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2008年6月13日 (金)

マスコミと期待権

 従軍慰安婦問題を取り上げたNHKの番組で、取材に協力した市民団体が事前の説明と異なる放送内容に改変され、「期待権」を侵害されたとして争っていた裁判の最高裁の判決がありました。

 取材を受ける側の期待権を原則として認めない判決・・・。しかも国会議員の介入を受けての改変であったのに、そこにはまったく判断を示さない判決・・・。最高裁の判決は、近年ますます権力者寄りになっていくようです。

 NHKへの配慮ばかりが感じられる判決は、まさに権力寄りではないでしょうか。マスコミは権力を監視し批判するべき立場にあると思うのですが、日本には、それを貫けるマスコミはほとんどなくなっています。NHKなどは権力寄りメディアの最たるもの。

 さて、今回の判決で頭に浮かんだのは、綿井健陽さんの「逆視逆考」という見方です。メディア側の視点に偏った判決は、裏を返せば取材を受ける側の視点が欠落した判決ともいえます。

 マスコミにとって取材者・情報提供者はなくてはならない存在です。ひとつの番組を作り上げるのに、いったいどれくらいの人に協力してもらって情報収集するのでしょうか? 視聴者に見えないところで、信じられないほど多くの取材をしているものなのです。多数の取材協力者の存在なしには番組制作は成り立たちません。そのためにもマスコミは情報提供者の意向を尊重して信頼関係を築かなければ、真実を伝えることなどできません。

 私もマスコミの取材を受けることがありますが、市民はマスコミが事実を伝えると期待を寄せるからこそ、マスコミを信頼して取材に協力するのです。はじめから権力寄りの番組だとわかっていたら、権力に抗っている人たちは協力などしないでしょう。

 市民の「期待権」を基本的に否定してしまったら、だれがマスコミを信頼するでしょうか? 市民に信頼されなくなったマスコミは、ますます権力に擦り寄った報道をするのではないでしょうか?

 一方で、「期待権」を尊重することで、取材対象者が自分の意に沿った報道をさせようとする場合もあるかもしれません。例えば持ち込み企画というような形で。そのような場合でも、持ち込まれた情報だけに偏らないよう多数の情報源に当って事実を拾い集め、適正な番組にしていくのがメディアの役割です。

 NHKのことで付け加えるなら、それとてきちんとなされているのか疑問が残ります。「マスコミの弊害」にも書きましたが、自費出版問題を扱った昨年11月27日放送のクローズアップ現代の内容は、正直いってとてもそのような調整がなされたとはいえないものでした。

 実は、この番組をつくるに当ってNHKは私にも情報提供を求めてきました。自費出版のトラブルについて情報を集めているとのことで、とりわけ文芸社についての情報提供を依頼されたのです。しかし、蓋を開けてみれば新風舎を提訴した人の「書店に並ばなかった」という事例を中心に紹介し、リタイアメント情報センターが前面に出た番組になっていました。

 「リタイアメント情報センターの持ち込み企画?」と察せられる番組です。文芸社についても情報収集して共同出版のさまざまな問題点について指摘を受けていたにも関らず、それは全くといっていいほど番組に生かされていませんでした。新風舎の実例に飛びつき、問題点の指摘も消化不良状態。

 手間と時間を費やして情報提供しても、これでは信頼関係など得られなくなっていくでしょう。もっともこのようなことはNHKに限ったことではありません。何らかの理由で報道したくない情報は取り上げないというのがマスコミです。

 市民がマスコミに期待できなくなったら、マスコミの死を意味するのではないでしょうか。

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