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2008年3月26日 (水)

やっぱりおかしい裁判所

 冤罪については「冤罪の構図」でも書きましたが、袴田事件の特別抗告が棄却され再審が否定されたという結果には落胆しました。やはり今の裁判所におかしさを感じざるを得ません。

 袴田事件といえば、冤罪が訴えられている事件として有名ですが、多くの人たちが彼の冤罪を訴えて活動をしてきました。

 これまでの冤罪の多くが強要された自白によってつくられてきたといわれています。袴田事件も長時間の取調べで強要された自白によって起訴されたといえるでしょう。そして物的証拠として出されているのは、みそタンクから出てきたという血痕のついた衣類のみ。

 しかもその衣類は小さすぎて袴田さんが着用できないサイズであり、付着していた血痕は衣類によって血液型がまちまちで不自然なものだったといわれています。

 多くの支援者が冤罪を訴えているなかで、自白と不自然な衣類だけで死刑を決め付けてしまう検察、裁判所というのはどうなっているのでしょうか? ここからは「はじめに犯人ありき」の捜査と、起訴したからには絶対に有罪に持ち込むという検察、検察の意向を強くうけている裁判所の姿が見えてきます。

 その中で、昨年、元裁判官の熊本典道さんが「無罪との心証を持っていた」と告白したことに、私は熊本さんの良心を見た思いがしました。彼のブログもそのとおり「裁判官の良心」というものです。

 「心証」とはいってもそれは「確証」といってもいいのではないでしょうか。彼のブログを読めば、その思いが伝わってきます。そして、多くの人に読んで欲しいのは、そこに書かれた袴田さんの獄中の手記です。犯人なら、こんなことは決して書けないとしか思えません。

 熊本さんも書いていますが、誤った判断をしてしまったならそれを認め、過ちを正すことが何よりも大切なのではないでしょうか。それをもっとも誠実に実行してもらいたいのが人の命を預かる検察官であり裁判官ですが、それができないところが日本の検察であり裁判所のようです。情けない限りです。

 無実の人を苦しめ追い詰めて人生を台無しにし、死を突きつけることがどんなことなのか、裁判官こそ胸に手を当て、良心にしたがった判断をしてほしかったのですが・・・。 熊本さんや支援者の思いが伝わらなかった判断になんとも虚しさを感じてしまいます。

参考サイト

袴田巌さんを救う会

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