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2007年7月18日 (水)

著者もリスク負担する商業出版

 かつては本を書くというのは著述を生業とする人、あるいは専門家と呼ばれるような人たちが大半でした。ですから、素人にとって商業出版は夢のまた夢です。無名の素人が本をつくる場合は、書店での販売などははじめから考えずに、印刷屋などに依頼して必要な部数をつくってもらうというのが当たり前のことでした。いわゆる自費出版です。私もそんな自費出版の本を買ったり、頂いたりしたことがあります。

 いつごろからだったでしょうか、雑誌などに共同出版などと書かれた広告を目にするようになったのは。その広告をはじめて見たとき、出版社と著者が費用を分担する商業出版というものがあるなら、それは、商業出版の夢をあきらめざるを得なかった人にとって、願ってもないことだと思ったものです。

 それが騙すような商法ではなく、本当に出版社もリスクを負い、販売にふさわしいレベルの作品を選んで商業出版と同等の扱いにするのであれば、著者がすべてのリスクを負う自費出版よりメリットが大きいでしょう。もちろん無名の素人の本であれば、それほど多くの部数が売れることは期待せず、著者自身が宣伝していかなければなりません。出版業界が不況であえぐ中、良心的で小さな出版社では、そんなふうに著者にリスクを負担してもらう出版を手がけることで経営を支えているところもあると思います。著者にとってはそんな出版社にめぐり合えばベストなのかもしれません。

 私の知人にも、そんな形で出版した方がいます。ある方は「商業出版というより、ほとんど自費出版だったわ」と言っていましたが、プロの作家の本ですらなかなか売れない時代ですから、素人が商業出版を求めること自体に無理があるように思います。

 また、写真家のある知人は出版社に写真集を持ちかけたものの、かなりの部数の買い取り条件を示され諦めたとのことです。作品自体は素晴らしくても、出版社が赤字にならないためには、買い取り条件もやむを得ないのが現状なのだと思います。

 著者がリスクの一部を負担する場合でも、出版社が販売収益を得ることを目的に、出版権(複製と頒布の権利)を出版社に設定する商業出版の契約をするのであれば、主導権は出版社にあります。出版社はリスク回収と収益を得るために商業出版レベルの編集や装丁などを行って売れる本づくりをし、販売努力をしなければならないはずです。売ることを考えるなら、必ずしも著者の思いどおりの本づくりにはならないことを著者も理解し、出版社とともによりよい本づくりを目指す、そんな形になるのでしょう。

 さて、批判されている共同出版というのも、これらと同じように、著者もリスクを負担する商業出版の契約を交わします。ところが不思議なことに、著者にはそのようには説明せず「販売する自費出版」といって勧誘するようです。このために、多くの著者が出版委託契約をするのだと思い込み、また消費者契約だと思ってしまうようです。ここに勘違い、つまり錯誤が生じます。

 そして「著者に制作費を負担してもらう」との説明のもとに見積金額を示し、著者はよくわからないまま商業出版形態の契約書(出版権設定の契約書)に署名捺印をすることになります。ところが説明とは裏腹に、出版社は実際にはリスク負担をしていないようですし、販売にも力をいれているとは思えません。売れる本づくりより、著者の希望を重視する本づくりをする場合も多いようです。これが、多くの共同出版の実態なのではないでしょうか。

 「本物のリスク分担型商業出版」に対し、共同出版は「偽物のリスク分担型商業出版」といえます。ここに、この商法の巧みさのひとつが隠されているように思います。

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