖昧で抽象的なことばかり。なんとも消化不良のサミットという感じでした。あれを決めることに巨額の費用をかける意味がどれほどあるのか・・・。

2008年7月 9日 (水)

クモの網に魅せられて・・・

 「webはクモの芸術作品」で紹介した船曳和代さんが作成したクモの網の標本が、「クモの網 What a wonderful Web!」という本になりました。船曳さんの作品はこれまでも日本蜘蛛学会の大会などで展示されているものを見ていましたが、本になったものをあらためてじっくり見るとほんとうに綺麗で見事です。

 船曳さんは、青く着色した台紙に白く着色した網を貼り付けるという手法を用いているので、一見、青い紙に白いペンで描いた精巧なイラストのようにも見えます。でも、じっくりと見たらやはり自然の造形ですね。人間ではとてもこのようには描けないのではないでしょうか。

 表紙を飾っているのはスズミグモの網。細かいメッシュでできたドーム網を不規則な糸で支えた網を張るクモなのですが、その綺麗な方形の網目や緻密さには驚かされます。

 スズミグモの網の張り方は千国安之輔氏の「クモたちの狩り」(偕成社)に出てくるのですが、はじめは円錐状にメッシュ網を張り、あとで頂点のつり糸を切ってドーム状に形を整えるそうです。直径50センチほどの網を張るのに3時間ほどかかったとのことですが、どういう進化の過程を経てこのような形の網が完成したのか興味深いですね。

 「驚異のレコード盤」として紹介されているのがゲホウグモの網。このクモは木の瘤にそっくりの形をしていて昼間はじっとしているのですが、夕方になると横糸(らせん状の糸)がびっしりと張られた円網を張ります。まさしくレコード盤のような網なのです。円網といっても種によってずいぶん形が違っていて、それぞれ趣きがあります。

 「破れた網タイツ」というのはクロガケジグモの網。ガケジグモの網はボロ網といわれているのですが、いったいどうやってこんな複雑な網を張るのでしょうか。

 最後に紹介されている船曳さんへのインタビューや、網の研究者である新海明さんの解説もとても楽しく読めます。

 船曳さんはこれまでに2000枚もの標本をつくられたそうです。そんなに沢山つくっていたとは・・・。実は私もやってみようかと思って標本作成に必要な材料だけは買ったことがあるのですが、お恥ずかしいことに結局そのまま・・・。

 ところでこの本の版元は「INAX出版」です。INAXといえば、そうそう、あのトイレなどのメーカーです。なんでトイレとクモの網が関係あるのか・・・と思われるかもしれませんが、INAXギャラリーで「クモの網展What a Wonderful Web!」を開催したのに合わせて刊行されたそうです。

2008年7月 8日 (火)

中村太士氏の「天然林の伐採」の問題点

 「風倒木と害虫」という記事を書いたあと、北海道新聞(7月4日付夕刊)の「魚眼図」というコラムに中村太士氏(北大大学院教授)が「天然林の伐採」について書いているのが目にとまりました。

 中村氏の論旨は次のようなものです。

 今回マスコミなどが報道している大面積の天然林伐採の多くは風倒木処理であるが、これは一見すると皆伐に似ているために皆伐と称されている。風倒木を放置すると病虫害や流木となる危険性が指摘されるので、風倒木処理は従来から行われている。このような林業者の行為が批判を受けるのは、説明不足と考え方の相違である。病虫害が懸念されるから風倒木処理はやむを得ないが、一部を残して次世代の更新を早める技術も今後求められるだろう。

 一見もっともそうな論説ですが、見過ごせない問題点があります。

1.「皆伐と称する」ことについて

 中村氏はマスコミが皆伐と称しているのは適切でないといいたいようですが、林野庁の収穫実行簿には「皆伐」と書かれているのですから、マスコミが林野庁の言葉を引用して皆伐と称するのはもっともなことです。

2.風倒木が流木になることについて

 林野庁はタウシュベツの風倒処理現場で自然保護団体に対し、今回の風倒木処理の理由として、流木となって二次災害を引き起こさないようにすること、虫害の発生を防ぐこと、放置すると山火事の原因になることを挙げました。

 風倒木が流木になることに関して、中村氏は「山が崩れない限り倒木が川に流れ出すことはない」と述べています。これは砂防の専門家として妥当な見解でしょう。

3.病虫害は森林を壊滅させるか

 中村氏は風倒木処理の理由として示した病虫害と流木となる危険性のうち、後者をほぼありえないとしましたので、中村氏が風倒木処理を合理化する理由は病虫害防除ということになります。

 虫害について、私は「風倒木と害虫」で次のように書きました。

 「風倒木が発生するとヤツバキクイが大発生して周辺の木(ヤツバキクイの場合はエゾマツやアカエゾマツなどトウヒ類)にも被害を与えます。しかし、それは数年で自然に収束するのです。一時的に大発生したからといってそれを契機に、害虫が増え続けるわけではありません。風倒木と害虫の発生というのは、自然のサイクルとして捉えるべきことです。天然林では人が森林に手を入れる前から風によって木が倒れ害虫の大発生が繰り返されてきたはずです。しかし、だからといって森林が壊滅的な被害を受けてしまうようなことはなかったのです」

 和人による商業伐採が始まる前の北海道が「森林王国」であったということは、病虫害が北海道の森林を壊滅させたという事実がなかったことを物語っています。つまり、中村氏が風倒木処理の理由とする病虫害説の根拠は薄弱ということです。

 そもそも木材生産を目的としない国立公園第3種特別地域内の保安林で、病虫害に恐れおののく必要があるのでしょうか? 「キクイムシの大発生を抑えるために風倒木を搬出する必要がある」という発想は、国立公園内の森林を木材生産林として捉えていることになります。

 害虫の大発生を防ぐために風倒木を搬出するのであれば、林床に残っていた稚樹や幼樹までブルドーザーで押しつぶしてしまうのはおかしなことです。値段のつきそうな倒木をすべて伐って運び出し植林をするやり方は皆伐と何も変わりません。

4.生物多様性保全意識の欠落

 風倒木が発生することで森林の中に開けた場所が生じ、若木の成長や実生の発生が促進されていくのであり、太古から繰り返されてきた自然のシステムといえましょう。倒木や枯損木に発生した穿孔性昆虫はキツツキ類の餌となります。そのままにしておくことこそ、生物多様性の保全につながるのです。とりわけ、幌加地区はわが国では数少ないエゾミユビゲラ(絶滅危惧ⅠA類)の生息地なのです。

 つまり、中村氏のように病虫害防止のためとして風倒木を運び出す発想は、生物多様性保全意識の欠落といわなければなりません。

 中村氏は北海道森林管理局が設置している生物多様性検討委員会の委員をしています。この検討委員会で本当に生物多様性について議論ができているのでしょうか。

5.今後の技術について

 中村氏は文末で「一部の倒木を残して次世代の更新を早める技術も今後求められるだろう」と述べています。専門外でしょうから仕方がないのかもしれませんが、「何をいまさら」と思いました。エゾマツの更新にとって腐朽した倒木が不可欠であることは周知の事実ですし、風倒木を残すことの有効性は洞爺丸台風の風倒処理から学んでいなければならないことだったのです。

 なお、中村氏は「倒木更新」といっていますが、言葉にこだわるならば「倒木上更新」というべきでしょう。また、「かがり木」としているのは「懸かり木」のことでしょう。

 北海道森林管理局はこの皆伐について以下のような見解を発表しています。

平成16年18号台風による国有林風倒木被害処理について 

 ここには、中村氏の「皆伐ではなく風倒木処理である」という見解とそっくりなことが書かれています。また「倒れずに残った木については可能な限り残すようにしています」としていますが、幌加やタウシュベツではすべての木が伐られ、稚樹や幼樹も残されていません。しかも、北海道森林管理局はあのメチャクチャなやり方を反省している様子がまったくありません。

2008年7月 6日 (日)

消える砂浜とイソコモリグモ

 先日は、勇払原野から沙流川河口の間の海岸でイソコモリグモの生息状況を調査しました。

 これまでのあちこちの調査で浸食による海岸線の後退を実感してきたのですが、今回、沙流川の河口近くにいったときには本当に驚きました。

 ここには海岸に沿って日高本線が通っています。調査にあたっては古い5万分の1の地形図で場所をチェックしていたのですが、地図上では線路から海岸線まで250メートルほどあります。ところが、踏み切りを越えるとすぐ先が海岸になっていてテトラポットが並べられているのです。地図がつくられた当時から比べると線路から海岸線までの距離は半分以下になってしまっているようです。

Sabourin  また別の場所では、海岸線が防砂林の際まできていました(写真参照)。砂防林をつくるときに海岸の縁につくるなどということはあり得ませんから、浸食によって海岸線が砂防林のところまで後退してしまったのです。

 この枯れたクロマツ砂防林の中にイソコモリの巣穴を一つ確認しましたが、ほかには見当たりませんでした。もともとはこのあたり一帯に生息地があったと推測されますが、海岸浸食と砂防林によって生息地を奪われ、絶滅が危惧される状態です。

 こんな状況ですから、浸食を防ぐためのテトラポットの設置や護岸工事があちこちで進められています。浸食防止の対策をとらざるを得ないのはわかりますが、こうした工事でもイソコモリグモの生息地は大きく破壊されてきたといえます。

 インターネットで公開されている航空写真を見ると、30年ほど前と現在では汀線の位置が全く異なっていました。数百メートルは後退しているでしょう。驚くほどの海岸線の後退が生じています。勇払の海岸線は比較的広い砂浜と海浜植物地帯があるのですが、イソコモリの巣穴はわずかしかありません。急激に海岸線が後退したことと関係しているのかも知れません。

 とにかく沙流川から勇払原野にかけての海岸線は、イソコモリの生息地が浸食と護岸によって大きく影響を受けているところといえそうです。

 沙流川といえば二風谷ダムに大量の土砂が堆積し、ダムの機能が失われつつあります。ダムで土砂を止めてしまうことが海岸線の後退を招き、海浜植物やそこに生息する動物の生息地を奪っているのです。

 砂浜がどんどん削られ後退している以上、単に生息地を保護すればいいという問題ではありません。ダムの影響は海岸に計り知れない影響を及ぼしているといえそうです。

2008年7月 5日 (土)

風倒木と害虫

 6月28日に札幌で開催された国際シンポジウムでは、アメリカやイギリスで過去の森林破壊を反省したうえで進められてきた保全策などについて、大変有意義なお話しを聞くことができました。

 シンポジウムの内容については以下の記事をお読みいただけたらと思います。午前9時から午後5時までのシンポジウムでしたので、かなりの要約版ですが。

欧米の生態学者らが日本の森林皆伐を厳しく批判 

 パネルディスカッションでは、大雪山国立公園での皆伐がメインテーマとなったのですが、3人の海外ゲスト全員が鋭い批判をしていました。先進国のレベルで考えると「ありえない」伐採のようです。

 さて、この皆伐は風倒木の処理とのことで行われたのですが、林野庁の職員の方は風倒木の処理をする理由のひとつとして「害虫の大発生の防止」を挙げていました。風倒木が発生すると、倒れた木や弱った木にヤツバキクイという材を食べる昆虫が大発生し、周辺の健全木にまで被害が出るというのです。しかし、林野庁の職員は、現地では害虫の大発生は確認されていないという説明をしていました。

 これに関連して、会場から意見を述べた方が一人ありました。その方は大雪山の皆伐地に何回か行ったが、近くの小規模な風倒地ではヤツバキクイが発生して周辺のエゾマツが被害を受けていたとのことです。

 実は、その方の意見に対して発言したかったのですが、時間がなくなってしまい発言できませんでした。そこで、私が発言したかったことについてここで説明したいと思います。

 確かに、風倒木が発生するとヤツバキクイが大発生して周辺の木(ヤツバキクイの場合はエゾマツやアカエゾマツなどトウヒ類)にも被害を与えます。しかし、それは数年で自然に収束するのです。一時的に大発生したからといってそれを契機に、害虫が増え続けるわけではありません。風倒木と害虫の発生というのは、自然のサイクルとして捉えるべきことです。天然林では人が森林に手を入れる前から風によって木が倒れ害虫の大発生が繰り返されてきたはずです。しかし、だからといって森林が壊滅的な被害を受けてしまうようなことはなかったのです。

 木材生産を目的としている人工林では風倒木を処理しないと害虫が発生して健全な木まで被害を受けるので除去は必要なのですが、木材生産を目的としていない森林の場合は、害虫の発生も自然のサイクルとしてそのままにすべきなのです。風倒木はエゾマツなどの苗床として森林が更新していくためになくてはならないものです。害虫の発生源だとしてすべて取り除いてしまうのは更新の妨げにもなります。

 ですから、その方の発言はまるで林野庁の擁護をしているかのように聞こえてとても不自然に思ったのです。で、あとで知ったのですが、その方は林野庁に対してアドバイスをした二人の元大学教授のうちのお一人とのことでした(「植えてはいけない徒長苗」参照)

 林野庁はアドバイスをしてもらう専門家の人選を間違えているのではないでしょうか?

2008年7月 3日 (木)

明日は口頭弁論

 えりもの森裁判の口頭弁論のお知らせです。

 明日は意見陳述も予定していますので、ご都合のつく方は傍聴をよろしくお願いいたします。

 裁判所にはできるだけ早いうちに現地での検証をしたいとお願いしていたのですが、北海道側が異を唱えているようで早期には実現しませんでした。今ごろ現地はハンゴンソウの草原になっているのでは・・・。ハンゴンソウはエゾシカが食べないために、開けたところに生い茂ってしまうのです。

えりもの森裁判口頭弁論

7月4日(金) 10:00~

札幌地方裁判所 8階 3号法廷

温暖化論への異論は信用できるのか?

 先日札幌の本屋さんに行ったら、温暖化論に異論を唱える人の本が新刊コーナーに並んでいました。そういう本がブームになっていることは知っていましたが、その手の本ばかりが数冊新刊コーナーにデーンと並べられていたのには???でした。こんな風に置かれていると、いかにも「温暖化論はウソ」だと受け取ってしまう人も多いのではないでしょうか。

 圧倒的に温暖化を認めて問題提起している立場の本が多いなかで、G8サミット前ににわかに現れた温暖化論への反論本はあまりにも対照的です。これでは誰だって混乱してしまいますよね。私自身は「温暖化論の批判本」に対して疑問をもっていたので、温暖化に関する本が置いてある棚にいって立ち読みをはじめたのです。

 パラパラと本をめくっていて、たまげてしまったのは永久凍土のことについてある方が書いていた説。アラスカなどの永久凍土地帯の上に建てられていた住宅が、温暖化による凍土の融解によって歪んで壊れてしまったなどと説明されているのはウソで、壊れた原因は暖房の熱によって地下の凍土が融けたため、というのです。融けたのは家の下の凍土だけ?! それでは以前は暖房していなかったのでしょうか?

 先日、実際に永久凍土地帯で凍土の研究をしている知人から直接お話しを聞いたのですが、永久凍土が融けて住宅が沈みこんでいる例もあるそうです。シベリアやアラスカは地球上でも気温上昇の最も大きいところで、現地での研究からも永久凍土に変化が起きているとのこと。このままだとシベリアやアラスカの永久凍土地帯は縮小し、100年後にはシベリア南部には永久凍土はなくなり、アラスカでは内陸部にしか永久凍土が残らないと予測されるそうです。

 永久凍土が融解するとメタンなどの温室効果ガスが放出されて温暖化を加速します。気温が上昇すると森林火災が頻発してさらに凍土が融けてしまいます。また北極海の氷が融けると蒸散が活発化して積雪が増加し、雪の断熱効果によって冷気が地下に伝わらなくなるために凍土の融解が進むというのです。そして、このような凍土の融解による影響は、IPCCの4次報告には入っていないとのこと。これを加えるとさらに予測温度が上昇することになります。

 「海水面が上昇しない」という説も書かれていました。確かに北極海の氷が解けてもそれだけでは海水面は上昇しません。でも大陸の氷河が融けたり、海水温の上昇によって海水の体積が増えることで海面は上昇するのです。現に、その影響は出てきていますね。

 IPCCの予測は当てにならないという説もあります。シュミレーションというのはあくまでも予測ですし、データの扱いによって変化するものでしょう。でもだからといって予測はいい加減だとしてはじめから否定してしまうのではなく、新しい知見に基づいて常に修正していくべきものではないでしょうか。永久凍土の融解については考慮していないのですから、必ずしも過大な予測とはいえないでしょう。

 人為的影響というより地球規模の温度変化にすぎない、という説もあるようです。確かに第三紀には北極圏も緑で覆われるほど温暖でしたし、今は間氷期ともいえるでしょう。地球は大きな温度変化を経験してきたのです。でも、だからといって現在起こっている気温上昇が人為的なものではないという理由にはならないのではないでしょうか。

 とにかくこれまで体験したことのない速さで気温が上昇していることは確かですし、人為的な影響が大きく関与しているということも確かでしょう。そうした事実に基づいて、早急にやれるべきことをやっていかなければならないのではないでしょうか? もちろん無駄と思えるような対策やバイオ燃料の問題などについては再考していく必要はあるでしょうけれど、むやみに温暖化論を否定して安心感を与えてしまうのはどうかと思います。

 温暖化論への異論が、事実や研究に基づいて多面的な検討をしたうえでの論理なのか? 予測できないからといって放置していいのか? 何冊かの本を見ながら、このような本が話題になることの影響を考えさせられてしまいました。

2008年7月 2日 (水)

植えてはいけない徒長苗

 「天然林皆伐で林野庁・環境省の弁解」で、皆伐地に植えたトドマツの苗が枯死したり頂芽が枯れていることを指摘しました。

Totyounae  苗を植えたのは昨年の10月ですから、一冬を越しただけです。それなのに、全体が赤茶色になって枯れている木も少なくありませんし、多くの苗の頂芽が枯れているのです。誰がみても元気のない苗ばかり・・・。

 この頂芽の枯死について、林野庁の職員は「雪が少なかったことによる寒風害」だと説明しました。でも、わずかに生残っていた稚樹は健全そのものだったのです。なぜ植林した苗だけ頂芽が枯れたのでしょうか?

 それは苗木自体の問題といえるのです。この苗、よく見ると幹の上部の伸びがとてもいいのです。こういう苗を徒長苗といいます。徒長苗は寒風害に弱く、枯死率も高い軟弱な不良苗なのです。だから、植えてはいけない苗といえるでしょう。同じところに自然に生育していた稚樹が健全なのに植えた苗木だけが弱っているのは、気候のせいではなく苗木のせいなのです。

 植林に使う苗は圃場で育てられるのですが、その時の管理の仕方が悪いと徒長苗になってしまいます。国の森林の管理をしている立場の人が、こういうことをわからずに植林をし、枯れれば寒風害だといっているのです。

 自然保護団体に皆伐を問題視されたため、林野庁は植林などについて専門家に意見を聞いたそうですが、本当に林業のことがわかっている専門家だったとは思えません。

 皆伐地は南向きの斜面で、一日中直射日光にさらされます。植生をはがされてしまったので保水力がないうえに、夏はじりじりと太陽に照らされて地表は高温。これでは苗木はたまったものではないでしょう。ただでさえ物理的な障害に弱くて活着率も悪い徒長苗なのですから、こんな厳しい環境ではどんどん枯れていくのではないかと思われます。

 苗木が枯れた場合はどうするのかを林野庁の職員に聞いたところ、林野庁自らが補植するそうです。その費用って、もちろん税金。でも、こんな条件のところに植えてもまた枯れてしまうのではないでしょうか?

 周囲の森林からカンバの種子が飛んできても、シカの食害によって育たない可能性が高いのです。致命的なことをしてしまったとしかいいようがありません。

 林野庁は国民の共有財産を管理しているのですから、きちんと勉強してもらいたいですね。

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