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2008年5月 2日 (金)

匿名言論への疑問

 私がブログを始めようと思った一年前、一般の方のブログの大半が匿名であることに違和感を覚えました。実名あるいは書き手が特定できるペンネームなどで書いている方は、タレントや歌手などの著名人、大学の教員、政治家、ジャーナリスト、弁護士などが大半のようです。

 インターネットの普及によって、これまでジャーナリストや知識人にしか開かれていなかった言論の公開という行為が、誰にでも可能になったのです。それにも関らず、多くのブロガーが匿名を使用している。これでは従来の紙のメディアと変わらないではないですか。言論の場を与えられているのに、日本人はなぜそこまで匿名にこだわるのでしょうか。

 私はこれまで自然保護活動に関わってきましたし、批判的な意見も書いていくつもりでしたから、はじめから匿名でブログを書くつもりはありませんでした。自分の意見・発言を公開する以上は名前を明らかにして責任を負うべきですし、発言の信憑性にも関ってきます。とりわけ共同出版批判をするのなら匿名では意味がないと思っています。それに、ブログでは読者がオーナーに直接連絡を取れるようにするのがベストでしょう。

 もちろん匿名のブログが問題だとは思いませんし、そのこと自体を批判するつもりもありません。仕事上の理由などで名前を出せない人もいるでしょう。しかし、どうしても匿名にしなくてはならないという人はそれほど多いとは思えません。ネットでは匿名が当たり前だという思い込みに支配されているのでしょうか。それとも、批判や誹謗中傷を恐れているのでしょうか。

 新聞などの投書欄では、匿名を不可としている場合が多いと思いますが、新聞社としてはたとえ一市民の発言であっても公にする以上、言論に責任を持つのが当然だと考えているのでしょう。また匿名が可能な場合でも、その媒体に投稿者の氏名や住所を明らかにするのが前提です。紙のメディアでは、匿名は投稿者を守るために、あくまでも「例外」として扱われてきました。言論の自由を求めるなら、かならず責任がつきまとうのです。

 ところが、インターネットによって誰もが発信できるようになった現在、「匿名」が当たり前で実名での発言はごく限られるという逆転現象が生じてしまいました。本来責任を持つべき言論の場において、これは異常な状態といえるのではないでしょうか。

 かくして匿名の隠れ蓑のもとに掲示板やブログのコメント欄での誹謗中傷がまかり通るようなったともいえるでしょう。気に入らない発言者に対しては、集団で言いたい放題の攻撃をして「炎上」だの「祭り」だのと騒ぐわけです。こんな形でしか発言できない人たちは、なんだか哀れですね。彼らの多くは自分で物事を判断しているのではなく、誰だかわからない大勢の人たちに左右されてしまっているのでしょう。

 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のような、「個」の確立のできない人たちがうようよしているこの国の未来は、残念ながらとても明るいとは思えませんねえ。もっともこの国では意図的に「個」を確立させないような教育をしているといえますけれど。「愛国心」なるものを押し付けたりしてね。

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