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2008年4月15日 (火)

桜の植樹はいいこと?

 今日の北海道新聞の十勝版に、新得山への桜の植樹に関する記事が掲載されていました。タイトルは「混乱、背景に町の不作為 新得山 住民発意の植樹で自然林伐採」。簡潔に紹介すると以下のような内容です。

 神社山(新得山)の桜が老木化して名所に危機感を持った「花咲爺さんの会」が桜の苗を植えるために町民に寄付を募ったところ、約170本分の資金が集まり、植樹場所を確保するために神社周辺の樹を伐採した。この植樹活動は住民と自治体の「協働」として町も歓迎していたが、伐採に対して非難や疑問の声が上がった。計画に関った町は、たとえ善意の行為であっても情報を開示して町民の意見を把握すべきだった。

 この記事、どうしても釈然としません。なぜかというと、この記事自体が「桜を植えるのは良いこと」「植樹は善行」という前提で書かれているのです。でも本当にそうでしょうか?

 桜の花を観賞するために、公園とか公共施設の周辺、あるいは街路樹として桜を植えるというのは理解できます。神社の境内に植えるのもいいでしょう。ただし、いくら桜の花がきれいだからといって、自然林(といっても二次林でしょうけれど)の中に170本もの桜を植えるという発想に疑問を抱かざるを得ません。

 ここで言う桜とは北海道に自生しているエゾヤマザクラのことだと思いますが、エゾヤマザクラというのはそもそも山肌に点在している樹です。自然状態では「山肌一面が桜」などということはあり得ません。北海道では桜の名所にしようと、山肌がピンク色に染まるくらい里山に桜を植えているところもありますが、あまりにも不自然な光景で感心できません。

 神社の桜が老木化したという理由で新たに苗を植えるのはいいのですが、寄付が集まったからといって自然林の一部を伐採して170本もの桜の苗を植える必要があるのでしょうか? 桜の名所をつくりたいという気持ちはわかりますが、桜にこだわるのはあまりにも安易な発想のように思えます。

 今は生物多様性の保全が叫ばれています。道有林では木材生産のための伐採はやめ、人工林も天然林に近づけるようにしていくという方針です。かつては薪炭林などとして利用されてきた里山も、これからはできるだけ本来の植生に近づけ生物多様性を保全していくようにすべきでしょう。

 近年では温暖化防止のために「植樹」が叫ばれていますが、ただ樹を植えればいいというものではありません。自治体も住民も生物多様性を念頭に置いて、かつてそこにあった森林を取り戻すような復元を考えていくべきではないでしょうか。

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