« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月26日 (木)

皆伐で沢に異変?

 昨日は、28日のシンポジウムで講演する海外ゲストと自然保護団体のメンバーで、大雪山国立公園の幌加とタウシュベツの皆伐地の視察に行きました。

 海外ゲストの生態学者の方は皆さん、生態系全体を破壊する皆伐が国立公園の中で行われていることに大変驚いていました。とりわけ表土が全面的に剥ぎ取られたタウシュベツの光景には唖然としていました。

 アメリカでもかつては酷い伐採があったそうですが、市民から批判されて今ではかなり改善されてきているとのこと。もちろん国立公園の中では、風倒木が発生しても基本的にはそのままにするそうです。

 木材生産面でも、公益的機能の保全という側面から考えても、持続的な森林管理が大前提とのことです。考えてみれば当然のことですね。

Sawanosourui  タウシュベツでは前回には気付かなかった変化がありました。沢底の岩に藻類が付着しているのです。特に皆伐地近くで著しく、直射日光のあたるところでは岩にびっしり藻がついています。山の中の小さな沢でこのような藻が発生している光景は見たことがありません。異変といえる状況だと思います。

 原因ははっきりとはわかりませんが、伐採による水温の上昇や水質の変化などが考えられます。沢の生態系まで破壊され深刻な事態になってきています。

2008年6月24日 (火)

地震とダム

 岩手・宮城内陸地震では、地震の恐ろしさをまざまざと見せつけられました。とりわけ荒砥沢ダムの上流での大規模な地滑りは、まるで山の中に突如グランドキャニオンが現れたかのよう。

 この地震のニュースを聞いていて、非常に気になったことがあります。

 今回の崩壊は、荒砥沢ダムのすぐ上で発生しました。崩壊地からは大量の土砂がダム湖に流れこんだでしょう。そして、これからもどんどん流れこんでいくはずです。ダムがなければ自然に海にまで運ばれていく土砂が、ダムに止められてしまうのです。

 荒砥沢ダムは洪水調節・灌漑・発電を目的とした多目的ダムですが、土砂の堆積によって貯水容量が減ってしまったら意味がなくなります。大量の土砂が堆積した場合、ダム堤体の強度に問題はないのでしょうか? ダムに溜まった大量の土砂をこれからどうするのでしょうか?

 また、地震によって堤体に亀裂が入ったり変形したダムがあったとのことです。強度的に本当に大丈夫なのでしょうか?

 もし、ダムの直下に断層があったなら、ダムが決壊するという危険もあったでしょう。としたら、下流に大きな被害をもたらすことになります。

 それだけではありません。荒砥沢ダムは満水状態であったために、ダムの上流では火山灰土が水をたっぷり含んでいたそうです。そこに地震がきて揺すられたために大規模な地滑りを引き起こしたとの見解があります。

 もしダムが地滑りを誘引したのなら・・・あるいはダムによって地滑りの規模が大きくなったのなら・・・。大量の土砂の搬出に追われるのであれば? 万一決壊によって下流域に大きな被害をもたらしたとしたら?

 今回の地滑りは、地震によるダムの危険性や問題を投げかけました。アメリカではダムは必要なかったことを認め、またダムが河川の生態系を破壊してきたことを反省して、ダムの撤去をはじめています。

 地震大国の日本こそ、真剣にダム問題を考えていかなければならないのではないでしょうか?

真実を見る目

 「逮捕への疑問」と「どこにテロリストが?」では視点のずれたコメントが多いようですので、調査捕鯨の横領疑惑とグリーンピース・ジャパンの鯨肉持ち出し問題について、冷静な意見を述べているブログを紹介します。

天木直人さんのブログ

数学屋のメガネ

 客観的に真実を見つめようとする点で、それぞれまっとうな意見だと思います。天木さんが指摘するように水産省の利権を抜きにしては語れない問題でしょう。横領疑惑については不起訴にして幕引きを図り、鯨肉持ち出し問題でグリーンピースを犯罪集団に仕立てようとする意図が見て取れる構図でありながら、大半のマスコミはその部分に言及していないようです。

 マスコミや警察・検察情報に振り回されている人が大多数というのが現実なのかもしれません。これは捕鯨問題に限ったことではなく、日本社会の病理とでもいうべきことでしょう。

2008年6月23日 (月)

どこにテロリストが?

Terokanban  これは先日サロマ湖に行ったときに見かけた看板です。北海道の閑散とした海辺のキャンプ場で、いったい誰が何のためにテロを起こすというのでしょうか? ここに来ている人たちは、釣り人や工事関係者、観光客くらいです。

 こういう看板、あちこちにありますよね。これを本気で信じる人などどれくらいいることか。この国には「テロ・テロ」と煽って、さも警戒しなければいけないように思い込ませたい人たちがいるわけです。

 大量破壊兵器などなかったのに「持っている」といってイラクに戦争をしかけた国がありましたね。そのあまりにもいい加減で身勝手な行為によって罪のない多くの人たちが殺され、今も多くの人たちが苦しんでいます。あの国もテロ・テロと大騒ぎし、日本もそれにならってか、北海道の片田舎にまでこんな馬鹿げた看板があちこちに設置されるようになりました。

 さて、非暴力を謳っている環境保護団体のグリーンピースがテロ組織だという方がいます。彼らがこれまでにどんな暴力行為をしたのでしょうか? グリーンピースの活動を快く思っていない人たちのなかには、あの手この手で「テロ組織」というレッテルを貼りたい人もいることでしょう。

 暴力行為の事実も示さずにテロ組織などと吹聴するのは滑稽としかいいようがありません。

 逮捕への疑問で、「横領が親告罪」だとコメントされた方がいますが、刑法上の親告罪に当るのは親族間の横領だけのはずですけれど? すべての横領が告訴しか対象としない親告罪なら、グリーンピースの告発は受理されなかったと思いますよ。

 こうしたコメントをされる方は、決まって匿名です。ご自身のブログやHPでそのような主張をされているわけでもないようです。発言に対する無責任さが感じられます。

 ご自身の意見が正しいと主張されるのであれば、言論に責任をもって新聞にでも投書されたらいかがでしょうか? あるいはどのような立場の者か明らかにしたうえで、ブログででも主張されたらいかがかと思います。

2008年6月21日 (土)

逮捕への疑問

 昨日、グリーンピース・ジャパンのメンバー二人が逮捕されました。この件に関しては「的外れのグリーンピース・ジャパン批判」にも書きましたが、逮捕によってネット上ではグリーンピースに対する批判がますます高まっているようです。「国の思惑によって最悪の方向に進むのか・・・」というのが私の率直な感想です。

 この件では気になることがいくつかあります。

 ひとつは、逮捕というやり方です。グリーンピースは鯨肉を無断で持ち出したことを認めて謝罪し、事情聴取にいつでも応じることを明らかにしていました。証拠品は東京地検に提出していますし、証拠隠滅も逃亡の恐れもまったくないのです。それなのになぜ逮捕という手段に出たのでしょうか? 証拠品確保のために無断で鯨肉を持ち去ったこと自体は確かに適切なことではなかったでしょう。しかし、逮捕して強制捜査するということの必要性がどれほどあるというのでしょうか?

 もうひとつは、公安が動いているということです。報道によると今回の逮捕では青森県警と警視庁公安部の合同調査とのこと。数十万程度の窃盗容疑でわざわざ公安が乗り出してくるということは、通常では考えられないことです。

 さらに、グリーンピース側の横領容疑での告発は不起訴とのこと。告発からたった一ヶ月ちょっとで不起訴の決定を出すのはあまりにも拙速なのではないでしょうか? ほぼ同時期に出されたグリーンピース側の鯨肉横領の告発と、西濃運輸の被害届という二つの疑惑に対し、同じように公平に捜査を進め、公平に報道しているとは思えません。横領疑惑についてはいったいどんな調査をしたのでしょう?

JANJANに興味深い記事が出ています。 http://www.news.janjan.jp/living/0806/0806190096/1.php 

 ここに、今回の手順についての疑問が書かれています。

6月11日午後の早い時間 「共同船舶の乗組員は不起訴」との報道

6月11日夕方 「捕鯨の伝統と食文化を守る会」主催のクジラ料理パーティ開催

6月20日 グリーンピース・ジャパンのメンバー二人を逮捕

6月21日 共同船舶の乗組員が不起訴

6月23日 チリで第60回IWC年次会議開催

 このタイミング、偶然とは思えません。日新丸で死者が相次いでいることも気になります。調査捕鯨で何が起こっているのでしょうか?

 共同船舶の乗組員による横領容疑の方は、はやばやと不起訴を決め、市民団体の容疑については逮捕して大きく報道する。ここには体制や権力に物申す市民団体を悪者に仕立て上げようとする国の意図が感じられます。まるで市民運動への見せしめ逮捕です。逮捕したからには起訴にもっていくつもりなのでしょう。

 立川ビラ裁判の例を思い出してしまいました。こうしたやり方には不気味なものを感じます。

 でも、こんな日本のやり方に世界は黙ってはいないのではないでしょうか。

2008年6月20日 (金)

著者への問い

 ネットで文芸社について調べてみると、高額な費用であっても満足している人が非常に多いことに驚かされます。そんな著者の方は、出版サービスの契約をしたと思い込まされているのではないでしょうか? ネット上では「文芸社から提示された金額に納得して契約したのだから、金額のことでは不満は言えない」というような意見がよく見受けられます。でも、本当でしょうか?

 著者の方たちには、是非以下のページを読んでもらいたいと思います。そして、ここに出ている計算式で計算してみてください。

http://www.kobeport.net/news/kyodo.html 

 さて、どうでしょう? 本が一冊も売れなくても、出版社は利益を得ていると考えられませんか? そのうえ本の売上金も出版社の収入になるのです。出版社に一方的に有利になっていて、あなたは出版社をひたすら儲けさせているということになっているのではないでしょうか? 

 契約書には書かれていませんが、文芸社のホームページでは、あなたの負担すべき費用は初版の制作費となっています。販売や保管にかかる費用は文芸社持ちです。これも著者との約束事項であり契約の一部といえます。しかし、本当に文芸社は費用を負担しているのでしょうか? 保管費用も販売の費用もあなた自身が負担しているのではないでしょうか? 印税もあなたの支払った費用からバックされているのでは? 約束と異なる費用を請求されていても、問題ないと思いますか?

 あなたの本は300店の提携書店に並べられるそうです。でも、それをあなたは確認できますか? 提携書店の棚は文芸社が有料で借りていて、売れ残った本は買い取っているそうです。その費用は誰が出しているのでしょうか? 提携書店の棚は文芸社コーナーになっていて、ジャンル別の棚に並べてもらえるわけではありません。アマチュアの本が、このような棚に置かれるだけで売れるのでしょうか?

 あなたは流通出版の印税タイプ(協力出版)をサービスの契約だと思っていませんか? だから「請求金額に出版社の利益が含まれているのは当たり前だし、その金額に納得したのだから問題ない」と考えていませんか? そして自費出版とはこういうものだと思い込んでいないでしょうか?

 いえいえ、違います。講談社や小学館、文藝春秋などの大手出版社も自費出版部門をもっていますが、こちらは制作請負・販売委託契約をする純然たる自費出版です。ホームページを確認してみてください。このような請負契約なら、同意した金額に不平はいえません。

 でも、文芸社の「印税タイプ」の契約書は「あなたの本を制作して売ってあげます」という出版サービス(自費出版)の契約ではないのです。あなたは、文芸社に出版権を設定する見返りに印税をもらうという契約をしているのです。その際、初版制作費を出資して協力し、一割程度の本を贈呈してもらうという契約なのです。文芸社の出版事業における制作費なのですから、あなたが負担する費用は制作原価であるべきだと思いませんか? でも、原価に利益を上乗せした費用を請求しているのです。

 基本的に商業出版と同じ契約形態であるのに、それを「自費出版」と表現することは、著者を惑わせているに等しいと思いませんか?

 文芸社は「共同出版・自費出版の被害をなくす会」が送付した質問書に答えず、疑惑を解消しようとしません。著者に請求している費用が正当であるという説明ができないのです。

 あなたはそれでも納得されるのでしょうか?

 産経ニュースによると、文芸社には月に600から700点もの作品が寄せられ、そのうち150冊ほどが本になっているそうです。単純に掲載すれば、年に1800点もの本を出しているのです。大出版社に匹敵する出版点数でありながら、そのうちの何冊がヒットしたでしょうか? 素人の方が書いた本がヒットすることはごく稀なのです。それは出版社自身がいちばんよくわかっているはずです。

 応募者の大半に流通出版を提案しているとようですが、大半の本がほとんど売れないとわかっていながら、作品を高く評価して著者に期待を抱かせ、出版社に一方的に有利な契約形態に勧誘しているのであれば、著者を錯誤させて契約させたといえるのではないでしょうか?

 あなたはこのようなことを事前に知っていたなら、契約をしたでしょうか? もし錯誤させられた上で契約を結んだのであれば契約の無効が主張できます。交渉をしてみるという選択肢もあるはずです。

 著者自身が「契約と実態が異なっている」「錯誤して契約した」ということに気付いて声を出していかない限り、こんな詐欺的な商法はなくならないのではないでしょうか?

 ライバルだった新風舎の倒産で、再び最大手に登りつめた文芸社。草思社の支援でますます勢いづいているようです。そして同じようなやり方をしている幻冬舎ルネッサンスも積極攻勢を展開しているそうです。ほかにも同じ穴の狢はいろいろ・・・。

 ところが、マスコミはどこもこの不公正な出版形態を伝えないのです。ネットでは文芸社の費用を正当化するかのような意見もあちこちに見受けられます。出版社サイドの人たちによる意図的なものか、単に誤解しているだけなのかはわかりませんが…。でも、それに惑わされてはいけません。著者自身が自分の頭で考えてほしいと思います。

 著者の皆さん、どう思われますか?

2008年6月19日 (木)

90ヵ所も皆伐

 今日の北海道新聞の社会面に、北海道の国有天然林で2004年から2006年までの2年間で90ヵ所も大規模な皆伐をしていたことが大きく報道されました。そのうち国立公園内が24ヵ所もあるそうです。

 私も「皆伐地あれこれ」で取り上げたように、大雪山国立公園だけではなくあちこちで同じことが行われていることを知っていたのですが、全道で同じことをやっていたわけです。しかも90ヵ所も。その大半が保安林です。

 北海道新聞社が情報開示請求をして判明したそうですが、記事によると被害報告書に施業前の写真が添付されていないそうです。風倒木処理をするに当って写真を撮らないなどということはあり得ないことですし、6月5日の現地合同視察でも写真はあると認めていました。ただし、場所が特定できる写真ではないから見せられないそうですけれど。

 写真が出せないのであれば、倒れていない木も伐っているという疑惑が強まるばかりですね。伐採関係者の「被害のない立木は高く売れる。森林ごとに割り振ってもらっている」とのコメントは、風倒被害を受けていない木まで伐っていることを物語っています。

 風倒木は、高く売れないのです。「民有林に税金投入?」にも書きましたが、洞爺丸台風の風倒処理のときもそれにかこつけて健全な木を伐り出したといわれています。今でも、風倒被害の処理のついでに高価な健全木まで伐ってしまうということが常態化しているのではないでしょうか?

 北海道新聞が伐採問題に関心を持ったのも、道内の自然保護団体が動いたから。こんな実態も、自然保護団体が黙っていたならそのままにされていたところです。

 天然林の管理を林野庁から環境省に移し、天然林での伐採はやめるべきでしょう。

http://www.geocities.co.jp/tennenrin461/

2008年6月18日 (水)

場違いな植物販売

Wakkagenseikaen  先日の記事にも書いたように、イソコモリグモの調査のためにサロマ湖の東側の砂州にあるワッカ原生花園に行ってきました。原生花園といっても観光馬車があって舗装した道がつけられており、すっかり観光地化されていたのにはちょっとがっかりでした。ちょうどセンダイハギの黄色い花が盛り。

 その入口にあるのがネイチャーセンター。といっても自然についての展示はごく一部で、売店が主体の施設です。これにもちょっとがっかり。

Wakkasyokubutuhanbai  そのネイチャーセンターの入口で、なんと「高山植物」と書かれて花の苗が売られていたのにはびっくりしてしまいました。その苗をよくよく見ると、外来の園芸種のようでした。

 どうして海岸の原生花園でこのような苗を売らなければならないのでしょうか? あまりにも場違いではないでしょうか? 時折、山の麓などで高山植物を売っていることがあり、あれにはいつも嫌悪感を抱いてしまうのですが、それと同じようなものです。

 原生花園というのは園芸植物を集めた植物園ではないのです。自然を楽しみにくる場所での園芸種の販売はつつしんでもらいたいものです。

民有林に税金投入?

 北海道でも森林環境税を導入すべく準備が進められています。環境問題が喫緊の課題である以上、対策を講じるために税金を導入するというのはわかります。でも、北海道の森林環境税の場合、民有林の間伐や植樹などに当てるそうです。手入れされていない民有林に税金投入となれば、首を傾げざるを得ません。

 北海道では民有林に限らず、国有林でも道有林でも手入れされずに放置されている人工林がいたるところにあります。本来、人工林は良質な木材を生産することを目的に下草刈りや除間伐、枝打ちといった手入れをしていくものです。それが手入れされずに放置されてしまったのはなぜなのでしょうか?

 北海道の林業は、元手がタダの天然林から木を伐り出すことから始まりました。天然林に分け入り、価値の高い大径木から順に伐られていったのです。1954年の洞爺丸台風では大きな風倒被害があったのですが、その処理と称して奥地まで伐採の手が伸び、健全な木まで伐り出したのです。「老齢過熟木を伐って若木を育てる」との名目で、天然林伐採が続けられました。でも、そんな略奪林業も長く続くはずはありません。

 天然林の資源が乏しくなると、カラマツなどの造林が盛んになりました。しかし、本州から移入されたカラマツは北海道の気候に合わず、病害虫に悩まされたのです。しかも間伐などの手入れを怠ったために優良な材の生産に結びつきませんでした。そこ追い討ちをかけたのが安い外材の輸入です。こうして北海道の林業は衰退していったのです。

 天然資源の枯渇と造林の失敗で林野庁は膨大な赤字を抱え、天然林はボロボロになり、人工林は手入れもされず放置されたのです。

 間伐を怠ったために生長できず、商品価値が低くなってしまった手遅れの造林地が山のようにあります。こんな状況では人工林の手入れをしたところで収益が期待できないということです。採算がとれるかどうかわからない造林地に誰がお金を投入して手入れをするでしょうか? それは国有林であろうが、民有林であろうが同じです。こうした状況を踏まえ方向転換することなく民有林の手入れに税金を投入したところで、先は見えています。

 このような状況をつくり出したのは、国の林業政策の失敗によるところが大きいといえます。そのツケをなぜ道民が払わなくてはならないのでしょうか? しかも、個人の所有物である民有林に道民の税金を使うということに道民の理解が得られるのでしょうか?

 日本は自国の森林を破壊したうえに、熱帯林など海外の森林破壊にも加担してきました。その反省なしに「環境問題」を振りかざして市民に負担を強いるのは賛成できません。

 「植樹、植樹」と木を植えることだけを唱えるのではなく、環境保全や木材生産のあり方を考えて、どのような森林をつくりどう管理していくのかというビジョンを明確にしなければならないでしょう。

2008年6月16日 (月)

北海道開発局と無駄な公共事業

 国土交通省北海道開発局といえば道路や河川・ダムなどの工事を発注している行政機関。道路や治水はもちろん必要な事業ですが、「無駄な公共事業」があまりに多く、日ごろから自然保護団体などとは対立してきました。その開発局の官製談合にメスが入れられたのですから、関係者はさぞかし騒然としていることでしょう。

 何しろ今回はトップの逮捕です。新聞報道によると、道路部門にまで関係者の聴取が入っているとのこと。今回の逮捕は、石狩川の改修工事の指名競争入札で特定の業者に落札されるよう談合したとされていますが、当然のことながらこれだけでは収まらないはずです。

 天下り先建設業者への優遇・・・。次々と無駄な大型公共事業を生み出してきた癒着の構図が目に浮かぶようです。開発局が強引に進めている平取ダムやサンルダム、あるいは高速道路や高規格道路などでも、談合はなかったのか?

 どのような経緯で談合疑惑が発覚したのかはわかりませんが、談合を続けていれば業界関係者には当然わかることであり、落札できない業者の恨みをかってしまうことになるでしょう。建設業者が多い北海道では、落札からあぶれてしまうと死活問題でしょうから。

 昨年の春には、緑資源機構の悪質な官製談合が発覚し、松岡利勝農水相が自殺するというショッキングな事件に発展しました。松岡氏の自殺によって緑資源幹線林道本体にからむ疑惑はうやむやになってしまったようですが、結局、緑資源機構は解体されることになったのです。北海道開発局の談合は、この事件を彷彿とさせます。もっとも緑資源幹線林道(大規模林道)は「やまの道」と名称を変え、地方自治体の事業として生残りを画策しているのですから油断できません。

 開発局解体との声もささやかれているようですが、国民の税金を無駄な公共事業に湯水のようにつぎこんできた元凶にメスが入れられたのですから、しっかりと疑惑を解明してほしいですね。

 ただし、緑資源のときのように自殺者がでないよう願いたいものです。真実を明らかにすることこそ責任だと自覚して欲しいのですけれど・・・。

サロマ湖のイソコモリグモ

Saromakosasu  昨年から、イソコモリグモが生息していそうなところに行くたびに海岸に行って穴を探しているのですが、サロマ湖あたりは地図で見ただけでいそうな感じのところです。そこで、先週はサロマ湖にイソコモリグモ調査に出かけました。

 予想通り、オホーツク海と湖を隔てている砂州はイソちゃんの生息地になっていました。とりわけ西側(湧別町)の竜宮台のキャンプ場では、テントサイトにまで生息しているのです。巣穴の上にテントが張られてしまうなんてこともあり得ます。もっともこのキャンプ場、夏の一ヶ月間しか開いていないようですが。

Hamaendou  竜宮台から砂州の先端まで、ハマエンドウの花を見ながらルンルン気分で歩いていったのですが、陽が高くなるにつれだんだん暑くなって・・・、帰りは砂浜を見つめながらフラフラと駐車場にたどり着いた次第。

Saromagogankouji  日本海側の石狩川河口や天塩川河口一帯の生息地は砂浜に砂丘が迫っていて、生息域の幅が狭いのに対し、ここの砂州の先端部は幅が広くて良好な生息地になっています。ただし、湖の端のあたりでは護岸工事が行われていて、生息は確認できませんでした。海岸段丘の崖にはショウドウツバメの巣穴があるのですが、護岸工事はそのすぐ近くまで迫っています。このままでは壊されてしまいそうです。

 東側(常呂町)の砂州は原生花園として保護されているため、2箇所しか行けませんでしたが、イソちゃんはこちらにも生息していました。サロマ湖一帯は、北海道でもかなり大きな生息地といえそうです。

 このあたりも海岸浸食が深刻のようで、砂州は少しずつ狭まってきているようです。浸食を防ぐために工事が行われたら、生息地はかなり影響を受けてしまうでしょう。

 浸食防止のための護岸工事などで、自然の海岸線がどんどんなくなっています。この先、温暖化で海水面が上昇したら、海浜を生活の場とする生物たちは絶滅の危機に見舞われることになるのではないでしょうか?

2008年6月15日 (日)

ミズナラと霜害

 北海道の山々はすがすがしい緑に覆われました。多くの木は新緑をとおりこして、緑が色濃くなってきました。

Takinouesyamen  ところが先週、滝上町に向かっているとき、山の斜面にまだ緑になっていない木々が点々とあることに気付きました。写真の茶色っぽく見える木です。木の開葉の時期は樹種によって異なりますが、こんな季節になってもまだ葉を開いていないのはどうしたことか?

 そこで思い出したのが、霜害です。5月中旬に富良野のあたりを通ったとき、ミズナラの新芽が霜にやられて茶色くなっていました。そういえば、その少し前に強い霜が降りたのです。我が家のエゾマツの新芽も赤茶色になっていました。

 ヤナギなどは早くから葉を出しますが、ミズナラやヤチダモはいつまでも枯れ木のようで、「まだ~?」と思うくらい開葉が遅いのです。またトドマツとエゾマツではエゾマツの方が芽が出るのが早いのですね。早くから葉を開けばそれだけ早くから光合成ができるのですが、寒さに弱い新芽が霜の害を受ける可能性が高くなります。開葉の遅い木は、霜害のリスクを回避しているといえそうです。

 ところが今年のように春先の気温が高いと開葉の時期も全体的に例年より早くなります。霜を避けて遅めに新芽を出す戦略をとっていても、霜にあたると霜害を受けることになってしまいます。

 どうやら霜害を受けたミズナラは、その影響で開葉が遅れてしまったようです。なんだか皮肉ですね。

Kasiwanohana  こちらはサロマ湖のほとりにあったカシワの木。まだ葉は伸びきっていませんが、花が咲いていました。垂れ下がっているのは雄花です。カシワもミズナラと同じく開葉が遅いのですが、場所によってこんなに違うのですね。

2008年6月14日 (土)

自然保護団体への見せしめ?

 「天然林皆伐で林野庁・環境省の弁解」でもちょっと触れたのですが、皆伐地に通じるタウシュベツ林道のゲートに鍵がかけられてしまいました。

 そこで、現地調査のために鍵を借りるべく入林承認を申請するととんでもない対応が・・・。

 詳しくは以下の記事をどうぞ。

国有林は誰のもの? 閉められた林道ゲート 自然保護団体、伐採実態調査できず

 5日の林野庁と環境省との合同調査では新聞社数社とSTV(札幌テレビ)が取材に入りました。STVの放送内容は以下で読むことができます。テレビを見れなかった方は、是非アクセスしてみてください。ヘリからの皆伐地の写真も掲載されています。

偽りの豊かな森

 最後の「木を切る行為は一瞬のことですが、森が元の姿を取り戻すには何十年という時間が必要です。ご覧いただいた伐採現場からは森を守り、育てるという自然への思いやりがまったく感じられないのは私だけでしょうか」という和久井さんの発言は、多くの人の感じるところではないでしょうか。

 東大雪支署は、マスコミが報道したことがよほど気に障ったのでしょうか? それにしても、もうちょっと大人の対応をしてもらいたいものです。

 裁判を起こしているえりもの道有林でさえ、ゲートの鍵はすんなり貸してくれるのですから。

厚顔無恥なラリー主催者

 十勝から道央圏に移った世界ラリー選手権ですが、今年は札幌ドームをメイン会場にして開催するそうです。

 その主催者から自然保護団体に「ラリージャパン2008大会トライアルコース選定にあたっての情報提供に関するお願い」という文書が送られてきました。クマゲラ、クマタカ、オオタカの3種の情報を教えて欲しいとか!

 主催者は「環境に配慮したラリー」を謳いながら絶滅危惧種の生息地でラリーを強行し、自然保護団体の要請や抗議を無視しつづけてきたのです。環境調査報告書の提出を求めてもまったく応じませんでした。なんと厚顔無恥な・・・。

 しかも、昨年までは主催者はHPでコースの地図も掲載していたのに、今年からは関係者しかアクセスできないようになっているではありませんか。

 地元の自然保護団体としてずっと声をあげ続けてきた十勝自然保護協会は、主催者に申入れ書を送りました。

 こんな主催者に対して、文書を送っている団体はほかにもあります。

http://blogs.yahoo.co.jp/soso6549/42510580.html

 洞爺湖サミットを目前に環境問題がクローズアップされている中で、流れに逆行するラリーは歓迎されるのでしょうか?

              **********

世界ラリー選手権「ラリージャパン」の早期の終焉を望む申し入れ書!

  2008年4月21日付けで当協会宛に、ラリージャパン2008大会トライアルコース選定にあたっての情報提供に関するお願い、として貴殿から文書が送られてきました。

 その内容は、道央圏で予定しているラリーコースでクマゲラ、クマタカ、オオタカの情報を教て欲しい、コース選定の判断にしたいというものでした。

 私たちは環境を大切にする「ラリージャパン」というあなた方の当初の意向を尊重し、事前の環境調査報告書や競技の前後に行った調査を公表するということの誠実な履行を求めて、あなた方に、幾度も文書を送り電話連絡をいたしましたが、それらに一度たりとも答えることはしませんでした。

 ラリーの自然環境への影響についても、WRCパリ本部の回答は一過性のものであるというものでした。しかし、一過性であるということを科学的に証明もしませんでした。

 あなた方の組織は、とても信用することができません。林道で行われるラリー競技は、生態多様性の維持、保全に逆行するものです。私たちは、地球環境保全、生態系の保全を破壊するだけのものであるという観点から林道を使用するラリーには反対をしてきましたし、これからも反対していきます。

 十勝における林道使用のラリーには、北海道自然保護連合も私たちと共同で中止するよう求めてきました。あなた方の文書は、北海道自然保護連合に加盟する北海道自然保護協会と大雪と石狩の自然を守る会の二団体にも情報の提供を求めています。厚顔無恥と言わざるをえません。これら二団体とも私たちと共同であなた方に文書を何度もお送りしているのに、あなた方は一度たりとも誠意ある対応をしませんでした。

 あなた方の組織は人々に信用されるはずがありません。したがって、あなた方が組織し実行している世界ラリー選手権なるものは、早晩地球上のどこであろうと受け入れられなくなるでしょう。

 北海道の森林は元来、どこであろうと多様な生物の宝庫でした。林道は自動車競技とは相容れません。ガソリン車による林道のラリーは撤退するべきです。勇気ある決断をされるようお勧めいたします。

2008年6月13日 (金)

マスコミと期待権

 従軍慰安婦問題を取り上げたNHKの番組で、取材に協力した市民団体が事前の説明と異なる放送内容に改変され、「期待権」を侵害されたとして争っていた裁判の最高裁の判決がありました。

 取材を受ける側の期待権を原則として認めない判決・・・。しかも国会議員の介入を受けての改変であったのに、そこにはまったく判断を示さない判決・・・。最高裁の判決は、近年ますます権力者寄りになっていくようです。

 NHKへの配慮ばかりが感じられる判決は、まさに権力寄りではないでしょうか。マスコミは権力を監視し批判するべき立場にあると思うのですが、日本には、それを貫けるマスコミはほとんどなくなっています。NHKなどは権力寄りメディアの最たるもの。

 さて、今回の判決で頭に浮かんだのは、綿井健陽さんの「逆視逆考」という見方です。メディア側の視点に偏った判決は、裏を返せば取材を受ける側の視点が欠落した判決ともいえます。

 マスコミにとって取材者・情報提供者はなくてはならない存在です。ひとつの番組を作り上げるのに、いったいどれくらいの人に協力してもらって情報収集するのでしょうか? 視聴者に見えないところで、信じられないほど多くの取材をしているものなのです。多数の取材協力者の存在なしには番組制作は成り立たちません。そのためにもマスコミは情報提供者の意向を尊重して信頼関係を築かなければ、真実を伝えることなどできません。

 私もマスコミの取材を受けることがありますが、市民はマスコミが事実を伝えると期待を寄せるからこそ、マスコミを信頼して取材に協力するのです。はじめから権力寄りの番組だとわかっていたら、権力に抗っている人たちは協力などしないでしょう。

 市民の「期待権」を基本的に否定してしまったら、だれがマスコミを信頼するでしょうか? 市民に信頼されなくなったマスコミは、ますます権力に擦り寄った報道をするのではないでしょうか?

 一方で、「期待権」を尊重することで、取材対象者が自分の意に沿った報道をさせようとする場合もあるかもしれません。例えば持ち込み企画というような形で。そのような場合でも、持ち込まれた情報だけに偏らないよう多数の情報源に当って事実を拾い集め、適正な番組にしていくのがメディアの役割です。

 NHKのことで付け加えるなら、それとてきちんとなされているのか疑問が残ります。「マスコミの弊害」にも書きましたが、自費出版問題を扱った昨年11月27日放送のクローズアップ現代の内容は、正直いってとてもそのような調整がなされたとはいえないものでした。

 実は、この番組をつくるに当ってNHKは私にも情報提供を求めてきました。自費出版のトラブルについて情報を集めているとのことで、とりわけ文芸社についての情報提供を依頼されたのです。しかし、蓋を開けてみれば新風舎を提訴した人の「書店に並ばなかった」という事例を中心に紹介し、リタイアメント情報センターが前面に出た番組になっていました。

 「リタイアメント情報センターの持ち込み企画?」と察せられる番組です。文芸社についても情報収集して共同出版のさまざまな問題点について指摘を受けていたにも関らず、それは全くといっていいほど番組に生かされていませんでした。新風舎の実例に飛びつき、問題点の指摘も消化不良状態。

 手間と時間を費やして情報提供しても、これでは信頼関係など得られなくなっていくでしょう。もっともこのようなことはNHKに限ったことではありません。何らかの理由で報道したくない情報は取り上げないというのがマスコミです。

 市民がマスコミに期待できなくなったら、マスコミの死を意味するのではないでしょうか。

2008年6月12日 (木)

言い得て妙・・・

 「新文化」によると、11日に草思社の債権者集会が開かれて、再建案が認可されたそうです。あの草思社が文芸社の子会社になるわけですが、草思社にとっては苦渋の選択だったのでは・・・。

 ところで、論創社のHPで「出版状況クロニクル」という連載がはじましましたが、それによると「草思社の文芸社子会社化」は「サラ金が銀行を傘下に置くような印象」だそうです。

 なかなか言い得て妙ですね。要するに一般の出版社は、文芸社をまっとうな出版社だとは捉えていないわけです。そりゃあそうでしょう。商業出版社だけではなく、良心的な自費出版社(制作・販売請負会社)だってそう感じているでしょうね。

 ところが、文芸社のHPを見ると、文芸社出版評議会として業界関係者などが6人も名前を連ねています。この方たち、状況を理解されているのでしょうか? まったくもって不思議です。サラ金の広告塔になっている著名人なんかもいますけど、立場がちょっと違いますよね。

 「サラ金が銀行を傘下に置くような・・・」という、いわば異常なことが現実となってしまったのが今の出版業界ともいえるでしょう。「出版状況クロニクル」に目を通しても、この業界かなり重症な病のように感じられます。

2008年6月11日 (水)

スピリチュアルと共同出版

 昨日のNHK「クローズアップ現代」は、「過熱・スピリチュアルブーム」でした。かつては若い人たちに人気のあった占いが今は30代や40代の人たちにまで広がっていて、悪質な業者に大金をつぎ込んでしまった被害者も多いとか・・・。

 現状に行き詰ったり不安を抱えている人たちに安心感や希望を与えるというのですが、効果があるとは到底思えない占いなどに高額な費用を請求する騙しともいえる商法がまかり通っているのです。孤独感や不安感を利用した詐欺的商法でしょう。

 占いほどバカバカしいものはないと思っている私にとっては、こういう世界を信じ込んでしまう人たちが多い、というか増えている現象に寒気を覚えてしまいます。経験の少ない若者だけではなく、いい年をした大人までが霊的なものに頼ってしまう・・・。これだけ科学が発達した現代社会で。

 そうした背景には、誰にも不安や悩みを相談できない人間関係やそれを生み出した病んだ社会の姿が映し出されているようです。

 大槻義彦さんは江原啓之氏を批判していますが、当然でしょうね。

http://www.j-cast.com/2008/02/10016502.html 

 で、この番組を見ていて思い出したのが、血液型の本です。なにやら文芸社の「B型自分の説明書」がずいぶん売れているようですけれど、いまだに血液型と性格の相関性を信じている人、あるいは信じたい人、興味がある人がいかに大勢いるかということでしょう。血液型ってそんなに面白いんでしょうか? 私には「それがどうしたの?」としか思えないんですけれど。

 「『B型自分の説明書』、買っているのはどんな人たち?」によると、はじめは共同出版(流通出版)で1000部の出版だったようです。こんな風に共同出版本がヒットすると、「共同出版でもヒットするチャンスがある」という文芸社の宣伝になるのでしょうね。「A型」とか「AB型」の本も出版され、文芸社にとっては追い風でしょう。

 作品をそれなりに評価し、もしかしたらヒットするかもしれないという期待感を抱かせて流通出版に勧誘する手法もスピリチュアルに似ているように思います。でも、著者に請求した費用について何ら説明できない会社なんですけどね。印税タイプは倉庫保管料も販売の費用も文芸社持ちということなのですが、信じられますか? 文芸社が自社の商品を発行して売上金も得る契約なのに、出版委託金?販売委託金? 協力金とか分担金というべきでしょうに・・・。

 草思社の支援や血液型本のヒットで文芸社の社名は広まったかもしれませんが、被害者が出ないことを願いたいですね。

所詮、被害者じゃあ・・・

 昨年、新風舎批判で騒いでいたマスコミやジャーナリストたちは、新風舎の破綻した途端に沈黙しちゃったようです。新風舎の問題を積極的に報道した人たちは「新風舎商法を考える会」の世話人に煽られたり、この会のメンバーが起こした訴訟をネタに批判を展開したようですが・・・。

 あるテレビのスタッフなどは私に情報提供を依頼しておきながら、私が「新風舎だけの問題じゃありませんよ」といくら忠告しても新風舎批判だけに突っ走り、挙句の果てに私に食ってかかりましたっけ。彼は、新風舎だけが問題ではないことは知っていました。

 そんなジャーナリストやマスコミ関係者たちに聞きたいですね。「新風舎が潰れて文芸社が事業の一部を譲り受けたのに、なぜ沈黙しているの?」「新風舎批判しかしなかったことに責任を感じてないの?」って。

 それだけじゃありません。新風舎や草思社のことを語る人々は、なぜか文芸社の名前すら出そうとしません。文芸社の名前を出すことってタブーなの?

 5月2日号の週刊金曜日に、佐野眞一氏と福島聡氏の「本と雑誌に何が起こっているのか」という対談が載っていましたが、そこでも新風舎と草思社のことが話題になっていました。でも、文芸社のことは出てこない。棚借りして売れ残りを買い取っている出版社があるということは書かれているんですけどね。何とも不思議。

 佐野氏の新風舎倒産についての見解は「版元と著者のたしなみのなさが共鳴して臨界点に達した破綻劇」なのだそうです。それじゃあ、ほかの出版社は「たしなみ」があるの? 本質が分かってないなあ、佐野さん・・・。契約書、見たことないんでしょうか。

 「その『出版不況の裏側』の話は真実か?」という記事にも、文芸社の名前は一言も出てこない。○○社というのは出てきますけど。ただし、この干場さんという方の、「ようやく実態にきづいた依頼者からの訴訟により、依頼者が激減していたから」という新風舎倒産の見方は当っていますね。この記事ではNHKのクローズアップ現代を紹介していますが、クロ現も文芸社の問題については知っています。報道しないだけでね。

 さらに不思議なのは「新風舎商法を考える会」のHP。中身が削除されて、相談は別団体で尾崎氏が副理事長を務めるリタイアメント情報センターに振ってしまい、尾崎氏の本の宣伝が出ているだけ。まるで尾崎氏の私的なページです。新風舎の被害者の方たちは、文芸社への事業譲渡に不満がないとは思えないんですけど、これが会の総意なのでしょうか?

 ここから見えてくるのは、文芸社批判を絶対にしない尾崎氏の一人芝居・・・。彼の新風舎批判につられて問題点の本質を見失ったジャーナリストさんたち、まさか今でもこの構図に気付かないわけではないでしょうね・・・。

 自費出版業界の人たちの多くも、彼につられてしまったように感じます。以前は自費出版業界の人たちは「著者は消費者」なんて言っていませんでしたが、尾崎氏の「消費者説」を受け入れちゃったみたいですから。印税や売上金を得る立場の著者が消費者?! 少し頭を冷やしてもらいたいものです。

 そして、新風舎の倒産時にネットで騒いでいたJPS出版局のご隠居さんこと高石左京氏も、「さらに詐欺的な共同出版問題も多くの人の知るところとなり、当初目標は達成できた」とのこと。文芸社がのしあがってきて全然問題解決してないのに、目標達成?

 まあ、新風舎倒産をきっかけに、パブネットと称して編集者やデザイナーを集めて彼らに本づくりを丸投げし、販売も他社におまかせで自分はマージンで利益を得るというシステムをつくったのですから、気楽なものです。「個人出版支援のための制作技術者集団」と銘打っていますけど、仕事を下請けに丸投げしてマージンで左団扇の「天下り会社」みたいなものでしょう。高石氏にとっては確かに目標達成か・・・。関係者や著者の人たちは、この構図わかっていないのかなあ?

 問題は、商業出版と同様の取次による委託販売を売りにしているのですから、どんな編集をしてどんなレベル・質の本をつくり、どれだけ販売努力するのかという中身ですけど。

 新風舎倒産後、共同出版を批判しなくなった人たちは、所詮、被害者じゃないんですよね。結局は公共の利益より自分の利益の方が優先ということか・・・。

2008年6月10日 (火)

皆伐地あれこれ

 2004年の台風18号は道内の各地で風倒被害を出したようで、風倒木処理のために皆伐にした天然林を何箇所も見かけました。

Kitami  これは北見市で見かけた皆伐地です。たぶん国有林でしょう。作業のためにブルドーザーで道をつくって段々畑のようにしています。ただし表土をすべて剥いでいるわけではありません。ここの場合は、すべての木を伐って搬出したのではなく、倒れなかった木や幼木は残されているようです(写真は3月に撮影したものなので広葉樹はまだ葉が出ていません)。

Takinoue  こちらは、滝上町の国有林の皆伐地です。倒れなかった木もあると思うのですが、すべて伐ってしまっています。やはりブルドーザーで段々畑みたいにしていますが、表土をすべて剥いでしまったわけではないようで、草本に被われてきているようです。今はどこもこのようにブルを入れて作業をするので、斜面が急なほど表土が傷つけられます。この近くの別の皆伐地はもっと急傾斜で、土がむき出しになっていました。大雨が降るたびに土砂が流出して崩れていくことが懸念されます。

Tausyubetu  さて、こちらは例の大雪山国立公園のタウシュベツの皆伐地です。かなりの急斜面のうえに、表土が全面的に削られています。皆伐してから2年以上経っているのに、植物はほとんど生えていません。最悪の状態です。こんな酷い皆伐現場はなかなかあるものではありません。この光景に、同行したマスコミの方たちも愕然としていました。ところが環境省の職員は現場をみて「皆伐地ってこんな感じかという印象」と淡々と語ったのです。環境省の職員がですよ! この感覚には呆れました。

 ここは木材生産を目的とした人工林ではないんです。国立公園の特別地域内の天然林です。しかも公益的機能を重視する保安林なのですけどね・・・。洞爺丸台風のときも大きな倒木は搬出しましたが、こんな状態にはしなかったはずです。それでも自然の力でちゃんと森林が再生されました。林野庁が、本当に問題がないと思ってこんなやり方をしたのなら、森林管理者として失格でしょう。

 5日の自然保護団体と林野庁・環境省との合同視察については、「天然林皆伐で林野庁・環境省の弁解」にも書きましたが、JANJANにも投稿しました。

国立公園の皆伐で問われる林野庁・環境省の姿勢

2008年6月 7日 (土)

クモと書店と・・・

 少し間があきましたが、北欧旅行の続きです。

 今回の北欧旅行は5月の北欧ということもあり、クモの観察や採集は考えていませんでした。クモを見るには、まだ季節的に早いのです。それに都市が中心の旅行でしたから。

Hokuoukumo  やはりクモの姿はほとんど目にしませんでした。ヨーテボリの植物園で円網を張っているコガネグモ科の幼体や、サラグモの幼体は見つけましたが、成体のクモはコモリグモくらいでしょうか。植物園の路上を歩いていましたので、写真だけ撮りました。

 環境から考えても、植生から考えても、恐らく北欧南部の都市はクモの種数はそれほど多くないのではないでしょうか。中・北部の自然の豊かなところならある程度の種数は見られるのかもしれません。また、湿原などにはさまざまなサラグモ類も生息していることでしょう。

Akademiasyodana  ところでフィンランドの首都ヘルシンキはとてもこぢんまりとしていて、中心街は徒歩で回れるほどの小さな街です。人口が約56万人だそうですから、街もコンパクトなのですね。首都の小ささにはちょっと驚きました。そのヘルシンキにはアカデミア書店という立派な本屋さんがあります。「クモの本は置いてあるかしら・・・」と思い、この書店を覗いてみました。

 まず入って驚いたのは、大半の本が表紙を見せて並べられていることでした。棚差しにしている本もありますが、多くの本が平積みにされていたり、表紙を見せて書架に立てかけられています。大半の本が棚差しで、ごく一部のものしか平積みにされていない日本の書店とは正反対の陳列方法です。一冊一冊の本が大切にされ、じっくりと長く売るという姿勢を感じます。

 もちろんこのような陳列ができる背景には、日本とは大きく異なる出版業界の事情があるのでしょう。きっと出版点数自体がかなり少ないのでしょうね。そして、出版された本はお客さんの目につきやすいように配置し、時間をかけて売っていくのではないでしょうか。

 一日に200点以上もの本が出版されている日本では、大量の本が発行され、大量の本が書店にも並ばないまま廃棄されています。私が批判している共同出版も、出版点数の増加を助長しています。「出版」の意義は認めますが、日本の出版業界の乱造の現状は、異常であり大変な資源の浪費といえます。

Akademiasyoten  本来ならアカデミア書店のようなあり方が当たり前なのかもしれませんが、日本の書店を見慣れている目にはすごく贅沢な展示です。店内にはソファーが置かれていて、ゆっくりと本を読んでいる人もいます。立ち読みどころか、座り読みです。まさにくつろげる書店ですね。羨ましい・・・。

Kumonohon  2階の自然に関する本のコーナーでクモの本を探してみると、一冊見つけることができました。1995年に出版された、Robertsによる「Spiders of Britain & Northern Europe」です。この本は私も持っていますが、私の持っている本とは表紙のデザインが異なっています。フィールドガイドとなっているのですが、カラー図版は一部の種のみで、顕微鏡で同定するための生殖器の図が載っているかなり専門的な分類書です。

 クモ研究者の数を考えれば簡単には売れそうにない本ですが、ヨーロッパではこのような本もすぐに絶版にすることなくじっくり売っていくのでしょうね。

前回の記事 北欧の芝生文化 

2008年6月 6日 (金)

天然林皆伐で林野庁・環境省の弁解

 3日から5日にかけて大雪山国立公園の「幌加」と「タウシュベツ」の天然林皆伐現場を歩きまわっていました(この皆伐問題については「国立公園で木を伐る日本の恥」 「無惨! 国立公園の森林」「天然林伐採の凄まじい実態」参照)。というのは、5日に自然保護団体が林野庁と環境省に合同視察を申し入れていたからです。京大名誉教授で国際自然保護連合生態系管理委副委員長の河野昭一氏も同行しました。昨年の秋に続いて2度目の視察です。

 北海道在住の方は、この視察について新聞報道で知った方も多いと思います。ただ、新聞はどうしても紙面が限られてしまいます。そこで、現場の状況と林野庁・環境省の説明、それに対する自然保護団体の見解をお伝えします。

 タウシュベツでは、皆伐の問題とともに作業道の問題があります。昨年この現場にはじめて入って驚いたのが、沢を埋めて作業道が造られていたことです。沢の形状が変えられ、作業道の脇に掘られた水路に水が流れているのです。そして半年後の今回の光景は、さらに驚くべきものでした。

Sagyoudous  作業道はあちこちで水の流れによって大きく抉られ、ズタズタになっていました。昨年の秋には車で入れたところです。もともと沢だったところに作業道をつけたのですから、大雨が降ればたちまち水に洗われしまうのです。また、作業道の修復作業をする際に砂利を路肩に押し出たと思われるところがあります。

Fuuketu  斜面下部には冷風を吹き出している風穴があり、地下には凍土があると推測されます。このあたりには永久凍土が知られているのです。その風穴地も水の流によって抉られてきていて、エゾイソツツジが赤茶色になって枯れていました。崩壊を起こしている斜面もあります。

Karetanaegi  皆伐現場に植えられたトドマツの苗木の大半は頂芽が枯れ、赤茶色になって枯死している株もあります。許可なく採取や損傷ができない指定植物のハクサンシャクナゲが、損傷を受けていました。表土を剥ぎ取られた斜面は今もほぼ裸地状態で、地表面の温度は30度以上にもなり、保水力が低下して樹木の生育には非常に厳しい状況になっています。

 このような状況について自然保護団体が質問してやりとりをしました。林野庁と環境省の説明、自然保護団体の見解は以下のような内容でした。

1.作業道について

【林野庁】

 昭和46年ごろ造林のためにつけた作業道を、その後手入れをしながら使用している。昨年6月に砂利を入れ、一部にパイプを通して修繕した。作業道をつくる際には、水の流れを無理に変えないように配慮していたと考えている。5月20日に日雨量122ミリの豪雨があって抉られたが、雪融けではこのようにはならない。通常のことではない。 作業道の脇に水路を掘削したことについては、水路を確保するために必要であった。沢の形状の変更は、保安林に指定されたあとであれば問題であったと考える。

【環境省】

 作業道は施業上必要。違法行為はないと考えている。重機で土砂を路肩に押しやっている部分は問題がある。 【自然保護団体】 作業道の洗掘は5月20日の豪雨によるものだというが、日雨量100ミリを超える大雨はこの地域では特異的なことではない。沢を埋め、本来の流路を変えて作業道を造ったために大雨によって洗掘される。

 作業道補修は沢の形状変更に当ると考えられ、自然公園法に抵触する可能性がある。 水路の掘削やパイプの埋設は、オショロコマなどに配慮していない。

2.凍土層の破壊について

【林野庁】

 このあたりに永久凍土があることは知っているが、凍土の調査はしていない。

【自然保護団体】

 川の流れを変えたことによって斜面下部が浸食されて凍土層を破壊した可能性がある。生物多様性保全の観点からも、施業に際しては自然についての調査をすべき。

3.皆伐について

【林野庁】

 タウシュベツの皆伐地は、平成16年の18号台風で壊滅的な被害を受けた。風倒木を放置しておくと病害虫の発生、山火事、風倒木の流出による二次災害の恐れがあるために、被害木の搬出処理をした。保安林であり急斜面でもあるので、倒れた木をそのままにしておくのは問題。早期に緑化するためにも伐採して植えるほうがよい。

 ここは直径20センチ程度でほぼ50年生のトドマツが主体の森林だったことから、洞爺丸台風で被害を受けたところと考えられる。稚樹はけっこう残っていて、大きい倒木を搬出したものと思われる。

 苗木の頂芽の枯死は、雪が少なかったことによる寒風害と思われる。このあとは天然更新を想定しているが、どうすべきか調べたい。

 専門家にも現場を見てもらって意見を聞いた。植林に際し、残置した材を縦に並べたが、横のほうがよかったのではないかとの指摘を受けた。

 幌加の皆伐地も18号台風で壊滅的な被害を受けた。植林の密度を低くし、あとは天然更新を期待している。ここはヘリから撮影したビデオはあるが、素人が撮っているので映像は不鮮明で被害状況はよくわからない。現場の写真も出てきたが、場所が特定できない写真である。

【環境省】

 森林の専門家ではないので、施業については判断できない。指定植物の損傷については、工事や施業の場合は必ずしも違法とは思わない。違法行為がなければ指導する立場ではない。

 生物多様性の保全については、林野庁も十分認識しているはず。

【自然保護団体】

 アメリカでは風倒木はそのままにしている。土壌層まで剥いでしまうやり方は生態系の破壊だ。洞爺丸台風で被害を受けたところも自然に回復している。今回も同様の天然更新で回復したはず。皆伐によって再生不能状態にした。害虫が大発生したとしても数年で収束することがわかっている。

 同じところにある伐採を免れた稚樹の頂芽は枯死しておらず、苗木の頂芽の枯死は寒風害ではない。苗木そのものの問題。南斜面の裸地化は復元がきわめて困難。天然更新を期待するといっても、ササが茂ってしまえば更新はできない。

 幌加の皆伐地については、林野庁はヘリからの目測で被害率を算出しているが、その値は実際より小さく、本当に壊滅的な被害だったのか疑問。被害現場の証拠を出さないために、皆伐が適切だったのかどうか検証できない。昨年の説明では「風倒処理前の写真はない」と言っていた。ヘリからのビデオや現場写真があるということははじめて知った。

 沢に土砂が堆積しており、皆伐地から多量の土砂が沢に流れこんでいる。

 おおよそこのようなやりとりがありました。

 林野庁は、あくまでも風倒木処理は必要なことであり、壊滅的な被害があったので皆伐にしたという論調です。自然保護団体の追及で「皆伐が最善であったとはいえないかもしれない」という発言もしましたが、基本的には皆伐を正当化する発言を繰り返しました。そして自然保護団体の指摘に対しては、何ら明確な反論ができなかったのです。

 環境省の見解は、違法行為とは判断できないし、違法でなければ問題にはできないというものです。また自然保護団体に対しては、急斜面の表土を剥いだ皆伐に問題があるとの発言は全くしませんでしたし、不快感もあらわにしませんでした。ところが北海道新聞の取材には「事前に相談してほしかった」と不快感を示したそうです。読売新聞には「望ましくない形だが、風倒木の処理は必要で、施業方法などを林野庁と協議していく」とのコメントをしています。マスコミの取材に対してだけ皆伐に問題があったとの認識を示したのであれば、何とも不可解です。なぜ、自然保護団体にもそう言わなかったのでしょうか?

 林野庁が「最善であったとはいえないかもしれない」と発言したことは確かですが、基本的には非を認めまいと弁解に終始したのであり、そのことこそ問題ではないでしょうか。この国の行政の最も悪いところは、反論もできないのに「非を認めて反省する」という態度を示さないことです。組織のため、保身のために非を認めようとしない行政のあり方を変えていかなければ、進歩はないでしょう。

 蛇足ですが、不思議に思ったことがあります。昨年までは鍵をかけていなかった林道ゲートに鍵がかけられたことでした。森林管理署の説明では5月20日の豪雨で危険になっている箇所があり、一般の人が入り込まないためとのことでしたが、そのような場所は見当たりませんでした。また環境省には以前から同行を申し入れていたにも関らず、用事があるとのことで途中で帰ってしまいました。河野昭一氏ははるばる京都から来ているのです。せっかくの機会なのですから、最後まで付き合ってほしかったですね。

2008年6月 1日 (日)

環境保護・自然保護NGOは過激か?

 私は地元の自然保護団体である十勝自然保護協会に所属し自然保護活動をしている立場ですから、周りの人たちが自然保護団体や環境保護団体をどのように捉えているかということははっきりとはわかりません。でも、「自然保護団体は何でも反対する」「などといった批判を耳にしたことがあります。あるいは「十勝自然保護協会は過激だ」とか・・・。毎日新聞社が主催した国際ラリー問題では毎日新聞の不買運動までやりましたから、過激な組織に写るのかもしれませんね。

 傍目には「何でも反対」あるいは「過激」に見えるのかもしれませんが、そのような意見を聞くととても残念に思ってしまいます。

 自然破壊を伴う公共事業の場合、行政と話し合いをしたうえで条件をつけて安易に事業にゴーサインを出してしまう組織もあります。そのような団体は一般の方からは協調性があると評価されるのかもしれません。しかし本当にそうでしょうか? 私から見れば御用団体としか思えないのです。

 自然保護団体は、過去の活動の中でいろいろなことを経験し学んできました。最後の選択肢のなかでやむを得ず条件をのんだこともあります。しかしそのような経験から学んだのは、基本的に原則論を貫くべきだということです。原則的に物事を考え、納得がいくまで話し合って解決策を探っているのですが、それが「何でも反対」に見えてしまうのかもしれません。話し合い、非暴力、合法的な解決を前提としていますが、一方で安易な妥協は開発への免罪符を与えることになりかねないと考えています。

 そもそも何のために自然保護運動をするのでしょうか? 人も生態系の一部であり自然なしには生きてはいけない存在であるのに、人のエゴによって自分たちの存在が脅かされるまでに環境や自然が破壊され生物多様性が破壊されてきました。そうした現状を純粋に危惧しているからに他なりません。気の遠くなるような地球の歴史の中で育まれてきた生物多様性を保っていくことは人間の責任であり、私たちの意志にかかっているのです。

 一部の御用団体を除き、多くの環境保護団体や自然保護団体は、環境破壊に歯止めをかけるために時間や労力、私費を投じて頑張っています。

 しかし今回のグリーンピース批判で、環境保護団体はきわめて過激な団体であると考えている方も多く、中にはグリーンピースと聞いただけでアレルギーのように嫌っている人もいるのだと感じました。

 そして、私の記事にコメントを入れてくださった「失礼御免」さんの以下の意見(一部を引用させていただきました)には、考えされられてしまいました。

捕鯨推進派や国などがまったく白で正しいと言いたいわけではないのですが捕鯨反対派や一部の巨大な環境団体の中にも「疑惑」はあるのではないでしょうか。

> 「仕事づくり」のために無駄な公共事業や不適切な伐採が行われているという現実は、見直しが必要だと、私も思います。これは、皮肉や攻撃的な意味で言うのではないのですが一部の巨大な環境団体における「運動」にも同じことが言える可能性はないでしょうか。

 一部の巨大な環境団体にも疑惑があり、その活動は自分たちの仕事づくりといえる可能性があるのではないかという指摘です。

 地域の小さな自然保護団体の大半はわずかな会費や寄付金で活動しており、時間も資金も持ち出しのボランティア活動というのが現状です。しかし、大きな組織になると専従の職員がいて、活動が仕事となっている人たちもいます。ですから、目立った活動をすることで自分たちの仕事(活動)をアピールしているという批判が出るのかもしれません。ただし、グリーンピース・ジャパンの場合は企業などからの資金援助は受けずにサポート会員や本部からの支援で活動しているとされています。

 一部の巨大な環境団体(グリーンピース?)に何らかの疑惑があるというのであれば、その疑惑について具体的に説明するべきではないでしょうか?

 少なくとも私はグリーンピース・ジャパンの捕鯨に関する見解には基本的に賛同しますし、指摘された疑惑について信頼に足る具体的な情報を知りません。

 グリーンピースの活動を批判する方たちは、グリーンピースの見解に対して具体的に意見を述べるべきだと思います。

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

フォト

twitter

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ