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2007年10月

2007年10月31日 (水)

何のための魚道?

 サケが遡上するシーズンになりました。

 十勝川では、千代田堰堤でサケを捕獲し、養殖事業を行っています。これまでは千代田堰堤によって、サケはそれより上流にはほとんど遡上できませんでした。

 河川管理者である帯広開発建設部は千代田堰堤の横に新水路を造り、4月から運用を始めました。増水時に水を新水路に分散させるというのです。要するにショートカットです。その際、新水路に魚道が設けられ、そこを遡上するサケを観察するための「魚道観察室」を1億1千万円かけて造りました。魚道を遡るサケを、アクリル板を通して側面から見る施設です。

 ところが北海道新聞によると、魚道観察施設ではサケがほとんど見られず、不評を買っているとのこと。新水路にサケが入るとその捕獲作業が大変なので、新水路にあまりサケが入らないようにしているらしいのです。

 新水路の魚道に入ったサケは、何と捕獲されてしまうのです! この魚道、サケを上流に遡上させることが目的ではなく、施設でサケを見せることが目的だったのですね。

 ここから、おかしなことがいろいろ見えてきます。

 まず、増水対策の河川のショートカットです。河川の蛇行部分を直線でつないでしまえば、水の流速が早くなります。すると、河口部に早く水が到達することになります。でも、海水面の高さは変わらないのですから、河口部で洪水が起きやすくなるのです。河川のショートカットは問題があることがわかっているのに、河川管理者はいまだにそのやり方を変えようとはしません

 釧路湿原では、自然再生の名の下に直線化した川を蛇行させようとしていますが、その一方で、国は相変わらすの直線化をやっているのです。こうしたショートカットは千代田堰堤だけではなく、その上流の相生中島地区というところでも行われています。

 それから魚道です。魚道というのは本来、ダムなどの河川を横断する構造物によって魚の遡上が妨げられないように設けるのです。魚道に入ったサケを捕獲してしまうのであれば、魚道をつくった意味がそもそもありません。遡上するサケをすべて捕獲して人工増殖させる必要があるのでしょうか?

 そして、観察施設。サケの遡上を観察してもらいたいなら、巨額の費用をかけた観察施設など必要あるでしょうか? 自然の状態で見てもらうのが一番ではありませんか? 昨年の今頃、湧別川に行ったのですが、そこではサケが遡上して自然産卵している姿を堪能できました。

 川にダムがなかった頃、サケは川を遡上してヒグマやシマフクロウ、キタキツネなどの餌となり、森にも運ばれて森の栄養源になってきたのです。河川管理者は見せ物施設を造るのではなく、魚を遡上させ、本来の生態系を取り戻すように努力していくべきではないでしょうか?

 問題のあるショートカット工事と観察施設に巨額の税金を注ぎこんでいる国に、疑問を感じざるを得ません。

2007年10月30日 (火)

これが国民年金の未納者対策?

 先日のことです。家族の国民年金のことで電話がありました。電話をかけてきたのは社会保険事務所ではなく、オリエントコーポレーションの人です。以前はたしか社会保険事務所の方が直接電話してきていたのです。「あれれ、なんでオリコから国民年金の電話があるのだろう?」と思い、社会保険事務所に電話して聞いてみました。

 すると、オリコに未納者への納付の確認などの業務を委託しているというのです。これは知りませんでした。加入者が知らないうちに、オリコに年金に関する個人情報が知らされているわけですし、「何でクレジット会社に?」と、何やら違和感を持ちました。なぜ、国がこのような業務を外部に委託するのでしょうか?  それで、ちょっと調べてみると、税金や国民年金、水道料金などのクレジット決済を推進するための「公金クレジット決済協議会」という組織があるのですね。クレジットカード業界団体が、公金のクレジットカード決済の導入を政府に求めているのですが、オリコもこの組織に加入しています。そして、すでに一部の地方自治体では公金のクレジット決済が導入されているとのこと。

 公金のクレジット決済? 現在の支払方法ではなにか問題があるのでしょうか? どれだけの国民がクレジット決済を望んでいるのでしょうか? それとも未納者対策でしょうか? そういう動きをほとんど知らされないまま、年金未納者への対応がオリコに業務委託されたことに疑問を感じたのです。

 私は生活協同組合の組合員なのですが、生協では数年前に購入代金の決済をクレジット会社に委託しました。その理由のひとつに、未払いによる損失の問題があったようです。つまり、商品の代金を踏み倒してしまう組合員がかなりいたようなのです。もっとも私はクレジットカードを持たない主義なので、交渉して従来の口座振込のままにしてもらいましたけれど。でも、公金の支払となったら、話は別ではないでしょうか?

 国民年金の未納者対策をするのであれば、支払のできない社会的弱者をなくす社会の構築を、まず考えていかなければならないはずです。その日暮らしのようなフリーターの若者などに、月額14100円もの保険料を納めろと督促するだけで未納者が減るとは到底思えません。消えた年金問題だってあるし・・・。

 そんなふうに思っていた矢先、政府の経済財政諮問会議の民間議員によって、消費税で基礎年金の全額をまかなうという全額税方式の提言がなされました。これでは消費税の増税につながってくるでしょう。増え続ける年金未納者や未加入者の対策として消費税の増税? 消費税の増税は、いうまでもなく低所得者層に大きな負担を強いることになります。

 消費税アップは低所得者の生活を直撃します。払いたくても払えない低所得者、ワーキングプアをなくし、だれでも最低限の生活を保障される社会にしなければ、年金の未納者問題は解決しません。

 いやはや、政府の考えることといったら問題の本質的解決ではなく、大企業の優遇と弱いものいじめばかりではありませんか。

2007年10月28日 (日)

ラリーに抗議!

Rarii1  世界ラリー選手権(WRC)最終日の28日に、新得町の林道の出口で横断幕を掲げたり、ナキウサギの着ぐるみを着て、選手らにラリーコースが絶滅危惧種や希少種の生息地であることをアピールする抗議行動に参加しました。この抗議行動は昨年から十勝自然保護協会が行っているもので、今年は2回目です。

 林道から出てきたラリーカーに「選手のみなさん、スピードを落として止まってください。絶滅危惧種の生息地を破壊しています」などと書かれた横断幕やプラカードを掲げるのですが、その時の選手の表情はさまざま。きちんと読んでいく選手もいますし、目もくれずに走り去っていく選手もいます。

 写真は、今回のラリーで優勝したミッコ・ヒルボネン選手ですが、彼は横断幕に目をやりきちんと読んでいたようです。読んだ選手は、どんな風に感じているのでしょうか?

 対照的なのは、日本の選手です。英語で書いてあるためか、応援の横断幕と勘違いして笑顔で手を振る選手が大勢いました。

 この日、私たちが横断幕を掲げると、さっそくこちらにカメラを構えたのはイギリスのメディアです。彼らは、ラリー競技だけではなく、こうした抗議行動にも関心をもっているのです。その反面、日本のマスコミは北海道新聞一社が取材に来ただけ。ラリー競技を撮影するマスコミのスタッフの車は何台も通るのに、彼らの関心は競技しかないのですね。我々には見向きもしません。

 観戦に来ている人や、ラリーファンの中にも、こうした環境問題について自然保護団体ときちんと話し合いをして欲しいと思っている方たちが少なくないはずです。

 マスコミは日ごろ「地球温暖化」「環境問題」についても問題視して取り上げているのです。多量の排気ガスを撒き散らし、野生生物を脅かすラリーに問題がないとは言えないはずです。それならラリーが自然環境に与える問題について、あるいは市民の抗議行動になぜ目を向けようとしないのでしょうか? そこから見えるのは、主催者にしか顔を向けようとしないマスコミのご都合主義ではないでしょうか?

2007年10月27日 (土)

北海道の決断は?

Rindoukouji  談合の温床となった緑資源機構の廃止にともなって、機構のメイン事業だった大規模林道は、「山のみち」として事業主体を道や県に移管することになりました。そこで、3つの路線を抱える北海道はどうするのかが注目されていたのですが・・・ 今日の北海道新聞では、来年度は工事をしないで検討をすることになったと報じられました。決断を先送りしたのです。

 北海道では大規模林道問題北海道ネットワーク(寺島一男代表)が、大規模林道の廃止を求めて北海道に何度も質問を行っています。ところが、これまでは事業主体が緑資源機構だったために北海道は費用対効果や環境問題について説明責任を逃れてきました。でも、事業主体が北海道に変わるのであれば、継続する場合はその必要性を道民に説明できなければなりません。

 北海道は来年の洞爺湖サミットを前に、環境問題を全面に押し出していかなければならない立場にあります。大規模林道は希少な動植物の生息地を破壊し、災害を招く道路として問題になっているのです。しかも、北海道は大変な財政難なのですから、巨額の税金を投入する以上、道民の理解が得られなくてはなりません。今回の決定見送りには、そんな背景があるのでしょう。

 この大規模林道は、もともと林業に必要な道路として計画されたのですが、もはや北海道も林野庁も木材生産より森林の公益的機能重視に方向転換しています。本来の目的はすでに破綻しているのになぜ続けられてきたのかといえば、談合のために必要な事業だったからにほかなりません。まず、そこをきちんと理解しなければならないのです!

 一昨日、すでに開通している滝雄・厚和線の一部を通りました。ハンターの車を2、3台見かけましたが、一般の人はほとんど利用しない道路というのが実態です。それもそのはず、人の住んでいない山の中の道路なんですから。

 北海道が環境問題を真剣に考えるなら、第一に見直さなければならないのは無駄な公共事業のはずです。大規模林道はその筆頭ともいえる事業ではないでしょうか? 税金は、庶民や環境保全のためにこそ使うべきでしょう。

2007年10月24日 (水)

「雪迎え」と「雪虫」

 ここ数日、強風が吹き荒れていましたが、今日は穏やかな快晴。庭の樹の枝からクモの糸が流れてキラキラと光っています。子グモが飛び立ったのでしょうか。

 クモにはバルーニングといって、空中飛行をする習性があります。バルーニングをするのは、普通は子グモです。風のない穏やかな日に植物の先端部などに登ったクモは、お尻を上に向けて糸を流すのです。その糸が上昇気流にのって漂っていくと、やがてクモはその張力に耐えられなくなり、脚を離して空中に舞い上がっていきます。クモの分散手段のひとつといえるでしょう。

 「雪迎え」をご存知でしょうか? 山形県の米沢盆地では、晩秋の今ごろの季節になるとふわふわとした白い糸のかたまりが空を漂ってくることが知られていました。ちょうど山に初雪が降る頃にその糸が見られるために「雪迎え」と言われています。

 昭和27年、まだ「雪迎え」の糸の正体がよく分かっていなかったときのこと、米沢盆地で、この空飛ぶ糸のことを調べた方がいました。学校の先生をしていた錦 三郎さん(故人)という方です。錦さんは、白竜湖という湖に通ってクモのバルーニングを観察し、「雪迎え」の正体は、クモが飛行するときに空中にたなびかせたクモの糸であることを突き止めました。

 細い細いクモの糸が、目に見えるかたまりとなって空を漂ってくるのですから、おびただしい数のクモが一斉に舞い上がるはずです。バルーニングする子グモはときどき見ますが、そのクモが出した糸が綿のようになって飛んでいるのは見たことがありません。一度そんな光景を見てみたいと思うのですが・・・。

 イギリスでは同じ現象を「ゴッサマー」と呼び、中国では「遊糸」と呼んでいます。日本では、米沢盆地の「雪迎え」がとりわけ有名です。とても風情のある呼び名ですね。

 米沢盆地の場合は、10月下旬から11月頃の風のない穏やかな日に、湖の周辺の草地からたくさんのクモが一斉に飛び立つとのことです。周辺に飛行を妨げる森林がなく、上昇気流がおきやすい地形などが関係しているのでしょう。

 いつも不思議に思うことがあります。北海道には海岸近くに多数の湿地があります。でも、「雪迎え」のような糸のかたまりが飛んできたという話は聞いたことがありません。北海道の湿原には非常に多くのクモが棲んでいるのですが、それらの湿原では米沢盆地のように一斉にクモがバルーニングすることはないのでしょうか? 上昇気流の起きる条件が悪いのでしょうか? それとも、「雪迎え」が人に見つかることがあまりないだけなのでしょうか?

 北海道では「雪虫」(トドノネオオワタムシ)が飛ぶともうじき雪が降るといわれていますが、私は「雪虫」を見ると、この「雪迎え」のことを思い浮かべるのです。そして、米沢盆地では今でも「雪迎え」が見られるのだろうか・・・と、見たことのない「雪迎え」に思いを馳せてしまうのです。

2007年10月22日 (月)

温暖化防止に逆行するラリー

 改造車であるラリーカーは、外見は普通の車とそれほど変わりませんが、構造などはまったく異なります。排気ガスは普通の車の10倍とも言われていますから、すごい量の二酸化炭素を森林に排出することになります。

 昨年の世界ラリー選手権では、ラリーカーや関係車両などが排出する二酸化炭素の量が試算され、214ヘクタールの森林の年間吸収量に相当すると発表されていますから、まさに地球温暖化を促進するイベントなのです。

 そのようなイベントに対し、これまで北海道は約8000万円を、帯広市は3500万円を出してきました。温室効果ガスを削減しなければならないといっている北海道が、それに逆行するイベントに税金を注ぎ込んでいたのです。

 ところで、世界ラリー選手権の大会組織委員会は、来年の開催地を札幌近郊の道央圏に移す方向で検討しているそうです。9月5日付けの北海道新聞では、その理由を「2009年以降、WRCの開催数が減るのを踏まえ、集客を増やして日本開催を確保する狙い」と伝えています。

 現在、世界ラリー選手権は年16戦開催しているのですが、2009年以降は年12戦に減る見通しで、開催地争いが激化するとのこと。それで、集客を見込める道央圏への検討をしているとか・・・。そういえば、テレビの映像などでも観客席は人がまばらにしか映っていないのです。高いチケットを買って観戦する人は、それほどいないのです。

 世界ラリー選手権の開催地が減るということは、このようなイベントを敬遠する国が増えているからではないでしょうか。ラリーから撤退する自動車メーカーも出てきていますし、今後はこうしたイベントは批判も高まってくるのではないかと思います。  来年は洞爺湖サミットで環境問題が主要テーマになることもあり、北海道は植樹の推進や森林環境税を打ち出してきていますが、地球温暖化促進イベントであるラリーを問題視するような話は聞こえてきません。どう考えても矛盾しています。

 環境省も北海道もしっかりして欲しいですね。

*ラリー関係のJANJANの記事

絶滅危惧種の生息地で世界ラリー選手権

不誠実な毎日新聞社の姿勢を問う

毎日新聞社はなぜ環境調査報告書を公開しないのか

毎日新聞社が世界ラリー選手権から撤退表明

環境無視の十勝毎日新聞社と黙認する環境省の責任

野生動物を脅かすラリーに抗議~北海道・十勝地方

2007年10月21日 (日)

林道をズタズタにするラリー

 ラリー問題のつづきです。

 林道というのは、そもそも森林の施業や管理のために造られた道です。ですから、時速30キロメートル前後の低速走行を前提として設計されています。そこを時速100キロを越える猛スピードで走ったらどうなるか・・・。

 林道に敷かれた砂利は周辺の林内に飛び散り、大量の土埃を舞い上げます。とりわけカーブでは路面が深くえぐれて大量の土砂が路肩に堆積します。林道の路盤構造が破壊されてしまうのです。

 もちろん、主催者は競技が終るとグレーダーをかけて林道を補修するのですが、そのような原状回復は表面上のものであり、いちど路盤構造が破壊されてしまうと、簡単には元の状態にもどりません。毎年それを繰り返したなら、おそらく大雨による浸食などに弱い路面になってしまうでしょう。

 競技をしていて路面のわだちが深くなると、リタイアが続出することになります。2002年のアジアパシフィックラリーで利用された豊頃丘陵の道有林では、コース路面に数十センチものわだちができて車体の腹をこすり、半数以上の車がリタイアする事態になりました。この道有林では主催者による路面の原状回復が不十分であるとして、所有者の北海道からクレームがつけられたのです。

 このようなことがあったためか、その後豊頃丘陵はコースから外され、シマフクロウやナキウサギの生息地である新得町の林道にコースが移されたのです。それで、今は主として国有林の中でラリーが行われています。

 それにしても、林野庁はなぜ林道をズタズタにするラリーに、林道の使用許可を出すのでしょうか? 

 10月はじめの森林伐採の視察の際、ラリーコースになっている林道を通ると、砂利を敷きグレーダーをかけた直後のようで、路肩の草も刈ってありました。ラリーが近づいてきたので、主催者が整備したのだと思ったのですが、これについて森林管理署長に尋ねてみると、「通常の整備として、こちらでやったものです」との返事。「ええっ!」と思ってしまいました。

 ラリーでズタズタにされてしまう直前に林野庁がわざわざ林道を整備するとは、なんとも不思議ではありませんか! なんだか、ラリーに協力しているみたいですよねえ、税金つかって。

2007年10月20日 (土)

野生生物を脅かすラリー

 ラリーの問題点はいろいろありますが、まず指摘しなければならないのは野生生物に与える影響でしょう。

 現在世界ラリー選手権が行われているところは、希少な野生生物の生息地となっている国有林です。ここには、シマフクロウやクマタカ、オオタカ、クマゲラなど、絶滅危惧種が生息しています。また、ナキウサギはコースのすぐ脇に生息しているのです。それだけではありません。ヒグマやエゾシカ、キタキツネ、エゾタヌキなどをはじめとした、さまざまな動物が生息していますし、絶滅危惧種の植物もあります。

 そこを猛スピードで車が走り抜けるのですから、当然のことながら動物との衝突事故が発生します。実際にフロントグリルにアオジ(野鳥)を貼り付けたまま出てきた車がありました。昨年にはエゾシカとの衝突事故も発生したとのことです。大型動物との衝突は、重大な事故にもなりかねません。

 林道は通常のスピードで走っている限りそう簡単に野生動物と衝突しないものですが、ラリーカーは何しろ猛スピードを出すのですから、避けようがありません。驚くなかれ、直線に近いところでは時速200キロメートル近いスピードを出すのです! 主催者は、競技が始まる前に野生動物を追い払うための前走車を走らせるのですが、それでも衝突事故が起きてしまいます。

 もう一つは間接的な影響です。ラリーカーは改造車ですから、ものすごい騒音を発します。時には炸裂音も出します。さらに、世界ラリー選手権の場合は、上空からヘリコプターが監視しています。ですから、野生動物は車とヘリの爆音にさらされることになります。  それでもっとも影響を受けるのは、騒音などに敏感な猛禽類です。彼らは視覚も発達していますから、騒音だけでなく車や人に対しても警戒します。クマタカなど、定住性の強い猛禽類にとっては、かなりのストレスになると考えられます。

 しかも、新得町のコースでは、コース脇にナキウサギの生息地が何箇所もあります。林道の路肩に生息しているのです。ここでは年間を通じて生息が確認されていますから、繁殖しているものと思われます。ナキウサギは騒音や振動に敏感で、排気ガスに弱いといわれていますから、ラリーカーはかなりのストレスになるのではないでしょうか。だからこそ、毎日新聞社はコース選定にあたりシマフクロウの繁殖地から約5キロメートル、ナキウサギの繁殖地からは約3キロメートル離すとしたのです。野生動物への影響を認識していたのですね。

 ところが、主催者は2003年から、シマフクロウが近くで繁殖しナキウサギも生息する新得町の林道をコースにしました。主催者は、そこにシマフクロウやナキウサギが生息していることは恐らく知っていたのだと思います。なぜなら、そこではダム建設のためのアセスメント調査が行われており、シマフクロウやナキウサギの生息が確認されていたのですから。

 2004年になってそれに気づいた自然保護団体が抗議したのは言うまでもありません。それでも毎日新聞社は2005年までラリーを強行したのです。そして、毎日新聞社が撤退した今でも、そのコースが使われています。主催者はいまだに自然保護団体に対して環境調査報告書も提出しなければ、説明会も開催していません!

2007年10月19日 (金)

世界ラリー選手権を誘致した毎日新聞社の責任

 今年も、10月26日から28日までの3日間、十勝地方の林道でWRC(世界ラリー選手権)が開催されます。静かな秋の森林を、ラリーカーが時速100キロ以上のスピードを出し、爆走するのです!

 ラリーは林道や公道などで一定間隔をおいて車を走らせ、タイムを競う競技なのですが、その車は改造車です。林道に設けられたスペシャルステージというコースでは、ラリーカーがものすごい爆音をたて、林道をズタズタにして走りまわります。

 このWRCの前身となった国際ラリーを日本に招致したのは、なんと「環境の毎日」といわれている毎日新聞社です。毎日新聞社は将来「世界ラリー選手権」を日本に誘致することを目指し、2001年に十勝地方の林道で「インターナショナルラリー イン北海道2001」を開催しました。主催者である大会運営委員会会長は、毎日新聞社の社長の斉藤 明氏(当時)。そして北海道はこのラリーに2000万円もの補助金を出しました。

 毎日新聞社は、このラリーの実施にあたり自然保護団体の理解を得るために、環境調査を実施してコースを選択しました。たとえばシマフクロウの繁殖地からは5キロメートル、ナキウサギの繁殖地からは3キロメートル、国立公園の特別地域からは10キロメートル離すなどなど。そして、環境NGOなど第三者に対して環境調査結果を公開するなど、さまざまな「環境への配慮」を打ち出したのです。

 もちろん北海道の自然保護団体は、動植物の生息地である森林でラリーを行うことに対し反対の意見を表明したのですが、それを押し切ってラリーが開催されたのです。そして、この国際ラリーは2002年に「アジアパシフィックラリー選手権」に、2004年からは「世界ラリー選手権」へと昇格していきました。

 ところが、2004年になってから、毎日新聞社が「環境への配慮」として定めた基準を守らず、シマフクロウの繁殖地の近くであり、ナキウサギが生息している林道でラリーを行っていたことがわかったのです。この事実に気づいた自然保護団体は、主催者に環境調査報告書の提出を求め、ラリーを支援している北海道や林道を管理する林野庁、環境省などに申入れを続けてきました。

 自ら「環境への配慮」を謳っていた新聞社が約束違反をしていた上、自然保護団体に対して、なんら誠実な対応をしませんでした。十勝自然保護協会では、毎日新聞の不買運動も展開したのです。そして2005年に、毎日新聞社はラリーからの撤退を余儀なくされました。ところが撤退の理由は巨額の赤字を抱えたというものであり、環境問題についてはまったく触れなかったのです。マスコミともあろうものが、なんと無責任なのでしょうか。

 毎日新聞が撤退後、そのあとを引き継いだマスコミは地元紙の十勝毎日新聞社です。十勝毎日新聞は、ラリーの季節になるとかなりの紙面をラリー情報に割いています。環境問題が叫ばれる中で、マスコミが率先してラリーを誘致し、支援することこそ問題ではありませんか!

 日本にラリーを誘致し、定着させてしまった毎日新聞社の責任は、限りなく大きいはずです。このラリー問題については、引き続きもう少し具体的に書いていきたいと思います。

2007年10月18日 (木)

ナキウサギの棲める条件

 前回の記事で紹介した「ファウラ」のナキウサギ特集号には、ナキウサギは「涼しくないと生きられない」ということが書かれています。では、生存の条件となる「涼しさ」というのはどの程度なのでしょうか?

 ナキウサギは高山の岩場や、夏でも冷たい空気が吹き出してくる風穴でも平気なのですから、寒いところを好むのは確かです。なにしろキタナキウサギ(エゾナキウサギはキタナキウサギの亜種)はシベリアに広く分布していて、北海道は分布の南限にあたるのです。

 私は以前、ナキウサギは北海道の中でも寒冷な山岳帯にしか棲んでいないと思っていました。そして標高800メートルほどのところにある然別湖一帯の生息地は、低いところにある生息地として貴重だと思っていたのです。でも、実際には然別湖よりもっと標高の低いところにも生息しているのです。

 ここ数年来、大規模林道の建設予定地やラリー選手権のコースなど、低山のナキウサギ生息地の調査をしています。すると、標高のそれほど高くないところにも、岩塊地が点々とあり、ナキウサギが生息していることがわかってきました。そして生息地の「涼しさの条件」に疑問を持ちはじめたのです。標高が低くても、風穴現象が見られなくても、生息に適した岩塊地があればナキウサギは棲むことができます。日高の幌満(標高50メートル)の生息地も風穴現象は見られません。

 ということは、現在の北海道の気候であれば、岩塊地があれば平地でも生息できるといえそうです。もっとも平地には岩塊地がないので、ナキウサギは棲みようがありません。

 高山に生息する動植物の多くは、「寒くなければ生きられない」というわけではありません。高山植物を平地でも栽培できるように、温度に対しては適応力にある程度の幅があるのが普通です。高山植物が高山にしか分布できないのは、低山では他の植物と競合してしまうために競合相手の少ない高山でしか生きていけないという側面があります。

 「涼しい環境が好き」「寒さに耐性がある」ということと「涼しくなければ生きられない」ということは意味が異なります。エゾナキウサギは確かに「涼しいところが好き」で「寒さに耐性がある」のですが、それでは「どのくらいの涼しさが必要なのか」「どのくらいの暑さになると生息できなくなるのか」というと、北海道のナキウサギの分布からでは結局のところわからないということになります。

2007年10月17日 (水)

道南の天然林伐採が取りやめに!

 昨日、札幌市内で北海道森林管理局による「生物多様性検討委員会」が開かれたのですが、その席で、北海道森林管理局は、道南の渡島、檜山管内の天然林約6300立米(直径40センチの木、約6000本)の伐採計画を取りやめる方針を明らかにしたとのことです。

 渡島・檜山は、ブナやヒバの北限ですが、ここでもブナやヒバの天然林が伐採されているのです。上ノ国町のブナ林伐採では自然保護団体によって越境伐採が発覚し、盗伐などの疑いで刑事告発もされています。

 今回の天然林の伐採中止は、このような市民の行動が行政に歯止めをかけたといえるでしょう。北海道新聞では、この問題が大きく報道されましたから。

 上ノ国のブナ林の伐採現場には、私も行きました。ここでも作業道によって表土が大きく削られ、申請よりはるかに大きな土場が造られていました。伐根が沢に落とされたり埋められたりで、無惨な状態になっていました。伐区を越えて伐採をしており、隣接する道有林の木まで伐っていたことが明らかになっています。

 ところで、北海道森林管理局が設置した「生物多様性検討委員会」ですが、北海道で森林伐採に取り組んでいるメンバーには声がかけられず、東京大学の先生や東京の日本自然保護協会の方が委員となっています。わざわざ東京から委員を呼んでいるのです。なぜ北海道の森林伐採の問題に取り組んでいる自然保護団体を入れないのでしょうか? このような人選に、何やら意図を感じてしまうんですよね。

 またまたJANJANの記事の紹介ですが、上ノ国町のブナ林の伐採については以下の記事をお読みいただけたらと思います。写真も掲載されています。

北海道上ノ国町のブナ天然林で越境伐採

北海道・ブナ林過剰伐採 林野庁職員を告発

2007年10月16日 (火)

天然記念物にならないナキウサギ

 北海道の自然を紹介している写真雑誌ファウラの2007年秋号の特集は、エゾナキウサギ。ナキウサギのかわいらしい写真や情報が盛りだくさんです。

 ナキウサギは、日本では北海道の一部の地域にしか生息していない希少な動物です。日本のナキウサギは、岩が積み重なった岩塊地を棲みかとしています。「氷河期の生残り」といわれるのは、大陸と北海道が陸続きになった氷河期に、大陸から移動してきたといわれているからです。それだけでも、天然記念物の資格は十分にあると思うのですが、どういうわけか天然記念物に指定されていません。アマミノクロウサギは天然記念物なんですけどね・・・。

 ナキウサギは大雪山や日高山脈の高山帯にしか生息していないと思っている人も多いかもしれませんが、高山にしかいないというわけではありません。岩塊地は高山帯に多いために生息地も高山に多いだけで、岩塊地があれば標高の低いところにも生息しています。

 自然保護活動をしている私にとって、ナキウサギはとても縁のある動物です。大雪山国立公園の然別湖一帯はナキウサギの一大生息地ですが、その生息地のど真ん中に計画された士幌高原道路の反対運動のために然別湖一帯をずいぶん歩き、ナキウサギに何回も出会いました。この道路計画をめぐっては「ナキウサギ裁判」が起こされたのです。幸いなことに、道路計画は中止となり、ナキウサギの生息地は守られました。

 また、大規模林道(緑資源幹線林道)の建設予定地にもナキウサギの生息地があり、生息地の破壊や分断化の危険にさらされています。

 それから、世界ラリー選手権が開催されている林道にも、ナキウサギの生息地があるのです。ですから、その生息地にも何回も行きました。

 岩塊地という特殊な環境にしか棲めないナキウサギにとって、棲めるところは限られています。岩塊地が壊されたり環境が悪化したら、たちまち生存を脅かされることになります。開発行為などの危機にさらされているのは、このような標高の低いところに棲むナキウサギたちです。

 でも、不思議なことに天然記念物にもなっていないし、絶滅危惧種にもなっていません。そこで、「ナキウサギふぁんくらぶ」は文部科学省に天然記念物に指定するように働きかけているのですが、なかなか実現しません。

 なぜなのか? たぶん「天然記念物指定されたら都合が悪い」という人がいるのでしょう。

 詳しくは、以下の記事をどうぞ。

ナキウサギを天然記念物に

ナキウサギ、天然記念物指定めぐる本末転倒

2007年10月15日 (月)

十勝でも酸性降下物の影響が・・・

Sanseiu  先日の伐採現場の視察の際、河野昭一先生に酸性降下物の影響を受けているケヤマハンノキの葉を教えていただきました。

 ケヤマハンノキの葉は紅葉の季節になってもが黄色や赤に色づかず、茶色っぽく枯れて落ちてしまうため、これまであまり気に留めていなかったのですが、酸性降下物の影響を受けた葉は、周囲が縁取られるように茶色になっているのです。

 酸性降下物(硫黄酸化物や窒素酸化物)の多くは、化石燃料を燃やしたときに発生し、雨や霧などによって降り注ぐのですが、雲に取り込まれて遠くに運ばれることがあります。国立環境研究所による発生源調査では、日本に降り注ぐ硫黄酸化物の発生源の約半分は中国起源とのことです。そういえば、近年は黄砂も毎年観察されますね。

 ですから、酸性降下物の影響は日本海側の方が明瞭なのです。十勝地方では目に見えるような影響はほとんど出ていないと思っていたのですが、じわじわと出てきているようです。大台ケ原のトウヒが酸性霧のために枯死するなど、日本でもあちこちで被害が出ているようですから、これから深刻化する可能性があります。

 伐採問題にしても酸性降下物にしても、日本だけの問題ではありません。国際的な取り組みが必要ですが、日本政府はどこまで深刻に考えているのでしょうか・・・。

2007年10月14日 (日)

原告の主張を展開します

 12日は、「えりもの森裁判」があったために、またまた札幌に行ってきました。

 原告らは6月に、「支障木」や「地ごしらえ」のことを中心に、23項目の求釈明を求めていました。被告は8月10日付けの準備書面でそれに対応しているのですが、その多くは原告の疑問を解消するような答えになっていません。

 たとえば、前回の公判では「伐倒の支障になっていない支障木」があると、写真や図を利用して示しましたが、それでも具体的な根拠を示さずに「伐倒支障」だと主張しています。そもそも、裁判を起こしてから、「支障木」と認定した伐根が38本もあるのですから、摩訶不思議としかいいようがないのですが・・・。

 そこで、これから何回かにわたって原告の主張を展開することになります。12日は、その一回目として、被告の提出した文書に関わる不可解な事柄から発展し、行政と業者の癒着疑惑まで論じました。

 原告らが裁判を起こす前に情報公開で取得した「収穫調査復命書」と被告が裁判で提出した「収穫調査復命書」の日付が異なっていたのです。それらの文書は印影の濃淡や傾斜、筆跡などが同一なので、日付以外は同一の文書と考えられるものです。同じ文書なのに日付が違うなんて、不思議ですよね?

 しかも原告が入手した「収穫調査復命書」に綴られているのに、被告が裁判で提出した同じ文書に綴られていない文書がありました。また、情報公開では出てこなかった文書が裁判に提出されています。こうしたことから、裁判対策のために文書を虚偽作成したのではないかという疑惑が生じるのです。

 本件の伐採は平成13年10月の収穫調査に基づくもので、伐採率が66パーセントでした。ところが、北海道は平成14年3月に、木材生産をやめて森林の公益的機能を重視した森づくりをすると、全面的に方針転換をしたのです。ですから、それ以前の木材生産を目的とした伐採計画は中止されなければならなかったはずです。保安林内の択伐は30パーセント以内に収めなくてはならないのです。ところが、中止されることなく実行されました。なぜ実行できたのか?

 森林の蓄積量が記載されている森林調査簿を検討すると、森林の蓄積量の数値を意図的に増加させることで伐採率を30パーセントに留め、「受光伐」として装ったのではないかとの疑惑が生じるのです。

 そして、計画が変更されずに実行された背景には、日高支庁と業者との癒着が疑われます。つまり、本件の収穫木の調査、伐採、買受のすべてに特定の業者が関与しているのです。

 さて、今後の裁判では、伐採の具体的内容やそれが自然に及ぼした影響、財務会計上の行為の違法性や損害論について論じていく予定です。

 次回の公判は12月7日(金)、札幌地方裁判所で11時~11時30分です。映像による意見陳述も予定しています。傍聴歓迎!

2007年10月13日 (土)

天然林伐採の凄まじい実態

 10月2日から4日までの3日間、河野昭一京都大学名誉教授と北海道の自然保護団体のメンバーが、十勝の天然林伐採現場の視察に行きました。

 十勝東部森林管理署管轄内の天然林の伐採については、昨年から道内の自然保護団体が視察していましたが、広大な森林のあちこちで、年度ごとに伐る林班を変えて点々と伐採しているので、実態を把握するのは容易ではありません。今回は、近年の伐採データなどを調べてから視察したこともあり、風倒跡地や丸太を搬出中の土場なども何箇所か見ることができました。

 とりわけひどいのが、大雪山国立公園の特別地域で、風倒木処理との名目で行われている皆伐です。ブルドーザーで急斜面に段々畑のように作業道をつくって材を運び出すのですが、表土の大半が削りとられ、復元不能と思われるところすらあります。土がむき出しになった作業道は、雨水でどんどん浸食されていきます。その泥水はすぐ下の川へ・・・。それが皆保安林なのです。

 また、足寄町の伐採現場では、収穫調査の際につけている印がない伐根が多数あり、違法伐採の疑惑が濃厚でした。

 とにかく、3日間の視察では、驚き呆れることばかり。

 詳しくは、以下のインターネット新聞JANJANの記事をお読みください。

天然林の破壊現場を歩く(1)風倒木処理の名目で材木売る?林野庁 

天然林の破壊現場を歩く(2)違法伐採の疑惑

天然林の破壊現場を歩く(3・終)山を壊す皆伐 

2007年10月10日 (水)

出版社の危機管理

 「創」11月号に掲載された、長岡義幸氏の「自費出版大手『新風舎』内部文書が語る実態」を興味深く読みました。

 とりわけ興味をそそられたのは、ライバル会社への対応策です。「競合を叩く!」などという内部文書があるというのですから、よほどライバルの存在を気にしていたのでしょう。もっともそれは文芸社にしても同じはずです。何しろ共同出版のトップの座を新風舎に奪われた経緯があるのですから。

 新風舎も文芸社も、やっていることは基本的にそれほど変わりありません。文芸社も過去に著者から提訴されています。それなのに、なぜ今回の提訴を契機に新風舎ばかりが叩かれるのでしょうか? その理由のひとつは、今回の提訴が集団訴訟の形をとり、記者会見を行ってマスコミにアピールしたからでしょう。もうひとつは、文芸社の方が過去の裁判の経験やネット上の批判を踏まえ危機管理を強めているのに対し、新風舎は脇が甘いということだと思います。取材に応じないという態度も、批判の対象になってしまいます。

 長岡氏も「『文芸社商法裁判』で業界内で話題になったり、文芸社関係者や著者らが本誌などを舞台に告発したこともあって、危機管理が進んでいるようでもある」と書いていますが、私もまさにその通りだと感じています。

 もっとも企業の危機管理というのは、批判に対して真摯に対応し、必要に応じて情報を公開し、不適切なところがあったら改めて信頼回復に努めることであるはずですが、文芸社の危機管理はそれとはちょっと意味が違うような・・・。

 長岡氏は、新風舎の9月18日付けの準備書面についても言及していますが、そこで新風舎は重要なことを述べています。その部分を引用すると「原告が支払った代金には印刷・製本代は含まれるが、宣伝・販売費用等は含まれないとし、〈書籍を出版物として継続的に流通過程に置く作業の一部を、被告が自己の費用負担を持って行うのである〉」としているのです。これは松崎社長がこれまで公言していたことと同じです。

 この説明からは、新風舎自身が宣伝や販売の費用を実際に負担していると受け止められますが、本当でしょうか? 本当なら、著者は長岡氏がいうような「お客」ではありません。もし嘘なら、著者は騙されたことになります。ところが、今回の裁判では、文芸社にも共通するその肝心な費用の分担については問題にしていないので、それは争点にはならないのです。なぜ裁判で争点にしないのか、とても不思議ですよね。だからこそ私はこの裁判の訴状が稚拙だと思うし、意図を感じてしまうのです(「木」を見て「森」を見ない末期的症状 事実から見えてくるもの 危ない「危ない!共同出版」参照)。

 長岡氏が最後に述べている業界としての対応策は、とても大事なことだと思います。でも、業界はこの問題に対しては沈黙しているようです。なぜなのか? それは多くの商業出版社が密かに著者に費用負担や買い取りの条件をつけた出版を行っているからではないでしょうか? それは新風舎や文芸社と同様の契約なのです。

 なお、長岡氏は消費者センターの「情報が少なく交渉に不利な立場にある消費者への助言を行っているが、個人事業主であっても、消費者としての契約とみて対応することはある」という見解を紹介しているので、これについて一言。

 共同出版が一般の人を対象にした悪質商法である以上は、私も、消費者センターなどの相談機関が対応すべき問題だと思います。ただし、契約書は販売を目的とした出版権の設定契約であり消費者契約ではありません。著作財産権の取引契約なのです。プロの著者とアマチュアの著者との線引きは現実的には不可能であり、アマチュアだからイコール消費者契約だということにはなりません。アマチュアであっても稀にヒットしてそこそこの印税を得られることもあります。さらに同様の契約をして、きちんと共同出資している商業出版社もあるはずです。ですから、「著者を消費者と同様の弱者の立場」として捉え対応する必要はあるものの、「契約書は消費者契約ではない」という点は明確にすべきでしょう。

2007年10月 9日 (火)

これが小動物の溺死防止策?

Tamemasu 先日、大規模林道の「茂足寄・上螺湾」区間を視察した際、沢に取り付けられた排水口の枡に、写真のような丸太が設置されていました。どうやら、この中に落ち込んだ小動物が脱出するための工作のようです。

 なぜって、「様似・えりも」区間では、環境への配慮って何?に書いたように、このような排水溝の溜め枡にエゾアカガエルとエゾサンショウウオ落ちて出られなくなっていたのですから。とすると、緑資源機構の関係者は私のブログを読んでいて、このような対策を講じたのでしょうか?

 写真ではわかりにくいのですが、この枡はかなり深いので、丸太はとても勾配がきついのです。昆虫ならともかく、エゾアカガエルやエゾサンショウウオが落ちても、この急勾配の丸太を上手につたって脱出できるとは思えませんけど・・・。

 それに、大雨などで土砂や落ち葉、枯れ枝などが流れ込んだら、ここに埋め込んであるパイプはすぐに詰まってしまうのではないでしょうか? パイプが詰まれば、雨水は路面上を流れることになりますが、路肩が弱い部分があればそこから崩壊します。

 このようなことは、崩れる!壊れる!大規模林道で書いた台風による被害で実証されています。

 もちろん、どうしても必要な道路なら、自然環境に対する配慮はしていかなければなりません。しかし悪質な談合の温床となった大規模林道に関しては、それ以前の道路の必要性について、もっともっと議論されなければなりません。

2007年10月 8日 (月)

インターネットとジャーナリズム

 先日、書店で「サイバージャーナリズム論」(歌川令三・湯川鶴章・佐々木俊尚・森 健・スポンタ中村著、ソフトバンク新書)という本を見つけ、ちょっと興味をそそられて読んでみました。著者らによると、ネットによる社会向けの情報伝達活動を「サイバージャーナリズム」と命名することにしたそうです。今や誰もがインターネットを通じて気軽に発信をできる時代。そしてインターネット新聞やあまたあるブログは、誰でも参加できるネットによる情報伝達活動として捉えることができますが、その将来像は不透明です。

 私自身もインターネット新聞の市民記者登録とブログの開設によって、ネット世界での発信をするようになってしまったのですが、数年前にはインターネットといってもメールしか利用していなかったのですから、自分でもおかしくなります。でも、よくよく考えてみれば、私がインターネット新聞JANJANの記者登録をしたきっかけは、既存の紙メディアのだらしのなさに嫌気がさしたからです。

 自然保護活動をしているとしばしば新聞記者が取材に来るのですが、取材しても記事にならないことは日常茶飯事。記者は記事を書いても、デスクでボツになるのでしょう。巨額の公共事業によるとんでもない自然破壊工事や森林伐採の実態など、よほどの騒ぎにでもならない限り、新聞もテレビも見向きもしないのです。

 ところが、新聞には連日「こんな記事、必要なのか?」と思えるような中身のない記事が並んでいるのです。知らせるべき問題を載せないで、どうでもいい話題をカラーで大きく取り上げたりしているのですから、これがジャーナリズムかと疑いたくもなります。

 新聞やテレビが情報伝達の中心となって世論形成がされていく以上、どんなにおかしなことが行われていても報道されない限りそれを知ることはできません。インターネットがなかった時代は、権力がマスコミと結びつくことによって情報操作ができたのです。ところが、インターネットの出現によって、誰もが情報発信をすることが可能になりました。ただの市民が情報を発信していくために、インターネットほど便利なメディアはないでしょう。

 個人ブロガーで市民記者でもあるスポンタ中村氏は「市民記者とは『あなたも記者になれる』とおだてられ、ネットで身辺の情報を送稿している作文好きの大衆のことだ。彼らは『客観、中立、公正、正義』などという陳腐で無内容なお題目を既存のマスコミ人に教えられ、記者ごっこをやっているに過ぎない。マスコミ出身の“お偉いさん”が運営している限り、市民参加型ジャーナリズムの成功はあり得ない」といいます。

 確かに、市民記者はプロのジャーナリストではありません。単なるレポーターといえば確かにそうでしょう。しかし、紙の新聞は、そのレポートすら掲載しないのが現実です。とりわけ広告主に対する批判的記事は、まず載せません。そうなったら、市井の人が発信する場はインターネットしかないでしょう。しかもインターネット新聞の記事やブログは、リンクが張られて広まっていく可能性を秘めています。

 ところで、自分自身でブログを始めてみて思うのは、ブログ情報の信頼性です。誰もが安易に発信するからこそ、そこには個人の思い込みや誤解による見解なども含まれることになります。しかも大多数が匿名のブログなのですから、信憑性についてはさらに疑問符がつくことになります。もし誤った情報や解釈が広まり、それが多数意見となってしまったらどういうことになるのか。意図的に誤った情報を流すことすら可能です。そして多数意見は正しいという判断がなされないのか?

 たとえ個人のブログといえど、ネットという公の場で発信をする以上、そこには正確さと責任が伴うと考えるべきではないでしょうか。

2007年10月 7日 (日)

質問書を送りました

 今年7月に設立した「共同出版・自費出版の被害をなくす会」が、10月1日付けて新風舎と文芸社に公開質問書を送付しました。新風舎と文芸社は共同出版の大手として新聞や公募ガイドなどに原稿募集の大きな広告を掲載し、多数の本を出版してきたのです。私たち著者が疑問に思っていることについて、まずは出版社の見解を聞かなければなりません。

 質問書の全文は以下の「共同出版・自費出版の被害をなくす会」のサイトに掲載されています。

新風舎への質問書

文芸社への質問書

 また、この問題についてインターネット新聞JANJANが特集記事を掲載しました。

共同出版・協力出版・自費出版問題

 この特集記事のリンク先をたどっていって気になるのは、やはり自費出版と共同出版の契約上の違いがわかっていない方が多いこと。その結果、出版社の「言っていることとやっていることの矛盾」に気づかない人が多いこと・・・。まあ、だからこそこのような商法がいつまでも続くのでしょう。

 書店流通を謳い、新風舎や文芸社と同様の共同出版を行っている出版社はほかにもあります。団塊の世代の退職やブログの隆盛で、本を出したいと思っているアマチュアの著者は今後も増えつづけることでしょう。出版の知識のない人こそ気をつけないと、著者の夢を食い物にする悪質な出版商法にはまってしまいます。

2007年10月 1日 (月)

「共同出版」でなければいいのか?

 「出版」は、その契約形態から基本的には商業出版と自費出版の二つに分けられます。すでに何度も書いていることですが、両者を整理してみました。

商業出版

 販売を目的として、文書や図画などを書籍や雑誌として複製・発行すること。その事業を行う企業が出版社。書籍の場合、一般的には出版社と著者が出版権の取引という事業者同士の契約をする。つまり出版社が一定期間出版権を独占する見返りに、著者に印税(著作権使用料)を支払う(印税なしの場合もある)。出版社のお客は本を買う読者。採算がとれるほどの売上が見込めずリスクが大きいと判断される場合は、著者にある程度の本の買い取りや費用の一部負担の条件をつける場合がある。いわゆる共同出版の契約の多くは、これに該当。出版社は出版費用の一部を負担してもらう見返りに一割程度の本を著者に贈呈するのが一般的。

自費出版

 著者が自分に所有権や著作権がある本を、制作サービス会社に注文してつくってもらう制作請負契約。著者がすべての費用・リスクを負担するのが前提で、制作サービス会社のお客は著者。この場合の費用は、利益込みの報酬。販売サービス(販売委託契約)を行っている会社もあるが、販売は基本的には付加サービス。流通に必要なISBNコードと定価をつけ、書店で扱えるようにするだけの場合も多い。ただし、商業出版と同様にレベルの高い本づくりを行い、取次を通して新刊委託販売を行い、販売に力を入れている会社もある。

 要するに、商業出版では「本を売ることが目的で、出版社のお客は読者」であるのに対し、自費出版は「本をつくることが目的で、制作会社のお客は著者。販売する場合、読者は著者のお客」、言い換えれば著者が主体の出版です。両社はまったく異なる業態なのですね。ところが、この契約の違いがわからずに、共同出版の契約を自費出版(制作請負・販売委託契約)だと勘違いしてしまう人がいます。いえいえ、共同出版社が著者を錯誤させているともいえるでしょう。アマチュアの著者がそんな錯誤に陥ってしまうと、共同出版社の思う壺になってしまいます。

 長引く出版不況、大手出版社に有利な取次の条件などで、小・零細出版社や地方出版社は苦しい経営を強いられています。商業出版だけでは経営が成り立たたないところが大半でしょう。このために、小さな出版社の多くは、著者との共同出資による商業出版を行ったり、自費出版も手がけたりしているのです。著者にとっても、自費出版より共同出資による商業出版の方が魅力的です。いわゆる共同出版の考え方は、商業出版から派生したといえるでしょう。でも出版社の商品をつくる契約をするのなら、著者の負担金額はあくまでも実際に要する出版費用以下とし、出版社は本を売って利益を得るべきです。そこは「越えてはいけない一線」なのだと思います。

 その一線を越えていると考えられるのが、問題とされている共同出版です。実際の出版費用以上の料金を著者に請求しているなら、出版社は著者をお客にしてしまうことになります。すると、出版社は何らリスクを負わずにタダで自社の商品を手に入れたうえ、著者から利益を得、さらに本の売上金も得ることができるのです。初版の印税分は、著者の負担金に上乗せしておけばいいのです。一割程度の本を著者に献本するといっても、売る気がない(売れない)なら在庫減らしになって好都合です。出版後、著者に有料の広告を勧め、それで利益を得ることもあります。もし本がよく売れて増刷する場合も、増刷費用は初版の売上金で賄えますから出版社は実質負担なし。出版社に都合のよいことずくめなのです。新聞や雑誌で契約者(出資者)を募り、こんな虫がいいことをやっている企業って、ほかにあるでしょうか?

 これでは、事業者同士の取引としてはとても不公正な取引ですよね。だからこそ出版社は「協力出版」とか「共同出版」などと称して「共同出資」であると説明し、請負契約をする自費出版とは区別しているのでしょう。

 ところが、著者に請求している費用が不透明なために、共同出資ではなく著者から利益を得ていると指摘されるようになりました。「共同」というのが都合悪くなったせいか、最近ではあまり協力出版とか共同出版という呼称を使わない出版社もあります。さらに、はじめから自費出版と称して同様のことをしている出版社もあるようですが、これも不公正な取引ということに変わりはありません。「共同出版」といわなければいいという問題ではありません。

 出版権の設定契約をして出版社の商品をつくるのであれば、あくまでも売れる見込みのある作品を選んで売れる本づくりをし、「共同出資」を実行し、売って利益を上げるべきなのです。はじめから売上が見込めないような、すなわち売り物にならない作品であれば、そもそも「販売」を謳って勧誘することが不適切です。そのような作品には制作請負契約(自費出版)を勧めるべきでしょう。著者がどうしても販売したいのであれば、自分で売るべきなのです。  著者にとってわかりにくい商業出版と自費出版の契約の違いについて、著者はきちんと理解する必要があります。また出版のプロである出版社こそ、著者に丁寧に説明する責任があるのですが、そこを誤魔化している共同出版社が多いのではないでしょうか。

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