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2008年4月20日 (日)

自費出版業者の功罪

 一昨日から昨日にかけては「えりもの森裁判」の口頭弁論で札幌に行っていたのですが、その間に「自費出版を殺すな」(渡邉勝利著、東京経済)という本を入手して読みました。正直いってひどく失望したとともに、こうした発言の影響を危惧せざるを得ません。この本を読んで感じたのは、まさに彼の発言の「罪」です。

 渡邉氏が、同業者でありながら共同出版を批判してきたことは「功」として評価しなければなりません。その一方で、彼の発言が徹底して自費出版業者としての立場からのものであり、共同出版社と契約を交わした著者の立場に立っていないことについては、「罪」として批判せざるを得ません。渡邉氏がNPO法人リタイアメント情報センターの自費出版部会長という立場であるからこそ発言の責任は大きく、私としては看過できないのです。

著者の立場を考えていない問題意識

 この世の中に悪質商法は数々ありますが、被害者が悪質業者と交渉したり裁判で闘う際は「自分の交わした契約内容に基づいて不当性や違法性の指摘をしなければならない」ということです。これは大原則でしょう。この大原則を無視したなら勝つことは困難です。ところが、渡邉さんの主張はこの大原則を無視したものなのです。その最たるものは「なぜ人はそんな商法に引っ掛かるのか」の中での印税・本の所有権に関わる主張です(67ページ)。その部分を引用してみましょう。

 「そもそも印税というものは、出版社が著者に原稿を依頼し、商業出版として発行した本の売り上げに対し、原稿の対価として、著者に支払うもので、雑誌等では印税ではなく、原稿料として支払われるものである。自分が費用を出して出版した自費出版物に、印税は存在しない。」 「自費出版であるならば、出版した本はすべて著者のものだと認識するが、共同出版といわれると、出版物の所有権が出版社にあると思い込まされてしまう。だから、もらった百冊がなくなってしまい、追加して本が欲しいとき、自分が費用のすべてを負担した本でありながら、出版社から有料で買い取らなくてはならなくなることを、不思議だと思わなくなる。」

 この発言については、私は「冗談じゃない!」といいたいですね。著者は出版社に所有権のある本をつくることに同意しているのです。出版社の商品として本を出版させるという契約書に署名捺印しているのですから印税があるのは当然です。所有権についても「出版社にあると思い込まされている」わけではなく、同意しているのです。

 この件については、文芸社との裁判において文芸社側の主張が認められています。文芸社は、協力出版は基本的に商業出版の契約書の雛形をベースにしていることを主張しており、文芸社側に所有権があることが認められているのです。それは当然の判断です。碧天舎や新風舎が倒産したときの弁護士の判断も同じです。著者が法的に争う場合は「印税があるのはおかしい」「所有権は著者にあるべき」などと主張することにはなりません。

 費用についても同様です。そもそも共同出版では「著者と出版社で費用を分担する」という条件で商業出版と同様の契約を交わすのです。出版社が費用負担していないなら契約違反なのですからそのことを問題視すべきなのに、費用負担していないことを認めたうえで「共同出版」という呼称がおかしいという考えです。著者としてはこのような主張にはとうてい同意できません。

 悪質商法の被害をなくすためには誰が闘うべきでしょうか? それは同業者ではなく被害を受けた著者でしかないはずです。だからこそ契約を交わした著者の立場にたった問題点の指摘がなされなければなりません。実態から見て「出版社はこうあるべきだ」という渡邉氏の主張は業界に向けてすべきことなのです。それを一般向けの本のなかで展開して被害者がそう信じたら、被害者にとってはプラスになるどころかマイナスに働いてしまうでしょう。そして共同出版社にとって有利に働くだけなのです。

 このような主張は渡邉氏に限ったことではありません。JPS出版局の高石氏もそうでしたし、多くの自費出版業者はそう考えているのでしょう。自費出版業者がこの点を自覚しないかぎり、結果として被害者を誤解させ、悪質業者に加担してしまうことになるのです。

文芸社が軌道修正?!

 私は渡邉氏が文芸社との癒着疑惑を持たれている尾崎浩一氏とともにリタイアメント情報センターに関っていることについて大きな疑問を持っていましたが、「文芸社は」という章を読んで彼の立場が私なりに理解できました。

 渡邉氏は「私の主張を研究することで、文芸社は全面的ではないが、かなりの部分を修正した。このことにより、トラブルの発生を極力防ぐことに成功したようである。またトラブルが発生した場合は、速やかに対処するよう心がけているという」として、文芸社の修正を全面的ではないものの評価しています。

 しかし、文芸社の修正はあくまでも表面的かつ部分的なものです。トラブルが発生した場合は速やかに対応すれば問題ないのでしょうか? そうではないですね。しばしばトラブルが発生すること自体が問題なのです。文芸社が流通出版の印税タイプを全面的に廃止しない限り、何も解決していないと同然です。安易に文芸社を評価してしまうことは被害を拡大させることにつながりかねません。

 共同出版批判には、渡邉氏のような自費出版業者の立場での批判と、私のような被害者の立場での批判があります。さて、文芸社が「批判を封じ込めたい」と考えたならどうするでしょうか? 批判者になびいて部分修正したなら、批判を押さえ込むことができるでしょう。そしてそれがやりやすい批判者は私ではなく自費出版業者の方なのです。その理由はおわかりですね。前述したように、渡邉氏の主張は共同出版社にとって有利に、被害者にとっては不利に働くからです。だから、文芸社が渡邉氏になびいて部分修正することは理にかなっています。

 あくまでも推測ですが、リタイアメント情報センターに関っている自費出版業界の方たちは、そのような意図のもとに利用されているのではないでしょうか。少なくとも私の目からはそうとしか思えません。しかし、残念ながら渡邉氏にはこのような視点は持てないのでしょうね。

 「自費出版を殺すな」によれば、新風舎の未刊著者の被害者のうち数百人もがリタイアメント情報センターのトラブル相談室に電話をしたそうです。相談に乗っている担当者が、被害者が交わした契約内容を無視して「著者は消費者」とか「本の所有権は著者にあるべき」とか「印税があるのがおかしい」などと説明しているのであれば恐るべきことです。

 文芸社は新風舎の事業を引き継ぎ、草思社の支援にまで乗り出したようです。まだ不透明な要素が大きいとは思いますが、文芸社には何らかの思惑でもあるのでしょう。

 私が被害者の立場から一貫して主張してきたことを理解しようとせず、自費出版業者の主張だけを取り入れて文芸社に信頼感を与えてしまったリタイアメント情報センターの責任は限りなく重いとしかいいようがありません。

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