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2007年9月 4日 (火)

置き去りにされた著者の視点

 前回の記事で、「出版ニュース社やメディアは、新風舎や文芸社を『自費出版系」』と呼ぶのはなぜでしょうか?」と書きました。なぜこのような疑問を投げかけたのかといえば、私は、文芸社と自費出版(制作請負・販売委託)の契約などしていないからです。ハンコを押したのは、「出版社に出版権を設定して出版社の刊行物をつくるにあたり、著者が出版費用の一部として制作費を負担し、出版社は著者に印税を支払い、かつ1000部のうちの100部を著者に寄贈する」という「商業出版形態」の契約書です。それなのに業界の方やメディアが「自費出版系」というなら、著者としてはその理由が知りたいわけです。

 私が文芸社と契約をしたのは、出版社も費用を負担する条件での商業出版(出版権設定)の取引だったからにほかなりません。この契約は、すべてのリスクを著者が負担して著者に所有権のある本をつくる「自費出版」とは明らかに異なります。この契約では出版社は本を販売して自社負担分を回収しなければ赤字になるので、良い作品を選んで売れる本づくりをし、販売努力をしなければならないことは自明です。だからこそ、高額であっても契約したのです。契約が守られているなら、「著者が顧客」などということはあり得ないはずですし「自費出版」でもありません。もしはじめから「著者は顧客であり自費出版」だと説明されていたなら、そんな出版社に一方的に有利な取引には乗らなかったでしょう。そして、この契約形態は、基本的には現在でも変わっていません。

 ところが「創」の9・10月号に「自費出版トップ『新風舎』に相次ぐ告発の声」という記事を書いた長岡義幸さんは、新風舎や文芸社などの共同・協力出版社を「自費系」とし、著者を「お客」としています。そして新聞やテレビなどのメディアも、業界の方たちの多くも文芸社や新風舎は「自費出版」だとしています。

 これらの出版社が本を売って利益を得るのではなく、著者を顧客として利益を得ているのであれば、実質的には自費出版といえるでしょう。それならば契約(説明も含む)内容と実態が異なっているということにほかなりません。出版社が費用負担していないなら契約が守られていないということです。それなのに、なぜこの矛盾点に言及しないのでしょうか? 契約が守られていないなら、契約違反であり「騙した」ということです。その騙しの部分をメディアが問題にしないことこそ、私にとっては理解できない不可解なことなのです。

 また、自費出版業界の方の多くは、本の所有権は著者にあるべきとの主張をされています。実態が自費出版と捉え、そう主張することは、一般論としては理解できます。でも、本の所有権が出版社にあるという契約書に署名捺印した著者は、出版社に対し「所有権が著者にないのはおかしい」という抗議はできないのです。

 ジャーナリストや出版業界の方たちの多くが、こうした契約に反する費用請求を「騙し」として声高に指摘しないのは、「説明や契約書を理解して印鑑を押した著者の視点」に立ってこの問題を捉えていないからではないでしょうか。はじめから「共同出版は著者が顧客であり自費出版」ということを前提としてこの商法を捉えているなら、契約を交わした著者の視点が欠落しています。

 私のJANJANの記事やブログを読み、同感だとの感想をくださる著者の方がいます。私と同じ矛盾を感じている著者はたぶんたくさんいるのでしょう。共同出版に関心を持つジャーナリストは、被害者意識を持っている著者にこそ取材し、「騙された」と感じている著者の視点から共同出版商法の矛盾点を明らかにしていくべきではないでしょうか?  ところで、アマチュアの著者が自分の著書を少しでも多く売りたいと思ったら、どのような出版社を選ぶべきでしょうか?

 商業出版で費用の負担なく出せるのが一番いいのかもしれませんが、それは容易なことではありません。たとえ狭き門をくぐって費用負担なしで出せたとしても、返品の山となり、早々と断裁、絶版になる可能性もあるのです。また、制作請負契約・販売委託契約をし、すべての費用・リスクを著者が負担する自費出版の場合、出版社は制作するだけでも事業として成り立つのですから、編集や販売にあまり力を入れない出版社もあるでしょう。その一方で、商業出版に負けない本づくりをし、売る努力をしている自費出版社もあります。

 本を売れるにはまず内容が良くなければなりません。それでも、実際に売れるかどうかは賭け事のようなものですから、半分は「運」なのでしょう。しかし、残りの半分は「志」だと思うのです。結局のところ、アマチュアの本を少しでも多く売るために大事なことは、商業出版とか自費出版という区別より、出版社や編集者が「多くの人に読んでもらいたい」と思う作品を選び、プロの編集者が丁寧な編集をして質の高い本をつくり、著者とともに販売努力をするという「志」があるかないかではないでしょうか。

 完全な商業出版であっても、著者がリスクの一部を負担する商業出版であっても、あるいは著者がすべてのリスクを負担する自費出版であっても、出版社の「高い志」がなければ、著者にとって満足できる出版にはならないと思うのです。そんな出版人としての誇りを持っている出版社こそ評価され伸びて欲しいのですが、現実は著者の夢を利用した「儲け主義」の出版社ばかりが台頭しているようです。

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