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2008年1月

2008年1月31日 (木)

目を覚ましてほしい所有権問題

 新風舎のホームページに、保全管理人弁護士からのお知らせが掲載されています。

 弁護士によると、多くの著者が本の所有権が著者にあると主張されているそうです。これには驚かざるを得ません。 「あなたの本」って誰のもの?置き去りにされた著者の視点にも書きましたが、著者は新風舎に所有権・出版権のある本をつくるという契約書に署名捺印しているのです。そのことを理解せずに、今になって著者が所有権を主張するというのはどうしたことでしょうか?

 「費用の全額を支払っているのだから、所有権は著者にあるべき」という主張は、自費出版業界の方たちなどによって以前からなされてきました。これについては、もう何回も説明していますが、あくまでも実態が自費出版と変わらないという視点にたっての主張です。

 今回のような事態になった場合、弁護士は当然のことながら、新風舎と著者が交わした契約や事実に基づいて判断します。契約では本の所有権は新風舎にありますし、実際に新風舎が所有していました。弁護士の「本やデータの所有権は新風舎にある」という判断はしごく当たり前のことです。

 私がこれまで一貫して契約に基づいて共同出版問題を指摘してきた理由はここにあります。所有権に関して法的判断を迫られた場合、交わした契約に基づいて判断されるのが基本だと考えているからです。請負契約であれば著者に所有権があるのは当然ですが、新風舎の契約書は請負契約ではなく商業出版と同様の出版契約(出版権の設定契約)なのです。著者は自ら契約書に署名捺印したことによって、所有権が出版社にあることを認めているのです。それなのに、どうして今さら所有権を主張するのでしょう?

 実際に、文芸社に提訴された渡辺勝利さんの裁判においても、所有権問題については「著者にあるべき」という渡辺さんの主張は認められていません。それにも関らす、自費出版業界の方の多くは今でも「所有権は著者にあるべき。したがって契約書がおかしい」にこだわっているようです。でも契約書のどこがおかしいというのでしょうか? 契約書はどこもおかしくはありません。

 著者の中には出版サービスの契約(請負契約)だと勘違いしている人もいますが、それはあくまでも「勘違い」させられているのです。

 「著者の本」ではなく「出版社の本」をつくる「出版契約」であることをきちんと理解している著者も沢山いらっしゃいます。マスコミの方などに契約書や所有権のことをきちんと説明すると、みなさん理解していただけます。それなのに、いつまでたっても「所有権は著者にあるべき。だから契約書がおかしい」という主張をされる自費出版業者がいるのはどうしてでしょう? 何ともはや・・・。

 自費出版業者の主張が本当に適切なのか、著者の方々は疑ってみる必要があるのではないでしょうか?

2008年1月30日 (水)

北海道の永久凍土

 先日「温暖化と永久凍土」という講演会を聞く機会がありました。講師は北海道大学低温科学研究所の澤田結基さんです。そこで、講演会でのお話しを織り交ぜながら、永久凍土についての話題を何回かに分けて書いてみたいと思います。

 永久凍土といえば、シベリアやアラスカなど北極圏に近い地域にしかないと思っている方がいるかもしれませんが、日本にもあります。富士山が有名ですが、北海道には何箇所もあるのです。

 シベリアやアラスカ、カナダなどでは広範囲に連続して永久凍土が広がっていますが、このようなものを連続的永久凍土といいます。その南側には条件のよいところが永久凍土になっている不連続的永久凍土とよばれる一帯があります。さらにその南側になると、非常に条件のよいところにだけ永久凍土が存在する地帯があり、このような永久凍土を点在的永久凍土と呼んでいます。

 日本にあるのは、もちろん点在的永久凍土です。そして、日本の永久凍土は最も南に位置しているのです。

 北海道では大雪山の高山帯に永久凍土がありますが、実は高山帯だけにあるわけではありません。東大雪の十勝三股や幌加、然別湖の周辺など、標高がおよそ600メートルから800メートルほどの山地にも永久凍土があるのです。ちょっと驚きませんか?

 このような山地帯の永久凍土がどうなっているのか、見てみたいですよね。でも、もちろん凍っているのは地下ですから、現場に行っても「凍土」を直接見ることはできません。永久凍土があるところはアカエゾマツなどの針葉樹林が覆っていて、林床にミズゴケやハナゴケ(地衣類)が厚く生えていたり、イソツツジ、ガンコウラン、コケモモなどが一面に覆っていたりします。そうです、ここではタイガやツンドラと同じような光景が見られるのです。北海道で、北極圏の気分が味わえます。

 永久凍土のあるところでは、地表に近い部分は冬には凍っていても夏には融けてしまいます。この部分は融けたり凍ったりを繰り返しているので活動層と呼ばれています。その下にある年間を通じて0度以下の部分が永久凍土です。「凍土」といっても凍っているのは必ずしも土だけではなく、岩屑や氷だったりするのです。

 東大雪の場合、岩屑や岩塊があるところに永久凍土が見られます。夏には岩の隙間から冷風が吹き出していて「風穴」になっています。暑い夏でも、ここにいるととても気持ちがいいのですが、調子にのって長時間いると体が冷え切ってしまうのでご用心!

 風穴からの冷風が暖かい大気に触れると結露を生じて湿度が高くなり、ミズゴケやハナゴケが生育できるのです。そして、このマット状の苔や地衣類が断熱材となって、地下の凍土を融けにくくしています。うまい具合になっているのですね。

 北海道の山に登っていて、林床にこんな光景が現れたら、そこには永久凍土があるかも知れません。そして、そんなところにはたいていナキウサギが棲んでいます。運がよければキチッ、キチッ、というナキウサギの声が聞かれるかも知れませんよ。

2008年1月26日 (土)

野鳥と餌付け

 先日、帯広に行ったついでに十勝川温泉に行ってきました。温泉に入りにいったわけではありませんよ。ここの十勝川の河畔でハクチョウなどに餌付けをしているので、その様子を覗いてきたのです。

 オオハクチョウをはじめとして、マガモ、カルガモ、オナガガモ、ヒドリガモ、ホオジロガモなどが、まるで家禽のように餌をもらっていました。

 実は、ここには餌がちゃんと用意してあるのです。パンのような加工食品ではなく穀類なのは評価できるのですが、「客寄せパンダ」ならぬ「客寄せ白鳥」です。

 中には自分で餌を用意して撒いている人も。加工食品には食塩や油脂などをはじめとしてさまざまな添加物が入っていますから、むやみに野性動物に与えるのは問題です。

 野鳥だけではなく、シマリスやナキウサギなどへの餌付け問題にも共通しているのですが、不用意に野生動物に餌を与えることによって、病気などを広めることにもつながりかねません。

 我が家でも以前は餌台を置いていたことがありますが、自然への影響を考えてやめました。どうしても保護が必要であるような特別な場合を除いては、あまり人が関るべきではないでしょう。

Hidorigamo  背中に発信機をつけたカモがいました。写真はヒドリガモのメスです。一見、背中から矢のようなものが突き刺さっているかのように見えますが、後ろに突き出ているのはアンテナです。衛星を利用して、移動ルートを調べているのでしょう。

 渡り鳥の調査といえば、ひと昔前は足羽や首輪をつけて観察するやり方が主流でしたが、今はどんどん変わってきているんですね。でも、この機械いくらかかっているのかしら・・・なんて、ついつい気になってしまいました。

2008年1月24日 (木)

わかりにくくなってきた自費出版問題

 リタイアメント情報センターが公表した自費出版のガイドラインについては、リタイアメント情報センターの責任新風舎批判と黒い影にも書きましたが、JANJANにも2回に分けて記事を投稿しました。

文芸社・新風舎の盛衰と自費出版(21)ガイドラインへの疑問

文芸社・新風舎の盛衰と自費出版(22)ガイドラインの責任

 新風舎の倒産とあいまってネット上にはさまざまな情報が錯綜しているようですし、問題がわかりにくくなってきている気がします。

ラリー撤退で毎日新聞社を提訴!?

 23日付けの北海道新聞によると、国際ラリー大会を運営していたイベント会社(札幌)が、2006年のラリージャパン(世界ラリー選手権)の開催決定後に、それまで共催者だった毎日新聞社がラリーから撤退したことによって一億円以上の損害を被ったとして、毎日新聞社を提訴していたとのこと。5000万円の損害賠償を求めているそうです。両者の契約書では、撤退する場合はイベント会社の承認を得ることになっていたが、それが守られなかったとのこと。

 私たち自然保護団体は、林道をズタズタにして野生生物を脅かすラリーに対しては当初から反対してきたのですから、この裁判には!?という感じです。

 新聞記事だけでは詳しいことがわかりませんが、まず毎日新聞社というメディアが自然環境に悪影響を与えるラリーを行ったことは非難されることですし、撤退したのは当然のことです。

 毎日新聞社がラリーを撤退したのは、2005年のラリーが終って間もない頃でした。内部的にはもっと前から決まっていたのでしょう。翌年のラリーの開催の決定が正式にいつだったのかはわかりませんが、イベント会社は開催決定の取り消しがどうしてもできない状態だったのでしょうか? 毎日新聞社の協力が得られなくなったのであれば次期大会の運営に支障を来すことは十分予測できたはずです。パリの国際自動車連盟との関りもあると思うのですが、開催断念という選択肢がどうしてもとれない状況にあったのか・・・気になるところです。

 で、ここで見えてきたのは、ラリーの運営には莫大な経費がかかるということです。それなりのお金を出してくれるスポンサーがなければやっていけないわけですね。今の時代、大量の二酸化炭素を排出し、環境に負荷を与えるようなイベントに対しては、企業も慎重にならざるを得ないでしょう。毎日新聞社が撤退したのも、そのような背景があったはずです。何しろ、自然保護団体に不買運動を起こされてしまったのですから。

 何としてでもラリーを続けたいというイベント会社もどうかと思いますが、毎日新聞社もラリーなどに首を突っ込むべきではなかったでしょう。莫大なお金を負担したうえに不買運動を起こされ、さらに共催者から提訴されてしまったのですから。

2008年1月23日 (水)

破産管財人弁護士に意思表示を

 新風舎の倒産によって、新風舎から本を出した著者の方々は期限付きで本の買い取りを求められており、非常に当惑しています。しかも、破産したら断裁するとのこと。

 また、制作途中の著者の方たちは残金の支払の確認を求められています。でも、これらの方たちはすでに平均で100万円も支払っています。ということは、多くの方はすでに制作費分(新風舎の約束では、著者の負担分は制作費だけです)を支払っていると思われます。それなのに、まだ残金を支払うべきでしょうか?

 「共同出版・自費出版の被害をなくす会」では、管財人の川島英明弁護士に著者の方たち保全措置をとるように要望書を送付しました。

 著者の方たちは、川島弁護士に意思表示されることをお勧めします。

 詳しくは以下の記事をどうぞ。

新風舎“破産管財人”弁護士に要望書 

2008年1月22日 (火)

新風舎批判と黒い影

 新風舎批判の先頭にたっている尾崎浩一氏は、2006年頃から、渡辺勝利氏など複数の共同出版に批判的な自費出版業者にインタビューするなどして自費出版業界の人たちと関ってきました。はじめのうちは共同出版問題全体に疑問をもつジャーナリストであるかのように感じられましたが、2006年の秋頃からは自らが編集長を務めるリタイアメント・ビジネス・ジャーナルで精力的に新風舎批判をはじめました。

 翌2007年3月には「新風舎商法を考える会」を立ち上げて、7月には著者らが提訴。新風舎の元社員の告発や裁判を著書「危ない!共同出版」(彩図社)で取り上げてアピールし、10月に設立されたNPO法人リタイアメント情報センターの副理事長に就任しました。

 そして尾崎氏の深く関るNPO法人リタイアメント情報センターで作成したガイドラインは、あたかも文芸社を容認するかのような内容のものでした(リタイアメント情報センターの責任参照)。新風舎とともに批判を浴びてきた文芸社は、この間に信頼を高めるべく部分的な修正を施していたのです。

 尾崎浩一氏については、以下のような情報も出てきました。

http://blog.goo.ne.jp/chikuma162/e/01aa38d4b454736a18efb1866661b7d5

 私は新風舎を擁護する気はさらさらありません。しかし、一昨年からの新風舎一社攻撃に関していうなら、問題の本質をそらしてマスコミを煽り、倒産に追い込んで被害者を生み出した黒い影のような存在を無視することはできません。その背景には、ライバル会社同士の激しい著者獲得競争があります。

 著者の方たちは、純粋に自分の表現を本の形にして多くの人に読んでもらいたいと思っている人々です。またこれまで勇気ある自費出版業者の方たちが共同出版について批判し、疑問を投げかけてきました。これらの方たちの行動を批判するつもりは毛頭ありません。

 私がもっとも嫌うのは、営利目的に何の罪もない人々を錯誤に陥れることです。被害者は言いたいこともいえない状況に置かれ、精神的苦痛を強いられています。同業者として制約を受けながらも果敢に批判してきた自費出版業者の方たちは立派です。だからこそ、そうした人たちを錯誤させ、利用しようとしている黒い影の存在こそ、許しがたいのです。

 物事を大局的に見ようとせず、黒い影に振り回されて右往左往するマスコミも加害者といえるでしょう。特定の情報源からの情報を流しつづけるマスコミは、時として情報操作装置として働き読者や視聴者を偏った見方に誘導します。

 さまざまな情報が錯綜するなかで、冷静になって物事を広い視野で捉えなければ、誰もが騙されてしまうのです。かくいう私も何回か騙されかけました。

 昨年は多くの企業で不祥事が発覚して謝罪し、軌道修正を余儀なくされました。後ろめたいことを続けている人たちは、人を陥れてでもそれを隠し続けるべきでしょうか? 今一度、見つめなおして欲しいと思います。

 本日インターネット新聞JANJANに掲載された記事です。

文芸社・新風舎の盛衰と自費出版(21)ガイドラインへの疑問

2008年1月20日 (日)

環境省と林野庁

 環境省といえば環境を保全し、自然を守るための行政機関です。そして林野庁は国有林を管理して木材生産などをしていますね。というか、天然林を「若返り」とか「天然更新」の名の下にバッサバッサと伐り倒し、ボロボロにしてきた張本人です。

 天然林から大径木ばかりを伐りだし、伐り尽くして赤字に転落した林野庁は、破壊した森林の復元作業もほったらかしにして、規模を縮小しました。

 かつては北海道のいたるところにあった営林署の事務所も縮小や廃止となったのです。そして、余剰となった職員の一部がどこへいったかといえば、なんと環境省です。  国立公園には管理事務所があります。かつては○○国立公園○○管理事務所と呼んでいましたが、今は○○自然保護官事務所です。私は自然保護官という名前を聞いたときに、ずっこけてしまいました。何ともミスマッチな名前ですもの!

 ちなみに、日本で最も大きい大雪山国立公園の場合、3箇所に自然保護事務所があります。それも、不思議なことに国立公園の中ではなく、外の市街地にあるのです。もっとも自然保護事務所といっても、仕事の内容は許認可の事務手続きが大半です。だから山の中より市街地のほうが便利だともいえます。

 国立公園の管理人をレンジャーなんてかっこいい呼び方をすることがあります。いかにも自然の中を歩き回って監視しているかのようですが、日本のレンジャーはそんなことはほとんどしていませんし、自然のことについて詳しい人もそれほど多くはありません。

 その自然保護官事務所に大勢の元林野庁職員が採用されました。その結果どうなったかというと、自然保護団体に対して非常に対応が横柄になったのです。説明をもとめても誠意をもって対応しようとしないのですね。いままで森林を破壊していた人たちにとって自然保護団体は敵のような存在ですから、きちんとした対応ができないようです。

 そのあげく、自然保護団体を極力無視するようになったのです。自然保護官事務所が、自然保護団体を無視ですよ! まったくどうなっているんでしょうか。もっとも最近は林野庁から来た職員の大半は退職を迎え、本省で採用した職員が中心になりましたけど。

 地方の事務所が自然保護団体を無視していたとき、札幌の西北海道地区自然保護事務所はそれなりの対応をしてくれました。ところが近年はどうかというと、札幌の事務所(北海道地方環境事務所に名称変更)も自然保団体に対しては及び腰で、質問書も無視しています。本省も同じ状態。

 環境省は、特定外来種の駆除などには動きはじめました。でも、森林伐採問題となるとまるで他人事のように関りたがりません。林野庁に頭があがらないのです。他の省庁との軋轢が生じるようなことにはまず口を出しません。不思議なことに「省」が「庁」に物申せないのですね。

 環境庁の初代長官である大石武一氏は、尾瀬の観光道路を中止させるなど評価できる仕事をしましたが、そのあとの長官・大臣はさっぱり・・・。自然破壊を止めるようなことはほとんど何もしていません。今の環境省はまったくだらしがないというほかありません。

 こうなったら、林野庁は解体するしかないでしょうねえ。

2008年1月18日 (金)

リタイアメント情報センターの責任

 「新風舎商法を考える会」や「リタイアメント・ビジネス・ジャーナル」と深く関っている「NPO法人リタイアメント情報センター・自費出版部会」が、16日に「新風舎への公開質問状」、「消費者のための流通させる自費出版チェックリスト」、「消費者保護のための自費出版営業・契約ガイドライン」を公開し、記者会見を開きました。

 この公開質問状とガイドラインの賛同人は、「考える会」の尾崎浩一氏・目森一喜氏のほか、自費出版業界の方が3人、新風舎の原告が1人、それ以外のNPO関係者が1人となっています。

 自費出版部会がガイドラインを作成するということは以前から伝えられていたので気にはなっていたのですが、内容を読んでみて、予想どおりといいましょうか・・・懸念していたことが現実となってしまいました。

 何を懸念していたのかといえば・・・このガイドラインは共同出版社の契約内容の視点(言い換えれば、著者が制作費を負担する条件での商業出版契約を結んだ著者の視点)で書かれているのではなく、あくまでもその実態が自費出版と変わらないということを前提とし、請負い業者の視点で書かれているということです。

 著者=顧客=消費者を前提としているということ、そして共同出版商法の本質的問題点が明記されていないことに大きな疑問を感じます。

 著者が消費者であるかどうかについては、すでに共同出版と消費者問題で書いたとおり、私は新風舎や文芸社の契約形態においては、著者は断じて消費者ではないという立場です。

 完売しても増刷しても費用を絶対に回収できない内容の制作請負契約・販売委託契約であれば、著者を消費者だと言っても問題ないでしょう。しかし、多くの共同出版業者の契約形態は出版社と著者が出版費用を分担する条件での商業出版の契約です。つまり出版社が自社の商品を販売して売上金を得ることを目的とした出版であり、著者が出版社に出版権の独占を認めて制作費の資金提供をし、その見返りに印税や一部の本の贈呈をうけるという契約です。これは文芸社も認めていますが、請負契約(サービス提供の契約・消費者契約)ではありません。

 これまで何度も書いてきましたが、この契約では出版社も費用負担・リスク負担をするという内容ですから、著者=顧客にはなり得ません。そうであったらおかしいのです。ところが不思議なことに、多くの自費出版業者はこれを疑問視せず所有権問題にこだわります。自費出版業者にとって著者が顧客であることが前提だからでしょう。

 問題とされる共同出版では、契約上は著者は消費者でも顧客でもありませんから、著者=顧客=消費者という前提で共同出版問題を捉えるのはあまりにも問題があるといえます。

 このガイドラインによれば、新風舎は問題だが、「印税タイプ」のほかに「売上金還元タイプ」を提示し、「著作者保護制度」「提携書店」を掲げ、書店の「棚借り」をし、契約書に納期(共同出版は請負契約ではないので納期という言葉は不適切。発行日とするべき)を記載している文芸社は問題ないと解釈でき、文芸社の出版形態を容認しているといえます。クレジットも消費者用なら勧めるのはOK???

 また「自費出版」の定義づけを明確にしないで「自費出版」という言葉を使用しているのも疑問です。ちなみに、私はこれまで書いてきたように「自費出版」は著者が事業主体となり、著者がすべての費用・リスクを負担する出版であり、出版サービス会社と制作請負契約・販売委託契約をするものと定義づけています。おそらくこれは(商業)出版業界での一般的な認識ではないでしょうか。

 新風舎問題ばかりがクローズアップされるなかで、このようなガイドラインを公表し記者会見した以上、リタイアメント情報センターは社会的に大きな責任を持つことになります。

 自費出版部会に参加されている自費出版業界の方たち、とりわけ部会長である渡辺勝利氏は、かねてから精力的に共同出版に疑問を呈してきた方であり、私はその活動に敬意を表してきました。しかしまた、渡辺氏のこの問題に対する視点について、温度差を感じていたのも事実です。その温度差が、このガイドラインに対する私の見解に表れています。

 これまで共同出版の是正を求めてきた自費出版業界の方たちに敬意を表する一方で、このいかんともしがたい温度差・視点の相違に戸惑い、今後の成り行きを懸念しているというのが私の率直な感想です。

 商業出版業界では、文芸社や新風舎と同じように「著者が出版費用の一部を負担する条件での商業出版」を行ったり、相当数の買い取りを求めている出版社が多数あるようです。見方によってはグレーゾーンといえるかもしれません。しかし、実際に出版社が費用負担・リスク負担しているのであれば、それ自体は合法的といえるでしょう。

 問題はそれと同じ契約形態をとっていながら、実際には出版社がなんら費用負担しておらず、著者を顧客にしている出版社の存在です。さらに、費用の分担は謳わず「自費出版」との名目で、著者を顧客として出版社の商品をつくる契約(請負契約・サービスの契約ではない)をさせる出版社の存在です。

 契約と実態が異なるという矛盾点、そして出版社に一方的に有利で不公正な出版形態の横行こそ、悪質な共同出版・自費出版の本質的問題点です。

2008年1月16日 (水)

キレンジャクとナナカマド

 この冬は年末ごろから、家のまわりをキレンジャクの群れが飛び回っています。写真を載せたいところですが、私のカメラではうまく撮れません。

 尾や翼の先を黄色に染め、ふっくらした体で頭部に冠毛をもつキレンジャクは、なんともエキゾチックな雰囲気の鳥です。チリリリリ・・・と鈴を振るわせたような涼やかな声を出します。

 本州ではじめてこのキレンジャクに出会ったときは、その容姿に見入ったものですが、北海道では住宅地などでも普通に見られるのに驚きました。

 木の実を求めて移動しているためか、よく見かける年とほとんど姿を見せない年があります。今年はナナカマドの実が比較的よく実っていたので、食べにきたのでしょう。つい先日までは30羽ほどの群れだったのですが、昨日からは倍くらいの群れになりました。どこかから移動してきた群れが一緒になったのでしょうか・・・。

 その群れがナナカマドの木に一斉に降り立ち、赤い実をいくつかついばんだかと思うと、サッと飛び去っていきます。そうやってあちこちのナナカマドを渡り歩いているようなのです。じっくりと止まってついばむのではなく、少しずつ食べてはまたやってくるという行動がとても不思議です。

 我が家の前にあるナナカマドの実も、日を追うごとに少なくなっていきます。こうやって、この一帯にある木の実を食べつくしてしまったらまたどこかに移動していくのでしょうか。

 ヤドリギの実が好物で、レンジャク類は種子を運ぶのに役立っているようですが、確かに北海道はヤドリギが多いですね。

 霧氷で真っ白に輝くナナカマドの枝にキレンジャクが群れ、キラキラと氷の粒が舞い落ちるのを家の中から眺めています。北国ならではの光景でしょうね。

2008年1月15日 (火)

署名10万筆を目指して!

 一昨年の12月5日に発足した「日本の天然林を救う全国連絡会議」(代表 河野昭一氏)が、「国有林内の天然林を環境省に移管し保全する改革に関する請願書」の署名をはじめて一年余がたちました。

 この署名には、作家のC.W.ニコルさん、池澤夏樹さん、加藤幸子さん、野田知佑さん、評論家の佐高信さんなどなど、多くの著名な方々が呼びかけ人に名前を連ねてくださいました。また週刊金曜日では本多勝一さんが紹介してくださいました。昨年末までに約8万筆の署名が寄せられています。ご協力くださいました皆様には、厚くお礼申し上げます。

 このブログの森林問題えりもの森裁判でも森林伐採の問題を書いてきましたが、日本の天然林は本当に無惨な状況になっています。50年前には40パーセントほどあった原生的天然林が、乱伐ともいえる伐採によって今は10パーセントを割り込んでいるのですから、恐るべきことです。それと同時に、日本固有の希少な動植物の多くが激減しました。今なんとかしなければ、今後も破壊が進んでいくことになります。

 著名活動は、目標の10万筆を目指してまだ続けていますので、ご賛同いただける方は是非広めてください。署名用紙は日本の天然林を救う全国連絡会のHPからダウンロードできます。

 一口で10万筆といっても、これだけの署名を集めるのはとても大変なことなのです。

 私たちは、大雪山国立公園に計画された士幌高原道路の建設中止を求めて、署名活動を展開したことがあります。この頃は、道路に反対する人たちが集まって署名用紙の山を全国の自然保護団体に発送しました。手間も郵送料もかかる大変な作業でした。

 十勝自然保護協会は月に一回、帯広の藤丸デパートの前で署名を集め、その回数は77回にも及びました。札幌で集会があれば会場や街頭でも集めました。思い出せば、あの頃は、どこに行っても署名集めをしていましたねえ。

 この署名は1992年の11月から93年3月までに10万筆を集めることを目標にして始められ、93年8月に10万3千筆、その後ルート変更などがあったために署名用紙を作り直し、最終的には1999年5月までに20万6千35筆を集めたのです。

 6年半かけて20万6千筆です。今のようにインターネットもあまり普及していない時代でしたから、各地の自然保護団体の会報などで広めてもらったり、とにかくいろいろしました。

 士幌高原道路では地元の町は一丸となって建設を推進していましたが、街頭で署名を集めているとそんな地元の町の人でも署名をして激励してくださることもあるのです。そんなときは、とても心が温まるものです。

 苦労して署名を集めたところで、大きな影響などないと思う方もいるかもしれませんが、誰にでもできる署名のような小さな意思表示の積み重ねこそ、大切な行動ではないでしょうか。

2008年1月13日 (日)

厳しい出版業界

 7日に出版点数第一位を誇っていた新風舎が東京地裁に民事再生法の適用を申請し、共同出版・自費出版業界に打撃を与えました。碧天舎につづく新風舎の事実上の倒産は、共同出版ビジネスの破綻を意味していると思いますが、同様の出版形態をとっている出版社が今後もそのビジネスモデルを継続するのであれば、共同出版問題の本当の解決には繋がりません。

 9日には数々のベストセラーを出した草思社が同じく民事再生法の適用を申請し、商業出版業界を震撼とさせました。草思社の倒産は、現在の出版業界がいかに厳しい状況に置かれているかを物語っています。

 溢れる新刊本と悪のサイクルにも書きましたが、本が売れなくなってきているにも関らず、出版点数は増え続けているという現象は異常ともいえるものです。新風舎は自転車操業に陥っていたようですが、自転車操業は共同出版業界だけではありません。商業出版業界でも出版点数の多い大手は、自転車操業に陥っているといえるでしょう。

 本という商品は、出版してみないと売れるかどうか、即ち利益が得られるかどうかわかりません。一般的に初版を売り切っても制作費が回収できる程度で、増刷しなければ利益が出ないといわれていますから、そこそこ売れる本をコンスタンとに出版できるかどうかが生残りの鍵を握っているのでしょう。

 出版社はどうしても「売れる本」にこだわらざるを得なくなり、一時のベストセラーを狙うような企画が増えてきているように感じられます。最近は携帯小説がベストセラーになるなど、私にとってはかなり首を傾げたくなる状況です。

 編集者が高い理念と夢をもっていても、それだけでは生きていけないような状況になっているとしたら、とても寂しいですね。

 自分で買った本は簡単に処分できるものではありませんが、読者に感動を与え長く読みつがれるようなロングセラーがどんどん減り、本までもが大量生産と大量の返品によって消耗品のようになっていくことに疑問と寂しさを感じる人は多いのではないでしょうか。

 出版社の抱える膨大な在庫の多くは、断裁処分されているのでしょう。本は資源ゴミではないのです。業界はこの歪んだ状況を少しでも改善する努力をし、是非とも資源ゴミにしないような取り組みを欲しいものですが、生残りに必死でそのような余裕もないのでしょうか・・・。

 新風舎の倒産をうけ、久しぶりにインターネット新聞JANJANに記事を投稿しました。

文芸社・新風舎の盛衰と自費出版(20)新風舎の倒産と共同出版の課題

2008年1月12日 (土)

あるある悪質商法!

 昨年末に「神世界」の霊感商法がちょうど騒がれていて、北海道新聞には札幌の女性の被害例が報道されていました。正月休みに帰省した娘がその記事を見て、「これ、私も勧誘された」と聞いてびっくり。

 道庁の庭のベンチで昼食をとっていたところ、隣にいた女性から声をかけられたとのこと。話しを聞いていて「神世界」の勧誘だとわかったそうです。その女性自身は怪しいような雰囲気はなく、根っから信じ込んでいるように見えたそうです。

 娘は勧誘を断わったので事なきを得ましたが、もし精神的に不安定な状態でつい誘いに乗ってしまっていたら被害者にもなりかねなかったでしょう。

 一昨年、私が実家に帰ったときのことです。ちょうど私が留守にしている間にリフォーム会社の人が尋ねてきて、高齢の母に屋根のペンキ塗りを強引に勧めてその場で契約させてしまいました。

 母が署名捺印した契約書には会社の印鑑もありません。以前、自宅の屋根の塗り替えを業者に依頼したときは、屋根の面積をきちんと算出して細かい見積を出してくれましたし、決して契約を催促するようなことはありませんでした。ところが、この見積金額は「一式○○万円」といういい加減なもので、金額もかなりふっかけているようでした。

 事情を聞いた私はすぐに電話をして担当者を呼びつけました。その担当者は、近所の屋根のペンキ塗りをしていたら屋根が見えたので塗り替えを勧めたというのです。それにしても、高齢者にいい加減な見積を提示して、考える時間も与えずに契約書に署名捺印させるのは悪質です。

 私はその場で契約を破棄させたうえで「二度と来ないように、そしてこれ以上勧誘したなら法的処置をとる」ときつく念を押しました。

 昨日は「投資ばなし」の電話勧誘がありました。即座に「まったく関心ない」といってガチャン! この手の電話はときどきかかってきます。

 ほかにも「詐欺じゃないの?」と思って警察に相談したケースもあります。

 普通に生活しているだけで、詐欺や詐欺まがい商法の勧誘がいくらでもある時代です。私が子供のころはこれほど騙しの商法は溢れていませんでした。本当に嫌な時代になりましたね。

 自分の身は自分で守らなければなりませんが、それ以上に騙しをはびこらせない社会づくりを目指さなくてはならないでしょう。

2008年1月 9日 (水)

共同出版問題とジャーナリスト

 一昨年に新風舎の問題をとりあげた藤原新也さんが、昨日のブログで新風舎の倒産についての見解を書かれています。

 藤原さんの指摘されているように、共同出版社の詐欺的な商法を批判するだけで、共同出版社から出版した著者はショックを受けてしまうものですが、さらに「騙されたほうが悪い」とばかりに誹謗や中傷が浴びせられるということが確かにあります。そのような批判は大半が匿名による無責任なものですが、こうした発言になんでも自己責任で済ませようとするこの国の病理を感じてしまいます。

 なぜ、このような商法がこれまで放置されてきたかといえば、振り込め詐欺などとは異なって著者の自尊心を利用した商法であるがゆえに、大半の著者が名乗り出ず問題が表面化しないということがあります。

 それに加え、マスコミが問題点を報道するどころか提灯記事を書いたり大きな広告を掲載して被害を拡大させてきました。とりわけ大きな新聞広告は信頼できる会社だろうという安心感を与える効果があります。一般的に「大きな新聞広告を出している出版社が詐欺的なことをやるはずがない」「悪質商法などは、ふつう幽霊会社のようなところがやるものだ」という認識があるのです。

 本を出版して知人や友人に配ったり買ってもらった著者にとって、自分が騙され利用されたなどとは信じたくはありません。もちろん、本当に優れた作品もあります。自尊心を利用した商法では、被害者は口をつぐんでしまうものなのです。

 またお金を振り込んだだけで何も手元に残らないような詐欺とは異なり、本は実際に出版されますし一割程度の本は贈呈されるのですから、「なんだかおかしい」と感じた著者も、たいていは泣き寝入りしてしまいます。それに、騙されたとか水増し請求されたと思っても、著者にはそれを証明する術がないのですから、裁判で闘うことも困難です。相手は弁護士も抱えた出版社なのですから、それだけでもたじろいでしまいます。

 そのようなやり方である以上、問題点を知っていながら報道してこなかったマスコミやジャーナリストの責任が問われるというものでしょう。

 私個人のことでいえば、以前、自分でも呆れるくらい新聞や雑誌、知り合いの新聞記者やジャーナリスト、関係団体、国民生活センターなどに共同出版問題について情報を示し告発してきた経緯があります。名前も連絡先も明らかにしてです。でも、ほとんど応答がありませんでした。

 とりわけ広告を掲載している新聞は、批判記事を書けば広告を出してもらえなくなるために批判できない仕組みになっています。ところが、新風舎の提訴の記者会見が開かれた途端にマスコミが飛びついたのです。新聞もテレビも裁判や刑事事件にでもならない限り目もくれない、それがマスコミやジャーナリストの実態です。

 さて、新風舎から本を出している方の中に、ジャーナリストがいます。藤原新也さんが新風舎問題を取り上げ、新風舎への批判が広まってきたこともあり、私はお二人のジャーナリストの方にメールで忠告をしました。この方たちは決して騙されて出版したわけではありませんが、第三者から見れば利用されたと同然です。ジャーナリストという立場である以上、新風舎の実態が明らかになってきている中で、その出版社の広告塔に利用されていることを自覚して適切な行動をとるべきだと考えたからです。

 新風舎の被害者の会ができるとの情報ももたらされていましたから、批判されないためにも平間至さんのようにきっぱりとした態度をとられることが望ましいと思いましたし、問題が明るみになっている以上、取材して報道するのがジャーナリストとしての社会的責任であると思ったのです。

 メールをしたお一人の江川紹子さんからはお返事をいただきました。新風舎のことは知らなかったので新風舎に説明を求めたが、自分としては問題のある商法だとは考えていないとのこと、そして自分が広告塔に利用されているとも思っていないとのことでした。その見解に対してもお返事を差し上げましたが、それ以降は連絡がありませんでした。

 もうお一人の浅野健一さんからは、返事もありませんでした。浅野さんはメディア論がご専門ですから、このような問題には関心を持たれるのではないかと多少は期待したのですが・・・。

 ジャーナリストを標榜しながら、ネットで批判が噴出している出版というメディアの詐欺的商法について関心を示さないことに愕然としましたが、結局のところその程度の意識しかないのだというのが私の出した結論です。

 もちろん、すべてのジャーナリストがそうだというわけではなく、岩本太郎さんや長岡義幸さんのように以前からこの商法を批判しているジャーナリストもいます。でも、大半のジャーナリストは名誉毀損で提訴されることを警戒しているのか非常に及び腰であったり、あるいはそれほど関心を示しません。

 私はマスコミやジャーナリストへ期待するのはやめて自分でインターネット新聞JANJANやブログで問題点を指摘したり、被害をなくすことを目的にしたNGOである共同出版・自費出版の被害をなくす会を立ち上げることを選んだのです。

 もちろん記者の方たちから取材依頼があれば対応はしますが、徒労に終ることもしばしばです。ここに日本のジャーナリズムの構造的問題があるのでしょう。

 共同出版問題については、インターネット新聞JANJANが果敢に取り組み、昨年からはオーマイニュースにも記事が掲載されていますが、マスコミが本質的問題点を報道できない現状では市民メディアの役割は大きいと思います。

 JANJANの共同出版問題についての総括的記事を紹介しておきます

共同出版・協力出版・自費出版問題 

2008年1月 8日 (火)

新風舎の倒産と共同出版問題

 昨日は朝から外出していたために、新風舎が東京地裁に民事再生法の適用を申請したことは夕方遅くになってから知りました。

 新風舎が危ない状態にあるとの噂は昨年の夏ごろから耳にしていましたので、倒産を心配していましたが、とうとう現実のものとなってしまいました。これで共同出版御三家といわれた文芸社・新風舎・碧天舎のうちの二社もが倒産したことになります。

 碧天舎の倒産は、悪評が広まったというより著者負担金をライバル会社より安く設定したことが経営悪化の大きな要因になったと考えられますが、出版点数第一位まで登りつめた新風舎の場合は、昨年7月の提訴をきっかけにマスコミによる批判が集中したことで契約が激減したことが大きな要因と思われます。

 要するに、本の売上金だけで広告などの営業費を賄っているのではなく、主として著者に支払ってもらうお金で経営しているために、多くの著者を獲得できているときは潤っているのですが、ひとたび契約数が落ち込んでしまったら一気に経営が苦しくなるのです。会社の規模が大きいほど社屋の維持経費や社員の給料、印刷会社への支払いなどが行き詰ってしまうことになります。

 それにしても、共同出版という商法が複数の出版社の間で長年つづけられてきたにも関らず、近年の新風舎だけをターゲットにしたかのような批判はなんだったのでしょうか? 確かに、驚くほどの数の賞を掲げて著者の獲得に利用し、全国の書店に必ず並ぶかのような説明をしてきたようなやり方は悪質ですし、批判されてしかるべきでしょう。

 しかし、新聞もテレビも、著者を錯誤させて出版社に一方的に有利な商法へと誘い込む商法、すなわち著者を顧客にすべきではない契約内容であるにも関らず、著者を顧客にして費用もリスクも負担しないで自社の商品をつくるという共同出版の本質的問題点に言及することなしに、提訴の記者会見をもとに販売の虚偽説明の批判ばかりを展開しました。これでは同業他社に著者を誘導するだけです。

 新風舎などが行っている共同出版などと称される商法は「著者が出版費用の一部を負担する商業出版」といえるものであり、従来からの自費出版サービスとは明らかに異なるのです。それにも関らず、マスコミは相変わらずこうした商法を「自費出版」として報道しています。これでは、良心的な自費出版社にまで不信感が広まるのではないでしょうか。  きめ細かい取材のもとに問題点の本質に迫ることを放棄し、記者クラブに頼った報道しかしないマスコミの恐ろしさを今まで以上に実感しています。

 新風舎は事業の継続を模索し、契約中の書籍の制作と今まで出版した本の流通の確保に努めるとのことですから、まずは本の制作を優先するとともに、すでに出版した方たちの本も安易に処分しないことを願っています。しかし、事業の継続を表明している以上、批判をきちんと受け止めて軌道修正しない限り存続は難しいと思います。もちろん同業他社も同じです。

 大手共同出版社のうちの2社もが倒産した以上、原稿募集の広告を掲載している新聞や雑誌はこの商法の本質的な問題点をしっかりと取材・報道し、自費出版はどうあるべきかを問いただすべきでしょう。そして依然として行われている同業他社の原稿募集広告の掲載を慎むべきです。それをしない限り、新たな被害者を生み出しつづけることになります。

2008年1月 6日 (日)

弁護士によるインターネットメディア

 最近の裁判所の判決って、「ええっ!」と思うものが多いですよね。いったいこの国の司法はどうなってしまったのかと思うようなことがしばしば・・・。いま日本の裁判所でどのような裁判が行われていてどのようになっているのかでしょうか? マスコミではふつう提訴や判決しか報道されず、一般の人には裁判の中身がほとんどわからないのが現状です。

 そうした中で、昨年11月に弁護士さんたちが中心となって社会的に意義のある裁判情報などを市民の視点から発信することを目的に、インターネットメディア News for the people in Japan をはじめました。

 このサイトは発足当時にいくつかのメディアでニュースになっていたので私もときどき覗いています。要請・声明、政治・国会情報、平和、憲法、お薦め論評・HP/ブログなどのテーマに分けて紹介されているのですが、環境というテーマは見当たりません。環境問題に関する裁判は「自然の権利」で紹介されているからかしら・・・と思っていました。

 ところで、年末に環境法律家連盟の事務局から「環境と正義」という会報が送られてきました。昨年の10月5日に札幌で開催された環境法律家連盟主催の講演会「日本から天然林が消える日」で、大雪山国立公園で行われている伐採についての話をちょっとだけさせていただいたのですが、このときに弁護士さんたちに「えりもの森裁判」や大規模林道の工事現場を見ていただこうとツアーも企画されました。その報告記事が会報に掲載されたのです。

 「環境と正義」にも、News for the people in Japan が紹介されており、自然の権利訴訟もいくつか紹介しているとのことでした。「あれっ、どこに出ているんだろう?」と思って探してみました。

 ありました、ありました。「訟廷日誌」に自然関係の裁判も紹介されていて、「えりもの森裁判」についてもちゃんと出ていました。次回期日は2月8日です。

 この「訟廷日誌」というのは、裁判の内容と期日が紹介されているコーナーですが、ちょっと見つけづらいのです。できれば「環境」というテーマも設定して取り上げてもらえると嬉しいのですけれど・・・。

 思えば、このようなサイトが今まで自然の権利くらいしかなかったことのほうが不思議かもしれません。

 日本は国策捜査などといわれるでっちあげの刑事裁判や、冤罪が後を絶ちません。民事訴訟も不可解な判決に愕然とさせられることがあります。とても法治国家とは思えない状況になってきており、背筋が寒くなることもしばしば。そうした中で、弁護士さんや市民が自ら声を上げていくことは大きな意義があるでしょう。

2008年1月 5日 (土)

地球危機とメディアの危機

 テレビはほとんど見ないほうですが、昨日は古館伊知郎氏の司会による「地球危機2008」を見ました。

 地球温暖化による海水面の上昇で移住を迫られている島の人々、氷河湖決壊による洪水の危機にさらされているヒマラヤの村々、膨大な輸送コストをかけて輸入されているコンビニ弁当の食材、熱帯林の破壊で棲みかを追われたオラウータン、取り返しがつかない状態になっているという北極圏の氷の融解、餌不足に陥っているホッキョクグマ、油田開発で伝統的な生活を奪われオイルマネーに頼るイヌイット、ウミイグアナとリクイグアナの交雑が生じているガラパゴス諸島・・・。

 そして、日本でもアフリカマイマイやイエシロアリなどの外来種が定着し、東京湾では満潮時に船が橋げたを通過できなくなってきているという現実。

 地球温暖化がもたらすさまざまな影響については、ここ数年の間にさまざまなメディアが伝えてきましたのでだいたいのことは知っていましたが、それでも映像として突きつけられるとやはり衝撃的です。

 ボルネオでは国立公園でも伐採が行われていてリポーターが驚いていましたが、日本の国立公園が伐採でボロボロになっていることはご存知ないようでした。

 この番組で強調していたのは、私たち先進国の人々の豊かで便利な生活が、温暖化効果ガスを放出していない人々の暮らしを脅かしているということ。

 この現実を目の当たりにし、それでは私たちは何をすべきなのか?  こうした問題提起の後に対策として持ち出されるのは必ずといいていいほど、個人の節約やリサイクルです。この番組でも白熱灯より蛍光灯、さらにLEDにしたほうが電力消費量が少ないなどという例を取り上げていました。石油利権の話しも出てきましたが、ほんのさわり程度。

 で、具体的な提言はそこで終ってしまうのです。番組の間に流されているコマーシャルは環境への配慮を謳ったものばかり。そこに白々しさと空恐ろしさを感じざるをえません。

 温暖化による影響が現実のものとなってきた今でも、テレビはグルメ番組やくだらないバラエティー番組の制作に巨額を投じ、企業は消費を煽って要りもしない商品の宣伝をしています。真夜中でも営業している商店があちこちにあります。そして人殺しのために大量のエネルギーを消費している国があり、日本はその手助けをしているのです。

 富める人々は浪費をつづけ、生きることに精一杯の底辺の人々は、すでに最大限の節約を強いられています。そして貧困層の人たちこそ温暖化によるさまざまな影響に直にさらされているのです。

 個人の節約やリサイクルはもちろん必要です。でも私たちのできること、やるべきことは、日常の節約やリサイクルだけなのでしょうか? メディアこそ本気で戦争や無駄な公共事業、自然破壊の現実を知らせ、それを止めるために一人ひとりがどうしたらいいかを示し、働きかけなければならないのではないでしょうか? 地球の危機を伝え、先進国の人たちに責任があることを伝えながら、その対策を個人の節約やリサイクルに導くだけの提言はどう考えても意図的であり、あまりにもお粗末ではありませんか?

2008年1月 3日 (木)

上ノ国違法伐採告発の不自然な不起訴

Kaminokuni  昨年の3月13日に札幌の市川守弘弁護士らは函館地検に檜山森林管理署長らを森林法違反で刑事告発していましたが、年末の12月28日に函館地検は「故意性は認められず、嫌疑不十分」として不起訴処分にしました(この告発については 北海道・ブナ林過剰伐採 林野庁職員を告発 参照)。

 2006年5月に現場に行き、告発のきっかけとなった越境伐採の発覚の現場を見ている私にとって、この不起訴処分は不自然というほかありません。

 私はこの不起訴の知らせを聞いたとき、緑資源機構の官製談合事件の重要証拠資料のはいった段ボール箱が東京地検特捜部から消えてしまった事件を思い浮かべました。このダンボールは誤って紛失したとされていますが、疑惑の渦中の事件の重要資料だけが突然地検から消えることの裏に、当然ながら意図的な力が関与していると推測されるわけです(この件については 消えた捜査資料と巨額の事業 を参照してください)。

 つまり今回の函館地検の判断の裏にも、なんらかの力が関っているとしか思えないわけです。

 現場に入る林道には頑丈なゲートがあり、しかもその鍵の部分は鉄板でカバーがつけられていて簡単に壊せるような代物ではないのです。十勝地方ではゲートが開放されているところが多いうえ、このような頑丈なゲートは見たことがありません。一般の人たちを排除し、管理者である林野庁の職員や業者しか入れないようにしていることだけでも、異様といえるでしょう。しかも道南では以前から違法伐採の噂が絶えなかったと聞いています。そのようなところで発覚したブナ林の違法伐採疑惑なのです。

 この告発では、以下の3点の森林法違反疑惑について指摘していました。

1.上ノ国町の土砂流出防備保安林に指定されている国有林およびそれに隣接する道有林において、立木204本以上を何らの権限もなく、氏名不詳の者をして伐採させた上搬出させ、産物を窃取した。

2.土砂流出防備保安林で北海道知事に届出た以上の間伐を行った。

3.土砂流出防備保安林で、北海道知事の許可以上の面積の集材路を建設、また許可以上の面積の土場3箇所を造成し、無許可で土地の形状を変更させた。

 12月29日の北海道新聞によると、地検は「過剰伐採について、相当量の伐採済みの木が国有林に放置されており、窃取した証拠はないと判断。無届の間伐についても、区域境界線を誤認したことが原因で故意ではなかった」と判断したとのことです。

 越境伐採を見つけたのは自然保護団体の会員であり、しかも帰りがけの林道から発見したのです。現場の地理に詳しい職員が境界を誤認して収穫調査をしたなどということは常識的に考えられずあまりにも不可解です。

 現場には収穫調査を行った883本をはるかに越える多数の伐根が残されており、204本以上が過剰に伐採されています。土場に出されて販売された丸太の材積もわかっています。伐根という動かぬ証拠をどのように判断したのでしょうか?

 許可申請をしていた土場のほかに、尾根近くに無届の土場が存在しました。なぜこのような土場が必要だったのでしょうか? でも、検察はそれについて不問に付したのです。この土場の違法性を立件したなら、当然のことながら盗伐疑惑についても捜査せざるを得ないはずです。

 伐採が適正に行われているかを監督・検査するのは森林管理署です。素人にも見分けのつく越境伐採や多数の伐根、許可以上の面積の土場・集材路が問題ないと判断し、それが「故意性が認められない」などというのであれば、何でもありではないですか!

 伐区を大きく越えて伐採し、伐採率をはるかに超える伐採が行われたことは、素人でさえ現場を見れば一目瞭然でした。上ノ国の伐採現場には多くの疑惑が凝縮され、森林管理署と業者の癒着が疑われる典型的な例だったのです。

 ということは、この告発は林野庁にとっては何としてでも握りつぶしたい一件であったはずです。

 「やまりん」による盗伐も、住民が告発した秋田県上小阿仁村での秋田スギの違法伐採も立件されて有罪になっています。さらに、昨年発覚した屈斜路湖畔の違法伐採(屈斜路湖畔の違法伐採はなぜ起こったのか? 参照)でも、不動産会社役員が森林法違反(森林窃盗)と自然公園法違反(無許可伐採)で起訴され、検察は懲役3年6ヶ月を求刑しました。

 それなのに、上ノ国に限って不起訴なのです。この不自然さこそ、国有林伐採の闇を象徴しているかのように感じられます。

2008年1月 1日 (火)

半医半農のはげあん先生

 あけましておめでとうございます。

 「鬼蜘蛛おばさんの疑問箱」というブログタイトルからついつい批判的な記事が多くなってしまうのですが、元旦でもある今日はちょっと雰囲気を変えてユニークで魅力的な「人」について紹介しましょう。

 我が家のかかりつけのお医者さんは「はげあん診療所」の安藤御史先生。「はげあん」と聞いて?!?と思うでしょう? 「はげあん」は安藤先生のニックネームで、漢字で表すと「禿安」。風貌がご想像いただけると思います。

 もちろん、この診療所名は周囲の人たちから反対されたそうです。でも、今はみんなに「はげあん、はげあん」と呼ばれて親しまれています。髪の毛が薄くなってくると、とても気にする男性が多いですよね。でも、そんなことは一向に気にせず医院名にしてしまうなんて、なかなかたいしたもんではありませんか。

 診療所では内科も診ていますが、安藤先生の専門は整形外科です。その世界では大変有名なお医者さんなのです。

 病院勤めをやめてから、かねてからあたためていた夢を実現すべく上士幌町の町外れに土地を入手して診療所と畑をはじめました。夏は早朝から庭の畑の手入れに余念がありません。もちろん無農薬です。診療所の庭先には畑とビニールハウスがあり、診療が終るとそそくさと畑へ・・・。

 名医さんが小さな町で畑を耕しながらお医者さんを開業しているというわけです。半医半農で、シンプルライフを実践しています。現代の「あかひげ先生」といったところでしょうか。

 庭先では羊やブタも飼っています。羊は毛を刈るだけではなく食用にも。庭先で食用の家畜を飼っているなんて、今ではとても珍しいですよね。また、夏は地元の朝野球のチームで練習に励み、夜はミニバレーも。最近は熱気球にも挑戦しています。

 さらに夏になるとチェルノブイリの原発事故で被曝したベラルーシの子供たちを保養のために預かっています。その子供たちというのが大変なやんちゃ坊主ばかりなんです。日本では絶滅危惧種になってしまった、いわゆる「悪ガキ」といわれるような元気いっぱいの子供たちです。はげあん先生のバイタリティーはどこからくるのでしょうか。

 そしてもうひとつの顔は、十勝自然保護協会の会長さん。十勝自然保護協会は、かつて全国的にも知れわたった大雪山国立公園に計画された「士幌高原道路」の反対運動の矢面に立って活動したNGOです。建設をごり押ししようとする北海道と熾烈な戦いとなり、地元の新聞ではしばしば話題になりました。

 士幌高原道路の反対運動の際には全道の自然保護団体が結集し、「ナキウサギ裁判」も起こして反対運動を繰り広げ、道路建設は中止に追い込まれましたが、当時の及川裕会長のあとを引き継いで会長をしているのが安藤先生です。

 安藤先生は、反戦などの活動にも積極的に参加しています。自然保護と平和問題というのは共通しているんですよね。

 風邪が流行っているせいか、冬になってから「はげあん診療所」には大勢の患者さんが詰めかけているようです。日ごろはほとんど医者に行かない私も、昨年はアクシデントがあって右掌の小指を骨折してしまいお世話になりました。僻地医療が切り捨てられていく中で、身近に頼れるお医者さんがいるのは大助かりです。

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